176 第 4 章博物館論 まず中味を考える学芸員 , それを具体化してゆく立場にある展示業者 , 事務 上の仕事を分担する管理職員 , プランについて意見を述べ , 内容をチェックす る委員会である . この四者を , 管理者 ( 館長予定者 ) が統轄する . 展示業者の選 択は , 最近では競走設計 ( いわゆるコンペ ) によることが多いので , もう少し具 体化した段階 ( 基本設計の段階 ) になるかもしれない . 委員会は学識経験者 , 教 育関係者 , 一般市民などから構成される . 前の専門委員会にかかわった人が含 まれるほうがよい . 四者による各種レベルの会合 , あるいはその下部につくられる作業委員会に おいて議論が積み上げられ , 意見が収斂してゆく . 基本構想 , できあがったシ ナリオは機関の長 , 審議機関に提示され , 一般市民にも開示される . 展示のシナリオ ( ストーリー ) をつくる 基本構想に基づいて , 展示のシナリオがつくられる . なにをメインテーマと するか , サプテーマはいくつか , なにをあてるか , 全体の流れをどう考えるか , ストーリーが組み立てられる . 予定された敷地 , 建物・展示その他を含めた予 算の中で , 展示の量と質が問題とされ , どの程度のものとなるか検討される . 「もの」が十分に用意されていない場合は , 資料の購入・製作に要する予算と 時間も計算されなければならない . この段階で展示の中心となるものを考慮しておく必要がある . 大型標本やめ すらしい資料 , 迫力をもつジオラマなどがふつうに考えられるが , 多数の標本 を展示して , 量で圧倒することもできる . このような展示の目玉となるものは , シナリオの中にどのような部門があるかということとも関係して , バランスよ く配置されなければならない . 基本設計 シナリオができあがると , 次は基本設計である . すでにふれたようにコンペ によることがある . 最終的なレベルまでの基本設計で比べるより , ポイントを しばって概要のスケッチをさせ , その中に , いかに新しくて刺激的で , 見る人 に興味をもたせるようなアイデアが盛り込まれているかを評価したほうがよい . 基本設計はもとより , これに続く実施設計も含めて , 最終的にでき上がるまで
第 4 章博物館論 178 図 4.4 建設中の豊橋市自然史博物館 図 4.5 展示の製作 繰り返され , プラッシュアップされてゆく . 学芸員サイドからの提案も含めて , 展示の内容が厚みを増してゆく時期である . ケースや照明など展示の効果を発揮させる工夫がされる . 建物のうち , 展示 と関係する部分 , 床や壁・天井のマチェール・色など展示を取りつけるための フレームワーク , 電気の容量なども両者の検討課題である . 見学者に気持ちよく見てもらうために , 空調設備が必要であるし , 音響に対 する配慮もいる . 室内の色は展示に関係するだけでなく , もっと基本的な快適 さに関連することである . 照明も閉鎖的な環境での人工照明だけによるのか , もっとオープンにして自然光を採り入れるのか , いろいろと問題がある . 展示室であるからといって特別な空間ではないのだが , 展示をうまく見せる ( 価値を提示する ) , わかりやすく説明する ( ものの意味を表現し解説する ) こと と同時に , 気持ちよく見られる場にするということが肝要である . 施工 この後 , 建物・展示とも施工に入る . 建物は先行してつくり ( 図 4.4 ) , 養生 期間をおく必要がある . 展示は工場において準備され ( 図 4.5 ) , 最終的に博物 館に搬入され , 比較的短期間のうちに完成する . それまでに十分チェックされ , ラベルやパネルなどの文字・イラストなどの校正 , ジオラマなどの「もの」校 正なども行われるのだが , 最終的には多くの手直しが必要となる . 実施設計といっても , その段階で具体的に「もの」とそれの説明 ( たとえば ラベル ) の細かい配置その他をつめているわけではないので , 細かいミスが出 てくるし , 不足や欠陥が生まれてくる . 学芸員と業者両方のすばやい対応がな
