戴致しませう」 様でーー御不禮無い様に御挨拶を」 「こりや奇麗な花嫁が出來ましたわイ」と利八は大笑す、 偖はと梅子の胸轟くを、松島は先づ口を開きつ「我輩が松島と云 ぶこつもの 「あら、旦那、何ですねェ」と、お熊は手を揚げて、叩くまねしつ ふ無骨漢ですーー御芳名は兼ねて承知致し居ります」 「是れでも鶯隝かせた春もあったんですよ」グッと飮み干してハッ 去れど梅子は只だ重ねて默禮せるのみ、 あなたさま 如才なき大洞は下婢が運べる盃取って松島に差しつ「ちゃ、貴所ハと笑ふ、 何れも相和して笑ひどよめく、 からお始め下さい」 梅子の眉ビクリ動きつ、帶の間より時計出して、ソと見やるを、 「梅子、お酌を」と、お加女は促がしつ、 お熊は早くも見とめて「梅ちゃん、タマに來て下だすったんだか ゆっくり 一一十一の三 ら、何卒寬裕して下ださいナ、其れに御遠方なんだから、此の寒い つもり みゆるぎ 夜中にお歸りなさるわけにはなりませんよ、最早、其の心算にして 「御酌を」と促がされたる梅子は、俯きたるま、微動だにぜず、 置いたのですから、一泊りなすってネーーーね工、お加女さん、可い 再び促がされても、依然たり、 「何したんだね工、此の女は」と、お加女の耐へず聲荒らゝぐるでせう」 「ハア、遲くなったら泊りますからッて、申しては來ましたがネ」 を、お熊はオホ、と德利取り上げ、 「なにネ、若い方は兎角耻づかしいもんですよ、まア其の間が人も 「ちゃ、大丈夫ですよ」と、早くもお熊は酒が言はする上機嫌「暫 おばあ く振りで梅ちゃんの琴を聽かせて頂きませうーーー松島さん、梅ちゃ 花ですからねエーーー松島さん、たまには、老婆さんのお酌もお珍ら んは西洋のもお上手で在っしゃいますがネ、お琴が又た一ときはで しくて可う御座んせう」 としより 「老女の方が實は怖いのサ」と、松島の呵々大笑して盃を擧ぐる在っしやるんですよ」 を、「まア、おロのお惡いことねェ」とお熊も笑ひつ「何卒松島さ 「左様ですか、 是非拜聽致しませう」と松島は盃を片手に梅子 に見とるゝばかり、 んお盃はお隣ヘーー」 みだ 酒玖第に廻りて、席漸く濫る、 「左様ですか、ーー然かし失禮の様ですナ」と、美しき梅子の横 「旦那」と小聲に下婢の呼ぶに、大洞は暫ばしとばかり退かり出で 顏、シゲ / 、見入りつ「では、山木の令孃」と小盃をば梅子に差し 付けぬ、 お熊の目くばせに、お加女も何やらん用事ありげに立ち去りぬ、 「梅ちゃん、松島さんのお盃ですよ」と德利差し出して、お熊の促 お熊は松島の側近く膝を進めつ「ほんとにね工、さうして御兩人 がすを、梅子は手を膝に置きたるまゝ、目を上げて見んとだにせ どんな 並んで在っしやると、如何に御似合ひ遊ばすか知れませんよーーー梅 ず、 の あなた 「梅子、頂戴しないのかね」と、お加女は目に角立てぬ、「かう云ちゃん、貴孃も嬉しくて居っしゃいませう」と、醉顔斜めに梅子を てうし 窺ひ、德利取り上げて松島に酌がんとぜしが「あら、冷えて仕舞っ ふ不調法もので御座いましてネ、誠に御不禮ばかり致しまして」 引「なにネ、お加女さん、御婚禮前は誰でも斯うなんですよ」と、おたんですよ」と、ニャリ松島と顏見合はせ、其儘スイと立って行き 貢はノッを合はして「ちやア梅ちゃんの名代に、松島さん、私が頂ぬ、微動だもせで正座し居たる梅子、今まお熊さへ出で行くと見る どう てうし こら ちよく ぬ、 おとま ちよく おふたり
き干っ の爲めに帝國軍人の名譽を毀けてなるものか」 座いますからーー」 力を極めて押し付くるを、梅子は絶えなんばかりの聲振り絞り 梅子の頬は珊瑚の如く紅く輝きぬ、 つ、「ーーー人道の敵ツ」 二十一の五 黑髮・ハラリと振り掛かれる、蒼き面に血走る双眼、日の如く輝 きは くらびる き、に震ふ朱唇白くなるまで噛み〆めたる梅子の、心決めて見上 「何ですツ」松島の血相は忽ち變はれり「良人があると」 たる美しさ、只妻きばかり、 「ハイ」梅子も嚴然として松島を睨み返へぜり、 あふ 炎々たる情火に松島は、氣狂ひ、心悶えて眼さへに眩くなれり、 「フム其りや始めて承はる」と、松島は滿面輕蔑の氣を温らしつ 「何時結婚なされた」 今や心狂ひたる軍人の鐵腕に擁せられたる、纎細なる梅子の身 たとひ 「否、結婚は致しませぬ」 すうしやく ようさう は、鷹爪に捉らはれたる雛雀とも言はんか、假令聲を限りに叫べば をらん 「らば、何時約束なされた」 いづこ とて何處より、援助來らん、一點の汚塵だも留めたるなき一輪の白 「約束も致しませぬ」 梅、あはれ半夜の狂風に空しく泥土に委すらんか、 「然らば御尋ね致すが、御兩親も承諾されたのか」 押へられたる儘、梅子は瞬きもせで睨み詰めたり、 