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検索対象: 日本現代文學全集・講談社版 31 小杉天外 木下尚江 上司小劍集
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1. 日本現代文學全集・講談社版 31 小杉天外 木下尚江 上司小劍集

よ。 銅貨三つとを、其の日の賃錢として齋藤から受け取ったお吉は、そ ・ : お前の直ぐ後で貰ったんだがね、何んでも明冫 台二十一年と かに出來た銀貨を貰ったんだよ。それをお園さんがレコの傍で改め 8 れを毛絲の巾着に入れて、帶の間に挾んで、他の職工より少し先き おないどし に工場を出て、藪の多い野道を二三丁ほど考へ・ことをしながら歩い て見て、あらこの銀貨、私と同年よ、ツて何時もの甘ったるい口振 て、道しるべの石地藏の立ってゐる四つ辻まで來て、後を振り返へ りでやったんだよ。スルとレコが笑ひながらお園さんから其の銀貨 りながら、人待ち顔に立ってゐる。 を取って見て、お前は一一十一年生れか、なんてやりながら、指を折 「お吉さんヒドいね、おいてけぼりを喰はしてサ。 : : : 早く歸って って數〈て、それちや一一だね、ツてまた一つ二十一年出來の銀 としかさ 寺田さんの顏を見ようッていんだね」と、年嵩の女工はにこ ~ 、笑貨を呉れたんだよ」 ひながら、左の手に包みを持って歸って來た。 「それでお園さんとレコが怪しいッてんだね。堪らないね、お直さ 「厭やだよお直さん。大きな聲でサ。聞えると悪いちゃないか、あんにか乂っちやア。 ・ : 」と、お吉は冷かに笑ふ。 の人はよくこの邊へ散歩に來るんたから。 「でも可笑しいちゃないか、何も人の見てゐる前で、お園さんに二 、あの人 : : : あの人はいゝね、まだ旦那様とは云へないん十錢玉を一つ餘計に與らなくッてもよさゝうなものぢゃないか。 だからね。 ・ア、暑い / 、、只の惚氣を聞かされると餘計に暑い : この前に遲くなって汽車に乘りおくれて、レコが不動前の大黒 かはほり よ。それに今朝曇ってたもんたから、蝙蝠を忘れて來たんだよ、共屋に泊った時、お園さんがめかし込んで、お袋と一所に大黑屋へ行 からだ の中へ入れとくれ」と、お直は其の肥った脂肪の多い身體をお吉の ったツて云ふことだよ。其の時がお目見えだったんだらう。今にお じゅす うち 傍へ寄せて、お吉のさしてゐる毛繻子の蝙蝠傘で日光を避けなが園さんは長峰か三田村あたりへ小意氣な家を建てゝ貰って、猫と一 くしやみ ら、 所に暮すんだらうよ。 ・ハクション」と、お直は嚏を一つし みづばな 「痛くて仕様がないの、腿摺れがサ」と、俯いて着物の上から太て、出か又った水鼻汁を手の甲で横なすりに拭いた。 「厭やだよ、お直さんは、暑い / \ ッて風邪を引いてるんちゃない 腿のあたりを押へてゐる。お吉は迷惑さうな風をして返辭もしな うらやま : そんなにお園さんが羨しいんなら、燒餅ばかり燒いてゐ あした あし 「お前知ってるの、お園さんは怪しいよ、レコと」 ないで、お前も明日あたりお錢を貰ふ時に、生れ年の銀貨でも見つ ・お前の お直は急に聲を低うして、今を押へた手の親指をお吉の前に突け出して、お園さんの眞似でもして見るといゝんだよ。 き出した。 生れ年の銀貨は文久三年ぐらゐたらう、銀貨より文久錢を持って行 「さう、私ちッとも知らないよ。でもレコはおかみさんがあるんだ く方が早いや、穴のあいた : : : 」 らう」と、お吉は甚だ冷淡である。 「馬鹿におしで無いよ、文久三年の銀貨があってたまるもんか、 ・ : これでも明治六年生れですよ」 「そりやおかみさんはあるサ。何日か工場へ來たちゃないか。眼の 圓い色の白い、 「そんなところで何をしてるんだい」 ・ : 金鎖なんそ下げて、 : : : 着物は縮みか何んかだ ったが」 汽罐係の彦さんは、ドーマ聲を立てゝ歸って來た。 一さうだったかね」と、お吉はうるさゝうである。 「彦さん、私お前の歸るのを待ってたんたよ」と、お吉はお直を棄 あし 「今日、お園さんがね、レコからお錢を貰ふ時の風ッて無かったてゝ、彦さんの方に寄る。 うつふ

