ほしからむ事を欲するが故に、其弊極する處纎細卑俗に陷り、所謂紙鳶繪 ヘーゲル日く、 くびき を塗りたらむ様に爲し終ふするを常とす、友なる詩人なにがし余に語りて 韻語は詩の衡軛にあらねば、毫も此妙を毀損せずして却て裨補 白く我れ小説を編みし時、哲學者ならでは到底作り得まじき乾燥無味なる するに力あり。純一なる想に被らしむるに華美なる皮を以てし、 文字を聯ぬるに苦みたりきと。同じ苦心をなすにも其目的はいたく相違せ 其調和瑰麗を求むるに最も必要なるは音響にあれば、其能く呂律 るもの哉。 に協ひたるものゝ金聲玉振と爲りて或る感動を與ふるや勿論なり 要するに修辭は想を發揮するに利使を與ふるの法なれば其想を曲ぐるに 云々。 到ては殆ど意のある處を解せざるなり。近頃名高き文章家さる處にて文章 の祕訣を演述して日く、文章家となる祕訣は平易簡明の文字を陳ぬるにあ 韻律は素より重んずべく、是を壓史の上に證すれば上代未だ文學 りと。平易簡明なる文字を可と爲すは華麗怪奇を喜ぶより勝るれども猶ほ の目あらざりし時は、感情の激發に任せて歌ひ或は舞ひ、詩と音樂 文章の爲め意を曲ぐるの憾なきを得ず。陶淵明の如き人棘ち陶淵明的の詩は同一の作用に起りしを以て、共餘波は延て今日に及びしなれど、 を作るべし、若し力アライルの如き人に陶淵明的の詩を作れと命ずれば則 韻律の詩に於ける關係頗る大なるは明らけき事實にして、古代より ち如何。人は往々力アライルの文字の幽奧なるを訴ふれども、是れ力アラ 有名なる歌謠詞曲の今に傳唱せらるゝもの律語の力を借りしは頗る イルが想の幽奥なるより生ずる所以なれば、強て平穩和順の躰を得せしめ リ訂 . カル んと欲するも得ざるは當然にして、若し必ずしも簡明平易ならむ事を勤む多し。就中叙情の一躰に於て律語の大偉功を奏せしは既往の文學史 に徴して燎然たらむ。 れば其想を曲ぐるに到らむ。 夜航餘話に曰く、 フヱルプスは最も面白く韻律の必要を説て日く、 聞にゆく道から細し鹿の聲はあらはにして淺く俗なり、弄巧成レ拙と 聽者の詩を耳にして最も感動せらるゝは有力なる韻律の輪轉に いふべし、鹿の聲かすかに二日月夜かなは能く婉にして章を成したり、 して、人初めに聽く時は其感深からざるも、轉輪幾回繰返さるゝ 渾然として自然に趣深し、是また晩唐盛唐のわいだめなり。 時に於て其感動如何に深からむ。是れ散文に於て見るべからざる 又日く、 長處なり。例へば闇黑の中に在て人階段を下るに其行く處は昏然 家内みなまめで芽出たし年の暮といへるはむげに淺ましき野調なる として視るべからざるも、段を踏む其足音は規則的に自然の韻律 を、何事もなきをたからに年の暮と直しけるは詞めでたく調高し、宋の を爲して幾分の興味を添えむ。是に反して平坦の地を自由に逍遙 王仲至が日斜奏罷長橋賦を王荊公奏賦長楊罷と改られ、品格氣だかく立 あがれり、かるが故に篇成て語を錬かへし點化の工夫を盡すべきなり。 するの同調なるは云ふまでもなく凡ぞ地もない迷惑い曰はゞ平 レール 此二話能く修辭の奧に逹したる人の語にして尋常字句の雕琢を爲せしも 坤 0 いっ間かか一静ゅ如む鐵軌ゅ物か尖立つい歩かか のにあらず。古人が所謂一字の恩なるものも父無用なる事かは。唯纎巧綺 らむ云々。 麗を専念に勤めて文字の爲め強て詩想を撓むるも猶ほ外観の美しからむ事 天に日月星辰あり、地に山岳河海あり。是等皆自然の調和を爲し を欲するは修辭の目的を誤まるものと云はむ。 て默唖聲を發せざるも其間自ら節奏の美を爲すものなからむや。文 學又更に文躰の上より云へば、文章大別して二と爲す、一を韻文と 學一度綜合の妙を爲して鏗鏘の聲耳を聳かさば人の腦裡を刺激して 云ひ、一を散文と云ふ。 胸板に徹する事の深きは勿論ならむ。 然れども此韻律の生ずる所以は何ぞ。試に是を推究すれば淵原遠 韻文 5 く上代にあり。蓋し上世人の思想單純なるや、其口に出づる言語も 1
さま 事に崩壞せらるゝ態を表現するを以て異なれりと爲す云々 て迷々朦々たる米來に餘義なくも進行し、一種の隱密微妙なる運 此説はプ一フィドが與へしものとは大に異なれり。思ふに一段を進 命を有てる動物なる事を感すべし。此観察をもて作りしもの、之 トラゼディ を悲壯劇と云ふ。 めたるものならむ歟。 トラゼディコメディ たて プフィドの説に從へば悲壯劇と滑稽劇とは楯の兩面を見たるに過 之に反して人生の照明なる部分を見れば、人の生涯は斯くの如 トラゼディ く幽鬱なるものにあらざるを感ずべし。世界は光明遍照、滿枝のぎす。換言すれば暗黒なる一面を表せしものを悲壯劇と爲し、照明 コメディ いきゃう 花は異香を薫し鳥鵲は嬉々として囀り、凡そ天地に充てる有るほなる一面を表せしものを滑稽劇と爲すが如し。 又ロッチェの説に從へば、等しく企望の破壞を現示するものなれ どのものは皆樂しく面白く、悉く禪が我等に與へし天惠と信ずれ トラゼディ ば、是を受けて其恩に沐するは當然の義務なりと爲して、戲謔詼ども、唯人物及び企望の高下大小に依て或は悲壯劇と爲り或は滑稽 諧事に觸れ物に接する毎に抃舞して歡樂を盡さゞるはなく、之を・劇と爲る。