( 6 ) 攪乱に対する抵抗力・回復力の低下・・・ 7 保全、持続可能な利用、利益の公平な配分・・・ ( 1 ) ( 2 ) ( 3 ) ( 4 ) ( 5 ) ( 6 ) Box 1 Box 2 Box 3 Box 4 Box 5 Box 6 Box 7 Box 8 Box 9 BOX10 BOX11 BOX12 BOX13 相互に補強しあう生物多様性条約の目的・・・ 利益の公平な配分・・・ 保全のための広範なアプローチ・・・ 生物多様性の持続可能な利用・・・ 研究・モニタリング・情報普及の重要性・・・ 各国の対処能力の育成と、国民の意識の向上・・・ 生物多様性とは何か ? ・・ 生物多様性の組成とレベル・・・ 世界の生物多様性アセスメント・・ 経済的観点から捉えた、生物多様性の価値・・・ 複雑な生態的相互作用から得られる直接的利益の事例・・・ 生物の分類一生物多様性を認識し、理解するために欠かせない道具・・ 経済市場と政策は、生物多様性のすべての価値を反映していない サケ・マス類の遺伝的多様性の喪失・・・ 遺伝子改変生物の導入・・・ 経済的手法と誘導策・・・ ・・・ 166 ・・・ 168 ・・・ 168 ・・・ 170 ・・・ 171 ・・・ 174 ・・・ 176 ・・・ 178 ・・・ 146 ・・・ 148 ・・・ 149 ・・・ 150 ・・・ 153 ・・・ 155 ・・・ 157 ・・・ 162 ・・・ 165 ・・・ 169 バイオテクノロジーがもたらす機会と懸念 170 図 図 図 図 図 図 図 図 図 図 図 図 図 図 図 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 地域における生物多様性の非利用価値の共有・・・ 生物多様性のモニタリング・・ 人間社会と生物多様性の相互作用・・・ 主な分類群の推定種数の比率・・・ (a) 世界の陸生バイオームの分布・・・ (b) 世界の生物地理的区分・・・ ( c ) 世界の生態地理区分・・・ 熱帯沿岸の断面図・・・ 主要作物の遺伝的多様性の中心地・・・ 主要な生物分類群と、脊椎動物との比較・・・ 人間活動の生物多様性への影響・・・ 大量絶滅の概要・・・ 島嶼部と大陸における動物の絶滅の時間的推移・・・ 外来種の導入による食物連鎖の崩壊・・・ 気候変動にともなう植物の移動時の障害・・・ 人間が引き起こす変化の生物多様性への影響の概念図・・・ 生物多様性の保全の範囲と行動のレベル・・・ 生息地内保全と生息地外保全・・・ 世界の植物種と植物園の分布・・・ 134 ・・・ 171 ・・・ 178 ・・・ 146 ・・・ 147 ・・・ 148 ・・・ 151 ・・・ 152 ・・・ 154 ・・・ 158 ・・・ 160 ・・・ 160 ・・・ 164 ・・・ 166 ・・・ 167 ・・・ 168 ・・・ 172 ・・・ 173 ・・・ 175 ・・・ 17 7
物直 ~ ・■ー、ー 様影 多的 澱物為 生人 人間社会 図 1 人間社会と生物多様性の相互作用 Box 1 生物多様性とは何か ? 生物多様性条約では、生物多様性を次のように定義している。『すべての生物 ( 陸上生態系、海洋そ の他の水界生態系、これらが複合した生態系など、生息又は生育の場のいかんを問わない ) の間の変異 性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む。』。簡単にいえば、生物多 様性とは、世界中に様々な生物が存在していることであり、生物の遺伝的組成や生物が構成する群集も 含まれる概念である。生物多様性は動的なものであり、種の遺伝的組成は長い間には、自然や人為の淘 汰圧に反応して変化する。生物群集内の種の出現と個体数も、生態的・物理的な要因に応じて変化する (Box 2 ) 。 ◆生態系の多様性 (EcologicaI diversity) : 生態系はそれぞれ独立して存在するものではなく、連続 体である自然の異なる部分を示すための概念である。一般に、森林・草原・湿地・サンゴ礁などの用語 が生態系を表わすのに用いられているが、その境界や広さの規模はそれぞれの分類の目的に応じて異 なっている。 一般的に使われている用語 : * バイオーム (Biome) 特徴的な植生と気候によって類型される大陸規模での生物群集の類型 146