2. 日本現代文學全集・講談社版 31 小杉天外 木下尚江 上司小劍集

436 開かれた娼演説會で演詭し、發娼運動を察を監督した。 して平民社に勤務するの怪物と化了」し もりあげた。一一月十三日、足尾鑛毒被害民 た。五月、靑年會館で無敎會基督敎徒の懇 明治三十五年 ( 一九〇一 l) 三十四歳 大擧上京。十五日から特派員として實地調 談會を開く。『火の柱』を平民瓧から刊行。 査に當り、三月にかけて報告記事を新聞に二月、鑛毒被害民救濟のため關西地方遊七月、茨城・群馬・長野地方を遊説。雜発 連載。三月一一日、吉原から逃げて來た少女説。七月、前橋のキリスト敎徒に推されて「時代靑年」が、四ページにわたる人物論 津田きみを保護した。一一十四日、瓧會主義衆議院議員總選擧に立候補。幸德によれ「木下尚江」をのせた。「顔の長い頬骨の出 協會入會。六月、『足尾鑛毒問題』刊行。 ば、「道德に於ては『愛』の、政治に於て張った色の淺黑いやせぎすな , 男で「質素 十月、「娼之急務』刊行。また關西に度は非帝國主義の、經濟に於ては瓧會主義のな木綿服を無造作に着て朴木齒の日和下駄 娼遊説、演説中ピストルをつきつけられた大傳道」の結果得票約五。ハーセント、二十に白足袋といふ、極めて妙な風彩で : こともある。十一月、星亨派の東京市參事九票で落選。 演壇の彼は街頭の野暮な彼でなくして頗る 會員三名、三井鉛管事件で拘引された。そ 意氣な辯士である。臨場の警吏は此奴こそ 明治三十六年 ( 一九〇一一 l) 三十五歳 の頃から烈しく星亨を攻撃した。十二月、 といはぬ計の顏で劍を按ずる。 : : : 或者は 和賀操子と結婚した。 二月、橫濱から總選擧に立候補した島田一一一豫言者を以て彼を見、或者は小トルストイ 郎を應援。四月、大阪で開かれた瓧會主義を以て彼を評すると共に、一部からは國賊 明治三十四年 ( 一九〇一 ) 三十三歳 大會に出席。十月八日、社會主義協會の第賣國奴を以て罵られて居る」と。八月から 毎月一回の毎日新聞演説會が行われ、尚江一回非戰論大演説會で「日本人の最高趣十一月にかけて「良人の自白」前編を「毎 はほとんど毎回演説した。三月、社會主義味」と題して演説。十一月、幸德と堺利彦日新聞」に連載。十二月、「平民新聞」第 協會が始めて開いた社會主義學術大演説會を中心として週刊紙「平民新聞」生まれ、 五十三號筆禍事件公判に辯護人として出 で、「瓧會主義の實行」を論ず。四月、内尚江は外部から援助する。 廷。一一十日、『良人の自白』 ( 平民瓧 ) 刊行。 村鑑三とともに鑛毒地を視察。五月、片山 二十五日、平民瓧忘年會で「過去一年の間 明治三十七年 ( 一九〇四 ) 三十六歳 潜、安部磯雄、幸德秋水らと瓧會民主黨結 に私の身に取りて特に變った事のあったの 成をはかったが、結社禁止を命ぜられた。 一月から三月にかけて小説「火の柱」をは、近頃私に宛てて非常に澤山に小説を送 六月三日、綱領を改めて瓧會平民黨の立黨「毎日新聞」に連載。一一月十日、日露開戦。 って來る樣になったことです」と語った。 を屆け出たが、やはり禁止された。二十一 三月一一十五日、「毎日新聞」掲載の「軍國 明治三十八年 ( 一九〇五 ) 三十七歳 日、星亨が刺客に殺された。八月、兵庫縣時代の言論」のため起訴され、四月一日罰 高砂流毒問題の實地調査に當り、報告記事金二十圓の判決を受けた。十二日、「平民一月二十九日、「平民新聞」終刊號出る。 を新聞に連載。十一月、矢島楫子、潮田千新聞」第一一十號瓧説「嗚呼增税 ! 」筆禍事一一月五日、「平民新聞」後繼紙「直言」出 勢子らと足尾鑛毒被害地を視察、被害民救件控訴公判に辯護人として出廷。十六日、 る。一一十八日、幸德、西川光一一郞下獄後、 濟運動をおこす。十二月、學生の鑛毒地視堺が下獄したので、尚江は「毎日社に衣食堺、石川とともに平民瓧の經營に當る。四