92 第 2 章自然史系博物館のすがた めた学問の進歩にともなう内容の見直しである . この改善は隣にある空の科学 こはプラネタリウム中心であ 館も一部含めてのことにしなければなるまい . るが , 天文についての展示もある . 検討の必要があろう . 第 2 に半田市にはこの館を含めて公私立 7 つの博物館・美術館がある . 半田 の生んだ童話作家新美南吉の資料館 ( 近く新装開館する ) , 地域の産業の酒作り , 酢作りの博物館などである . さらに , まわりには知多半島全域にわたっていく っかの資料館・美術館がある . これらの中心としてネットワークをつくり , お たがいに協力しながら活動してほしい . 第 3 に自然史系の学芸員をぜひ用意してほしい . 半田市の市域に限らず , 広 く知多半島の自然が対象である . 地質・動物・植物の , どの分野の人でもよい から入れるべきである . せつかくの理想的な博物館の 1 つだから , さらに充実 をはかってもらいたい . 自然保護の問題も含めて館の活動はさらに活発になり , より広いものになってゆくだろう . まとめ 郷土博物館は , 自然史分野のあり方について県立博物館と同様な問題をもっ ている . 小型ながら個性的な館が多いので , これからもその特徴は活かして独 自な方向を打ち出していってほしい . 2.6 私立博物館 浅見化石コレクション 岐阜市長良梅子 この館は 1935 年 ( 昭和 10 年 ) 以来 , 故浅見薫氏が収集した化石を基礎とし , 1965 年に開館した . その遺志を継いで娘さんの昭子氏が継続し , 現在に至っ ている . 床面積 40m2 足らずの展示室であるが , 収蔵されている約 5000 点の 化石は岐阜県指定の天然記念物になっている . 土・日曜のみの開館である . 親子 2 代にわたる個人コレクションの公開である . 一般に個人コレクション は当人にとっては大切なものであるが , 他の人には興味のないものであること 一括し がある . 収集・保存していた本人が亡くなると , 散逸することが多い .
2.2 豊橋市自然史博物館 29 展示は開館してからすぐ手直し・追加が始まった . 収集は多面的に行われ , とくに予算的裏づけを得て , 購入に積極的である . 標本を購入することについ ての批判はあろうが , 標本が必要であること , 将来 , 入手ができるかどうかを 考えたとき , 必要なこととして認識できる . 積極さを買うべきであろう . 全館にわたってのほば倍増ともいうべき増設の将来計画はこれまでの館にあ まり見られないことである . 展示は 5 ー 10 年が限度というのが最近よくいわれ るが , その先取りというべきである . 展示もさることながら , 研究室 , 収蔵庫 , 研修室など基本的なスペースについての配慮も必要である . 積極的な点は , 各方面からの要望にも表われている . 一般市民 , 行政の上層 部 , 議会筋からの注文は多い . 豊橋市のオープンで気どらないという土地柄に よるのかもしれないが , 注文に対しては十分ふるいをかけて対応することが必 要である . 圧力とならないことが肝要である . 学芸員については多くの問題を含んでいる . 学芸員の仕事についての理解 , 評価がより必要である . 専門的に分化せざるを得ない面があり , おたがいに十 分カバーされない側面もある . 学芸員は資格のあるなしより , 仕事ができるか どうかが大切である . 資格にこだわる採用条件はやめるべきである . いずれに を拡げてゆくことができるだろう . 館との交流も始まっている . 日本国内についてはいうまでもない . 本来が地域の博物館であるが , デンバー自然史博物館をはじめ , 外国の博物 動物 3 名 , 植物 1 名 , 環境 2 名のスタッフを最低そなえたい . せよ , それぞれの分野の専門家をもっと増やす必要がある . 地質・古生物 3 名 , どんどん輪 本・諸外国の館との関係にもつながってゆくだろう . それぞれの面において協力・交流することが望まれる . それは東海地方 , 日 かの自然史系ー自然史を含む博物館がある . これらの 2 つの系列の博物館と , あり , また , 東三河には伊良湖自然科学 , 鳳来寺自然科学 , 東栄などのいくっ 豊橋市内には , 美術博物館 , 地下資源館 , 二川宿本陣資料館などの博物館が 入館者の数が増え , 質に変化が生まれ , 対応が必要になるだろう . 究・教育の中心となることが期待される . 同時に , 公園の中には遊園地もあり , の 4 月一部オープンした . 自然史博物館はその核の 1 つで , 地域の自然の研 さらに隣接の動物園を含めて , この地域に自然公園をつくる計画があり ,
