目次 社區幻 小杉天外の思い出 : ・ : : : 三澤嶽郎 ・ : 八田元夫 火の柱の思い出 : 淺井洌と木下尚江 : : : : 山田貞光報談 都 上司小劍先生のこと : : ・安部宙之介 京 ・幅田淸人 小劍。天外斷想 月講東音 題字・谷崎潤一郞 食、夜は、ひとり書齋にこもって、心の向くままに讀書か書き物を しているようであった。いっさいの食事はかう夫人ご自慢の手料理 で、とくにオムレツ・ビフテキ・さしみは們父の好物であった。彼 は、夕食につけられる一合の酒を樂しみに、朝から食事や運動の量 三澤嶽郎 に細心の注意を拂っていた。散歩のコースは、・ハスのほこりを避け 小杉天外は母方の旧父である。大正生まれの私が彼を身近の人とて、たいてい八幡宮の境内であった。件はふだんは母であった して意識するようになったのは、天外宅が芝白金にあった頃からが、私が遊びにゆくと何時もより遠くまで杖をひいた。 である。經質で何となくこわい人というイメ 1 ジが、子供心に植晩年の天外を襲った最大の悲慘事は、昭和二十三年に一人娘の文 えつけられていた。中學生の頃、成績簿に保證人の印をもらうため子に先立たれたことである。なきがらの枕元で、彼は「親孝行な子 學期の終りごとに訪ねると、書齋に通されて、「君はね : : : 」とかだった」と言いながら聲をあげて泣いた。その傷心の様子は、まこ みしめるような口調のお説敎を、鼻眼鏡の伯父からきかされるのがとに痛々しかった。當時私に書いてくれた一枚の色紙には、「香烟 常であった。また、菓子を食べるこちらの一擧一動を、「ふんふん」は長袴曳き蝶を追い保名舞い舞い軒からえる」とある。華かであ となにか感心しながら、じっと眺めていられるのには閉ロしたものった頃の愛娘の舞姿を、香煙のなかに追い求めていたのであろう。 である。 しかし、天外は、悲しみのなかにも、自我をつよく主張する持ち 天外は、昭和十年頃から鎌倉雪の下に住み、靜かに老後を樂しむ前の氣質を失わなかった。娘の遺骨が火葬場から戻った時、彼は祭 ようになった。彼は、年をとるにしたがい圓味ができて、近付き易壇の配置をあれこれと指圖していたが、突然「どうも眼障りでいか い人となった。身寄りに若い世代が少ないこともあって、晩年にはん」と言って、十字架をどけさせようとした。文子は、若い頃か ら、熱心なカトリックの信者であった。天外も日頃それを十分に承 私たち夫婦の言うことにもよく耳を傾けた。 鎌倉に安住するようになってからの伯父の生活は、毎日規則正し知し、また奪重していた。が、毎朝佛前に淨土を祈願することを缺 あれい い日課の繰返しであった。寢室での冷水摩擦、亞鈴體操、佛間におかさなかった彼には、祭壇の中央に据えられた十字架がどうしても ける靜座、朝の散歩、朝食、讀書、晝食、午後の散歩、そしてタ納得できなかったに相違ない。鎌倉のカトリック敎會で葬儀が滯り ホ袋學公專 小杉天外の思い出
かたま たちの されてや / 、と立騰ってるが、其の立騰った香氣の凝ったのか、 晴渡った空を煙の様な淡い雲が途切々々に飛んで行く、と、其の雲 ひばり の上では、雲雀のお饒舌が引切無しに聞えてゐる。地の上は地の上 うちから で、何處でも家を空にして働きに出たか、田にも畑にも一面に人影 ひかげ が散ばッて、日光を反射する農具の鐡がびか / \ と動き、温んだ水 の中では齷唄って居る。村の地勢は北に進むに連れて次第高にな ッて、上の方は悉く畑で、折しも鎌を入れるに實った麥は、暖か な風に黄色い浪を打ってるが、其の浪の消える際涯に : : : 丘を登詰 めた所に、大きな寺の山門が見える。 うつのみやきんつな しゅぎゃうゐん 眞言宗で修行院と云ふ寺だ。宇都宮公綱の墓が在るので、縣内に あとしもをとこそさう 名の聞えたものだが、久しい前に下男の過失からいいの大伽藍を さみ まるやけ 自然は自然である、善でも無い、悪でも無い、美でも無い、醜でも無全燒にした後は、廣き境内に假御堂淋しく、本堂再建の札も雨風に い、たゞ或時代の、或國の、或人が自然の一角を提〈て、勝手に善惡美醜墨色失ぜて、松、樅などの大木、晝も小闇きまでに繁茂った下に、 むかし の名を付けるのだ。 鐘樓と山門ばかりは昔時のまゝに遺ってあるのだ。 