その島は、マレーの幻惑の海に浮かぶミンドロ島の島眦しの最南端部に近い、セレス群島の一部 ) に属していた。 かぶとがにこうかく 女ある朝、ギャラ ( ーは、賊の甲や甲蟹の甲殻で埋めつくされたその浜に降り立った。 府白いフランネルの服を着た老ヨーロッパ人が、彼の姿を見つけると、スコットランドなまりの強い 言葉で話しかけてきた。 テ 力「わしはこの島の地方官だが」 へ ギャラハーは軽く会釈をした。島の東部のゴム園を先頃手に入れてはるばるやって来た彼だから、 7 地方官が出迎えるのもあり得ないことではなかった。地方官は言葉を続けた。 ところで、あな ーンステイプルと申す、 いやスコットランドの苗字ではないのだが : へカテ ( 冥府の女王 ) 魔術が盛んに行なわれた時代に生まれたゴウフ ゴルフの古 ) は、その魔術士 たちを失ってしまった。だがその魔力は今も失われていないのである。
。ハターを試みた彼は、平易なパターに何度も失敗を繰り返すのだった。 見守るアティは、心配そうに額に皺をよせて何か不可解な言葉を唱えていた。ジムは、その意味を ただ 問い糾してみた。アティは、ただうなずいてみせただけだったが、やがて、くるりとジムに背を向け ると、密林の鬱蒼とした茂みに凝っと目をこらしはしめたのだった。アティの唱えていた言葉を記憶 しておいたジムは、・、 ーンステイプルにその意味をきいてみた。 老いたスコットランド人は肩をすくめて答えた。 「君を愚弄しとるんだよ。聞こえぬふりをしておくに越したことはあるまい」 この時、クラブ・ハウスとなっているその小さなバンガローにソル・。ヒンチが姿を見せた。 「ギャラハー君、どうかしましたか ? 」と、彼は問いかけた。 代わってバーンステイプルが勢いよく答えた。 「なに大したことではないよ。ビンチ君 ! 」 王 女それから彼はジムの方に向き直って言った。 府「ギャラハー君、今考えたのだが、君のところで使っているタミール人を何人か港湾の方にまわし てもらわねばならんようだ。まあ、この数週間は、キャディーを替えてみてはどうかと思うのだがね テ カ へ ーンステイプルはひどい嘘つきだ。 「ジム」。ヒンチはギャラハーと二人だけになると口を開いた。「バ おび ばくに言わせれば、アティはきっと何かに怯えていたに違いない。ロの中でぶつぶつ唱えていたのは、 まじない 。あの黒人たちは、けし 悪霊封しかなにかのお呪禁のようなものだと思うんだ。気をつけた方がいい
「虎が白人を襲うなど、まったく稀なことだ」本島からやって来た地方長官は言った。「バジラ島は むこ 山狩りを行なう必要がある。無辜のギャラハー氏の仇を討たねばならんー ーンステイプルにも何らかの処置をとりませんと」と、補佐官が断固とした口調で 女「と同時に、 府言いきった。「彼はまったく無能でして、とりあえずは、配置転換が必要かと思います。島の住民に は、彼が黒魔術に没頭していると訴えてくる者がおりますし、また、たしかにそんな形跡も見られる テ 力のです。身の廻りの世話をしているポーイが、彼の筆跡で書かれたノートを一冊提出してきましたが、 、けにえ そこには、ヘカテとかいう女神に、自分の最も評価する人物を生贅として捧げると記した部分がある のです」 地方長官は補佐官の話に興味を示した。 人の心を陶酔に誘うような快い満月の夜、あたりは昼のように明るかった。ギャラハーは、一人で リンクスに出て行った。 慎重にプレーをし、一、二個ポールを見失いはしたものの、彼は第四ホールにやってきていた。 彼が静かにパターを抜き出したとき、突然激しい腐肉臭が彼を襲った。吐き気がこみあげてきた。 と、次の瞬間、ジャングルの深い茂みから一頭の虎が躍り出てくるのが見えた。
