も、最う少し考 . へて見なきや可けませんぞ。」 「考へるツて、如何 ? 」 「だッて、其樣なに一寸々々家を空けないらやありませんか。」 「熟く考〈てごらんなさい、常雄様の心になって : = : 。今迄人に「今迄は其様なでも無いけれど、 から以後如何云ふ事になるんだ だしぬけ ま ~ さん して置いた女の事を、唐突に私の口から、家へ入れたら宜からうと か、」と考へる顔をして妹を視て居たが、「それとも、お前様は保證 勸められて、何と思ふか : が出來て、其様な事の無いと云ふ : 「私から賴まれた事なら可いでせう。」 竹代はさッと赧くなツて、 「いや、私は可いさ。私は何も惡く思ふ事も何も無いけれど、常雄「保證なんて、其様な事は出來ないけれど・ : : ・。」 さん 様がさ、常雄様が面白く無く思や爲ませんか、其樣な女の事を、公 「それ御覽なさい、出來ないでぜう。」 すッば . 然と私から摘發ぬかれて ? 」 「其は出來ないけれど、大概、人は性質で分るちゃありませんか を、ま - り 「其れは、些とは躰裁が悪いでせう・ : ・。たツて、今迄其様な者を ・ : 。私なら然う思ふわ、若し其様な、彼の藝妓を家へ入れて下さ かこ 構って置いた罰だから仕方がありませんわ : 、自業自得だわ。」 いなんて云ったら、もう必然、本家の人逹まで心配を懸けて濟まな ねえさん きッばりあん 「姉様、其様な事を云はないでも可いでせう、それぢや、好んで事かッた、以後は、斷然彼様な者と關係を斷つから、何卒、避去の失 を荒立るとしか解れないぢゃありませんか。」 行は宥して下さいッて、謝るに極ってると : : : 。」 「何も、荒立る氣ぢや無いけれど、だッて仕方が無いわ。また、自 「其様な事を云っても、私が承知しない : 。それぢや、私が此様 それくらゐ 分の好きな女を家に入れる處だもの、彼の人だッて、其位の辛棒はな事を言出した爲に、想合ってる間を無理に裂いたに當るもの。然 當然だわ。」 うなツても私は默ってない。」 ひとりごと 「然うばかり云っても可けないね。」と理八郞は獨語の様に云った。 すると、庄左衞門は又口を入れた、 たアへん げいや 「可けないと云ふと : ・ : 、何處が可けないんです ? 」 「然うなツら \ 大變都合が好えぢや無えか、藝妓と手を切ッれ、 そろ げかだアし 「いや、常雄様がね、此方の云ふ通り、其様なら早速家へ入れませお前許え大事にするから、最う、外へも出無え様に成ツだらうし、 はぢ あたりまへ こんだ うと云へば、其れは、些し位の耻辱を受けるのは當然とも云へる今度の様な喧嘩ア、最う爲たいたツれ爲え無く成るんだ、あはゝゝ が、豈夫常雄様は其様な事を云ひはしまい : ・ はゝ。」 「云ひませんとも、」と竹代も口を添へた、「彼の通り、萬事謹愼に けれども雪江は眞面目切った色で、 にいさん して居る姉婿様ですもの、何で、其様な馬鹿な事を承知するもんで 「い、え、其れちや私が義理が立ちませんから、例へ何様な事があ すか。」 ッても、家へ入れて貰は無きや可けません : : : 。」 「謹愼ですッて、藝妓を妾にして置くのが : : : 。飛だ謹愼が有った 「其様な事を云っても、姉婿様が入れ無きや仕方が無いでせう。」 やもんだ。」と雪江は嘲って、「だが、其様な事は如何でも可いけれ 「然う云ふ時は、私が行って無理にも引張って來ます。」 ど、今更、家へ入れ無いと云はれてもるぢゃありませんか、然う 「ほゝゝゝゝ、彼様な亂暴な事を云って居らッしやるよ。」 もの あけ 9 云ふ氣に適った女を外へ置いて、一寸々々家を空られた日には、實「だッて、然うしないぢや、私が濟まないもの。」 しまり に外聞も惡いし、家の締も付かないし、全く困るちゃありません 理八郞は微笑を浮べて雪江の言ふ處を聽いて居たが、 もの とこ ちょい さん じっ こん
0 5 さん なみたぐ あんまひとみさげ 「雪江様、私の云ふのも其處です、幾ら他で何と云はうが、常雄樣女、餘り私を蔑視ると云ふもんです。」と云ふ雪江の眼は催涙んで、 はなし かすか の承知しないのは極ってる談だから : : : 。」 其の聲は微に震へた。 「だッて其れぢや : : : 。」 「あら、然うちや無いんですよ、姉様の心が如何と云ふのちや無い 「いゝや然うぢや無い、」と雪江の言葉を遮って、「假へ貴女が何うけれど、結果が然うなるから、それで、只だ姉婿様に耻辱を被ぜる 云っても、常雄樣は決して承知しません、其れは最う極り切った談許しと云ふちゃありませんか、姉樣に魂膽が有るなんて、私ア些と さき で、云はない前から能く分ってます、そこで、私が今然う云って行も其様なこと思ひはしませんわ : 、また其樣な事を云ひもしない 、貴女から賴まれたと云って、可しかね、而ると常雄様は、 し : : : 。」