うしろ 梅子はホ、笑みぬ「親の權力も子の意思に關渉することの出來な かよわりゃうわん あなた 松島は梅子を引き起しつ \ 其の纎弱き双腕をばあはれ背後に捉 いのは、貴所、只今御説明なされたでは御座いませぬか」 ひらめ いなづま やがふ へんずる刹那、梅子の手は電火の如く閃けり、 グット詰まりし松島は、ヤガて冷笑一番「ウム婦人の口から野合 からだ 「キャッ」と一聲、松島の大なる軅はドウと倒れぬ、 を自白するんだナ」 「何を仰しやるーー」 梅子のキッとなるを、松島笑て受け流がし、 襖を隔てて窺ひ居たるお熊は、尋常ならぬ物音に走ぜ出でぬ、 「左様だらう、未だ結婚もしない、公然約束もしない、父母の承諾 看よ、松島はヒシと左眼を押〈て悶絶す、手を漏れて流血淋漓た を得たでもない、其れで良人があるとすれば、野合の外なからう」 をけっ 「ーーー貴所は愛の自由と禪聖とをお認めになりませぬか」 梅子はスックと立ち上れり、其の右手には汚血を握りつ、 「祚聖も糞もあるかい」 りうびさかだ 「來て下ださい」 梅子の柳眉は逆立てり「軍人の思想は其程に卑劣なものですか」 絶叫したるまゝ、お熊は倒れぬ、 「何ツ」松島は猛獅の如く躍り上りつ、梅子の胸を捉へて仰けに倒 何事やらんと驅け上がりたる大洞も、お加女も、流る乂血潮に驚 せり、「女と思って赦して置けば增長しやがってーー貴様の此の榮 かほ の きて、只だ梅子の面を見つめしのみ、 躍を盡くすことの出來るのは誰のお蔭だ、貴様等を今日乞食にしょ うゑじに 梅子は始めて唇を開きぬ「警察〈引き渡して頂きませうーー私は うと、餓死させようと、我が方寸にあることを知らないかーー軍人 ぐ おやゅび 芻の卑劣とは聞き棄てならぬ一言だー・ - ・貴様の大事な篠田の受賣だら血を流した罪人です」 2 死力を籠めたる細き拇指に、左眼抉られたる松島は、痛に堪 ( 得 う、見とれ、篠田の奴も決して安穩に許るしては置かぬぞ、貴樣等 さんご いたみ りんり
な奴、松島、篠田ちふ奴は我輩に取っても敵ちゃ、可也、此上は山 れるとか聞きまして御座りまする」 6 むすめ さう しき うなづ 幻侯爵は切りに首肯きつ「左様ちゃらう、松島、別段疑惑する點も木の嬢は何事があるとも、必ず松島へ嫁らねば、我輩の名譽に係は 無いでは無いかーー何うちゃ、我輩が圖らず斯かる話を聞くと云ふるわい」 意氣軒昻、面色朱を濺ぎたる侯爵は忽然として山木を顧みつ「然 も何かの因縁ちゃらうから、一つ改めて我輩が媒酌人にならう、山 かし山木、君もナカ / 、酷い男ちゃぞ、何ちゃ、ぼん子は相變らず 木、貴公の娘にも必ず異存あるまいナ」 だしぬけ 奇麗ぢやろナ、今を蕾の花の見頃と云ふ所を、突如に橫合から根こ 十六の四 ぎにするなどは、亂暴極まるぢゃないか、松島のは瓧會主義に對す 山木剛造は平身低頭「御念には及びませぬ、閣下、是迄の所、何る帝國主義の敗北、我輩のは金力に對する權力の失敗ちゃ」 なんぼ きむすめ 頭掻きっ又山木の困却の態に、侯爵は愈よ興を催ほしつ「何程花 を申すも我儘育ちの處女で御座りまする爲めに、自然決心もなり兼 わたくし ねましたる點も御座りましたが、舊冬、私出發の前夜も能く利害婿が放蕩して、大切な娘が泣きをつても、苦情を申入れる權利があ おやち を申聞け心中既に理會致して居りまする、兎に角私歸宅の上、挨拶るまい、ハ、、、、山木、君の様な爺の機嫌取って日蔭の花で暮ら させるは、ぼん子の爲めに可哀さうでならぬちゃ」 致す様にと獨豫を與へ置きましたる様の始末、歸京次第今晩にも判 剛造は只だ赤面恐縮、 然致す筈で御座りまし一トーー特に閣下が表面御媒酌下ださると申聞 いちべっ 大佐はニャリと濱子を一しつ「が、閣下、山木は閣下に比ぶれ けましたならば、一身の名譽、一家の光榮、如何ばかり喜びませう おと、 ば、未だ十幾つと云ふ弟たさうですよ」 お虐せ ひっきゃう 剛造ほッと一道の活路を得つ「大きに松島様の仰の通りで、へ、 「ハ、、、松島と篠田、こりや必竟帝國主義と、社會主義との衝突 しつかり ちゃ、松島、確乎せんとならんぞ」と侯爵は得意滿面に松島を見やヘ、、」 もうしうと 侯爵も頭撫でて大笑しつゝ「ヤ、松島、最早舅の援兵か、餘り現 りつ「然かし松島、才色兼備の花嫁を周旋する以上は、チト品行を 愼まんちゃ困まるぞ、此頃は切りと新春野屋の花吉に熱中しをると金過ぎるぞ」 「品川々々」と呼ぶ驛夫の聲と共に汽車は停りぬ、 云ふちゃないか」 げいしゃ ごぜん 濱子は侯爵の顏さしのぞき「御前、其の花吉と申す藝岐は先頃廢「オ、、もう品川ちゃ、濱子」と侯爵は少女の手を採りて急がしつ 「今夜は杉田の別莊に一泊するから失敬する」と言ひ棄てたるま乂 