ヨーロッ / ヾの祝祭典 1986 年 12 月 24 日第 1 刷 マドレーヌ・ P 訳者 発行者 発行所 加 山 成 原 藤恭 田敏 瀬 書 定価 2 , 000 円 ・コズ、マン 子 子 恭 〒 160 東京都新宿区新宿 1 ー 25-13 電話・代表 03 ( 354 ) 0685 振替・東京 5 ー 151594 I S B N 4 ー 5 6 2 - 01 8 3 9 ー 9 本文組版・ CT S 大日本 / 本文印刷・平河工業 / 製本・東京美術紙工
3093093093099930990930930 い 9909309309309999093 93 全 9 本文にもあるように、多くの寺院が彼の名にちなんで名付けられていますが、中でも有名な のはモン・サン・ミッシェル (Mont-Saint-Michel) です。 Michael は、フランス語ではミッ シェルとなります。イギリスから海をへだてたフランスのノルマンディ ()a Normandie) の 一地方。海にとび出した半島、コタンタン (Cotentin) 半島の西側のつけ根のあたりの遠浅の海 、に、島のような岩山の上に聳えるのがモン・サン・ミシェル僧院です。八世紀から始まった建 一立はルネッサンスに到るまで続けられ、満潮時には、まさに海の上に浮ぶ島になります。 ミカエル祭に特有な法廷の名は・三 e powder cou ュごですが、フランス語の "pied poudre" シからきており、 " ピエ″は足を、″プウドル″は″粉〃、古くは″埃〃を意味します。 ン ミカエル祭の楽しみは三つのですが、まず手袋の glove0 愛のしるし、また決闘のしるし . ン モ としての手袋の役割はすでに触れましたが、本文では市を開くことを許可するという約束のし るしとしての手袋が出てきます。中世での手袋はしばしば保護を意味し、ことに左の手袋は高 貴を表わしていたようです。といっても、手袋が常に約束や高貴を表わしたわけではなく、策 一女がはめている場面も物語にはしばしば出てきます。その場合には、正体のわからない不気味 さをひきたてるものになるわけで、それぞれの物体は時代により、場所、または場合により、 いろいろのものの象徴になったり、意味を含んだりしました。 次のは鵞鳥の goose0 ヨーロツ。ハでは、収穫期にはよく鵞鳥が供されます。本文での鵞鳥 は、城館の饗宴におけるものですから、雄孔雀同様、美しく飾られていますが、ふつうのはた だの丸焼です。これから連想されるのは豊饒であり、母なる大地の母性です。 また、ギリシャ神話ではキプロスのヴィーナスの鳥として愛の象徴、エジプト神話ではイシ 171 ーーー第 10 章の解説
繧◆ 999309099999093090930999999999309309309 気 りますが、甲冑の発達で騎士の顔がわからなくなったことと、楯に個人のしるしを表現しなけ ればならなくなったことは、無関係ではありません。起源は十一世紀と考えられていますが、 後には紋章は世襲となりました。いっ世襲になったかは、決めるのは難しいのですが、アーサ ー王と円卓の騎士の物語を最初に集大成した十二世紀のフランス人作家、クレチアン・ド・ト ロワ (Chrétien de Troyes) の描くアーサー王世界の騎士たちの楯の装飾は、世襲ではありま せんでした。 紋章はフランスからイギリスに伝えられたために、フランス語が多く使用されています。基 本的な色は、赤 (gules) 、青 (azure) 、黒 (sable) 、緑 (vert) 、紫 (purpure) 、金 (or) 、銀 (argent) で、本文とほとんど一致しています。金も銀もフランス語ですが、金は黄色も、銀 は白も含みました。 楯の形は本文の挿絵通りですが、平面の分け方には種々の規則がありました。 本文のチュニックを作る箇所で、左右違った色分けを使う提案がありましたが、これなども モダンなファッションではなく、紋章学にのっとったものなのです。″色分け〃には、 m ぎ a 三ごという単語を使っていますが、これもフランス語の紋章学用語で二等分、つまり左 右別な模様や色をもっ二分楯紋を意味します。英語ではぎ a ュ y ごで、四つに分けたのは 'quarterly"0 今の二分割は左右でしたが、上下にしたり、斜めにしたり、もっと複雑にと、 分け方にもそれぞれの専門用語があります。 衿の作り方に出てくる王冠 (coronal) にしても、 > の字型の山形模様 (chevron) にしても、 胸壁の逆さま (dagging) にしても、紋章からヒントを得ています。 紋章の図形には、色分けをする分割型と、幾何模様をあしらったもの、そして具体的な物を 描いたものの三種類があります。フランスの紋章によく用いられるのは百合の花、イギリスで 第 14 章の解説ーー 242
