272 誰はえゝ、彼はえゝといふ事になると、ついものがやこしなっ 宛違ふとして見ると、コーツとなんぼになる知らん。 て來てうちの規則が破れるさかい。何のお前人の女房といふもの首をひねりて一寸考へ、 まア男が十人で女が三人共所へ丁稚の長吉やがな・ : は、亭主の氣にさへ入れば夫れでよいのじゃ。餘所の人の氣に入 いひかけて又考へ、ポンと膝を叩きて、 ると、えて間違ひが出來るさかいな。 少し聲を潜めて、 え又わ、子供の割には能う喰ひょるさかい、こいつも一人前に見 といてやろ、さうするとコーツとなあ。 トいふも實はわしのお父さんが夫れでしくじってはるのや。 ウ何ぢや、親類の人だけは受けが悪るなると困る。ハ ・ : 分らぬ次第に左の手の指を折りたるを、妻の面前にさし出して、夫れと七 ましょ 事をいふ奴ちゃ。わしとこの親類に誰ぞ、ヘイ上げ舛うという分三分に共顔を眺め、 、あらしょまいがな。夫れ そやろがな、是で十四人じゃ、そうするとどれだけになる知ら て、金を持て來るものがあるかい ん。 見イな、何が困る事があろぞひ。まだしも無心をいはぬだけが取 うつむ 得と思てる位の先ばかりじゃないか、夫れを何心配する事があろ得意らしく俯首きて勘定にか乂り、忽ちに胸算は出來たりと見え ぞひ。そんな奴でも一寸來て見イな、茶の一杯も振舞はんならんて、頻りに自ら感歎し、 えらいものなア。一寸是で一遍に四合六勺餘りは違ふさかいな。 し、疊も自然損じるといふもんぢゃ。共所へ氣が注ぬとは、扨々 うしろ りくたうさんりやく ひかへ 世帶氣のない事ッちゃ。いつもお前の心配は、兎角方角が違うて振り向きて肩後に扣し張簟笥の上より、庄太郎の爲には、六韜三略虎 そろばん 困る : の卷たる算盤、恭しく取上げて、膝の上に置き、上の桁をカ一フカラ ッと一文字に彈きて、ヱヘント咳拂ひ、一寸是を下に置きて、恰も 「成程分り舛た。 説明委員といふ見得になり、 分ったか、分ったら夫れでよい。夫から又飯時の事ッちゃがな、 お前はいつも、わしがいひ付けといても、わしの留守には出て見て まあ夫れざっと三杯を一合と見いな、尤家の茶碗は、小うしてあ るけど、みんながてんこ盛りに盛りよるさかいな、共所で、 呉れぬさかいいかん。是から行くと、なんぼ急いでも歸りは夕方 になるやろさかい、晝飯はわしの留守に喰ふ事になる。さうする と又算盤を取り上げて、今度は手に持ちたる儘妻の顔を見て、 先づ此所へ三と置くやろ、さうしてこちらへ十四とおいてと、ヱ と皆ンなが、此所を先途と喰ふさかい、いつもいふ通り共時だけ ヱ十四を一二で除るとすると、 な、夫れな三一三十の一三進が は臺所へ出て、火鉢の傍で見張ってゝくれ。夫れも男の方は成る べく共顔を見ぬゃうにして、手を見て居ればよい。夫れでも勘定 一十、ソレ三一一六十の一一、三一一六十の二で夫れな : 一寸頭を掻きて、 は分るさかい、女子の方は構はせん、充分顔を見てゝ遣れ。さう するとあんなもんでもちっとは遠慮して、四杯の所は三杯で濟ま 除り切れんさかい都合が悪いけど、是でざっと四合六勺なんぼと いふものやろ、 すといふもんぢゃ。男の方はしょことがない、手たけで堪忍して 遣るのやけどなハ : どうじゃといはぬばかり手柄顔に、又妻の顔を見て、 高く笑ひて又小聲になり、 夫れな、共處でコーツと一石を十一一圓の米として、 さうするとまア一人前に一杯宛は違て來るといふもんじゃ。一杯と又ばちノ算盤と相談、 せんど とこ 、てっち
28 プ 心の鬼 腹大方ならず、 肩身を狹めねばならぬさかひ、私は何處迄も辛棒するつもり、夫 假令お父さんに違ひないにしても、根が他人の仲じゃないか。夫 れでも同じ事なら、一日も早う死んだ方が。 れもお母アさんの生きて居る内なれば兎も角、死んだら赤の他人と末の一句計らず、庄太郞漏れ聞きての驚き大方ならず、素と / 、 じゃ。夫れを私の留守に奥へ通すとは何事じゃ。どうもおれは合可愛さの餘りに出たる事なれば、珍らしく醫師をとまでは思ひ立ち 點がゆかぬ。 たれど、是も年老いて且は禮の張らぬ漢法醫をと、りに撰りて漸 き、め くに呼び迎へたるなれば、素より其効驗頓に見ゅべくもあらず、お 餘りの事にお糸も呆れて、夫れ程私を疑ふなら、もうどうなとした 糸は日毎に衰へ行くを、流石にあはれとは見ながら共老醫さへ我留 がよいと、身を投げ出して無言なり。庄太郎は又重ねかけて、 なぜ悪るかったとあやまらん、家の規則を破っておいて、あやま守に來りたりと聞きては、庄太郎安からぬ事に思ひ、夫れとなくお らんほどの圖太い女なら、わしも亦其了簡がある。何いふ事を聞糸にあたり散らす事もあり。罪なきお駒に言ひ含めて、醫師の來り し時には、傍去らせず。お糸の如何なる顔をして、醫師の何といひ かせいでか。 夫よりは假初の外出にもお糸を倉庫へ閉籠めて、鍵はおのれ之を腰しかといふ事まで、落もなく聞糺すに、お糸は又もや一つの苦勞を にしつ。三度の食事さへ窓から運ばするを人皆狂氣と沙汰し合ひ坿して、いとゞ其身を望なきものに思ひ、我から夫れをも断はり ぬ。 