リッター - みる会図書館


検索対象: ゴルフ奇譚集
8件見つかりました。

1. ゴルフ奇譚集

「メギー・トラップ ! 」リッターは思わず叫んでいた。 幸すでに彼女の姿は見えなかった。刻々迫り来る闇の中にとけこんだのか、あるいは地中に没し去っ の たかのようだった。リッターは呆然としてたたずんでいた。 白 ☆ 「やあリッター君。何をばんやりしているのかね ? きみには立ったまま夢でもみるくせでもあっ 「では、昔馴染みの私がまだお判りになりませんの ? 」と、低い声が言った。 「いや、その : と、秘圭日はロごもった。 「あまり時間がありませんの」と、その見知らぬ女は続けた。「リッターさん。わたしはこれをお渡 しにやって来ましたの。あなたとあなたのこのクラブにきっと幸運をもたらしてくれるものですわ・ さあ ! 」 彼女は奇妙な物を差し出した。ロープの切れはしだった。 ッターさん、これは幸運のお守りなのです , 低い声は突然鈍い響 い。さよ , つな きをともなうようになり、凄みさえ帯びはしめた。「どうかこれで幸せになって下さ 女は戸口へ後ずさりした。タ陽の最後の輝きが一瞬、炎の後光となって彼女の姿を浮かびあがらせ たのかね ? 」 「縛り首のロープです : ・

2. ゴルフ奇譚集

120 赤錆びた帽子掛けには、二十年以上前に亡くなったバンフ氏の山高帽がそのままに残されており、 開け放たれたままのロッカーからは、古い柳の樹皮の色のようなモス・グリーンの皮のチョッキがの ぞいていた。 ビンが錆びたおかげでケースの上にこびりついていた黄ばんだ名刺の字を読みとろうとしばらく苦 労したリッターは、やっと「ジョージ・・スワンドン」と判読した。 スワンドン : ソープ・ホール杯に勝者となったのは確か : ッターは懸命に記憶の糸をた ホワイト・イーグルズ ぐった。あれは自分が二十四歳の時で、世に知られたこの《白鵞》ゴルフ・クラブの秘書に任 命されたばかりの頃だった。そして今、彼は五十歳になっているのだ ! スワンドンはそれから二年後、つまらない馬の事故であっけなくこの世を去った。 ・ルームはどうだろうーとリッターはつぶやいた。 女性ゴルファーたちのロッカー ・ルームにあてられていた細長い部屋に足を踏み入れると、どぎつ い香水の残り香が彼の鼻をうった。 フリューリングスドフト 「《春のかおり》だ ! ボワイト・ ドイツ製のこのぞっとする化粧水を持ち込んだのはミス・ヒープで、彼女は数カ月前にこの《白 ィーグルズ 鷲》ゴルフ・リンクスに練習のために姿を見せた。いわば最後の人間だった。 仕切り板の上にやや斜めにかしいで掛かっている、斑点の生した鏡には、彼の顔が無気味にくずれ て映っていた。洗面台の上には、石けんの上に不運な蝶があわれな姿を見せてこびりついている。ふ たたびリッターは微笑をうかべた。壁の上にヘア・ピンを使って刻まれた《マルタ・。ハプルの気取り 「婦人用ロッカー

3. ゴルフ奇譚集

125 《白鷲》の幸運 ・ガールのことを思い出しているのです」 、え」と秘書は答えた。「あのキャディー 「メギー・トラップかね・ : ・ : 。可哀そうな娘しやった。あんなことが起こったときにはわしも大変 に驚いたものだった。なにしろわしはあの男まさりの大したカ持ちの娘が好きだったから」 「何か彼女の身にあったのですか ? 」と、リッターは訊ねた。 : そうか、きみは 「ではきみは新聞で読まなかったのかね ? あれはもう二、三年前のことだ。・ 確かカナダに出張していた。いいかねきみ ! あれは気性は激しいがやさしい娘だった。それがいっ たいどうしたことなのか、ピカデリーの雑踏の中で、ちょうど車から降りてきたばかりの上流社会の 婦人の首をひねって殺してしまったのじゃ。レディ・コバドーアとかいう」 ア ! それはここのメンバーだったミス・パプルのことですよ ! 」 「レディ・コバドー : そう言えばそうだった : ・・ : 」 「何ということだ ! 「そしてメギーはどうなりました ? 」リッターは不安そうな面持ちで訊ねた。 。あのときには、わしも心を痛めたものだったが : : : 」 「絞首刑になったよ、きみ :

