135 しのぶぐさ でつ。もすそふまれて破らじと心づかひする又をかし。身のいやし うて人のあなどる又をかし。折にふれては誰もいふなる一言のおも しろしとて才女などたゝえらるいよ / 、をかし。此としの夏は江の 嶋も見ん、箱根にもゆかん、名高き月花をなど家には一錢のたくは へもなくていひ居ることにをかし。いかにして明日を過すらんとお もふに、ねがふこと大方はづれゆくもをかし。おもひの外になるも をかし。すべて、よの中はをかしき物也。 ( 明治二十八年十月 ) しのぶぐさ なみろく 浪六のもとより、今日や文の來るとまちて、はかなくとしも 暮れぬ。かしこも大つごもりのさわぎ、いかなりけん。 まちわたる人のたよりは聞かぬまに またぬとしこそまづ來たりけれ ねんれい 三日の朝、年禮にとてなから井のうし門までおはしぬ。何事 もかざりをすてゝ、すがたもいたくおとろへ給びき。 ますかゞみわれもとり出ん見し人は きのふとおもふにおもがはりせる 聞えし美男に而、衣裳などいつもきらびやか成し人なりける を。 おなじ日、さる人の來て、いで、よせ聞にと引ゆるがすに、 みたりなりきくざか まさごちゃう 暮ちかく家を出づ。三人也。菊坂の通を過て眞砂丁にのぼ り、病院あとの原を過れば、月かげいっかたもとにあり。 あづさゆみ春はいまだの中空に かすむとやいはん月おぼろなり この夜、新がたの坂本ぬしより賀状來る、これよりはまだや らざりし也。 わすれぬもさすがにうれしからごろも つまにといひしなごりとおもへば ゐさぶらう 猪三郎は商店を開き、信三郎は銀行を出したりといふ。とも にいとこどち也。 み なり
200 もの也。きのふおもしろしと見る事なくば、今日の殘りをしき思 しは十四日成しが、いまだに筆取ることのものうくて、一回の原 ひあらんや。斗らざるに景色をそへ、斗らざるに景色を損ず。っ 稿もしたゝめあへず。二十日ごろまでにと思ふに、いよ / 、かし いってう くみ、おもふて、榮華も富貴も一朝の夢なるを思ふ事切也。 らいたし。時は今まさに初夏也。衣がへもなさではかなはず。ゅ かたなど、大方いせやが蔵にあり。タベごろより蚊もうなり出る十八日の夜、はじめて大音樂會場にのぞむ。新知己を二人得たり。 場のありさま心よはき身の胸つぶる長如し。 に、蚊や斗は手もとにあるなん、これのみこ又ろ安けれど、來月 は早々の會日など、ひとへだつ物まとはではあられず。母君が夏十九日。午前のうちだけ小石川稽古を斷りて、石ぐろ虎子がけいこ をなす。野々宮君やがて來訪あり。もろ共にひるい乂たべて、我 羽織、これも急に入るべし。ましてふだん用の品々、いかにして てうだつい・て れは小石川へゆく。歸りしは日沒近かりしが、西村君來訪ありけ 調逹し出ん。手もとにある金、はや壹圓にたらず。かくて來客あ なからゐ り。留守のうち穴澤の淸次及び半井のぬしおはしたるとか。淸次 らば魚をもかふべし。その後の事し斗がたければ、母君、國子が、 の事は事なし。半井ぬしは、いかにしておはしたるにや。夢かと 我れを責むることいはれなきにあらず。靜に前後を思ふて、かし たどられて、何事を仰せられしと、聞くにあわたゞし。むし菓子 ら痛き事さま 6 、多かれど、こはこれ昨年の夏がこ長ろ也。けふ 一折を送られしよし。別しての物がたりもおはせざりし。姉君を の一葉は、もはや世上のくるしみをくるしみとすべからず。恆産 迎へこんと幾度もいひしが、否さしての用事も侍らず、久々にて なくして、世にふる身のかくあるは、覺悟の前也。軒端の雨に訪 御不沙汰見舞に參りつる也とて、歸られしといふ。とにかくにむ 人なきけふしも、胸間さま乙、のおもひをしばし筆にゆだねて、 ねつぶる。 貧家のくるしみをわすれんとす。 さみだれ 二十日。野々宮君及び兄君にはがきを出す。兄君のもとへは、家に 梅雨のふるき板やの雨もりに 不用の蚊ゃあり、時節柄人用あらば送り參らせんとて也。野々宮 こやぬれとほる袂なるらん へは、きのふ半井ぬしのいひたる令妹上京中なれば、暇を見て訪 はせ給はんはいかにと也。夜にいりて馬場君及び秋骨子來訪。孤 隣にすめりし人、家移りすとて、その池にかひたる緋ごひ金魚な 蝶君、けん定しけん第二回を本日受け給ひしよし。かならず落第 どかず / \ 我家にもて來てあづけぬ。大いなる魚共の、ひれを動 ならんとて、かしら重げにしをれて見えき。物がたりさまみ \ し かし尾をふりておよげるさま、いとおもしろく、來る人ごとにほ て、夜更てかへる。 