南米大陸北東部、大西洋沿岸の熱帯地域にされた、ほば一世紀前に刷られた絵葉書には、基本である。大抵の場合、肉は調理済みで冷 スリナム共和国という小さな国がある 中国系・ヨーロッパ系・インド系・ジャワ系・たいが、熱帯では苦にならない。野菜にはナ 首都バラマリボの中央市場にはいろいろなアフリカ系という当時の主要五集団を用いてガササゲが使われることが多いナガササゲ 飲食店が軒を連ねている。「平記賓館」なるスリナム社会の多元性が表現されている は、ナシゴレンやローティの付け合せとして 中国系食堂の看板には、「チャオ、 , 、ン ( 焼きソ , ) うした歴史的・社会的背景から、スリナも多用されており、スリナム料理で不可欠の パこ、焼き飯、そしてソフトドリンクというムにはさまざまな地域に山来する料理が存在食材となっている この食堂の主な商品の名が記されている。そする。「中国料理」のチャオ、 , 、ンや、「ジャワ さらに、キュウリの酢漬けと激辛唐辛子の して、食堂の店先では、ジャワ系とインド系料理」のナシゴレン、「インド料理」のローティスライスも付いてくる。この唐辛子はハバ、、 と思われる人々が燻製魚を売っている。 は、最も人気のある外食メニューだ。スリナロの一種で、スリナム料理屋ならどこでも置 スリナムは、世界でも珍しい多民族国家でム人が、ユダヤ系企業フェルナンデスのソフ しているものだ。スリナム人にはそれくらい ある。旧宗主国のオランダ王国が一七世紀中 トドリンクを飲みながらこれらの料理を食べ辛い物好きが多く、「そこがオランダ人とス 葉から二〇世紀前半までの間に、プランテー ている姿は、ランチであろうがディナーであリナム人の大きな違い」と言う人もいるくら いである。 ション産業の必要に応じて、世界のさまざまろうが、きわめて日常的な光景である な地域ーーアフリカ大陸西岸、現在のインド さて、このチャオ、 , 、ンであるが、実際には こうしてみると、「中国料理」のチャオ、 , 、 やインドネシア、中国大陸南部など に労単に焼きソバと形容するだけでは物足りない ンにもスリナム的な側面が多々備わっている 働力を求めたからだ。したがって、スリナム山盛りの麺の上にブッ切りのトリ肉が表面を ことが分かる。熱帯の木陰でフェルナンデス 共和国の人口は、黒人奴隷やアジア人労働者覆うようにテンコ盛りになっている。注文にを片手にチャオ、 , 、ンで腹を膨らませつつ、ス の子孫で構成されていて、きわめてモザイク応じて豚肉や牛肉が加えられることもあるが、 リナムの友人とするおしゃべり。私にとって、 的である。「我らスリナムの子供たち」と題スリナム人が大好きなトリ肉が使われるのが日本ではできない贅沢である 0
南米スリナムで食べる クチャオ、くンク 岩田晋典 多民族国家スリナム共和国の市場の食堂で出された 焼きソバから見えてくるスリナム社会の多元性とは。 写真 / 岩田晋典 VENEZUELA GUYANA S U 刪 N A M E FRENCH GUIANA BRAZIL BOLIVIA RAGU ARGENTINA URUGUAY 19 特集交流が生む食のかたち南米スリナムで食べる " チャオミン "
ッシュポテト、ナガササゲの炒め物、唐辛子ペーストからなるベジタリアン・ローティ 2 スリナム共和国首都バラマリボの中央市場の一画 3 フェルナンデス社のソフトドリンク 4 スリナムの激辛唐辛子 21 特集交流が生む食のかたち南米スリナムで食べる " チャオミン "
次号予 2006 年 7 月刊行予定 特集 交流拠点としての 2006 年 1 月 20 日発行 03 交流文化 ホテフレ 発行人 編集人 デザイン 印刷 稲垣勉 大橋健一 望月昭秀 こだま印刷株式会社 問い合わせ先 立教大学観光学部 〒 352 ー 8558 埼玉県新座市北野 1 ー 2 - 26 TEL 048 - 471 -7375 http://www.ri kkyo ・ ne ・ j p/g rp/tourism/ * 本誌掲載記事の無断転載を禁じます。 ◎ 2006 Rikkyo University. college of Tourism. printed in Japan. 執筆者紹介 ( 50 音順 ) 稲垣勉 ( いながき・つとむ ) 観光学部長 1973 年立教大学社会学部観光学科卒業、 1976 年同大学 院社会学研究科修士課程修了。横浜商科大学助教授を経 て 1987 年より本学勤務。 1994 ~ 95 年ヴァージニア工科 大学客員教授、 280 ~ 01 年ハワイ大学客員教授。主著 に『観光産業の知識』、 Japanese Tourists ( 共編 ) など。 岩田晋典 ( いわた・しんすけ ) 立教大学大学院文学研究科修了、博士 ( 文学 ) 。立教大 学・明海大学非常勤講師。文化人類学専攻。スリナムおよ び日本をフィールドに研究を展開。主要論文に「スリナム共 和国都市部における『アフロ・スリナム人』とその他の黒 人工スニシティ」。 大橋健一 ( おおはし・けんいち ) 観光学部教授 都市人類学・都市社会学専攻。 1984 年立教大学社会学部 社会学科卒業。同大学院社会学研究科博士課程前期課程 修了。主要著作に『都市ェスニシティの社会学』、『香港社 会の人類学』、『アジア都市文化学の可能性』、『「観光のま なざし」の転回』 ( 以上共著 ) など。 