184 ーという存在は他のいかなるス つまりオールデスト・メンバ ゴルフ・クラブで最も古いメンバ ポーツにも見られない特別な存在である。人々はかって彼の頭上に輝いた数々の栄冠をけっして忘れ はしないし、彼の名の上に「老いばれた」という形容詞をつけることなど思いもよらないだろう。し たがって彼がクラブ・ハウスのバーで一人孤独の片隅に追いやられ、グラスだけを相手にしているな ど、およそありえないことなのである。 かくしやく ごく単純な理由から、高齢ではあるが、しかし彼は相変わらず矍鑠たるものである。彼は二十歳で ゴルフ・リンクスにデビューし、多くの場合そこでいくつかの栄冠を獲得したという理由で同しクラ プに忠実に籍を置きつづけたのだった。 ゴルフは彼にライオンの筋肉と猛犬の意志力と樫の木の健康を与えたといったところだろう。 オールデスト・メンバーがゴルフを全くやめてしまうことはまずない。四ないし五ホール程度をま われば今でも彼は充分に満足するのである。 エドム》ゴルフ・クラブのオールデスト・メン さて、ポルトン ( イングランド西部、 ) にある。《セント・ ーのカーターモールは、八十五歳の高齢にもかかわらず、みごとに「七番ホール」までこなしきっ 七番ホール
草創期九名のメンバーの中にドナルド・スミザーソンという人物がいた。パックと渾名されていた 彼は、まさにその渾名にふさわしい人間だった。 いたずら 小男で悪戯好き、まさにシェイクスビアの戯曲『真夏の夜の夢』から抜け出てきたような人物だっ たのである。 他のメンバ ーと比べて格別に裕福であるわけでもなかった彼は、しかしクラブのリンクスの狭さに は最も心を痛めていた。 「もしいっか大金持ちになったら : : : 」というのが彼の口癖だった。 古いイギリスの言い伝えでは、こうした場合こうした望みを聞き届け、その望みを実現させてくれ る悪魔がつねに存在することになっている。 哀れなパック ! 彼はこの異常な言い伝えの意味するところを裏切りはしなかった。 アイアン っげ 当時、ドライバーのヘッドは硬質の柘植材でできていた。パックはそれを鉄で作らせ、製造認可 も受けたのである。この発明は、しかし持ち込む先々のクラブのすべてから断固として拒否されたの で、仕方なく彼は、すでに習慣にもなっていた一人での練習の際に自分が使用するしかなかった。 ある日、彼は五百ポンドの遺産を相続し、それを全く独創的な方法で使い果たした。 彼はクラブを受け取り人とする多額の生命保険と契約し、遺産の総額をもってその第一回の支払い にあてたのだった。 これを知った他のメンバーたちは快く思わなかった。すべての良きイギリス人と同様に、迷信深い 彼らよ、。、ツ ノ、クのこの行動を運命に対する挑戦と考えたからだった。 あだな
130 らだが、しかしその遺書は以下のように簡潔かっ感動的な体裁をとっていた。 デューン・ローズ 「私は皆から《砂丘の薔薇》ゴルフ・クラブの創立者であると噂されてきたが、それは全く事実無根で ある。私が加入したのは創立の六カ月後だった。これを考えただけでも私の心は傷つきつづけてきた。 「私はクラブの偉大さのためにこれまで出来る限りの努力を尽くしてきた。とはいえすぐれたゴル ファーになることはあきらめなければならなかった。そのことは私を二重に傷つけていた。 「大したものではなかったが、私は財産のすべてをリンクスの拡張と改善に費やした。しかし会長 のチャッブマンはそれ以上の多額の資金をつぎ込んでいた。彼は私よりはるかに裕福であったからで ある。 「私はついに第一等の地位に昇ることはできなかった。だが、時間がその希望を実現させてくれる のではないかという考えがうかんでいた。 「《サヴェージ》クラブ、《バルモラル》クラブ、《ウッドランド》クラブなどでは、最古参のメンバ つまりオールデスト・メンバよ 、優秀なゴルファーや会長以上の尊敬をうけている。 デューン・ローズ 「私は、歳月だけがその台座に私を押し上げてくれるということを承知で、《砂丘の薔薇》ゴルフ・ クラブで最も古いメンバ ーになろうと決心したのだった。 「そう決心してから、私は、この最も熱烈な願いが叶う前に病気や事故で死んでしまうのを怖れる あまり、無残な生活を送ることになった。ごく軽い風邪にもおそれおののいた。雷鳴には震えあがり、 車の姿を見れば、いや自転車をみかけてさえ、失神せんばかりだった。そしてスウイングの瞬間のゴ ルファーの傍からは恐慌状態で逃げだしたものだった : ・