3. 日本現代文學全集・講談社版 31 小杉天外 木下尚江 上司小劍集

5 にか 上に對してのみで、他の出來事、印ち主人の病氣、親戚の不倖、家あるでぜう ? 」 ものいひ 駒尾老人は眼をぎよろりとして、 内に起る爭論などには至って無頓着で、自分の膳 ( 付いた香物が刻 「え \ 理由も何もありませんが、たゞ、旦那が持って行けと云ふ まれて無い程にも氣を揉まぬ。これは此の老人の性質か、で無けれ ものですからな : : : 。」 ば、若い時から種々煩さい事に世話を燒いたので、最う其様な事は と云ひ切らぬに、 面倒臭いのか、それとも、自分の負はせられた事務が忙しいので其 「だッて、只だ持って行けと云ふばかしで、それで持って來たんち 處までは手を出しかねるのか、孰れにしても其様な出來事には極め なん て冷淡である。で、今回の主人夫婦の中違に就いても、他の者は己や無いでせう、何か其處に理由が有るでせう、其の理由を話して下 なか なげ が受持の用を抛て噂し合ってる間で、駒尾ばかりは一向平氣なものさい、その、持って來た理由を・ まのあたり 「奧様、貴女の様に仰有っちゃ困りますな、」と老人は嚇となツて、 であッた。と云ふのも、今眼前に見る雪江の樣子程に、此の中違を 高い聲を一段高くし、「何も無い事を話せと仰有っても話せません、 大いものに思はぬからでもあらうが。 しばら そんな無理な事を仰有っては困ります。」 「共れでは駒尾様、旦那が如何云ふんです ? 」と雪江は久くしてか 「無理ってな何方で云ふ事てす、譯も知らない私に、そんな物を持 ら、常の聲に律って云ふ。 おッしゃ って來て・ 「如何と申して、別に、如何とも仰有いませんが、只だ、此の事は いとこ 「まア、雪江能、」と理八郎は從妹のロを止めて、「貴女の様に云っ 奧様に伺って決める様に仰有いましたものですから。」 ばかし たツて可けませんや、駒尾様は單、都に來た許ちゃありません 「然うですか、其れ許ですか、他には何とも云ひませんでした か、駒尾様に食って掛った處が : : : 。」 「ちゃ、私は如何すりや可いんです ? ーと云ふや否や、はら / 、と 「左様、別に如何とも仰有らない樣でしたが、」と訝しい顏をする。 うなづ 涙を落して、「私は今、家を出されて居る者ちゃありませんか、そ 「然うでしたか。」と雪江は點頭いた。 はなし 、調戲半分に其様な事を持って來て それから其處に居る理八郞と駒尾との間に、農事に就いての談話れを、貸金が如何だなんて : てうし が二つ三つ交へられた。 おくさんちょッと 「奧様、一寸待って戴きまぜう、」と駒尾老人は例の鏡い語調で、 「駒尾様、」と久くしてから、雪江は其の俯向いて居た面を揚げて、 「その、今の證券と云ふのは何でせうね、常雄の名宛に成ってませ「調戯半分たア何です ? 私は、自分一己の了簡で參ったのちや有 りませんぞ、これでも、旦那の命令を受けて參ったのですぞ : : : 。」 うね ? 」 「まア / 、駒尾様、貴方の云ふ事は能く解ってますから、」と慌て 「は、其れは矢張り、旦那の名に成ってます。」 「然うでせう、其れでは、旦那の決める事で、私の知った事ぢや無て理叭郎は制する。 「評皹と云ふもんです、私は今、其様な : : : 、其様な氣樂な身ぢや ゃいでせう ? 」 無いちゃありませんか、證券が如何の此うのツて、」と雪江はます 「は、まア然うです : ・・ : 。」 「まア、然ですッて ? そんなら、」と雪江は膝を進めて、「そんなます泣きながら、「其れは、皆な掛って私を虐めると云ふもんで なん とこ ら何故、私の所へ持って來たんです ? それには何か、何か理由がす。」 さん はかし おッしゃ わけ どッち からかひ くわッ

4. 日本現代文學全集・講談社版 31 小杉天外 木下尚江 上司小劍集

戴致しませう」 様でーー御不禮無い様に御挨拶を」 「こりや奇麗な花嫁が出來ましたわイ」と利八は大笑す、 偖はと梅子の胸轟くを、松島は先づ口を開きつ「我輩が松島と云 ぶこつもの 「あら、旦那、何ですねェ」と、お熊は手を揚げて、叩くまねしつ ふ無骨漢ですーー御芳名は兼ねて承知致し居ります」 「是れでも鶯隝かせた春もあったんですよ」グッと飮み干してハッ 去れど梅子は只だ重ねて默禮せるのみ、 あなたさま 如才なき大洞は下婢が運べる盃取って松島に差しつ「ちゃ、貴所ハと笑ふ、 何れも相和して笑ひどよめく、 からお始め下さい」 梅子の眉ビクリ動きつ、帶の間より時計出して、ソと見やるを、 「梅子、お酌を」と、お加女は促がしつ、 お熊は早くも見とめて「梅ちゃん、タマに來て下だすったんだか ゆっくり 一一十一の三 ら、何卒寬裕して下ださいナ、其れに御遠方なんだから、此の寒い つもり みゆるぎ 夜中にお歸りなさるわけにはなりませんよ、最早、其の心算にして 「御酌を」と促がされたる梅子は、俯きたるま、微動だにぜず、 置いたのですから、一泊りなすってネーーーね工、お加女さん、可い 再び促がされても、依然たり、 「何したんだね工、此の女は」と、お加女の耐へず聲荒らゝぐるでせう」 「ハア、遲くなったら泊りますからッて、申しては來ましたがネ」 を、お熊はオホ、と德利取り上げ、 「なにネ、若い方は兎角耻づかしいもんですよ、まア其の間が人も 「ちゃ、大丈夫ですよ」と、早くもお熊は酒が言はする上機嫌「暫 おばあ く振りで梅ちゃんの琴を聽かせて頂きませうーーー松島さん、梅ちゃ 花ですからねエーーー松島さん、たまには、老婆さんのお酌もお珍ら んは西洋のもお上手で在っしゃいますがネ、お琴が又た一ときはで しくて可う御座んせう」 としより 「老女の方が實は怖いのサ」と、松島の呵々大笑して盃を擧ぐる在っしやるんですよ」 を、「まア、おロのお惡いことねェ」とお熊も笑ひつ「何卒松島さ 「左様ですか、 是非拜聽致しませう」と松島は盃を片手に梅子 に見とるゝばかり、 んお盃はお隣ヘーー」 みだ 酒玖第に廻りて、席漸く濫る、 「左様ですか、ーー然かし失禮の様ですナ」と、美しき梅子の横 「旦那」と小聲に下婢の呼ぶに、大洞は暫ばしとばかり退かり出で 顏、シゲ / 、見入りつ「では、山木の令孃」と小盃をば梅子に差し 付けぬ、 お熊の目くばせに、お加女も何やらん用事ありげに立ち去りぬ、 「梅ちゃん、松島さんのお盃ですよ」と德利差し出して、お熊の促 お熊は松島の側近く膝を進めつ「ほんとにね工、さうして御兩人 がすを、梅子は手を膝に置きたるまゝ、目を上げて見んとだにせ どんな 並んで在っしやると、如何に御似合ひ遊ばすか知れませんよーーー梅 ず、 の あなた 「梅子、頂戴しないのかね」と、お加女は目に角立てぬ、「かう云ちゃん、貴孃も嬉しくて居っしゃいませう」と、醉顔斜めに梅子を てうし 窺ひ、德利取り上げて松島に酌がんとぜしが「あら、冷えて仕舞っ ふ不調法もので御座いましてネ、誠に御不禮ばかり致しまして」 引「なにネ、お加女さん、御婚禮前は誰でも斯うなんですよ」と、おたんですよ」と、ニャリ松島と顏見合はせ、其儘スイと立って行き 貢はノッを合はして「ちやア梅ちゃんの名代に、松島さん、私が頂ぬ、微動だもせで正座し居たる梅子、今まお熊さへ出で行くと見る どう てうし こら ちよく ぬ、 おとま ちよく おふたり

