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検索対象: 日本列島活性化シリーズ 博物館づくりと地域おこし
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1. 日本列島活性化シリーズ 博物館づくりと地域おこし

4 章生活環境博物館をめざして 影響を与えたり、そのかたちをかえながら伝承されてきた数々の知恵がある。 またその一方では、一時中断していた祭礼や、団地内で実施されるようになった新 しい形態の祭りや催し物、さらに、田畑を使った農作業体験、昔話や伝説などを採集 し語る会を開き、それを後世に伝えようとするなど、伝統的な文化や生活技術を呼び おこそうとする活動が各地域におこってきている。しかも、それがとりわけ、開発の すすんだ地域を中心に多く認められるのである。そうしたなかで「房総のむら」では、 県内各地で伝承されてきた伝統的生活技術、習慣、儀礼などを、来館者が直接「体験」 しつっそれらを学び、伝承し、継承する場として設定された。 昭和五十六年度に作成された基本構想によれば、第一には伝統文化再認識の場、次 いで実体験による伝統的生活技術の理解と伝承、そして伝統技術の保存と伝承保持の 推進の三点があげられている。そのため上総・下総・安房という房総の地域性、武家・ 農家・商家などの職業の異なる代表的な民家を、自然環境、生活用具を含めて再現す る。そして、それぞれ再現された建物や空間を利用し、その生産・加工の様子、流通 の過程、消費のありさまなど実演を通して展開する他、伝統芸能や生活儀礼なども再

2. 日本列島活性化シリーズ 博物館づくりと地域おこし

4 章生活環境博物館をめざして 食による当時の食生活を体験 : : : 」と述べられているように、実体験による伝統的技 術の伝承のひとっとして位置づけられているのである。具体的に、めし屋の演目のひ とつである「太巻き寿司」で展開例を述べると、次のようになる。 太巻き寿司は、千葉県を代表する伝統的な郷土料理のひとつであり、江戸時代以降、 県内の各地域で冠婚葬祭など折にふれてつくられ、その技術も姿をかえながらも現在 までうけ継がれている。この伝統的な技術を保持している実演者に、めし屋一階の一・ 五間 x 二間のコーナーで、そのつくり方について実演してもらう。実演に当っては、 その製作工程が把握できるように、素材を加工する段階からおこなっている。例えば、 すし飯も実演コーナー内に設けられているかまどで炊き、炊きあがったご飯に酢を合 わせて酢飯をつくり、それにかんびようやおばろ ( でんぶ ) などの具をおき、海苔や 玉子焼きで巻くまでを、約一時間ほどかけて実演している。さらにその実演の結果で きた太巻き寿司は、展示品として店先におかれているのである。 次に、製作体験については、希望者はめし屋の裏手にある近代的な設置の附属施設 で、店先で実演していた伝統的な技術保持者 ( 講師 ) の指導のもとに、太巻き寿司づ

3. 日本列島活性化シリーズ 博物館づくりと地域おこし

源に加え、栃餅づくり、竪豆腐づくり、コ ッラ細工、イタヤカエデを使ったへズナ細 工の籠づくり、サックリと呼ぶ裂織、真綿 でつくったワタボウシの防寒着等々のみや げ品製作が注目される。そしてこのなかで 学も特に山村らしさをとどめる細工品は単に マ 体製品を販売するだけでなく、実演と体験 み コーナーを積極的に押しすすめ、同時に古 編 い伝統的な製品づくりでなく、現代生活に 密着した工芸品となるようデザイン的工夫 か必要かと思われる。場合によってはこの ような細工物の伝承教室の場として博物館 は最もふさわしい環境であると思われ、そ れは伝統工芸作家の工房が古い民家を改造

4. 日本列島活性化シリーズ 博物館づくりと地域おこし

う言葉で呼ばれている。民具という言葉は昭和初頭からいわれ、昭和九年頃には研究 者の間に一応定着し、今日はもう常用語とさえなっている。これは「我々同胞が日常 生活の必要から技術的につくり出した身辺卑近の道具」と定義されたもので、衣・食・ 住・生業・通信・運搬・団体生活・儀礼・信仰行事・娯楽・遊戯・玩具・縁起物と人 間生活のすべてにわたる資料である。すなわち人々が生活の必要から製作、使用して きた伝承的な器具、造形物の一切である。 だが、伝承的な器具、造形物の一切といっても、「もの」そのものだけではなく、 それらの発生なり変遷、あるいは使用方法を物語る資料は、たとえ考古資料であろう と文書、文献であろうと、絵画資料であろうと合わせて収集され、展示されねばなら ない。すなわち名もなき民、伝統的に黙々と生活を営んできた人々のつくりだした資 料、それを補完し理解を助ける資料一切を含むのである。常民のつくりだしたものと いうのは、生活の体系から最大限の知恵をはたらかせたもので、それが伝えられてき たということは、生活に大きな役割を果たしてきたということである。日本人はどの 時代にも常に新しい日本文化をつくりだしてきた。何千年このかた民具の製作にその

5. 日本列島活性化シリーズ 博物館づくりと地域おこし

1 章ニ十一世紀へ向けてのひとつのビジョン る。私たちの祖先が、現代に残したのは、豊かな自然風土とともに、青森県民、一五 〇万の息子、娘たちであった。そして、語り継がれた言葉や伝説、民謡、踊り等多様 な文化があり、生産、生活用具の製作技術の伝統がのこされている。 民具には、ひとつひとっ学術的価値がある。それが数多く集まると重厚さと迫力に あふれてくる。この重さが雪国青森の地域文化の豊かさを物語り、証ともなる。民具 なくして人や家を語れず、集落が存在し得ず、その社会構成も成立しない。私たち人 間は、言語を通し、「もの」をつくり、その「もの」を生産することによって発展し てきた。この言葉と「もの」で語るのが民俗文化なのである。「もの」すなわち民具 に声なき一言葉で語らせるのが人間の知恵であり文化であり、そして先人に対する感謝 の心ともなるのである。 筆者の幼児体験及び、民俗民具の調査のかたわらに知るひとつひとつの集落の人々 の意識が、近代都市の自治意識より弱く、もろいように思うかそうではない。かって、 集落内では、一人の甘えも許されぬ共同体意識をもっていた。身体が弱く、 野良にで られぬ娘は家族の衣服の他に隣近所の分もっくるとか、炊事をするという分担があ 0