191 七番ホール と、突然、《セント・エドム》ゴルフ・クラブのオールデスト・メンバーのカーターモールは、グ ーンにくるりと背を向けると声の方に向かってあざやかなフォームでポールを飛ばした。 スウイングはまさに完璧だった。ポールが風を切って飛び去ると、アーチボルド・スヌークスの顔 うな は生け垣の向こうに消えていた。あとはけだものしみた物すごい唸り声が地を這うようにきこえてく るだけだった。 醜怪なアーチボルドに残されていた片方の眼。それは、ゴルファーのプレーを見とどけ、あとから 悪口雑言をあびせるためのものであった。 そして今、彼は眼というものを永遠に失ったのである。カーターモールの打球はアーチボルドから、 残されていたただ一つの愉悦のみなもとを奪い去っていた。オールデスト・メンバーは、彼の七番ホ ールを外してはいなかったのである。
他人から苦しみを強いられる機会は数多くある。だがそんな時に、こんなことで自分は動しない 平気だ、まったく平然としているのだ、と、わずかでも言ってのけられればどんなに気が楽だろう。 ああ、しかし ! : どうやっても、私にはそんな言葉は吐けそうにない。 一緒にコースをまわったバツオーは、スコア・カードを引き裂き、あくびをしてみせると、くるり と背を向けて去ってゆく。 肩をそびやかせていく彼の姿が見える。 あざ笑っているに違いない ・ : 私のことを : ☆ 私は自他ともに認める優秀なゴルファーだ。嘘だと思うなら最近のハンドブック類を開いてもらい そして一方、ポプ・バツオーという名前。これは探しても無駄というものだ。 バツオーはまったくの下手糞で、わが由緒あるクラブの面汚しなのだが、彼の祖父で、《バツォ カこのクラブの創立メンバー エール》 = ールは周知のようにビールより苦味 ) で有名なサミエル・・、ツオー : ・このホフ・バツオー ; カコー ーこ加えられたのだ。そしてさらに : 影名を連ねているおかげで、メンバ。 スに現われると、私はまったく調子を乱してしまうのに、彼ときたらまるで別人のように素晴らしい プレーをやってのけるのだった :
「ゴルフ・クラブに守り神がつくようになるには、そのゴルフ・クラブが永い歴史を持たなければ ならない」 「守り神ですか ? 」スウイングは物凄いが、頭の方はやや控え目なフレッシ = 君が訊ねた。 「百科辞典を開いてみたまえ、フレッシ = 君。まず開いてみることだ。そうすれば解決の光明が暗 闇の中に射してくる。だが、さしあたっては私が光明を与えてやろう。『守り神の性格は多分に曖味 である。正確に言えば、それは神でもなければ、神格化された祖先でもない』と、あるはずだ」 「そんなものですか」と、フレッシ = は答えた。「ばくにはさつばりわかりませんが」 打ち明けた話、フレッシ = にはこうした率直さがあ 0 たので皆は彼の無知に寛容であ 0 たのである。 「つまり、フレッシ = 君、守り神を民族とか家系に属する一種の精霊とみなすローマ神話学にとっ ては、これは正しいのだが、ゴルフやゴルファーにはそのままあてはまらないということだ。ゴルフ、 あるいはゴルファーにとっての守り神とは、実は、多少なりとも神がかってきた先人のことであって、 ー》と呼ばれているわけだ」 現実には《オールデスト・メンバ 「わかりました」と、フレッシ = は言った。「要するに、ここではあのジープス老人というわけです オールデスト・メンバ おつむ
228 ホールだ」 ーディングは答えた。「この土地ならすべてが可能です。しかしゴルファーに とって苦しみの煉獄となるはずのそのリンクスに、ゴルファーを招き寄せる手段を考えなければなり ません」 「そう、その通りだ」と、グロープ卿はふくみ笑いをしながら言った。「その《苦しみの煉獄》は、 ともあれ、ゴルファー 《地獄》と言い換えてもらいたいところだが ( 幟器譌第紫 ) を呼ぶ手段についてはいずれ改めて話しあうこともあるだろう。 「それからリヴュレット川に隣接した所に小さな山荘を造らせようと思う。そこはジョ に任せたいと思っているのだが、きみは、そのジョー・ポールという人物を知っておるかね ? 」 「以前、ロンドンにそのような名前の有名なバーマンが居たように記憶していますが」 「それが彼だ : 。彼には月二千ポンドかかるが、カクテルの帝王と異名をとる人物の待遇として ディップ 高過ぎることはない。《—》クラブのメンバーが集うのはその山荘ということになる。この名の 意味がわかるかね ? 」 ーディングは答えた。 、え」と、 「ドライハ—Driver 、アイアン lron 、それにパター Pu ( ( er : つまり《ディップ—》となる」 「ちょっと悪くない名前ですね。それでメンバーはどうなります ? 」 「まず始めは、四人でスタートする。コーミック、ドッシャ 「結構ですね」と、 。それぞれの頭文字をつないだもの、 ハーミッター、それにきみだ、ハ