数多くの小規模な個別の決定が、総合的な観点からうまくなされていない。 生物多様性の恩恵と、これらに対する私たちの考えがどのように変化しているかについて理解を深める ことは、重要な作業である。利益配分のメカニズムについての経験はごく最近のものであり、まだ十分に 理解されていない。今日までの経験の大部分は、民間企業による遺伝資源の利用を規制する協定や、国又 は地域社会の受益者に利益を配分する様々な方法の試験的運用から得られている。したがって、国際的側 面と国内的側面が並行して取り扱われている ( Box1 の。しかしながら、もうーっの重要関心事項は、生物多様 性に関する知識と理解が、どの程度得られ、また、共有されているかという点である。研究とモニタリン グの役割は、これらの活動が生物多様性によって与えられている文化的、経済的機会を活用し、その究極 的利用方法についての十分な知識に基づく最善の判断を下す各国の能力を支えるためにとくに重要である。 技術もまた、生物多様性をうまく管理するために重要な道具である。農業技術を例にとると、適切に用 いられた場合、この技術は食糧生産の拡大につながることが多い。低負荷農業などの新しい技術は、環境 に対する予想外の有害な影響を軽減するとともに収量を維持もしくは増大させる潜在力がある。バイオテ クノロジー (Box (1) の発達は、生物多様性がもたらす恩恵を拡大することを約東するものであるが、同 時に、意図されない事態がもたらされることに対する新たな懸念をも生み出している。 Box 11 バイオテクノロジーがもたらす機会と懸念 バイオテクノロジーは、経済的利益を目的とする遺伝資源や生物資源の利用に重要な進展をもたらす かもしれない。この技術は、生物を用いて医薬品や工業に用いる重要な化合物を生産する方法を提供 し、環境汚染物質の除去にも応用できるほか、工業生産過程に使える酵素反応をも提供する。バイオテ クノロジーは、また、生命の世界に対する私たちの理解を深める道具を提供するものでもあり、生物多 様性の評価とモニタリングに役立っかもしれない。生息地の内外で生物多様性の保全に大きく貢献し、 私たちが生物多様性を賢明に管理する能力を高めるものでもある。 生物多様性条約では、バイオテクノロジーにより改変された生物の安全な移送・取扱い・利用を確保 する施策が求められている。バイオテクノロジーがもたらす潜在的な利益の大きさゆえに この技術の 利用は急速に拡大しており、安全性に対する疑問が浮上してきたのもこのためである。バイオテクノロ ジーは、本来の対象でない個体群に遺伝子が伝達されるなど、生物学的プロセスを通じて、生態系や進 化の過程に直接的な影響を及ほ。す。多くの国では、すでに悪影響が生じる可能性を野外や実験室におけ る試験によって評価する科学的手法が既に考案されている。悪影響を完全に排除することはできないも のの、これらの手法によって関連するリスクを評価する方法が与えられるため、バイオテクノロジーの 適用による利益を最大限に引き出すことも可能になるはずである。 ( 2 ) 利益の公平な配分 貧困と、収人と資産の不公平な配分は、ともに生物多様性を失う原因であり、結果でもある。最も貧し い個人や社会は、生物多様性の消失によって最大限の影響を受けるが、これらの個人や社会に対して、生 物多様性を保全するための誘導策はほとんど存在しない。収人と資産の公平な配分は、生物多様性を保全 するための戦略の大切な要素である。とりわけ生物多様性の保全から得られる利益の公平な配分は、地球 の生物的な富を保持するために必要な誘導策を生み出す前提条件である。 多くの事例では、利益の公平な配分を行うためには地域における利益配分が必須要素とされている。 のことは、保全プロジェクトや、保全と開発を統合したプロジェクトにおいて特に重要なことである。 地域社会における利益配分には、耕作地・放牧地・工業用地などの商業的な用途への転用を回避するた めの機会費用を引き下げる効果がある (Box 12 ) 。 170
