第二部ミュージアムの「価値」の実現をめぐってー四つの分科会と全体討論
グループ 3 具体的な提案 想定されるミュージアム コンセプト 利用者の具体的な対象 ミュージアムに もたらされるもの その先にみえる未来 グループ 4 具体的な提案 想定されるミュージアム コンセプト 利用者の具体的な対象 ミュージアムに もたらされるもの その先にみえる未来 大人を対象に、作品一点だけを前に、自由に、対話を通して鑑賞する。「哲学力フェ」 を参考に 中規模都市の公立美術館など。 価値観が多様化し、とりわけ若い人は自分たちのコミュニティー以外は同世代でも何 を考えているのかわからない状況があるので、言葉を使ってコミュニケーションをと ることが大事。 主体的に学びたい大人。多くの人に開かれている。対話を通して、自分にとって異質 な作品に対する包容力を高め、相手の話をよく聴き、考える力が身に付く。 対話のなかから専門家の権威的な見方が揺さぶられる。話しながら見る鑑賞態度があ ることを示す。学芸員の社会リテラシー向上と、美術館が対話の場になることで、パ ブリックな役割が拡張される。 人々や社会が異質なものを受け入れる多様性の担保。美術館にとっては、コミュニ ティーとの接点の強化。 にぎわいと個の両立。展示室のなかに、閉じられたワークショップルームのような空 問をつくる。一人で見たい人は覗き込み、集まりたい人はそこに集まる。実現のため には、スタッフの全員が、館としての姿勢をバブリックミッションとして共有する必 要がある。 設立から半世紀過ぎた歴史ある地方公立ミュージアムを想定。 個人の利用と交流の場をいかに共存させるか。 新しい来館者だけでなく、この歴史のある美術館を愛する人たちも含む全員が、共有 空間を居心地がよくと感じられるようにしたい。 一人で来る利用者も、学校、市民の学習グループなど団体の利用者も受け入れ、来 館者が多様化することで、ミュージアムのバブリックミッションが、ミュージアムの 理念だけではなく、参加者の多様な利用方法を実現させるための温度差の緩和とな り、さらに館内で共有するミッションとなる。 結局、背景となる考え方に行きつくが、ミュージアムの利用方法が多様化すると、個 人の利用者も、集団で来たい人も、皆が共有・共存できるような場になると思う。 第 2 部 、ユージアムの価値の実現をめぐって 116
報資源を開示するゲートです。私が扱う歴史系の地域資料の視点からは、アーカイプの対象となる 文化資源は、館蔵資料をコアとして、地域にある資料の所在を把握する必要があります。すでに存 在が知られている文化資源に加えて、たとえば今回の震災で生まれた映像資料や「震災文庫」で稲 葉さんが収集しているビラなどさまざまな事物もあります。それらは文化資源化される過程を待っ ている状態で、プレ文化資源という言い方もできます。地域にはいろいろな広がりや深さがありま すが、公的アーカイブズと地域で相互の資料を把握して、地域の文化資源のアーカイブズをコント ロールすることがこれから大事になると思います。 私自身も一年前、館内で非常に面白い資料を発見したことがあります。二〇年前に収集され台帳 には載っていましたが、「地図 1 点」とされていただけだったので誰も確認しなかったのです。そ れをちょっと見たところ、戦後すぐの時期の、手書きの京都の住宅地図が二九一枚でてきました。 重要な資料だと思ったのですぐ目録を公開し、報道機関などにも紹介したところ、館内での閲覧者 数は三倍になり、この資料を核にした研究がいくつか生まれました。日本史研究者としては縁のな かった地理学、建築学、製図学などの専門家と新たな議論ができるようになっています。このよう に情報を開き、適切に社会の人たちに知ってもらうことによって、情報を抱え込んでいては実現で きなかった付加価値が見いだされたと思います。館内ではすぐに公開することの是非について議論 もあったのですが、そこをやってみた例です。 目録の形式にこだわらないことと、文化資源ヘアクセスする道すじを示すこと。アーカイブズの さまざまな可能性を示す事例として報告しました。 ミュージアムの価値の実現をめぐって 148 第 2 部