3.3 博物館の機能 はいつまでもやせたままということになり かねないのである . ( 3 ) 出版物 教育・普及用の出版物も 1 / 3 をこす館で 出されている . これも内容はいろいろだが , それぞれの特色を出したものがほしい ( 図 3.9 ) . 映像も含めて , 情報は氾濫している . たとえば , 最近のプームにのって恐竜の解 説書は多い . 正確に調べたわけではないが , 本・雑誌を含めてゆうに 400 種はこえるだ ろう . 出版社に対抗してなにかをつくると いうのはたいへんむずかしい仕事である . したがって , 独自なものが要求されるわけ である . 一般に , 日本の博物館で友の会をもっているのはそれほど多くはなく , 欧米 に比べると少ないといえる . 先にあげた 60 館でも 15 館前後と思われる . 博物 館は人の来る場所であり , 博物館は「人」 ( 学芸員 ) と「人びと」 ( 入館者 ) との つきあいの場である . さまざまな形の交流が生まれるわけだが , 友の会に属す る人はその中心になる人びとである . 彼らを大切にしたいし , 育ってほしい . その中から自然史を専門に学ばうという人が出てくる可能性がある . 瑞浪市化 石博では , すでに複数のそういうケースが生まれている . 次代養成のべースを つくっているのである . 友の会はもっとつくられる必要がある . また , あってもその運営に自主性が 乏しく , 博物館へ大きく依存しているケースも見かけられる . 日本の博物館の 中でこれからどう育ててゆくか , 問題としなければならない組織であろう . 全体の博物館の活動を見ると , 教育・普及の面にウェイトがかかりすぎてい る感がある . これは多すぎるということではなくて , 他の収集・保存 , 研究な どのウェイトが小さいということである . 図 3.7 に示すように , 教育面にかた より , とくに展示が博物館の中心と考えられている . 教育・普及の面でも , な 157 財団法人本そンらモンタ、 ~ •JAPANoMONKEY CENI 、 RE NO. 243 図 3.9 友の会会誌 ④友の会
212 第 5 章博物館の未来像 礼 , 食物 , 道 , 水などである . ほんとうにテーマになるか , うまく博物館とし て構成できるか疑問のあるものまである . 人文系の学生が主なので , 自然系の ものは少ない . また , このように並べただけでは , 内容について紹介できない のでおもしろさは伝わらないだろうが , 発想はじつに自由でユニークなものが あった . 地域志向型についてはすでに論述が多数ある ( たとえば伊藤 , 1991 ) . また地 こでは一般的なテーマ 域のテーマは一般化しにくい側面をもっているので , のものを取り上げることにする . 生物学分野 ( 1 ) ヒトの博物館 生物としてのヒトをテーマにする . ヒトの歴史 , ヒトとしての成立の理由 , ヒトと類人猿の違い , 人種 , ヒトと環境 , ヒトの移動 , ヒトと食物など事項は 多い . ヒトそのもの , そして自然とのかかわりから見たヒトに焦点をしばる . 人類学 , 考古学 , 医学 , 生物学 , 古生物学 , 食物学など多様な分野にわたる内 容である . たとえば目玉は , 上田 ( 1989 ) のいう人体を 200 倍にしてガラス張り にし , 中がすべて見られる模型にしたらどうだろうか . 多面的な自然史的ヒト 研究を同時に研究部門としても考えたい . ヒト全体では大きすぎる , テーマが収斂しないなどの懸念があるなら区切っ てもよい . たとえば文部省の重点領域研究のテーマとなっている「モンゴロイ ド」はどうだろうか ( 図 5.19 ) . この研究プロジェクトは , 日本人を含めてモ ンゴロイドの起源とひろがりに多方面からアプローチしている . アジアだけで なく , アメリカを含めたグローバルなテーマである . その成果をそのまま博物 館の材料としてはどうか . もちろん研究は継続され , 資料は収蔵・保管される . また「住居とヒト」というテーマも考えられる . 年代を区切って , あるいは 地域を限って住居の変遷を取り上げるのである . できれば野外博物館にして住 居を復元したい . このテーマは拡げれば限りなく大きくなるから , どこかに重 点を置く . 時間的・空間的な変化をとらえること , 自然とのかかわりを明らか にすることが必要である . 材料としては石があり , 木があり , またマンモスの 化石骨まで登場するだろう .