いづれ わしら 小説また想界の自然である、善惡美醜の孰に對しても、敍す可し、或は きはん 「私等がロで此様ねえな事云ってはア、今の旦那様にも奥様にも濟 ちすぢ でえ / 、さ 敍す可からずと覊絆せらるゝ理屈は無い、たゞ讀者をして、讀者の官能が まねえけんど、何んでもこれ、代々然うした血統だんべえ云ふ話だ 自然界の現象に感觸するが如く、作中の現象を明瞭に空想し得せしむれば やッけい らすち それで澤山なのだ。 「ちゃ、・淫亂な血統ってんだね、や、其奴ア厄介な血統だ。」 讀者の感動すると否とは詩人の關する所で無い、詩人は、雎その空想し めえさま あり 「其が證據にはお前様、今日の佛様だの、先の奥様だの許で無えだ たる物を在のま人に寫す可きのみである、畫家、肯像を描くに方り、君の かんな からね。」 鼻高きに過ぐと云って顔に鉋を掛けたら何が出來ようぞ。 いちがう 詩人また其の空想を描寫するに臨んでは、共の間に一毫の私をも加へて 「へい、其の、男狂ひ爲た奴がね、へい ? 」 をへ はならぬのだ。 「あゝ、男狂も男狂ひ、始末に能ねえ婆様が在ったゞよ。」 辛丑極月 「婆様って云ふと ? 」 まねッ わしら おふくろ ・ : 。私等、未だ根から小兒の時分だで、 「先の奧様の阿母だがね : しれ 能くは覺えて無えけんど、何でも色の白え、でツぶか肥った、え ら、立派な婆様だッけえよ : : : 。」 は四五日降續いた卯の花朽も曉方から收って、この村を肥す夏は今「ちゃ、其の婆様も、矢張り男狂ひを遣らかして、身でも投げて死 んだ奴だね ? 成程、此奴ア血統かも知れねえ〕」 日の南風に乘って來たかと思はるゝ卒の暑さである。 7 土からは土の香無、草木からは草木の香氣が、此の暑い日光に蒸「なアにさ、婆様は其様ねえ事でおッ死んだで無えだがね、如何だ はやり歌 みなみ にはか あた ひかけ 0 せん こん しやべり し やッば あん こん ばアさま ぬる
戴致しませう」 様でーー御不禮無い様に御挨拶を」 「こりや奇麗な花嫁が出來ましたわイ」と利八は大笑す、 偖はと梅子の胸轟くを、松島は先づ口を開きつ「我輩が松島と云 ぶこつもの 「あら、旦那、何ですねェ」と、お熊は手を揚げて、叩くまねしつ ふ無骨漢ですーー御芳名は兼ねて承知致し居ります」 「是れでも鶯隝かせた春もあったんですよ」グッと飮み干してハッ 去れど梅子は只だ重ねて默禮せるのみ、 あなたさま 如才なき大洞は下婢が運べる盃取って松島に差しつ「ちゃ、貴所ハと笑ふ、 何れも相和して笑ひどよめく、 からお始め下さい」 梅子の眉ビクリ動きつ、帶の間より時計出して、ソと見やるを、 「梅子、お酌を」と、お加女は促がしつ、 お熊は早くも見とめて「梅ちゃん、タマに來て下だすったんだか ゆっくり 一一十一の三 ら、何卒寬裕して下ださいナ、其れに御遠方なんだから、此の寒い つもり みゆるぎ 夜中にお歸りなさるわけにはなりませんよ、最早、其の心算にして 「御酌を」と促がされたる梅子は、俯きたるま、微動だにぜず、 置いたのですから、一泊りなすってネーーーね工、お加女さん、可い 再び促がされても、依然たり、 「何したんだね工、此の女は」と、お加女の耐へず聲荒らゝぐるでせう」 「ハア、遲くなったら泊りますからッて、申しては來ましたがネ」 を、お熊はオホ、と德利取り上げ、 「なにネ、若い方は兎角耻づかしいもんですよ、まア其の間が人も 「ちゃ、大丈夫ですよ」と、早くもお熊は酒が言はする上機嫌「暫 おばあ く振りで梅ちゃんの琴を聽かせて頂きませうーーー松島さん、梅ちゃ 花ですからねエーーー松島さん、たまには、老婆さんのお酌もお珍ら んは西洋のもお上手で在っしゃいますがネ、お琴が又た一ときはで しくて可う御座んせう」 としより 「老女の方が實は怖いのサ」と、松島の呵々大笑して盃を擧ぐる在っしやるんですよ」 を、「まア、おロのお惡いことねェ」とお熊も笑ひつ「何卒松島さ 「左様ですか、 是非拜聽致しませう」と松島は盃を片手に梅子 に見とるゝばかり、 んお盃はお隣ヘーー」 みだ 酒玖第に廻りて、席漸く濫る、 「左様ですか、ーー然かし失禮の様ですナ」と、美しき梅子の横 「旦那」と小聲に下婢の呼ぶに、大洞は暫ばしとばかり退かり出で 顏、シゲ / 、見入りつ「では、山木の令孃」と小盃をば梅子に差し 付けぬ、 お熊の目くばせに、お加女も何やらん用事ありげに立ち去りぬ、 「梅ちゃん、松島さんのお盃ですよ」と德利差し出して、お熊の促 お熊は松島の側近く膝を進めつ「ほんとにね工、さうして御兩人 がすを、梅子は手を膝に置きたるまゝ、目を上げて見んとだにせ どんな 