て、死ぬをのみ待っ心細さを、思ひやる奉公人の、いとし / 、と他 斯くてもお糸は女の道に違はじとかや、將た又世を味氣なきものに所での噂、傅はり / 、て事は第に大きくなり、お糸の父なる重兵 思ひ定めてや、我から共苦を邇れむとはせず。只庄太郞がする儘に衞の耳を、ゆくりなくも驚かせぬ。 任せて、身を我ものとも思はねども、流石息ある内は、大德も煩惱重兵衞は聞捨ならぬ娘の身の上、如何に嫁に遣ったればとて、命に 免れ難きを、況してや是は女の身の、狹き倉庫へ閉籠られたる事なまではのしは付けぬ。夫れにお糸もお糸じゃ、おれを義理ある父と 夫れ れば、お糸は我身の上悲しく淺間しく、情過たる夫の情餘りて情けな隔て、夫れほどの事なぜ知らせては呉れぬ。あゝ水臭い / 、、 の心は鬼か蛇なるかと、只恨み且歎く心は結ぼれ / 、て、遂には世もお糸は承知の上であらふかなれど、里が義理ある中やさかい、よ きうつびやう う歸らんのじゃと人は噂するわ。よしイ、夫れではお糸を呼寄せ、 にいふ氣欝病とやらむを惹起したりけむ。日毎に身の痩覺えて色靑 篤と實否を糺した上で、若し實情なら無理にでも、取戻さねば死ん ざめゆくを、下女共はいとしがりて、 にぞ まアあんたはんの今日此頃の御顔色はどうどすやろ。夫れも御無だ女房に一分が立たぬと、獨り思案の臍を堅めつ、事に托してお糸 理は御座り升ぬ、なぜお里へ逃げてはお歸りやさんのどす。私等を招きぬ。 幸にも是は庄太郎在宅の時の迎なりしかば、澁々ながら聞入られ もあんたはんがおいとしさに、辛棒はして居り升けど、さうなり て、お駒と長吉の二人を目付けに差添へられ、お糸は六角なる里方 升たらお暇を戴き升うに。 に歸りぬ。 とりえ、に膝を進めて囁くを、お糸はカなき手に制して涙を呑み、 たとへ なんの / 、女子の身は、假令どんな事があらふとも、嫁入した先扨義父より斯く / の嚀聞込たれば、共實否尋ねたしとて呼寄せた るなりといはれ、お糸はハッと胸轟かせしが、よくど、思ひ定めた で死なねばならぬと、常にお母アさんがおっしやってたし、又ど る義父の樣子に容易くは答らへせす。さしうつむきて考へ居たれど のよな譯があって歸っても、いんだト一生出戻りと人に謠はれ、
にさる無造作なる事とは思はず。さはいへ是々でと打明けむは、如 ど、先づ夫の機嫌思の外なりしを何よりの事と喜びしに、是は只叔 8 何に叔父甥の間柄とはいへ、夫の恥辱となる事と思へば夫れもいは父の手前時の間の變相なりしと見えて、叔父が歸りし后は又ジリ れず。只責を己れ一身に歸して、 ジリと責めかけて、 成程承って見升れば、そんなもので御座り升るか存じませぬが、 なぜお前は、日頃心易くもない叔父さんの許へ逃げて行く氣にな ひと、にり 何分にも今晩のうちの人の立腹は尋常の事では御座り升ぬ。決し ったのじゃ。但おれの留守に叔父さんと心易くした事があって て ~ 、喧嘩といふでは御座い舛ぬ、何事も不調法なる私うちの人 、カ の立腹も無理は御座り升ぬが、夫れは何所迄も私しがあやまり升流石に再び手暴き事はせねど、火の手は叔父の方へ移りて、夜一夜 さかい、どうぞ叔父さん御慈悲に御挨拶下きれまして。 いちり通されぬ。 と聳を顫わせ頼むけしき、容易の事とも思はれねば、伯父も漸く納 得して、 夫れでは私が送ってやろ、おゝもう十二時は過たのや。家で一晩此事ありてより後は庄太郞、假初の外出にもお糸への注意一層厳し 位泊めてもよいのやけど、なんぼ甥の嫁でも人の女房、斷りなし く、留守の間の男の來りし事はなきや、お糸宛の郵便何方よりも來 に泊めても悪るかろ、そんなら今から。 らざりしやと、店の者に聞き下女に聞き、猶夫にても鮑足らず、大 煙草人腰に挿して立上るに、お糸も漸く力を得て、どうぞ是で濟め人はお糸にされて、我に僞る恐れありと、長吉お駒を無二の探偵と すこし あるひ ばよいがと、危ぶみながら隨ひ行きぬ。 して、些心を休め居しに、生憎にも一日の事、庄太郞の留守にお糸 わざ 扨叔父のおとなひに、一も二もなく門の戸は開かれたれど、嘸叔父 の里方より、車を以ての態と使ひ、母親急病に罹りたれば、直に此 様のお骨の折れる事であろと、お糸は我家ながら閾も高くおづ / \ 車にてとの事なり。お糸は日頃の夫の氣質、親の病氣とはいへ留守 と叔父の背後に隱れ居たるに、案じるよりは生むが易く、庄太郎は中に立出ては悪かりなむと、暫時は猶豫ひ居たりしかど、待つほど 前刻の氣色何所へやら、身に覺えなきもの、やうなる顔付にて、 夫の歸りは遲く、如何にしても堪へ難ければ、よし我上は兎も角も うらみ 是は / 、叔父様どうも夜中に恐れ人升る、お糸のあはうめが正直ならばなれ、親の死目に逢はぬ憾は、一生償ひ難からむと、日頃の に、あんたとこまで行ましたか。ほんまに仕方のない奴で御坐り 温和には似ず、男々しくも思ひ定めて、夫への詫は呉々も下女にい 升る。ほんの一とロ叱っただけの事で。 ひのこし、心も空に飛行きぬ。