と竹代も同じく催涙んで云ふ。 あやま つまり けねん 貴女へ謝罪った上に其の女と分れる : : : 。」 「雪江様、私の懸念する處も竹代様と同じ事で、要は、今其様な事 むッ ー「何も、謝罪って貰は無いでも宜ござんす。」と雪江は少し勃然と を提出した處が、常雄様に耻辱を被せるに過ぎないのだから、妾を して、「また、幾ら男でも、自分で濟まない事をしたと思ふなら、 家へ入れ様と、また手を斷らせ様と、何方にしても可いから、其れ をり あたりまへ ちき 謝罪るのは當然ちゃありませんか、私は、謝罪って貰ひ度か無いけは他のロを假りないで、貴女から直接に : : : 常雄様の機嫌の好い機 はなし れど、其様なに、謝罪る事まで氣の毒がらないでも可いでせう。」 を見て、貴女から直接に談たが可ちゃありませんか、然うすれば、 こ、ろ おもひ 「貴女のやうに、然う云って了へば花も實も無いけれど : : : 。」 常雄様も辱しい感を爲ないで濟むし、貴女に對っても惡い感情は起 而ると竹代は、 すまいし、從って、この將來も圓滿く治まッて行くと云ふものだし ねえさん 「姉様、何故其様な事を云ふんですよ、皆なして、此うして心配し 、然うした方が可いぢゃありませんか、其の方が貴女にも得な さう にいさんわるおもひ て下さるのは、姉婿様に不快い感を起させないで、穩かに治め度いんだから・ 、ね雪江様、私なら然思ふが ? 」 こゞゑ かし からちゃありませんかね、それに、肝心の姉様が其様な、後は何う と理八郎は雪江を覗く樣に首を傾げて、低聲ながらいんみりとし ばかし なツても構は無いから、虐めるだけ虐めて遘らうと云は無い許なん / こ調子で云った。 うつむ だもの、それぢや姉様、誰に聞かしたツて我儘としか聞えません 雪江は俯向いて考へに沈んで居る。 どうぞ 「姉様、何卒然うして下さいよ、而して、何にも云はないで、私と さんをかし 「竹代様は可笑な事を云ふよ、外へ圍って置いた妾を、家へ入れて 一緒に家へ歸って下さい、ね。彼の通り姉婿様も、昨日の事は私も おッしゃ 下さいと云へば、其れが虐めると云ふもんなの ? 」 悪かッたとまで仰有るんですもの、姉様も機嫌克く歸って下さい 「はア、虐めるとしか思へませんとも。だッて、孰せ姉婿様の承知 : 、私のお願ひですから、ね、姉様。」 もちだ しない事と分ってるのに、其様な事を提出して、耻辱を被せて 「其れでは、貴方がたは、些とも私の心は察して下さら無いのね え。」と雪江は矢張り俯向きながら云った。 たツこん 「おや、其れぢや竹代様、私は : : : 、孰せ承知しないと知って居な 「あら、然うぢゃありませんよ、姉様の事を思ふから、強て此様な がら、心にも無い事を提出したと云ふのですか ? ちやア、今度の事も云ふぢゃありませんか : : : 。」 さはひ とりあげ 事を好機に、本家の人逹い手を假りて、彼の女と手を斷らせ様魂膽「でも、私の云ふ事は探用ちゃ呉れ無いんだもの、」と怨めし相に で、それで此様なことを云ふと云ふのですね ? 竹代様、それは貴理八郞を見上げたが、 みん はた たと きん ひと どちら
しはら ねえさん 「然うですか。」と云って久く默って居たが、また、「姉様、私の事本當、姉様が然う云ひましたもの、美男子だッて、私も然う思って よ : はね、最う何にも心配して下さらないで宜うござんすよ、最う快い : 、だッて、些とも耻る事は無いわ、奇麗な物は誰にも奇麗に どうかにいさん んですから。この通り最う、何とも無いんですもの。何卒、姉婿様見えるんだから : : : 。」 とこ の處へ行ってゝ下さいな、姉婿様が大切ですから。姉婿様の機嫌の 「竹代様、竹代様、」と雪江は顏を眞赤にして居たが、耐へかねて 直る様にね、何卒辛抱して、一生懸命に勤めて下さいよ、決して、 妹を搖り起して、「何うしたんだよ、竹代様、何を云ふんだよ。」 我儘な氣を出しちゃ可けませんよ、可いんですか : : : 。」 「は、は。」・と竹代は目を覺して、姉を視詰めたが、「今、私をお呼 「何だね竹代さん、」と雪江は妹のロを止めて、「今、其様な事を氣びなすッて ? 」 まへさん にしないでも、速く癒くなる様にしてお呉れよ、お前様は病人ちゃ 「如何したんですよお前様は : : : 。其様な : : : 。」と妹を熟と視て、 無いかね : : : 。」 何か云はうとすると、 と雪江の云ひ切らぬに、竹代は又、 「奥様、あの、」と仲働女は其袖を引いて、低聲で、「御病氣に障る たとよそ と可けませんから。」 「假へ他家から來た人でも、良人に二種は無いんですからね、決し て我儘な心を出しちゃ可けませんよ : : : 。」 「だけれどまア、」と矢張り妹を視ながら、「竹代様、氷でも進げよ 「可いッてばね、」雪江は又云った、「最うお前様の云ふ事は解ってうか ? 