ら : 「何う爲ました ? 」と欽哉が聲掛けた時には、最う寂しい顔になっ 「讓って了って : : : 其の讓った子に死なれたのですものねえ ! 」と て、「京橋の那の、佐藤さんて方は何う爲たでせう ? 國へ最う立 繁は自分の事のやうに沁々言って、凝と瞳を据ゑたま又一所を見詰 ったんでせうねえ。」 めて居る。 「無論立ったでせう。何故 ? 」 「それも、壽命で死んだものなら左に右く : ・ : 」と欽哉は持って居「何故って : : : 那時そら、妙な女を連れて : : : ね、彌張爰に泊って たコップも下へ擱いて了って、「何しろ、那の年寄二人を遺して置居たんですわね。」 いて、息子を先へ殺したのは殘酷だ ! 」 「だが、那時には未だ那の男も、淸い少年の頃の記憶丈でも殘って 「先へ殺した 居たので : : : 」と附かぬ方へ話を持って行って、 「でも、生先永い若者を無意味に殺して了って、殘酷ちや有りませ 「那様女なんか連れて、無論墮落は爲て居たけれど、それでも末だ なっか んか ? 」 純潔な時代を可懷しがって、僕と燈臺の歸りに永い事昔話も爲たっ あんな 唇の色まで失って、男の顏を直と見詰めて居た緊は、漸う安心しけ。それが今では那麼風に變って了って、天で最う悔恨も何にも無 たやうに瞬を爲た。 いのだから : : : 」 「何うか爲たんですか ? 」と欽哉も始めて氣が付いて、 然し變ったのは佐藤ばかりでは無い。自分とても那頃の事を思ふ まる 「顏色も惡いし、何だか繁さんは變だが : : : 」 と、總ての考から心持が全で別人の如くに變って居るので、「それ そむ レサシテート 「私 ? い又え。」と顔を背向けて、「最う爺さん達の話は舍しませ だのに、變った思想感情を以て、戀愛ばかり那時と同じゃうに復活 なに う、可哀さうで仍と氣が沈みますから。」 爲さうと云ふのは、今更無理なのだ ! 」と欽哉は思った。 「然う、お互に醉って若返る筈でしたな。」と寂しげに微笑む。 「貴方、明日は燈臺へ行って見やうちや有りませんか ? 」 「えゝ。ですから、貴方も最っと召上ったら可いわ。」 繁は佐藤の其の話から思付いて、 「同じですよ、飲んでも發しないから。」 「ねえ、私逹の那れも記念ですわ。」 「何故發しませんの ? 貴方がそれは、理に落ちるやうな話を爲さ 「然う、我々の戀も過去の最う記念になったのだ ! 」と又思った。 まさ るからでせう。」 「ねえ、燈臺は豈か、那時と變りは無いでせう。」 ラブ 「ちゃ、戀の話でも爲ませうか ? 」 「變りは無いが : : : 然し、那時でも那麼に風が有ったのだから、此 「それが可いわ。」 節のやうな此風ちゃ、燈臺へ行くまでが大變でせう。」 けれど、改って爲ゃうと云って出來るものでは無し、二人は又默「然うねえ。」と眉を顰めて、今更らしく風の音に聞耳立てたが、 「何うして又、恁う能く吹くんでせう ? 」 込んで了ふ。繁は自分の心の中を搜すやうな目を爲て、伏目に凝と うしろまる やがうるみ 胸の邊を見て居たが、旋て潤を持った黑水晶のやうな瞳が靜に動い 「海濱ですからーー太平洋を前に控へて、背後は全で平原ですも ぼッまふち て、其儘一フンプの火を空とり見人った。仄と睚が赤くなって、口元 まっげ こんな 「でも、那時には這麼ちや無かったわ。」 乃に微な笑が浮んだと思ふと、長い睫毛を伏せて、美しい其目を膝へ 3 落した。 「そりや春だから、那時と同一になるものですか。最う貴方、秋も ゑみ ひとっ
いわ。」と繁がす。 那れまで辛抱したんですから、獨身で最う通したら可さゝうなもの 「でも、電車の中よりや可いでさ。」 ですに、ねえ貴方。」 「電車の中と云や、」と思出したやうに、「曩、若いハイカラの男と 「さあ : : : 何ういふものですかな : : : 」と欽哉は足を留めた。 くもで 一絡に乘って居た人ねーー私がお時儀を爲た女の人、貴方覺えて被 球燈やら萬國旗やらを蜘手に張渡した杉の葉の大アーチに、電氣 ひとだか 居って ? 」 の文字が赤くなったり靑くなったり、色々に光の變るのを人集りが 「いや、知りません。」 爲て居るので。欽哉は些っと立留って眉を顰めたが、アーチの方へ くんしゅうしろ 「御存知ありませんかねえ、貴方一度お遇ひなすった事があるのは目も與れず、群集の背後を廻って行手へ出る。繁も剥ぐれぬゃう に。そら、ズッと以前に、上野の演奏會へ御一緝に行った事が有り に後に附いて、少し行った四辻で又、丁度式場から引揚げる接待役 ますでせう、那時池之端の洋食店で出會した、那の二宮と云ふ人で の藝者逹が、揃ひの着付で、多勢花を貫いたやうになって通を橫切 すよ。」 るのに出遭ったが、其れにも二人は目を與れなかった。二宮の話か 欽哉は小首を拈って、「二宮 ? 然うでしたかね ? 