68 第 2 章自然史博物館の現在 学ばうとして来ている . そこでは「かたち」として現れていることも「中 身」も問題となる . 後者を中心に考える「学ばう」ということは博物館の基 本にかかわることで , たしかにその姿勢は正しい . しかし , 切り口を変えて 「かたち」を中心に据えることはどうであろうか . そこにはおそらく「美」 を発見できる . かたち , 色 , 自然のもっその他の美しさがあるはずである . それが自然科学の場合によくみかける規則的な配列でなく , なにかしかけの ある方法で展示されていれば , ふつうのセンスの持ち主であれば , それに感 動するはずである . たとえば , フォッサマグナミュージアムの第 2 展示室は それをみせようと考えてつくられていて , みる人は楽しんでいる . たしかに 部屋へ入ったとき , ある種の感動がある . このように考えると , これまでとちがった新しい二面的なとらえ方をする ことにより , 博物館のイメージが大きく広がりそうである . 「美」というこ とにかぎらず , 他の方法 , 他のねらい目でもよい . 新しい切り口をみつける ことはこれからの 1 つの方向として考えられなければなるまい . ( 5 ) 百物館構想 あるテーマで博物館の展示をつくる場合 , いろいろなっくり方がある . 般に基本構想・基本計画・基本設計・実施設計・施工という順序になる . こでいおうとしているのは , おもに基本計画・基本設計の段階のことである . 自然のみにかぎってもよいし , 人文系のテーマでも可能である . 広く全般的 にわたることであれば , 真の意味の「総ム」がそこに生まれる . テーマによ 、心、に 1 ってアイテムを選ぶ . アイテムは広く一般から求めてもよい . 県立・市立な ど公立の場合はそのほうがよい . 最初は 100 くらいのアイテムがあったほう がよい . 明治の初めに使われた「百物館」という古い言葉を引っぱり出した のは , それがもっとも中身を表現するのによいからである . アイテムを大・中・小の 3 つに分ける . テーマのなかでの重要性 , おもし ろさ , 相互の関連などをみて , ふるい落としてゆく . 展示室の面積とのから みでまとめられたりして数は減っていく . 最小の場合は 30 アイテムくらい になるかもしれない . 大・中・小の割合は 1 : 3 : 5 くらいが適当である . そ れぞれの内容は独立である . 表現の方法は自由で , 「もの」であったり , ジ オラマ・模型であったり , 映像であったりする . バランスがとれているほう がよいが , それもとくにこだわらない . テーマにもよるし資料のあり方にも
56 第 2 章自然史博物館の現在 多くの行政組織では , 調査や学会出席などの , 研究上必要なこと , さらに研 修でさえ出張が認められていない . 最近 , 改善された例も聞くが , 多くの学 芸員は自費で , 年休をとってこれらのことをカバーしているのが現状である . 体制が改善されるべきである . 2.5 展示 展示の基本 博物館において「展示」という言葉が使われるようになったのは , おそら く戦後である . それまでは陳列といわれていたようである . 展示には , みせ る側の意志が強く感じられる . また , 技術的にも多様になってきて , 複雑な かたちをもってきているといえる . 現在は , みる側の立場を重視しての展示 が重要であると考えられるようになっているから , 少し理解が変わっている . ( 1 ) 展示の基本 展示をどうとらえるかは , 立場によってちがいがある . 博物館の側 ( みせ る側 ) からいえば , ①博物館の顔である , ②普及・教育の基本となる柱であ る , ③研究に支えられている , などといえる . 博物館へ来る側 ( みる側 ) か らすれば , ①めずらしい , 美しい , はじめてみるものがあり楽しい , ②新し いことを学べる , ③刺激を受ける , などである . 展示は博物館と来館者の接 点として , すなわち博物館が人の来る場所であるという特性を表すものとし てとらえられ , もう 1 つの大きな役割ーー資料保存 - ーーとともに博物館の重 図 2.8 展示室 ( 奥出雲多根自然博物館 )