Box 2 生物多様性の組成とレベル ◆生態系の多様性 ロツンドラ 個体群 生息地 生態系 景観 生物区 バイオーム ◆遺伝的多様性 個体群 個体 染色体 遺伝子 核酸 ◆生物体の多様性 個体 個体群 亜種 種 属 科 界 ◆文化の多様性 : すべてのレベルにおけるヒトの相互作用 北方針葉樹林 温帯林 = 熱帯雨林 熱帯季節林 ロ温帯草原 0 憚甲甲凹Ⅲ第 區山岳 - 地中海性気候植物 : チャパラル ( 訳注 ) 砂漠 熱帯サバンナ、草原、低木林 図 3 (a) 世界の陸生バイオームの分布 ( 出典 : Cox, C. B. and Moore, P. D. 1993. 窺 ogeog 耀力な : 鳳 0 / og な〃 e 〃市 0 〃 4 第カ〃 . Blackwell Scientific, London ). 訳注 ( チャパラル : カルフォルニアの地中海性気候帯にみられる密生する常緑硬葉低 木林 ) 148
いる。実に、世界の宗教の大部分が、生命の多様性を畏敬しその保全を心がけるべきことを説いている。 生物多様性によるとされる様々な経済的価値の類型を Box4 に示した。 Box 4 経済的観点から捉えた、生物多様性の価値 利用価値 * 直接価値 = 人間社会の = ーズを満たすための生物多様性の諸構成要素の価値。食物・燃料・医薬品 エネルギー・木材などのような需要を満たすための、遺伝子・種・生物群集・生物学的プロセスの消費 的利用。 レクリエーシン・観光・科学・教育活動などのような、生物多様性の構成要素の非消費的利用。 * 間接価値 = 経済や他の社会活動を支える生物多様性の価値。この価値は、生物学的生産性・気候調整 ・土壌生産力・水や大気の浄化を支えている生態系のサービスの維持に対する生物多様性の役割に由来 している。 * 選択価値 = 人々が生物多様性を将来、直接的に使うか、間接的に使うかの選択肢を保持するために支 払う意思のある、いわば保険特約である。生物多様性にかかわる情報や科学に関する選択価値は、準選 択価値と呼ばれる。 利用しないことの価値 ( 非利用価値 ) 又は受動的価値 非利用価値乂は受動的価値は、友人・親類縁者・その他の人々に対する利他主義 ( 代償利用価値 ) 、 将来世代に対する利他主義 ( 遺贈価値 ) 、ヒト以外の種や自然一般に対する利他主義 ( 存在価値 ) に由 来している。これらは、道徳的、倫理的、精神的、宗教的思考によて動機づけられることがある。 * 代償利用価値 = 現世代の他の構成員が生物多様性のある要素を利用する権利を保証するために、人々 が支払う意思を持っ対価 ( もしくは手放す意思のある利益 ) 。 * 遺贈価値 = 将来世代が生物多様性のある要素を利用する権利を保証するために、人々が支払う意思を 持っ対価 ( もしくは手放す意思のある利益 ) 。 * 存在価値 = 生物多様性のある要素が存在し続けることを保証するために、人々が支払う意思を持っ対 価 ( もしくは手放す意思のある利益 ) 。存在価値は、しばしば内在的価値とも呼ばれる。 ( 1 ) 間接利用価値 : 財とサービスの供給の維持 生態系が財とサービスを供給する能力は、農業生態系・森林・放牧地・サンゴ礁など、それぞれで異 なており、適正でない管理は、生態系の財とサービスを供給する能力を弱めてしまう。ある特定の生態 系が、水の浄化や老廃物の分解吸収をする湿地のような必須のサービスを供給しているような地域では、 これらの生態学的機能を著しく阻害しないために、その地域内でその生態系が十分な大きさを保っことが 重要である。結果として、十分に管理されていない活動は、生態系を劣化させかねない。例えば、森林や 他の自然植生の転換は往々にして土壌浸食と川床の堆積を引き起こし、結果として、土壌生産力・水生 生物・洪水防御力の消失を招いてきた。同様に、多くの乾燥・半乾燥地域における大規模な生息地の劣化 が、砂漠化の増大を導くことが示されている。 150
れらの問題意識を組み込むために急速に発展している考え方が適応的管理である。適応的管理には 3 つの 基本的要素がある。 * 管理行為としての干渉は、それによって、系の不確実性が減少するように、実験的な方法で意図的に行 われる。 * 干渉前および干渉中の十分なモニタリングは、管理行為としての干渉の結果を検知することを可能に し、それによって管理者が過去の経験に学ぶことを可能にする。 * 管理行為としての干渉は、管理者・地域社会・その他の構成員にフィードバックされることにより改善 される。 ( 5 ) 研究・モニタリング・情報普及の重要性 高度の科学的研究とモニタリングは、各国が、生物多様性とその構成要素から利益を得、これらを持続 可能な方法で管理する上で必須のものである。特に、研究とモニタリングを行うべき分野には次のものが 理解するため。 