4. ゴルフ奇譚集

《白鷲》ゴルフ・クラブは、世間のいわゆる「有終の美」を迎えつつあった。とはいえ内実 は全く「美、とはほど遠いものであって、度重なる不運がその庇護者たちの肩の上に重くのしかかっ リンクス沿いの住人で法律上の詭弁にたけた者たちは訴訟を起こしてゴルフ・クラ ており、ゴルフ・ プから勝利をかちとっていたし、アマチ = アたちの賞讃で自らを装うに懸命の半・プロフェッショナ ルたちは進んでクラブの名声に泥を塗っていたのだった。さらに、そこから十二マイル離れた所には、 よそもの 途方もない財力に支えられた " 他所者たち〃の新しいクラブが設立されて素晴らしいグリーンを誇 0 ているのにひきかえ、こちらの古き良きグリーン上には財政不如意という容赦のない黒い影が次第に 幸色濃くその影をおとしつつあり、荒れ放題のグリーンでのプレーは、さながらジャングルをまわるの の 感があった。 鷲 この三者一体となった不幸こそ、まさしく古参のメンバーたちが深く心を痛めているところだった。 白 クラブ・ハウスのバーで秘書のリッタ 1 は静かにパイプに煙草をつめていた。一人だっこ。バ ンのジムは今しがた別れを告げて出て行 0 たばかりだ 0 た。軽い腹痛がするとジムは言 0 ていたが、 リッターは、ジムが十二マイル離れた敵方に寝返ったことを知っていた : 《白鷲》の幸運 ホワイト・イーグルズ

5. ゴルフ奇譚集

122 そのことは、メギ ー・トラップには個人的な反感の原因となった。憤懣を単にロに出すだけでは満 足できなかった彼女は、婦人用ロッカー・ルームの壁に落書きを刻みこみ、おかげで名誉毀損で訴え られた。即日釈放された彼女は、その晩、リンクスから出てくるミス・パプルを待ち伏せし、みごと な平手打ちを数発見舞ったのだった。再び法廷に呼び出された彼女は、五ポンドの罰金もしくは十日 間の拘留の判決を言い渡された。そしてリッターがその罰金を代わりに支払ってやった : 「もしメギーが三発でなく六発をあのパプルにお見舞いしていたとしても、私はよろこんで十ポン ドを払っていただろう」そう彼は自分に言いきかせたものだった。 三年後、彼は五ポンドの小切手と一枚の写真を受け取った。写真には怪力を売り物としているサー カスの女芸人の姿が映っており、下の方に稚拙な文字でこう献辞が記されてあった。 《わたしが愛し尊敬した唯一人の方に》 リッターは写真の姿に、メギ ー・トラップの面影を見出した。 しかし彼はそれつきりメギーと再び会うことはなかった。 ☆ ターよヾ 日が落ちかかって、ロッカー・ルームにはすでに暗闇が支配していた。リッ ーに戻った。 足を踏み入れたとたん、彼は少したしろいだ。 一人の女がカウンターによりかかって立っていた。さ つき雨の中に姿を消していった大きなケープの女であることはすぐにわかった。 「失礼ですが : と、彼はロを開いた。