764 第 5 章新しい型の自然史系博物館 壊してしまってはならない . 子孫に受け継ぎ , 未来へつなぐ大切なものであ ることを知らなければならない . 博物館の役割 ることである . 興味をもっ子どもをもっと増やし , ひいては自然を愛し守る人びとを養成す なことは博物館が , そして学芸員がたしかな「自然観」をもっこと , 自然に 対策を行政に指導すること , 広い環境教育をになうこともある . さらに重要 ある . 情報を受け発信することもある . 開発行為に対し進言すること , 保護 についての知識をもってもらう , 自ら調査・研究に参加してもらう , などが タの蓄積などがある . 教育の面では基本的な考え方を学習してもらう , 個々 面が中心になる . 研究の面では自然の保全 , 資料の保存 , 調査・研究 , デー あろうか . 博物館の役割のなかにみえていることだが , 研究・教育の 2 つの 人のかかわり」についての基本的な問題に , どのように対応したらよいので それでは , 自然史博物館はこのような「自然」についての , また「自然と
2 . 1 学芸員と館長 35 年には専修コース ( 3 日間 , テーマは自然の多様性・文化の多様性 ) が開か れ , 21 名が参加した . いつばう , 市町村館において , 海外派遣の研修が組 織内の規定により認められないケースもあり , 問題はかんたんではない . 前述の調査において , 採用形態として教職員からの異動がかなりの数 ( 約 10 % ) になることは気になることである . おそらく学校現場から配置換えに なり , ふたたび戻るという形態をとるのであろう . この場合 , しばしば聞く のが任期が 3 ー 5 年であり , 腰掛けであるということである . 学芸員の仕事に は継続性が求められるから , このような状況では対応が十分できないことに なる . 逆に , 博物館に在籍を希望しても異動させられたという例も聞いてい る . いずれにせよ , 適性ある人を適切な状況下に配置することが必要である . ( 4 ) 学芸員の評価 学芸員の仕事の評価はまだ確立していないといってよいであろう . 仕事の 内容が多様であること , 主たる仕事が評価しにくい研究と教育であること , しかもそれが専門的に広い範囲にわたること , などが理由である . 基本的に は研究と教育の両面でなされるべきことであるが , それぞれが多様な内容を もつだけになかなかむずかしい . 研究の評価は公表された論文によってなさ れる . 論文自体が公表されたものであり , 一般的な評価の対象になる . では , すでに述べたように [ 糸魚川 , 1993 : pp. 144 ー 147 ] , そして後述する ように , 博物館における研究の特殊性も考慮しなければならないこと , 研究 の基礎になる資料・標本の整理・管理も大きな仕事の 1 っとして存在してい ることを指摘しておきたい . 教育の成果は学校教育の場合のように明らかではない . 対象が不確定であ り , 目的も限定されて存在していないからである . 企画展の入場者数がしば しば評価の対象になる場合があるが , すべてがこれによっているとすれば , それは誤りである . 博物館における教育の基本は展示 , とくに常設展示にあ るからである . 館の性質により異なることはあるが , 自然史館ではこのよう にとらえてよいと思われる . いかに研究の成果をうまく常設展示に生かすか , それが基本である . もちろん各種の行事を含めた教育・普及の面もある . そ れも含めて大切なことは , 同じ教育・研究機関である大学に比べて , よりい っそう研究と教育が一体となったかたちで成果が開示されているということ である . 学芸員の仕事の特殊性がその評価をむずかしくしている面もある .
1 . 3 博物館とその活動 もの 普及・教育 研究 人 収集・保存 展示 建物 図 1.5 博物館の基本要素と機能 ( 糸魚川 , 1995a ) する人びとがより多様で不特定であり , 研究の質にちがいがある ( 地域の材 料・「もの」を対象とするなど ) といえよう . 博物館の基本についてはすで に何度か述べたが [ 糸魚川 , 1993 : pp. 6 ー 7 ] , 機能との関連も含めて示した のが図 1.5 である . 「人」「資料ーー - もの」「建物」が 3 つの要素であるが , 最近の状況をみると , 次元はちがうが , 「人びと」すなわち博物館に来る 人・助ける人・関係する人びとを含めねばならないであろう . 博物館の機能 活動と機能を中心にして , それに前述の要素がどのようにかかわるかを示 したのが図 1 . 6 である . 図 1 . 5 を別の側面からみたことになる . 最近重要視 されている 2 つの事柄ーー一環境問題を含めた社会活動・情報ーーーを加えてあ る . 「人」はすべてに関して重要な要素であることはすでに何度も強調して きた [ 糸魚川 , 1993 : pp. 135 ー 137 ] ( 糸魚川 , 1979 など ). 「資料」について は , コンピュータの発達による情報処理あるいは表現によって事情が変わっ てきた . 1 次資料としての「もの」が重要であることは変わらないが , 別の 取り扱い・表現が可能になってきたのである .