並んで在っしやると、如何に御似合ひ遊ばすか知れませんよーーー梅 ず、 の あなた 「梅子、頂戴しないのかね」と、お加女は目に角立てぬ、「かう云ちゃん、貴孃も嬉しくて居っしゃいませう」と、醉顔斜めに梅子を てうし 窺ひ、德利取り上げて松島に酌がんとぜしが「あら、冷えて仕舞っ ふ不調法もので御座いましてネ、誠に御不禮ばかり致しまして」 引「なにネ、お加女さん、御婚禮前は誰でも斯うなんですよ」と、おたんですよ」と、ニャリ松島と顏見合はせ、其儘スイと立って行き 貢はノッを合はして「ちやア梅ちゃんの名代に、松島さん、私が頂ぬ、微動だもせで正座し居たる梅子、今まお熊さへ出で行くと見る どう てうし こら ちよく ぬ、 おとま ちよく おふたり
6 い河岸の宿に泊ってゐると、その筋向ふあたりの大きな族館が、常山田 ( 醉眼朦朧 ) 「うむ、唄〈′。」 陸山の宿になってゐた。もちろん豪華な彼れは、大きくともこんな女工乙 ( 聲美しく・・・ = ・ ) 道者宿みたいな家に寢泊りしないらしく、それに少し耳疾をやって 「今日は嬉れしや、 ゐて、一行よりおくれて來阪、三日目から出場したが、或るタ、打 二人揃うて、 ち出し後に、常陸山以下宿割りの力士名が、大きな紙に書いてズラ マントにコート。 リ貼り出してある旅館の前を通ると、薩摩上布に縮緬の帶をぐるぐ 汽車は上等で、 る卷いた、いつもよりはとてもデッかいやうに見える常陸山に出く 差しむかひ。 はした。「 xx さん、宿屋の飯ばかり食ってると痩せッちまひます 人の寄り來るステーション。 よ。御飯前なら、そこまでお供しませう。と、いとも氣輕に言ふ。 蜜柑にか餅、 そこで僅か一二丁あるかなしのところを、わざ / 綱挽きの人力車 ビールに正宗、葡萄酒、 すし で乘り付けたのが、有名な富田屋。山海の珍味が出て、手厚い饗應 お鮓にお辨當、 げんきやく を受けた上、藝子に宿まで送られた。作者はこんな上等の、一見客 お茶はいかゞ。 をしない茶屋は、かみがた育ちながら、大阪では初めてゞあった 旦那買ひませうか、正宗を。 が、常陸山はまるで、自分の家のやうに振舞ひ、散々飮み食ひして ウム買へ / 、。」 そのまさッさと引き揚げた。それから、これはもう彼れの晩年で山田「あ、これや / \ 。」 ( 踊らうとする風で、よろ / 、立ち上る ) あったが、いつだったか、山手電車が五反田目黒間で故障を起して石井「危ないツ。」 ( 山田の腰を支、ようとする ) 暫らく停車した時、前方を見ると、相撲協會取締として、斯界で飛山田「大丈夫。大丈夫。 ・ ( 女工乙に醉眼を注ぐ。氣味わるく眼 ぶ鳥をおとすといふ彼れ出羽海が乘ってゐる。「力士をめると氣 の玉が据わってゐる ) おいこら、汽車は上等 : : : とはなんだ。いま 樂でしてね」といふ。なんしろ檢査役を經ずに力士からすぐ代表取どき上等なんてものはないぞ、一等とか一一等とか言〈。 締になった彼れ、二期の大場所に國技館へ新聞社の電話を移す度、 と、舌がよくまはらぬ。さうして、柱に捉まり、壁に凭りか、りし 家主として市毛谷右衞門 ( 谷右衞門は藝名かと思ったら、水戸藩士て、廊下〈出て行ったのを、誰れも彼れもうつかりしてゐて、氣付 として代々谷右衞門といふ力士のやうな名だった ) の奧印を貰っ かなかった。忽ち、ドシン、ガタ / 、 / 、 / \ と、ひどい音。一同 た。自動車も持ってゐたらしいが、力士時代とちがって、髷を切る駈けて行くと、階子段を轉げ落ちた山田は、ひどく腰を打って、階 たか と、かうして時々は電車にも乘れるのが氣樂だったのだ。これが彼下の廊ドで呻いてゐる。寄って集って介抱したが、どこにも外傷は れとの逢ひをさめであった。 ないけれど、もうロが利けぬ。そこで、作者と石井とで抱き上げ、 山田「え、ゝ乂。これや、い、心もちだ。」 ( ( ゞれけになっ女工四人が附き添うて、近くの下宿〈運ばうとすると、こ又の女中 て、まだ盃を離さない。寄せ鍋へ金ぶらを入れてぐっ / \ 煮たのが變な顏を見せて、 が、胸のわるくなるやうに、どろ / 、してゐる ) 女中「どなたか、お殘りになってゐて下さい。みなさんお歸りにな 女工乙「イマコ、さん、唄をうたひませうか。」 ッちゃ困ります。」