」 これから 「はア、何卒。」 るから、最う何にも云ふ事は無いよ。今後はね、私もね、生變った かけ さん 小さい塊を口に技れて潰って、 氣に成ってね、竹代様に心配懸る様な事は決して爲ないから、何卒 安心してお呉れ、ね、だから、私の事は心配しないで可いから、氣「竹代様、其様な下らない事を云って呉れちゃ困るよ、私と筆ばか しで、他に誰も居ないから可いけれど : : : 。」とまでは云ったが、 を樂に有ってね、何卒、一日も速く癒くなる様にしてお呉れ、ね、 おや、最う眠ってるよ。」我からロを噤んだ。 可いだらう、解ったらう、ね竹代様・ : : ・。 「私、何か云ひましたか ? 」 覘いて視ると眼を閉て居るのだ。 「何かッて竹代様 : : : 、」と又云はうとして言出しかねて、「お前 「筆、大變熱相だから、其の毛布だけ脱ってお遣りな、」と雪江は あんま たちあが 様、夢を見たらう ? 」 起上って、「餘り熱いのも惡いッて云ふから。」 だしぬけ しかた 「は、何ですか・ 、能くは分りませんが : : : 。」 「だッて、惚れたんだから詮方が無いわね。」と突然に竹代は叫ん 。こ 0 「だけれど、其れも此れも、私を案じるからなんだねえ、」と雪江 いろ / 、 「え、何だッて ? 」雪江は吃驚して其の顏を顧みた。「竹代様は溜息を吐いて「竹代様、お前様ねえ、種々と私の心を邪推・ 彼の、私の心を種々と心配してお居での様だけれど、私はね竹代 うはこと 様、決して、お前様の心配する様な事はしないからね、何卒、其様 や「譫語の様でございますよ。」筆も病人を視ながら云った。 さん 「其れア、石丸様の怖がるのも無理は無いけど、其れぢや姉様が可なに案じてお呉れでないよ、ね。私だッて、少しは書も讀んだし、 良心と云ふ物も有るぢゃないかね、た其様な、人に笑はれる様な 。」と又高聲で言ひ出した、「最う、石丸 哀想ちゃありまぜんか・ 7 事は爲なからうちゃないか・ 様が馬へ乘って此村へ來らした時、彼の時から惚れてるんですよ、 たいじ ふたっ にか やッば こゞ さは
5 にか 上に對してのみで、他の出來事、印ち主人の病氣、親戚の不倖、家あるでぜう ? 」 ものいひ 駒尾老人は眼をぎよろりとして、 内に起る爭論などには至って無頓着で、自分の膳 ( 付いた香物が刻 「え \ 理由も何もありませんが、たゞ、旦那が持って行けと云ふ まれて無い程にも氣を揉まぬ。これは此の老人の性質か、で無けれ ものですからな : : : 。」 ば、若い時から種々煩さい事に世話を燒いたので、最う其様な事は と云ひ切らぬに、 面倒臭いのか、それとも、自分の負はせられた事務が忙しいので其 「だッて、只だ持って行けと云ふばかしで、それで持って來たんち 處までは手を出しかねるのか、孰れにしても其様な出來事には極め なん て冷淡である。で、今回の主人夫婦の中違に就いても、他の者は己や無いでせう、何か其處に理由が有るでせう、其の理由を話して下 なか なげ が受持の用を抛て噂し合ってる間で、駒尾ばかりは一向平氣なものさい、その、持って來た理由を・ まのあたり 「奧様、貴女の様に仰有っちゃ困りますな、」と老人は嚇となツて、 であッた。と云ふのも、今眼前に見る雪江の樣子程に、此の中違を 高い聲を一段高くし、「何も無い事を話せと仰有っても話せません、 大いものに思はぬからでもあらうが。 しばら そんな無理な事を仰有っては困ります。」 「共れでは駒尾様、旦那が如何云ふんです ? 」と雪江は久くしてか 「無理ってな何方で云ふ事てす、譯も知らない私に、そんな物を持 ら、常の聲に律って云ふ。 おッしゃ って來て・ 「如何と申して、別に、如何とも仰有いませんが、只だ、此の事は いとこ 「まア、雪江能、」と理八郎は從妹のロを止めて、「貴女の様に云っ 奧様に伺って決める様に仰有いましたものですから。」 ばかし たツて可けませんや、駒尾様は單、都に來た許ちゃありません 「然うですか、其れ許ですか、他には何とも云ひませんでした か、駒尾様に食って掛った處が : : : 。」 「ちゃ、私は如何すりや可いんです ? ーと云ふや否や、はら / 、と 「左様、別に如何とも仰有らない樣でしたが、」と訝しい顏をする。 うなづ 涙を落して、「私は今、家を出されて居る者ちゃありませんか、そ 「然うでしたか。」と雪江は點頭いた。 はなし 、調戲半分に其様な事を持って來て それから其處に居る理八郞と駒尾との間に、農事に就いての談話れを、貸金が如何だなんて : てうし が二つ三つ交へられた。 おくさんちょッと 「奧様、一寸待って戴きまぜう、」と駒尾老人は例の鏡い語調で、 「駒尾様、」と久くしてから、雪江は其の俯向いて居た面を揚げて、 「その、今の證券と云ふのは何でせうね、常雄の名宛に成ってませ「調戯半分たア何です ? 