業したさうで御座んすよ」 うら 悠然降り立ちて、闇の裡へと影を沒せり、 侯爵は打ち驚き「オ、廢業しをつたーーー新聞に在ったと、濱子、 いんらんおやちまうろく 窓に凭りて見送り居たる松島は舌打ちつ「淫亂爺の耄碌ツ」 共方は能う新聞を見ちよるな、感心ちゃーー松島、共の根引き主は 貴公ぢや無いか、白从せい」 ようす 十七の一 松島の苦がり切ったる容子に、山木は氣の毒顔に口を開きっ せいふう かうぢまち 麹町は三番丁なる淸風女學校には、今日しも新年親睦會、 「ーー・實は、閣下、共れも矢張篠田の奸策で御座りまする」 校友の控所に充てられたる階上の一室には、盛裝せる丸髷、束髪 「ナニ、花吉を篠田が落籍せをつたとーーフム、自由業、社會黨 ふらち の行りさうなことちゃーー彼女には我輩も多少の關係がある、不埓のいろノ \ 居並びて、立てこめられたる空気の、衣の香に薫りて百 ひか めし きぬ
おもて し呼吸が違ひますゼ」 大洞の聊か解し兼ぬると言ひたげなる面を松島はギロリ、一僣し ちよく わし 大洞は小盃を松島に差しつ「私も篠田と云ふ奴を二三度見たこと つ「一體、君は山木の娘の一件を何うするんだ、山木に直接に言ふ むせめ たとひ まるで のは雜作もないが、兎に角妻にするものを、其れも餘り輕蔑した仕がありますが、顔色容體全然壯士ちゃ御ワせんか、假令山木の孃が ものずき あんなものゆか もうかれ 方と思ったからこそ、君を媒酌人と云ふことに賴んだのだ、最早彼物數寄でも、彼様男〈嫁うとは言ひませんよ、よし、娘が嫁うとし 、にもなるぞ、同僚などから何時式を擧げると聞かれるのた所で松島さん、山木も末だ瓧會黨を婿に取る程狂にはなりませ わたしども ひぶた で、其の都度、實に軍人の態面に泥を塗られる様に感ずるわイ、人んからな、マア / 、御安心の上、一日も早く砲火を切って私共に儲 さして下ださい」 を馬鹿にするも程があるぞ」 「しかし大洞、山木の娘も篠田と同じ耶蘇だと云ふちゃないか」 「イヤ、もう、其事に就きましては絶えず心配して居りますので、 かはりもの 「松島さん、貴下の様に氣を廻しなすっちゃ困まる、山木も篠田に 何分當人が、少こし變物と來て居りますのでーー」 うらみ をんな そんな 「馬鹿言へ、高が一人の婦人ぢゃないか、其様ことで親の權力が何は年來の怨恨がありますので、到頭敎會から逐ひ出させたと、妹の めがたき 處に在るーーーそれに大洞、五〔輩は今日、實に怪しからんことを耳に話で御わしたが、女敵退散となった上は、御心配には及びますま だいコツ・フ 入れたぞ」滿々たる大盃取り上げて、グウーツとばかり傾けたり、 とりきめ 「ウム、其れは先づ其れとしても、君、山木が早く取定ないのは不 どれはど こんにち らち 八の二 埓極まる、今日まで彼を庇護して遣ったことは何程とも知れたもン いぶ 「はア」と、訝かる大洞の面上目懸けて松島は酒氣吹きかけっちゃない、彼の砂利の牛肉鑵詰事件の時など新聞は八釜しい : : : 」 こつば ふる と言ひ掛くるを、大洞あわてて押し留めつ「松島さん、そんな舊 「君、山木は彼の同胞新聞とか云ふ木葉新聞の篠田ッて奴に、娘を きず 呉れて遣る内約があるンださうちゃないか、失敬ナ、篠田ー、ー彼傷の洗濯は御勘辨を願ひます、まんざら御迷惑の掛け放しと云ふ弐 いっ たか 奴、社會黨ちゃないか、國賊と縁組みして此の海軍々人の可に泥を第でも無った様で御わすから」 塗る量見か、 がにも其覺悟があるんだ」 「それから彼の靴の請負の時はドウだ、糊付けの踵が雨に離れて、 さかま なみゆくゑ 大洞は始めて安心したるものの如く、兩手に頭撫で廻はしつ又カ水兵は繩梯から落ちて逆卷く濤へ行衞知れずになる、艦隊の方から あのとき はげ ン一フ / 、と大笑せり は劇しく苦情を持ち込む、本來ならば、彼時山木にしろ、君にし 「何が可笑しいツ」盃取りなほして松島は打ちも掛からんずる勢、 ろ、首の在る筈が無いのぢゃないか」 じゃうだん あなたそんな ・こもっとも 「戲謔仰っしゃッちゃ、困まりますゼ、松島さん、貴下、共様馬鹿「御尤至極、であればこそ、松島大明訷と斯く隨喜渇仰致すでは 氣たこと、何處から聞いておいでになりました」 御わせんか ドウしたのか、花吉、べラ棒に手間が取れる」 柱 しき やくしょわかいもの 「今日も省内の若漢等が、雜談中に切りと共事を言ひ囃して居っ の 今は大洞受け太刀となって、シドロモドロの折こそあれ、襖スウ ぢよしゃう 火た」 と開いて顔を見せしは、ーー女將のお才「どうも松島さん、御氣の はやりつこ むくい 「ハ、、、イヤ何うも驚きました、成程、さすが明智の松島大佐毒様ですことね工、是も流行妓を情婦にした刑罰ですョ、 ーー待っ も、戀故なれば心も闇と云ふ次第で御わすかな、松島さん、シッカ身のつらさが御解になりましたでせう、ホ、、、、、」 リ御賴申しますよ、相手が兎に角露西亞ですゼ、日淸戰爭とは少こ いさ、げ コツ・フ はや いちべっ おわかり