プルータスは偉大なる人物にして其計畫は一時の情に發 はか たまもの せず深く心膽を錬て而して後に起せしものなるを以て、彼が敢果な 以て人間が専有の賜物と爲す。這般の觀察を爲して作りしもの、 トラゼディ へうきんをとこ コメディ き失敗は悲壯劇なるを得たれども、彌次郞北八は淺慮なる剽輕男に 之を滑稽劇と云ふ。 して其計謀は唯一瞬の中に生ずる猥瑣なるをもて彼等が罪なき失敗 此解説は極めて明晰にして較や二劇の特質を發揮したるが如し。 コメディ 蓋し二劇の初めて形を爲せしは希臘にして、其當時の解釋に依れは滑稽劇と爲る。然れども若し地を代へて見れば、焉んぞ知らむ、 ば、莊重且っ剴切にして完備せる働作を表現し、榮華より災殃、若プルータスが企望も彌次郞北八の計畫も千里隔絶せずして相隣勺す トラゼディ る者なる事を。畢竟人事は觀察者の眼に依て變ずるものなれば、同 くは災殃より榮華に到るの行路を含蓄せるもの之を悲壯劇と云ひ、 ラフター 又可笑を起すに足るべき卑陋奇謔なる働作を表現せるものをば滑稽一事態にして或は悲壯劇となり或は滑稽劇と爲るべし。冷淡なる目 トラゼティ トラジカル を張って客欟的に見れば、英雄豪傑仁人君子が心肝を錬り肺腑を吐 劇と名付けぬ。此故に悲壯劇と云ふも必ずしも悲壯なる團圓に終ら きし絶大事業も螻蟻が塔を積むと異ならず、雨來れば忽ち崩壞する ざるはエスキラスの「イユーメナイヅ」或はソフォクルスの「フヒ コメディ コメディ の光景如何に嗤笑すべき滑稽劇ならむ。又慈悲の眼を以て主欟的に ロクテ、ス」等を以て知るべし。滑稽劇に到っても亦た此の解釋が 見れば匹夫小人愚者痴漢屮ケものが目論見半可通の心事何れか涙 示すごとく唯だ笑謔を買ふのみにてありき。 トラジック 是れアリストートルが與へしものにして、當時に於ては二者の區の種ならざるべき、世事惣て悲壯の塊物ならむ。 トラ・セディ 又何者が果して偉人にして何物か是れ偉業なるを判するに、如何 別斯くの如く隔絶しつれども、若し正確に論ずれば何れか悲壯劇に なる標準を以てせんとするか。既に此標準にして漠然たらばロッチ して何れか滑槽劇なるを知るに艱まむ。ロッチェ日く、 トラゼディコメディ 工が區分法も中々に二者を差別するはむづかし。 其根本より考ふれば悲壯劇も滑稽劇も同い印を持てるものと 云はざるべからず。則ち天道を踏み世綱に循はんとするや、必ず 今日の「ドラマ」 壞滅を免かれざるは有限性の一般に有する心理の弱點なる事を共 トラゼディ 要するに此一一者は希臘の如く全く相反せし時に於て判然區分すべ に現示するものとす。唯悲壯劇に於ては偉大或は才幹ある人物が 時を費して企圖せし計畫を世界の大勢力に依て打破せらるゝ事をけれども、然らずんば二者共に結局同一に歸するを如何せむ。され へうきんもの 3 現示し、滑稽劇に於ては瑣屑なる小謀を抱ける剽輕者が通常の人ば今日に於て「ドラマ」と名くるは二者を混同せしものにして之を コメディ
主義に背戻するにありとす。我が肉を剖き血を吐くはおろか肢躰 近松の世話淨瑠理は大抵「戀愛」の上より生する人間の運命を表 モーラル、・フリンシ・フル ミリャッド、マインツ を粉碎するも道德主義に循ふものならば寧ろ進んで是を爲さむ。 現したるものにして、シェ 1 クスピーヤが「萬心」と似る・ヘく けらく 然らずんば金殿玉樓に棲むも美味佳に飽くも不義の快樂は豈に好もあらねど、兎にかく是れほどに人間を説明せしは日本に於て實に んで貪る處ならむや。「ドラマ」が「恐怖」 (Terror) と云ふは畢竟無雙なりとす。 たにはみやげ 此處に存ずるなれば肉躰に於ての破壞を恐るゝにあらずして道德の 難波土産に曰く、 精禪沮喪して中斷せん事を恐るゝなり。 近松云ひけるは惣じて淨瑠理は人形にか、るを第一とすれば外 0 0 0 0 はたら 0 0 0 0 0 0 いきもの 0 0 又「憐愍」 (Pity) と云へるも唯困乏窮苦して同憐の情を起す如き の草紙とちがひて文句みな働きを肝要とする活物なり、殊に歌舞 しゃうじん のき しゃうね 簡單なる事實にあらずして一層有理のものたらざるべからず。大猫 伎の生身の人の藝と芝居の軒をならべてなすわざなるに正根なき にんぎゃう の死するを見るも猶ほ憐恤の情を起すべし、市に食を乞へる老夫を 人偶にさま乙、の情をもたせて見物の感をとらんとする事なれば おにかた それがし 見るも又哀矜の念を生ずべし。然れども「ドカ「」 0 於ては窮ゅ 大形にては、妙作といふに到りがたし、某わかき時大内の草紙 みはべなかせちゑ たちはな 原因が道義 0 おい云ついかい窮ゅ沖馴いかか沁い加道 を見侍る中に節會の折ふし雪いとうつもりける衞士に仰せて橘 義の念を持たずかば、いかで同憐の情を喚起すかいらむや。 の雪はらはせられければ傍なる松の枝もたはゝなるが恨めしげに ビチ 「恐怖」と云ひ「憐愍」と云ふは、もとアリストートルの語にして はね返りてとかけり、是れ心なき草木を開眼したる筆勢なり共故 一一者共に必ず含蓄すべき要素とす。而して此深き情を起さしむべき は橘の雪を拂はせらるを松がうらやみておのれと枝をはね返し はね 「ドラマ」の人物は、縱令其考斷を誤るものにもせよ、正義に協へる てたはゝなる雪を刎おとして恨みたるけしきさながら活きて働く トラゼディ 志望の下に働かざるべからず。