0 第八章の解説 聖スウイズン (St. Sw = h 一 n. c .800 ー 863 ) は、イギリスの聖職者でウインチェスターの司教 となった人物です。最初は遺言によって遺体は会堂の北壁の外に埋められていたのですが、九 七一年に会堂内に移されてからはいろいろの事が起こったと伝えられています。「聖スウイズ ンの日」は、七月十五日です。 アップル・ポビング (a て ple bobbing) は、紐で空中からつるしたりんごに噛みつくやり方 と、本文のように水に浮す場合がありますが、水に浮したポビングは、今日のアメリカではハ ロウィーンの行事となっています。 りんごといえば、すでにたくさんの種類の果物や木の実が登場しました。プラム、まるめろ、 洋梨、プルーベリー クラブ・アップル、栗、いちぢく、ざくろ、さくらんぼ、西洋すもも、 いなご豆、干ぶどうのカラント、アーモンド、松の実、麻の実などです。 これらの果実の中でも、殊に重要な地位を与えられているのがりんごであることに、すでに お気付きになったでしよう。 古来、人間とりんごの結びつきの深さには驚くべきものがあります。ギリシャ神話における 神々の女王であるヘラは、りんごを死の国のドラゴンに守らせていましたし、アダムとイヴは、 りんごゆえに「エデンの園」を追われました。トロイの戦争の原因も、王子。ハリスの与えたり んごでした。その他、あちこちの土地や物語の中で、りんごは不死、回春、罪、知恵、秋、死、 恋人など、様々なものの象徴として扱われてきました。実用的な果実としてのりんごの重要性 は本文で充分に描写されています。 第 8 章の解説ーーー 150
9093 ◆ 9 2930909309309993 9999930999999 ◆ 99090 9 第十ニ章の解説 聖キャサリン (St. Catherine) はアレクサンドリア (Alexandria) の出身で、カタリナ (Catharina) とも呼ばれています。 ローマ皇帝マクセンテイウス (Maxentius. 280 ー 312 ) の前で、本文にもあるように五十人 後に車裂きの刑に処せられましたが、車輪が の哲学者と論争し、キリ・スト教を弁護しました。 , 壊れてしまったので首を斬られ、殉教者となりました。三〇七年頃のことでした。ちょうど前 章では聖クリスピンが靴製造業者たちの守護聖人だったように、この聖キャサリンが、法律家、 車大工、縄製造業者たちの守護聖人だという話なのです。 ここには、ヨーロツ。ハの中世を知る上での、二つの重要な点が含まれています。 一つは、当時の社会における職業組合の存在です。 中世をかなり原始的な世界とみなす人も多いようですが、手工業はすでに発達していました。 といっても当時のヨーロツ。ハは後進国で、紙にしても、養蚕、アラビア数字、手工業の技術な どは、より進んだ国々であった中国、インド、。ヘルシャなどから学んだのでした。本文に出て くる紡績にしても、どんすのダマスカス織、モスリン、タフタなど、中東諸国から学んだもの です。輸人した知識技術をもとにヨーロツ。ハは独自に手工業を発達させていきますが、十三世 紀末のイギリスでは、百以上の職種がすでに存在したといいます。 職種別に職人たちが作った職業組合、職人の結社がギルド (guild) で、これらの組合が当 時の社会で果した役割りも、興味のあるテーマです。「ミステリイ・プレイーも、ギルド別に 上演されたのでした。 第二には、守護聖人の存在です。 第 12 章の解説ー - ー - 192
3093093099 ぐ 9 料 299 99093093093093 93093093 99099093 96 りんごに限らず、中世の人たちの生活がいかに木々と結びついていたかということからも、 木々の茂る森に対しての彼らの特別な感情を想像するのは難しいことではありません。その感 情の中には、恐れも潜んでいたでしようし、彼らが森を種々の精霊の棲み家や″他界″とみな したのも、理解できるのではないでしようか。 そこに棲息しているとされるドラゴン (dragon) もまた、人間と深く結びついてきました。 本文でも、一章から「デレクタ国」と「ラボラ国」を襲うド一フゴンが登場します。 ドラゴンは、もちろん、実在する動物ではありません。有史以前の恐龍に似た動物への遠い 記憶からか、大蛇を見た驚きの誇張か、純粋の想像からか、ドラゴンは古代から描写されてき ました。 その姿はいろいろに描かれていますが、翼があって空を飛ぶ南方型と、地を這う大蛇に似た 北方型の二種類があるという説もあります。前者は八世紀以前、アッシリア、・ハビロンから伝 えられたものだそうです。また、前者は上流階級の想像から、後者は一般民衆の信仰の対象と いう説もあります。ワニ、とかげ、こうもりの羽根、七つの頭など、姿もさまざまなら、棲息 地も、山の洞穴、湖、川、海、波の中、地下、雲の中などといろいろです。 ミドサマーなどの祭でドラゴンの引き廻しが行なわれるのは、冬に地下に住んで不作をもた らす力の象徴としてのドラゴンの征服なのだそうです。象徴といえば、この他にも、暗黒、疫 病、反逆者、悪、罪、星の運行、死、循環、錬金術、雨を貯えるもの、玉座を守るもの、宝の 守護者、英知など、いろいろのものの象徴として使われています。 また、ドラゴンを退治する英雄伝説のほうも、ギリシャ神話ではアポロン、ベルセウス、ゲ ルマン神話ではジークフリート、キリスト教では大天使ミカエル、そして本文に度々出てくる 聖ジョージと、その他にも数多くみられます。 151 ー - ー第 8 章の解説