私は、自分一己の了簡で參ったのちや有 りませんぞ、これでも、旦那の命令を受けて參ったのですぞ : : : 。」 うね ? 」 「まア / 、駒尾様、貴方の云ふ事は能く解ってますから、」と慌て 「は、其れは矢張り、旦那の名に成ってます。」 「然うでせう、其れでは、旦那の決める事で、私の知った事ぢや無て理叭郎は制する。 「評皹と云ふもんです、私は今、其様な : : : 、其様な氣樂な身ぢや ゃいでせう ? 」 無いちゃありませんか、證券が如何の此うのツて、」と雪江はます 「は、まア然うです : ・・ : 。」 「まア、然ですッて ? そんなら、」と雪江は膝を進めて、「そんなます泣きながら、「其れは、皆な掛って私を虐めると云ふもんで なん とこ ら何故、私の所へ持って來たんです ? それには何か、何か理由がす。」 さん はかし おッしゃ わけ どッち からかひ くわッ
變だと云ふ様な顔をして妹を視て居たが、是も忽ち胸が一杯工なツ って、「奥様、御覽遊ばせ、奥様がお歸り遊ばしたものですから、 ジ , クが此様なに喜んで居ります、此様な物でも、能く解ると見て、耐らな相に他方を向いたが、途端に涙が膝 ( 零れた。同胞の胸 にいさんとこ えますねえ。こら、ジャック、其様なにお前は嬉しいのか、え、其には今同じ影が射したのである。久くして、 「姉様、最う何にも云はないから、私と一緒に姉婿様の室〈行って 、うん、然うか、然うか。」 様なに嬉しいのか : どちら 下さいな。」と竹代は思込んだ様子で云った。 うつむ 「筆、旦那様は何方 ? 」 雪江は返辭も無く悄然と俯向いて居る。 「旦那様は西洋館にお居で遊ばします。」 「何判一絡に行って下さい、」と同じ事を云って、「幾ら謝罪った處 矢張り勉強して居らッしやるの ? 」 「お一人で : ・ が、所天に謝罪るのは耻辱ちや無いでせう。」 「左様でございます、最う明るい中から : : : 。」 さん 「だがねえ竹代様 : : : 。」と溜息と共に云ふと、 「然う ? 竹代様は ? 」 さま 。まア奥様、然うして居「最う姉様、何にも云は無いで一絡に行っぞ下さい、私に委せて一 「竹代様も御勉強で居らッしゃいます・ : よろし 緒に行って下さい、」と云ひながら、既う心を決めたらしく姉の手 らッしやらないで、家へお入り遊ばしたら宜うございませう。」 を捉って起たうとする。 しづか 「い又え、然うは可かないよ : : : 。」と考へて居る。 「まア竹代様、」と其手を徐に振離して、「今更然うは可けないんだ 「何故でございます ? 」 「然うは可かないよ、」と同じ事を云ったが、「筆、ぢゃね、少し用よ。」 も有るから、お前彼の、竹代様の室の、下の雨戸を徐と明けてお呉「何故ですよ、姉様 = ・ = ・、何で其様な我儘を通さうとなさるんです ただ れな。」 「ま、其様なに泣いたツて仕様がないから、」と妹を慰めて、「私だ 「それでは、お庭からお入で遊ばしますか、畏まりました。」 仲働女は直に彼方〈引返したが、忽ち庭の木戸を明けて奥様を内ッて、何も、我儘を通さうと云ふんちや無いけどもね。」 「い曳え、姉様のは我儘を通すと云ふもんです : : : 、妾を家に入れ へ導いた。 さて其れから庭を通り、椽側に上ったが、雪江は其處から一人でなきや、何故姉様は家〈歸れ無いんです、爰は姉様の家ちゃありま ラン・フガス せんか、眞實扉天を愛して然う云ふ事を仰有るのなら、何故姉婿様 暗い梯子を徐と登って、洋燈の瓦斯臭い竹代の室〈入った。 うしろ さん の意任せにはしないで、何處までも家〈入れなきゃならないなん おッしゃ 「竹代様、御勉強 ? 」と背後から聲を懸ける。 て、其様な壓し付ける様な事仰有るんです、我儘ちゃありません 机の上に心を奪はれて居た竹代は、 びッく . り ねえさん か、我儘です、貴女だッて、良心に問いたら能く解るでせう : : : 。」 「おや、姉様、」と吃驚して、「如何なすッて ? 」 「少し持って行たい物が有ってね、」と云ひながら妹の傍に近く坐「然う云はれて見ると、私も我儘だッたけれどね = 新。」 「い乂え、今回の事ばかりは姉様の我儘からです、假令、姉婿様に しむけやう やって、「何を勉強してるの ? 」 は 覗」て見ると、其れは和譯 0 約全書であた。竹代は開」て居少し位落度が有 0 ても、それは、貴女 0 待遇様で如何にでも成るぢ ・、ロやありませんか、今云っても仕様が無いけど、彼の、藝妓の事が氣 た書を靜に閉ぢて、凝然と姉を見成ったが、最う感に耐〈ぬカ女 7 5 く、その眼は催涙んで、唇の邊は顫〈て來る。雪江も、最初の中はに懸るなら、何故、私〈相談しちや下さらないんです、最初彼様 こ、 あやま
