ほんとう 「真実だからこそまずいのだ。以前にもそんなことを言った人間は少なくなかったさ。しかもその 連中は三流新聞のヘポ記者なんかではなかった。いいかね、ウッドハウスとかサマーセッ の名を持ち出すまでもないと思うが、そういう連中は今までにも掃いてすてるほどいたのさ。しかし 彼らは読者に笑いというものを提供していた。少なくとも微笑くらいはうかべさせたものだ。ところ がきみはどうだ。お得意の訳のわからぬ学問めいたたわごとで読者に恐怖心を起こさせるばかりしゃ キ / し、刀 よ、、。ばくに言わせれば、きみは不治のガンに冒されている患者に向かってありのままを宣告して はばからない冷酷な医師のようなものだ ! 」 かってこれほどピーター・ヘブンが激しく私を責めたことはなかった。私はすっかり驚いていた。 「スタージェスのことをどう思う ? 」と、また彼は唐突に訊ねてきた。 折からレッド・ロックス・ゴルフ・ リンクスではアマ・ゴルファーの大きなコンべが開催されてい て、翌日が最終日だった。二名のプレーヤーが決勝に残っていた。オランダ人のポドホイゼンとイギ リス人のスタージェスの二人が : 「スタージェスの調子はとても良いようだ。ただ : 言いよどんだ私をへプンは冷ややかに笑って言った。 の「どうやらきみもばくと同し意見らしい。スタージェスの調子は申し分ない。だが、彼は実力を出 しきれないで終わるだろう , 「それなら、勝利をほば手中にしたゴルファーにありがちのことだ。ばくは、記事の中でそのこと は詳細に書いておいたさ」
☆ ところどころに立っ塔の尖端はまだ夕日の残照をうけてきらきらと輝いているというのに、その小 さな町はもうすっかり眠りこんでいた。 遊歩道を横切ったスティープは、タもやの中にまたたく《シュロップ日報》という広告灯を見つけ た。彼は、印刷インクと熱つばいオイルの匂いが重くたちこめるホールに入って行った。 紙屑の散らばる事務室で、セーター姿の恰幅のいい男がパイプの煙にとりかこまれながら彼を迎え、 面倒そうに言った。 「カンパーダウンかね ? : : : その件なら知ってはいる。もしその気になれば新聞種には困らないほ どたつぶりと怪談話が取っておいてあるのだがね。そうさ。もしロンドンの方で、マザー・グース風 のおとぎ話に興味を持つようになったら必ず連絡してやるつもりだ」 「つまり幽霊が出るという話ですね ? 」とスティープが訊ねた。 「知らなかったのかね ? そうか。では少しわかり易くしてやろうか。いや手間はかからない。 : ときにあんたは、ゴルフをやる方かね ? 」 「言うまでもありません ! 」と、前と同しようにレタービーは今度も嘘をついた。 「結構。 : : : それならあの不運なカンパーダウンのゴルフ・リンクスにとり憑いている幽霊の話は かくしてレタービーはシュロウズベー イングランド、シ言 ) に向けて出発したのだった。
《クレロン》紙の編集局が全滅の憂き目にあってしまったのである。 編集長がスティープを呼び出し、こう訊ねた。 「きみはゴルフはやるかね ? レタービー君」 オプ・コ 「もちろんです。編集長」 「結構 : : : 。ではカンパーダウン・クラブに取材に行って、発生している事態を記事にしてくるん ン 妁「カンパーダウンですか ? ええ承知しました。知 0 ています : : : あのサセックス ( 献部ト ) の む の「というよりシュロップシャー ( イングラル ) だね , と、編集長は馬鹿にしたように言った。 に「すみません。勘違いでした」と、スティープは言い訳してから早ロでまくしたてた。「ばくはカン ハーダウンでプレーしたことはありませんが、メンバ ーには何人か知り合いがいます。たとえばオト フキンスとか : : : 」 ートナーを組んだことがあった」 ゴ「それほど前のことではないが、私は彼とサセックスでパ 「そうでしたか」と、やや鼻白んだレタービーは曖味な笑いでごまかしながら答えた。「この三、四 き て 年の彼の不振は、ダンテだけが帰ってこられたあの底なしの地獄のようなものですね」 帰「どう思おうときみの勝手さ。とにかく今のところ編集にはきみしかいない。あとは使い走りの小 僧が三人くらいなものだ。むしろその中から誰かを選んだ方がよかったかも知らんが : : : まあい とにかく行ってもらおう : : : 。時には薄のろに幸運の女神が微笑むことだってないわけではあるま っ