寓 ? 0 0 R..g-E4 R.Æ.-E+•:ÜRVO•-:..A*R..E •:.ÜR..E ” 0e6 【 0e6 【 6 【 0e6 " 0eE0626 " 0e5 30999999930930930930 い 93093093093093093093 99 93 はばら、ライオン、冠などです。 具象図形で本文に出てくるのは、一フィオン、一角獣、ばら、百合、あざみ、かま、すき、ま ぐわ、鎖、十字架、星、鈴、煙窓、かぶと、木々などいろいろありますが、その他にも、龍、 鷲、魚、いのしし、馬、ふくろう、熊、天使、英雄、猿など、いろいろなデザインが競い合い ました。 一角獣 (unico 「 n) は、馬か山羊の胴体に一本の角を頂く想像上の動物ですが、実在を信ず る人たちもいました。これもまた、太陽、英雄、威厳や英知の象徴とされてきました。 一彡彡イ 243 ーーー第 14 章の解説
この本はヨーロツ。ハ中世の祝祭典という、実は厖大な主題を扱っています。 ″中世〃とはどの時期を指すのかにしても、もし西口ーマ帝国の崩壊からルネッサン スまでと大きくとれば、一千年に近いものとなりますし、狭くとっても数百年は含まれ ることになります。場所にしても、主にイギリスを中心にしてはいますが、他の地域が 人ってこないわけではありません。また、今日の私たちが抱く″国家〃の観念が、その まま通用するわけではありません。 これだけの時間的、地理的ひろがりをもった主題を一つにまとめることは、もし学問 的正確さを要求するならば、無理な話です。政治的社会的にも大きな変動がありました。 本文に出てくるマミング一つをとっても、民衆劇から宮廷へ、そしてまた旅芸人 ( と時 代によって変化していきますし、ケルトの聖職者ドルイドにしても、シーザーなどの報 告から築き上げられた奇想天外な伝説を排し、歴史のかなたに実体を探ろうとすれば、に わ 迷路に踏み人ってしまうことになるのです。 お でも、もし発想を変え、とらわれない眼で著者の描く世界を眺めるとすれば、これは一 まあ、なんという魅力的な世界でしようか。 おわりに
3 ◆ 93 93030 9309309309303909309 5093099090099093096 フランスの騎士物語にもしばしば出てきます。 袖の色にもいろいろあったのに、本文にも出てくるグリーン・スリーヴス (g 「 een sleeves) が最も有名になりました。グリーンの海から生まれたとされる美と愛の神ヴィーナスーーグリ ーンは愛の色とされているからでしようか、これを身につけたグリーン・スリーヴスと呼ばれ る貴婦人の話は、伝説に物語に、詩や演劇、歌にも出てきます。 Greensleeves was all my 」 0 Greensleeves was my delight; Greensleeves was my heart 0 「 gold, And who but Lady Greensleeves これは十六世紀の作者不詳の・ハラードですが、シェークスピアの『ウインザーの陽気な女房 たち』にも使われました。第二幕第一場で歌われるその曲の楽譜を、あとにつけておきましょ なお、楽器のリュート (lute) は指で演奏する弦楽器で、マンドリンに似ています。アラビ ア人に愛好され、十字軍で東西の交流が盛んになったことからヨーロツ。ハに人ったといわれて います。弦の数も、四本、六本、二十本と増えていきました。全盛は十五世紀から二百年ほど で、今日のピアノよりも重要な位置を占めていました。 83 ーー第 3 章の解説
909309309093093093093099 93099 ◆ 9309309 べ 5099 93093 9 第十章の解説 ミカエル祭 (Michaelmas Day) は、今日のイギリスでは九月二十九日に祝われ、この頃に なると、ミクルマス・ディジー (Michaelmas daisy) と呼ばれるえぞ菊に似たピンクや白、 紫の花が咲きます。 ミカエル祭は、聖ミカエルと天使たちを祝う日でもあり、秋の収穫を感謝する日でもあり、 賦課租を納める日でもありました。 聖ミカエルは、大天使ミカエル、天使長ミカエルとも呼ばれる、天使たちの指導者です。悪 魔のサタンとは双子の兄弟ですが、後にドラゴンとして現われるサタンと戦います。このため に、本文にもあるように、聖ジョージと並んで聖ミカエルも、″ドラゴン退治〃で後世に知ら れているのです。 「ヨハネの黙示録」は、その場面を次のように述べています。 「見よ、大きな、赤い龍がいた。それに七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をか ぶっていた・ 。さて、天では戦いが起こった。ミカエルとその御使たちとが、龍と戦ったの である。龍もその使たちも応戦したが、勝てなかった」 ( 十二章一二と七行 ) このように、ミカエルはしばしばドラゴンと戦っている場面を描かれていますが、同時に天 秤を持っていることもあります。これは最後の審判の日に魂の重さを量り、天国へ人れるかど うかを決めるためのものでした。 前に触れたミルトンの『失楽園』では、アダムとイヴを楽園から追うために神からっかわさ れたのは、この聖ミカエルであると描かれています。 第 10 章の解説ーー 170