ダンロップ六十五を持って来てはおらんのかね ? 」 ギャラハーは寂しそうに微笑んだ。 「持って来ています・ : 。なぜか手離せなかったものですから」 「きみの農場には」と、相手のスコットランド人は続けた。「たいていの仕事を器用にやってのける タミール人労働者や苦力がいる。色は黒いが利ロで逞しい連中だ。かりに小銭を一枚密林の中に落と しても、連中なら翌日にはそれを探し出してくる。まるで手品みたいだ。立派にキャディーがっとま ると思う」 「そして私たち二人がプレーヤーになるというわけですね」と、ギャラハーはばつりと言った。 「きみの隣りの農園主、 ーやビーター・ヘブンはオーストラリア人だが、パースやアデレイド トラリハの羽ス ) でプレーした経験がある。別の所の農園主のソル・ビンチも、まあそれなりの腕はある : さて、これで我々のクラブはめでたく結成の運びとなった。今度はひとっそれに適当な 名称を与えてやらねばならん。が、まあこれはわしに一任させていただこう こうしてバジラ島に、《プリンセス・マイア》ゴルフ・クラブが誕生したのだった。 慎重な土地調査の結果、密林に近すぎる数エーカーが縮小され、ホール数も、七ホールにおさえら れることになった。 旧世代のバ ーンステイプルは、ホール各々に名称を与えたいと主張した。そしてホールのうちの一 つ、この物語の中心となるはずのホールには、ヘカテ ( 冥府の女王 ) という名が与えられたのであっ 「わしの手元にはドライバーやらアイアンやら。ハターやらが何本もある : きみはどうかね :
164 「どうして ? 」 「うん : つまり、マイアというのは、ミンダオ島からこの島に渡って来る人喰い虎のことだか まじない 「では、アティは、呪禁でその人喰い虎を追い払おうとしたのだろうか ? 」 「いや、タミール人たちはそれほど虎を怖れていない。むしろ人喰い虎の方が、タミール人の大男 を避けるほどだ。何しろ連中ときたら、そういう虎の喉を鋭利なクリース ( の 波籾 ) で抉ってしまうこと にかけては名人ぞろいだからね。そうだ、だから、きみが第四ホールでプレーをしていた時、アティ は、もっとはるかに怖ろしい、おそらくジャングル随一の恐るべき悪霊がきみを狙っていると思って いたことになる。そうに違いない 「恐るべき悪霊ねー自分の心が思いのほか動揺してくるのを感しながらギャラハーは繰り返した。 へカテの前で襲われたあの異常な苦痛を思い出したからだった。 「体だか頭だかが三つの物凄い姿の怪物だそうだ」と、ソル・。ヒンチは続けていた。「その悪霊は名 あずか 高いマイアと共同で狩猟を行なうことがある。そのときならマイアも大した分け前に与れると、タミ ール人たちは信している」 「まさか ! 」と、ジムは冷ややかに笑った。だがその笑いは、なぜかうつろに響くのだった。 らさ て愚かなけだものしゃない。ばくたちの知らない何かを知っているのだ。今となって、どうもふにお ちないのは、ヾ ンステイプルが、。 ほくたちのゴルフ・クラブに、マイアという名前をつけたことだ。 この名前には、ちょっとひっかかるんだ」
「それに、当然ながらここには、計算尺や対数表などが備えられていそうもないし , と、アスキー 1 スが続けた。「しかしマッカーシーの言う通りだ。この代物はたしかに変わっている」 「これはー一四〇五号なんだ」と、プライスが言った。 アル・プライスは、フォースター・ギャラリーという、隣町のプレストンから多額の援助を受けて いる小さな博物館の館長を勤めていた。ちなみに、そのギャラリーのエジプト室には大英博物館も多 少の羨望の念を抱いているという噂があった。 「ー一四〇五号だって ? 」一同の声が高くなった。 「うちの最も新しい収蔵品の整理番号だ。先頃モレストン博士がエジプトから送ってくれた石棺の 中から発見されたのさ」 「モレストンは、また新しいビラミッドでもあばいたのかな ? 」と、アスキースが笑いをうかべな ただ ・、ら聞き糾した。 「ビラミッドから出たものしゃないんだ。地下墳墓、というか、いわゆる《墓井戸》と称されてい クラブ るところから出土したもので、それも興味を惹く点なのだがね。この打球棒は、いや、たしかにこれ はクラブには相違ないからだが、実際これは、みごとな一体のミイラの傍らに置かれていたものなの 「何だって ! 」と、ウエドンが冗談めかして大きな声をあげた。「プライス。まさかファラオの時代 のエジプトでゴルフが行なわれていたなんて、そんなことを触れてまわるつもりではないだろうな ! : スコットランドに暴動でも起こさせるつもりなのかい ? 」