「宜ござんす、其れぢや、貴方がたの可い様にして下さい、私は最うとするけれど、振向きもしないで、意地になツて沖 ( 沖 ( と急い こ、ろもち あて で行くが、其の心細さが何とも云へない様な : : : 、厭な心地で、的 う、何にも知らないから。」と云ふや否や座を起って了った。 ) ッ′、り わえさん は無けれど奧庭の樹の間を足に任して進入ったのである。 「あら、姉様何處へ行らッしやるんですよ、」と竹代は吃驚して、 「やア、御散歩ですか。」 直ぐ頭の上で呼ぶ聲がしたので、振向くと其處の築山の摺鉢形し 雪江は答も無く、次の間の椽側から庭へ出て行くのである。圧左 なかば た頂上に、日外の嵐に半吹飛ばされたま長になツてる古い屋根の四 衞門も理八郞も、其の我儘なるに呆れたらしく、只だ其の背姿を眺 むかひあ をや 阿が在って、其處の腰掛臺に、片隅の下った卓子を隔てゝ對合って めて居た。 いたる るのは從兄の禮之助と客の石丸逹である。 「姉様、貴女、其様な短氣を起しちゃ困るちゃありませんか、」と 「はア、」と雪江は頂上を眺めて、「貴方がたは、其處で何して居ら 竹代は同じく庭へ駈下りて、姉の袖を控へて云った、「姉様、何が 其様なに氣に障ったんです、え、私ばかしぢゃありませんよ、本家ッしやるの ? 」 而ると禮之助は例の眠足らない様な、食った事の無い物を口へ入 の人逹だッて、彼樣に心配して居るぢゃありませんか、其様な我儘 な事を爲すッて、仕舞には如何する心算ですよ、姉様、其様な我儘れた時の様な、吃驚した様な、眞面目の様な、一種變な不斷の顏を こちら な事をなすッて、本家の人逹が、最う關はないと云ったら如何なさ此方へ振向けて、 もちまへ 「何もして居ません。」と本色の愛想氣無く云ふ。 るんですよ。」 「まア此處へ來らッしゃいませんか、大變に好い景色です。」と逹 「なに、厭な者なら、誰にも關って貰はないで可いから : : : 、」と ゑがに あをざめ 云ったが、自分を見上げて居る妹の顔の色を蒼褪て、眼には一杯のは笑顔を作って招ぐのである。 にはか 涙を湛 ( て居るので、江も急に悲くなツたのか、「私には私の考「然うですか、」とお叩頭して、竹で土留をした段々を登って行く。 まへさん っッちゃ 最う爰は奧庭の端で、薄い生垣の外には對岸まで四五町も有る利 へもあるから、まア放棄っと置いてお呉れよ、可いから、お前様の み・つか》ごすさ ゅうべ 根川の上流が、昨夜からの雨に水嵩增って、渦を卷きながら流れ 心配になる樣な事は爲ないから」 : : 。」 さかさま むかふ 「姉様、其様なに、何處までも我を通さないだッて可いぢゃありまて、對岸の靑々とした小山が倒に映って居る。 「何時見ても、見飽きない佳い景色ですねえ。」と云ひながら、雪 せんか、よ。其様な事を云ってる暇に、何私と一緒に家〈歸って 江は二人に離れて腰を卸すと、 下さいよ、姉様、姉様てば。」 「其の柱へ寄っちゃ可けません、羽蟻が大變です。」と逹が注意す 「竹代様も強情だよ、私だッて、圓城寺の家に生れた娘ちや無いか むかふ ね、然う何も彼も、良人の勝手に爲って居たら宜からうけれど、然る。 たちはな 「おや、」と吃驚起離れて、「まア、大變な羽蟻だこと ! 」 うは出來ませんよ。」と無理に竹代の手を引離した。 あて で、今度は逹の傍へ行って腰を卸すと、其れまで煙草ばかり味へ や 竹代は餘の悲さに繼ぐ可き言葉も出ず、手巾を顏に被てたゞ突立 こ、ろ って泣いて居た。雪江は妹の胸中を察して居ぬではないが、自分もて居た禮之助は、 さん うち 「雪江様、貴女は未だ家へ歸らんですか ? 」 胸の中が亂れに亂れて、何だか小舟で只だ一人、暗い沖へ漕出した あら を眺めて居た雪江は、其の眼を禮之助の顏に轉して、 様で、》後の岸からは有ゆる知った程の人の聲がして、自分を呼返さ 「ま、此處に居て下さいよ。」 もん つもり ハンケチ いっか はづお テイラル うつ たん くは あ・つ
しかた あたま 「其ア、頭腦が惡いからでさ。頭腦が惡きや詮方が無いさ。」と眞「誰 ? 石丸ですか ? 然うかも知れまぜん。」とばかりで、また 讀はじめる。 面目に辯解したが、 さん ねえさんどうかみづ ・、」と今度は堀田に向いて、貴方は、何 「だッて、今堀田様が 「姉様、何卒冷水を一杯下さい。」 薫が起って去った。引交へて園丁兼書記の堀田が、薄い俳諧の雜うして其様な事を知ってるの ? 」 いひたづけ 「大概解りまさア。」と嘲ける様な顔をして、「故鄕に許嫁の女があ 誌を持って入って來た。 すてき 「先刻お話したのは此れですが、」と禮之助の前に來て其雜誌を開る相です、けれども、東京に非常な奴が着いてるもんだから、鄕里 へ歸って厭な妻君を持たせられるよりはと云ふんで、それで、東京 いて見せる。 に愚圖々々してるんでさア。」 「はア、成程、是が君の句だね、若竹の撓る力や雀の子、若竹の 「然うかなア ? 」と禮之助は訝しさうに云った。 