て、一代の榮華に飽いた脂ぎった額に、涼しい風を當てゝ、半日をてある花壇の横から、盆栽の並・ヘてある棚の前を通って、築山に上 2 戲れ暮す爲めに設けたものである。それで外部はもとより、内部の ったが、父の姿は見えない。それでは温室の方かも知れないと思っ 構造も、總べて貧民の家を模倣して、備へ付けの器具も悉く貧民の て、築山を裏へ下りて、杉苗に交へて白百合を植ゑた不調和の有樣 用ゐさうなものを選び、わざノ \ 壁土を剥して、其處に「いろはにを右に見ながら、温室に通ずる細道を行くと、植ゑ込みに添うた曲 ほへと」と書いた子供の淸書を逆さに貼ったり、手の折れた手桶にり角のところで、バッタリと父に出くはした。 ひしやく 柄の汚れた柄杓を付けて、缺けた茶碗を添へたりしてある。彼女の ( 九 ) 父は時々客を招いて、手厚い饗應の濟んだ後、自ら客をこの小家に 導いて、其の趣向の非凡なのを誇るのであるが、其の時彼れが客に 雅子はまた急に厭ゃな氣になった。自分に思ひ直して父を探し廻 向って説明するところに據ると、この小家の壁に貼った「いろはに ったのであるが、眼の前に父の姿が見えると、厭ゃな感情が込みあ ほへと」の淸書は、當代知名の書家に賴んで、子供の手蹟らしく書げて來て、顔の色にまで現はれる。それでも顔と顏とを見合はせて かせたもの、また汚れた手桶や柄杓やも、それえ、茶の宗匠に托しは、默ってゐる譯には行かぬ。 て、一年もかゝって、巧みに汚れさせたもので、缺けた茶碗は今の 「阿父様、何時お歸りになりました」 世に珍らしい古伊萬里を探し求めて、これも茶の宗匠にわざ / 、瑕 彼女は丁寧にお辭儀をした。父は兩手を後で組んだま、立ち止っ てんしゃう へり をつけさせたのであるさうな。この外天井の煤、破れた疊の縁、何て、 から何まで、この小家に使ってあるものは、汚く見えても、皆金に 「昨日銀行から電報が來て、急いで歸ったのちゃが、遲くなったの ゅうべ あかして、買ったり拵へたりしたものである。柱に貼った古督は今で、昨夜はホテルに泊って、今歸ったばかりだ。銀行の用は今日濟 から幾百年前とかの珍しいもので、これ一枚にさへ數十圓を費したむ筈ぢやから、明日はまた箱根の方へ行かうと思うてゐる」と、云 と云ふ。 ふ。 わぎ 態と曲ったやうに拵へた、この小家の窓の障子の破れから見る 「さうで御坐いますか」と、雅子の答は甚だ簡單で且っ冷かであ と、向ふは一帶の薄の原で、荒村寒驛の从を偲ばせるやうにしてある。 る。秋になると一面の尾花が、ます / 、この小家の趣向を引き立た 「私も京子もゐない時は、お前がこの家の主人ぢやから、其のつも せることであらう。 りで、總べてのことに氣をつけて呉れなけりや困るちゃないか」 ぼんやり 雅子は茫然とこの窓から外を見つめてゐる。彼女の腦裡には、ま この小山田家には、澤本と云ふ三太夫のやうな老人が居て、昔氣 だ感情と修身科との闘ひが繼續されてゐるのである。「ア、惡いこ質の忠實に勤めて、邸の内外のことには、能く眼を配ってゐるか とをした、たとへ一言でも阿父様に御挨拶を申し上げればよかった ら、別に雅子が邸のことに氣をつける必要は無いのである。それを に」と云ふ考へがまたむらノ、と起って、數分時の後に彼女はこの政成がこんなことを云って雅子を責めるのは、彼女が朝から本など 小家を出たが、其の時はモウ父の姿が泉水の側には見えなかった。 を持って散歩に出たのが氣に入らないのだ。 はたち 彼女はいよノ、氣を焦っい「私を探してゐらッしやるのでは無「女が一一十歳にもなって、相當の學校も卒業すれば、モウ一人前ぢ ほう亡んくわ いか知ら」と思ひながら、天竺牡丹や、朝鮮葵や、鳳仙花やの植ゑやから、能く身分を考へて、平民の娘の眞似をしてはならん。本を わし だいふ かた
たいに、ゆら / 、搖れるやないか。 : こいつは耐まらんとおもた。 8 て、餘ッぽど山刀持って出ようとおもたんやが、いや待て暫し。 「するもせんもない、今でも太政官の右の脈どこに火傷がちゃんと 附いたる。俺ア先刻も見た。」と、助役は首を振り / 、言った。 「何言うてるんや、大阪で講釋聽いた眞似ゃないか。皆な眉毛に唾「そら茶利やあろまい。官林の松茸盜んだんは太政官の仕事やろ。」 液附けや。」と、仙太郞は指で頻りに眉毛へ唾液を塗った。隣りの と、常吉は面皰の顔に確信を有った風をして言った。 椅子の淺野も仙太郞の眞似をして、眞面目腐って眉毛に唾液を塗っ 「共の時分、太政官は金龍や萬年青で千兩二千兩偖けてる最中や、 こ 0 官林の松茸盜んで何んしようぞい。」と、數之介は嘲笑ひっ乂 「嘘ゃない、ほんまや。まア聽けよ。 ・ : ほえから怖いのを辛抱し の夜のやうにして火桶を抱き込んだ。 