めたゝゆれば、いっとなく我物のやうにおぼえて、斗らざるに庭 上の奇觀をそへたるなどよろこびあひし。ほどへて、かしこの妻二十一日。午後門にあわたゞ敷くつの音してはせ入る人あり。たれ かと見れば、孤蝶子。きのふのしけん、首尾よく行たりし事今見 なるもの、その家に池のほれしかば、魚たまはらんとさでなども て來たりぬ。少しも早くしらせんとて、かくはいそぎ來つるとう て來たり。いざとりて行給へといへば、中にいりて追ひ廻るに、 れし氣のそ振、共に / 、うれし。日暮まで遊びてかへる。此夜、 隣りよりおこしたる少さきは得よくも取がたく、もとより我が池 小出ぬし來訪。ものがたり多し。 にありし大いなるをのみあつめて、數にみたしてもて歸る。それ しか非じともいふにうるさければ、取るにまかぜてやるを、母君二十二日。平田君來訪あるべき約あるに、終日まてども來たらず。 佐藤の梅吉及び西村の禮助來る。梅吉ははやく歸りて、日沒近く など、いとにくがり給ふ。かくあるにて思へば、世は誠に常なき
146 に行く。歸宅早々後かたもなく平癒したりといふ。奇なる事也。 八日。終日まだ成らず。 小説はじめて原稿にのぼす。日暮れより雨降り出づ。此夜母君に九日。小石川會日なれど早朝よりは行がたし。三時頃に至りて小説 新小論よみて聞かし參らす。 完備す。部ち直に髮を結びなどして、先半井うしがり行。藤村に 廿六日より雨天。 て、むし菓子少しとゝのへ持參す。直に歸る。共足にて小石川へ 廿七日。 行く。師君大立腹。 廿八日。 十日より、蠅表内職にかゝる。 ひたすら 廿九日まで小説一向に盡カせしものから出來上らず。終夜從事。 十一日。おなじく 卅日。小詭いまだ十頁計しか出來ず。せん方なければ、其趣半井う十二日。おなじく しへ申きんとす。ことに今日は小石川稽古なり。朝來大雨なれど十三日。師君のもとへ行く。 もおして家を出づ。師君のもとに十二時まで居る。歸路直に片町 十四日。稽古日。田中君より田邊君傅言を聞く。島田君のこと、 の師君がり訪ふ。大人は次の間におはすなるべし。河村君老母及 師の君のこと。歸路は日沒少し前なりし。思ふこといと多し。 内室少女等火桶のほとりに居たり。大人の病氣を間ひなどせし十七日。田中うじ會也。午前より行。來會者十二、三名。車にて送 ぢしつ らる。 に、師君痔疾にておはせしをいたく祕し給ひしから、一時になや みつよくなりて、一昨日切斷術を行はれぬと也。いたく驚きて、 十八日。小がさ原君のもとに、數よみの催しあり。招きにあづかり いかにやと氣遣ふに、いとなめしけれど、病間にて對面せんとて しもの五名。題は二十三題成けり。終りて後、ばら新美香園にば にほひ 此間へ通す。石炭酸の香いとつよし。こは日々洗できすればなめ らを見る。歸宅は日沒。 り。種々談話。流石の大人もいとくるしげにみえ給ふ。一時歸十九日。半井君をとふ。一時は日に日に快方成しを、又いさ又か無 理などをなしたるにや依けん、更に切斷を行はずんば、能ふまじ 五月一日。午前十時頃より家を出で、下谷伊豫紋にロ取を買ふ。桃 と思ふなりなど物がたらる。いと / 、なやましげなるにいか様に 水君に參らせんとて也。十二時頃より片町に行く。物がたり種 せんと計打守り居る折しも、醫師來診に來しかば、おのれは歸宅 種。追々快方なりといふ。 す。 三日。西隣の家に轉宅せんといふ相談とゝのふ。 廿日。又見舞に行く。昨日切斷はなしたれど、いまだ充分ならざる 四日。半井君のもとを訪ふ。轉宅一條を物がたりて、原稿七日まで 様也。今一度切らずんばなどいふ。今日も氣分わるげ也。二時間 と日延をなす。 計居てかへる。 五日。暗天。轉宅。久保木、田部井手傅ひに來る。此夜より又小説廿一日。小石川稽古也。早朝に行く。我小説のこと、田中君よりの にか乂る。兄君偶然に來る。 物語りもあり、何とか答へなさずばわるかるべく、さりながら、 六日。一日小説に從事、ならず。 半井ぬしが種々懇とくなる言葉行爲を思へば、是を捨て彼につく 七日。晩景までには何とぞ著作し度大勉強。但し今日は小石川稽古 なん義に於てなか / 、なるべし。いか様にせんと斗師君にも相談 日なれど行かず。 をなす。そは道理なり。しからば斯なさんなど仰給ふ。むさし野 0 0 - り より