共跡へ歸り來りたる庄太郞、お糸の 一言を勞するにも及ばぬ仕義に、叔父は夫れ見た事かといはぬ斗見えぬに不審たてゝ、 、お糸の方を顧みて苦き笑を含みながら、 是お糸どうしたのじゃ何處に居るのじゃ、亭主の歸りを出迎へぬ 大方そんな事やろと思うたのやけど、お糸が泣て賴むものやさか といふ不都合な事があるものか。 よんどころ い、據なくついて來たのじゃ。 がマア痴話もよい加減にし見當り次第叱り付けむの權幕恐ろしく、三人の下女は互に相讓りた しゃうはん て人にまで相件させぬがよい。 る末遂に年若なるが突出されて、 日頃庄太郎の仕向けを、快からず思へるまゝに、少しは冷評をも加 ヘイアノ先ほどお里からお迎ひが見え升て。 どこ へて、苦々しげに立去りぬ。跡にはお糸叔父の手前は面目なけれ 何里から迎が來たツ。 わし はち くは
岩むろにつゞきて、葡萄の棚ある道のかたへしりぞきぬ、我心はなめ給ふことのみなり。共聲はふるひて、小き頭を我が方によせ、つ にとなく物かなしくなりて、さきに醫師の物語りし頬にほくろあり ひには我胸にふしゝづみぬ。此時心の中に思ひけるは、此女の永く と云ふ女の上を思ひ出しぬ。いかにしてこゝにあるらん。我思ふま我をおもふは、唯我に責めらる乂けにはあらずや。なべての世のな らひにて、喜ばしき事はいちはやく忘るれど、くるしく又かなしき まの人なりや。又いかなれば共人ならんと思ふ心のかくまでにはた しかなる。世の中には、ほにほくろある女もいと多かるべきに。か事は、久しくほど經ても、わすれ難き物なり。我はきびしく女をか く思ひっ、岩むろの内にいりぬ。先我目にとまりしは、此露けき き抱きて、久しく言葉もあらざりき。 しばし長て二人のもゆる如き唇はいであひたり。女の手は氷の如く 蔭の、石のこしかけに、 ~ わらのかぶり物を頂き、黒き肩かけをまと 冷やかに、かしらはもゆる如くあっくなりぬ。此時我等二人の間に、 ひ、頭をば胸のほとりまで下てやすめる女なり。かさにかくれて、 共面は見えわかず。 筆にもしるされず、ロにも語られねど、心にはわする又ことかたき 共人の妨ならんと心づかひして、そこを立去らんとしたりし時、そ物語はじまりぬ。言葉の心をば、こわねにて補ひもし、かへもする の女は遽にこなたへ面をむけぬ。我は思はずもヱ一フアとよびかけし事、イタリヤの「オ。ヘラ」の如くなりき。女は必夫におのれを引合 さじといひぬ。その夫とはさきにプウルワアの大路にていであひ に、女は色靑ざめ、身をふるはせて、君がこゝに居給ふことをば、 し、片足みじかき翁なりき。その翁の妻となりしは、つれ子の爲め はやとくより知りぬと言ひぬ。 我は共傍に居よりて、手を取りぬ。そのやさしき聲音を聞て、我身を思ひてなり。かの翁は多くの物もちたるに、僂廠質斯といふ病に の中の脈の、殘りなくふるふ様は、過しむかしにかはらざりき。女かゝり居れり。我はかれの夫をあし様にいふ如き言葉は出さゞり は靜けく底ふかき目にて我目を見き。共目の中には、我を疑ひ、又き。女はその夫を父の如くにうやまへども、夫としては欺くことも 我をせむる如きさまあらはれたり。我はまづ言葉を出して。思へばあるべし。げに人の心ほど怪しき物はあらじ。そが中にもいと / 、 久しくあひ見ざりき。女。さなり。君も我身もいたく面がはりしあやしきは女の心なるべし。ヱラアの夫セメン、ワシリエヰッチュ ぬ。われ。さ言ふは、はや我をおもふ心なくなりぬと覺し。女。我某氏といふは、侯爵夫人リゴウスキとは遠きうからにて、家もほ も今は夫あり。われ。そは二人めなるべし。二とせ三とせ前にもお ど近く、ヱラアは常に夫人のもとを音信るとぞ。我は侯爵夫人の家 に出入し、姫にちかづきて、戀人のごとくもてなし、世の人に、 ん身には夫ありしが。我がとりし手をふりはなして、共ほにはこき 紅をそめ出しぬ。その時おのれは又かさねて。こたびの夫は君が心 二人のあはひを知らしめざる様にすべし、とヱラアにちかひぬ。か にかなへりと見ゅ。女は答はなくて面をそむけつ。われ。さらずばくせば、我初めよりのてだてもやぶれす、又我爲にも面白かるべ し。 いたく物ゑんじする性の人にや。なほ一言もいらへなければ。こた びの夫は、年うら若く、みめうるはしく、そが上とめる人なるべげにいと面白かるべし。我はもはや眞の戀にて、人をめづるよはひ 泉 し。その故におん身ははゞかりて。我は女の面を見て驚きぬ。共面を過ぎ、今は女よりめでらる乂ことをよろこびぬ。そも多くの女は には堪がたき苦あらはれ、目には涙のみちたれば。女は小き聲音に望ましからず、少しにてよかるべし。思ふに一人の女に絶ずめでら 乃て。かくまで我を苦しめて、樂しと思ひ給ふや。我。いかでか君をれても、事足りなん。あな我心ならひのいやしさよ。 3 苦むべき。ヱ一フア。君をおもふ様になりてより、君は常に我身を責 昔より我はみづから怪みしことあり。そは一人の思ひ人の爲に、一