此故に悲壯劇に於ける特有の妙處は 心地ならずや、是を手本として、我淨瑠理の精溿を入るゝ事を悟 ハーモナイズ 打破的なりといへども、内裡に存する道義の法律は依然調和して れり云々 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 毫も毀傷せざるなり。語を換て云〈ば宇宙の一義 ( →。引・ 集林子が此言中々に面白し。「文句皆働きを肝要とする活物なり」 ( 「引。赱 e ofthe unive 「 (e) は常にを内裡に制し少しも調和をと心附きし彼が機警なる才資は是等餬絶なる佳作を生ぜしならむ。 知事かいいて外部 0 かい衰む馮零ゅ如いい畢竟一刹那毎に他「いラマ」が叙事詩或は叙情詩と異なれるは實に句々皆働ける「活 する「カレイドスコープ」に過ぎざるのみ。 物」なるが故なり。又日く、 うれひ 淨瑠理は憂が肝要なりとて、多くあはれなりなんどいふ文句を 近松門左衞門の淨瑠理 書き又は語るにも文彌ぶし様の如く泣くが如く語る事我が作のい ちかまつもんざゑもん それがしうれひ もつば 爰に「ドラマ」を説明せむが爲めに近松門左衞門の淨瑠理を解拆 き方にはなき事なり。某が憂はみな義理を專らとす云々 斑 このしも 一して之を示さむ。 此下に猶ほ「あはれ」を説き含蓄の妙に及びたるをもて見れば、 こくをん 文近松門左衞門の作は殆んど百種に上れども歴史に準據せし國姓爰に近松が説けるは或はたゞ修辭に既ならんか、「義理を專らと トラゼディ 爺、曾我會稽山等は未だ「ドラマ」の質を具へず。たゞ世話淨瑠理す」とは恰も悲壯劇が道義を守るが爲めに起れる衝突及び破壞を重 に到っては頗る進歩したるものにして、我が國に於ける「ドラマ」 んずるを云へるに同じ。 0 の好標本なり。 此最高なる「憂」 「義理」の爲めに闘へる人間胸裡の苦悶が ラショナル 0 ゃう おうら
3 ゅびさふるござ おとっ さいをん ると阿父さんまでが叱られたで、今夜はお賽錢上るばかり何も買はしながら、御覽よと隣に指すは古莚一枚大地に敷きて、袖も居も今 ひん あす ぬのと、何處にか恨みのあるやうにお濱が語れば、翌日見てよごれはこの世も破れ三味線、音色も貧ゅゑ狂ひてわづかに渡る橋のたも あて めくらをんな の知る乂縁日物を買ふではない、欲しくば何なりとも良いのを宛が と調子あぶなく、何やら彈いて居る四十あまりの盲女、張上ぐれ 当、う ふて遣ると母様の言ひなされど、さりとて買ふたとて爾は叱りもさば上ぐるほど猶顫ふ聲の今宵のみならねど、お筆は殊にあはれにお あなた ぼえ往過ぎしものを立戻りて、世にあれば何れは生れしあれも人の れませぬとお筆の言ふに、其筈貴女の家は問屋様とてお金もあり、 こじき わたしとここあきうど 儂が所は小商人の唯せわしないばかり、較べ物にはなりませぬと聞身の果、われより幼きが傍に臥したるは手引とおぼし、乞丐せうと て習ひし藝はあることならず、いちらしのほんの親子か、遣りまし 噛りを其儘、それでも店に箱がある、お金のない家があらうかと云 ことば ふくろもの いくらか はれて、些とはと子供が詞にいづれ埒はあらず、おもちゃの嚢物賣よと錢若干取出し、お止しとお濱の窃と囁きて袖曳くを肯かず爨婢 あたり しゞやく に渡さんとするに四邊に見えねば、これはこの度生捕りましたる鐘 る店の前に立ちて、あの紋も紫若のかとお濱の爨婢に問ふを、この たけろくしやくいたち ね 人が何知りませうとお筆は笑ひながら振返るうしろに、巳之助の通太皷の音からが僞りある看板にだまされて、何處にか長六尺の鼬の るをけて先は難有うとい ( ば、何だ斑の事か、あの畜生尻尾を 口上に足とめて居ること又、今の錢は巳之助に投させて見世物小屋 びつくり 踏まれて喫驚しやがったから吠えたなれど、ふだんはおとなしい大の前を、名を呼び呼び索したれど見つからず、この上お互ひに又は はあさん ぐれてはと猶眼は配りながら捨て乂通りに出で、送って遣らうと巳 何うもするのではないと巳之助は傍へ來て、濱様の帶が解けて居る さき ぜ、お爨婢め餘所の子でも同件のだ、氣を注けて遣れと皿が子は頭之助は男の足の前に立ちて、一二丁來しころ忘れたとお濱のあわた りゅうと の物言、たとへば勇ましの鯉のうみしは鯉の勢ひ、登れば龍吐の振だしく云ふを、何ぞと間へばお參りとの事に、忘れるほどのお參り 込む筒先、水は名に大江戸の微塵まじり無し、おとならしい事をとなら何うでもいゝ、溜めて置いて一度にドット拜みなせえ、喰へる まけをしみ おとな 爨婢が負惜言ふに、べらぼうめ男の十六はもう大人、おやぢの名代でもねえ地藏様何をお賴み申すのだと、巳之助は歩むにも手の所在 はんてん にことしの年始はおれが廻った、これを看ろと縫詰めし絆纒のい組なければ、絆纒の裾まくりて頭から被りつ脱ぎつ、それでもお賽錢 とあるを自慢顔なり。 