まめ て、デッとしてると、また小屋が搖れたなア。丁度三遍搖れて、 「昔しから物好きで、忠實な人やったんやろ、野口さんが天狗のゐ 屋が潰れるかとおもたが、搖れがビッタリ止まると、今度は小屋の る山へ夜番にいたのを聞いて、喫驚さしとなって、耐らなんだんや 家根がメキッ、メキッちふんや。 ・ : 天狗が乘りよるわいとおもてろ。」と、重吉は辯護でもするやうに言った。 なま / 、 まめ / 、あんこ ると、何んや家根の眞ん中に穴があいて、生々しい人間の手がプ一フ 「あの人は隨分忠實々々庵小かやさかいな、一昨年此處で敎育展 ンと下がった。 費會を開いた時も、六年の習字と綴り方を一人で貼ったよってな 「え加減においとくれ、野口さん、うだ / 、と何んや。」と、仙ア。其の貼り方がまた上手で、表具屋と違はん。」と、淺野は紙捻 太郞はまた眉毛に唾液を塗った。 の羽織紐を解いたり結んだりした。 「嘘ゃないちうたら、まア聽けよ。 ・ : そいから、俺アまアあの 「そやけど、大けな聲で言へんが、太政官の家は代々レコ根性があ ひそ ひとさしゅび 時、何んであんなことする元氣が出たか、かかっきの火の眞赤にいるちふで、 : ・」と、助役は聲を密めて、右の食指で鍵の手の形 こったやつを一つ火箸で挾んで、其の生々しい腕へいや付けたった をして見せた。 んや : : : さうすると何うや、家根の上で、熱っッ : : : 」 「そらそやろかい、學校建てた序に、自分の隱居を村費で建て、 「天狗さんが火傷しやはったんか。」と、常吉は飽まで眞顏である。大けな顏して住んでるんやもん。 : ・」と、常 : ・白晝の強盜ゃ。 「俺ア、この話三遍聽くよ。皆んな初めか、可笑しいなア。」と、 吉は憎々しさうに言った。 伊之助は退屈氣な風で背伸びをした。 「太政官、俺んとこの拜殿で賽錢盜んでたことある。」と、竹丸が 「熱っツ、ていふとお前、其の生々しい腕がスッ込んで、またメキ子供聲を張り上げて言ひ放った。 ツ、メキッと屋根から下りる音がしたが、えらいことをやりやがる 「それみい、あればツかりは性分や。慾得からばツかりゃない、他 な、お前には感心したちうて、腕の火傷を押へながら入って來たの人のもん見ると欲しなるのや。」と、常吉は子供正直の竹丸の言葉 は、太政官やないか。あの頃はテキさんもまだ若かったんや。」 で、自設に刻印を打たうとした。 これだけを語り終って、助役は茶碗の冷めた酒を顔顰めつ乂、不 「竹丸さん、もう遲いで、去にんかいな。」と、思慮あり氣の伊之 味さうに飮んだ。 助は、この場の不用意な座談が重大な結果を生むのを恐れるやう ちやり 「太政官がそんな茶利するやろか。」と、仙太郞は疑ひの眼を瞠っ に、落ち付かぬ顏をして、更に、
の飾りや、器具調度は皆立派でも、なんとなく書生風の拔け切らぬ堺「さア、もう一と稼ぎだ。 : : : 何をやってるんだか、君にはわか のは、主人公の風采同様であった。堺はよほど懇意だと見え、食事るまい。」 ( 嘲けるやうに微笑して、作者を見る ) を出された時は、生子夫人までが出て來た。作者は折々この邊を歩末松 ( あわたゞしく引ツかへして來て ) 「君、また、摘む、といふ いて、痩せ形の我儘らしい夫人が、洋裝で人力車に乘って、門を出字が、積む、となったりしないやうに、よく氣をつけてくれたま て來るのを見かけたこともある。近くの人々は、なんの意味か知らへ。」 ( 堺にさういふ。作者には、全く何をやってゐるのかわからな ぬけれど、夫人のことを、「三縁山の泣姫」と綽名してゐた。作者い。堺は頻りに、新聞から手帖へ、何か寫し取ってゐる ) ・ : くれないかね、これ。」 ( 古 はそれを思ひ出して、成るほど泣姫とは、うまいことを言ったなと堺「あ乂ツ、こんなもんがあった。 考へるほど、ヒステリカルな様子であった。もとより、作者は堺の新聞の間から、先刻の「大臣俸給」のやうに、扇面へ都々逸を、醉 助手として隨いて行くだけの約束で、表立った紹介なんぞしないと筆らしい手蹟で書いたのが發見されたのである。 わたしや今では舞子の濱で いふことにしてゐたから、 ( 人に改まって紹介されたりするのは、い 波や千鳥を見てくらす春畝 までも大嫌ひだといふ難儀な性分 ) 曾て新聞應接室での一條なん とある。いふまでもなく、伊藤博文の戲墨である。一兩年前、比較 ぞ、先方も忘れてゐるし、此方も口にしなかった。