5. 日本現代文學全集・講談社版 31 小杉天外 木下尚江 上司小劍集

156 「拙者の戀しまゐらせつるをば、父君にも妹姫にも、悅ばせ給はん ずと仰せらるゝか。」と兼隆は異様な眼をした。 「仰せらる又迄も候ふまじ。殿には然は思し給はずや。」 宗時は聲を立てゝ笑った、 まこと 「實ならば、兼隆が幸ひ之に過ぐるものあるべしや、」と隱し切れ 「殿には、そを怪しき事と仰せ候ふか、假や都にある妹姫が夢魂、 よろこび ぬ喜悅の色を滿面に表し、「さらば、御邊に賴みまゐらせん、此の故鄕の眞夜中に姿を現はす法はあるとも、など懷しき我が家には來 とりさまよ 蒹隆を妹姫に一目會はぜ給はり候へ。」 らずして、船渡の邊を彷徨ひ候ふらん、紛ふべくもあらず、人違に 「そは何時の日に候ふ。」 こそ候へ。」 「明日にても、今宵にても。」 「人違と仰せらる乂か。」 よしてんぐ とばり 「何を誤り思し給ふ、假や天狗の羽のお在するとも、百三十里に餘 「同じ鳥帽子、同じ直垂の影ながら、障子に映る殿の影と、帳に動 みやこ いづく かけ る京師に候ふ、何處の空を翔りてか、明日までに御邊を導き進らす く宗時が影と違ひつる様にこそ。」 まさ しわぎ べき。」と笑へば。 「さらば、狐狸妖怪の所爲にてもありけん、正しく、北條殿の館を 「朝日御前殿には、京師にお在し給ふとや。」 出で、北條殿の館に歸りつとは聞きたれど : : : 。」と兼隆は不審し 「在番の父の招ぎつれば : : : 。」と宗時は、朝日御前には豫てより き眼をして宗時を見てゐる。 みやづかへ やまび をなごども こしもとはした 宮仕の望ありて、此の春は父と與に旅路に上る筈を、病氣の爲に後「宗時が宿所の女共は、妹は云ふも更なり、侍女婢女に至るまで、 すゑ ひとあしそと れたるが、夏の季になりて時政の招ぐこと急なるまゝ、旅の裝も慌日暮れては一歩も門外に出で候ふ者は侍らず : : : 。而て、其の妹に まゐ ただしく發ったのである、と眞しやかに述べて、「誰が誤りを云ひ逢っと殿へ語り進らぜたるは、如何なる者に候ふぞ。」 俾へて、宿所に在ると思さぜ給ひけん。」 と云った宗時の胸には、河津祐泰の事が浮んでゐたのである。 さかづき くびかし がうぜん にはか 条隆は酒盞も箸も置いて頭を傾げ、 「只今は語り候ふまじ、」と傲然として云ったが、急に面を和げて、 「京師に上りたまへるは、夏の季と仰せ候ふか。」 「宗時殿、其の京師にお在する朝日御前の妹姫には、幾歳にならせ おぼえ 「實に、いまだ秋立たぬ頃と記憶候ふ。」 給へる。」 みは せんざい 「怪しき事もあるもの哉。」と醉眼を大きくって宗時を視た。 「妹も數多く候ふ、千歳ならば十七歳に候ふ。」 うたづ 「怪しき事と仰せらるゝは。」 「さらば、其の千歳殿にやお在しけん、」と獨りで頷きたるが、「千 にがわらひ 「夏の季に京師へ發ちたる姫をば、秋の季に見つる者の候ふ。」 歳殿は、よも京師へは上り給ふまじ。」と苦笑して云ふ。 「拙者の妹に候ふか。」 「京師へ上りたるは、朝日御前一人に侍る。」と眞面目切って答へ 「長月の二十日あまり、たしか三日の眞夜中に候ふ。」 ぎよっ 宗時も悸としたるが、 「如何に侍らん、共の、館にお在する千歳殿に、一目會ひ奉ること かな ・。」と笑ひ掛ける。 「眞夜中にで : 適ふまじく候ふか。」 わたし たやす 「しかも、蛭ヶ島の船渡のほとりに候ふ。」 「最と容易き儀に候ふ。」 と云ひも終らぬに、兼隆は膝を進め、 それがし まゐ いぶか