撓る力や雀の子 : : : 。僕には好く解らんが、面白い様だ。未だ有る 「でなきや、如彼して愚圖々々してる理由が無いぢゃありません ね、えゝー、毛虫化して蝶と成る日や靑嵐、此奴は面白い、何うも か、既う、去年卒業した人が 餘程氣拔だ。毛虫化して・ あら どッち 「何方が好いでせう ? 」堀田は滿面に嬉さを見はして、「毛虫の方「いや、其れは違ふ、其は學校に居って研究したいからさ。」 「然うですか、ちゃ、病院の助手になりたいんで、それで、如彼し が好いでせう ? 」 てるんですか ? 」と云ったが、また變に笑って、「でも、其の藝妓 「無論此の方だね。」 「然うでせう、それを、駒尾様は雀の子が優いと云ふんです、其と深い關係が有るから、それで其様な氣にも成ったでせう、で無い ものが貴方・・ : : 。」 の、撓る力と云ふのが面白いッて。」 「堀田様、」と竹代はロを出した、「貴方、何處で其れを聞いて來 「成程、然う云はれると此れも面白い、」と首を傾げた處へ、姉が 水を持って來て呉れたので、雜誌を其處に置て、「併し、僕には解て ? 」 さん 「いえ、今禮之助様から聞いた許ですが。」とまた變に笑った。 らん。」 竹代も薫も解せない事に思った。成程解せない事である。話した 「是は洒落た。ハイプだ。」と堀田は其處にある醫學士のパイプを把 げいしゃいろ 上げて、「藝妓に情婦が有るだけ、持物が洒落てるぢゃありません本人よりも、聽いた方が餘計に知って居ると云ふ事は有る可き事で はなし けれど・も ない。雖然是は、禮之助の談に堀田が筋を通したまでのことで、當 ふたり びッくり らなければ嘘と云ふまで、二女が氣を揉む程の大事ではない。全躰 「おや、其様な方 ? 」と薰が吃驚した顏をして禮之助に訊ねた。 どん つま みは この堀田と云ふ男は、人の噂をするが好きな更り、何様な詰らない 竹代も同じ様に眼を糶った。 「然うですとも、様子を見ても解るぢゃありませんか、」と禮之助話も面白く話して聞かせる能がある : : : 、豚の胃は人間の棄てた物 とこ ちょいと 、品が有つを消化して人間の食へる美味い肉に化す、丁度其れと同じことで、 やよりも速く堀田が答へた、「一寸意氣な處があッて : は この男の耳に入った物は、面白い話になツてこの男の口から出て來 て : : : 。併し、肝心の醫術の方は米だ熟れない様だ。」 おとうと さんあ 「禮様、彼の方は其様な方 ? 」と云ふと、禮之助が雜誌を讀んでゐる。途中で禮之助の話した事と云ふのも、實に詰らぬ話しで、種々 5 こらら 3 と石丸の噂が出た中に日Ⅱ勿論其の噂は主に堀田の口から出たので る目を此方に向けたので、「藝妓に情婦なんか有る : : : ? それ きばっ ひとっ さん しな こいっ かは
6 いッけ たか と途方も無い事を聞せられたので、皆一家親族の血を配けた問とは母さん、私逹は田舍者だから、何を聞かしたツて聽く耳を有って無 きまり 云へ、娘の身からは躰裁惡く感はるゝのである。 いと思って、共れでなしてるんですよ : ・ : ・。美術家だのに、洋行ま えれ すゞかぜ 「夏ア暑うれ可げ無え、秋い成って、涼風吹れかア遣らう思って でなすッて、それで何にも藝が無いなんて、誰が承知するもんです さん か、ねえ竹代様、貴女だッて然うでせう ? 」 「然うですとも、是からは暑くて可けませんねえ。それに、阿爺樣「は、其れはねえ、」と竹代は、雪江に氣の毒想に曖昧に云って莞 こり ももッと癒くならないぢゃねえ。」 爾する。 おれ だアぢゃうう ふらん とこれ まへさん 「己か、己ア最う大丈夫ら、不斷と何處も變つら處無い。」と老人 「あら、竹代様まで彼様な事を云ふよ、お前様だッて知ってるぢや にやり は機嫌の悪い色をしたが、直ぐまた莞爾として、「其時ア、お前ありませんか、其樣な、遊藝なんぞの嗜が有るか無いか。」と雪 わえさん まアだれ 逹を皆ら茶屋の姉様にしら、紅え前垂締めれ、揃えの浴衣着せれ、 江は眞面目な顔をしては居るが、其の眞面目な中にも、良人の噂さ はゝ乂ゝゝ」 るゝ嬉さが十分に見えるのである。 「ほゝ、ゝ。くゝゝゝゝ。」と雪江を首め、薰も竹代も餅を入れて 「ほゝゝゝ、彼様なに、一生懸命に爲って祕すから可笑い、おほゝ 居たロを押へて笑った。 ほゝ。」と薰は笑出した。 しめいてをろりをろ ますま 「而しれ、仕舞に手踊を踊らせら、はゝゝゝゝ。」と老人は瓮す得「だッて本當ですもの、貴女方は思違ひして居らッしやるんですも にいさん げいしやかひ 意なのである。 の、其はね、兄様はね、新橋だの柳橋だの、始終藝妓買なんぞ帑レ 「まア、私逹に ? 」と雪江は呆れる。 てる人だけれど、彼の人はもう、實に堅いんですよ、ですから學友 おとなし もん 「阿爺様、ついかッて何だい ? 」と少年は訊ねる。 