29 曉月夜 さ、やうらやま 麩をむしりて、自然の笑みに睦ましき叫きの浦山しさ、敏もとより ばかり演藝會や花見に行きて、中姉様は何時もお留守居のみし給へ 築山ごしに拜むばかりの願ひならず、あはれ此君が肺腑に入りて祕ば、僕が成長ならば中姉様ばかり方々に連れて行きて、ばのらまや をり 密の鍵を我が手にしたく、時機あれかしと待つま待遠や、一月ばか何かゞ見せたきなり、夫れは色々の晝が活たる様に描きてありて、 いくさ りを仇に暮して近づく便りの無きこそは道理なれ、今壤は高嶺の花銭砲や何かも本當の様にて、火事の處もあり軍の處もあり、僕は大 これは麓の塵、なれども嵐は平等に吹く物ぞかし。 變に好きなれば、姉樣も御覽にならば屹度お好きならん、大姉様は 甚之助とて香山家の次男、すゑなりに咲く花いとゞ大輪にて、九上野のも淺草のも方々のを幾度も見しに、中姉様を一度も連れて行 いきなひ つなれども權勢一家を凌ぎ、腕白さ限りなく、分別顔の家扶にさへ かぬは意地わるでは無きか、僕は夫れが憎くらしければと、思ふま 手に合はず、佛國に留學の兄上御歸朝までは、此君にあたる人ある まを遠慮もなく言ふ可愛さ、左様おもふて下さるは嬉しけれど、共 ひと ちうねえさま まじと見えけるが、壤とは隨一の中よしにて、何ごとにも中姉様と様のこと他人に言ふて給はるなよ、芝居も花見も行かぬのは私しの 慕ひ寄れば、もとより物やさしき質の、これは又一段に可愛がり 好きにて、姉様たちの御存じはなき事なり、もう此話しは度します て、物さびしき雨の夜など、燈火の下に書物を開らき、膝に抱きてるほどに、何ぞお前様が今日あそびて、面白く思ひしお話しがあら 畫を見せ、これは何時何時の昔し何處の圃に、甚様のやらな剛き人ば聞かして下され、今日は吾助がどの様なお話しをいたしました。 とぐ き、としとりこ ありて、共時代の帝に背きし賊を討ち、大功をなして此畫は引上の この大將の若樣難なく敏が擒になりけり、今嬢との中の睦ましき こをどり お減を、く 處、此馬に乘りしが大將と説明せば、雀躍して喜び、僕も成長なら を見るより、寄貨おくべしと竹馬の製造を手はじめに、植木の講 ば素睛らしき大將に成り、賊などは何でもなく討ち、そして此様に釋、いくさ物語、田舍の爺婆は如何にをかしき事を言ひて、何處の 書物にかれる人に成りて、父樣や母様に御褒美を頂くべしと威張野山は如何にひろく、某の海には名のつけ様もなき大魚ありて、鰭 るに、今孃は微笑みながら勇ましきを賞めて、その様な大將に成り を動かせば波のあがること幾千丈、夫れが又鳥に化してと、珍らし おほねえさま 給ひても、私しとは今に替らず中よくして下されや、大姉樣も其外きこと怪しきこと取とめなく詰らなきことを、可笑しらしく話して のお人も夫々に片付て、人の奧様に成り給ふ身、私しにはお兄様と機嫌を取れば、幼な心に十倍も百倍も面白く、吾助々々と付きまと お前様ばかりが賴りなれど、誰れよりも私しはお前様が好きにて、 ひて離れず、我が心に面白しと聞けば夫れを共ま乂今嬢に語りて、 何卒いつまでも今の通り御一處に居りたければ、成長くなりてお邸吾助が話しは何ごとも嘘ならぬ顏つき、眞面目らしく取りつぐを聞 とゝぎすもす の出來し時、かならず件なひてお茶の間の御用にても爲せ給へ、おけば、時鳥と鵙の前世は同鄕人にて、沓さしと鹽賣なりし、共時に だい 分りに成りしかと頬ずりして言へば、しだらも無く抱かれながらロ 沓を買ひて價をやらざりしかば、夫れが借金になりて鵙は頭が上が ばかりは大人らしく、それは僕が大將に成りて、そしてお邸が出來らず、時鳥の來る時分に餌をさがして蛙などを道の草にさし、夫れ さへすれば、共處に姉様を連れて行きて、いろいろの御馳走をなを食はせてお詫をするとか、是れは本當の本當の話しにて和歌にさ ちひねえさま し、いろいろの面白きことをして遊ぶべし、大姉様や小姉様は僕をへ詠めば、姉様に聞きても分ること又吾助が言ひたり、吾助は大層 少しも可愛がりて呉れねば、彼んな奴には御馳走もせず、門をしめな學者にて何ごとも知らぬ事なく、西洋だの支那だの天竺や何かの て内へ入れずに泣かしてやらん、と言ふを止めて、共様な意地わるはことも宜く知りて、共話しが面白ければ姉様にも是非お聞かせ申た まへかた 仰しやるな、母様がお聞にならば惡るし、夫れでも姉様たちは自分し、從來の爺と違ひ僕を可愛がりて姉様を賞めて、本當に好い奴な くっ
いけない 事が出來なくては仕方が無い、共様な事を他處の家でもしては不用い、お京さんお前は自家の半夫さんを好きか、隨分厭味に出來あが よと氣を付けるに、己れなんぞ御出世は願はないのだから他人の物って、い乂氣の骨頂の奴では無いか、己れは親方の息子だけれど彼 だらうが何だらうが着かぶってるだけが徳さ、お前さん何時か左奴ばかりは何うしても主人とは思はれない番ごと喧嘩をして潰り込 かなあみ 様言ったね、運が向く時に成ると己れに糸織の着物をこしらへて呉めてやるのだが隨分おもしろいよと話しながら、鐵網の上へ餅をの れるって、本當に調へて呉れるかえと眞面目だって言へば、夫れはせて、お熱々と指先を吹いてかゝりぬ。 