6. 日本現代文學全集・講談社版 31 小杉天外 木下尚江 上司小劍集

291 灰 が欲しければ、穴藏にかこってあるから、周吉になり仁藏になり云 讀みながら、野道を歩くのは平民の娘のすることちゃ」 をとり 政成は邸〈歸る馬車の中から、雅子が詩集を讀みつ、目黑川り畔ひ付けて出させるがよい。汚い店のものなんぞを買って來て喰ふの は、女工のすることだ」と、政成の聲はたん / \ 高くなる。雅子は を歩いてゐる姿を見たのであらう。 爭っても無瓮と思ったか、默って植ゑ込みの八つ手の葉に、指頭で 「ハイ : : : 」と、答〈ながら、雅子は面を擧げて、父の顏を見た。 不平の色は彼女の顔に充ち、其の二つの眼は異様に輝いて、さなが橫文字を書く眞似をしてゐる。朝日は東の森の上〈高くあがって、 ら父を睨みつけるやうである。政成は忽ち眼を外して雅子の足元を追々熱い光を浴びせて來る。 政成は小言を止めて、庭下駄を引き摺りながら靜かに歩き出し 見たが、彼女の穿いてゐるのは、穿き減らして草履のやうになった こ。雅子は動かない。 駒下駄で、色の褪めた鼻絡が、左の方は海老茶で右の方は焦茶であオ 「旦那様、周吉さんがいよ / \ まゐりますさうで御坐います。別段 る。 「そんな汚い片跛足の下駄を穿いて、・ : : ・全く身分に關はるちゃなに御用は御坐いませんでせうか」と、十七八の小間使が、築山の方 から駈けて來て、政成の前に腰をかゞめて云った。 いか」 「オ、周吉は今日行くかな、丁度よいところへ歸って來た。別に用 雅子は初めて自分の下駄に氣がついて、俯いてよく足元を見る と、左の方のは自分の古い駒下駄であるが、右の方のは、小間使のは無いが少し待てと云へ」と、政成は小間使を去らせて、自分も急 藤のであったから、自分の輕卒であったのが可笑しくなって、覺えぎ足で築山の橫を西洋館の方〈行った。雅子はまだ動かない。 につこ 周吉と云ふのは、小山田家に六年も勤めた男で、初めは下男で、 ず莞爾と笑って、 「ツィ氣がっきませんでした。これから注意いたします」と、云っ次は車夫で、それから馬丁と、主人の地位の上るに連れて自分の伐 目も變遷したが、健脚と正直とで主人の氣に入り、萬事に淡泊なの た。 「お前は昨夕、不動〈行って、歸りに梨子を買って來て、寺田と一一と、親切なのとで、朋輩に譽められてゐた。彼れは小山田家に雇は 人で喰ったさうちゃが、何うも困るちゃないか、身分と云ふことをれる前の年まで、小倉の兵營に入ってゐたので、日露戦爭の時には 直に沼集されたが、脚氣の爲めに直ぐ歸へされて、到頭戦爭には出 考へんから : 父の詰責はなか 2 \ 嚴しい。雅子の笑顏は、忽ちまた元の不平のずに濟んだが、今度小倉の兵隊が朝鮮の方〈行くのでまた召集され て、今日の汽車で出發しようとするのである。それで今度は別に脚 色に變った。 「不動〈行ったのが悪いので御坐いませうか、梨子を買ってまゐっ氣の氣味も無いから、事によると朝鮓で暴徒と戦って、戰死するか も知れぬと云ふので、三太夫の澤本を始め、男女の雇人から、日露 たのが悪いので御坐いませうか」 彼女の問ひは皮肉の中に冷笑の意を帶びてゐる。政成は漸く激し戦爭に召集された時と同様、それ / ヾ餞別を贈り、また主人からも 下され物があるだらうと、澤本から電話で箱根の避暑先きへ伺ふ て來た。 どっち ・ : 藤でも連れて、身分に恥ちないだけの風姿を整と、日露戰爭の時に與った別が無效になってゐるから、今度は何 「孰方も惡い。 も與るに及ばぬと云ふことで、雇人一同今更に主人の吝嗇に驚いた へて行くのなら、時々は不動へ參詣するのもよいが、其の風姿で、 供も連れザに邸の外〈出ると云ふことがあるか、馬鹿め。 : : = 果物が、今日周吉の出發すると云ふ日に、圖らずも政成が歸って來たの うつふ みなり みなり むた