さうして、いか にも主人公の短所を訓戒するやうな意味を書いた四字の扁額、「博的失意の時代に書いたものらしい。これと同じ扇面を、作者の先輩 らくくわん 文」とした落款のある ( 四字の文句は忘れた ) のを眺めてゐた。そで、いろ / \ 引き立てくれた堀紫山 ( 新聞前瓧會部長 ) が持っ あぐら したんざうがん てゐる。なんでも紅葉館のある宴會で、正面に胡座をかいてだい のうちに、何か調べ物をする必要が起って、紫檀象嵌入りの書棚の 後から、前日までの各種の新聞紙の亂雜に積み重ねてあるのを抽きぶ醉ってゐた伊藤に、大岡育造の紹介で書いてもらったものださう 出し、みんなで某月某日の新聞を探すことになった。目的の新聞で、その時伊藤は、侍ってゐた美女二人に左右から扇面を高く引 ッ張らせ、壁へでも字を書くやうな恰好で、十分に墨を含ませた筆 は偶然に作者の手で發見されたが、それと同時に、その新聞紙の間 に挾まって、純白な、大きい、上等の紙質の重い横封筒が一つ、裏を、一氣に揮ったとのこと。終りに、「紫山先生に呈す」とあった。 向きになって現はれた。表面にかへして見ると、謹嚴な事務的楷書「後世の人がこれを見たら僕が一代の大政治家と詩酒徴逐した、 りんり ・ : と思ふだらうね」と堀が笑ってゐたのを、作者は想ひ出した。 で、黑痕淋漓と、「大臣俸給」の四字。末松は別だん周章てもせず、 膝ッ小信を露はしたま乂、時には接ぎのあたった猿股まで見せる不しかし、作者は個人の價値を極度に引き下げて觀る性質だし、それ ざまな坐りかたをして、おほゃうに、それを作者の手から受け取に少年の頃から奪敬してゐた高橋健三の感化 ( ? ) で伊藤を少し 記 り、變な顏をしながら、ちょッと内部を覗いて、書棚の上に放り上もえらい人だと思はなかったので、堺のやうにその扇面を欲しいと 代 げた。數枚の百圓紙幤か、日本銀行の小切手 ( 嵩からみて小切手らは考〈ず、一片の反古として見てゐた。 : こんなものが出て來た。」 ( また何か見付 堺「いよ / 愴快だ。 しい ) かゞ、年俸月額で入ってゐたのだ 末松 ( 眠さうな眼をしながら ) 「君たち、おそくなったら、泊ってけ出して、作者に示す。卷紙にこゝの主人公の筆蹟で、 任澁谷驛長山路愛山 行きたま〈。僕、さきへ失敬する。」 ( 調べ物をそのま堺に任し 3 とある。末松が遞信大臣に新任された時、毛利家の編纂所で、机を て、「大臣俸給」片手に、室を出て行く ) ふる っ
ーネカうなのよ。 ( いやにもッたいを附けて ) この山田さんは 若い女が、階子段をドャ / 、と、騷がしく上って來る物音。どうもれよュ、、 「今晩はありい : : ・」の組でないらしい。それにこゝの家〈はそれね、世人からいまどこにおいでになりますか、ツて訊かれると、往 が入らぬことに氣づいた。荒ッぽい襖の開け方をしながら、また互來だらうが、瓧の編輯に居ようが、きッと、いまこゝに居ります、 しゃれ ひに先頭を讓る風に遠慮するのか、はにかむのか、まだこんな上等ッて言ふのよ。一度や二度なら、そんな洒落にもなんにもならない の席へ出たことのないとおぼしい四人の女性 ! それは、瓧の解ことでも、面白いか知れないけど、しょッちゅうだから、いやにな 版の女ェではないか。いづれも油やインキに汚れた勞働服とは違るわよ。それでイマコ、さん : : : ニックネーム ? ほゝ乂ゝ。田舍 ッペね。」 ( 文學士も片なしだ ) ひ、綿銘仙ぐらゐで、相當にしゃれてゐる。それにみな田舍者でな : いやその、イマコ、に居ります、なら、僕も一 いから、髮をよく洗ふと見えて、あのぶうんとした鼻もちのならぬ石井「さうか。 悪臭はない。作者も石井もよく知ってゐる顔ばかりだが、山田には二度やられたよ。」 ( 腹が空いてゐるやうな聲。女工たちには、それ いつの間にかうも親しくなったのかと、驚かるゝばかりの馴染みやぞれ食物が出てゐる。山田は相變らず、獨酌でくびり、くびり。た まには女工にお酌もさせる ) 女工甲 ( 一ばん年長で、二十歳ぐらゐ。いさゝか狐のやうだが、お女工乙 ( 山田に酌をして、しなだれかる眞似をする ) 「でも、イ 人好しの相。薄皮の痩せ形。すんなりとした撫で肩。銀杏返しに結マコ、さん、いゝ人ね。」 ・ : 」 ( 山田の紙卷煙草をとって、ス。ハス ってゐる ) 「イマコ、さん、大變な御馳走ね。」 女工甲「あんた岡惚れ。 。ハ吸ふ ) 女工乙 ( 十八九歳。小肥りで、下ぶくれの顏。