2.5 展示 63 基本姿勢についての変更である . いつばうでは , こういった変更はしないほ うがよいという考えもあるであろう . しかし , 時代が変わると人の考え方も 変わる . それにともなって , 博物館も変わることが必要となる場合がある . 展示にまでそれが及ぶことが考えられる . 博物館の基本的な考えを変えると いうことはそれほど多くはないであろう . 外国の場合だが , 大英自然史博物 館のような例もあるし ( 第 4 章参照 ) , より広い考えをもっての運営 , それ にともなう展示の変更がありうる . 姿勢を変えることもあるであろう . より オープンな対応をすること , 遊びの要素を取り入れること , など時代に即応 した変化は当然あってよい . ( 3 ) 「もの」とレプリカ ( 複製 ) 展示されるものは大きな広がりをもっている . 現地にあるもの , 現地から 移したもの , ふつうにいう実物標本 , っくりもの ( レプリカを含む ) などで ここで問題にしようというのは「もの一一実物標本」とレプリカであ ある . る . 展示室において , その標本がレプリカであると表示することが必要か否 かということである . 実物とほとんど区別できないレベルの精巧なレプリカ であれば , それのもっている情報は同じであるから , わざわざ記載する必要 がないという考えがある . 肝心なことは , みる側がどう受け取るかの問題である . 人間には本物論 ( 本物は価値があり , そうでなければ価値がないということ ) がある . そう である以上 , 実物は実物 , レプリカはレプリカとして示したほうが正しいの ではないか . 表示しないで展示すると , それは観覧者にはわからないかもし 図 2. Ⅱ恐竜のレプリカ ( 徳島県立博物館 )
ノ 84 第 6 章自然史博物館の改革 る . 化石や地層がでている地域の中心に立地し , 豊富な資料によって展示を 構成している . 研究をはじめ博物館活動はさかんで , 個性的な , 地域の小博 物館としてよく知られ , 博物館っくりのモデルとされてきた [ 糸魚川 , 1993 : pp. 15-2 幻 ( 糸魚川 , 1979 , 1982 など ). 開館して 5 年で中程度の展示 替えをし , その後 , 小さな手直しをした . しかし , 20 年近く経っとハード 面の損傷がめだつようになり , 展示替えの時期を考えねばならないようにな ってきた . それにも増して重要なことは , 研究が進み資料が増えて , ソフト の面で替えなければたしかな情報・解説を市民に提供することができなくな る状況になってきたことである . そこで展示替えをすることになり , 基本設計・実施設計を 1994 年から 2 年間かけて行い , 1996 年度に工事をし 1997 年春に再開館するという予定が 立てられた . 約 400m2 の増築をし , 内部の再構成をすることが考えられた . 展示室はこれまでの「瑞浪」を中心テーマにしたもののほかに , 「化石の世 界」として , より一般性をもった第 2 展示室 ( 約 300m2 ) が計画された . 財 政の裏づけもでき , 1996 年 3 月には実施設計が終わり , 4 月から施工という 段階にこぎつけた . 20 年間の経験と蓄積は大きく , 作業は順調に進んでい ところが , 選挙で新しく登場した市長の意向で , 計画は中止となった . 直 接の理由は中学校の 1 つが火事で焼け , 再建にお金がかかるからみおくろう ということである . たしかに , 中学校のことは重要ではあったが , この計画 が実施できない状況ではなかったと思われる . 基本的には , あまり博物館に お金をかけたくない , このままでも人は来るではないかという考えがある . この場合のように , 博物館は , それが活動的であり , 多くの業績をあげ , ほ かから評価されていても , 首長の考え 1 つで挫折するのである . 財政的な問 題もあろうが , 文化的なことに興味をもっていないこと , 理解がないことに この問題の基本がある . 2004 年までの長期計画のなかには改装計画が入っているそうだが , そこ まで先のこととなると , 実際に実現するのかどうか疑問である . 瑞浪市化石 博物館は , そのあいだじっと耐えるしかない . そして , 少しでも右肩上がり の活動をめざすしかない . 気をつけねばならないことは , 来館者に相応のこ とをしているか , すなわち入館料に相当するものを提供できているかどうか ,
