学者さんも含めて ) みんなの知恵を結集すること。未来の子どもたちや他の生物も含め、自然はみん なの共有財産なのだから、たくさんの立場を考えて、たくさんの知恵を集めた方がいい そうやってできたアイデアは、もう『開発か自然保護か』の妥協案でもなければ中立案でもない。 それはすでに『開発か自然保護か』以外の、いや、それ以上の、まったく新しい第三の選択肢と言え るだろう。もしかしたら、開発でも自然保護でもある一石二鳥のアイデアがあるかもしれない。 そういう道をたくさんの人で時間をかけて探っていくことこそ、人間の英知を生かす道だと思うし、 人間がこの地球上で長く生きていける道でもあると思う。 そのように考え、そして実行してくれる仲間を増やすこと なんだかとても大きな話になってし まったが、それが自然観察会の果たす社会的な意義だと考えている。 そのためには、自然の一個一個の部分品に関する知識ではなく、全体の『つながり』についての関 心や知識こそが大切になってくるのだ。
この本の中で、ぼくは、ぼくらがどんな想いでやまなしナチュラリストの会を創り、どんな活動を してきて、どんな悩みを持っているかについて書いてきた。 では、この本は山梨県以外の人には無関係か ? 答えはもちろん「否」である。 ぼくらとは規模や形態が違うかもしれないけれど、自然が好きで、自然のことを人に伝えるのが楽 しくて、それで自然観察会を一生懸命やっているステキな人が全国にはたくさんいる。 ぼくは今、財日本自然保護協会の普及委員をやっていて、日本各地で行われる自然観察指導員講習 会のお手伝いをしている。これは自然観察を進めてくれる人材を養成するのが目的だ。二泊三日で、 自然の見方 ( 自然観察の仕方 ) と自然保護についての考え方とを、実習と講義を通して学んでもらっ グている。 ぼくはまだ、東京、秋田、福島、岐阜の四都県しか行ったことはないけど、そのどこでもステキな 工 人たちが、さまざまな活動を展開していた。 エピローグ 213
しかし、自然保護という言葉で表されるように、自然は守る必要があるらしい。私も自然は守る方川 が良いのではないかと感じている。感じているのであり、頭でしつかり考えているわけではない。 すると、身の回りのハエやゴキプリは何だろうかと思う。我々の身の回りのハエやゴキプリは決し て守る必要がない。というより迷惑である。といって、自然ではないとも言えない。 では、ハエやゴキプリの観察は自然観察か。少なくとも生き物の観察ではあろう。 なんでハエやゴキプリの観察と言い出したかと言えば、私はこのような小さな生き物に親近感を持っ ているからである。彼らに自然観察会の主役になってもらいたいからである。身の回りの生き物をもっ と見直したいものである。 ■トキッ ! とするのが観察会 岩崎弘倫 「観察会って何だろう ? 」と考えると、自分は何を得ただろうか ? と考えてしまう。 芸術は爆発だオジサン風に言えば、こうなる。 「観察会は『オドロキ』と『発見』の場」 発想、目のつけどころのおもしろさで、何の変哲もない樹がとたんに新鮮なキラキラした木になっ たり、不器用に歩く虫がスー ーマンに見えてきたりするのが、観察会のだいご味なのだ。 一体全体、ぼくがなぜ自然観察会をやったり、保護運動をやったり、割りばし使わなかったり、炭
さいわい、その後、ぼくは財日本自然保護協会の自然観察指導員講習会 ( 自然保護の思想をしつか りと持った自然観察会を自主的に支え、実践できる仲間を増やすために、自然観察の指導員を養成し ようという講習 ) に参加して目からうろこが落ち、植物の名前を調べることばかりが植物観察じゃな いんだ、植物の名前を調べること以外にも、植物を観察しておもしろいことはたくさんあるんだとい うことを学ぶことができた。つまり、ぼくの決心は、決して間違いではなかったということがわかっ たのだ。 三つ目に、工夫しかないということだ。 ぼくらはシロウトなのだから、専門家のように、ある植物なら植物について長い時間話をすること などできやしない。ましてや、参加者の興味を引くような話など、自信を持って「できない」と言え る。 だから、たとえばゲームをしたり、紙芝居を作ったり、カードで遊んだりという工夫をして、その 穴を埋めようとしてきた。 じつはそれが大当たりで、参加者はとても楽しそうに観察会に参加してくれた。それはつまり、そ のようなゲームやカードを使いさえすれば、シロウトでも自然観察会の指導者を十分やっていけると グ いうことでもある。これらのゲームやカードは、ぼくらの強力な武器になった。この武器があるので、 ロぼくらは自信を持って「シロウトでも自然観察の指導ができます」と言えるのだ。 プ 今まで述べてきたように、ぼくらには「知る喜び」という観察会をするエネルギーがあり、「シロウ