に、うなづきてしるべをなす。例の庭ロより書齋の掾にのぼるほ かし、世にも人にもかくれ給ふ身なればこそ、此花咲鳥うたふ春 いつも ばかり ど、大人出來給へり。例はいとなっかしき物がたり種々して歸る の日を、さゝやかなる家の内に暮したまふなる、いか計 / く、心く ことびと べき時なき様なるを、此頃はあやしう異人のやうに成給へり。御 るしからむ。まして花柳のちまたを朝夕の宿とし給ひしものが、 病氣はいかゞぞなど間ふに、少しは好し、されど頭のいたきのみ 俄にあし踏だにし給ひ難ければ、そは道理也などいふ。今日は何 こうなう は困じ居る也とて、後腦のかたを手してたゝき居給へり。何方も 事のなすもなくて日を暮しぬ。 花ざかりと承るに、たれこめてのみおはすはなぞやといへば、日十九日。睛天。今日の改進新聞配逹が待遠也。誰人が我が後には出 なんすゐぐわいし 蔭の身なればとてしをれぬ。一昨日の夜、上野の夜櫻を行てみし けんと見るに南翠外史也。あな嬉しや大人の也けり。されば我が ばかり 計、飛鳥山も墨田河も更に訪はず、さるにてもかく引籠りのみ居 身いか計大いそぎに端をりちゞめても、前後とも大人のなれば嬉 かぢちゃう れば、病ひも怠る時のなきにやと思ひたれば、少し散歩をこ乂ろ しといふ。今日は來客いと多し。鍛冶町石川及び菊池君奥方など みなどしたるに、いよノ \ 頭いたきゃうなり。如何にせば宜かる 近火見舞の禮にとて來給へり。午前習字、午後より小説少しみる。 くる べきにや、殆ど共策に困しみぬ。かくては遂に死ぬべきにゃあら 著作にかゝる。櫻井君たのまれの詠草一册書く。 なんば むなど心細きことの給ふ。頭うなだれがちに言葉少なく、それも廿日。晴天。圖書館へ書物見にゆく。大田南畆、藤井懶齋が隨筆ど こなた まっ 此方より間ひ奉らぬ以上更にノ物語なし。武藏野一昨日までに も見る。明治女學校の生徒及び駒場農學校何某氏の妻刀劍類寫圖 はつだ 諸事し終りて、昨日發兌のつもり成しが、いかにしけむ、いま の模寫に來られしに逢ふ。歸路廣小路まで同件す。滿山の櫻大方 だ廻り來らず。此度のはいづれも , , 宜しからぬゃうなりなどの はうつろひたれど、流石にまだ見る人は多かりき。日沒少し前冢 さぞ 給ふ。おのれのは、別しての無茶苦茶にて嘸かし困じも怒りもし に歸る。 給ひけん。我師中島とじ常に會日共他にて弟子の詠歌よろしから廿一日。曇天。午後より大人のもとを訪ふ。むさし野來月分趣向に ぬ時は、いたく顔色わろき様也。大人にも同じこと、我が著作の つきてなりけり。畑島君も參り合されたり。種々物がたり。大人 あまりわろきに怒り給ひて、いとゞ御病氣の重らせ給ふならず 達の趣向の談合いとおもしろし。四時頃歸宅。此夜田中君より明 や、案じられ侍りといへば、いや、さることはあらずと事も無く 日小金井行の催しありとてはがき來る。夜雨降出づ。 の給ふ。むさしの三號の分は當月中に原稿廻し給へなどの給ふ。 廿二日。今朝はいとよく睛たり。ト / 金井行はいとうれしけれど、む さるにても暇のなきなん、健康上にいたく影響を及す也。朝日新 さし野〆切日限もさしせまりたり。悠々たる暇なければ、やめに けんだい 聞の方も明日より又執筆することになりたり。せめて一月の獪豫 なす。午前洗濯を少しなす。明日小石川稽古なれは、各評兼題な かうかん あらばよけれど、幸閑を得がたきが弱りきる也など物がたらる。 ど少し詠ず。 うるさ っ我れもいろ / 、いふこと有しが、五月蠅げなるに遠慮して、そこ廿三日。睛天。小石川へ行。日就瓧員鈴木光二郎氏、師君履歴を探 に そこに暇ごひしぬ。されども止めんともし給はざりけり。歸路快報の爲訪間。二階にて種々談話あり。共間島田政子君と共に下坐 あう 快たのしまず。何ごとをかく計怒られけん。我れに少しも覺えな 敷に語る。悲話縷々思はず袖をぬらしぬ。 恥し。いかにせば、昔しの如く成るべきにや。家に歸りてもこの事廿四日。早朝關君へはがきを出す。 をのみいふ。母も妹も共にいたく案じぬ。母の給ふ。夫も共筈そ廿五日。曇天。國子齒痛の爲姉君と共に谷中坂町妙淸寺内へ願がけ い・つかた あう らいさい
うき世にはかなきものは戀也。さりとてこれのすてがたく、花紅 葉のをかしきもこれよりと思ふに、いよ / ( 、世ははかなき物也。 とうし 等思三人、等思五人、百も千も、人も草木も、いづれか戀しから 水の , 上日「ル ( 明治一一十八年四月ー五月 ) ざらむ。深夜人なし。硯をならして、わがみをかへりみてほゝゑ む事多し。 春雨ふりて、今日はいとつれ乙、なり。なすべきことしも一わた にくからぬ人のみ多し。我れは、さはたれと定めてこひわたるべ りはてゝ、身のいとまやう / \ 得らるゝに、田中とじがもと、伊 き。一人の爲に死なば、戀しにしといふ名もたつべし。