第一部 第二部 はじめに 福原義春 ( かながわ国際交流財団理事長 ) いま、ミュージアムに求められることーー二つの基調講演 ミュージアムの魔法 【基調講演 - 】過去は未来である 池澤夏樹 ( 作家 ) 【基調講演Ⅱ】民主主義社会における文化の価値 ジョン・ホールデン ( シティー大学客員教授 ) 〈解説〉なぜ、創造カか ? 菅野幸子 ( 国際交流基金情報センタープログラム・コーディネーター ) ミュージアムの「価値」の実現をめぐってーー四つの分科会と全体討論 分科会の構成について
すが、どちらにしても最初にやるべきなのは「地域との連携」です。地域の人が「あの美術館は私 たちの誇りだ」と、友人や親戚が遠くから訪れてもプライドをもって連れていけるような、そうい う美術館にしなければいけよ : コミュニティーとの連携のために考えたことの一つに、美術館へのアクセスの問題があります。 兵庫県立美術館は、南の海辺からの人口を正門として設計されていて、や私鉄に乗って徒歩で 来る人たちが利用する北の人口は暗くて、看板も見えにくかった。この人口を明るく、にぎやかに するためにいろいろ工夫しました。 また、駅から美術館に至る道の名前を、「ミュージアムロード」に変えてもらいました。道路は 市の管轄なので、名前の変更を市役所にアピールしました。安藤忠雄さんの協力も得て市長に頼み こみ、数ヶ月の交渉で名前を変えてもらうことができました。また、美術館にもっとも近い阪神 電車の岩屋駅の駅名看板に、 ( 兵庫県立美術館前 ) と人れてもらうこともできました。阪神電鉄は、 沿線の学校などすべてから同じ扱いを頼まれたら困るから、と難色を示しましたが、美術館の集客新 力を考えると阪神電車にもプラスになると説得して、一五ヶ所ある看板のすべてを変えてもらいま した。同時に駅周辺の電柱の地中化を進め、「ミュージアムロード」の商店街と連携して美術館の 「応援店」になってもらったりと、さまざまなことに取り組んでいます。 企画では、年に一本は家族が楽しむ展覧会をやろうと考えました。そこでスタジオジプリと契約 して、ジプリ関連の展覧会を東京では都現代美術館、関西では兵庫県立美術館で開催する仕組みを まず作りました。それで実現した企画展が「ジプリの絵職人男鹿和雄展」です。男鹿さんは、絵 を見れば誰でもわかるのですが、『となりのトトロ』などジプリ作品の背景を描いている作家です。 美術館に展示したのは、本当に素晴らしい作品でした。この展覧会、最初はほとんど人が来なかっ たのですが、そのうちロコミでどんどん広がって、結果的に一九万人近く人りました。「水木しげ アクセスの工夫 ミュージアムの価値の実現をめぐって 166 第 2 部
議論でも、文化庁ではなく文化省を設立しようと常々言わ んと蓑さんと私は、学芸員の人たちに考えていただこうとこ れております。私たちも実現に向けてぜひ努力したいと思っ のミュージアム・サミットをはじめました。今回は学芸員の ていますので、皆さまも声を大にしていただければありが 方ももちろんいらっしゃいますが、館長の方、企業の方、 Z たく存じます。 O の方もいらっしやるし、さらに Z O を助ける方々もい それでは最後に、本サミットの事実上の責任者である福原らっしゃいます。かっては専門家だけが集まる会議だったの 理事長から、総括的なコメントをお願いできればと思いま ですが、今やサッカーでいえばサポーターの方々にもたくさ す。 ん来ていただいて、とても層が厚くなってきました。もしこ の会議を一〇回続けたら、この会場にはとても人りきれない 多様な知恵で、さらなる文化のシャワーを ことになるでしようね。いずれにしても、たいへんありがと - つございます 福原【週末の貴重な時間を二日間も割いていただいて、皆さ 皆さんのお声を聞きますと、刺激になったというお声も、 んと一緒にここにいられたことを本当にうれしく思います。 楽しかったというお声も、リフレッシュしたというお声もあ この場は皆さんにとって非日常の場であります。そして、 ります。その三つを重ねてみますと、どうもシャワーのよう その非日常の場で考えて、学んで、気づくという、この三つ な、文化のシャワー、あるいは、ミュージアムシャワーとも が同時に達成されるのはとても大きなことです。明日からで 呼べることが起きていたのではないかと思います。 