カイドブッ この観察会のおかげで、ぼくの心と頭の中は、上高地のいろんな記念写真でいつばいだ。。 クを全部暗記して上高地を歩いたとしても、こんなに充実した一日は絶対に過ごせなかったと思う。 いかに今までのいろんな旅行が「証拠写真を撮るだけ」だったかに気づいて、ぼくは今まで大変な 損をしてきた気になってしまった。 今では『観光するなら、観察会 ! 』って心からそう思う。 「観察会なんてめったにないんじゃない ? 」と思われている人がいるかもしれないが、そんなことは ない。結構、各地で行われている。 たとえば、動物園でも観察会が行われていることを御存知だろうか ? 東京の多摩動物公園では、 日祭日の午前と午後一回ずつ一時間弱の動物観察会が行われている。多摩動物園に行ったことのある 方は多いだろうが、観察会に参加された方は少ないのではなかろうか。 「情報がなかなか手に入らなくて : : : 」という人がいるかもしれないが、そんな指摘も当たっていな 。財日本自然保護協会の機関誌『自然保護』では、毎月、全国各地の観察会情報を載せている。新 聞や自然関係の雑誌にも載せられている。国立公園にはビジターセンターが、野鳥の会のサンクチュ アリにはネイチャーセンターがあって、観察会なんかの情報を教えてくれる。 要はぼくらの意識なのだ。観光というと、風光明媚な場所に行って証拠写真、アリバイ写真を撮っ てくるものだという : 観光に行ったら、その土地の自然観察会に参加して、心や頭の中にいつばい記念写真を撮り、地域
ほくらの【 こんなふうにんさ・を 0 。 ン植原彰著 地人書館 定価 1545 円 ( 本体 1500 円 ) 植原彰 ( うえはらあきら ) 1962 年山梨生まれの山梨育ち。 ' 80 年筑波大学第二学群生物学類入学。イ中間 とネッシー自然教育研究会を設立。近所の子 どもを集めて自然観察会や自然教室 ( 宿泊を 伴った自然観察会 ) を積極的に行う。 ( 財 ) 日本自然保護協会の自然観察指導員講 習会を 19 歳で受講。マワ口に見よう・名前に こだわらないで見よう・採らないで見ようと いった自然の見方に感銘を受ける。 観察会活動の中で「子どもほど面白い生き 物はない / 」と思うようになり、小学校の先 生を目指し、検定試験で免許を取る。 ' 84 年山梨の小学校教諭となるのに成功。 先生稼業を続ける一方、やまなしナチュラ リストの会を設立し、「何ガーエ夫」をモット ーに観察会活動を精力的に行ってきた。また、 ノラやまなし ( 自然観察指導員山梨県連絡会 ) を創設し、すっと事務局を務めている。 現在、 ( 財 ) 日本自然保護協会普及委員、 ( 財 ) 科学教育研究会評議員。 サ十、つリストというのは①自会では / 加の人ヒ一ー キ」自然ボ大きさ ・こた - のことで・ 草花や し き殉や 6 〇 0 〇「ネイ ! ゲーム」とい , て⑧ 自然に . 親しむための 蝣びをしたリしま呵 これ 植原彰著 ま / 加壱よリも 一・寺・楽しんでいるのは みか 植原さんです I S B N 4 ー 8 0 5 2 ー 0 4 0 5 - 6 C 0 0 4 5 P 1 5 4 5 E カハー・テサイン石田翠 地人書館
4 ぼくらは動物探偵団—ムササビの観察会— ムササビのいる証拠を探せ ムササビを見た旧 第 7 章リーダーのコツ、教えます o 自然観察会をやってみよう , 1 通る声で説明しようⅢ 3 リーダーよ、紙芝居をいだけ 「これ、何 ? 」と聞かれたら 7 井戸端会議から始めよう鵬 第 8 章ぼくらの自然観察会 自然観察会は自然破壊 ぼくらの自然観察会 エピローグ 資料財日本自然保護協会自然観察指導員連絡会一覧 204 ? ! 198 170 観察会って、いったいなんでするんだ ? 网 2 いつも話に『 ? 』を 4 同じ立つなら、石の上 6 なぜ、一人なのか 216 173 180 169 197