萬人の爲 東の夏子ぬしなどとはゞやと家を出づ。柳町より車いそがす。み に死ぬればいかならん。しる人なしに、怪しうこと物にやいひ下 されんぞ、それもよしゃ。 の子ぬしは、さる人と共に花見のもよほしなど折わろかりしか よの人はよもしらじかしょの人の ば、直にかへる。夏子のもとにてものがたり多し。やがて中嶌の しらぬ道をもたどる身なれば 師がりとひて、博文館よりのたのまれ、雜誌の題字、題歌など爵 位高き人々にとたのむ。二時頃家にかへる。西村の母とじ參り居 らる。ともにひる飯したゝむ。ほかにことなし。ょに入て、號外二十四日。午後馬場君來訪。本町にて、おもしろからぬ事ありしげ 來る。平和談判と長のヘり、委細はあとよりとあり。 にや、ものいひ、いとゞ激したるやう也。、タげ共にしためて、 十七日。いまだ談判の後報來らず。 更るまで語る。雨俄かに降出ぬるに、かさを參らす。駒下駄にて は如何と、女ものにてをかしけれど、それをも參らすれば、笑ひ 十八日。平田ぬしに文を出す。今日、兄君來訪。來客は、馬場君及 てはきゅく。 び野々宮、安井の二人也。及びおかう様、西村の老婆。 十九日。早朝、平田君より返事來る。おかう様來訪。ついで馬場君二十五日。木曜なれば、野々宮、安井の兩君來る。これより先、馬 場ぬしの下駄かへしに參られしが、しばしにて歸る。けふ、平田 來る。西村の婆君も來る。終日馬場君とかたる。午後より雷雨。 家の中くらし。 を件なはばやと思ひしに、まだ身のゆく方さだらねばとて、い と恥かし氣なるに、そのあたりまではつれ來しかど、得件なはぬ 二十日。小石川けいこ也。早朝、大橋君來訪。日沒近く家にかへれ などかたられし。 ば、久佐賀來訪。西村君もありけり。久佐賀ぬしと共に夜ふくる までかたる。金六十圓かり度よし賴む。 / 出 一一十六日。大橋乙羽君早朝に來訪。ながくもの語りす。此夜、ト おとはあん 君來訪。もの語多し。西村君も來られしが、はやくかへる。 記二十一日。文を乙羽庵に出す。例の題字の事につきて也。穴澤の淸 二十七日。小石川けい古なり。さしてをかしきことも聞えず。 次郎君來訪。隣家のうら嶋轉宅す。 二十二日。はれ。早朝おかう様來訪。小柳丁より、もち月のつまも二十八日。此朝、護國寺に花みる。上野の房藏來る。穴澤の淸次、 來る。となりより緋鯉三尾あづかる。はがきをほしの君に出して 西村の禮助及び本宅の子息など來訪。夕暮ちかく野々宮君參り て、弟子への敎授方などっげらる。此夜、馬場君來訪。きのふも 文學界の寄稿を辭す。 此家の上まで來たりしかど、さのみはとて得も立寄らざりし。
りかかんむり ぬ人もなく成ぬ。いでや罪は世の人ならず、我李下の冠のいまし 8 くわ・てんくっ めを思はず、瓜田に沓をいれたればこそ、いっしか人の目にもと まりて、いひとき難き仕義にも成たれ。人の一生を旅と見て、ま だ出立の二あし三あしがほどなる身には、是れのみにも非ざるべ し。道のさまたげいと多からんに心せでは叶はぬ事よと思ひ定む る時ぞ、かしこう心定まりて口惜しき事なく、悲しき事なく、く やむことなく、戀しき事なく、只本善のぜんに歸りて、一意に大 切なるは親兄弟さては家の爲なり。これにつけても我身のなほざ りになし難きよなど思ふ折しもあれ、又さる人に訪はれなどし て、かの人のこと、ふと、物がたり出たる、この人にはもと末い はで叶はぬ筋なれば、かく / \ しかえ \ にてさらにノ、參ず成し まこと など語るに、共人打かたぶきて、いな / \ 夫は眞のみにも非ら じ、かの人のロづからさることいひ出したるなどかけても思ひょ り難し。大方は君樣本名あらはし難しなどっねえ、の給ひしか ば、かの人おのが姓などにて世に出し給ひしには非ずや。さるを おし計つよき人々、かに角ものいひ構へて、かくいひ開けたるな るべし。我思ふに、かの人もし / 、邪心ありて、爲に計ごとを廻 らし給ふとも、よもかく拙なき事くはだてられん筈なし。外に手 たち 段もあるべきこと也。又かの人の質として、もの憐みつよく、心 切なるは、我人共にしる處にて、君様にのみの譯ならねば、夫は ふきはうじゅう 證とするに足らずかし。元來不羈放縱の人なれば、ありし頃もさ りうあ人くわめい あくた ら也、常は柳闇花明のさとを家居として、金錢をみること芥の様 に、ある時は五十金を一夜につひやし、今日七十金の收入ありし も明日は僅かに五圓をあますのみなどの事あるはめづらしから をととし ず。一昨年のこと也。正月の一日に、はれぎ五十金出して調ぜし を、二日目に友の窮する由きゝて殘りなくぬぎてやりつ。