このたび さいはひ 近い御話が、閣下、今回炭山の坑夫 「フム、其りや幸ぢや、我輩一つ媒酌人にならう、軍人と實業家察を願はしう存じまする、 の縁談を我輩がする、皆な毛色が變ってて面白ろからう、山木、ど同盟でも明かでは御座りませぬか、九州の方 ( は菱川だとか何だと か云ふ二三人の書生を潰って奇激な演説などさぜて、無智曚昧な坑 うちゃ」 「ハ、閣下が御媒酌下ださりまするならば、之に越したる光榮は御夫等を煽動さぜ、自分は東京に居て總ての作戰計畫をして居るので 御座りまする、皆な篠田長二の方寸から出でまするのでーー非戦論 座りまぜぬが など唱へて見ても誰も相手に致しませぬ所から、今度は石炭と云ふ 「松島、君の方は何ちゃ」 苦笑しつゝ烟吹かし居たる大佐「御厚意は感謝致しまするが、其唯一の糧道を絶っ外ないと目星を着けて、到底相談のならない法外 はか けうッご な給料增加の請求を坑夫等に敎唆し、其の求の貫徹を圖ると云ふ れは最早御無用です」 ロ實の下に、同盟罷工を行らせると云ふのが、篠田の最初からの目 「ナニ、無用ぢや、松島」 ひや、 的なので御座りまする、惡黨とも國賊とも、名の付けられた第で 大佐は冷かに片頬に笑みつ「はア、閣下、山木には無骨な軍人な どう 閣下、何して私が其様なものヘ娘を潰ること は御座りませぬ、 どは駄目ださうです、既に三國一の戀婿が内定って居るんださうで が出來ませうーー其れで坑夫共の生活を支へる爲めに亞米利加の瓧 すから」 「フウ、外に在るのか、其りや一ときは面白い、山木、誰ちゃ、君會黨から運動費を取り寄せる手筈をする、其ればかりでは駄目ちゃ と申すので、近々東京に全國勞働者の大會を開く計畫する、何れも の戀婿と云ふのは」 剛造は顏中撫で廻はして「閣下、其れは松島さんのお戲れで、決其の張本は彼の篠田で御座りまする、左ればこそ先刻も、閣下、彼 奴等の取締に就て、御盡力を歎願したでは御座りませぬかーーー」 して外に約束など有る儀では御座りませぬがーーー」 「ウム」と思案せる侯爵「成程ー・ー何うぢや松島、山木の言ふ所道 殆ど困却の山木を、松島は愴快げに尻目に掛けつ「然らば閣下、 たばこ 日本社會黨の領理至極と聞かれるでは無いか」松島は莨くゆらしつ又「然かし、閣 山木の戀婿をば自分から御披露に及びませう 下、御本尊が嫁きたいと申すものを、之を束縛する親の權力も無い 袖、無政府主義の張本、同胞新聞主筆篠田長二君と仰せられるのだ では御座りませぬか」 さうでツ」 山木は顏突き出し「其れは閣下、全く松島様の御聞き誤りで御座 「ヤ、松島さん」と色を失って周章する剛造を、侯爵は稍、、垂れた いちげい りまする、先頃迄は娘共の參る敎會に篠田も居たので御座りまし る目尻にキッと角立てて一睨せり 「閣下、其れを御信用下だされましては、遺憾千萬に御座りますた、其れで何かとあらぬ風評を致すものもあったらしいで御座りま するが、彼の様な不都合な漢子を置くのは、國體上容易ならぬこと る、全く松島様の誤解で御座りまするからーーー」 と心着きまして、私から敎會へ指圖して放逐致した次第で御座り 「松島、事實相違ないか、何うちゃ」 わたくし の まするーーー承りますれば、彼奴等平生、露西亞の虚無黨などとも通 大佐は冷然たり「閣下、私も帝國軍人で御座りまする」 おもて うなづ 信し合って居るさうに御座りまするし、其れに彼奴、敎會を放逐さ 「フム」と輕く首肯きて侯爵は又た山木の面を睨めり、 わたくし 5 「閣下、其れは餘りに殘酷なことで御座りまする、私が社會黨なれた後は、何でも駿河臺の = 「ラ - イなど ( 出入するとか申すので、 2 どに娘を潰ることが出來まするものか出來ませぬものか、少し御賢警視廳でも、露西亞の探偵ではあるまいかなど、内々注意して居ら どう ちゃうにん わたくし てはいり きや・
