構築したり、現実に当てはめてその有効性を検証したりするものだった。とても抽象的で、数学的にはすっ きりとした計算ができるけれども、単純化のための前提が多すぎて現実に適用することは難しそうなものも 少なくなかった。印象に残ったのは、環境の価値を計る技術についてのものだった。アンケート調査によっ て環境汚染や環境財の価値を推計する仮想的評価法は、 5 ・ 1 節で紹介したように、いろいろなバイアスが かかって、良い値を推計することが難しい。こうしたバイアスを避ける方法もさかんに議論されていた。 後からわかったことだが、このワークショップの議論を理解するためには、この学期に私が学んだミクロ 経済学の次の段階である数理経済学を学ぶ必要があった。数理経済学—では、実現可能な条件のもとで、目 的となる関数の変数の値の最大値を求める最適化 (optimization) を徹底的に練習する。しかし数理経済学 —はこの秋学期開講の講義だったため、次の春学期にとることはできなかった。講義は普通、春学期か秋学 期のどちらかしか開講されない。私はやむをえす、最後の学期に、数理経済学—を飛び越えて数理経済学Ⅱ を学ぶことになる ( 川・ 1 節参照 ) 。 161 9 章未知の分野にも挑戦
やすことになった。前半では、数理経済学で学んだ非線形計画法の方法を、競争的市場経済の一般均衡分 析に使う。教科書は、経済学部の修士や博士課程の初年度によく使われる Ha 一 R. va 「 ian のき・ c 、ミ co 0 きゝ、ミ ( こ ( ミクロ経済分析 ) という本だった。後半では、」 . Hi 「 shleife 「 and J. Riley の The 当ミ言ヴ 3 ミミミ三ミミさミミぎ ( 不確実生と情報の分析論 ) を使って、不確実な情報のもとで行 麦者は、大学レベルのテキストとされるものだったが、見るからに難し われる意思決定の理論を勉強した。彳 そうだった。 一般均衡分析とは、他の経済活動は無視して関心のある領域のみを扱う部分均衡分析と違って、経済活動 のすべてが市場での取引を通して相互に規制し合う側面を分析するものだ。経済学をやるからには、現実に より近い一般均衡分析を学んでおきたかったし、ともかく環境経済学の議論を理解するためには数理経済学結 へ を学ぶ必要があると思った。 ク 教えるのは、オーストラリアからの客員教授であるサイモンⅡグラント (Simon G 「 ant) 先生だった。高 工 ジ 度な理論を探求している学者だったが、やさしそうな方であった。「数理経済学—をとっていないが大丈夫 ロ でしようか、と聞くと、「数理経済学—で教える『ミクロ経済分析』の前半に書かれている非線形計画法のプ 内容に違和感がない .com 「。「 table) ならいいです」と言われた。ヴァリアンのテキストは読んだこともな修 かったし、すでに学んだ中級ミクロ経済学のテキストに比べて、抽象的ではるかに読みにくそうだった。大章 しに悩んだが、「不安は大きいか、ここは一発やってみるか」ということで挑戦することにした。前述のよ うに、途中でついていけなくなるリスクがあったので、講義をもう一つ選択することにした。 -6 数理経済学Ⅱは、やはり相当に手強かった。この講義をとった学生は一〇人ちょっとと少なく、数学や経
と政策、のような中級ミク 0 経済学 ( ぎ。「 m 。」蕓。 Mic 「 oeconomics) で、易しい微分・積分を使 0 て経済学 の基礎を学べる。さらに経済学を学びたい場合は、数理経済学—、そして数理経済学Ⅱ〈と進み大学レベル幻 は終了。さらに大学院レベルで高度な経済学を学ぶこともできる。このような「階段」を一歩一歩上が「て いけば、生物学でも、化学でも、地質学でも、全く未知の分野に & の学生は挑戦し、自分が取り組み たい環境問題に対処するための専門性を高めることができるのである。すでに何度か触れたように、 に十分な講義メ = 、ーがそろ「ていたとはいえない面はある。