そんなときふと私は、黒い服に身をつつんだすらりとした若い女性が、銀色のチェア・ステッキを 四無造作に振りまわしながらパッティング・グリーンに向か 0 て進んで行くのを見た。彼女は、額に上 げていたサン・グラスをかけ直しながらプレーの場に近づいて行くのだった。 折しも、深い静けさが。ハッティング・グリーンを訪れたところだった。重い、息苦しくなるような 静けさ。キャディーがホールからビンを引き抜き、パターがまさに行なわれようとしているときの、 あの静けさだった。 ホールから五インチのところまで寄せたポドホイゼンが、自分のポールをマークし、いよいよスタ ジェスがプレーに入ろうとした。 スタージェスのポールはカップから三フィートのところにあった。 例の若い女性はグリーンから少なくとも十五ャードの所に、ギャラリーの一団から一人離れてたた ずみ、スタージェスの背後から彼の動作を凝っと見つめているのだった。 ふる 突然、スタージェスの背中に顫えが走り、やがて痙攣したように激しく揺れ動くのが見えた : 驚くべきことだが、このときスタージ = スはスプーンを手にしていた。アドレスに入ってクラブがポ ールの狙いをつけにいくとき不思議なほど震えているのを私は見逃さなかった。 彼の体は静止したが、スプーンが振子のようにふらふらと揺れていた。やがてポールが打たれ・ : ポールは三ャードもオー ーしていた。 思いがけないこの失敗に、ギャラリーの間からため息に似たどよめきが起こった。くるりと背を向 けたポドホイゼンのほくそ笑む表情が見えた。
140 たこと、それも上流階級、とくに万人から畏怖された魔術師や降神術師の階層の人々の間で愛好され ていたことなどを確信させるに充分な証拠を与えてくれた。 しかし彼は、そのことをフォースター・ギャラリーあての報告書においてはもちろん、他のいかな る方面に対しても、ついに、沈黙を守ったのである。
高らかな叫びがリンクス中に響きわたった。その叫びは、異様にこだましながら果てしなく広がっ ていった。 「ホール・イン・ワン ! ロック・べローズは、キャディーが信号手のようにフラッグを振り回しているのを見た。 どよめきがわきおこった。讃嘆が限りなく発せられ、熱狂したギャラリーが彼の方に押し寄せてく るどよめきだった。 「ロック・べローズ ! 皆はまだ信しかねている様子だった。・ 勝利だろう ! 「まさか ! あんなゴルファー : 「これならべローズはウイルフリード・ダンジュだって寄せつけはしないだろう : っとつねってくれないか、まだ夢を見てるようだ」 「ナル・イン・ワン ! 」 ホール・イン・ワン こんなことがあるのだろうか ? 」 : が、しかし間違いなく彼の勝利だった。しかし何という : ホール・イン・ワン ! しかしちょ
「目下のところわしは、籐を編んだポールで《セ。ハック・ラガー》を競技っておる。たいした堕落 と言わねばなるまい。違いますかな ? : ・《セント・ダンスタン》クラブのジム・ギャラハー君 あか ジムは顔を赧らめた。彼の名前は『ゴルファーズ・ ハンドブック』に、輝かしい光輪を添えて記載 されたこともあった。しかしいよいよ落ち目になった現在、こうして彼は、マレーの海に浮かぶ目立 たない小島に自分の骨を埋めるべくやって来たのだった。 それぞれ過去の栄光に区切りをつけた往年の名ゴルファー二人が、地の果ての異郷の地で出会った みまご のだ。エナメル塗料に浸したかのように鮮やかなグリーンの色は、名誉あるゴルフ・ リンクスと見紛 、つばかりだった。 ☆ ハハンから中国人が持ち込んでくる例のぞっとするようなウイスキーの壜を前にしたバ 女プルは、眼に異様な炎を燃やしながらまくし立てはしめた。 府「。ハダンをごらんになったしやろう ? 九十七エーカーの広さ、三筋のマリゴ ( 倆蝴に性け ) 、アンティ モルヌ ル諸島と同じような小さな丘が二つ、火山の気まぐれのために絶対にジャングルにはならない草地。 テ ・。だから九ホー カどうかね、これはまた飛びきりのグリー ンしゃないか。ジム・ギャラハー君 ! へ ということにしておこう。この際だから贅沢は禁物というものしゃないか : : : 」 丿ンクスを造ろうというのですか ? 」 老人は重大な秘密でも打ち明けるかのように身を乗り出してきた。 「何ですって ? : : ではゴルフ・ とう ーンスティ