たら ゑんび より、直に立って後を追はんとするを、松島、忽如猿臂を伸ばして我ながら餘りの愚蒙と輕忽とに呆れるばかりです、私は初め山木言 2 幻袂を捉へつ、「梅子さん」 ー・貴孃の父上の御承諾を得ました時、既に貴孃の御承諾を得たる 「何遊ばすツ」振りりたる梅子の面は憤怒の色に燃えぬ、 が如く心得、歡喜の餘り、親友知己等へも吹聽したのです、御笑ひ こども グイと引きたる男の力に、梅子の袂ピリ、破れつ、 下ださるな、戀は大人をも小兒にする魔術です、ーー去れば今日、 貴孃から拒絶されたと云ふことが知れ渡ったものですから、同僚な 二十一の四 どから殆ど毎日の如く冷笑される、何時結婚式を擧げるなど揶擺は 「何あそばすツ」 れる其度に、私は穴にも入りたい様に感じまするので、寧ろ自殺し と再び振り向く梅子を、カまかせに松島は引き据ゑつ、憤怒の て此の痛苦から逃れようかなど考へることもありまするが併かし是 びう たちまら 色、眉宇に閃めきしが忽にして強て面を和らげ、 れ一に私の罪なので、誰を怨むる筈も無く、親の權力が其子の意思 あなた おろかざんき 「梅子さん、貴孃、餘り殘酷ではありませぬか、成程今夜の始末、 を支配し得ると云ふ野蠻思想から、輕忽に狂喜した我が愚を慚愧す 定めて御立腹でもありませうが、少しは御推察をも願ひたいーー私 る外はありませぬーーー併かし其の爲に貴嬢の御名をも汚がすが如き の切倩は、梅子さん、疾く御諒承下ださるでせう、貴嬢は私を御存結果になりましては、何分我心の不安に堪へませぬので、ーー , 海軍 知ありますまいが、私は能く貴孃を存じて居りますーー・私は前年先軍人は爾く婦人を侮辱するものと言はれては、是れ實に私一人の耻 妻を亡なった時、最早や終生獨身と覺悟致しました、ーーー梅子さ辱のみでは無いのでありますから、今晩は此の罪をも謹で貴孃の ん、假にも帝國軍人たるものが、其の決心を打ち忘れて、斯かる痴前に懴悔し、赦したと云ふ一言の御言葉を得たいと思ふので御座い 態を演ずると云ふ、男子が衷情の苦痛を、貴孃は御了解下ださらぬまするーー」 はか ですか」 瞑目せる梅子の心中には、今日しも上野公園にて、圖らずも邂逅 松島は梅子の袂をシカと握れるまゝ、ジッと其面ながめ遣り「斯せる篠田の面影明々と見ゆるなり、再昨年の春の夜始めて聽きたる く御婦人に對して御無禮を働きまするもーー幾度も拒絶されたる貴彼の説敎は、朗々と響くなり、彼を思うて人知れず絞れる生命の たま いのり 孃に對して、耻辱を忍で御面會致すと言ふも、人傅てにては何分に涙、身も魂も捧げて彼を愛すと誓〈る禪前の祈鳶、嬉しき心、辛き かゆき うらみ も靴を隔てて痒を掻くの憾に堪へぬからです、今日に至ては、強て思、千萬無量の感慨は胸臆三寸の間に溢れて、父なる訷の御整、天 貴孃の御承諾を得たいと云ふのが私の希望では御座いませぬ、只たに在ます亡母の幻あり / 、と見えつ、聞えつ、何故斯かる汚穢の筵 いざなひ 貴孃の御口から直接に斷念せよと仰しやって下ださるならば、私はに座して、狼の甘き誘惑に耳を假すやと叱かり給ふ、 こまぬ 其を以て善知識の引導と嬉しく拜聽致します、不肯ながら帝國軍人 松島は膝を正して手を拱けり、「何卒我が過去の罪は梅子さん、 ひつぶやじん つを、まと です、匹夫野人の如く飽くまで纒綿って貴孃を苦め申す如き卑怯の お赦し下ださい」 ふるまひ はっきり あなた をんな 擧動は、誓って致しませぬ、ーー何卒、梅子さん、只だ一言判然仰 梅子は配を揚げぬ「松島さん、貴所は必ず女性の貞節を重んじて しやって下ださい」 下ださいませうネ」 こら 梅子はワナなく身を耐へて瞑目す、 松島は訝しげに梅子を見ぬ「ーー、其れは勿論です・ーー」 松島は一きは聲ひそめつ、「梅子さん、今に至て考へて見れば、 「松島さん、感謝致しますーーー私には既に誓った良人があるので御 ( んにち いぶか けれ ( っ
たね やくしゃ つらか の花吉でせう、それに菊三郎と云ふ花形俳優が有るんですもの、松 に我々の播ける種子を培ふものは、彼等の手でせうよ」 6 どんぐりまなこさけぐらひ 四「サウ、赤門にせよ、早稻田にせよ、一生懸命瓧會主義を拒絶して島さん見たいな頓栗眼の酒喰は、私にしても厭でさアね」 ふくわ 「だッて、妾にならうが、奥様にならうが、俳優買ひ位のことア勝 居るに拘らず、講堂の内面では却て盛に共の卵が孵化されて居るん だから、實に多望なる我々の將來ちゃないか」と渡部は豐かなる頬手に出來るぢゃないか」 に笑波を湛へぬ、 「其う言やマア、さうですがね、しかし能くまア、軍人などで藝妓 「ヤ、君、最早一時だ」と阪井は時計を手にしながら「是れから淀を落舒せるの、妾にするのツて、お金があったもンですねェ」 わら きせる お才は煙管ポンと叩いて、フ、ンと冷笑ひつ「皆ンな大洞さんの 橋まで歩るくのか」 「けれ共、君、幸に雨は止んだ」 賄賂だアネ・ーーあれでも、まア、大事なお客様だ、日本一の松島さ 「オ、、星が照らして居るわ、我々の前途を」 んてなこと言って、お煽てお置きよ、馬鹿々々しい」 八の一 おまるまげ 奧の一一階の一室に對座せる一一客、軍服の上へムク / \ する如き糸 築地二丁目の待合「浪の家」の帳場には、女將お才の大丸髷、頭 とこしな 