己れは何うもお前さんの事が他人のやうに思はれぬは何ういふ物 調らへて上げられるやうならお目出度のだもの喜んで調らへるが であらう、お京さんお前は弟といふを持った事は無いのかと間はれ ね、私が姿を見てお呉れ、此様な容躰で人さまの仕事をして居る境 きゃうだい て、私は一人娘で同胞なしだから弟にも妹にも持った事は一度も無 界では無からうか、まあ夢のやうな約東さとて笑って居れば、いゝ いと言ふ、左樣かなあ、夫れでは矢張何でも無いのたらう、何處か ゃな夫れは、出來ない時に調らへて呉れとは言は無い、お前さんに 運の向いた時の事さ、まあ共様な約東でもして喜ばして置いてお呉らか斯うお前のやうな人が己れの眞身の姉さんだとか言って出て來 れ、此様な野郞が糸織ぞろへを冠った處がをかしくも無いけれどもたら何んなに嬉しいか、首っ玉へ噛り付いて己れは夫れ限り往生し と淋しさうな笑顔をすれば、そんなら吉ちゃんお前が出世の時は私ても喜ぶのだが、本當に己れは木の股からでも出て來たのか、遂ひ にもしてお呉れか、共約東も極めて置きたいねと微笑んで言へば、 しか親類らしい者に逢った事も無い、夫れだから幾度も幾度も考へ 共つはいけない、己れは何うしても出曲なんぞは爲ないのだから。 ては己れは最う一生誰れにも逢ふ事が出來ない位なら今のうち死ん 何故 / 、。何故でもしない、誰れが來て無理やりに手を取って引上で仕舞った方が氣樂だと考へるがね、夫れでも欲があるから可笑し ふだん げても己れは此處に斯うして居るのが好いのだ、傘屋の油引きが一 い、ひょっくり變てこな夢何かを見てね、平常優しい事の一言も言 おふくろおやち 番好いのだ、何うで盲目縞の筒袖に三尺を脊負って産て來たのだらって呉れる人が母親や父親や姉さんや兄さんの樣に思はれて、もう しぶ ふきや うから、澁を買ひに行く時かすりでも取って吹矢の一本も當りを取少し生て居たら誰れか本當の事を話して呉れるかと樂しんでね、面 るのが好い運さ、お前さんなぞは以前が立派な人たと言ふから今に白くも無い油引きをやって居るが己れみたやうな變な物が世間にも 上等の運が馬車に乘って迎ひに來やすのさ、だけれどもお妾に成る有るだらうかねえ、お京さん母親も父親も空つきり當が無いのだ と言ふ謎では無いぜ、悪く取って怒ってお呉んなさるな、と火なぶよ、親なしで産れて來る子があらうか、己れは何うしても不思議で りをしながら身の上を歎くに、左樣さ馬車の代りに火の車でも來るならない、と燒あがりし餅を兩手でた又きっ例も言ふなる心細さ ものさし であらう、隨分胸の燃える事が有るからね、とお京は尺を杖に振返を繰返せば、夫れでもお前笹づる錦の守り袋といふ樣な證據は無い りて吉三が顔を守りぬ。 のかえ、何か手懸りは有りさうな物だねとお京の言ふを消して、何 いつも 道 例の如く臺處から炭を持出して、お前は喰ひなさらないかと聞け共様な氣の利いた物は有りさうにもしない生れると直さま橋の袂の かば、いゝゑ、とお京の頭をふるに、では己ればかり御馳走さまに成貸赤子に出されたのだなど長朋輩の奴等が惡口をいふが、もしかす けちん おふくろおやぢ わ らうかな、本當に自家の吝嗇ぼうめ八釜しい小言ばかり言やがつると左様かも知れない、夫れなら己れは乞食の子だ、母親も父親も ぼろ て、人を使ふ法をも知りやがらない、死んだお老婆さんは彼んなの乞食かも知れない、表を通る襤髏を下げた奴が矢張己れが親類まき 3 びつこめつかち 9 では無かったけれど、今度の奴等と來たら一人として話せるのは無で毎朝きまって貰ひに來る跣跋片眼の彼の婆あ何かゞ己れの爲の何 ばあ いっ
9 8 この子 のですから、今おもふと情ないのでは有りますけれど、あゝ何故丈人の方に却って多くあったので御座りませう、で御座いますけれど ひだち 夫で産れて呉れたらう、お前さへ死なって呉れたなら私は肥立次第私に共時自分をかへり見る考へは出ませぬ故、良人のこゝろを察す 實家へ歸って仕舞ふのに、此様な旦那さまのお傍何かに一時も居やる事は出來ませぬ、厭ゃな顔を遊ばせば、それが直ぐ氣に障ります しないのに、何故まあ丈夫でうまれて呉れたらう、厭だ、厭だ、何るし、小言の一つも言はれませうなら火のやうに成って腹たゝし ながらく うしても此縁につながれて、これからの永世を光りも無い中に暮すく、言葉返しは遂ひしか爲ませんかったけれど、物を言はず物を をんな のかしら、厭ゃな事の、情ない身と此ゃうな事を思ふて、人はお目喰べず、隨分婢女どもには八ッ當りもして、一日床を敷いて臥って 出たうと言ふて呉れても私は少しも嬉しいとは思はず、唯々自分の居た事も一度や二度では御座りませぬ、私は泣虫で御座いますか かいまき ら、その強情の割合に腑甲斐ないほど抱卷の襟に喰ついて泣きまし 身の去第に詰らなくなるをばかり悲しい事に思ひました。 わけ 夫れですが彼の時分の私の地位に他の人を置いて御覽じろ、夫れた、唯々口惜し涙なので、勝氣のさせる理由も無い口惜し涙なので は何んなあきらめの好い悟ったお方にしたところが、是非此世の中した。 