」 ら、二人の戀の未だ新らしかった其の當時の、思出多い昔を、欽哉 「そら、二宮節子と云って、學校の私、舍監に會ったちや有りませも緊も、同じゃうに追懷しつゝ歩いて居るので。 んか ? 那時に。」 春の夜の月無き闇を、世界は唯二人、裏若い戀に憧れながら、不 そゞろある 「然う / 、 ! 那様事がありましたね。」と漸う思出した。 忍池畔を夢心地に漫歩いた其時の樂しい思出 ! 共れを追懷しなが 「那時の舍監ですよ、今の人が。」 ら、此の明るい賑かな巷を、今は戀も破れた二人が靑春の歡樂から 「然うですか。那麼に若かったですかね ? 僕は最っと深けてたや覺めて、互に最う孤獨の身を、僅に其所まで送りつ送られっして心 うに記憶してるが : : : 」 寂しく行く。行く先は、更に又新しい別離の涙である。 「獨身も然し、考へものですな。」曩の話に還って、思出したやう 「那時最三十二三だったんですから、彼是四十近くでせうよ。夫 が若いものだから、それで那様若作りを爲るんでせう。」 に欽哉は然う言った、「繁さんだって獨身主義だったけれど、彌張 「夫が出來たんですね ? 」 其れは行はれなかった : : : 」 「え、一緒に乘ってた、那のハイカラの男が然うなのよ。」 「ですが、私は最う、屹度是から獨身で通して見ますわ ! 恁うし 「那の若い男が」と呆れたが、「一躰男は何者です ? 」 て貴方 ( 貴方に力を人れて ) と、お別れするからには。」 「何でも婦人雜誌の記者とかで、クリスチャンですって。」 繁の答は何うやら當付けたやう。 「クリスチャンの婦人雜誌記者に、女學校の舍監、好い配綱ですな。」 「すると、僕さへ無かったら、繁さんも最初から獨身主義を通した 春 「ですから、嫌はれないやうに、那麼若作りを爲てるんでせうよ。」んですね ? 」と苦笑を爲た欽哉は、通り懸った店先の明るい飾窓の わき 青繁は突當る人を避けて傍へ離れたが、直ぐ又寄って、「ですが、那白熱瓦斯の影に、女の其の靑い横顔を見ると、急に苛々し出して、 年になって、那麼若い男と一緒になるなんて氣が知れないちや有り「然うだ ! 全く僕が繁さんの主義を破らせたのでーー繁さんの健 8 ませんか。那の爲めに學校の方も可けなくなるし、今では何でも女氣な主義を破らせて、り僕が、純潔な貴方を誘惑したんだ ! 3 學生なんか預って、素人下宿のやうな事をしてるって話ですが : ね、然うでせう ? 」 でツくは さっき ハズバンド
ばっ ふ通り、東京、又出て來るか、で無くとも、何か又始めずには居ら だが、餘り漠とした理窟で、後になって一向頭に殘って居ないやう れまい。 = 。が、何うも然し、那の意志の弱いのが那の男の生涯の祟 な口振だってーーね、然うだね ? 園枝。」 だ ! 意志の弱い、執着心の足りない、物事に熱中しても、直き冷「え又。」 めて了ふやうな那いふ性質では、設ひ何を始めて見た所で、到底得 「それは、殘らないのが當前で。 = = 那の男には、何處までも然うし る所無しに終るのは餘儀無いだらう ! 」 て理窟が附纒ふのだ。理窟も好い、理窟に傾く丈其丈智的なので 「と言ふと、り那の男は、何を爲ても成功しない・・・ = ・ ? 」 理智を求むるに熱心で、何事も合理的で無ければ滿足せぬ 「先づね、難しいだらう。那いふ性質に生れたのも天分なら、恐く 立派な事で、決して其れを惡いとは言はぬが、然し、合理的である 今後も、共れが那の男の一生を貫く餘儀無い運命だらう ! 那丈の から何丈其れが效果が有るだらう ? 例〈ば今度の事でも、然うい 才を持 0 て、それで何も成し得ぬ・ー、強ち事業の上の功蹟には限らふ形而上の解釋のみで以て、一一人は果して滿足し得られたらうか ? な」、例、ば小野との關係にした 0 て然うだが、總てが那れで。一第一關は、其の哲理を信じて行 0 たらうか ? 哲理のみで人は救は 躰が才物である丈に、並 0 者のやうに正直に一本道を辿 0 ては居られるも 0 では無」、知ると云ふ事以上に信ずると云ふ事が大事だ ! れな」、それに年だ 0 て若」し、是から未だ , \ 一生の間には色《信はカでーー那の男の爲る事には、何うも其の信仰の力が見えな な道を歩くだらうが、歩いても那の男の後には何にも殘らぬ、迹の い ! 隨って熱誠の人を動かすものが無い ! 」と言切ったが、少し 殘るほどに踏まないのだ、いや、踏まないのでは無い踏めないの てあひ く考〈て、「いや、其れを那の男に望むのは無理かも知れないので。 だ。醉生夢死に甘ずる徒なら論外だけれど、那の男は然うでは無信仰とか熱誠とか云ふものは、情の言は、醇釀されたものなのだ い、何等か成したい、何物か殘さうと云ふ念が燃えるやうに有っ から、智的になれば成るほど稀薄になるのが自然の勢でも、何も關 て、胸には始終其の爲めに火を焚」て居るのだが、其の火が直に消のみに限 0 た弊では無」、現代一般の其れが齲可なのだ ! 