「そこまで、そこまで ! 」とレタービーは相手をさえぎった。「そこから私たちの意見は分かれます こんにち ね。ばくはプリキ製のパターに味方します。今日、ポール紙の品質の悪さは目にあまりますから」 「レタービーさん。あなたのような権威ある方の意見に反対をとなえるのは私のがらではありませ ん。ところで、プレーヤーに当人のショットが成功したことを知らせる目的でホールに電気仕掛けの ベルを備えつけるというあの最近の発明については、どうお考えですか ? たしかあれはチェコスロ ン ハキアかイタリアからやってきたものだと思いますが」 グ「そのどちらでもありません。あれはスイスから来たのです」と、スティープは言った。「ユングフ 棲ラウの氷河の上に作られたゴルフ場などでとくに使われています。あそこではなにしろゴルファーは 霊スキーやスケートをはいてプレーするのですからね。まあそれほど悪いものではありません。悪くは 亡 「レタービーさん」とスミス老人は言った。「やっとわかりました。あなたは土星の環や木星につい フ てくらいしか、ゴルフをご存知ないのですね。そうでしよう ? 」 ル ゴ強烈なアルコールの成分が、この新聞記者の脳髄に激しい突撃をかけはしめていた。彼は何とかそ きの場を言いつくろおうとしたが、到底できそうもないので巧妙な手段に出た。笑い出したのだった。 「いや、おっしやる通りです ! スミスさん。ばくは皆目知らないのです。それにここにはゴルフ 帰 の話をしに来たのではありません。ばくはロンドンの《クレロン》紙の記者なんです。編集長がこの カンパーダウン・ゴルフ場で起こっている事態を記事に欲しがりましてね」 っ 「で、何が起こっているのです ? 」
182 うめ 「悪霊・ : ・ : 」と、病人が呻いた。「悪霊がやってきた : ・ 医者は帰っていった。ナイト・テープルの上には処方に従った粉薬や水差しが置かれてあった。 せんもう ・メイヤーは今やすっかり落ち着きを取り 譫妄状態の後に、しばらく焦悴の時間が訪れた。ハリ 戻し、意識もはっきりしていた。痛みは去っていた。 「悪霊ははっきり姿をとって出現した : : : 」とメイヤーはひとりごとを言った。「サム・プレイヤー の姿だ : : : 。彼が私に嫉妬しているのはわかっていた」 彼は考えこんだ。何かを思い出そうと努めている様子だった。 ンの上で自分をとらえるあの異様な恐怖、 そう、そうだ ! スウイングの時のあの目まい、グリー その時には必ずサム・プレイヤーが傍にいるのだった。 そういえば医者がウイスキーや熱帯の気候を原因に持ち出した日、何気ない調子でこう付け加えて こともないさ」 しかしメイヤーは見てしまっていた。自分の顔が無惨な黄色に彩られ、緑がかった影が踊っている ことを。眼ときたら、不意に燃えあがった黄玉のようなきらめきを見せているのだった。 「とにかく医者には来てもらおう」と、扉に歩きかけながら、サム・プレイヤーが言った。 メイヤーは崩れるように肘掛け椅子に体をあずけた。激しい痛み、ナイフで突き刺されているよう な激痛が、横腹を引き裂くように走っていた。 ☆
☆ ヴィラ 者レティが、自分の別荘の庭の柵を押し開けた時、すでにタ闇は色濃くあたりを支配していた。館の 殺窓には明かりが一つもついていなかったが、彼女は怪しまなかった。誰も彼女を待っているはずはな スかった。《ホワイト・サンズ》でプレーをした後はまっすぐにロンドンに帰ると伝えておいたからだ ク っこ 0 ン から 薔薇園を横切った。ガレージの扉が開け放しになっている。ガレージは空のようだった。兄のフレ フッドは自動車で発ったに違いなか 0 た。召使いのティリーは、仕事が暇にな 0 たので村に、恋人にで ゴも会いに戻ってしまったのだろう。 「フレッドはキングを一緒に連れていってしまったのかしら」と、レティは何となしにそんなこと を考えていた。 には女性ゴルファーが一人もいなくなってしまうぞ」 ーマンの方に向き直りながらタッカーが言った。「リポルバーを貸してくれないか」 ペシー・ムーアはすすり泣きをはしめた。差し出されたウイスキーのグラスを断ると、彼女は言っ 「さあ早く、早く送ってちょうだい」彼女の頬は涙に濡れていた。 「で、レティ。きみはばくが送っていこう」とクレインが言った。 「ありがとう。でもわたしは平気よ。それに家も近くだから : 「ポプ」と、 と彼女は答えた。
「ゴルフをなさるのですね ? ーと、私は叫んだ。 「もちろんですとも ! 」 「まさしく神のお引き合わせです。あなたなら私の悩みを理解して下さるでしよう」 どんな司祭も、ジョーンズ博士ほど真剣に告白に耳を傾けてはくれないだろう。一言も口をはさま ずに私の話の一部始終を聞き終えたとき、彼の表情はひどくけわしいものとなっていた。 ートウィー博士も、全く誤っているというわけではありませんー 律しばらくして彼はおもむろに口を開いた。「しかしあなたの不幸の原因をなしているその小悪魔を 隊取り除くのに、必ずしも解剖刀は必要ないのです。クエ氏法というのをご存知でしようか ? ナンシ 兵 ーの法とも称されていますが : : : 」 の 木「え ? : いや少しなら : : : その、たしか自己暗示か何かのことだと思いますが」 「大まかに言えばそうです。ただその後、数名の日本人学者によってさらに完成された形になりま した。その学者の中には例の有名なフミコ氏も含まれているのです。どうです : : : 。次の診察の予約 「もしガスの検針でしたら : : : 」 「いえ、診察をお願いしたいのです」 人間の表情が、このときの博士ほど輝くのを、私はめったに見たことがない。 「わかりました : : : さあ、お入りなさい。なんなりとおっしやって下さい 招き入れられた小部屋は、質素なものではなく、壁には様々の時代のゴルフ・クラブが所狭しと飾 られ、陳列ケースには優勝カップや、三脚架にのせられた記念ポールが誇らしげに並べられてあった。 「そのパ