共身は ふたこ ゆかた 古るびたる二子の袷に裕衣かさねて寒中をしのがれぬ 9 されども 妹の君嫁人らせ給ひし時に、思ひ定めしことありて、俄に身もち ちつぶく っゝしみ給ひつ。人知らぬ宿に蟄伏して、我世の春待ち給ひしは 事實也。あながち君様に志しありてのみにも侍らざめり。又俄に 家居たゝみて跡なくわたまし又給ひしは、かうやうの事より隱れ 家の世にもれんこと恐れ給ひてのし業ならずやとおのれは思ひ侍 る也など、一々に證を引てあげつらふ。かくては、いとゞ、かの 人憎くみ難し。恨みは大方の世の人也けり。かの人にくみ難しと けいこっ 思へば、我輕忽の所爲今さらに取かへさまほしく、さりともよも 腹立はし給はじ。我が心の潔白なるは、思ひ知らせ給ふべきもの をと思へど、か計仁慈ふかく義侠つよかりし人に、つれなうもて なしたる我、何の罪人ぞや。そも / 、我はじめて逢參らせたる 頃、女の身のかゝる事に從事せんは、いとあしき事なるを、さり とも家の爲なれば詮すべなし。さりながら行末見込ある筆つきな るを、つとめ給はゞかならず世に知られ給はんよなど、又兄の様 にの給ひしことなどくり返にも悲し。いでや世の人は何ともい へ、我にけがれなく、かの人淸くさへあらば、そしりは厭ふ處な らず。猶今の御住家尋ねあて、今までの如く只兄君としたしまん か。しかはあれど、かの人世にすぐれたるみにくき形などならば よけれど、憎くや、美形の人のロいとゞふせぎ難く、且は、かの 人の心にも共美形なるに依りて、我か計に思ひしたふなどおし計 ひっきゃう られんか、夫も口惜し。必竟は、我、かの人を思ふにも非ず戀ふ にも非らず。大方結び初たる友がきの中、終始かはらざらんが願 はしきにこそ、かくさま乙、の物おもひをもする也。されど猶か くいふも我迷ひに入らんとする入口にゃあらん。今こそ人も我 も、にごりたる心なく、行ひなく、天地に恥ちずして交りもなさ め。ゃうノ \ 入立てむつれよるま又に、いかに我心人の心替り行 かんか計り難し。かの人の是非曲直、我が目にうつるにどは、ま だ醉つるならず。はては、善も惡も取捨の分別なく、人のそし り、世のはゞかり見もかへらず、徳に外れ道に戻る人にもならん は、今踏たゆるとさらぬとの只一あしの違ひぞかし。あやふしと もあやふしと思へば、そゞろに身の毛も立ぬ。一心我をはなれて かへす
の夏子ぬし、さては我母君味などのいへるにも、書たえたる様に するは、いとあしきこと也。共故よし審らかに語りて、得心の上 に交際を斷ぞよきといへるに、我もしかせし方宜かるべしと思へ ば、今日しも人氣なくっゝましきこといふにはいとよき折からな り。我しばしはいひも出ず、うつぶきがち成しが、さりともいは ではつべきならじと、いとせめてものがたり出づ。例しらぬにし まっ もあらぬに、あたら御朝ねの夢おどろかし奉る罪ふかけれど、申 さで叶はぬ事ありて、かくは參り來つる也といふ。君、何事ぞ 何事ぞと間ひ給ふ。いでや我が上の事のみならず、君様の御名も いとをしくてなん。實は我がかく常に參り通ふこと、いかにして 世にもれけん。親しき友などいへば更に師の耳にもいっしかいり て疑はるゝ處かは。君様と我れまさしく事ありと誰も / 、信ずめ る。いひとかんとすれば、いとゞしくまつはりて、此無實の名晴 るべき時もあらじ。我身だに淸からば、世の聞えはゞかるべきに も非ずとおもへど、誰は置きて、師の手前是によりて、うとまれ などせられなば、一生のかきんに成べき。それ愁はしう、と様 かうざまに案じつれど、我君のもとに參り通ふ限りは、人のロふ さぐこと難かるべし。依りて今しばしのほどは御目にもかゝら じ、御聲も聞じとぞおもふ。共こと申さんとて也。しかはあれ ど、我は愚直の性、かならず / \ 受參らせたる恩わするものには すゐ 候はず。かゝること申出る心ぐるしさ推し給へといふ。大人も打 あふぎて、さる事成しか、さること成しか。我は又勘違ひをなし 居たり。お前様、余の男子に逢ふはいや也とつね乙、仰せられし かば、紅葉に對面うるさしとて夫故の御と絶か、さらずば此日頃 の 中島様御中立などにて、しかるべき御縁や定まりたるなんど川村 し しゆったう 記 の老人とも語り居しなり。何はとまれ夫は御迷惑の事出到したる さそ もの哉。我は男の何ともなけれど、お前樣嘸かし御困りお察し申 也。さりながら我は今更に驚きはせず。かゝる事いはれんとは、 かねて覺悟なり。先我を人にしていはせても見給へよ。