間で、温和いと來てはもう有名な物ですもの。」 てをろり てをろころ わざぎゃうさん 「手踊たア、手れ踊る事ら。」 「然う ? 本當 ? 」薫は態と仰山な顔をする。 「手で踊るのかい : : : 。然うか : : : 。」と少年は食ふ丈の物は食っ 「本當ですとも、道樂と云っては、只だ、繪を描く事と書を讀む事 て了ったので、退屈想な老人の顔を眺めて居たが、軈て洋大の事でばツかり。」 も想出したかおいと外に駈出した。 「然う ? 其ればツかり ? 未だ有るでせう ? 」 さ ちるじ 「其の時こそ、常雄様に藝を演ぜなきや可け無い。」と主婦も笑な 「いゝえ、彼の通り酒も餘り飲まず、交際だッて、何方と云や嫌ひ きん がら、「ねえ薫様、其時は、何と云っても遁しませんねえ。」 の方だし : : : 。」 「はア、今度はもう。」 と云ふと、薰は眞面目な顔をして、 「あら、其樣な、藝なんぞ有る人ぢゃありませんよ。」と雪江は一一 「いゝえ、未だ他に有りませう ? 」 人の言葉を打消して云った。 「然うですねえ、有ると云った處が、」雪江は考へて、「散歩する事 「無い事があるもんですか、阿父樣は能が上手だで名高い方だし、 は好きだけれど : : : 。」 おあにいさま 阿兄様は素人義太夫で、東京でも指折の方だと云ふ話だもの、常雄「いゝえ、其様な事でなく。」 たばこいろん 様に轗が無いなんて、其様な理屈が有るもんですか、ねえ薫さん。」 「然う : : : 、莨は種々な莨を喫んでるけれど : : : 。」 あれ 「は、有りませんとも : : : 。」と薫は何やらを呑込んで、「必然ね叔「其様な事でも無く : 。貴女、彼にが着かないの ? 」 たちみん 0 そ にが やがジャック いからけ めい たしなみ ん
0 2 いひっ 其れが、一生懸命に成って祕す程の大事なんですか 下男は命けられたまゝ沼 - の方へ行った。 さん 竹代と薫とは目を見合はせて、云って了はうか如何爲ようかと迷 「竹代様。」と、叔母の家を出てから米だ一言も口に出さない雪江 って居るらしい。雪江はまた言續けた、 が、此う云って妹の顔を凝然と視詰めた。 私に聽かして不快の念を起させち 「え、何です ? 」竹代も姉の顔を視たが、また、「姉様、何です「貴女がたの意は此うでせう よ ? 」 や詰らない、若し、嫉妬の餘りに、飛でも無い不料簡でも起させち まへさん や大變だからーーと云ふのでせう、然うでせう ? 」 「私の思ふ様でも無い、本當に、お前様は水臭いよ。」 。ねえ竹代様。」 ・ : 、私が如何かしました 「いゝえ、然うぢや無いけれど : 「あら、」と竹代は眼を糶って、「何を : 「いゝえ、然うです、然うで無いものなら、何故祕すんです ? 」と 「其様なに儺けてるんだもの、」と嘲る様な眼をして、「薫様だッて雪江は二人の顔を交る交る視て、「貴女がたは、些とも私を信じち や呉れないのですねえ。私が其様な事を聽いて、不料簡を起す者か 然うだわ。」 「おや、私が : ・ : 、私が水臭いッて : 何を ? 」 如何だか、大概、私の性質だッて知って居さうなものちゃありませ 「水臭いぢゃありませんか、」と云って、勃然とした顔をして、「宜んか。私は、今日の佛の妹と云ふ事は、片時も忘れアしませんよ おツかさん うござんす、夥多然うなさいまし。私は、是で良人に祕する事でも 。阿母様は如何して亡くなツたか : : : 、世間では何と云って評 判するか : : : 。」 貴女がたには打明けて居るのに、貴女の方ぢや然うで無いのだか ら : 。宜う・こざんす、詰り、私の徳が無いのでせうから、私の様 此うまで云って、雪江は顔を覆うて泣出した。竹代も同じく眼を うつむ な缺點の多い者は、親友を得る德が無いのでせうから、宜うござん押へて居る。薰は悄然と俯向いて、時々溜息を洩すのみである。 ものわらひ 「何様な事を聽いた處で、可私まで、世間の胡盧に成る事は爲な 「ぢや、姉樣、先刻の、彼の繪の事てすか ? 」と竹代は途切々々にからうちゃないか、それとも、竹代様から見れば然う見えるか知れ 云った。 ないけれど : : : 。」 また 「宜うござんす、然う云ふ意なら。」と雪江は再同じ様な事を云っ 「あら、姉様、然う云ふ譯ちや無いんですよ、私の祕したのは惡い て、「私だッて目が無いちゃなし、本家の姉様に似てるなんて、其けれど、共様な、姉様を疑ふなんて : ・ 様なしを爲ないでも可いぢゃありませんか = : ・・。」 「ぢや、此様なに氣を揉ませないで、直ぐ話して呉れても可いでせ あれかなもり さん 「だッて、彼は金森の叔母様の云った事ぢゃありませんか。」と薫う。」 こ、ろ は辯解した。 「は、姉様が然う云ふ意なら、最う何も祕す事は無いけれど : : : 。」 