を貰ふて來たものとお濱の當惑げなるに、上げたつもりで飴ん棒で ごしき も買ふ事と取合はず、ほんとうは家内安全、商賣緊昌を願ふのだと 「五色いろどる寶船 のりあひわせら 敎はったれど、儂に欲しい帯のあるを阿母さんが肯いて呉れぬゅ ( 四 ) よい乘合と被來れても」 ゑ、それでとお濱はまだ思案三分、とぼけた事を言ひなさんな、呉 みのすけつれ 一緒に行こと誘はる又ま、巳之助も同件になりて、子供同志が袖服屋でもなし仕立屋でもなし、何を地藏様が拵へて呉れるものか、 すりあ たしゃう たいはくあめ すぢか 摺合はす他生の縁日、睛れねばさゝぬ傘も一流太白飴の、斜ひに店おれも明日から文久一つ宛三日あげたら、丁度四十五文がとこの帯 にしがし っ 出したる角を西河岸へ沿いて曲れば、こ、にも立つや人波油煙は空が出來ゃうも知れぬと、明かすも正直けなすも正直、路も眞直に來 おとなよ に漲りて、月に二度が二度變はらぬ賑ひ、住むには地藏様も都の事しを幸ひに跡より爨婢は追着いて、十六の大人が能う囀るぞと、巳 はや なり、例ものが晝來なんだればとお筆の立寄りしは、治に居て亂を之助が脊をとんと叩きしときは既美濃屋の門、もう破れたとお筆は なぎなた、づき 、づき 忘れず名にのこる長刀酸漿、好くに女の子のあっかひ馴れて、撰取其處に酸漿はき棄て、あばよしばよ三人一一一方、別れておのが家々へ りし半ばをお前にもと分けて遣れば、お濱は見取りの直ぐから鳴ら歸りぬ。 なか さんよそ つ はん ( ん よりど そで ゃぶざみをん さん かぶ おっか さへづ さいせん
さかなや てめえ むすめ も肴屋のおたふくと遊んで居るぢゃねえか、手前のおふくろは長家 かなぼうひき 「おぼこ嫁の振袖に ( 五 ) 評判の鐵棒引、通る者は誰でも路次に立って居て鐃舌つけ、年が年 浮れてふわと乘物を」 つきな 中豆いりで日が暮れるわと、上には上の吐慣れし毒ロ、おかまひで ぶち くったく 大丈夫斑は居ねえと其翌日も翌々日も、屈托なければ子供同志のないとお濱の引留むる間に、何が耻しさの袂に顔を隱せしこと歟、 ひとことふたこと みこと よこといっこと いらっ 馴染むに早く、逢〈ば必ず一言一一言っひ三言、それから四言五言い駈けてお筆は先 ( 往過ぎしが、人來しゃいよと呼戻されてお濱の家 むこと ゑしやく っとはなしの心安げに、やがて六言の向ふからも懸けて、今日又 へ行けば、人は皆障子の奧なるに會釋はいらず、巳之さんもおいで 彼の駄菓子屋の前にめんことやら仕て居ながら、兩人を見て何處へ と店から直ぐの梯子を登れば、二階は兩人が遊び場なれど遊びもな とりかへがみ 行くのと云ふに、遲くなったの此れからお稽古にといへば、師匠のし、可愛い憎いを仕ましよとお濱は硯取出し、取替紙のこれははん とこ 所ならおれも行かう、お待ちと巳之助は立上りてお濱に貰ひし蜜柑ばなればと筋ひきて、お前からと先づ巳之助に取らすれば、可愛い の皮剥き剥き、跡から附いて行くに豌の伊三も折々來る事、もとよ いはお筆憎いはお濱、こんな事は面白くねえと巳之助は癖の、そろ り其子を文字兼の知らぬにあらねば、久しう遊びに來なんだの、見そろと足投げ出したり。 るたび脊附のおとなびて男があがった、もうめんこでもあるまいと ほころ はあさん 「雨に綻ぶけはひとは をなご ことば いふ傍から、たった今彼處でとからかひ面にお濱のいふを、又濱様 女子をのぼすかけ詞」 が默って居なせえ、彼處でおれが何うしたのだ、言って見なと巳之 かきな みりすけ ふうさん 助は師匠の傍なる三味線取上げ、おれも習はうかと掻鳴らす音のを おぼえておいでと横目に巳之助を睨みながら、今度は筆様よと又 ぢき かしきに兩人は笑ひ出せば、これでも稽古すれば濱様ぐらゐには直新らしくお濱の書いて出すを、お貸しなさいとお筆はみづから筆取 とび なるのだ、笑ひなさんなと鳶の子のロの中々まけず、今から稽古所 り上げ、端から一々印附けしを明けて見れば、可愛いゝはお師匠さ ばり きやりひとふしきか きんつば 這入は末が案じらる、、それよりも木一節聽しなと師匠に云はれんと其處の仲通に名高き金鍔と、今一つは冥加なれや男巳之助、憎 あとじさ きたな て、未ほんとに知らねえものと此れには困りて逡巡るを、何だのこ いは又しても大とお濱、わたしはよく / 、意地が穢いと見えて、こ こちら こでハ = カミは要らぬ話、ほんとに知って居ゃうとは此方でも思はれにまで金鍔が可愛い、とさ、可笑しい事とお筆の笑ふて看返す ひッたく ず、父さんの眞似して見なと再三強ひらるゝに、強ひらるれば獨ほを、碌でもないとお濱は矢庭に引奪り、破ってまるめて噛んで壁に 出ぬ筈を子供の事とて、ふとしく立つる宮柱太からぬほどによいさ投附け、何うせ儂は憎う御座ります、たんと兩人でおいぢめと仲好 おんどはし こらさと、喜六彌六に定まりし音頭の端、いたづらゝしう唄ふを師 し同志遠慮薄く、すねるは一寸の事にも女の兒の遊の習ひ、手荒く をど 匠は片頬に笑ひながら聞きて、今によい聲にならうとそやすに、ひ突放したる硯箱の墨の圖らず跳りて、立掛けありし稽古三味線の糸 やかすから不可ぬと流む顔は子供なり、歸途も巳之助を中に挾に觸はれば、撥ならざれど八當りお濱が容子もおのづからつんと鳴 みつ すて はあさん 三みて三人連立って來しに、文字燒の屋臺を圍み居たる小さいのが認る音、き捨かねて巳之助は起直り、濱様でもねえ無理難題、もと けて、煎っても煎っても煎り切れぬと、男と女は豆いりの口から先がお互ひの遊びにした事根も葉もなし、いぢめるのいちめぬのと詞 つるきうり 〈はじけし灣泊、頬邊につきし蜜擦りながら喚き立つるに、何言やの花に實を持って、ひねくれて出る蔓の胡瓜、苦いが必ず藥とは限 てめえたち がると巳之助はこらへず振返りて、爾言ふ手前逹も豆いりだ、何日 られず、斯うして居るに誰彼れは憎い可愛いと、人にもよれ隔ては かた ふたり いだ あすこ みつこす ふたり ろく はか ふたり すゞり ふたり しやべり みり みかへ