鈴木涼太郎 ( すずき・りようたろう ) 立教大学大学院観光学研究科博士課程後期課程在学。川 村学園女子大学人間文化学部非常勤講師。専門領域は、 観光文化論、観光人類学。 張展鴻 ・チョン ) 香港中文大学人類学系準教授。香港生まれ。大阪大学 で博士号 ( 人類学 ) を取得。日本、香港、南中国をフィー ルドとし映像人類学、観光人類学、食文化の研究を行う。 編著書に The GIobaIization 0fChinese F00d, Routledge curzon press. 2002 などがある。 中西裕ニ ( なかにし・ゆうじ ) 1961 年生まれ。慶應義塾大学大学院社会学研究科単位 取得満期退学後、 1991 年より福岡大学に勤務。現在福岡 大学人文学部教授。専門は文化人類学、民俗学。日本と ベトナムをフィールドに、宗教・社会・民俗文化に関する 幅広い現地調査を行っている。 2006 年 4 月より本学観光 学部交流文化学科に着任予定。
旅先でお土産を買わない旅行者はいても、 一度も食事をしない旅行者はいな 食はその上地固有の歴史や文化のありようを反映した 最も魅力的な観光資源の一つである。 しかも、観光による人の移動や交流に伴い 食は素材や味付け、調理法、食べ方など、 そのかたちを大きく変えていく。 本号では、福岡の「とんこっラーメン」、 ハワイの「オックステールスープ」、 南米スリナムの「チャオ、 , 、ン ( 焼ソバ ) 」 ( フランスパン ) 」、 ベトナムの「バイン・ そして香港における観光客向け料理など、 さまざまな事例を通して 「交流文化」としての食を考える。 交流が生む 食のかたち 1 3 特集交流が生む食のかたち
父流文化 03 立教大学観光学部編集表紙写真 / 佐藤憲一、岩田晋典 C 〇 N T E N T S 特集 。 ' 交流が生む 食のかたち 04 ラーメンという近代 中西裕ニ 14 オックステールスープの旅路 稲垣勉 南米スリナムで食べる“チャオ ( ン” 岩田晋典 ベトナムのフランスハノバイン・ ( ー 大橋健一 〃 g Kong 24 香港における観光客向けメニューの研究 張展鴻 22 30 「交流文化」フィールドワーク 3 交流文化 フィールドワークモニターツアー 東京大学秩父演習林ハイキング / 多摩川源流小菅村の山村体験 36 読書案内 『アジア遊学 77 特集 : 世界の中華料理』 『日本の焼肉韓国の刺身』 38 最近の講演会から ベトナム観光の現状と課題 ディン・チュン・キエン ( ベトナム国家大学ハノイ社会人文大学観光学部長 ) 42 学部国際交流の現場から OI ラオス国立大学への観光教育支援
特集に関連する書籍の中から今回選んだのは、 交流文化としての食を考えるのに最適のニ冊 驚くほど多様化した 「中国外の中国料理」の現在 アジア遊学行 特集「世界の中華料理」 勉誠出版 ( ニ〇〇五 ) 一八〇〇円十税 Book Review 読書案内 者らによる詳細な事例をもとに解た中華料理が海外に伝播していく だけでなく、中国内でも外からの 説している 日本をはじめ韓国、インドネシ食文化が流入することで本家の中 アといった周辺アジア諸国から北華料理に変容が起こっていること だ。本書が注視するのは「料理を 米ヨーロツ。ハに及ぶ豊富な事例が 紹介されるが、多様化には大きく文化としてとらえ、そうした文化 が多文化と接触し、受容、拒否、 三つの類型が見られる。第一に、 幾分「現地化」されながらも伝統解釈といったプロセスを経て変容 の姿を保とうとする高級レストラしていく姿」なのである。 なかでも「日本の『国民食』と ンの「正統」中華料理。第ニに、 チャプスイ ( 北米風中華雑炊 ) やしての中華」という論考では、も ラーメンのような中国には存在しともと中国伝来の食文化がいかに ないほど「現地化」した料理。第日本食として一般化し「国民食」 三に、東南アジアに見られるようとなるかというプロセスに注目し ている。本号における「ラーメン なほとんど中華料理とは思えない 編者によると、中華料理には北 という近代」と問題意識の重なる 京料理や広東料理といった「大伝ほど「土着化」した料理。 一般にこうした料理は正統を知部分も多いので、併せて読んでみ 統」以外にも、見落とすことので る者の目からは「まがいもの」とると面白いだろう。 きない一群の「小伝統」があり、 なお、本号に寄稿いただいた香 その一潮流が「中国外の中国料見られがちだが、日常的にそれを 理」だという。それはまさに本号食している人々にとっては、これ港中文大学の張展鴻準教授も「返 還後の香港広東料理」という論考 こそが中華料理だと認知されてい 号の特集「交流が生における日本のラーメンであり、 を執筆している。香港の観光客向 む食のかたち」というスリナムのチャオミンにほかならるのである。 テーマについて、もつない。本書ではその全世界的な規興味深いのは、多様化の諸相はけ料理の流行の背景にある中国返 と突っ込んで知りたいと思われた模で驚くほど多様化した中華料理単純に地理的な距離ではなく、交還がもたらした香港人のアイデン 読者に恰好の題材を提供しているの現在の姿を、それぞれの特定地流の生じた歴史的文化的な状況のティティ危機について理解を深め 域を専門にした人類学者や社会学違いに大きくよっていること。まることができるだろう。 のが本書である。