少し毒婦型。朿髮。 女工乙「いやよ、こんなお爺さん。」 薄化粧 ) 「イマコ、さん、あたいたちにも御馳走してくれるの ? 」 山田 ( ぐッたりとした醉態。前へのめりさうに、でれ / 、しなが女工甲 ( 作者の方を向いて、まじめに ) 「 xx さん、毎度兄がお世 ら、女工の肩を撫でる ) 「あゝ、御馳走してやるとも。それがため話になります。 : : : 」 と、禮をいふ。この娘の兄は兒島誠三郎と言って、文選から拾はれ に喚んだんだ。君たちは立派な婦人だ。シンガーちゃない。」 た會部外交記者。相撲の方も擔任してゐる。先々代の片岡市蔵の 女工丙 ( 十六七歳。醜婦 ) 「イマコ、さん、シンガーて、なアに ? ミンン : こなひだ、みんなに牛肉をおごってくれたさうだが、 本所相生町の宅を常陸山が買ひ取って、出羽海部屋とし、庭の一部 を取り壞して稽古場を設けた。中二階なんぞある小粹な家。先日常 あたいだけ退けものにしたのね。ずゐぶんしどいわ。」 陸山が作者を訪ねて來た時も、この兒島が出羽海部屋へ行った際、 山田「ミシンはよかったね。えへゝゝゝゝ。」 女工丁 ( 十四五歳 ) 「あたいも連れてッてくれなかったのよ、牛屋常陸山から、「明日君の社へ挨拶に行くが、やグばり君が出るんぢ や、氣が變らないから、就長にも及ばないが、 x x さんに出てもら : イマコ、さん。」 ッてくれ」と作者を名指したのであった。思ひ出したから、こゝへ 」石井 ( 妙に眼を撹って ) 「おいお前等、刻から、イ「「、さん、 イマコ、さんて、よくいふが、なんのこッたい。」 序でに書いておくが、また常陸山の話。 : : : 作者はこの蓋世の大カ 士と別だん交際のあったわけではないが、この年の六月大阪に京阪 女工一同「ほ乂ゝゝ。」 ( を揃へて、たまらなさゝうに笑ふ ) 3 : ・そ合併大相撲の行はれた時、わざ / 、見物に出かけて、宗右衞門町に近 女工甲 ( ちょッといなをして ) 「石井さん、知らないの ? ぎうや ではのうみ
イ 3 イ 萬國史の敎室でクロムウエルを知り感動し したという。三月二十日、開智學校人學。 た。また戀を知ったという。 明治十年 ( 一八七七 ) 九歳 明治十八年 ( 一八八五 ) 十七歳 小學の一一年、第四讀本の「科學敎育」で、 「先祖傳來何千年の迷夢から始めて醒め春から夏、中學へ通う朝ごとに松本裁判所 た。」 ( ・人間・自由」 ) 八月、松本の自由民へ送られる飯田事件被告の姿を見て、「滿 明治一一年 ( 一八六九 ) 權蓮動始まる。祖母てふ ( 長子 ) につれられ身の血が煮え立って頭を衝いて上ぼるのを 覺えた。」秋、「クロンウエルの木下」と言 九月八日、出生。父木下秀勝。母くみ ( 汲 ) 。 てしばしば演説會を聞きに行く。 われる「際立って老成した上級生」を知っ 長男。木下家は代々松本藩主戸田氏に仕え 明治十一一年 ( 一八七九 ) 十一歳 たと、當時松本中學校生徒だった相馬愛藏 た下級武士であった。「予は墓地の隣りに 七月、米國前大統領グ一フント將軍來日、アが傳えている。 生まれたのである」と『懺悔』にあるが、 メリカの共和政治に關心を持った。 生家は信濃國松本天白丁の足輕町の南端、 明治十九年 ( 一八八六 ) 十八歳 現在の松本市北深志二丁目四番二十六號 明治十三年 ( 一八八〇 ) 十二歳 東京遊學中の學生が組織していた松本親睦 で、攝取院墓地に隣接していた。 六月、中仙道巡幸の明治天皇を迎えるに當會の松本地方部會新設に盡力した。一一月、 明治四年 ( 一八七一 ) 三歳 って、大人の世界の虚僞に童心を傷つけら松本中學校を優等で卒業。三月、上京して イギリス法律學校に人學したが、期待の英 七月、廢藩置縣。八月、父秀勝は藩知事のれ、同時に天皇という不思議な存在を深く 國憲法の講座がなかったため、四月、東京 職を解かれた戸田光則に從い一家を殘して頭にきざみつけられた。 專門學校 ( 早稻田大學の前身 ) に轉校した。 東京に出た。 明治十四年 ( 一八八一 ) 十三歳 明治二十年 ( 一八八七 ) 十九歳 明治八年 ( 一八七五 ) 七歳 この頃、輻澤諭吉の『學問のすすめ』を讀 五月、春日井しづが死んだ。「半ば母の乳んで感動したという。秋、松本中學校入十月一一十一日、父秀勝、五十三歳で死去。 で半ば醫者の藥で生長したと言はれた程虚學。