第 1 章自然観察会へようこそ 『つながり』という視点で見ると同じだということなのである。 『つながり』にこだわる第二の理由は、ぼくが自然観察会を自然保護活動の一つだと考えていること たとえば、ある場所でブナ林の伐採計画があったとする。自然観察を経験してない人は、 「ああ、ブナが切られるのか」 と、ブナという一つの種類の木だけが切られる ( なくなる ) としか思わないだろうが、観察会を経験 した人は、 「ブナを切ることによって、ブナの実を食べ ていた動物たちは困るだろうな、ブナの木に 屮を一いテ で巣穴をあけるキツッキは困るだろうな」 と、『つながり』という視点でその計画をみて くれるだろう。そうすると、ブナというたっ た一つの種類の木を切ることによって、それ 。ゝいかに他の野生生物や、ひいては人間の生 観う活にまで影響を与えるかがわかってもらえる。 のよ を。心。、。森の じつは、ぼくたちはそういうものの見方・ のス ~ ナラ みをプグ考え方のできる人をできるだけ増やしたいと
思って自然観察会をやっているのだ。 さらに言うなら、そういう見方のできる人は、決して「とにかく何でも反対」なんて言わない。 もちろん「ここの自然は絶対に開発しないで残す方がいい」と判断したら断固反対するが、ほとん どの場合、開発と自然保護の問題は決して二者択一の問題でまよ、 冫 / レ。自然の中の『つながり』がしつ かり理解できれば、その『つながり』がくずれないような開発の仕方や規模を工夫してやれるはずな のだ。 こういった問題は、なにも知床の原生林とか、石垣のサンゴ礁とか、白神のブナ林とか、長良川と かの大きなものばかりではない。身近なところにゴロゴロしている。 たとえば、ぼくはある営林署の職員の方からこんな話を聞いたことがある。 「最近、困った問題が起こったんです。それは、私たちが管理しているキャンプ場の中の枯れ木なん です。大きな太い枯れ木で、いっ倒れるか、わからないのです。 キツッキは来るし、カミキリムシの穴はたくさんあいているし、キノコは生えているしと、自然の 仕組みを勉強するにはすごくいい教材だとは思うのですが、倒れた時の危険性を考えると切らないわ けにはいきません。それで、結局、安全面を優先させて、その枯れ木を切ってしまいました。自然保 護のむずかしさが身にしみましたよ」 ぼくはこの話を聞いて、なぜ、切るか切らないかという二者択一の問題にしてしまったのか、残念 でならなかった。
自然観察指導員東京連絡会では、ふだんの自然観察会とは別に、一年会員制の『飛ぶ教室』という 子どもむけの自然観察会をやっている。『飛ぶ教室』会員の子ども向けに、『ザリガニしんぶん』とい うミニコミ紙を発行しているが、これが会誌の『ソング・ポスト』と並ぶくらいおもしろい。さすが 東京だけあって、スタッフがたくさんいて、いろんな情報が入ってくる。 秋田では官民一体となって自然観察会活動を行っている。秋田県自然観察指導員連絡協議会の人た ちはとても陽気で、「アルコールのない講習会なんて考えられない」と大懇親会を開いてくれた。この 席上で、なんとアコーディオンの伴奏つきで歌を歌ってくれたのだ。とってもなごやかな雰囲気の中 で講習会を終わらせることができた。 福島では今、会津フレッシュリゾート構想が持ち上がっている。いくら「自然を観察して楽しむの が自然観察会」とは一一一一口え、黙っていられない。そこで、福島県自然観察指導員連絡会では、「ゴルフ場・ リゾート問題を考えるワーキンググループ」「水問題を考えるワーキンググループ」などのワーキング グループを作り、テーマに沿って勉強会をしたり、現地を実際に観察したりしている。地に足のつい た自然観察活動、自然保護活動を行っている。 岐阜県自然観察指導員連絡会では、山登りをしなのらの自然観察を提案している。北アルプスには 山小屋を結んだ『双六 ( すごろく ) 山楽 ( サンガクと読む。山岳と書かないところがミソ ) 共和国』 というミニ国家まであるし、なんと自然観察するためにヒマラヤへのトレッキングまでやっちゃって いる。また、参加者にとっては、リーダーのだじゃれも観察できるという楽しみがある。