へ曲りても尚響く下駄の音、荒らかに馳歸れるに座は白け、意地っ長びき、かき玉と名ばかりは上品なれど、薄下地の中に泳いで居る ぽい兒と跡に文字兼の呟くはお浦の手前、こちらの孃様に限りますやうな吸物拵へるにも、跡仕舞をかけてつひ一日は費えます、近間 の謎とも知らず、解けかゝりし前垂の紐締直しながら、ほんによとに居てぞんじながらの御無沙汰、お世話になるより外知らぬゃうで 爨は合槌をうツかり者、今迄組居たるお濱と、つれなく見えし別は御座りますれど、其處にあるいろは短歌貧乏暇無し、どちら様 ( さへづ うぐひすもち あたま もあがらぬ頭と、起ってうしろの佛壇より取下す鶯餅、老て猶囀 れより、それ出た馬鹿つきはおまへの手元と、敎はりてもまごっく につけ あるじかた るに題目擇まず、こ乂の主が凝まりの一代法華、龍のロより勝のロ に笑ひ聲の又きこえて、もう一遍のお役の遣取りに共夜は果てし が、捨ても置けずと母のいふに翌日、遺し往ける菓子の獪幾つかは出逢ひし者の御難と知るべし、あなたには珍しうもないもの、あり うら はあ まだ さへすれば濱がロへ、未仕舞はぬを珍しいと思ふて、お厭ならずば 足したるをお筆は紙に包みて、家にたづね行きしにお濱は居らず、 びめりり 荒物屋とて小賣すれば一文が姫糊にも、難有うの世辭ならべながらひとっ召上れ、昨晩もお邪魔致しましてとお勝の言かけしに、切れ はあさんゅうべ 小錢の剩餘調べ居たるは、お筆が母よりは三つほど年下、嚀には氣目待ちしお筆は内氣の育ち、濱様の昨夜氣に入らず怒って歸られた いっ ふうさんはあ 性も名の通りのお勝、振向きてオヤ筆様、濱は今買物に其處まで參れば、行て來いと今朝母様の言附け、何うなされしと初めて言ば、 やり はんてん りましたれど、手間のいらぬ事もう直歸りましよ、お上りなされま煙草吸ひの俯くにおのづからかぶさる半天、襟にお勝は手をて直 ゅうべようす また かんしやく か、しゅ せと言ふにさらばと、何處のか共糊買の嬶衆と入れちがひに敷居跨しながら、又してもあれが肝癪、道理こそをかしい昨夜の容子、怒 はづ げば、まあ此處まで、おあたりなされと火鉢にかけし鐵瓶外し、しって歸ったと家では知ませねば、面白かったらうと云ふに返辭せず、 はあ かも一寸手をあて乂見て、毎度濱が上りましてと子供とも思はぬ待何ぞ語ったかと聞けば知ませぬとのみ、其儘寐てしまひましたに伺 へば何うもならぬ子、這ひ / 、が漸との頃から御機嫌を取る砂糖豆、 遇、いかさまお濱の嘗て言ひし如く、美濃屋樣には御恩のあるらし 甘過ぎる親父が掌に載せるやうにして仕附けましたれば、かひぐり わたしひとこと うた かひぐりトット言ふ事をきゝませず、傍から儂が一言いへば此頃で 「常聞く唄も今の身に は直ぐロ返答、あのゝもの乂とすねし揚句はお定まりのおどし泣、 思ひ當りし親の慈悲」 涙でなければならぬ事に思ふて居ます、修業とはいへ兄は年季奉公、 いもと しやく うけをさ 頂きますばかりと會釋ながら手に受收めし菓子包を傍なる茶棚の妹は家で遊藝でもないと人様の思召しませうが、おぼえた事に損は とうさまかあさま 上にお勝は置きて、あなたの父様母様、夜分にもと仰有って下さい無いと親父が肩入れまして、あゝして置くを何ぞの恩のやうに、お こあきな ましたなれど、春も暮もほんの心持うるさいは小商ひとて、床延べ稽古お稽古にかこつけて飛歩き、明けたればこれもう十四あなたと て這入ったばかりの表戸割るゝほど敲かれ、夜深けさふけ寒いとは違ふ生活と知らず、手助け一つする氣もなく冊うして下さるに附 かるた みやうりつけぎ 思ひながら商賣冥理、附木一把に起きもせねばなりませず、斯んな入って、折角呼んで下された歌留多は自分も好の事、外なら知らず あなた 所へも何の年取るがめでたいやら、年頭の御祝儀と皺だらけの海苔貴家へ出て、子供らしうもない氣に入るの入らぬのと、怒って濟む 包一帖でも持って來らるれば、平生疎遠なのほど詫のひとつも餘計事では御座りませぬ、親の眼にもあまる片意地、今に歸りましたら といふ時恰も歸るお濱、只今と裡に入るを見るより、様の尨に に言ふて、屠蘇代りと出した酒は良人のが御ぞんじのなるロゅゑ、 まっ はなし 誰の顔見ても儲からぬ儲からぬで、きまった談話も相手に依ってはから待て居て下された、聞けば昨夜おまへは腹立てゝ、留めらるゝ つり とそ まへだれ はを くらし だい、くえら うつぶ しり やっ はた つひ