しかし、他の学部で開講されている講義を 使うことで、かなりカバーできるのである。 日系 ( 1 フの友人、ケリー。カネダ ( K 。「「』 K 当。」しさんは、博士課程に進んで環境経済学を専攻するつ もりで、修士課程では、その基礎固めのための勉強をしていた。ケリーは大学では経済学専攻だ「たが、博 士課程に行くには経済学や数学の知識が不足していた。そこで微分・積分の講義を入門から応用まで順々に とって基礎固めをした。同時に彼女は、 ) しくつかの環境科学の分野の講義も重点的にとっていた。こうして まさにいろいろな階段かついたピラミッドのように、 いくつもの分野で準備をして、頂点である目標に着実 に近づいてい「た。彼女はその後、無事 & の博士課程に進学し、経済学部博士課程の計量経済学やミ クロ経済学を学び、さらに勉強を続けている。 }— < とオフィスアワーがあれば恐いものはないー すでに何度も紹介したように、授業がよくわからなか「たり、宿題の解き方がわからない学生は、 ( ( 。冐三一 4 当 ( Ⅱ教務アシスタント ) や先生の面会時間 ( オフィスアワー ) に個別に教えてもらうこと
欲を出したため、きついラストスパートとなった。修士プロジェクト論文の執筆があったことに加え、標 準的な講義数より一つ多く講義をとったためだ。経済学の知識を固めるために数理経済学をとりたかったが、 数理経済学—は春学期には開講されないので、数理経済学—の知識を前提とした数理経済学Ⅱを思い切って とることにした。最後の学期たったから失敗は許されない。万が一単位がとれなかったら卒業できなくなっ てしまう。こうしてアドバイザーのメンデルソン教授の「安全のために、もう一つ講義をとるように」とい う指示で、五つの講義をとる破目になった。 思い切った挑戦に辛勝ー 数理経済学Ⅱ (Mathematical Economics 11) この講義は大学 (unde 「 g 「 aduate) で開講されていたが、修士プロジェクト以外では最もエネルギ 1 を費 " 章一フロジ = クトへ熨 〔九五年春学期〕 162
マトリックスも恐くなくなる 計量経済学 (Econometrics) 計量経済学の基礎を十分に理解したかったので、もうひとっとることにした。これは大学レベル (under- g 「 aduate) の講義である。 「 & に比べて大学レベルの講義のほうが難しいこともある」と聞いていたが、それはあたっていた。 統計学を一学期フルに勉強した、数学のかなり得意な大学二—三年生がとる講義で、前学期の計量経済学で は使わなかった行列 ( マトリックス ) を多用する講義だった。行列の記号は、ひとつの太い文字がタテ・ヨ コに並ぶ数字の列を表す。慣れないうちは難しいが、行列を使うと、多くの変数が出てくる計量経済学の説 明は単純化でき、自由な議論が可能になる。クラスメ 1 トたちは一〇歳ほども年下で、担当講師のマイケルⅡ用 を プーザー (MichaeI Boozer) 先生も二七歳と若く、私は、先生を含めてクラスで「最長老」だった。レベル 義 は高いが、前学期の「計量経済学と統計学ーの先生よりも、はるかに親切でわかりやすかった。 講 この講義では、ほとんどの部分が行列を使って教えられていた。行列特有の公式を覚えれば、計量経済学外 の議論は逆にわかりやすくなる部分も多い。宿題は大変だったが何とかこなすことができた。行列の演算に ク 慣れることができたのは大きな収穫だった。 ス 章 わかりやすさに驚く マクロ経済分析 ( ンåa oeconom Analysis) 9 この講義は、経営・行政管理学スクール (TO>) で開講されていたもので、評判がいいと聞いたので選