7. 日本現代文學全集・講談社版 31 小杉天外 木下尚江 上司小劍集

折柄の村會議員半數改選には、若い男が四人も出た。阿呆息子と顔に皺が一杯よってゐる。 0 見られてゐた寺田の利一郞といふ高等學校の卒業生も、其の中に居「違ひない。」と、乙まも煮しめたやうな手拭の頬冠りを取って、 す、き た。 薄のやうな白髮頭を掻き / 、笑った。 すつぼん 缺員であった村長は直に選擧された。これまでの例を破って、太 「太政官と靑六では、お月さんと鼈やが、村々の旦那衆が何んで 政官へは一言の挨拶もなしに、靑柳の靑六と綽名されてゐる、六藏あないに太政官厭やがるんやろかい。」と、文きは鍬を其處へ放り ひばり といふ金貸しの四十男が村長になった。 出して、畦に腰を掛けた。雲雀がチューク一フ′・ \ と囀って、一一人の 天滿村九つの大字から選ばれる村會議員十人の中で、四人が東水呑百姓の上を舞うた。 おらら 「旦那衆のすることは、俺等にや解らんなア。」 方、六人が西方といふ勘定になった。東方は太政官派、西方は靑六 派といふことであった。 乙まはかう言ひながら、川縁になってゐる藪地に向って立小便を 「太政官でも何んでも、ドーンと來い。負けはせんぞ。」と、靑六始めた。 「出がわるい。 ・ : 勢のないいか 7 かすない。」と、文きは乙ま は胸を叩いた。 ぶん 「やい文き、靑六が村長になったちうて、皆なが喜んでゐるのがお の腰付きを見やりつ曳言った。 いかいやないか。」と、乙松と呼ぶ老いた小作人は、文吉といふ若「出もわるかろかい。水呑百姓ちふけど、水も碌に飲めん。此頃は 日燒けで。 い小作人を見かけて、野路から麥畑の中に聲をかけた。 おと 「乙まはんかア、 ・ : あの鬼みたいな靑六が村長になって、何が好 この村を貫ぬいて流るゝ、大きな山川の、河原ばかり廣くなっ かろぞい。」と、文吉は鍬の手を止めて、間拔けた聲で答へた。 て、水の細くなったのを眺めながら、乙まはかう言って、 「俺んとこのちいとあった田もあの靑六に取られ、家屋敷も靑六の 「この川床も荒れて高うなったなア。俺ア覺えてから、五尺は結構 もんになってゐるが、村中で靑六にやられて、田地持ちから小前に 高うなってるで。」と、言ひ足した。 落ちたもんが何人あると思ふ。」 「何んしよそら、旦那衆が山ア坊主にして金にするさかい、大水が をとゞし ペえ うはゞみ 出て川床も荒れようかい。 「かいつの金借ったが最後屁ゃ。 : 一昨年の大水何うや、天滿宮さんの もうあかん。田から畑から家屋敷道具まで吸ひ込まれて了ふんやさ石段まで上ったで。 : : : 新田の市作んとこは家が流れて、田が落ち かいな。」 込んで川原になってしもたがな。 ・ : そいでもあいっ負け惜しみの しろ はやびと 「百兩の代もんを、十兩か高々二十兩でせしめるんやさかいなア、 強いやつや、母者人が心配して患ろてる枕元で、靑六に借錢の抵當 證文に物言はして。 ・ : あの手にかけたら、あいつ上手なもんや。」 に取られるより、川に取られた方がえ乂吐かしてけつかった。可哀 「何んしょまア、村長はんが代はろと、誰れが議員さんになろと、 さうに母者人はあれを苦に病んで死んだがな。 : : : 無理もない、猫 いきち むしろはた 小前のもんは生血絞られるばっかりや。 : : : 蓆旗でも立てゝ、一つ の額ほどの田地やけんど、先祖からの持ち傅へや、あゝ一面の川原 がうそう ( 強訴 ) でもやらかさうかい。こんなりでは見い、今まに生になってしもたんで、何處やら分らへん。 ・ : 母者人がわたへんと きついて了ふで。 ・ : 」と文きはどんよりと曇った眼の玉をクリク この田ア何處だッしやろちうて、水の引いたごろた石の川原を、泣 き / 、探してたがなア。」と、文きの言葉は粗雜ながらに、物哀れ リ動かして、血の氣の乏しい顔に笑ひを浮べた。三十の男盛りで、 ・蟒に捲かれたやうなもんで、 いん せれ わづ

8. 日本現代文學全集・講談社版 31 小杉天外 木下尚江 上司小劍集

30 どう ゅうべ ら如何仕ようと云ふの ? 」 い。昨夜から旧父と共に泊って居る薫と、如何にすれば常雄に不快 こ、ろ おてむきあやま 「如何ッて、只だ、診て貰ふ諍しぢゃありまぜんか。」 の感も起させず、雪江も公然に謝罪ることは無く、從って一家に波 おたやか いろ・ / 、 「それで、若し、服藥する程の事は無いと云ったら : : : ? それで風の起らぬ様に、穩に始末が着けらる乂ものか、と種々に工夫を も臥てなきゃならないの ? 」 凝して、種々に相談を重ねて、漸く此と決した次第である。 こ、ろ 「い乂え、其様な事があるもんですか、」と姉の冗談半分なるのと 雪江の意中では、一時の情に制されて前後の思慮も無く亂暴な事 いしゃ よふけ は違って、竹代は何處までも眞面目で、「醫師が診察して、起きてもしたが、彼様なに卒倒して、深更に人を騷がせる様になツたの ねえさん ばち てきめん 居ても關はないと云ふなら、それで可いぢゃありませんか。姉様はも、詰りは覿面に夫の罰が當ったのだ、と後悔して、今後は決して ちょいと とりかへ そんな事を云ふけれど、一寸した事から、後で取復しの付かない様嫉妬を起す様な、彼様な淺ましい事はせぬと深く思って居る。油繪 こん なことになツちや大變だから、それで、私は此様なに云ふぢゃありの事に就ては、切裂いたのは悪いけれども、私が頭を垂げて謝罪っ ませんかね : : : 。」 たならば、彼様な物一枚位のことを宥さぬと云ふ筈も無く、假し少 うなづ 「最う解りましたよ。」と姉は首肯いて、「醫師に訊くまで臥て居たし位機嫌の惡い顏を見せられても、此方の仕向け様で機嫌を直して ら、それでもう、何も苦情は無いでせう ? 」 貰ふ事は出來るから、と云ふ位に思うて居たのである。 雪江は笑ひながらも妹の云ふがまゝに部屋に戻って、其處に設け けれども、今竹代と薫とが親切に此々と相談して呉れるので、其 てある床に人った。薰と竹代とは左右から手傳って、臥被を徐とれで濟まされるものなら無論然うした方が後に物も殘らず、何程か けて遣る。 自分にも都合が好いので、一も二も無く二人の云ふまゝに同意し さん 「到頭臥かされッ了った。」と雪江は笑ひながら、「本當に、竹代様て、 は緊制だよ。」 「貴女方にばかり、種々と心配を懸けてねえ。」などゝ禮を繰返し こ 0 「壓制でも仕方が無いわ。」 すると薫は、 「心配なんぞ何でも無いけど、昨夜ばかしはねえ ! 」と薫に云ふ。 おくきん 「だけど、同じ制でも、竹代様のは親切の制だから。」 「あゝ、私は本當に、如何なる事かと思ひましたよ。新家の奧様が 「親切も然うだけれど、一つは何だわ : ・ : ・。」と云って、雪江は笑叱々だッて言ふから、もう、夢中で飛んで來て見ると、未だ貴女、 ったばかりで止めて了った。親切の壓制もあるが、一つは苦勞性の何を云ったツてロも利けないちゃありませんか : : : 。」 ときたし ゅうべ 壓制で、と云はうとしたのである。 : ち自 と薰の説出たのを初めとして、竹代も昨夜の出來事を : 爰〈婢が入って來た。竹代はに茶を命じて、さて低聲で姉〈話分が未だ机に對って居る時に、西洋室のオに當って強い物音がした 出した。 ので、駈付けた事から、本家に來て居る醫學士を呼んだ事まで、姉 つもり 其の事と云ふは、昨夜雪江の斬裂いた油繪を、彼のまゝ常雄に見に聽せると云ふ心算では無けれど、想浮んだまゝ感じたまゝを話出 られては大變な事になる故、布も枠も人の知らぬ處に隱して、常雄したのである。而ると、薰は一寸と竹代の袂を曳いて、 こしらへごと の歸った日には彼の繪ばかりを如何したのか盜難に遭ったと虚構事「竹代様 ! 」と小聲で意した。 きくや の分疏をする、と云ふ事である。此は竹代の心から計出たのでは無 見ると、今迄默って二女の談を聞いて居た雪江は、昨夜の疲勞が ちま ちょい ゅうべ ゆる こちら かんがヘ つかれ