いひね が目につきて、あぐねし折柄言直のまゝ買取り、家に持歸りて後よ〇小女の覺束なくも手紙書きて、郵便切手二枚貼るを、一枚で可さ さき あらた そば おっか きっと くノ \ 檢むれば、曩に其人の賣りしを洗濯したるなりしに、これはさうなと傍より注意すればこれは、慈母さんへ大事の用向、屹度屆 と頭を抱へしは縁ありて可笑し。 くやうにと思ひまして。 あはや 〇撃劒に凝れる人のいつも妻子を呼ぶに、咄嗟天井も崩れんばかり 〇昔をたゞさば、金羅は弟子分とも言ひかねぬなるべし。夜毎仲見 あき うら あんどう なるを、何たる事と且呆れ且訝れば、これで掛聲の稽古をする。 世に出づるおでんやの中にて、最もみすぼらしきが手製の行燈に、 かいびやく 〇開以來と笑ふもあり、驚くもあり、苦り切るもありしは、御佛筆も句も自らいしたりとおぼしく、冬の夜や鯛よりも味のあるお 前へとて贈り越したる一包の、何とも以て例に無き形したるを、人でん。 のたまく 人怪みながら打披けば、中にはコンデンスミルク。 〇おでんにも改良があると醉漢の立はだかりて、小皿の煮附は何だ げいしゃ よさむかな 〇戀の重荷を肩にかけと、わがものゝ歌々ひ出したる藝妓に向ひ、 ときけば、鱆の足鱆の頭のと調子をかきしに、フン夜寒哉かと呂律 はうた 其んなものは止せ / \ 、端唄にしろ。 も定かならぬを、ヘゝえ秀逸で御坐りますな。 ゆかりをんな どぜうじる 〇いづれ由縁の妓捉〈て、其席のあるじの戲るゝのみなるに、招か〇君は今駒形あたりの句をもじりて、鰌汁といひし手際は誰知らぬ れし客の身の面白からんやうなく、今晩は存じの外の御馳走樣と、 者なし。昨今は更にもじりて、鐵道馬車。 きすがをんな 歸り際の玄關に故ら當附けて言へば、流石に妓は逃込みしも、田紳 ( 明治三十一年一月ーーー十一一月 ) 上りのそれとは知らず、いやもう粗末な事で。 〇料理の註文を承はれる帳場の男の、電話の前に丁寧に頭を下ぐる を、女中逹の見て一時にどっと笑ひ出せば、何がをかしい、お屋敷 からぢゃないか。 やす 〇恐入りますがと物馴れぬらしき女の賴信紙を差出すに、お易い事 ひとあしさき おひかけきた と書與へて一歩先に電信局を出づれば、もしノと跡より逐驅來 り、樣の字が脱落て居ります。 すしし、 あやま 〇茄子と梨、鮓と猪の看板すら謬れるに、東北の人にありてはこれ も無理ならぬこと歟、用は今濟みしとの電報に、イマシンダ。 〇東京より行きし役者の政岡を望まれて、千松は土地の子供をたの みしに、こつの裏のっの木はまだよし、やがて調子外れの聲張上 げて、しゞめが三疋留うまった。 へ いまし か〇川岸に育ちし兒の陷ちたら死ぬぞと戒められしを、死ぬとは其處 とっ に陷ちる事とのみ覺えたり。お父さんはと知らぬ人に問はれて、 9 へ陷ちたといふに、馬鹿をお言ひでないといへば、だって死んぢや 9 ったのだもの。 ことさ いぶか たはぶ でんしん きんら ろれつ
たむけ れも小春と二人連れ、一ッ刃の三ッ瀬川手向の水に受けたやな。 6 和何か歎かん此世でこそは添はずとも、未來は云ふに及ばず、今度 の / 、つ乂と今度の其先の世までも夫婦ぞや。一ッ蓮のたのみに いちげ げがき は、一夏に一部夏書せし、大慈大悲の普門品。妙法蓮華京橋を、 うてな 越ゆれば到る彼の岸の、玉の臺に乘りかへて、佛の姿に身をなり 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 橋。衆生濟度がまゝならば、流の人の此後は、絶えて心中せぬや 0 0 0 0 0 よまびごと 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 うに、守りたいぞと及びなき、願も世上の世迷一一只思ひやられて みづけぶり 0 0 0 0 哀れなり。野田の入江の水煙、山の端白くほのみ \ と、あれ寺々 の鐘の聲。こう ~ 、斯ふしていつまでか、とても永らへはてぬ身 こなた を、最期いそがん此方へと、手に百八の珠の絡を、泪の玉にくり そとも まぜて、南無阿彌嶋の大長寺、藪の外面のいさゝ川、流れ漲る樋 さいごどころ の上を最期處と着きにける。なふいつまでうか / 、歩みても、爰 しにば ぞ人の死場とて定まりし處もなし、いざ爰を往生場と、手を取り しにば 土に坐しければ。さればこそ死場はいづくも同じ事と云ひなが ら、私が道々思ふにも二人が死顏ならべて小春と紙屋治兵衞と心 中いか汰あらばおさか様第み 0 て、殺いて呉れるか殺すまい、 拠携いかい恥替い其い反古にし、大事の男を唆かしての心中 0 0 ひと 0 0 0 0 、さすが、、、、、つとめ、 は流石一座流れの勤の者、義理知らず僞り者と、世の人千人萬人 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 びとり 0 0 0 0 0 よりおさん様一人のさげしみ、恨みねたみも嘸と思ひやり、未來 0 0 0 0 0 0 0 0 の迷は是れひとつ、私をこ又で殺して、こなさん何處ぞ所をか へ、ツィ脇でとうちもたれ。口説けば共にくどき泣。ア、愚痴な 事ばかり、おさんは舅にとりかやされ、暇をやれば他人と他人、 離別の女に何の義理、道すがら云ふ通り今度の / \ ずんと今度の 先の世迄も、夫婦と契る此二人、枕をならべ死ぬるに誰か譏り誰 わざ からた か嫉む。