初めてわかった ミクロ経済学理論と政策 ( M 「 oeconom Theo 「 y and policy) 天然資源経済学および環境経済学の理解にはミクロ経済学の知識が不可欠だが、ミクロ経済学に関する書 物で、私が独学でまともに理解できたのは、アメリカ人が書いた入門書のみだった。そこで、基礎固めのた めにミクロ経済学の講義をとることにした。講師は、前の学期に計量経済学を教わったマイケル日プーザー (Michael Boozer) 先生たった。 この講義は、中級ミクロ経済学 (lnte 「 mediate Mic 「 oeconomics) と位置づけられており、微分・積分を使 わない入門ミクロ経済学 (lnt 「 oducto 「 y Mic 「 oeconomics) を学んだ学生向けのもので、私にはちょうど良か った。テキストは」く誉、ミ co 0 ミ誉 T 、き 0 、 ). ・ Basic p 、 c 、 0 E. ミ e 0 ( ミクロ経済学の理論〕基本原理 と拡張 ) 、 5th ed. by walter Nicholson, D 「 yden p 「 ess というもので、易しい微分・積分を使って基本概念を 説明していた。これがとてもわかりやすい。文章が堅苦しくないだけでなく、単純な例を使った例題がたく さん載っていて、自習してもよく頭に入った。宿題などかなりハ ードではあったが、この講義を通じて、ミ クロ経済学の基本がしつかりと身についたと感じた。 これは難しい 環境と天然資源についてのワークショップ ( 「 0 円 kshop on Environment and NaturaI Resources) 九三年六月、どの環境スクールに行こうかと悩んでいた時に、私を & に行くことに決めさせたのは、 158
ただし、残念ながら最終試験では満足な答えが書けなかった。時間配分も良くなかったし、私には易しく なかった。「落第はしていないたろうが、成績は良くないな」と思った。試験が終わってから二、三週間後、 学生寮の近くの喫茶店で友達とお茶を飲んでいたら、グラント先生と出会った。私を見るなり先生は「テッ ロー、君の成績は優 (honou 「 ) だよ」と教えてくれた。私は意外に思って「でも最終試験は悪かったです よね」と言うと、先生は「宿題などはよく頑張ったからね」とにつこり笑った。確かに先生の部屋にあれほ ど通いつめたクラスメートはいなかったろう。まあ「努力賞、といったところだろうが、嬉しかった。日本 では遠い存在だった数理経済学の基本をやっと理解することができたのだ。 実 結 環見ー・ー行政・企業の管理 (The Environment: public private Management) へ この講義が、前の節の数理経済学Ⅱへの安全策としてとった五つ目の講義だ。およびの共ク 工 ミシガン大学天然資源・環 催で、この一九九五年春学期に初めて開講された。 2 ・ 6 節で紹介したように、 ロ 境スク 1 ルのスク 1 ル長となったプルーワ 1 教授が c-v & にいた頃までは、との協力関係プ 修 はあまりうまくいっていなかったようだ。その後、のスクール長も交代し、協力関係も進展していた 章 と思う。その一例が、この新たな共同講義の開設だった。 教えるのは、のジョナサン日ファインスタイン ( 」 onathan Feinstein) 教授と & の私のアドバ イザーであるメンデルソン教授で、二人とも経済学者たった。教室はエアコン完備ののきれいな教室 5 が使われた。
以上のような不満はあったものの、放送大学は、学びたくて学べなかった事柄に自在にチャレンジする貴 重な機会を与えてくれた。難しくて「これは無理だ」と思えば途中で放棄することも簡単で、気軽にいろい ろな科目にチャレンジできた。 「環境と経済」への興味がふくらむ こうして、人社後の仕事や勉強を通じて、経済学・経営学に対して、一定の知識を得ることができた。そ の甲斐あって、興味があった中国などの社会主義経済について、自分の納得のいく記事や論文を書くことが できた。そのうちに、社会主義諸国の経済は大変革を遂げはじめた。ソ連・東欧では、共産党体制の崩壊が 始まった。