」 えて了ふ、天賦の燃料が乏しく生れたのだから氣毒だ ! 」 園枝は何時か又編物を歇めて了った。舐子の音が爲なくなったと 速男は默って了った。夫の話に心取られて、編物の方もお留守に 思ったら、子はスャ / 、睡懸けて居る。 なって居た園枝は、氣が付いたやうに又針を動かす。話は途絶え 「では、現代一般の趨向が然うして智的にばかり走るから、情の方 て、籃の中の子が舐子を舐る音のみ耳立つ。 の發逹は鈍いかと云ふに、強ち然うでも無い。世界近世の文學藝 「ちゃ、何だらうか、」と速男が又口を切 0 て、「小野との關係も然術、」と話は取んだ方〈逸れて、「有らゆる方面に情の産物の非常に うだとすると、ぢや、今度那麼工合で別れたのも、彌張此の、關の進歩して居るのでも分るが = : ・關にしたって、那の男は決して情の 春方で熱が冷めたからなんだらうか ? 」 乏しい人間では無い、けれど、情が始終智と衝突して居る、其の衝 「然うとも ! 熱は速うに最う冷めて居たのだらう。今度別れたに突を調節する意志のカーー繰返し言ふやうだが、其の意志の力が足 靑就いて、關が大船で君に談した、其と同じゃうな事を園枝も彌張小 りないから、それで唯徒らに衝突に苦しめられては煩悶する。關の 野から聞」たさうで。シ , , → ( ワーの哲學か何か彌喧し」理窟煩悶は、轗て又時代の煩悶とも言ひ得られるので = ・・・・少くとも、現 5 もあ 0 て、小野にも能くは分らな」けれど、左に右く別れる 0 は得代靑年 0 一般 0 傾向が、那 0 男に由 0 て代表され居るやう = 思 心で別れたと云ふ事だ。尤も其時は、小野も成程と聞」た 0 ださうふ。我《現代の靑年は、歐洲文明 0 新し」學問や藝術、乃至宗敎な
こちら さっき たびあきうどう 「いや、然うぢや無い ! 」とカ有る聲で遮って、「決して自惚ぢや て、狹い冷い腰掛には、曩橋を禳って這邊へ來た旅商人風の男と、 2 和是は衝い近くで降りるらしい子持の女とが、暗い影に默然と下り汽無い、自信だ ! 以前の君は強い印信と、それから此の : : : 何と言 さすが 車を待って居る。線路の向ふの事務室、共所丈は有繋に明るいガラ ふか、り理想に向って不斷の向上心を燃して居た、共點は毎も僕 ねぼ あくび ス窓の中から、折々寢惚けたやうな話聲や欠の聲が聞える。上り汽は敬服して居たので。大砲打つ事と、酒飮む事より考の無い僕のや そちら 車の乘客は向ふの其のプフットホオムで待合すのだが、那裏には米 うな者でも、君に會って君の話を聞く、其度び何か此の : : : 今まで ひそか だ人影も無い。 知らなかった新しいものを捉まされるやうで、僕は心窃に兄事して ひんばふゆすり 欽哉は腰掛の端の方に、ヅックの鞄を膝へ載せて寒さうに貧乏搖居たものだ。那頃の君の學殖、それから君の才能、ね、其等を埋沒 ことばぞんざれ を爲て居る。速男の方は立ったり腰掛けたり、始終動きながら話をさして了ふて事は、君自身惜しいとは思はんかい ? 」と辭が粗雜に 爲て居るので。 なって、「えゝ關君、君はそれから、那頃の君の那の激しい情熱 ! とて なが 第ッこと 「君は然う言ふが、到底も歸ったって永か居られや爲んよ、直き又那れは何所へ押落して了ったんだい ? 」 出て來る ! 」と又腰掛を放れて言ふ。 「出て來たって最う爲方が無いですもの。僕のやうな敗卒が、二度「那頃の學殖と才能、それから激しい君の情熱 ! 」と速男は熱心に と又都會の劇しい戦場へ引返したって、何になるものですか ! 」 語り續けて、「お世辭でも阿諛でも無い、那頃の君は、僕も全く畏 くだ 「いや、敗卒と言ふと行らんが、君は此の、疵を負った落武者なん敬して居たものだ。だから、小野なんかの事でも : : : 僕内々那の女 だから、傷さへ癒えりや屹度又奮起っに違無い。」 を妻に貰ひたいとまで思ったくらゐなんたが : : : 」と浮り言って、 とて なまし 「駄目ですな、到底も那様自信は有りまぜん。憖ひ那様事を思っ弗と口を噤む。 て、及ばん望を何時までも抱いて居るよりも、小學敎師なり、何な 欽哉は思はず顏を見擧げた。 、敗卒は敗卒相應な爲事を見付けて、田舍で最う果てた方が平和 で、熱心の餘り衝い那様事までロを滑らして、ハッと氣が付いた さすが でせう。」と欽哉の聲は有繋に曇った。 が、其儘後を言はなかったら、却て變に取られるも知れぬので、速 やを 速男は何とも言はずに、仄暗い共顔を眺めたが、軍刀の皮緡を一男は徐ら腰掛に腰を下すと、白い手袋の手で顔中撫廻しながら、 搖り搖揚げると、兩手をポケットに突込んで大跨に歩き出す。向ふ 「いや、何も今更隱す事は無いーー・・・白状するが、實は那様念も有っ の事務室でコッノ \ 電信機械の鳴出したのが、深とした構内を手に たんだ。所が、僕の意は通らずに、君と那いふ事になった、僕も有 取る如くに響く。 