上に爛めく電燈目掛けて煙草一と吹き、長へに嘯きっゝ「議會の織の大温袍フハリ被りて、がぶり / と麥酒傾け居るは當時實權的 ふとっちょう 解散、戰爭の取沙汰、此の歳暮をマア何うしろッて言ふんだねェ」海軍大臣と新聞に謠はる乂松島大佐、鏘ひ合〈る白髮頭の肥滿漢は 折柄・ハタ / 、走せ來れる女中のお仲「松島さんがネ、花吉さんが東亞船會瓧の瓧長、五本の指に折らるゝ日本の紳商大洞利八、 こみ おかみ 遲いので、又たお株の大じれ込デ、大洞さんがネ、女將さんに一寸 大洞は滿面に笑の波を漲らしつ「で、松島さん、私共は此際です から、決して特別の御取扱を御願致す次第では御わせん、只だ郵船 來て何とかして貰ひたいッて仰しやるんですよ」 ひそ お才は美しき眉の根ビクリ顰めつ「チョッ、松島の海軍だって一一一口會瓧同様に願ひたいので , ーー本來を申せば郵船會瓧の如き、平生莫 はぬばかりの面して、ほんとに氣障な奴サーー・其れに又た花ちゃん大の保護金を得て配當を多くして居ると云ふのも、一朝事ある時の しか も何うしたんだネ」 爲めでは御わせんか、然るに此の露西亞との戦爭と云ふ時に及で、 「いゝえネ、湖月の送別會とかへ行ってるので、未だ貰へないんで私共の船は一噸三圓五十錢平均で御取上げ、郵船會社の方が却て四 たいし すもの」 圓乃至四圓五十錢と申すのは、餘りに公平を缺きまする様で、ーー第 そんな 「しゃうが無いネ、今夜あたり其様所へ行かなくッても可いちゃな一に國家の公益で無い様に思ひまするので」 いか」 、其れは大洞、君等の言ふべき口上ちや無 「國家の公瓮 ? けいしゃ たやす 「オホ、、、だって女將さん、共れも藝妓の稼業ですもの」 からう、兎に角一旦取り定めたものを、サウ容易く變更することも あのこ お才も嫣然齒を見せつ「だがネ、彼妓の剛情にも困って仕舞ふのならんからナ」 のなた ね工、ロの酸つばくなる程言って聞かせるに、松島さんの妾など眞「併かし、松島さん、萬事貴下の方寸に在ることでは御わせんか」 たとひ 平御免テ逃げッちまふんだもの」 「假令方寸に在らうが、國家の公事ちゃ、君等は一家の私事さへも たとへ 「そりや女將さん、假令藝妓だからって可哀さうですよ、常時流行グッ / して居るぢや無いか」 せうは つきち きら ぢよしゃう うそぶ わいろ おどてら さた みなぎ およん
務書記官菅原道時の妻君銀子なり、扉しとやかに開かれて現はれたかなければ安心が出來ないんですもの」 8 そんな 幻る美しき姿を見るより早く、嬉しげに立ち上がりつ「オ、梅子さ 「銀子さん、貴女まで其様風評を御信用下ださるんですかーーー」涙 ん」 ハラ / \ と膝に落ちぬ、 「銀子さん」 銀子は梅子の手を握れり「梅子さん、貴孃は私が、其様風評を信 えんぜん 相見て嫣然、膝つき合はして椅子に座せり、 用するものと御疑ひ下ださいますのーーー」 しばらく あなた 「梅子さん、ほんとに久濶ですことね工、私、貴孃に御目に懸りた 梅子は握られし銀子の手を一ときは力を籠めて握り返へしつ くてならなかったんですよ、手紙でとも思ひましたけれどもね、其「否、銀子さん、私は學校に居た時と少しも變らず、貴嬢を眞實の こ、ち おも れでは何やら物足らない心地しましてネーー・今日も少こし他に用事姉と懷って居るんです」 おいで があったんですけれども、多分、貴孃が御來會になると思ひました 「梅子さん、有難うーー何うしたわけか、初めて入學した時から貴 からネ、差繰って參りましたの」 嬢とは心が合って、私が一つ年上ばかりに貴孃の姉と呼ばれる様に わたし しき 「私もネ、銀子さん、此頃切りに貴女が懷しくて堪らないで居まし なったことは、何程嬉しいとも知れないのです、道時が何か私の非 いっ ぢよぢゃうふ たの、寧そ御邪魔に上らうかと考へましたけれどネ、外交のことが難など致します時には、併かし私の妹に山木梅子と云ふ眞の女丈夫 むつかし あな 困難いさうですから、菅原様も定めて御多用で在っしやらうし、貴が在りますよと誇って居るのですーー・丁度昨年の十月頃でしたよ、 やつば 壤にしても矢張り御屈托で在っしやらうと遠慮しましてネ」 外交間題が八釜敷なり掛けた頃と思ひますからーー道時が晩餐の わら 「あら、梅子さん、いやですことね工、 結婚すると御友逹と疎時、冷笑ひながら、お前の御自慢の梅子さんも、到頭海軍の松島の そんな 遠になるなんて皆様仰しやるんですけれど、貴孃まで矢張其様事を所へ行くことに成ったと言ひますからネ、私は斷然之を打ち消した 仰っしやらうとは思ひも寄りませんでしたよ」 のです、梅子さんも御自分で是れならばと信じなさる男子を得なす 「銀子さん、左様ちゃありませんよ」 