第 1 章自然史博物館 地理から服飾器まで含む広義のもので厳密に 「博物」を示したものではない . 刊本として日本で「博物」の言葉が使われ るのは , 江戸時代の終わり , 1855 年 ( 安政 2 年 ) であり , 英国の医師である合信 (R. Hobson) の中国で刊行されていた著書の訳 『博物新編』が刊行された . この後明治に入 って , 「博物」あるいは「博物学」という言 葉は一般化してゆく . 1871 年 ( 明治 4 年 ) に 文部省に博物局が置かれ , 江戸時代からの遺 産 , 小石川薬園 ( 現東京大学小石川植物園 ) を 管理する . 1873 年には教育用の「博物図」がっくら れ , 続いて多くの教科書 , 普及解説書 ( 『訓蒙 博物問答』 1974 , 『具氏博物学』 1876 など ) が刊行される ( 図 1.2 ) . 1877 年 ( 明治 10 年 ) , 東京大学に理学部生物学科が生まれた . 後に動物学科 と植物学科に分かれるが , 最初のころの教授はお雇い外国人のモース , ホイツ トマンを含めて , そのほとんどは naturalist ( 博物学者 ) であった . しかし , い ずれも欧米で学問を学んだ人たちで , 江戸時代の「博物学」の伝統を引くもの ではなかった . また , 博物学の名称も , その内容がそうであったにもかかわら ず , 使用されなかった . すでに欧米で萌芽のみられた博物学の衰退 , 近代生物 学の誕生が影響していたのかもしれない . いずれにせよ 20 世紀に入るころには , 東京大学において実験的植物学が三 好学によって開始され , 博物学は近代生物学として分化・発展してゆくことに なる . このことは地質学についても同じことがいえる . 博物学は , 日本におい て学問として発達するには時代が悪かった , ということになろうか . ただ , ア マチュアを含めた一部に博物学の伝統は強く残り , 同好会が生まれ , 雑誌が発 行され , その系統は今でもみることができる . それでは , こらで問題を整理 して , 日本の博物学 , あるいは自然史学について考えてみることにする . 4 図 1.2 「具氏博物学』
10 第 1 章自然史博物館 ので , 状況は変わっているかもしれない . しかし , これが現実の 1 つの姿であ ろう . 統計的処理をした結果として , 入館者数と相関のある項目は , 第 1 に年間運 営費 , 第 2 に常勤職員の数であるという . この 2 つの項目は博物館活動を支え る重要な要素であり , 活動が盛んであれば入館者も多くなるということを示し ている . 1.3 自然史博物館 自然史博物館は , 自然史資料を材料とする博物館である . これは前 2 節の両 者を結びつければ自ずと理解される . 自然史資料は具体的には地球およびその 上にある自然の「もの」で , 動物 , 植物 , 岩石 , 鉱物 , 化石などがそれに含ま れる . 生物に関しては , 一応個体レベル以上の「もの」を対象とするが , わることはない . 自然現象など「もの」でなくても「もの」の周辺にあるもの を含めたほうがよい . 飼育・栽培のものは原則的には除外して , 動物園 , 植物 園 , 水族館にまかせられる . 少し厳密にいえばこうなるが , それに限る必要はない . 自然に少しでもかか わり合いがあれば含めてよいし , とくに人の生活にかかわりのあるものは加え ヨーロッパ・アメリカには , よく知られた naturalhistory の博物館がある . British Museum (Natural History) ( 大英自然史博物館 , イギリス , ロンドン ) , Museum National d'Hist0ire Naturelle ( ノヾリ自然史博物館 , フランス , ノヾリ ) , Natur Museum und Forshungsinstitut Senckenberg ( ゼンケンベルグ博物館 , ド イツ , フランクフルト ) , lnstitut Royal des Sciences Naturelles de Belgique ( 王立自然史博物館 , ベルギー , プリュッセル ) , National Museum of Natural ューヨーク ) , Museum of History ( アメリカ自然史博物館 , アメリカ , Natural History of Smithonian lnstitution ( スミソニアン自然史博物館 , アメリ カ , ワシントン D. C. ) などである . この他 , 総合博物館や郷土博物館の一部 として , 単科の専門博物館 , 大学博物館など多様な館が多数ある . 少し古いが , 世界の自然史系博物館の状況を調べたことがある ( 糸魚川 , 1982 ) . "Museums