含まれる。 * 生態学的研究 : 財や生態系のサービスの供給を維持しているプロセスを理解するため。 * 踏査、目録作成、分類学的研究 : 新しい生物を発見し、関連する生物の特徴やそれらの変異パターンを 176 異なる利用者の間で必要となる情報の流れを概念図に示したものである。 とは、国家間の技術上の格差を埋め、情報管理へのより効率的なアプローチの開発を支援する。図 17 は、 チメディアなど新たな道具は、情報の伝達をさらに促進するであろう。技術的選択肢を慎重に分析するこ 各国レベルおよび全世界レベルで情報の人手と交換に新しい道を切り開いている。また、電子出版やマル 強化と分散を促進し、意思決定者に対する支援の質をより高めるであろう。情報ネットワークの拡大は、 用・管理手法に新しい選択肢をもたらした。自国語を用いる使いやすいソフトウェアは、管理システムの る利益が情報提供のコストを賄うように改める必要がある。情報技術の急速な発展は情報の入手・その利 も帰因している。これらの方針については分析しなければならないし、必要ならば、情報の利用から生じ は、必ずしも技術上の問題ではなく、情報の所有と管理についての方針の相違、組織間のライバル意識に 生物多様性について膨大な情報が存在しているが、これらの情報を人手することは容易ではない。これ 管理行動を起こすことを可能にするため。 * モニタリング計画 (Box 13 ) : 常に変動する生物多様性と構成要素の状況を判定し、必要なときに適切な
表 1 主な分類群の種の概数。 10 万種以上が存在すると推定される生物分類群。比較のために脊椎動 物、その他を並記してある ( 単位 : 100 の。 分類群中の種 己載されてい 群 の推定総数 る種の数 ( 1 ) 400 1 , 000 1 , 500 200 400 320 400 150 750 8 , 000 200 50 250 13 , 620 一三ロ 類 分 11 「ー ル イ ス菌類図 ウ細菌 生 動物 ' ' 原 類 ' ( 2 ) 冫架 物 類 線 類 甲 類 ク 類 昆 動 物 軟 体 動 物 椎 脊 他 ( 3 ) そ 注記 : 1 ・今日認められている記載種の推定数 2 . 原生動物と藻類は広義の概念を採用 3 . 大部分は研究例の少ない動物分類群 Box 6 生物の分類ー一生物多様性を認識し、理解するために欠かせな い道具 種や遺伝的変異を発見し、記載し、分類することは、私たちが生物多様性の「在庫」を調べ、それを 取り扱い、それについて伝達し、そのパターンを記述し、分析することを可能にする。種・属・科・目 ・綱・門、そして、動物・細菌・真菌・植物・原生生物のいわゆる五界へと生物を分類していく作業 は、生物相互の系統的、進化的な関係に基づいて行われる。これらの分類は多分に予測的なものではあ るが、分類学が提供する枠組みは、進化上の関係について参照したり、概説するための道具でもある。 例えば、この関係を応用して類似の用途に使える種を見い出すことができる。貴重な抗ガン剤として用 いられる化合物タクソールは、本来、北米産セイヨウイチイ ( s い e し I ) の小さな個体群か ら発見されたものであた。科学者たちは、同属の他種にもこれが存在する可能性を予測し、その結 果、普通に生育しているヨーロッパ産セイヨウイチイ ( 佖ェリ s わ。 cc のからタクソールの前駆物質 を持続可能な商業的規模で抽出することができた。分類情報は農業に対する病害虫の地理的発生源を探 索するために頻繁に用いられており、それによて、潜在的な生物的制御剤の発見にいた。ている。分 類学的考察はまた、保全管理の戦略に重要な役割を果たす。例えば、ある対象種がひとつの進化系統の 唯一の生き残りなのか、他の多くの種と密接に関係している種なのかを考えることは重要である。 虫殻モ虫 の 一三ロ ( 3 ) 種内の遺伝的変異がどのくらいあるのか十分に知られていない それぞれの種には膨大な量の遺伝情報が含まれており、同じ種内の個体群の遺伝的構成が大きく多様化 していることも多い。精細な種の生殖様式によれば、個体群内部の変異性が個体群相互間と同等かそれ以 上になる場合もある。しかし、ほとんどの遺伝子の生成物質や機能について私たちは、いくっかの例外を 155