樋口様は、 つまび だえ おいくら 此頃半井といふ人のもとへ時々に通ひ給ふよし、共男もまだ老朽 たる人にも非ずとか。かつは一人住みにあんなると聞を、とし若 き乙女の故なきにしもあらじと此うたがひ立つは無理ならずし て、何事なき我々二人が無理なるぞかしとて事もなげに笑ふ。さ い・つかた りながら何方のロより世にもりけん。我が友などにも、お前様の こと物がたりたる人もなきに、かくすにあらはるゝが常なればに や、人は我がしらぬ事までしる物なり。されど猶よくおもへば必 竟は我罪かもしれず。先頃野々宮ぬしに物がたりの時、いはねば よかりしものを、我思ふことっみかねて、お前様の事しきりに むこ たゝへつ。何と嫁に行き給ふこと能はぬ御身分か。さらばよき聟 ぎみ 君のお世話したし。我れ何ともして我家を出ることあたふ身なら ば、お嫌かしらず、しひても貰ひていたゞき度ものよなど、我れ 實はいひたり。夫や取あつめて、世にさまえ \ にいひふらすなる べし。今仰せられし様に恩の義理のと、けがにもの給ふな。我は 御前樣よかれとてこそ身をも盡すなれ。御一身の御都合よき様が 我にも本望なり。今よりは、か來我家にお出あるな。さりとて丸 でかげ絶給ふも、少し人目をかしからんに、折ふしは音づれ給 へ。とかくは御一人住みが惡るき也。我いつも申様に、御身を定 - ろし め給ひしかた宜かるなり。今のうき名しばし渹るとも、我も君も 生涯一人にて世を盡さんに、ロ淸うこそいへ、何とも知れた物な らずなど尾びれ添へられんか、しるべからず。お前様嫁入し給ひ しのち、我一人にてあらんとも、哀不びんや、女はちかひをも破 りたらめど、男は操を守りて生涯かくてあるよなどは、よもいふ 人も候はじとてはと打笑ふ。さまみ、の物がたりして、いざや 歸らんといへば、先今しばし宜かるべし、今日は御せん別ぞか し。又いつの日諸共に粗茶すゝり合ふこと有ゃなしゃ期し難き に、今しばし、しばしとてもの語る。此人の心かねてより知らぬ にもあらねば、か様の事引出しつるにくさ限りなけれど、又世に さま、にいひふらしたる友の心もいかにぞや。信義なき人々と
17 イ 語りしばらく、おくらどの參られしかば、夫にゆづりて直にかへ も思ひ出でゝ、我といふものありけりとだにしのばれなば、生け る。家の片づけは、久保木手傅ひて大方出來たり。今宵は何かむ るよの甲斐ならましを、行ゑもしれずかげを消して、かくあやし ねさわぎて睡りがたし。さるは新生涯をむかへて舊生涯をすてん き塵の中にまじはりぬる後、よし何事のよすがありておもひ出ら ことのよこたわりて也。 れぬとも、夫は哀れふびんなどの情にはあらで、終に此よを淸く 廿日。薄曇り。家は十時といふに引拂ひぬ。此ほどのこと、すべて 送り難く、にごりににごりぬる淺ましの身とおもひ落され、更に 書っゞくべきにあらず。 かへりみらるべきにあらず。かくおもひにおもへば、むねっとふ さがりていとゞねぶりがたく、曉のくる、はやう聞えぬ。此宵は たいらい 此家は、下谷よりよし原がよひの只一筋道にて、タがたよりとゞ 大雷にて、稻づま恐ろしく光る。 ろく車の音、飛ちがふ燈火の光り、たとへんに詞なし。行く車廿一日。タベより降ける雨、なごりなく晴れて、いとしのぎよし。は は、午前一時までも絶えず。かへる車は、三時よりひゞきはじめ がきしたゝめて、これかれ十軒ほど出す。今宵は少し寢られたり。 ぬ。もの深き本鄕の靜かなる宿より移りて、こ又にはじめて寢ぬ 二十二日。睛れ。今日は土曜日也。小石川の稽古日、いかならむと る夜の心地、まだ生れ出で覺えなかりき。家は長屋だてなれ おもひやらる。母君、中橋の伊せ利を訪ふ。あきなひの事につき そうせき ば、壁一重には人力ひくおとこども住むめり。商ひをはじめての て也。送籍のことたのみに久保木へ手紙を出す。昨日今日は、家 後はいかならむ。共ものどもゝ、お客なれば氣げんにさからはじ 内の掃除つくろひなどにてひまなし。 じんき とっとむるにこそ。くるわ近く人氣あしき處と人々語りきかせた廿三日。暗れ。朝より伊せ利きたる。店に棚つりなどして午前をす るが。男氣なき家の、いかにあなづられてくやしき事ども多から ぐ。午後かへるさながら、間屋にかけ合ひくれんといふ。誰にま む。何事もわれ一人はよし。母は老ひたり。邦子はいまだ世間を れ諸共にとあるにさらば、我を件ひ給へとて共にゆく。門跡前に しらず、そがおもひわづらふ景色を見るも哀也。さて、あきなひ 中村屋忠七とよべるが、伊せ利の昔し馴染なるよしにて、此處へ はいかにして始むべきなど、千々にころのくだけぬ。 