ろうか . 210 第 5 章博物館の未来像 自然史博物館の大テーマはなにか . 「自然と人」である . たんに自然だけを 対象とするのでなく , 人とのかかわりの中での自殀人と対置した形での自然 を取り上げたい . 小テーマはいろいろである . 具体的に次節で述べよう . どんな「かたち」が望ましいか . たくさんある中で , 21 世紀を迎えるこれ からの時代にユニークでありたい . そして , 新しいものでありたい . テーマお よび技術ともにである . 切ロはどうか . 館の姿勢はいうに及ばず , 展示やその他の活動にも通じるな にかを選びたい . これまでに述べたことの復習も含めて具体的にあげてみると , まず工コミュージアムがある . 人と自然のかかわりをテーマに , 地域一人を結 びつけた形で展開したこの発想はユニークである . フランスはもとより , 日本 を含めての事例には理解しにくい面もあるが , さらに解析し構築して , 未来の 博物館の 1 っとしたい . たとえばソノラ砂漠博物館はエコミュージアムに通ずる性格をもっている . 竹内 ( 1990 ) によれば , アメリカのアリゾナ , ツーソンの近くにあるこの博物館 は国立公園に隣接し , 「ソノラ砂漠の動物と植物」をテーマとしている . 生息 環境に近い状態で生物を飼育・展示し , 環境の一部として土壌や地球も取り込 んでいる . 屋外が主で , 歩道があり展示を見てまわる . 猫のいる洞穴 , 平原 , カワウソとビーバー , 巨大な鳥かご , 植物 , 地球の歴史などがあり , その多く は生きた生態展示である . この博物館は , 人間が砂漠とつきあうオリエンテー ションルームの役割を果たしている . 日本の森林 , あるいは草原 , 海岸などで 同様な発想で想定することは不可能だろうか . また橋の博物館の発想は応用できる . 「環境言語」で体験すること , それに ともなって参加型であること , プレイランド的発想は展示中心の館を考えたと き効果的である . 博物館が遊びの要素をもっていることは , 来館者に遊びをす る気をおこさせ , そして実際に遊びをさせる . この自由な発想は高く評価でき る . オランダのハーグのムゼオン ( Museon ) はその展示の切口にユニークなもの があった ( 図 5.18 ) . すでに述べた ( 154 ページ参照 ) ので改めて説明しないが , モザイク , それもジグザク模様をつくる構成は , 展示だけでなく博物館そのも
64 第 2 章自然史系博物館のすがた 盛り上がりにかける . 熱帯の海と山のあのダイナミックさはどこにいってしま ったのかと思う . この他の展示も全体にやや古びて活力が見られない . 独自の歴史の中ではぐ くまれた独特の民俗品 , 優れた工芸品 , そして天与のすばらしい自然をもって いるのだから , これらを見せてほしい . また , この地における人と自然のかかわりは山下洞人 , 港川人をはじめとす る旧石器人のときにまでさかのばる . 現在に至るまでの , そして現在の両者の かかわりあいをぜひテーマにしてほしい . 沖縄においても自然破壊の問題が生 まれている . そのこともぜひ含めてほしい . 基本的には博物館全体のつくりか え , あるいは展示の再構成・新装が必要なのであろう . かって沖縄のある人が語られた「県博の人はみなその道一筋の人ばかりで す」という言葉を覚えている . たしかに , 博物館全体にそういったいっしよう けんめいさを感じる . それは建物や展示が多少古くても , 博物館そのものが活 力をもっことにつながる . 最近 ( 1992 年 ) , 酒造組合連合会と共催で , 「泡盛」 の特別展が行われたという . 試飲会もあったとのこと , このような沖縄らしい 市民とむすびついた特別展などをどんどん企画してほしいものである . たいへんであろうが , 予算的な裏づけを得て , 再生の第一歩を踏み出してほ しい . 近くの首里城が復元されたこともあり , 観光ともつながって多くの見学 者を迎え , 新しい天地が開けてくるのではないだろうか . この博物館が経てき た戦前から戦後への歴史は同時に沖縄の歴史である . そのことを思うとき , 21 世紀へ向けての発展をぜひと願うのである . 岐阜県博物館 関市小屋名 置県 100 年を記念して計画され , 1971 年から 5 年間の準備期間を経て 1976 年 5 月開館した . 地下 1 階地上 2 階建で , 延面積 8788.8m2 , 六角形を基本と した建物である ( 図 2.31 ) . 館長以下嘱託まで含めて 28 名 , そのうち学芸部は 3 分野を含む . 常設展示室はそれぞれ第 1 , 第 2 の展示室に分かれる . 講堂 , 県立の総合館なので人文・自然の両面にわたり , 自然は動物 , 植物 , 地学の 14 名 , 自然系は 4 名である .