9. 日本現代文學全集・講談社版 31 小杉天外 木下尚江 上司小劍集

さ 「オ、、花ちゃんーー・・お珍らしい、能くお入來だネ、さア、お上り かり高い時節ですから、夜分お歸りも嘸ぞ遲くて在っしゃいませう 2 なさい、今もネ私一人で寂しくて困って居たのですよーーー別にお變ねェ」 や第 りもなくてーーー」 「左様ですよ、おっちりお寢みなさる間も無くて在っしやるので、 おっかさん かしら おてすけ 「ハア、ーー・・老母もーー」と、嫣然として上り來れるお花は、頭も御氣の毒様でネ、ト云って御手助する譯にもならずネーー・其れに又 そくはっ 無雜作の束髮に、木綿の衣、キリ、着なしたる所、殆ど新春野屋のた何か急に御用でもお出來なされたと見えて、昨日新聞瓧から直ぐ けなきち おほわ あひかは おくに 花吉の影を止めず、「大和さんは學校ーー左様ですか、先生は不相に御鄕里へ行らしったのでネ」 らす おっかさん 變御忙しくて在っしゃいませうね工 今日はネ、阿母、慈愛館か 「あらツ」と、お花は驚き顔「ちや先生は御不在なんですねーー・ま ゆるし こんな らお聽が出ましてネ、御年首に上ったんですよ、私、斯様嬉しいおアーー何時御歸宅になるんですの」 おっかは 正月をするの、生れて始めてでせう、是れも皆な先生の御蔭様なん 「端書で言うて御遣しになったのだから、詳しいことは解りません おたより ですからねエーー。。共れに阿母、兼吉さんから消息がありましテ、 がネ、明日の晩までには、お歸宅になりませうよ、大和さんが左様 私、始終氣になりましてネ」 言うてらしたから、だから花ちゃん、丁度可い所へ來てお呉れだわ 老母の目は復た忽ち涙に曇りつ「ーーー豫審とやらは此頃ゃうやく ネ、寂しくて居た所なんだから」 濟んださうですがネーー・ー」 「私、まアーー・ちゃ、私、お目に掛ること出來ないんですかーーー」 むっしい 「左様ですッてネーー・・共事は私も新聞で見ましたの、 六ヶ敷文 「そんなに急ぐのかネ、花ちゃん、たまのことだから、少しは遊ん とこ 句ばかり書いてあるので、能くは解りませぬでしたが、何でも兼さで行っても可いでせう、外の處ちや無いもの」 かしら ひる こよね かへ んに、小米さんを殺すなんて惡心が有ったのでは無いと云ふやうに 默ってお花は頭を振り「明日の正午までには是非歸館らねばなり おもひやり ませんの」 思へましたよ、矢っ張裁判官でも人ですから、少しは同情があると よう ガ一フリ、格子戸鳴りて、大和は歸り來れり「やア、花ちゃん、來 見えますわねヱ、だから阿母、餘り心配なさらぬが可御座んすよ」 ありがた 「難有うよ」と老母は瞼拭ひつ「此程も伜のことを引受けて下だすっしゃい、待ってたんだ、一一三日、先生が御不在ので、寂しくて居 いら た所なんだ」 った、辯護士の方が來しったんでネ、先生様の御友逹の方で、 おふたりいろ / 、 あなた そんナ , ーー」とお花は泣きも出でなんばかり、 御兩人で種々御相談なすって在しったがネ、君是れ程筋が立って居「貴郞までが、 るのに、若し兼吉を無罪にすることが出來ないならば、辯護士を度 そのかた よろ 二十五の二 めて仕舞へと、先生樣が仰しやるぢゃないか、すると其方もネ、可し 晩餐を果てて、三人燈下に物語りつ又あり、 い約束しようと仰しやるんだよ、花ちゃん、私、嬉しくてノ \ : : : 」 おっかさん おっかさん 「本當にね工、阿母」と、お花はプル / \ と身を震はしつ「何と云 「何だか、阿母、先生が御不在と思もや、共處いらが寂しいのね たび かた ふ御親切な方でせう、 私、考へる毎にーーー」と、面忽ちサと紅ェ」と、お花は、篠田の書齋の方顧みつ乂 らめ「彼の様にお忙しい中で、私共のことまであれも是れもとお世「ほんとにね工、在しったからとて、是れと云ふ別段のことあるで どう うたづ 話下さるんですもの、何して阿母、世間態や人前の表面で、出來る も無いのだけれど」と、兼吉の老母も首肯きつ、 のちゃありませんわね工 , ーー・近頃は又戦爭が始まるとか、忌な噂ば 「本當に私、申譯ないと思ひますワ」と、お花は急に思ひ出したる えんぜん うはペ や おかへ おるす い