嫁入ったは三年の前、その當座は極仲もよう御座いましたし双方 は詰らない面白くないもので、隨分ともむごい、つれない、天道さま は是か非かなど長言ふ事が、私の生意氣の心からばかりでは有ますに苦情は無かったので御座いますけれど、馴れるといふは好い事の 惡い事で、お互ひ我ま乂の生地が出て參ります、諸欲が沸くほど出 まい、必らず、屹度、誰様のお口からも洩れずには居りますまい、 て參りますから、夫れは夫れは不足だらけで、それに私が生意氣で 私は自分に少しも悪い事は無い、間違った事はして居ないと極めて 居りましたから、すべての衝突を旦那さまのお心一つから起る事とすものだから遂ひ遂ひ心安だてに旦那さまが家外で遊ばす事にまで あなた 口を出して、何うも貴郞は私にかくし立を遊ばして、家外の事とい 爲て仕舞って、遮二無二旦那さまを恨みました、又斯ういふ旦那さ まを態と見たて長私の一生を苦しませて下さるかと思ふと實家のふと少しも聞かせては下さらぬ、夫れはお隔て心だと言って恨ます 親、まあ親です、夫れは恩のある伯父さまですけれども共の事も恨ると、何そんな水臭い事はしない、何も彼も聞かせるでは無いかと あり / 、 おとな めしいと思ひまするし、第一犯した罪も無い私、人のいふなりに柔順仰しやって相手にせずに笑っていらっしやるのです、現然かくして をり めくら しう嫁入って來た私を、自然と此様な運にこしらへて置いて、盲者お出遊ばすのは見えすいて居ますし、さあ私の心はたまりません、 あけくれ / 、 を谷へつき落すやうな事を遊ばす、様といふのですか何ですか、共一つを疑ひ出すと十も二十も疑はしく成って、朝夕旦暮あれ又あん な嘘と思ふやうに成り、何だか共處が可怪しくこぐらかりまして、 方が實に ~ 、恨めしい、だから此世は厭ゃな物と斯う極めました。 負けない氣といふは好い事で、彼れで無くては六づかしい事を遣何うしても上手に思ひとく事が出來ませんかった、今おもふて見る ぐにやぐにや と成るほど隱しだても遊ばしましたらう、何と言っても女ですも りのける事はならぬ、愚若愚若とやわらかい根性ばかりでは何時も な、まこ 人が海鼠のやうだと斯う仰しやるお方もありまするけれど、それもの、ロが早いに依ってお務め向きの事などは話してお聞かせ下さる おびた 時と場合によった物で、延つに勝氣を振廻しても成りますまい、共わけには行きますまい、現に今でも隱していらっしやる事は夥だし うちにも女の勝氣、中へつゝんで諸事を心得て居たら宜いかも知れく有ります、夫れは承知で、たしかに左様と知って居りまするけれ ど今は少しも恨む事をいたしません、成るほど此話しを聞かして下 ませぬけれど、私のやうな表むきの負けるぎらひは見る人の目から しんしゃう は淺ましくも有りませう、つまらぬ妻を持ったものだと言ふ感は良さらぬが旦那様の價値で、あれ位私が泣いても恨んでも取あって下 のペ
ヘイ友逹の處からの手紙で御座り升る。 旦那さん / 、。 フム昨日の人の妹か。 おづ / 、として止めて居たれど、庄太郞の暴力迚も女の力に及ばざ いゝえ。 れば、側杖喰はむ恐ろしさに、下女等は店へ駈け付けて、若い者呼 つがひたる一矢は、はや先方の胸を刺したり、か乂る事に注意深きびさましたれど、是は日頃覺えあれば出も來ず、男の顔見せては却 庄太郎の、爭でかは昨日夏と聞きし名の、其封筒に記されたるを見て主人の機嫌損はむと何れも寐た振して起きも來ず。お糸も今は共 おも いとま 身の危さに、前後を顧ふに遑あらず、我を忘れて表の方に飛出した 遁すべき。 るを見て、庄太郞は我手づからくわんぬきを挿し、 フム夫れに違ひないか。 誰でも彼でも、斷なしにお糸を内へ入れたものには、屹度夫れだ ヘイほんまで御座り升。 けの仕置をするぞ。 勢ひ確答を與へざるを得ずなりしお糸、庄太郞はクワッと怒りて立 あと ひっそ わめき散らして立去りたる后は、家内寂然として物音もせず。多く の男女も日頃の主人の氣質を知ればか、是も急に明けに來る樣子は おのれ夫に隱し立するなツ。 せうぜん いふより早く肩先てうと蹴倒し、詫ぶる詞は耳にもかけず、カに任なきにそ、お糸は暫時悄然として、共軒下に佇み居たりしが、折惡 ちゃうちゃく しくも巡行の査公、通りかゝりてジロ 2 く、と共顔を眺め、幾度か角 せて打擲しつ、 お前のやうな不貞なものは、一寸も冢に置く事は出來ぬ。たった燈の火を此方に向けて、ピカリ / \ とお糸の姿を照らしながら過ゅ くも心苦しく、自然咎められては恥の恥と、行くともなし二足三足 今出て行けツ。 なかうど 血相も變りて、逆上したるらしき庄太郎、是も此方の常なれど、不歩みかけしが、扨何處へと指さむ方はなし。媒妁人の家は遠きにあ なかうど らねど、是は媒妁とはいへ他人なれば、恥を曝すも心苦し。里方へ 貞の名を負はされては、お糸も癖と知りつゝだまって居られず。一 歸りては事六かしくなりもやせむ、迚も此儘家へは人れらる間敷身 生懸命にて夫の拳の下を潜りながら、 ど、どうぞ共手紙を見てお呉れやす。