繋に失望は爲たやうなもの、、然し怨みは爲んかった ! 組大僕如 ひた 旋て靴音高く直と立留ると、「君は然し、餘りに其れちゃ躬ら輕 き者の配ぢや無い、君を選んだのは彌張此の、目が高いと感心した んじ過ぎるものぢや無いかね。君ほどの俊才が、田舍の小學敎師なくらゐで。日頃畏敬する君丈に、僕も潔く諦めて、而して滿腟の好 んかで果てやうてのは、國家の此の、人才適用の上にも不經濟な話意を持って君等の幸輻を祈った ! ね、那の當時君等二人の爲め に、多少僕が盡した事は認めてくれるだらう ? 」 欽哉は寂しい微笑を洩らして、「僕自身も、以前は那様ゃうな自 「速男君 ! 」と欽哉の聲は感慨に迫って、「君と云ひ園枝さんと云 かは 惚を持って居たものだが : : : 」 ひ、始終らぬ御好意は、僕決して忘れた事は有りませんよ ! 高 みづか うぬ
まるか 無い。 とは話の鹽梅が全で恁う、人が違ったやうなんですもの。」 そんな 「馬鹿言へ ! 負惜なんて那様卑怯な眞似を爲るものか。ロで言伏 「だけど、先達ての時のは、那れは詩の中の理想なんぢや無く ぜられたって、其れで議論の主意に伏したんちや無い。」 て ? 」 「 : : : でも、何だか人が違ったやうなんですもの。」と繁は同じ事「けれど : : : 兄さんは全ら議論は駄目ね。」 准たん 「うむ、俺は空論の人間ちや無い。」と金のダブル釦の廣い胸を張 を言った。 って傲然と言った、「軍人に議論は要らん、俺は實行を尊ぶ ! 關 二人共能くは分らぬのである。けれど繁は、此前園枝の家で會っ けいぎゃう た時には、那程強い信念を持って那のやうに高い美しい理想を景仰のやうに眞理だの理想だのって面倒臭い事は知らん代りに、自信と して居た欽哉が、今日は又、現在にも未來にも全で絶望爲切ったや勇氣が有る ! 」 うな煩悶の熊度が、考へると何うも腑に落ちぬので : : : 然し、欽哉「自信と蠻勇よ。」園枝は小さい聲で繁に囁いた。 あらし が、速男は氣も着かず、暫く默して歩いて居たが、「然し妙だて、 の其の激しい感情と、暴風の如き思想とは深く耳に殘って、血は末 那の男のやうに那麼理窟ぽい事ばかり言って居て、其れで、熱誠が だ騷いで居る。 園枝は又、學校を舍す舍さぬの實際問題が氣に懸るので、先へ行籠ってるやうで妙に人を動かすから。」 「熱誠が全く籠ってるんですもの、妙な事は些とも無いわ。」 く速男を呼懸けて、「兄さんにも、然う言ってたでせう ? 學校を 「究り情熱家なんだらうな。」と考へながら言ふ。 舍すって、關さんが。」 キャラクタア そんな 「え乂、情熱家だから同情も深いし、それは兄さんなんかと性格 「然うノ \ 、那様事を言ってたな。」 が違って乂よ。今日の獨身論だって、兄さんは唯瓧會だの國家だの 「本當に舍す意りなんでせうか ? 」 そんな と、那様事ばかし見て言ってるんだけれど、關さんは然うぢや無い 「分るものか、那りや皆禪經衰弱の所爲だ ! 」 さう たそがれ 何時か人通りの少ない町〈來たし、それに誰乎彼の色は段々濃くわ。何所までも女と云ふものに同情して、而して意志ってもの又 なったし、速男は立留って二人を待合す。 「意志ってもの又自由か ? 意志の自由に我の自覺、それから箇性 「全く經衰弱の所爲なんだ。」と歩き出して、「那の獨身論だって の權威とやらぢや無いか、は又又、園枝も大分關に氣觸れたね。」 然うだ、此前家で論じた時にや那極端でも無かったが、今日の關の まる 言草で見ると、全で男女結婚するのは大罪惡でもあるやうに取れと速男は笑ったが、直ぐ又眞面目になって、 まる る。那男の言ふ事は一躰に大袈裟で極端だよ、二言目にや直ぐ此「だが、お前の言ふので見ると、關ばかり同情が有って、俺は全で の、眞理だとか理想だとか : ・ : ・些っとした事を色々な難しい引絡女ってものに同情を持ってないやうに聞えるが、決して那様事は無 びった まった所〈持って廻って、擧句に、だから是々は是々だと直り自分い ! 俺が社會だの國家だのを照準線に爲るから、其れで箇人に同 の意見に嵌めて了ふ。聞いてると成程理買だと思ふが、俺は一向感情が無いと言ふのか知らんが、然し何だよ、社會や國家を眼中に置 どんな かなかったら、甚麼箇人だって必ず滅びなけりや成るまいよ。俺は 服せん。」 すっかり 關なんぞのやうに深い考も無いし、極單純な平凡な考だけれど、實 ル「だって、兄さんは悉皆關さんに言込められて了ったちや有りませ いもと まけをしみ 2 んか。今になって那様事を言ったって、負惜だわ。」と妹は遠慮も際此の、女で獨身で遣ってる人の様を不斷見て、非常に氣毒に思ふ ひっから つま あんなりくっ