十月、國會開設の詔勅が下った時、人 明治一一十一年 ( 一八八八 ) 二十歳 弱」だった尚江にとっての「予と同年なる民の要求の勝利であると歡喜した。 七月一一十日、東京專門學校邦語法律科を優 唯だ一人の女の友逹」 ( 『懺色 ) だった。七 明治十七年 ( 一八八四 ) 十六歳 等で卒業。十月、松本の新聞「信陽日報」 月、妹伊和子が生まれた。 五月、信仰あっかった祖母てふが死に、死記者となり、縣問題などで活躍、『松本 明治九年 ( 一八七六 ) 八歳 後の世界をなっかしく思った。十二月、自市史』によれば、同紙は「新鏡木下尚江入 りて紙面更新、一段の生氣を放」った。 春から、父が巡査になり、北信地方に勤務由民左派による飯田事件發覺。この頃、 木下尚江年囀
重い身體を、どッこいしよと浮かして、源太郞が腰硝子の障子をもたかと出來ましたんやろかいな。」と、源太郞に向って言った。 隨一の名妓と唄はれてゐる、富田屋の八千代の住む加賀屋といふ 開け、水の上〈け出した二尺の濡れ縁〈危さうに片足を踏み出し 河沿ひの家のあたりは、對岸でも灯の色が殊に鮮かで、調子の高い た時、河の中からはまた大きな聲が聞えた。 ばら 撥の音も其の邊から流れて來るやうに思はれた。空には星が一杯 「おーい、讃岐屋ア。 : : : 鰻で飯を二人前呉れえ。」 「〈え、あの : ・ : ・」と、變な返事をして、源太郎は河の中を覗き込で、黒い河水に映る兩岸の灯と色を競ふやうであった。 名妓の噂を始めた縮れ毛の、色の黒い、足の大きな雇女は、源太 んだが、色變りの廣告電燈が眩しく映るだけで、黑く流れた水の上 郞が何とも言はぬので、また欄干を叩いて喇叭節をやり出した。 のことは能く分らなかった。 ひろ 手紙を前に披げて、ヂッと腕組をしてゐた源太郞は、稍暫くして 「かいさん、かさん。」と、お文の聲が背後から呼ぶので、銀場 を振り返ると、お文は兩手を左の腰の邊に當てて、長いものを横たから、になった食器が籠に入って雇女の手で河の中から迫り上っ て來たのを見たので、突然銀場の方を向いて、 へた身振りをして見せた。 「これ、何んぼになるんやな。」と頓狂な聲を出した。 「あ乂、サーベルかいな。」 がてん 「よろしおますのやがな、おの時にと、さう言はしとくなはれ。」 漸く合點の行った源太郞は、小さい聲でかうお文に答へて、 算盤を彈きながら、お文が向うむいたま乂で言ったのと、殆んど 「 ( え、今直きに拵へて上げます。」と、黑い水の上に向って叫ん 同時に、總てを心得てゐる雇女は、濡れ縁から下を覗き込んで、 「さうか、早くして呉れ。」といふ聲の方を、瞳を定めてデッと見「よろしおます、お序の時で。」と高く叫んだ。水の上からも何か のりづけ 言ってゐるやうであったが、意味は分らなかった。やがて、赤い灯 下すと、眞下の石垣にびッたりと糊付か何かのやうにくッ付いて、 の唯一つ薄暗く煤けて點いてゐる小舟は、音もなく黒い水の上を滑 薄暗く油煙に汚れた赤い灯の點いてゐる小さな舟の中に、白い人影 って、映る兩岸の灯の影を亂しつ \ 暗の中に漕ぎ去った。 がむく / \ と二つ動いてゐた。其の白い人影の一つが急に黑くなっ たのは、外套を着たのらしかった。 四 通し物の順番を追はずに、板前を急がせた水の上からの註文は直 腕組をして考へてゐた源太郞は、また俯いて長い手紙に向った。 ぐ出來て、別に添へた一品の料理と香の物、茶瓶なぞとともに、こ んな時の用意に備〈てある長い綱の付いた平たい籠に入れて、源太さうして今度はロの中で低く聲を立てて讀んでゐたが、讀み終るま でに稍長いことか曳った。 郞の手で水の上へ手繰り下された。 お文は銀場から、そのい眼で入り代り立ち代る客を送り迎へし 「サンキー。」と、妙な聲が水の上から聞えたので、源太郎は馬 まんべん て、男女二十八人の雇人を萬遍なく立ち働かせるやうに、心を一杯 鹿々々しさうに微笑を漏らした。 むかうぎし の に張り切ってゐた。夜の更けようとするに連れて、客の足はだんだ 雇女が一人三疊へ入って來て、濡れ縁へ出て對岸の紅い灯を眺め のれん らつばぶし ん繁くなった。暖籬を掲げた入口から、丁字形に階下の間と二階の ながら、欄干を叩いて低く喇叭節を唄ってゐたが、藪から棒に、 : ・八千代はん、えらうおまんな。この夏全で階子段と ( 通ふ三和土には、絶えす水が撒かれて、其の上に履物の 幻「上町の旦那はん、 3 : もう出てはりますさうやけど、お金音が引ッ切りなしに響いた。 休んではりましたんやな。 まふ