「ジュデイも蛇も、それつきり水面に姿を現わさなかった。 「 : : : ああ ! このライ麦ウイスキーは何とひどい味なのだ。それにこのポトルときたら、胴がこ 。そうだまだあ んなにふくらんでいて : ・ : 。だがどうしてこんなことを思い出してしまったのだ : の匂いがあたりにただよっているからだ : 「そうとも。わしはこのことは誰にも話さなかった。到底信してはもらえまいという気持ちが先に 立った。あまりに恐ろしいできごとだ。それにわしがあのビアッフィをどんなに嫉妬し、羨望し、呪 っていたかは誰もが知っていた : 「クレランドン嬢の遺体は発見されたが、エルベトンの姿はどこにもなかった。そして検屍官は、 彼女の死因を事故による水死と断定したのだった」 最年長メンバーは突然立ち上がり、ロッカー・ルームに向かって走り出した。こう叫びながら、 独「もう話はたくさんだ : 孤 の テープルの上のウイスキーのポトルはすっかり空になっていた。 ス ウ ☆ ク 尸 0 「バーに誰もいないのをいいことに、酒に手を出したのですね。あれほど厳しく禁止していたので オールデスト すが」と、グルーミー博士は最年長メンバーの葬儀から帰る道すがら言った。 レディース レームで亡くなったのでしよう。あそこは男性なら誰 「それにしても、どうして婦人用ロッカー・ノ も足を踏み入れたことがないのに」 オールデスト それよりこの匂いだ : この匂い : : : 」
クラブ・ハウスに人影はなかった。掲示板に貼られた四角い紙は、日中のリンクスへの立入禁止を 告げていた。グリーンにはこれから土がまかれ、たつぶりと水がやられる予定なのである。 オールデスト クラブの最年長のメンバーが、いつもの朝と同しように一人でバーに陣取り、カクテルを飲んでい マ / ( イギリスではパーテンダーの ) のジムは休みをとっていた。こうして一人でいることは、この老 ゴルファーにとって不愉快ではなかった。少しばかりもの思いにふけることができるからである。 空は晴れわたり、草はまるで詩の中の世界のように微風に静かに揺れ、クラブ・ハウス近くの池は、 つばめ 朝日を受けて鏡のようにきらめいており、燕たちが空中でアクロノ ヾットを見せていた。 オールデスト リーン・キ 「こんな好い日だというのに」と、その最年長メンバーは考えた。「グ ハーがゴルファ ーを閉め出してしまうとは残念だ」 くるま 彼は、コーチがプルームに乗って出て行き、キャディーたちがめかしこんで近くの町の定期市にく り出していくのをさっき見かけたばかりだった。 今日の彼には話し相手が一人もいないだろう。ふだんならアドバイスを求めにくる初心者も、おそ らくは皆無にちがいない。 クラブ・ハウスの孤独
に入れたがる。風のカ、太陽の高さ、リンクス上のあれこれの状況をだ。それから ( ーベー。あれは、 ドライバーをパターに持ち換えてホールを前にしたゴルファーをしばしば襲う不意の自信喪失感にい つ自分が襲われるかと、つねに怖れている。またテレンスだが、彼は他人のプレーに眩惑されて、自 分のプレーができないたちなのだ。 「つまり全員が共通して、プレーに勝利を収めるよりむしろ、自分の勝利を妨げようとしている見 えない敵と戦うことに全力を注いでいるわけだ。しかも、その敵というのが、皆それぞれに違ってい 「それならばくの敵というのは : : : 」 「 X プラス 1 、プラス 2 : : : プラス z という文字と数字の組み合わせだね : : : 」 「ではジープス老人の場合はどうなるのです ? 」 ン・ローズ 「死だよ。フレッシュくん。 ン : 自分を《砂丘の薔薇》ゴルフ・クラブのオールデスト・メンバ メの地位から追い出してしまう死が敵なのだ ! 」 ス ☆ デ よみがえ この会話が蘇ってきたのは、それから一年後、七十五歳でとうとうこの世を去ったわがクラブの オ 《オールデスト・メンバ ー》ファイレス・ジープス老人の埋葬が済んで三週間たち、遺書が公開され 9 たときのことだった。 ちなみにその遺書は、遺産については一言も触れていなかった。遺産らしいものは何もなかったか ェックス エヌ