サア共離別は誰が所爲私よりこなさん猶ほ愚痴な、身躰 ところ たとひからたとびからす があの世へつれだっか、所々の死にをして、縱令此身躰は鳶鳥につ たましひっきまと つかれても、二人の魂附はり、地獄へも極樂へも連立て下さ んせと、又伏沈み泣きければ。オ、夫よ / 、此は地水火風死 がってん ぬれば空に歸る、五生七生朽せぬ夫婦の、魂離れぬしるし合點と、 めをと はちす もとゆひギ・は 脇差ずばと扱きはなし、元結際より我が黒髮ふつゝと切て、是れ 見や小春、此髮の和いかい縟い海第御いいかいかが良沁、第い か扣い出か小、「ゅかっ塾第恥物か師、いさか と云ふ女房なけ扣ば、おぬいが立てか義理いかいい、泪ながら投 出す。ア、嬉ふござんすと、小春も脇差取上げ洗ひっ漉いっ撫で むご つけし、酷や惜し氣もなげ嶋田、ばらりと切て投捨つる。枯野の・ す、きょは しもと・も 芒夜半の霜倶に亂る又哀れさよ。浮世をのがれし尼法師、夫婦の 義理とは俗の昔。とてもの事にさつばりと死場もかへん山と川 そなたさいごば ながれくびく、 此樋の上を山となぞらへ、和女が最期場、我れは又此流にて首縊 0 0 0 0 0 0 る、最期は同じ時ながら、捨身の品も所もかへて、おさんに立て 0 0 0 0 0 かへおび わかむらさき ぬく心の道、其抱帶こなたへと、若紫の色も香も、無常の風に ひまないたぎ ちり緬の、此世あの世の二重廻り樋の爼木にしつかとく乂り、 わなむすび かりばきゞす 先を結んで、狩場の雉子の妻ゅゑ我れも首締めく乂る罠結、我れ しにごしらへ と我身の死拵。見るに目もくれ心くれ、こなさん夫で死なしゃ そば んすか所を隔て死ぬれば側に有も少しの間爰へ / 、と手を取合 ひ、刃で死ぬるは一ト思ひ、嘸苦痛なされうと、思へばいとしい のどっ いとしいと、止め兼たる忍び泣。首くゝるも咽喉突くも、死ぬる におろかのある者か、よしない事に氣をふれ、最期の念を亂さず とも、西へ / \ と行く月を、如來と拜み目を放さず、只西方を忘 りやるな、心殘りの事あらば云ふて死にや。何もない / 、、こな こたち さん定めてお二人の子達の事が氣にか又ろ、ア、ひ第かな事云 して又泣かしやる父親が今死ぬる共、何心なくすやど、と、可愛 や物顏見か様な、忘れぬは是ればっかりと、岸波と伏して泣きし むら・、らすねぐら づむ。聲も爭ふ群栖はなれて鳴く聲は、今の哀を間ふやとて、 いとゞ涙を添へにける。なふあれを聞きや、二人を冥土へ迎ひの ・こわう 烏、牛王の裏へ誓紙一枚書く度に、熊野の烏がお山にて三羽づ乂 むかし そなたあらたま 死ぬると昔より言傅へしが、我れと和女が新玉の、年の初めに起 しゃうかきぞめ はじめがしら 請の書初、月の初月頭書きし誓紙の數々、其度毎に三羽づ乂殺せ いくばく し烏は許多ぞや。常には可愛 / 、と聞く、今宵の耳へは其殺生の とゞ しにば かれの
250 過程は猶ほ海波の搖蕩して進むが如し。數十年若しくは數百年にし て其の形勢を一變して、所謂る「時期」なるものを成すこと、猶ほ 彼の海水の一波又一波、進行の節に應じて其の高低を更むるが如 し。故に歴史は其の「時期」に於て小紀元を劃す。當代の事實は是 の一契點に至りて初めて其の説明を求め得べしとなす。是を以て史 家は其の筆を執るに先ち、其の將に説明せむとする所の事實の後に ありて、是の如き契點の明に指摘し得べきものあることを確認せざ るべからず。然らざれば、彼は單に之を記述し得るも、決して之を 説明することを得べからざらむ。然らば則ち吾等は、如何にして是 第一序論 の契點、印ち所謂る「時期」なるものを知り得べきか。 若し歴史にして、果してジョンソンが所謂る反動の理によりて進 0 0 0 0 題して明治の小説と云ふと雖も、明治の小説歴史を述ぶるは吾等行するものならむには、所謂る時期は其の兩極端なりと見るべから の志に非ず。そは今日尚ほ末だ其の時に逹せざるを想へばなり。 む。然れども歴史的擺動には素と一定の限界なし。海波の峯頭が、 蓋し世の歴史の過程ほど知り難きはあらじ。表面より是を觀れ一波徑の長短を以て預め測知し得べきが如きものに非ず。彼の文藝 ば、往來消長の跡簡明にして自から秩序あり、強ち錙朱の分解を要復興と云ひ、宗敎革命と云ふが如き當代精の大運動、はた大昻揚 つぶ せざるが如きものと雖も、もし其の裡面に人りて備さに其の由來をにありては、何人も直に其の歴史的意義の重大なるを認むることを 尋ぬるものは、誰か筆を抛ちて望洋の嘆なからむや。げに社會は一 誤らざるべしと雖も、共の時代の眞相をして較著ならしむべき事情 大活物なり。個人下にありて之が基礎を成し、國家上に在りて之をの、未だ全く經過し了らざる時に當りては、何人の烱眼か能く其の 統率し、上下を通じて幾十層、各よ共の品を異にし其の性を別つ。 歴史的「時期」なると然らざるとを看破し得べき。過ぎ去りたる幾 若し夫れ其の共同の生存を經營し、一致の幸輻を維持する所以の因世に比して殊に注意するの價値なきが如き時代も、將に來らむとす 縁に至りては、遠くは民族の殊性、國土の情从に關し、邇くは隨時る幾世を待って、初めて非常の關係を人文の全過程に有するに至る 偶然の事體に係るもの、素より名擧すべからず。