ーリスで帰さない方がい、 て言った。「ねえメイジー、あのハンサムなマイクを一人で例の中古のモ のしゃありませんか ? さもないとあなたはタクシーでロンドンに戻ることになるかも知れない」 ーのカウンターにもたれて長い煙草をふかしていた。 話しかけられた若い女性は、・、 「今日はべントレーに乗って帰りたい気分なの」と、彼女は答えた。 「おやおやリーディング大佐。白羽の矢はあなたに立ちました。しかしおめあては、大佐、車だけ ってことにしておかないと」 バッティングはおどけた調子で嘆いてみせた。「ジャガーとおっしやっていただけたら、ばくがご 一緒できたのに」 ディング大佐は静かに言った。「タクシーで帰るのはきみだ。きみのジ ャガーはクラブのガレージに置いていくことだね。今のきみの様子だと走りだしたとたんに道路わき でのしげみにつつこんでしまいそうだから」 、バッティングはしやっくりをしながら 「ここでばくに命令できる者は一人もいないのですが」と いや、おおせに従います。 言った。「大佐、あなただけは別です。あなたは賢明な人ですからね : 十 。もたもたしないで、タクシーを呼んでくれ。大急ぎだ。それに、支配人のスペ 七 ードのジャックみたいな顔にはもううんざりだから」 決支配人のゴスケットはこの悪口を聞きながした。バッティングの父は《プルー・サンズ》ゴルフ・ リンクスの土地の所有者であり、クラブに多額の寄付までしていたのである。 ・、ツティンク丑須と、リー
「ところで、そもそもバック・スウイングというものは : モハティが低い声で続けた。 うな 「やめてくれないか、モハティと、クレインが唸るように言った。 「いや、続けてもらおう。その殺人者のことは、これくらいにしておこうしゃよ、 オしか」と、タッカ ーが言った。周囲の人々は一斉にうなずいて見せた。 そこへちょうどレティ・ジェイクスとペシー・ムーアの二人の女性が入って来た。 ☆ 者 人 殺コースを回った後で正面玄関から出て行くとき、ふだんなら彼女たちはバーに寄っていくことはめ スったになかった。だからこの張りつめた瞬間に思いがけなく彼女たち二人が出現したことは、その場 ンの空気を多少やわらげてくれたのである。 モハティは自分の描いたゴルファーの姿の周囲に赤鉛筆で一心に円を描きはしめた。 フ クレインは、彼女たちに指で喝采を送る仕ぐさを送って言った。 ゴ 「やあ、レティ ! 五番ホールは、もう少しでホーレ ノ・イン・ワンだったね」 「五番ホールか : : : 」とマスターズがうなずいた。「あのホールならありうるね。 そこでホーレ ノ・イン・ワンを出しそこねたことがあった」 こうか、とにかくこれまではあの《セプン・ヒルズ》ゴルフ・クラブのメンバーばかりが襲われてい る。これまでのところはそうなのだが、明日になったらこの《ホワイト・サンズ》ゴルフ・クラブか らその犠牲者が出ないとも限らない」 : ばくも前にあ
・ポール ) ャ ジ 五世紀は遡ることのできる呪術封しの法は、まだ英国で廃れてはいなかった。実行する人間はたし ナかに少なくなってはいるが、そのことを残念に思う人間もいないではない。そしてその夜のロイはそ うした人間の一人だった。 ザ 三時間のあいだ、彼はスコットランド・ヤードが収集していた黒魔術関係の書物やカバラの手引書、 降霊術や、いわゆるオカルト学の博士や魔道士たちの注釈つきの呪文集などをあさっていた。 の真夜中になって彼は、十五世紀から十六世紀にかけての呪術師たちを告発した多数の裁判記録を扱 夜ったエフレイム・ポジャースの著作の中から、彼の疑問に光明を投げかけてくれるような記述を見出 黒っほい鳥が慣れない飛び方で、無気味な鳴き声をあげながら飛び立っていった。夜鷹だった。 ロイ・クレインは急に吐き気をおばえ、ゲームの終了をまたずにグラウンドを後にした。途中、出 ロで、タバコを巻いている暇そうなキャディーを見かけた彼は、こう言った。 ー丿ー氏のポールを持って来てくれたら、一ポンド進呈しようしゃないか」 「今晩、私の宿までサマ 「まかせておいて下さいーと、キャディーの少年は眼くばせしながら答えた。 一時間後、問題のポールをポケットにしたロイは、思いきってタクシーをはりこんでロンドンに向 かっていた。 ☆ ナイトジャー