22 / 項目 4. つくる・替える a. つくる b. 替える アイテム 4 ) その他 3 ) やり方 2 ) 体制 1 ) 基本 具体的に 位置づけ 4 ) 開館後の見通し 3 ) やり方 2 ) 体制 1) 基本 こュージアムショップ レストラン ボランティア 3 ) その他 2 ) 組織 付表博物館の検証 検証 機能を果たせる組織か 役割分担はできているか 事務一学芸の連携は 事務職は腰かけ的でないか ( っくる以外 ) 5. 観覧者 a. 観覧者自身 うまく組織され , 運用されているか おいしいか評判は独特のメニューは オリジナルグッズはあるか バラエティに富んでいるか 運営主体は 採算はとれているか 目的は 「もの」は 学問的裏づけは 「胚 ( たね ) 」はなにか 規模は 準備室はあるか 学芸員はいるか 準備期間は つくるプロセスはどうか 展示業者の選定は 場所は 学芸員一業者の連携は 学芸員のリーダーシップは 学芸員のチームワークは 一般に認められる存在か 活動は保証されるか 人館者数は なぜ替えるか 時期は 「もの」・データはあるか 学芸員の心構えは 展示業者との打ち合わせ 日常的一段階的ー全部 増築・増設は 効果は 予算は レベルは みる一わかる一考えるの割合は 数は
6.4 活気ある博物館となるために 79 / レベルは問わないでアイテムとしよう . 2 つの方向 -- ーー内へ向かってのこと に沿って考えてみたい . 内へ向かっては基本的なこ と外へ向けてのこと との充実であり , 将来へ向けての蓄積を意味する . 外へ向かっては人に来て もらうために展示をおもしろくすること , 参加性を高めること , 楽しい場に することなど , 具体的に考える必要がある . 事例をみる まず活気があると思った博物館を全国的に取り上げてみた . そのうち 20 の館について , なにがその館を特徴づけているか , キーワードになるものを 拾い出し , 整理してみた ( 表 6.3 ). これをみると , いま博物館に求められて いることはなにか , およそわかってくる . さらに細かく , それぞれについて 探ってみよう . 上士幌町ひがし大雪博物館 ( 北海道河東郡 ) 大雪山系の東側にある小さな 自然史を中心とした館である . 交通の便が悪く人口減少の町にあって , 入館 者数 2 万 5000 人は立派な数である . 15 年目に展示替えをしたという展示は 手づくり的で , 派手ではないが , 最新の知識も取り入れてあり , 充実してい る . 地域にあって個性的である . 学芸員が 2 人いて , 活動は積極的である . すばらしい自然がバックに控えていることもよい . 基本に忠実であり , 人を そなえていることが強みである . 足寄動物化石博物館 ( 北海道足寄郡 ) 本章 6.2 節で説明した . 地域のすぐ れた材料を主題として , 国際的にも通用する研究が行われ , 展示されている . ひがし大雪博物館 図 6. ⅱ
6 . 5 これからの自然史博物館 ノ 99 ワード ( 太字 ) のかたちでまとめてみる . ( 1 ) 基本・理念にかかわって 基本をしつかり守る . 「人」と「もの 博物館はみんなのものである . 博物館に格づけはない . 博物館は多様性をもっ . 博物館は蓄積である . 自然史学の研究・教育・情報のセンターである . 資料」が中心である . 子芸員は活動の中心で , プロバーがよい . 自然観を提示する . 「人」と「自然」 = 「環境」がこれからの主要なテーマとなる . 館長は学問と博物館の専門職であるべきである . 学芸員には資質・学識・熱意・努力 ( ・体力 ) が必要である . 教育から学習へ . 利用者の立場に立っ . 展示は総合的な科学・芸術である . 展示には 3 つのレベル ( 楽しむ・理解する・考える ) がある . 展示は博物館の顔である . 研究は博物館の基盤である . 収集は博物館の基礎である . 建物にアートは不要である . 建物はシンプルで大きすぎないほうがよい . 包括的であることをめざす . 新しいパラダイムはつくれないか . 両極性 ( 双方向性 ) をもっ . 一芸に秀でるか , 多芸そこそことなるか . たしかな「つくり方」をする . 「責任」ある管理・運営をする . 方針をはっきりとする . ときにみなおしをする . 体制を変える . 博物館法のみなおしと学芸員制度の改革など . 博物館学を確立する . 「自然史学」から「人と自然」学へ . 自然史学を確立する . 「生物の多様性」の研究はその柱である .