はらわた 「天才」と欽哉も意外な顔を爲て凝と繁を見返ったが、頭を掉っ 悶に入って、尾ひに泣くやうな腸を斷つやうな調子になって行く たくみろう て、其儘橫を向いて默って了ふ。 那のメロジイが、、實に何うも : : : 餘り然う工が弄して無くて、そ みまも 繁は目で追って、更に横顏を見戍りながら歩いて居ると、斜に射 れで情も有るし熱も有るし、眞の那れがメロジイと云ふのでせ す光線の加減で偶と心付いて、「貴方は、頬なんか未だお痩せなす はめそや 軍功の世に知られて居る將校ほど、部下の兵卒を賞揚すやうなもって乂ね。」 「え、然うでせう。」と、夕日を受けた赤い頬を兩手で撫でて、「末 ので、欽哉も自分の作った歌詞が其の成功の大部分である事は、言 あひて はずとも對手が認めて居ると思って居るからか、それとも單に身贔だ躰だって本當ちや無いのですから : : : 然し、今度は貴方に大變な のぼ あんな 屓を以て、全く然う好く聞えたのであったのか、左に右く作曲家を御厄介を懸けましたな。那麼病中に、左に右く那して演奏に上され むしゃう る丈に拵へられたと云ふのも、全く貴方が手傅って下すったから 無上に賞めた。而して同じゃうに又唱歌者も賞めて、「聲量は些と あのとき で、那時出來なかったら、到底も今日のーーー春季の演奏會には間に 貧たけれど、然し表情も申分無いし、那れなら先づ日本人の獨唱と 合なかったのだが : : : 今度は全く貴方と博士のお蔭です。」 しては上出來の方でせう。左に右くまあ思ったよりは總てが成功で 「厭よ、お蔭だなんて。」と輕く打消して、「私の方からお願爲たん した。」 どんな いっ さっき 「曩の博士の方も、驚いたやうに然う言って被居ったやうでしたわですもの。だって、私甚に樂みだったかーーー毎も原稿を寫して おっしゃ : プエ了ふと、今度は何ういふ所を何ういふ風にお直しなさるかと思っ ね。全くよ、貴方が今日の聞物だって被仰った、べエト ンですか ? べエトープエンのロオマンチ工とか云ふ那の獨奏なんて : : : 」 みんな 「何にしても、貴方に願って非常に好都合でした。是が全然趣味を かより、「顯世』の方が何位皆感心して聞いてたか知れまぜんわ。」 「そりや其筈なんでさ。獨唱と云へば是迄皆西洋のを共儘遣って居持ってない人だと、到底も那の塗消したり書入れたり爲たのを、察 て、聽衆には大抵分らない方が多かったのだが、始めて日本の歌詞して讀むと云ふ事が第一難儀だが、貴方なら、」と欽哉は和り顔を で、旋律だって日本人の耳に入り易く出來てるのだから : : : 感心し見て、「自身にも作るくらゐなんだから : : : ね、僕の物なんか寫し て戴くのは、寧ろ恐多いかも知れない。」 たと云ふよりは能く分ったのでせう。」と一向有難く無いやうに言 まっげ いきなり むかふ 「あら ! 」と云って、目映しさうに長い睫毛を伏せて揃へながら、 って、「だが、向の例へば戀の曲を持って來て、其奴へ行成忠孝の くッっ 「私が作るなんて、僞ですわ。」 歌を作って着附けたりなんぞ爲たのよりは、幾らか其れは、聞いて 「知って居ますよ、隱したって。」 も面白くなけりや成らない筈ですからね。」 そんな 「ですから、全く皆感心して居てよ。私の直ぐ横に居た人なんか 「香浦さんが那樣事言ったんでせう、那の方こそ二 : : 御自身に作る ものだから : : : 」と獨言のやうに言ふと、口元に諢ふやうな笑が浮 も、獨唱が濟んだ後で、紙に刷った那れを讀んで然う言って居まし たしか んで、「ねえ貴方、香浦さんに寫さしてお上げなすったら可かった たの、未だ聞いた事の無い名だけれど、慥にあの、天才の作だっ て ! 」と力を入れて言って、熱心に欽哉を見擧げた繁の目は、彼のわ、那れを。」 きら 「何う爲てです ? 」 肪敬虔なる信者が目に見えぬ靈光を仰ぐゃうに内に煌めく。 さう 2 「何うしてって : : : でも、那の方も新躰詩はお好なんですから : : : 」 天才 ! 天才のニ字は全く渠には深祕で、而して信仰である。 しま を、、もの かれ うそ 0 らか につこ 画み
ですわ ! 這去體を爲て、國へ歸れるか歸れないか : : : 」 しむのは那箇ばかりだらう ! 」癪に障った餘りに、欽哉は管はす然 「歸れないと云っても、連れに來れば厭でも一應は歸らねば成らんう言って遣らうかとも思った。けれど、髪は亂れて、汗ばんだ額の おくれげうるさ そんな はたか でせう。それに、送金の方も那様工合だし、強ひて恁うして居るの後毛煩く、空色メリンスの袴下をグル / 、卷の襟が擴って、胸の邊 あらは は、繁さんの爲めに不得策だと思ふのでーーー段々其内に身が詰っ のムックリした肉附も冷さうに靑白み、鎖骨も現に頸筋細って、 さすが て、僕が學資を絶たれて苦しんだと同じゃうな苦境に陷らなければ惻々しいほど窶れた緊の其の姿を見れば有繋に不憫でもある。片手 成らない。尤もそれは、學校の方も卒業して、立派に最う自活の資を襟に挿込んで、片手に下腹を抑へながら、何やら考込んで面を垂 れたが、眞岡の浴衣の膝が崩れて、中形の秋草模様にポトリ / \ と 格が出來てるのだから、僕の困方とは又違ふけれど : : : 」 「駄目よ。」