政策立案者のための概要 1 はじめに 地球上には豊かで多様な生物が生息している。これらの生物の種、その遺伝的多様性、そして、それら が構成する生態系をひとまとめにしたものが、いわゆる「生物多様性」である (Box 1 ) 。生物多様性は、 地球本来の生物学的資本である。それは人間の生活を成り立たせ、その願望を満たすために欠かせない財 とサービスを供給し、また、 ーズや状況の変化に社会が適応していくことを可能にするものである。例 えば、森林生態系は、燃料・医薬品・建築資材・動物の生息地を提供している。湿地や水辺の生態系は、 水質を保全し水生生物を保護している。海洋生態系は、食糧とエネルギーを供給し、気候を調整してい る。農業生態系は、食糧生産を担っている。生態系は、さらに、レクリエーションと観光の機会も与えて いる。より一般的には、生態系は、炭素や栄養塩類の分解と生成・貯蔵・循環を担い、地球の気候や大気 の組成に影響を及ぼしている。 今日、人間が地球の生命圏に及ぼす影響は、急速な人口増加と消費拡大に起因する活動によって劇的に 増大している。生態系は改変され、破壊されている。この間に、いくっかのグループの動物種や植物種は 本来の 50 ~ 100 倍の速さで絶滅しており、種個体群は減少しつつある。農林漁業などの産業に欠かせない遺 伝資源も失われ続けている。生物多様性の悲劇的な消失と劣化は、人類の経済・倫理・文化と地球上の生 命の進化にとって悲惨な結末をもたらすものである。持続可能な開発を可能にする根源的な基盤そのもの が今危機にさらされているのである。 それぞれの社会が生物多様性とどのように関係するべきか、注意深く検討すべきである ( 図 1 ) 。今、責 任ある施策が実施されるならば、生物多様性の消失と生態系の改変を遅らせ、場合によっては止めること ができる。その施策は社会的、経済的な政策と誘導策を組み合わせて、生物多様性への配慮を国の意思決 定過程に組み込むこと、科学上、技術上の知識をより効果的に用いること、生物多様性の消失を引き起こ す根本的な原因を処理すること、世界的に人や組織の対処能力を向上することなどである。 生物多様性に対する国際的な関心の高まりを示す一つの兆候は、 1992 年にリオデジャネイロで開かれた 国連環境開発会議 (UNCED) において、生物多様性の問題に焦点が当てられ、その結果、生物多様性条 約が早期に発効したことである。生物多様性条約は、生物多様性を保全し、その構成要素の持続可能な利 用を保証し、その利用から得られる利益が確実に公正かっ公平に配分されるようにするために必要な行動 を起こすことを目的としている。 世界の生物多様性アセスメント (GBA : GIobaI Biodiverity Assessment) は、生物多様性の主要な側 面にかかわる現代の課題・理論・見解について、独立した批評家的立場から詳細に検討された科学的分析 こでは、生物多様性にかかわる生物学上、社会科学上の幅広い問題が分析されている。 である。 145
しく変貌しているために、同じ種を再び見つけることはできない。また、初期の記録の多くは、採集地の 特徴や生息地の状況が記録されていないものが多い。 種の多様性についての推定は、植物や脊椎動物については比較的良い状況にあるが、未記載のものも多 い。例えば、プラジル 1 ヶ国だけを見ても最近の過去 10 年間に新種のサルが 5 種記載された。細菌・節足 動物・菌類・線虫類などの分類群についてはグループ属性が良く記載されているものは少ない。一方深海 底や地下に棲む種については、特に知識が不足している。すでに記載されている 175 万種の大部分について も科学者たちは、繁殖生物学・個体数・生体内化合物・生態学的な必要条件・生態系における役割などの 個々の種の特性については、極く限られた知識しか持っていない。 人工増殖されている種は地球の生物相の中では極く小さな断片でしかない。推定 32 万種の維管東植物の うち約 25 % が食用に適しているが、このうち 3000 種だけが食料生産のために恒常的に用いられている。 の他に、 2 万 5000 ~ 5 万の植物種が伝統的医薬品に用いられている。脊椎動物では、推定 5 万種のうち家 畜化されているのは約 30 種である。さらに、魚類・軟体動物・甲殻類・カエル・カメ・水生植物など 200 種 が、食料や他の製品用に飼育栽培されている。また、菌類や他の微生物が、食用もしくは発酵・工業・製 薬工程に用いられる事例も急速に増えている。