きることもありますし、五年後になることもあるでしよう 「また開かれるのですか ? 次回はうちの館の別の職員を が、何よりも皆さん一人ひとりが考えて、学んで、気づくと ぜひ参加させたい」というようなお話もありましたが、じっ いうことが、とても大事なことであろうかと思います。今回 はこのことは、マネジメント分科会の問題とまったく重な 集まっていただいたのは、美術館だけでなく、さまざまな館るわけです。来館者の方から「この間の展覧会は良かったか 種のミュージアム全体になりましたので、多様な角度からご ら、もう一度行きたい。友だちも全部誘うからもう一度やっ 意見をいただけたのは素晴らしいことでした。当初、高階さ てよ」と一一一口われても、さて、お金がないのでどうしようとい ミュージアムの価値の実現をめぐって 202 第 2 部
的に可能かわかりませんが、現場としては以前から追求してきた独立行政法人による博物館運営が この機会にうまく実現すれば、という期待を持ちながら様子を見ている状況です。 デリカシーの三つの「シー」が博物館設置者には必要だという 数年前、ポリシー、リテラシー 拙文を書きました。設置者の問題については、そちらも参照していただければと思います ( 山西良平 一 l) 、日本博物館協会、二〇〇八年、二一ー二五頁 ) 。 「公立博物館の在り方をめぐって」『博物館研究』四三 ( 一 博物館コミュニティーをつなぐインターミディアリー 当館は、一九五〇年に設置されました。当初のよちょち歩きの時代は、市民や研究者の集団が後 援会という形でパックアップし、館を支えてくれました。後援会はその後、「大阪自然科学研究会」 に発展します。そして、一九七四年に現在地に移転したのを機に、研究会から友の会という博物館 ューザーによる学習組織に脱皮し、活動の幅を広げました。同時に、博物館とつながりの深い、よ り専門的な研究サークル、同好会といったヘビーユーザーの集団も多数活動していました。そう いった人たち、特に友の会の役員を中心に、「大阪自然史センター」という法人が二〇〇一 年に設立されます。このは、定款に大阪市立自然史博物館との連携を行うことが目的と明 記した、博物館をとりまく協力者による事業体です。それまでの友の会事業を引き継ぐのに加え、 ミュージアムショップやボランティア事業など、博物館が直接運営することがなかなかむずかしい 事業も、この大阪自然史センターが担ってくれています。さらに、今まで学芸員だけではこなしき れなかった子ども向けワークショップなどのプログラム開発や大規模なフェスティ、、ハルを、博物館 と共催するといった形で博物館とタッグを組んでいます。この法人は、自ら各種の補助金や 委託料を獲得し、デザイナーやファシリテーターなど、学芸員にはないスキルを持っ職員もきちん と雇用しながら事業を営んでいます。 ミュージアムの価値の実現をめぐって 84 第 2 部
委員長 〈分科会〉テーマ ミュージアム・リテラシー 建畠晢 ( 埼玉県立近代美術館長 ) 企画グループ・話題提供 高めあう市民とミュージアム / 川義和 ( グループ長 / 国立科学博物館学習・企画調整課長 ) 小野範子 ( 茅ヶ崎市立小和田小学校教頭 ) 今回の未曾有の大震災に際し、市民が地域の課題に対して主体的佐藤優香 ( 国立歴史民俗博物館助教 ) に取り組み、対話を通じて協働して解決していくことの重要性があ端山聡子 ( 平塚市社会教育課学芸員 ) 話題提供 らためて認識された。このような社会変革の時代にあって、ミュー ジアムは議論をオープンにして人々の対話を促進し、市民とミュー 西田由紀子 ( よこはま市民メセナ協会会長 ) ジアムの創造的相互作用 ( ミュージアム・リテラシー ) を高め、両者 の協働・協創による市民参画型の社会の実現に寄与することが求め られている。 この分科会では、市民が単にミュージアムが提供するものを受け 取るだけでなく、自らの社会に必要な場としてミュージアムの価値 を主体的に読み解き、かっ働きかけて、ミュージアムと相互に作 用するあり方 ( Ⅱミュージアムと市民が高めあうミュージアム・リテラ シーのあり方 ) を考察する。 ミュージアム関係者 行政職員 大学教員 / 研究員 分科会参加者 21 名 〔内訳〕 ミュージアム関係者 ( 館長、 学芸員など ) : 9 名、大学教員 / 研究 員 : 4 名、企業関係者 : 1 名、行政職 員 : 2 名、学生 ( 大学、大学院 ) : 2 名、 文化団体など : 1 名、教員 ( 高校 ) : 1 名、その他 ( ボランティアなど ) : 1- 名 第 2 部ミュージアムの価値の実現をめぐって国