周旋す。五圓斗の品とゝのヘくれよといふ。手つけとして一圓渡 蚊のいと多き處にて、藪蚊といふ大きなるが、夕暮よりうなり出 す。明日、荷はもち込むべき約束。伊せ利は、明後日朝、かざりつ る、おそろしきまで也。この蚊なくならんほどは、綿入きる時ぞ けに來たらむといふ。諸事し終へてかへる。此五圓の金も、今は手 とさる人のいひしが、冬までかくてあらんこと侘し。 もとになし。かねて伊一二郞の、夫ほどはかならず調へんといひけ たゞち 井戸はよき水なれども深し。何事もなれなば、かく心ぼそくもあ るをあてになしけるなれば、母君、直に三間丁に趣く。おもふま るべきならず。知る人も出來、あきなひに得意もふゅべし。そ まならぬこそ浮よ成けりな、伊三郎が妻、昨夜より急病にて、旅 は、憂しとても程なき事也。唯かく落はふれ、行ての末にうかぶ の空といひ、持てる金も多からざる上、さる人にあづけたる金の くち ふる 瀬なくして朽も終らば、つひのよに斯の君に面を合はする時もな 返らざるなどにて、右左むくよしもなき處へ、故さとに殘したる あきこ く、忘られて、忘られはてゝ、我が戀は行雲のうはの空に消ゅべ 妻も俄のわづらひにて、留守の騷ぎ大方ならざるよし。秋蠶のは さなか し。昨日まですみける家は、かの人のあしをとゞめたる事もあ きたてにかゝりける最中、男手なくして侘合へるもさこそと思へ り。まれには、まれど、には、何事ぞの序に、家居のさまなりと ば、此地の人の病ひ少しひま見えば、一度ふる鄕にかへりて又な したヤ いり
186 ふものは笑へ、そしるものはそしれ、わが心はすでに天地とひと りしかど、あづさ弓いる矢の如き心の、などしばしもとゞまるべ き。午後より出づ。君はいたく靑みやせて、みし面かげは、何方 つに成ぬ。わがこゝろざしは、國家の大本にあり。わがかばねは 野外にすてられて、やせ大のゑじきに成らんを期す。われっとむ にか殘るべき。別れぬるほどより一月がほどもよき折なく、なや るといへども、賞をまたず、勞するといへども、むくひを望まね みになやみてかくはといふ。哀れとも哀也。物がたりいとなやま しげなるに、多くもなさでかへる。 ば、前後せばまらず、左右ひろかるべし。いでさらば、分厘のあ らそひに此一身をつながるゝべからず。去就は風の前の塵にひと廿七日。小石川に師君を訪ふ。田邊君發曾、昨日有べき筈の所、同 し。心をいたむる事かはと、此あきなひのみせをとぢんとす。 君病氣にて、しばしのびたるよし。その席に、我上をも、いかで しだう 斯道に盡したらんにはなど語らる。我が萩の舍の號をさながらゆ ふんりん づりて、我が死後の事を賴むべき人、門下の中に一人も有る事な 國子はものにたえしのぶの氣象とぼし。この分厘いたくあきたる きに、君ならましかばと思ふなど、いとよくの給ふ。ひたすら賴 比とて、前後の慮なく、やめにせばやとひたすらすむ。母君 み聞え給ふに、これよりも思ひまうけたる事也。さりとはもらさ も、かく塵の中にうごめき居らんよりは、小さしといへども門構 への家に入り、やはらかき衣類にてもかさねまほしきが願ひな ねど、さまみ、に語りてかへる。 り。されば、わがもとのこゝろはしるやしらずや、兩人ともにす廿八日。母君は、音羽町佐藤梅吉に金策たのみに行。むづかしげ也 としごろ 4 かじま しかば、歸路、西村に立よりて、我、中嶌の方へ再度行べきよし すむる事せつ也。されども、年比うり盡し、かり盡しぬる後の事 を物がたりて、金策たのむ。直にはむづかしげにみえしとか聞し とて、此みせをとちぬるのち、何方より一錢の入金もあるまじき が、母君歸宅直に、車を飛して釧之助來訪、金子のを間ふ。そ をおもへば、こ長に思慮をめぐらさゞるべからず。さらばとて、 ゑんぎん の親などにはゞかれば成べし。 蓮動の方法をさだむ。まづ、かぢ町なる遠銀に金子五十圓の調逹 四月に入てより、釧 を申こむ。こは、父君存生の比より、つねに二三百の金はかし置 之助の手より金子五拾兩かりる。淸水たけと たる人なる上、しかも商法手びろく、おもてを賣る人にさへあれ いふ婦人かし主なるよし。利子は二十圓に付二十五錢にて、期限 はいまだいっとも定めず。こは大方釧之助の成べし。かくて、中 ば、はじめてのことゝて、つれなくはよもと、かゝりし也。此金 額、多からずといへども、行先をあやぶむ人は、俄にも決しかね 嶌の方も漸々歩をす乂めて、我れに月月いさ又かなりとも報酬を て、來月花の成行にてといふ。 