共の間内外諸般の ものなしとせず。而して是の如き「幾世」の果して經過し了りたる 勢力相交錯し、同異相離合し、差等相渾融し、前後に吁するもや否やは、絶世の豫言者的史眼を有するものに非ざるよりは誰か之 の、上下に引接するもの、左支右吾、一昻一低、鉉に燦然たる歴史を能くせむや。 の織文を經緯するに至る。既に成れるものを取りて是を觀れば、黄 吾等は文明史を愛す。殊に形式に於て、獨逸の所謂る理想派史家 紫の着落、井然として一絲亂れず。然れども其の成る所以の理に到 の論述に於て取る所甚だ多し。そは史的事實の説明は完全なる演繹 りては、梭を投ずるものと雖も未だ甚だ知り易しとせず。況や傍觀法によりて初めて爲さるべきものなるを信ずればなり。然れども這 者に於てをや。 般の事實に於て確實なる根據を有するなからむか、理想派史家と雖 歴史の言ひ難き理未だに盡きず。是を過去に徴するに、人文のも、如何にして安じて其の大前提に依傍することを得べきぞ。吾等 明治の小説 せいぜん ちか 0 0 0 さきだ あらた
ぎづけえ しがお世話アする氣遣はねヱぢやアがアせんか。なにしろ學問は出た。 ぬッ ま おひる 來る、耶蘇には凝ッてる、他の亭主を竊む様な眞似ヱする事ア決し 「先ア午餐を : : : 」 うけあ くれ しやく て無ヱ。あッしは保證ふ、大丈夫でがす。」 ながきせる きまりわ うつむ 「歳暮でがす。爾うしちやアゐられねヱ、」と輕く會釋してお吉が お吉は長煙管を膝に突いて忸怩るさうに俯向いてゐた。 あたし 頻りに留めるを手首を掉って、「今度の時までお預けぢや : ・ : ・ぢや 「妾だって其様なに根強く思ってやしません。是までだッて今日のア宜うごすか奧方、自由にならね = のが浮世でがすからナ、少との 様な事ア一度も無かッた》ですが、何故だか此頃は急に悲アしくな事は勘辨して氣を寬きく持「て心配しね様にナ、」と革鞄を提げ ッたり急に腹が立ッたりして自分でも變だと思ふ位で、久し振で靜て廊下〈來て忽ち憶出した樣に、「時に奧方、滅法すばらしい絹更 江さんの顔を見たらツィむか / として來て眞實に今考〈ると貴方紗を掘出しやした。一つ粹なものを縫って獻じようかナ。」 にも面目ない : ・・ : 」 「爾う、是非頂戴したいもんです。」 こつら らよっしろうとねみ 「あッしは關ふ事ア無ヱ : : : 」 渹んたう 「絹更紗ッて奴ア、此方の旦那の樣に一寸と素人に直踏の出來ねヱ 「否 = 、眞實に濟みません、御心配を掛けて。幺麼して妾は此様な代物でがす、」と云って調子高に笑った。お吉も一緖になツて珍ら に氣が小さくて煩悶するかと思ってー・ー・自分ちゃ其樣なに妬く積しく華美やかに笑った。 あとっ りもないンですが、純之助や靜江さんの顔を見ると何だか急に心細 ムさぎこ 銀と濱はお吉の踵に從いて玄關まで送出した。久助爺さんは尚だ くなるもんだから : : = 」とお吉は顎を襟に埋めて鬱込んだが、軈て寒さうに箒を握って玄關前に突立ってゐた。 顔を上げて唐突に、「大磯へ行ったでせうか ? 」 「久助どん、寒いのに能く精が出るナ。あッしなんかはカ一フ最う意 「そこでがす、」と善兵衞も腕こまぬいて考〈た。「行かねヱとも限氣地が無ヱゃ。」 おじぎ ちゃうど らねヱ。」 あたし 久助は莞爾々々して滅茶苦茶に折腰した。恰度正午の號砲が風の 「それが妾ア心配でネ。若し行ったとすると怒ってるから急に歸っ加減で平日より強く松が枝を搖って耳の根に響いた。 て來まいと思って : : : 」 けえ しんべえ 其五 「歸らなくても心配な事ア無ヱ。大磯〈行ったツて靜江さんと私通 さむさ ひるごろ もしめヱから。」 朝は薄日で寒氣が身に浸みたのが正午頃から段々剥げて來て微と 「爾うぢゃないの = = = 歸らなくても可いけれど、ロをした擧句だの風さ〈吹かぬ上日和となツた。遉がに人の出盛る上野公園も押迫 ふりまはたにこ から何だか氣に懸ってネ。 : : : 寧そ迎ひに行かうかしら。」 ってからは寂寞として、のんきにステッキを揮回し紙卷莨の煙を顔 。「あツは、、、、」と善兵衞は呵 ~ と笑出した。「旦那が戀しくな中に靡かして漫歩く氣樂さうな太平の民は一人も見掛けないで、言 の りやア先づ家内安全で目出て = ゃ。實アあッしも昨夜の今日が心配譯ばかりに陳〈た茶屋の腰掛も、悄然と寒さうな美術會の高札も、 おはだぬぎぬれぼとけ 5 で一寸くら通行掛けに覗いて見たンだが、貴婦も爾う融けて下さり 手持無沙汰にかかかとした。 ( ノラ「も、大肌脱の濡佛も朽掛った黒 うすさび やア、雨降って地固まるで、あッしも重荷を卸した様な : ・ : ・」と云 なが 門や木葉を震ひ落した薄淋しい森と共に冬枯の哀れさを增し、忙が こいしい 掛けて銀側の袂時計を出して瞻め、「こいつア失策った、十一一時だ こかばん しさうにチョコマカ走る下駄に蹴飛ばされる小礫が凍てた土に響い ワい、」俄に忙がしさうに煙草入を小革鞄に突込んで歸り支度をして水を浴びせる樣な寒氣が折《領筋に慄ッと浸徹った。で、仄ほら かい ひと さ