6. ゴルフ奇譚集

「しかし仕方ないしゃないか」と、彼は寂しく考えた。「私だってもう六カ月以上給料をもらってい Ⅱないのだ」 沈んだ雰囲気をさらにやりきれなくさせるようにもう一週間も雨が降り続いていた。執拗な、激し い雨。低い所のバンカーはすでに水没し、ウォーター ハザードは拡大を続けていた。 ッターは手書きの案内ビラの前に立っと、それを引きちぎった。州主催のチャンピオン大会の案 内だった。そう、それは確かに開催されるだろう : : : 隣のゴルフ・リンクスにおいて : ホワイト・イーグルズ 紙の切れ端がなおも壁にこびりついていた。太い文字でクラブの《白鷲》の名が読みとれた。 大した皮肉だ。もう久しい以前からこの勇敢な白い鷲は翼を失っているというのに : カウンターの上には、「リッター様親展」と書かれた、クラブ支配人パイクロフトからの手紙が 置かれてあった。「親展」とあるものの手紙の内容には何ほどの秘密もなかった。西部ガラス会社の アーウイン・べレトンがゴルフ・リンクスの百エーカーほどを買収したいと申し出ているのだった。 リンクスの地盤の砂が大型ガラス製造に適した成分だからという理由で : しかしまだ八十エーカーほどは残る。かなり手狭にはなるだろうがコースを按配すれば、まだまだ いけるたろう。 ノターは返事の下書 クラブがまだ栄光に包まれていた頃に催された大宴会のメニューの裏側に、リ " きを走り書きしてみた。ノ ( 彼よ皮肉をこめて、三ロッド ( 一。 ' ドお ) くらいのミニ・ゴルフ場の造成を提 案していた : : 。だが、あまりに皮肉が見えすいていると思い直し、下書きを破り棄てた。 ボウ・ウインドウ 突風があまり激しく張出し窓を揺るがせるので、よろい戸を下ろそうとリッターは窓に近寄った。

7. ゴルフ奇譚集

最終ホールのスタート地点を遮っている砂丘に沿って、暴風を避けるように身を屈めて進んでいく人 影がはるか遠くに見えたのはこの時だった。 およそ考えられない異常なことだった。ゴルフ・リンクスからゴルファーの姿が絶えて久しかった とはいえ、秘書のリッターよ ( いかなる不法侵入者も、たとえ大一匹でさえもグリーン上への立ち入り を許さなかったのである。 彼は双眼鏡を取り上げ、人影の動いていたあたりに視野を向けた。やや遅すぎたようで人影は砂丘 の向こう側に消えようとしていた。しかし、長いケープが姿を大分大きく見せてはいるがそれが女性 であることを知るには充分だっこ。 「拾い屋かーと、彼は冷ややかに笑った。「ご苦労なことだ。何もありはしないのに」 丿ンクスの周辺にはかってキャディーやその家族たちがロスト・ポールを拾おうと動きまわってい たものだった。ささやかな稼ぎをあてにして : 丿ッターは一杯ひっかけようと思った。しかし並んでいるのが空壜ばかりであるのを知って、彼は 幸苦い思いを味あわなければならなかった。 の 「有終の美などありえない」と、彼はため息をついた。「今度の所有者の代になったら、それこそあ 鷲っという間におしまいになってしまうだろう」 ロッカー ・ルームを覗いた彼に微笑みが浮かんだ。リンクスがジャングルと化し、食堂奥のバーは 9 閉鎖されているが、ロッカー ・ルームだけは、エジプトの偉大なビラミッドさながらに無傷で残って

8. ゴルフ奇譚集

秘書はびくりとしてわれに返った。目の前に、上機嫌で二十歳は若返ったかのような支配人のパイ 1 クロフトが立っていた。 「いや私だってまだ夢を見ている心地だよ。 ソター君ーと、 ハイクロフトは文字通り息をはずま せながら続けた。「一時間ほど前だった。例のここの百エーカーの売却の件でアーウイン・べレトン 氏と交渉している最中だった。突然彼は書類を押し返しながら叫ぶしゃないか。『いやあなたのとこ ろの土地を買うなんて金輪際ご免こうむりましよう ! 滅相もないことです : 。しかし百エーカー 分のお金はお支払いしますよ。もし必要とあらばそれ以上出しても構わない。それであなたのところ ホワイト・イーグルズ のリンクスの補修をするのです : : : 。《白鷲》を甦らせ、かってなかったほどに盛大で光輝 にみちたものとするのです。それからわたしにゴルフの手ほどきをしてくれる最高のコーチを雇い入 れてもらいましよう。そう、ただちに私をメンバ ーに加えてもらわなければ : これだけはお願い しておきますよ。資金面での心配はくれぐれもご無用に願、こ、 しオし ! 』とね」 ソターは一言も口がきけずにいた。彼は手の中で例のロープの切れはしを爪が掌に食いこむほど 強く握りしめていた。 ☆ 「リッター君」ペンキ職人がロッカー・ルームの壁を白く塗り直しているのを横目に見ながら、ク ラブのオールデスト・メンバーのウェールズ老人が話しかけた。「いつもきみの笑顔を誘っていたあ の落書きが消えてしまったしゃないか。何の感慨も起こらずかね ? 」 よみがえ