分類学の研究の強化は、より経済的な価値のある利用がで きる種を見い出すためにも有効であろう (Box6)0 陸生生物に属する生物群の多くは、極点から赤道に向かて種の数が増え、個体数と分布範囲は減少す る。しかし、例外も多く見い出されているほか、信頼できる判断を下す根拠となる情報が欠如している生 物群も多い。海洋では、種数の変動の様式はあまり明確ではない。物理的障壁が無いために海の生物は広 範囲に分布する傾向があり、しばしば海流に乗て長距離を移動するほか、有根生物や固着性の生物は分 散しやすい種子や幼生を持っている。 固有種や残存種は、山岳・島嶼・半島・大陸・その他の物理的条件などの地理的特徴によて、あるい は、特定の環境にのみ適応した種の進化に結び付く独特な局地条件 ( 蛇紋岩土壌など ) によて、分布が 自然に制約されている。海洋の孤島では固有種の割合が世界で最も高く、在来種のうち他の地域で生息が 確認されるものはきわめて少ない。ある場所では「残存種」が、以前広範囲に分布していた種の最後の個 体群として存在する。 陸地 マングロープ林 冫ロ / 毋土或 海草 サンゴ礁 陸の影響 海の影響 図 4 熱帯沿岸の断面図。サンゴ礁は陸地に対する海岸からの影響を緩和し、海岸林と 海草床はサンゴ礁に対する陸地からの影響を緩和している。 ( 出典 : Ogden , J. C. 1987. Cooperatjve coastal ecology at Caribbean marine laboratories. 0 化〃〃 30 : 9 ー 15 ) 154
除くと、ごく初歩的な知識しかもっていない。 農業目的の栽培と飼育は、多くの栽培品種と家畜品種を開発に導いた。主要作物について収集されてい る明確な特徴を持っ生殖質の標本数は、トウモロコシ・コメ・オオムギ・コムギで、 5 万 ~ 12 万 5000 に及 んでいる。伝統品種や変種が、病害虫に強く高収量が得られる近代的品種に置き換えられる際にいくっか の遺伝的多様性が失われてしまったが、膨大な遺伝的多様性は各地方で栽培されている数多くの品種の中 にまだ保たれている。例えば、アンデス地域の農民は何千種ものジャガイモのクローン体を栽培してお り、この 1000 以上のものに固有名がつけられている。また、ヨーロッパでは、ウシ・ヒッジ・プタ・ウマ に 700 余りの特徴的な品種が見い出されている。 4 人間の需要と経済市場の失敗 : 根底にある変化の要因 人間が環境を変えている速度・その改変の程度・その変化が生物多様性にもたらした結果は、人類史上 未曾有のものであり、数多くの社会において経済生活や文化生活に対して大きな脅威を与え始めている。 周囲の環境によって人間の活動は、特定の時と場所における種・遺伝子・生物群集の多様性を、増加、維 持、または、低下させる。しかし、一般的な傾向は、地球規模での生物多様性の消失が加速している。変 化のうち種の絶滅などは文字どおり不可逆的なものである。他の変化は可逆的なものであり、生物多様性 を損ねずに自然資源を管理することへの挑戦は明らかに増えている。人間がこれまでに行ってきた土地利 用の転換は、これ以上の生息地の破壊や劣化を即時停止したとしても、数世紀の間は消えることのない絶 滅の条件を整えてしまった。さらには、人間が引き起こした気候変動の結果、生物多様性に対する圧力が 高まっていくであろう。 生物多様性の消失や劣化の根底にある要因は次のものである * 人口増加と経済開発による生物資源の需要の拡大 * 知識の基本的な欠如による行動の長期的帰結に対する配慮の欠如 * 不適切な技術の利用がもたらす結果に対する認識の欠如 * 経済市場における生物多様性の真の価値の認識の欠如 (Box 7 ) * 生物多様性の世界的価値を地域レベルに適用することができない経済市場の欠陥 * 都市化の拡大、社会・制度・財産所有権・文化的姿勢の変遷に起因する生物資源の利用の規制に関する * 生物資源の過剰利用に関する政府の政策の欠陥 制度的欠陥 * 人間の移住や交通量、国際貿易の増大 上記の要因が個体群の減少や消失・種の絶滅・生物群集の変化や劣化をおこす具体的メカニズムには次 * 在来種でない種の導人 * 過剰利用 のことが含まれる。 * 生息地の消失・断片化・劣化 ( 他の目的に利用することによる生物群集の変化 ) * 気候変動 * 土壌・水・大気の汚染もしくは有毒化 156