「幾ら祕さうたツて、探す氣に成れば直ぐ判る事ぢゃありませんとは云ったが、薰と顔を見合はして言淀んでゐる。 ひとりごと か、」と雪江は獨語の様に言續けて居る、「また、祕すなら祕しても 「ちゃ、彼の繪は誰に似て居るの ? 」 どれほど あれ てうし 可いけれど、其が何程大事だらう、其様なに一生懸命に成って祕す 「彼ですか、彼はね : : : 、」と云って、急に語調を變へて、「姉様、 わうち げいしゃ こ、ろ 程の價値が有るでせうか : : : 、何處かの藝妓に似て居るとか・ 何も彼も云って了ひますからね、是まで默って居た私の意を察し 常雄の圍ってる妾に似て居るとか : : : 、何か其様な事てせう : て、何卒姉様 : : : 、お願ひですから : たんと みは こ、ろ ねえさん きん どうか あれ こ、ろか
しと 「いゝえ、然うちや無いけれど、」と云ったが、「あら、此の人は厭 むき 而ると仲働女は、可笑な事を云ふよと云った様な顔をして此方を はなし だよ、眞面目に成ってまア、只だ談話ぢや無いかね。」 眺めたので、お末は愈よ勃した様子で、 「だッて、私ア旦那様の威張臭って居らッしやる處を見ると、腹が 「ふん、幾ら旦那様でも、三合のお仲間なんだ、其様なに威張 立って腹が立って、如何して上ようかと思ふ位だもの : 。彼様なられて耐るもんか、」と他の窓の下 ( 踏臺をがたりと強く置いて、 に、一生懸命になツて奧様が御機嫌取って居らッしやるのに、知ら「本當の事、此様なに家中總掛りで、毎日旦那様の事ばかりするに アん顏して、ろくぞッ談話もなさらないし、夜と云〈ば、只だ一 おやすみ は當らないんだ。此樣なにやいいするから、可い氣に成って威張 ねだい た、ツこはちま 人此處 ( 御寐なさるし = ・ : 、本當に、此様な寐臺なんざア打毀ッ了ー腐るんだ。奧樣も、凝然として放棄っとお置きなされば可いに = ゑかき や可いんだ。」 毎日寫生に出ようが、離々に臥ようが、何が怖いだらう、先方で然 みせつけ 「おほゝゝ、 、大變だこと : : : 。」 う云ふ氣なら、此方は此方で、俳優でも呼んで誇示て遣れば可いん やれ 「だッて、お前様は然うは思はないの ? 奧様の、彼様なに憔悴てだ : : : 。」 居らッしやるのが解らないの : : : ? 」 「ほゝゝゝ、おほ、ゝゝゝ。」 さん たんと 「其れはお末どん、お前樣が云ふまでも無い、熟く解ってらアね。」 「お竹様、何が可笑いの ? 可いから夥斗お笑ひなさいよ ! 」 くやし 「ちゃ、お前様だッて、然う云へた義理ちや無いでせう ? 」 「おほ長長 、お末どん、お前様其様なに口惜いの ? 」 「私や、別に何とも云やしないわ : 。可笑なお末どんだよ、彼樣「知らないよ。孰せ私は馬朧ですからねえ。」 しと はなし な喧嘩面して。お前樣の様な人たア談話も出來やしない。」 「可笑なお末どんだよ、誰も何とも云はないのに、」とお竹は睨め 「ふん、お前様に談話して貰はないだッて、些とも困りアしませんて居たが、また、「だけどねお末どん、最う、其様なに口惜く思ふ よツにどやさし からねえ。」 事ア無いよ。昨日あたりからね、旦那様の御様子も餘程お有情くな 「可笑なお末どんだよ。」 ッたし、奧様だッて、今朝あたりはお元氣は可いんだし、最う、お 、、、にらみあ なかなほり 二人ともちろりと睨合って、ロを噤んで、雜巾を動かし始めた。 中直遊ばすだらうよ : : : 。然なるとねお末どん、お末どんてば。厭 しばら 久くするとお末は踏臺を下りて、床に置いた・ ( ケツで雜巾を洗ふだよ此の人は、返辭もしないで。可いから、其れちゃ何も話して上 と、今迄身に遮られて居た十時頃の日脚は、其處の窓から四角に射げないから。」 して、・ハケツの水影がきらノ \ と天井に映った。壁に懸けてある油「だから、何ですよ。」 か憎 繪の額縁は。ハッと明るく光った。 「知らないよ。」と仲働女は怒った顏色をして見せ、獨語のやうに、 あんま ばかり 「奧様もまた、餘り意氣地が無いちゃないかね、何も、旦那様許が「誰かに聞かしたら、また悋氣かも知れない : : : 、默って居よう。」 男ちや有るまいし : : : 。」とお末は働きながら獨語し始めた、「此云 「何ですッて、何時私が悋氣ました : ・ お前様ち〕ゃあるまい ごを、りゃう やふ結構なお家に生れなすッて、御容貌て云や、繪にも描け無い様な さんもらに さん なかやい 美い御容貌で : 、お婿様を貰ッて云ふ日にア、其れこそ、華族様 「おや、私が何時、奧様と旦那様の間を悋た事があッて、え、お末 いくらきて どん : でも大臣樣でも、幾も來人が有るんだ、旦那様の御機嫌がお惡いた ッて、何が怖いもんか : ・ : ・。」 「有りますとも。お前樣は何時も然う云ふぢゃないか、旦那様と奧 さん さん しと なかにたらき きのふ やくしゃ こちら