と繁はカ無げに首を掉って、「今度の事で學校との關係搾り落すやうに涙の露を浸染ませて居るのを見ては、欽哉も胸が塞 がって言はうと思った事も出なかった。 が絶えて了ったから。何うして貴方、學校からでも盡力して貰はな かったら、田舍の女敎員にだって、なか / 、此節はロが無いんです「最う然し、那様憎まれ口を利くがものは無い。」と思返して、而 して冷靜に心も落着くと、辭も優しく、改めて繁に歸國の利を説い って。何にしても私、情無い境界になって了ったわ ! ね、何とか て勸めるのである。 爲なければ、此先最う : : : 此儘ちや私 : : : 全く死にでも爲るより道 恁うして居れば段々身が詰るばかりだと云ふ事を繰返して、今鄕 が無いわ ! 」と苛々する内に、面は眞赤に逆上せて來て、「何も、 貴方ばかし惡いと云ふんぢや無いけれど : : : あゝ、何うして私那麼里の方を慍らして了ふのは最も不得策だから、言ふま又に素直に歸 氣だったんだらう ! 取留も無い事ばかし思って、全で夢見たやうって、共上で何とか又策を講じたらばと云ふので、 「 : : : 其の手紙の様子では、何時最う迎に來られるか知れないの な事を本氣になって喜んで居たんですもの ! 恁う爲れば那成ると で、一應まあ國へ歸って、左に右く爰の所を一時無事に濟すより外 か、先の事とか、那様事は些とも考へて見なかったんですもの ! には、差當り何うも爲方が無いでせう。」 眞面目で無かったんだわ、ねえ。」 「無いでぜう ? 然う ! 」と繁は尻揚りに引取って、「全で最う人 一一人の戀は、其の夢見たやうな事を本氣になって喜合った中に出 つま 來たので、其れを喜ばなくなった今は、究り戀の後始末でーーー後始の事のやうにーー貴方は實に冷淡だわ ! 不斷獻身的だの、犠牲が そんた 末と云ふものは何に由らず厭なものである。お互に身勝手も出れ何だのと口癖のやうに言って被居って、今になって那様 : : : 不斷被 仰った辭に對しても、貴方は : : : 」 ば、義務や責任の塗付合も起る。 うりことばかひことば あからさま 「那様事を言ったら、僕より繁さんは何うだ ! 」と賣辭に買辭で、 然し又、恁う明樣に女の方から、戀が醒めたと云はないばかりの 事を言はれて見ると、欽哉は腹が立つよりもグッと癪に障る。自分「何時か、那の高臺で貴方の態度は何うでした ! 僕は然う思って あんな とても恐らく末の末懸けて戀したものでも無い事は、内々心の内で居た、那麼に奇麗に撥付けたのだから、二度と最う繁さんから便も 承知も爲て居ながらーーーで、欽哉の心持を正直に言ったら、何うせ有るまい、有れば、それは結婚の通知ぐらゐだと : : : 」 こちら 「關さん ! 貴方那様事を今更持出したって、」と行成遮った緊は、 一度は醒める戀だ、醒めたのは腹も立たぬが、這箇が先に醒まさな まとも 目に一杯雫を溜めながらも、眞面に男の顔を見遣って、「私を虐め かったのが悔しいのであらう。 3 3 「自分は元々戀なんぞ何でも無いのだ、醒めやうと醒めまいと、苦るんだわ ! 那樣 : : : 那様事を貴方は持出して : : : 共事とは性質が そっち ゐらし まる
とや 人家か何かの極靜かな所で : : : ね。其時は是非何うぞお遊びに。」 繁は顔を擧げて、「那の方も日曜に被來るんですか ? 」 0 と笑ひながら言ふ。 「來て貰ふ約束ですから。ね、貴方もおでなさい。」 「其時は、ハムにビイルを今から註文して置きますよ。」と欽哉も「厭ですわ ! 那の方にお目に懸るのは、私、極りが惡い事よ。」 一縉に笑って、「家と言へば、今居る所は何うなんです ? 餘り僕「何有、何うぜ最う知ってるのだから管やしません。速男君は那れ なんか訪ねて行ったら悪かありまぜんか ? 」 で、一番我々に好意を持って居ますよ、貴方の事なぞ蔭で始終賞め 「いえ、少しも : : : 」と言懸けては繁は始めて思出して、 て居るんだから。」 にべな そっぱう 「あ、關さん、私今度あの、寄宿舍へ入らなきや成りませんの。」 「でも、那の方に會ふのは私 : : : 厭よ ! 」と魚膠無く言って外方を 1 ー諸 0 「急にですか ? 」 あんな 「え、明日あたり。」 「貴方は能く末だ速男君の性質を知らないからだ。那麼無骨な風で 「明日」 居て、那れでなか / 、深切だから付合って御覽なさい。物事に淡泊 「それも、今日決ったんです。」 で拘泥しないから、ヅポフかと思ふと、非常に又信義を重んする點 今日舍監の所へ呼ばれて行ったのは其事で。