け、決して悪いつもりで隱を・ーーお、それよ / 程近き叔父様の家、共處迄ゆきて兎も角も身 を賴まむと、平常着のま曳しかも夜陰に、叩き苦しき戸を叩きぬ。 したのでは御座り升ぬ。あんまりあんたの、お疑ひが怖さに : ナ何というた、おれが疑深ひーーおのれツ人にあくたい吐きおる叔父も一時は驚きしが、若きものには有うちの事とて取合はず。 : ・出て行けといふのは男の癖やがな、夫れを正直に出るとい な。 ふのがお前の間違じゃ。共儘あやまって寢さへすれば、翌朝は機 怒りは益急になり、今は太き火箸を手にしての亂打。 嫌が直るといふものじゃ。夫れを下手に人が口を入れると、何で 鬼サア出て行かぬか、何出る事は出來ぬ、出ぬとて出さずに置くも わし もない喧嘩に花が咲て、却て事がめんどうになるものじゃ。私が のか。 の 挨拶してやるのは何でもないが、夫よりはお前が一人でいんだ方 心勢すさまじく飛びかゝり、十疊の間を彼方此方へ追廻す騷ぎも、廣 が、何事なしに納まるやろ。あんまり仲が好過ぎると、得て喧嘩 き家とて、始めは臺所のものも氣付かざりしが、餘りの物音に漸く が出來るさかい、仲好しもゑい加減にしとくがよいじやハ・ 駈來りたる下女三人、 2 マ・ : ・ : 旦那さんお待やす、お糸さん早うお斷おいひやす、どうぞ事もなげにいはれて見れば、泣顏見するも恥かしけれど、お糸は更 かへつ とて
さんおっかさん どもに顔の見られるやうな事なさらずとも宜かりさうなもの、嫁人様、御母様、私は不運で御座りますとて口惜しさ悲しさ打出し、思 って丁度半年ばかりの間は關や關やと下〈も置かぬゃうにして下さひも嵜らぬ事を譿れば兩親は顔を見合せて、さては共様の憂き中か こと ったけれど、あの子が出來てからと言ふ物は丸で御人が變りまし と呆れて暫時いふ言もなし。 は、おや と、さん て、思ひ出しても恐ろしう御座ります、私はくら闇の谷へ突落され 母様は子に甘きならひ、聞く毎々に身にしみて口惜しく、父様は もと / 、、こ亠ワ たやうに暖かい日の影といふを見た事が御座りませぬ、はじめの中何と思し召すか知らぬが元來此方から貰ふて下されと願ふて遣った は何か串談に態とらしく邪慳に遊ばすのと思ふて居りましたけれ子ではなし、身分が惡いの學校が何うしたのと宜くも宜くも勝手な ど、全くは私に御飽きなされたので此様もしたら出てゆくか、彼様事が言はれた物、先方は忘れたかも知らぬが此方はたしかに日まで いぢ おせき もしたら離縁をと言ひ出すかと苦めて苦めて苦め拔くので御座りま覺えて居る、阿關が十七の御正月、まだ門松を取もせぬ七日の朝の もとさるがくちゃう しよ、御父様も御母様も私の性分は御存じ、よしゃ良人が藝者狂ひ事であった、舊の猿樂町の彼の家の前で、御隣の小娘と追羽根し りんき なさらうとも、圍い者して御置きなさらうとも共様な事に悋氣するて、彼の娘の突いた白い羽根が通り掛った原田さんの車の中へ落た をんな 私でもなく、侍婢どもから共様な噂も聞えまするけれど彼れほど働とって、夫れを阿關が貰ひに行きしに共時はじめて見たとか言って よそゆき めしもの きのある御方なり、男の身のそれ位はありうちと他處行には衣類に人橋かけてやいノと貰ひたがる、御身分がらにも釣合ひまをぬ も氣をつけて氣に逆らはぬゃう心がけて居りまするに、唯もう私の し、此方はまだ根っからの子供で何も稽古事も仕込んでは置ませず、 爲る事とては一から十まで面白くなく覺しめし、箸の上げ下しに家支度とても唯今の有様で御座いますからとて幾度斷ったか知れはせ の内の樂しくないは妻が仕方が惡いからだと仰しやる、夫れも何うぬけれど、何も舅姑のやかましいが有るでは無し、我が欲しくて我 いふ事が惡い、此處が面白くないと言ひ聞かして下さる様ならば宜が貰ふに身分も何も言ふ事はない、稽古は引取ってからでも充分さ けれど、一筋に詰らぬくだらぬ、解らぬ奴、とても相談の相手にはせられるから共心配も要らぬ事、兎角くれさへすれば大事にして置 ねたっ ならぬの、いはゞ太郞の乳母として置いて潰はすのと嘲って仰しやかうからと夫は夫は火のつく様に催促して、此方から強請た譯では ばかり る斗、ほんに良人といふではなく彼の御方は鬼で御座りまする、御なけれど支度まで先方で調へて謂はゞ御前は戀女房、私や父樣が遠 自分の口から出てゆけとは仰しやりませぬけれど私が此様な意久地慮して左のみは出入りをせぬといふも勇さんの身分を恐れてゞは嫗 しゃうたう い、これが妾手かけに出したのではなし正當にも正當にも百まんだ なしで太郞の可愛さに氣が引かれ、何うでも御詞に異背せず雎々と いきぢ 御小言を聞いて居りますれば、張も意氣地もない愚うたらの奴、そ ら賴みによこして貰って行った嫁の親、大威張に出這人しても差っ れからして氣に入らぬと仰しやりまする、左うかと言って少しなり かへは無けれど、彼方が立派にやって居るに、此方が此通りつまら くらし とっ たすけ とも私の言條を立てて負けぬ氣に御返事をしましたら夫を取こに出ぬ活計をして居れば、お前の縁にすがって聟の助力を受けもするか おもはく てゆけと言はれるは必定、私は御母様出て來るのは何でも御座んせと他人様の處思が口惜しく、痩せ我慢では無けれど交際だけは御身 ぬ、名のみ立派の原田勇に離縁されたからとて夢さら殘りをしいと分相應に盡して、平常は逢いたい娘の顔も見ずに居まする、夫れを は思ひませぬけれど、何にも知らぬ彼の太郎が、片親に成るかと思 ば何の馬鹿々々しい親なし子でも拾って行ったやうに大層らしい、 3 ひますると意地もなく我慢もなく、詫て機嫌を取って、何でも無い物が出來るの出來ぬのと宜く其様な口が利けた物、默って居ては際 おとっ 事に恐れ入って、今日までも物言はず辛棒して居りました、御父限もなく募って夫れは夫・れは癖に成って仕舞ひます、第一は婢女ど めかけて ちひさいの