ベルリンの壁も崩壊し、多くの社会主義経済が消滅した。中国では、社会主義体制が放棄されな かったが、市場経済化の改革を曲折を経ながらも推進した。このように社会主義経済の行く末がほば明らかた になってきた時、私の興味は、次第に私たち自身の経済活動の持っ問題へと向かっていった。それが、他な学 らぬ環境問題だった。 済 経 私はもともと環境問題に興味があった。貧乏症で、ものを簡単に捨てられない性分だからかもしれない。 レ」 入社の時から「経済活動は環境問題を起こすので野放図な拡大はできない」と漠然と考えていて、こうした境 主張をいっか仕事で展開してみたいと思っていた。 八年の暮れ、私の希望が実現するチャンスがやってきた。編集部では、地球温暖化やオゾン層破壊に注序 目が高まってきたのを受け、地球環境問題を先輩の丸山常喜記者 ( 故人 ) が特集としてとりあげることにな った。協力する記者が一人必要だということなので、私が手をあげた。「環境問題は経済に影響する」「企業
川章一修士プロジェクトへ結実〔会年春学期〕 川・ 1 思い切った挑戦に辛勝 ! ーー数理経済学Ⅱ 川・ 2 環境ーーー行政・企業の管理 川・ 3 文明・文化を論じたーー社会理論と環境 川・ 4 ノードハウス教授は名教師ーーーマクロ経済学 川・ 5 自分にしては上出来ーー資源経済学の修士プロジェクト 川・ 6 収穫大きかった二年間 ☆コラム私の修士プロジェクト論文の概要 Ⅱ章一環境スク 1 ルは役に立つか 卒業生たちの意見 「ほ , ル ) 、つにい ) し学校」ーークリスティン ( アメリカ ) / 「講義も、図書館も、クラ スメートもすばらしい リコ ( プラジル ) / 「学生はお客」に好感 ック ( デンマーク ) / に「理論と実務のジレンマ」を感じたーーーマイク ( ア メリカ ) / 「多くの点で不満」 アイシャ ( アメリカ ) / エールで得た知識・経験 ・人脈を活用ーーー阿部さん 卒業生の進路 ・ 3 コーホン・スクール長に聞く 11 11 187 200 170 ロ 5 187 162
イング・ゲームは行われなかったが、ファインスタイン教授から、別の観点からの解説が聞けて面白かった。 数理経済学Ⅱの単位を何とかとれそうだと確信した時、この講義を放棄することを考えた。一つ多い講義 をとり、しかも数理経済学Ⅱや修士プロジェクトという手間のかかるものに取り組んでいたので、負荷を減 らしたいと思った。メンデルソン教授に「この講義を放棄したいんです」と相談したところ、「そんなに負 担になるわけじゃないから、続けなさい と認めてくれなかった。一つだけ放棄する講義がよりによってア ドバイザーであるメンデルソン教授のものであることは、よく考えてみると失礼たった。しかもクラスの人 数は少なく、一人減ることはクラスの運営に影響もある。この講義は放棄することはできないことを悟った。 かといって他の講義は重要なものであり、放棄する気はなかった。結局、五つの講義をがんばるしかなかっ 実 結 へ ただし、メンデルソン教授は助け船を出してくれた。私はこの講義の研究プロジェクトについては、社会 的な利益とコストの評価方法についてまとめようと思っていたが、「修士プロジェクト論文の、その問題にク ジ 関するところを抜き出せよゝ ) ゝ 。ししカら」と言ってくれた。こうして、また「流用」が可能になり楽になった。 ロ 講義の受講者は、最初のショッピング期間には三〇人近くが来たが、結局は一〇人ちょっとの小さなクラブ スとなった。 & の学生が半分を若干超えていたと思う。人数が少なくなったのは、やや総花的だった修 からかもしれない。私にとってもそれなりに面白くはあったが、練習問題を繰り返して具体的な技法を習得章 するわけではなく、密度が低いという気はした。学生の評価もあまり高くなかったのではないか。集まった 9 人数が少なかったこともあったと思うが、この講義は一学期限りで打ち切りになった。 -6