寄宿舍は勉強も出來は堅いので、今度なんかも差當り僕困るから、少しばかり實は : マネイ ず、中の交際も煩いし、自分には心進まぬのであるが、舍監から金の相談を爲て置いたのですが、其事で日曜に來てくれる筈たか 屡、、入舍を勸められて、今日は最う厭と言へなくなったと云ふ事で、 ら、來たら中尉になった其れも祝さうと思ってーーー最う西洋料理で せうこうしゅ 「 : : : 何時か貴方と一絡に上野の西洋料理で逢った、二宮と云ふ那も無いから、一つ紹興酒の乾杯でも爲て・ : 小野さんは然し、支那 の舍監なんですが、此間から、もう煩く勸めるんですから。」 料理は食べませうね ? 」 「何故然う煩く勸めるんです ? 」と銚哉は訝った。 「え、食べた事ありませんから : : : 」と言って、溜息を咐いて、 「私、困るから : : : 何 「何故ですか知りませんが : : : 一躰誰の事でも、然うして關渉して れ其内、貴方お獨りの時伺ひますわ。」 見たい性分なのよ。究り深切なんでせうけれど : : : 」と言った繁の 「然うですか。」と氣の找けた返事を爲たが、「其時は前に端書を下 顏は赤かったけれど、月影では分らなかった。 さい、僕待って居るから : : : 寧そ何うです ? 此の土曜日に來ませ 欽哉も深くは間はなかった。 んか ? 」 ちょ あさって 「だが、寄宿舍へ貴方が入ったからって、お目には些い / 、懸れる 「那様貴方 : : : 土曜日と云へば最う明後日ですもの。那様に被仰ら でせうね ? 」 なくても、近い内に屹度私伺ってよ ! 」 「え、其れはもう、土曜でも日曜でも、決って出られるんですか 「屹度ですね ? 」 「え、屹度 ! 」 「何うです ? 今度の日曜に僕の所へ來ませんか ? 」 「ちゃ、忘れない樣に、約束の印に、さあ握手爲ませう。」 「あの、下宿へですか : で、二人の手は又握交されて、其儘互に放しも爲なければ放さう 「下宿屋だって管はんちゃありませんか。速男君も來る筈ですか とも爲なかった。若い者の戀は、手先が觸ってさへ居れば其れで可 あすのあさ いので。繁は明朝寄宿舍へ移るに就いて、少し用意もあるからと言
さ。」 った丈でも頭が狂ひさうですよ ! 」 4 「お可哀さうちや有りまんか ? 何時までも然うして貴方を待っ て被居るのに : : : 」と又溜息を咐いて、「お可哀さうだわねえ ! 」 「あゝ最う、那れも悲しい追懷になるのか知らないが : : : 」と崖の 下〈目を遣って、「氷川訷瓧の高い那裏で、月の好い晩、二人が樂「そりや、可哀さうには可哀さうでさ : : : 」欽哉の聲も沈んだ、一 しい戀を語った事を繁さんは覺えて居ますか ? 僕は空に月がある絡に祗園祭〈行かうと言った時のお房の笑顔が、怜しく目に浮ん 限り、我々二人の戀も悠久だと言った事を覺えて居るが、那時の事で、「全く可哀さうで。それに養母も最う年を加って居るし、親子 コントラスト 共實に可哀さうだが : : : 僕は繁さん、忍んで其の可哀さうなのを犧 を思ふと、實に : : : 何といふ今日の對照だらう ! 月の霞んだ、 全で夢見たやうな春の晩だったが、今日は : : : 今日は又、酷烈な夏牲に爲て居るんちや有りませんか ! 忍んで戀の犧牲に爲て居るの ひんせき で : : : 養家の恩には背く、香浦からは擯斥される、此の二年間の僕 の眞書間で : : : 」と言ふ聲は、堪へられぬ情の激動に顫へながら、 の境遇は貴方も知ってる通りで、那して學資に窮して苦しんだの 我にも無く女の手を取った。 も、學校を今年遲れたのも、皆因はと言ふと戀の爲めで : : : 然し、 「繁さん ! 」 「え。」と見擧げた繁の美しい目も輝いたが、「貴方は : : : 貴方は最戀の爲めと思〈ば、僕は又些とも悔まない ! 全くですよ。僕は全 う一度那時の心持に成れまぜんか ? 」と言はれると、溜息を咐いく其程に思ひもし爲ても居る、それだのに、繁さんは單に國の方の 其位の事情で、平氣で最う戀を棄てる氣になったと云ふのは、僕に て、目を膝の上に落す。 「方は、冷い智の聲に肯かうと爲て居る ! 佗しいぢや有りませは殆ど信じられんですよ ! ねえ繁さん、僕が然うして鄕里を棄て て居るから、貴方にも棄てよと言ふのぢゃない、先になって阿母さ んか。今から那様靑春の血を冷まして了って : : : 繁さん、貴方は佗 んを安心させて上げたら同じ事なんだから、貴方も素志を通して、 しいとは思ひませんか ? 」 ね、お互に改めて永久に誓はうちや有りませんか ? 」 「ね、這麼明るい中へ出て了って何の趣味があります ? 最う一度「 : 「ね、最う一度誓ひませう ? 」 那いふ夢見たやうな月に憧れませんか ? 」と夢みるやうな目を爲て 「關さん、」と緊は思切ったやうに面を擧げると、然も哀願するや 欽哉は言ふ。 またざし そっ うな眼色爲て、「私、あの、お願ですが : : : ねえ貴方、貴方も許嫁 然し繁の答は無くて、取られた手を密と放した。 いひなづけ の方と結婚して上げて下さいな ! 」 「那時の事は、皆僕覺えて居ますよ。