6. 日本列島活性化シリーズ 博物館づくりと地域おこし

8 章「ふるさと村」の創設による地域の活性化 部を構成する町並みは江戸中・後期に形成されたと考えられており、宏壮な構えを 誇っているのは他ならぬ弁柄竈元である。一九三一年の銅山閉山以降、弁柄産業は唯 一の地元産業となり、吹屋の過疎化の歯どめとして一定の役割を果たした。しかし、 伝統的な技術・経営から脱却できず、一九六五年代末には操業停止に至った。吹屋の 過疎化は銅山の閉鎖にはじまり、弁柄製造が衰退しはじめた一九五五年以降拍車がか けられたといえる。この過疎化傾向を阻止する方法として打ちだされた案が、県の「ふ るさと村」指定に乗じて観光地として復活するというものであった。一九七五年以降、 町家の修理、食堂の建設、弁柄工場の復元などの整備をすすめ、一九七七年四月に開 吹屋ふるさと村の場合、弁柄工場・憩いの森などへの一部の人の雇用が増えたが、 全般的に経済効果は低い。最近ようやく山梨菓子・醤油といった特産品の生産にのり だしたばかりでたち遅れがはなはだしい。というのも老人ばかりの夫婦家族が圧倒的 に多く、住民が協力して新しい事業をはじめようにも無理なためである。一九七七年 に国の伝統的町並み保存地区にも指定され、石州瓦や弁柄塗りの民家にみせられてま巧

7. 日本列島活性化シリーズ 博物館づくりと地域おこし

8 章「ふるさと村」の創設による地域の活性化 ▽岡山県における「ふるさと村」の創設 現在の都市人に強く認められる故郷志向について、坪井洋文氏は次のように指摘し ている。 おそらく、物の豊かさを一義的に求め続けた過程 ( 高度経済成長を指す ) にお いて、犠牲にし喪失した伝統的な価値に気づき、それへの回帰という日本的思考に よって生み出されたものであろう。故郷の象徴のようにして漁村や農業、自然など の見直しが強く押し出されているのは、一面では社会的、文化的行きづまりを感じ た時に、人間存在の原点を問うことは重要であり、人間らしいなりゆきであるが、 現在のさまざまなかたちでわれわれをとりまいている故郷志向は、喪われたものヘ の回帰によって閉塞状況を超えようとする試みのように思える 239

8. 日本列島活性化シリーズ 博物館づくりと地域おこし

2 / 展示、 ー実貭、休憩の一 、機能をもつ / ′販売、実 体験 日崖し物ーー 二階建ての商家における演目展開は、次。 の通りである。 まず、店先 ( 軒下・店舗 ) で適宜各商家 の典型的な演目を、伝統的な技術保持者が 図「実演」しており、その様子を一般の来館 模者は見学することができる。しかもその伝 能統的な製作工程を「体験」したい来館者は、 / 舗 ′店 と希望に応じて附属施設で「製作体験」する 運 ことができる。また、二階ではその業種の の 家歴史や生産工程などを理解するため、関連 資料などの展示をしているとともに、めし 屋、そば屋、お茶の店では、「食体験」も できるようになっている。食体験とは、 「単に食堂における飲食ではなく : 附属施設 下

9. 日本列島活性化シリーズ 博物館づくりと地域おこし

マエコー・ミュージアムの概要 都市工学研究の第一人者である西川幸治氏は、つい先頃「博物館都市と博物館地域」 構想なるものを提示した。この構想は、氏がイラクを訪れた時、バビロン遺跡の保存 構想について問われた際に思いついたものであるという。それによれば、広大な都市 遺跡の調査とその保存をはかるための施設をかたちづくり、それと並行してバベルの 塔などの遺構の復元と整備をすすめるのが「博物館都市」の機能となる。一方「博物 館地域」とは、ガンダーラ全域を「博物館地域」とし、その文化的環境と伝統をそこ なうことなく保存し、積極的に活用をはかり、個性ある地域開発をめざすものである AJ し、つ 氏のいうこの「博物館地域」こそ、実は近年クローズ・アップされているエコー ミュージアム (Eco-museum —Human E00 一 og 一 ca 一 Museum—) に他ならない。 226

10. 日本列島活性化シリーズ 博物館づくりと地域おこし

4 章生活環境博物館をめざして な流れとしては、以上の通りである。 また、農家や武家屋敷などにおける演目展開も、基本的にはほほ同様である。 このように、「房総のむら」は、従来の博物館の展示形態と大きく異なり、屋敷構え、 町並みといった生活空間の再現をおこなうとともに、建物やその内部に生活用具を展 示しているのが特徴である。さらに、製作体験 ( 体験学習 ) といった利用形態で、来 館者の興味や関心を高めながら、伝統的な技術や生活習慣に触れ、より一層の理解を 得るところに大きな特色がある。 一般的に、体験学習については、近年各地域に、さまざまな博物館が設置され、そ れらの館では体験学習室や体験コーナーなどが設けられているが、来館者が直接手足 を使い、操作し、製作したりすることを通じて、肌で感じたり、考えたりする学習形 態は、博物館教育の本質であると考えられる。 733