ッたならば、進で御約束もなさらうし、又た強ひても御勸め申すけ 銀子は熟よと梅子の面打ちまもり居たりしが「梅子さん、貴壤ほれど、軍人は人道の敵だとまで思って居なさる梅子さんが、特に不 おやつれ んとに御憔悴なすッたのね工、如何なすって・ーー・・」 品行不道徳な松島様などに御承諾なさる筈が無い、又た若し其れが おしらせ 「否、別に如何も致しませんの」 眞實ならば必ず梅子さんから、御報知がある筈だと頑張ったのです からかひ たとへ 「けども、何か御心配でもおありなさらなくて」 よ、スルと憎くらしいぢゃありませんか、道時が揶揄半分に、假令 「否ーーー心配と云ふ程のこともありませんがネーー」 梅子さんからの御報知は無くとも、松島の口から出たのだから仕様 など あんな 「心配と云ふ程で無くとも、何か御在りなさるでせう」 が在るまい抔と言ひますからネ、彼様松島様などの言ふことが何の はわっけ それ と銀子は顔差し付けて聲打ちひそめ「私、貴孃に御聽せねば安心 證據になりますと拒絶て遣りましたの、其ッきり道時も何も言ひま やくしょ ならぬことがあるんですよ・ーー梅子さん、貴孃、ほんとに彼の海軍せんでしたがネ、昨日ですよ、外務省から歸りましてネ、服も更た の松島様と御約束なさいましてーー」 めずに言ふんです、梅子さんの結婚談も愈よ進んで、伊藤侯が媒介 梅子は目を閉ちて無言なり、 者となられ、近日中に式を擧げらるさうだと、大威張に言ちゃあ 「梅子さん、私ネ、其を道時から聽きましても、貴嬢から直接に聽 りませんか、私には如何しても解らないのです、相手が松島様で、 どう かほ いら
しつかり は、ツィ誘惑されぬとは限りませぬ、尤も警察が少こし確乎して居 十六の三 幻りまするならば彼れ等程のものに別段御心配も御座りませぬが、何 れんぎん 分にも閣下が總理の御時代とは違ひまして、警察の方なども緩漫極「松島さん」と慇懃に挨拶する山木剛造を、大佐は輕く受け流し って居りまするからーー」 つ、伊藤侯爵と相對して腰打ち掛けぬ、 ともしび 亡きゃう タ陽は尚ほ濃き影を遠き沖中の雲にとどめ、汽車は既に淡き燈火 薄き眉ビリと動くと共に、葉卷の灰震ひ落としたる侯爵「山木、 其の同胞新聞と云ふのは、篠田何とか云ふ奴の書き居るのちゃないを背負うて急ぐ、 ポケットより卷莨取り出して大佐は點火しつ「閣下、又た近日元 ごそんし 「ハ、篠田長二と申すので、閣下御存で御座りまするか」 老會議ださうで御座りまして、御苦勞に存じます」 「否や、顏は見たことないが、實に怪しからん奴ちゃ、我輩のこと 「松島、實に困らせをるぞ、權兵衞に少こし確乎せいと言うて呉 など公私に關はらず、攻撃をー・ー」 なまめ わたくしども と言ひさして、濱子を見やれば、濱子は艶かしく仰ぎ見つ、「御「閣下、其れは私共の方で申上げたいと存じまする所です、ヤ、 ん わたし どうそかたきう 前、あの私のこと惡ロ書いた新聞でぜう、御前、何卒讐討って下だ モウ、先刻も横須賀へ參れば、艦隊の連中からは、大臣が弱いの、 さいな」 軍令部が腰找だのと勝手な攻撃を受けます、元老方からは様々御注 うなづ こんな ではふたい 「ウム」と首肯きたる侯爵「先年、彼等が社會民主黨を組織した文が御座りまする、民間からは出法題な非難を持ち掛ける、斯様割 たばこ 時、我輩は末松に命けて直に禁止させたのちゃ、我輩が憲法取調の の惡い役廻りは御座りませぬ」言ひっ又、烟草の煙の間より、濱子 爲め獨逸に居た頃、丁度ビスマルクが盛に瓧會黨鎭壓を行りをつ の姿をチ一フリ / 、と、横目に睨む、 めづか た、然るに現時の内閣の者共が何も知らないから、少しも取締が屆 大佐の目潰ひに氣つきたる侯爵「や、松島、爰に居る山木は君の しうと かないーー可矣、山木、早速桂に申し付けよう」 舅さうぢやナ、ー・ー。先頃誰やらが來て切りに其の噂し居った、彼の たかうち 「閣下、誠に有難う御座ります」と山木は足の爪先まで兩手を下げ様子では兎ても尊氏を長追ひする勇氣があるまいなどと嫉妬し居っ がふぎん たぞ、非常な美人さうちゃな、何時ぢや合衾の式はーーー山木、何時 つ、「イヤどうも、政府の大小、御世話なされまするので、御靜養 と申すこともお出來なされず、御推察致しまする」 ぢや、我輩も是非客にならう」 いまいっ 「ウム、何かと云ふと、直ぐ元老が呼び出されるので、兎てもかな 山木は頭掻きながら「ハ、未だ何時と確定致す所にも運び象て はんーー只だ美姫の幸に我勞を慰するに足るものありぢや、ハ、 居りまする様な次第でーー何分にも時局の解決が着きませぬでは ハ、、、なア濱子」 おうやう しう いくさ 汽車は早くも大船に着けり、一海軍將校、鷹揚として一等室に乘「ハ 、時局と女とは何の關係もあるまい、戰爭の門出に祝 げん やもめぐらし り込みしが、忽ち姿勢を正うして「侯爵閣下」 言するなど云ふことあるちゃないか、松島も久しい蘇暮ちゃ、可 おもむ 徐ろに顧みたる侯爵「やア、松島大佐かー」ー何處へ」 哀さうぢやに早くしてれーーそれに一體、山木、誰ぢや、媒酌は」 さだ 「横須賀からの」 「ハ、表面立った媒酌人と申すも、未だ取り定めたと申す儀にも御 いづ 座りませぬ、何れ其節何殿かに御依賴致しまする心得でーー」 さいはひ シガ おもて どなた いま