爲して手傅ひを賴み度よし、師より申こまる。萬事すべて我子と 思ふべきにつき、我れを親として生涯の事を斗らひくれよ、我が 廿六日。半井ぬしを訪ふ。これよりいよ / \ 小説の事ひろく成して 此萩の舍は、則ち君の物なればといふに、もとより我に大任を負 ざえ ふにたる才なければ、そは過分の重任なるべけれど、此いさゝか んのこ乂ろ構へあるに、此人の手あらやば、一しほよかるべしと、 たき や なる身をあげて歌道の爲に盡し度心願なれば、此道にすゝむべき 母君もの給へば也。年比のうき雲、唯家のうちだけにはれて、此 人のもとを表だちてとはるゝ様に成ぬる、うれしとも嬉し。まづ 順序を得させ給はらばうれしとて、先づはなしはとゝのひぬ。此 しうしよく 月のはじめよりぞ稽古にはかよふ。 ふみを參らせて、在宅の有無を尋ねしに、病氣にて就蓐中なれ ど、いとはせ給はずばと返事あり。此日、空もようよろしからざ 花ははやく咲て、散がたはやかりけり。あやにくに雨風のみつゞ ころ せんのすけ
より、前田侯爵、同夫人の書を郵びんにたくして送りこさる。こ ふ。母君しきりになげき、國子さまを、にくどく。我れかくてあ るほどは、いかにともなし參らすべければ、心な勞し給ひそと、 は、博文館が百科全書の禮式の部にかゝぐべき題字也。侯爵のは 禮の一字、奧がたの歌は、師君代作なるべし。 なぐさむれど、我れとて、更に思ひょる方もなし。朝いひ終りて 里人も田に引く水のあらそはで 後、さらば小石川へだに行ころみんとて家を出づ。風つよくし みちをゆづれるよと成にけり ておもてもむけがたし。師君のもとへゆきて、博文館よりの禮な さすが かくぞ有し。かしこにても取いそぎつゝあらんを思へば、直に車 どのぶる。流石に金子得まほしきよしをもいひがたくて、物語少 夫にもたせやる。主人不在なりとて、从箱を取置たるま長使ひを しするほどに、師君起て、例月の金二圓ほどをもて來給ふ。うれ かへされき。此夜人浴の後、藥師の御縁日に草花みる。よふけて しともうれし。やがて鰕をこひて歸るに、家には宮塚の老母訪ひ 寐たり。 來居られたり。ひるいひ出しなどす。午後、伊東夏子ぬし來訪。 こう 十三日。早朝、野々宮ぬし、及び在淸國芦澤より書从來る。日淸媾 ものがたり少しして、同人は齏藤竹子ぬしがもと訪はんとてゆく。 和とゝのヘれば、やがて無事歸國なすべく、當時は金洲附近に宿 日ぐれ近く宮塚の老母かへる。引違へに西村君來訪。齋藤ぬしょ 營のよし通知也。野々宮君よりは、音樂會の切付と乂のヘ置たれ りつかひにて、手製のすしを送られき。人々歸りての夜にいり こしこ みとしろちゃう て、國子しきりにわか竹にかゝり居る越子一坐の、明日のよ限り ば、他より求むる事見合せ給へとの事也。十八日、美土代町にて あるべき靑年音樂會の也けり。十時に近きころ、大橋君のもとよ にてよそへ行くべきを、いかで聞かばやとうながすに、さらばと はら り使あり。きのふの禮、及び太陽五號にのせたる我小説をば、原 て家を出づ。午前は、けふかぎりの食とて胸を痛めし身が、夜に はういつあん 抱一庵の國民の友にて細評するよしいひ居るとか、夫丈申こされ いりてはよせへ遊ぶ。世はすべて夢也。聞しはこし子が三かっ酒 たり。 や、こし六が太カう一「ⅱ 、己、そのほかにもありけり。こし子はとし廿 淸にくら 十五日。午後馬場君來訪。春陽堂がしやしん畫報及び文藝くらぶ四 四五斗。あやの助にくらべて三だんの上に居るべく、小 號をかさる。タはん共にしたゝめて、夜にいりてよりかへる。 べて三だんの下なるべしなど評す。熱意は聞く人の情をうごかし て、此としわかなる藝人が前に、髭男のなくもの多し。冷語聞え ず、場面靜か也き。 十五日。馬場君來る。しけん第一回首尾よし。 みづのうへ 十六日。木曜なれば、野々宮、安井けい古に來る。おかう様も來訪 ありしが、母君淺草へ參られし留守成しかば、早く歸りき。 へ 十四日、ほしの君より、文學界の寄稿かならずとたのみこされたる み物から、いまだ一文字もしたゝめ難し。今日は十七日也。今いく十七日。一日雨ふる。かしらのわるくて、いと寐ぶたきに、終日床 日のほどもあらねば、こ又ろしきりにいらるゝもせんなし。 にあり。タぐれよりおき出づ。師君より、明日興風會例日なれ 9 ば、けい古は日曜にとはがき來り、關場君のもとより、藤子が病 いらりふ 1 十四日。今日夕はんを終りては、後に一粒のたくはヘもなしとい 氣の容體申こさる。星野君より文學界の寄稿かならずと申こされ いね ( 明治二十八年五月 ) それだけ