貴方は、僕に許嫁があるので 欽哉は屹と見返した。 先の事が案じられると言ふから、僕は大丈夫だが、貴方こそ先にな って變らなきや可いがと言ったら、繁さんは永久に誓ふと言って誓「お可哀さうぢや有りませんか ! 那麼大人しい方を何時までも那 様 : : : 私一度でもお目に懸ってるから、同情せずに居られないわー った筈だっけ。ね、貴方は覺えて居まぜんか ? 」 「あの、許嫁と被仰れば・ : ・ : 」繁は故と答を避けて、「貴方、許嫁ねえ、結婚してお上げなされば、阿母さんも何だし、貴方だって是 迄の : : : 」 の方は何う爲すって ? 」と間く。 「不名譽が取返されると言ふんですか ? 何うも、僕の爲めばかり 「何う爲るものですか。何時かの手紙にも言った通り、那儘で あそこ
はた 來て居た公期華族の男ーー那の男が能く君に文學を勸めては僕と激と、孫らしい十四五の小娘と、薄暗い爐の傍で網を梳いて居たが、 す、 論爲たつけ、何う爲ました ? 那の男は。」 煤け障子で仕切った二疊ばかりの一間も有って、其れへ通されて、 「北小路ですか ? 小路は京都大學の今法科で : : : 僕も東京へ移銚子の甘露梅を茶受に馬鹿鹽辛い櫻湯。 いんしん たうどッ たけり ってから一向音信爲ないが、無論那の男の事だから眞面目にって 兤と棟を渡る風の悲鳴、鞳と大地に震ふ浪の猛、外は然ながら 居るでせう。」 大暴風のやうな騒しさも、自ら耳に慣れ又ば邪魔にもならず、一一 しゃふ 「那の男は、屹度素礦しい者に成りますね ! 」と言って、男は濃い人は甘露梅を舐り / 、語った。 ことば 眉を昻げて、妻じい海の色を見ったまゝ暫く辭は途絶えた。 何時まで經っても忘られぬは幼友逹 ! 今こそ互の間に越え難い 二人は燈臺外の石塀の蔭に立話を爲て居るのであるが、風の向で溝は出來て居ても、中學時代の鄕里の昔話になると、欽ちゃんち ひとたっ、こ 屡ば聲を吹散らされるのと、崖下に打付ける浪音の烈しいのとで、 ゃんと呼合った其の心持にもなって、二人の胸には少年の人懷い 話の受渡に骨が折れる。 好意が湧溢れる。が、お互に靑年後、上京以來の話に移ると、何う こんな 「君、久振でお目に懸ったのに、這麼所で立話も氣が利かないちゃも辭までが改って了ふので。 有りまぜんか : : : 」 欽哉が、「時に、君が高等學校を舍したのは何ういふ譯だったん 「何うです ? 僕の所へ來ませんか ? 」 です ? 那時の事は今だに能く僕には分らないが、寄宿は出たにし 「君は然し、何所に泊ってお居でゞす ? 」 ろ、學校まで何も舍すには及ばなかったでせう ? 」 「君の宿の直き先の香浦の別莊ですが、僕一人で、誰も居ないか すると相手は、「分らない筈でさ、僕自身でも那時の事を思ふと、 さつば 何だか更り自分の了簡が分らないので。何しろ是まで女と云ふ者を あんな 「誰も居ないとは ? 那麼美しい人が二人も居るのに。」と男は輕知らなかった先生が、始めて若い女が泣いたり喜んだり爲るのを見 こぼ たのだから耐らない ! 君や、殊に北小路には涙が零れるほど深切 く笑って、「君の所も可いが、それよりも、僕の宿へ來てくれ給へ、 に忠告もされたのだが、天で友達の言ふ事なんか耳には入らんので 久振にビイルでも飲みながら緩くり昔話を爲ませう。」 「有難う。だが、君も慥かお連が有る筈だから却てお邪魔になってすからね。 ( 些っと改って ) だが關君、君なぞも那時には、僕が何 も可けない。」と欽哉は早速報いた。 か女と怪い關係でも附けたやうに疑って攻撃されたが、其れは全く なだ、 然し、風が如何にも強い、大吠崎の名立る怒濤は其れに氣負っ無かったのですよ。那時の僕と來たら馬鹿々々しいほど眞面目で、 しんけんこ て、常よりも一層雄渾な眺はあっても、小石交りに叩付くる砂埃で眞劍事で、唯もう一生懸命なんですね。所が、寄宿舍ちゃ那の始末 すつばぬ 目も開いては居られぬ。唯もすると足が浮いて、體までも吹飛ばさだし、有る事無い事新聞には水破拔かれるし、到頭鄕友會の監督の おほけんつく 關係を絶たなければ、會から補助して れさうになるので、是では話も實にならぬし、切めては風の當らぬ所へ呼付けられて大劍突 ! 所もと思って、二人は崖際の小屋を見付けて其れへ入った。破戸を居た是迄の貸費を取消すが何うだと言ふから、關係と云って、何も そんな 閉籠めて、外からは人の住んで居さうにも見えぬが、内には暖く爐那様穢い關係でも出來てる譯ぢや無し、行々自分の妻に爲るものと : と、まあ して、其れに力になって遣る分にや文句は無からう : ・ 引なんぞ切ってあって、狹い土間の床儿に駄菓子を竝べて、彌張來る ゐなかことばねら / 、 2 人の小休に出來て居たのである。田舍辭で粘々お世辭を言ふ婆さんさ、自分ちゃ眞面目に然う考へて居たんだから大笑でせう。無論那 ら : ゅうこん