西田由紀子 ( よこはま市民メセナ協会会長 ) 市民の協働・協創の見地から、横浜の三つの事例を紹介いたします。 協働・協創はミュージアム・リテラシーの進化の一つの姿であり、今後進むべき方向だと考えて います。横浜市では、市民・行政が全国的にみても早い段階で協働に着目し、研究会を発足させ、 二〇〇四年には基本方針が提唱されるなど、各分野での協働事業が展開されてきました。 ( 事例 1 ) 都筑アートプロジェクトは、協働から協創へ進んだ事例です。開港一五〇周年を機に ミュージアムが市民に声がけし、ミュージアム、市民実行委員会を中心として地域をあげて取り組 んだ遺跡と現代アートのコラボレーション事業です。アートを介して、これまで無関心だった若い 世代も足を運び、地域との協働によるイ。ヘントを通して相互に対話がうまれ、ニュータウンに新し いふるさと意識やアイデンティティーが生まれています。協働・協創のリテラシーが機能し、新し い価値の創造を実現した事例だと思います。 ( 事例 2 ) 横浜開港資料館は、市内各地に点在する郷土史に関心の高い市民グループや研究会を ヾーは団塊世代が中心で、質の高い 発掘し、郷土史団体連絡協議会として取りまとめました。メンノ 研究成果の刊行により、地域関連とミュージアム収蔵に貢献しています。 話題提供 1 市民の側から見たミュージアム・リテラシー テーマ 話題提供 よこはま市民メセナ協会二九 九八年設立。ボランティアによ る市民提案型メセナ団体とし て、企業や行政との連携により 地域芸術文化活動の創造と促進 普及を図る。市民文化活動の調 査研究、シンポジウムなど実施。 二〇二年、一二年全国メセナ ネットワーク幹事。 homepage2.nifty.com/、yokohama simmmesena 、、 ミュージアムの価値の実現をめぐって 108 第 2 部
このような課題は、公的な機関だけでは解決することは困 難で、市民一人ひとりの参画とそれぞれの意見に基づいた合 ( 1 ) ミュージアム・リテラシーとは 意形成が必要である。それは、一人ひとりが課題に対し、自 立的に判断し、対話を通じて、合意形成し、協働して解決し ・市民参画型社会における自立と協働 ていく市民参画型社会の実現への過程である。このような状 分科会では、ミュージアム・リテラシーについて議論し 況の中で美術館、歴史博物館、科学博物館、動物園などの た。一日日の池澤夏樹さんの基調講演は刺激的で、震災後の ミュージアムがどのように振る舞い、社会的役割を果たすべ 日本の文化をどのように創生していくかについて、私たち ミュージアム関係者に課題を突き付けられた感があった。震きであろうか。本分科会では社会におけるミュージアムの役 割を「対話を促進することにより、市民とミュージアムの相 災後、社会的状況は変わってきた。公的な機関の発表や科学 互理解が高まり、自立した個人が地域の課題に対して協働し 技術に対する不信感の現れか、主婦が近所の公園や通学路に て解決していく市民参画型地域社会の実現に寄与する」とし 線量計を持って放射線量を測定している様子が報じられてい て、議論を進めた。 る。しかし、別の角度から見れば、科学から縁遠い一般の人 が、放射線量を自ら調べ、その結果を近隣の役場などに伝え、 相互作用としてのミュージアム・リテラシー 放射線量の高い地域が確認されるようになった。一般の人が リテラシーには、「教養」としてのリテラシー ( 大学の教養 科学技術に対し、疑問を持ち、課題解決に向けて取り組んで 教育 ) と「読み書き能力」としてのリテラシー ( 中等普通教育 ) いる姿こそがリテラシーを高めることにつながる。 ・分科会提案 テーマ グループ長報告 川義和 ( 国立科学博物館学習・企画調整課長 ) Ⅱ 7 テーマ B : グループ長報告