10. 日本現代文學全集・講談社版 31 小杉天外 木下尚江 上司小劍集

まれ : そらえらいともお前は感心だよ。 6 : ・オイ感心ついでにお 向ふ側の、山手線のプラットホームでは、今また汽車が着いた。 四前 ( イカラさんを何うかしたら何うだい。芝居の倩事ぢゃあるまい 「お馴染の山手線の汽車も、もう乘ることは出來ない。・ = : ・東京の し、花畑の中で手を握り合 0 て、した、る」ことを云ひ合 0 てるぐ土は今日が踏み納めだ」と、周吉は心細」ことばかりを云ふ。寺田 らゐぢや、まどろッこしいぢゃないか。お前は何うだか知らな」がは、剽輕な、戯談を能く云ふ周吉が、俄に悲し氣な、肺腑から出る 向ふは首ッたけだぜ」 ゃうな、痛切な聲を出すので、いよ / 、氣の毒に思った。二人は茫 「己ア惚れてるよ。己ア女には直ぐ惚れるんだからな。けども己ア然と海を眺めながら立 0 てゐる。他の乘客もおひ / 、と殖えて來 の頭は感情と理性とが別々に働くから、感倩では直ぐ惚れるが、理る。 性の力に制せられて、思ひ切ったことは何うしても出來んよ。精々 キッス 新橋停車場から出た下り汽車が、烟を吐いて高輪まで來たのが見 握手ぐらゐのものだね、接吻も容易に出來んよ。それも相手第かえる。 も知れんが、兎に角主人の娘なんぞには、たと〈惚れても倩人にす「」よ , , 、火の車のお迎ひだ。乘るとしよう」と、周吉は荷物を提 ることは出來んよ」 まい げて、プフットホームを東の方〈歩いて行く。汽車は轟々として其 「意氣地がないな。何んでもお前はロばかりだね。ロでは自由戀愛處に着いた。 なんて大きなことを云ってるが。 「ぢやア行って來給へ」 「まアさう云ふない。雅子さんは己の親友だ。あの暗愚庸劣醜陋野「ウ行って來るよ」 蠻な家で、己の話を聽いて解るのは彼女一人だからな。 : それか まへ やがて後部車掌の吹く發車の笛が、ビリ / 、 / 、イ、と、飆く腦 らお一間と、 まい を刺撃して、汽車は動き出した。寺田は後から三番目の三等室の窓 「それからお前と、は心細いね」 から出てゐる臺灣パナマを被った周吉の首の見えずなるまで見送っ 二人は酒を取ることを忘れてゐたので、この時女中に麥を持っ てゐたが、それが八ッ山鐵橋の下に隱れて仕舞った後も、まだっく て來いと命じた。 ねんと突ッ立って、汽車の吐いた煤烟の消えて行くのを眺めなが ら、忽然として六ヶ月後の自分の身の上に思ひ及んだ。彼れは限り なき憂愁に捕〈られたのである。國府津から來た下り列車が、着い こ 0 ぬとて吉 て周 と見來の六、士 思なて言年一は田 つが、葉も所神と たら日に目に戸周 、に、黑東直吉 あ燒寺に海行と け田居道には こたはた線乘 の、今がのっ西 無澁更、プて洋 恰紙に送フ、料 好色周っッ小理 なの吉てト倉店 顏、の呉ホにを も頬身れ一向出 今骨のるムふて 日の上のへの が高がは出で直 見いし君たあぐ 納彼み 。る前 めれぐ人 の にのだ寺、停 な顏と 田車 るを氣とは場 の、の 周に 力、ツ毒云 もクにつをつ 知ぐなた辷た れつ周つ そがりえ れ、たの寺 と赧多あ田 少らくるさ し顔の聲ん 離を人に れしの、そ てて中寺ん 政、に田な 成稍、はと の大箱愕こ 妻き根いろに 京いへて何 子旅夫後を が行婦をし 、鞄の見て 髮を供るゐ の重をとる 薄さし、ん いうて今だ 頭に行着よ に提ついう 小げたた ひて小下と さ立山り 髷ゐのか聞 をる女らき 結。中下覺 ステーション スナーション ( 一四 ) ごふづ