0 7 此様な者なれど女房に持たうといふて下さるも無いではなけれど未ひますと手のひらを差出せば、いゑ夫には及びませぬ人相で見ます だ良人をば持ませぬ、何うで下品に育ちました身なれば此様な事し るとて何にも落つきたる顏つき、よせど、じっと眺められて棚お て終るのでござんしよと投出したやうな詞に無量の感が溢れてあた ろしでも始まっては溜らぬ、斯う見えても僕は官員だといふ、嘘を なる姿の浮氣らしきに似ず一節さむろう様子のみゆるに、何も下品仰しゃれ日曜のほかに遊んであるく官員様があります物か、カちゃ に育ったからとて良人の持てぬ事はあるまい、殊にお前のやうな別んまあ何でいらっしやらうといふ、化物ではいらっしやらないよと はうび 品さむではあり、一足とびに玉の輿にも乘れさうなもの、夫れとも鼻の先で言って分った人に御褒賞だと懷中から紙入れを出せば、お 共ゃうな奧樣あっかひ虫が好かで矢張傳法肌の三尺帶が氣に入るかカ笑ひながら高ちゃん失禮をいってはならない此お方は御大身の御 なと間へば、どうで共處らが落でござりましよ、此方で思ふやうな華族様おしのびあるきの御遊興さ、何の商賣などがおありなさらう、 は先様が嫌なり、來いといって下さるお人の氣に入るもなし、浮氣そんなのでは無いと言ひながら蒲團の上に乘せて置きし紙入れを取 あひかた のやうに思召ましようが共日送りでござんすといふ、いや左様は言あげて、お相方の高尾にこれをばお預けなされまし、みなの者に祝 はさぬ相手のない事はあるまい、今店先で誰れやらがよろしく言ふ義でも遣はしませうとて答へも聞かずずん / 、と引出すを、客は柱 たと他の女が言傅たでは無いか、いづれ面白い事があらう何とだと に寄かゝって眺めながら小言もいはず、諸事おまかせ申すと寬大の せんさく いふに、あゝ貴君もいたり穿索なさります、馴染はざら一面、手紙人なり。 のやりとりは反古の取かへッこ、書けと仰しゃれば起證でも誓紙で お高はあきれてカちゃん大底におしよといへども、何宜いのさ、 めをと もお好み次第さし上せう、女夫やくそくなどと言っても此方で破これはお前にこれは姉さんに、大きいので帳場の拂ひを取って殘り こは みんな るよりは先方様の性根なし、主人もちなら主人が怕く親もちなら親は一同にやっても宜いと仰しやる、お禮を申て頂いてお出でと蒔散 の言ひなり、振向ひて見てくれねば此方も追ひかけて袖を捉らへる らせば、これを此娘の十八番に馴れたる事とて左のみは遠慮もいふ あり に及ばず、夫なら廢せとて夫れ限りに成りまする、相手はいくらもては居ず、旦那よろしいのでございますかと駄目を押して、有がた あれども一生を賴む人が無いのでござんすとて寄る邊なげなる風うございますと掻きさらって行くうしろ姿、十九にしては更けてる 情、もう此様な話しは度しにして陽氣にお遊びなさりまし、私は何もねと旦那どの笑ひ出すに、人の悪るい事を仰しやるとてお力は起っ 沈んだ事は大嫌ひ、さわいでさわいで騷ぎぬかうと思ひますとて手て障子を明け、手指りに寄って頭痛をたゝくに、お前はどうする金 これ を扣いて朋蛾を呼べばカちゃん大分おしめやかだねと三十女の厚化は欲しくないかと間はれて、私は別にほしい物がござんした、此品 だしぬけ 粧が來るに、おい此娘の可愛い人は何といふ名だと突然に間はれさへ頂けば何よりと帶の間から客の名刺をとり出して頂くまねをす て、はあ私はまだお名前を承りませんでしたといふ、嘘をいふと盆れば、何時の間に引出した、お取かへには寫眞をくれとねだる、此 ゑんまさま が來るに焔魘様へお參りが出來まいぞと笑へば、夫れだとって貴君次の土曜日に來て下されば御一處にうっしませうとて歸りか長る客 今日お目にか又ったばかりでは御坐りませんか、今改めて伺ひに出を左のみは止めもせず、うしろに廻りて羽織を着せながら、今日は ゃうとして居ましたといふ、夫れは何の事だ、貴君のお名をさと揚失禮を致しました、亦のお出を待ますといふ、おい程の宜い事をい からせいもん はしご げられて、馬鹿イ、お力が怒るぞと大景氣、無駄ばなしの取りやり ふまいぞ、空誓文は御免だと笑ひながらさっ / 、と立って階段を下 に調子づいて旦那のお商賣を當て見ませうかとお高がいふ、何分願 りるに、おカ帽子を手にして後から追ひすがり、嘘か誠か九十九夜 こち