茶をすむる妻の小皺著き顏をテカ / \ と磨きて、忌しき迄艶御蔭だあネ、面の艶よりも今は黄金の光ですよ、憚りながら此の財 裝せる姿をジ 0 リ / 、とながめつゝ「ちやア、お加女、つまり何す産は何某様の御力だと思ふんだ、ーー其の恩も思はんで、身分の程 も知らなんで、少しばかりの容姿を鼻に掛けて、今に段々取る歳も るツて云ふんだ、梅の望は」 妻のお加女はチョイと拔き襟して「どうするにも、かうするに知らないで、來年はモウ廿四になるちゃないか、構ひ手の無くなっ も、我夫、てんで譯が解ったもンちゃありませんやネ、女がなまなた頃に、是れが山木お梅と申す卒塔婆小町の成れの果で御座いッ どうぞ か學問なんかすると彼様になるものかと愛想が盡きますよ、何卒芳て、山の手の夜店〈でも出るが可い、どうセ耶蘇などだもの、何を しちら 仕散かして居るんだか、解ったもンぢゃない」 たぬき 子にはモウ學問など眞平御免ですよ、チョッ、親を馬鹿にして」 いちべっ ジロリ、橫はりて目を塞ぎ居る剛造を一暼して「我夫、假睡など 「何だか少しも解らないなア」 をと、ひ 「其りやお解になりますまいよ、どうせ何にも知らない繼母の言ふキメ込んでる時ちゃありませんよ、一昨日もネ、私、兄の所で松島 あなた さんにお目に掛かってチャンと御約束して來たんです、念の爲と思 ことなどを、お聽き遊ばす御孃様ちや無いんですからーー・・我夫から ったから、我儘育で、其れに耶蘇だからッて申した所が、松島さん 直にお指圖なさるが可う御座んすよ、其の爲めの男親でさアね」 剛造の太き眉根ビクリ動きしが、温茶と共に疳癪の蟲グッと呑みの仰っしやるには、イヤ外國の軍人と交際するには、耶蘇の嬶の方 が却て使利なので、元々梅子さんの容姿が望のだから、耶蘇でも天 込みつ「ちやア、松島を亭主にすることが忌だと云ふのか」 あんな きは 「忌なら忌で其れも可御座んすサ、只だ其の言ツ振が癪に障りまさ理敎でも何でも仔細ないッて、ほんたうに彼様竹を割った樣なカラ わたし リとした方ありませんよ、それに兄の言ひますには、今ま此の露西 ヘン、軍人は私は嫌です、軍人を愛するってことは私の 心が許しませぬからーーチャンチャラ可笑くて」言ひっ乂剛造を橫亞の戦爭と云ふ大金緒を目の前に控 ( てる時に、當時海軍で飛ぶ鳥 目に睨みつ「是れと云ふも皆な我夫が、實母の無い兒ノ \ って甘や落とす松島を立腹さぜちやア大變だから、無理にても押し付けて仕 ことづか のらそひ かしてャレ松島さんは少し年を取り過ぎてるの、後妻では可哀さう舞ふ様にツて、精々傳言って來たんです、我夫、私の顏を潰しても だのツて、二の足踏むからでさアネ、其れ程死んだ奧様に宋練が殘可いお積ですか」 ーそらねむり 剛造の假睡して返答なきに、お加女は愈よ打ち腹立ち「今の身分 って居るんですか」 それを梅子のことと になれたのは、誰の爲めだと云ふんだネ、 「何を言ふんだ」と剛造は小聲に受け流して橫になれり、 しんたもの かばひたて お加女はポン / \ と煙管叩きながらの獨り言「吉野さんの方はど云〈ば何んでも擁護して、亡妻の乳母迄引き取って、梅子に惡智惠 うかと聞けば、ヤレ私が貧乏人の女であっても貰ひたいと仰っしやばかり付けさせてーー・其程亡妻が可愛いけりや、骨でも掘って來て しゃぶ かたは たとへ るのでせうかの、假令急に惡病が起って耻かしい様な不具になって嘗ってるが可い」 「何だ大きな聲してーー幾歳になると思ふ」と云ひさま跳ね起きた も、御見棄てなさらぬのでせうかの、フン、言ひたい熱を吹いて、 る剛造の勢に、 何處に今時、損德も考へずに女房など貰ふ馬鹿があるものか、 こんねん おいと 「ハイ、今年取って五十一二歳、旦那様に三ッ上の婆アで御座いま 不具になっても御厭ひなさらぬか、へ、自分がドンなに別嬪だと思 やを、もち って居るんだ、彼方からも方からも引手數多のは何の爲めだ、容す、決して新橋あたり〈行らっしやるなと嫉妬などは燒きませんか しんだい りゃう 姿や學間やソンな詰まらぬものの爲めと思ふのか、皆な此の財産のら」 さん かへつ よこた わがま、そだら いくっ おかね