しはら ねえさん 「然うですか。」と云って久く默って居たが、また、「姉様、私の事本當、姉様が然う云ひましたもの、美男子だッて、私も然う思って よ : はね、最う何にも心配して下さらないで宜うござんすよ、最う快い : 、だッて、些とも耻る事は無いわ、奇麗な物は誰にも奇麗に どうかにいさん んですから。この通り最う、何とも無いんですもの。何卒、姉婿様見えるんだから : : : 。」 とこ の處へ行ってゝ下さいな、姉婿様が大切ですから。姉婿様の機嫌の 「竹代様、竹代様、」と雪江は顏を眞赤にして居たが、耐へかねて 直る様にね、何卒辛抱して、一生懸命に勤めて下さいよ、決して、 妹を搖り起して、「何うしたんだよ、竹代様、何を云ふんだよ。」 我儘な氣を出しちゃ可けませんよ、可いんですか : : : 。」 「は、は。」・と竹代は目を覺して、姉を視詰めたが、「今、私をお呼 「何だね竹代さん、」と雪江は妹のロを止めて、「今、其様な事を氣びなすッて ? 」 まへさん にしないでも、速く癒くなる様にしてお呉れよ、お前様は病人ちゃ 「如何したんですよお前様は : : : 。其様な : : : 。」と妹を熟と視て、 無いかね : : : 。」 何か云はうとすると、 と雪江の云ひ切らぬに、竹代は又、 「奥様、あの、」と仲働女は其袖を引いて、低聲で、「御病氣に障る たとよそ と可けませんから。」 「假へ他家から來た人でも、良人に二種は無いんですからね、決し て我儘な心を出しちゃ可けませんよ : : : 。」 「だけれどまア、」と矢張り妹を視ながら、「竹代様、氷でも進げよ 「可いッてばね、」雪江は又云った、「最うお前様の云ふ事は解ってうか ? 」 これから 「はア、何卒。」 るから、最う何にも云ふ事は無いよ。今後はね、私もね、生變った かけ さん 小さい塊を口に技れて潰って、 氣に成ってね、竹代様に心配懸る様な事は決して爲ないから、何卒 安心してお呉れ、ね、だから、私の事は心配しないで可いから、氣「竹代様、其様な下らない事を云って呉れちゃ困るよ、私と筆ばか しで、他に誰も居ないから可いけれど : : : 。」とまでは云ったが、 を樂に有ってね、何卒、一日も速く癒くなる様にしてお呉れ、ね、 おや、最う眠ってるよ。」我からロを噤んだ。 可いだらう、解ったらう、ね竹代様・ : : ・。 「私、何か云ひましたか ? 」 覘いて視ると眼を閉て居るのだ。 「何かッて竹代様 : : : 、」と又云はうとして言出しかねて、「お前 「筆、大變熱相だから、其の毛布だけ脱ってお遣りな、」と雪江は あんま たちあが 様、夢を見たらう ? 」 起上って、「餘り熱いのも惡いッて云ふから。」 だしぬけ しかた 「は、何ですか・ 、能くは分りませんが : : : 。」 「だッて、惚れたんだから詮方が無いわね。」と突然に竹代は叫ん 。こ 0 「だけれど、其れも此れも、私を案じるからなんだねえ、」と雪江 いろ / 、 「え、何だッて ? 」雪江は吃驚して其の顏を顧みた。「竹代様は溜息を吐いて「竹代様、お前様ねえ、種々と私の心を邪推・ 彼の、私の心を種々と心配してお居での様だけれど、私はね竹代 うはこと 様、決して、お前様の心配する様な事はしないからね、何卒、其様 や「譫語の様でございますよ。」筆も病人を視ながら云った。 さん 「其れア、石丸様の怖がるのも無理は無いけど、其れぢや姉様が可なに案じてお呉れでないよ、ね。私だッて、少しは書も讀んだし、 良心と云ふ物も有るぢゃないかね、た其様な、人に笑はれる様な 。」と又高聲で言ひ出した、「最う、石丸 哀想ちゃありまぜんか・ 7 事は爲なからうちゃないか・ 様が馬へ乘って此村へ來らした時、彼の時から惚れてるんですよ、 たいじ ふたっ にか やッば こゞ さは
はやあッち 、「時に、彼の人は未だ獨身でせうな ? 」と堀田が訊いた。「然「ま、疾く彼方へ行ってお居でよ。其様な物ア私が持って行くか 6 ひとを けんどん 3 う、故鄕に許嫁の女が居ると云ふ話だが」「はゝア、ぢやア、其のら。」常に無き慳貪な整で云って、仲働女から水の盛ってる金盥を 取った。 許嫁を嫌ってますね、でなきや、卒業して獨身で居る筈がない : ・ あやま ・ : 。附かない事を伺ふ様だが、彼の人は酒は飲けますか ? 」「多量「如何も濟みません。」と赧くなって謝罪る。 ちょい には飲かんが、一寸々々遣る」「其れちゃ、隨分遊びませう ? 」「少「其樣な事は可いから、ま、疾くお行でツてば ! 」と逐ふ様に云っ しは遣るだらう。」「男振は好し、融通は利くだらうし : ・ 、必然好て、「先刻から、彼方へ行ってたのか知ら ? 」 げれしゃ どう 遇ますな。何處か知ら ? 無論藝妓でせうな ? 」「如何だか。」「必 「如何したの、え、竹代さん : うら 体、深くなツてる藝がありませう ? 何處です、下谷ですか ? 」 「まア : : : 。」と云ってる間に、赧くした顔が眞蒼に變った。 「其様な者の有る話もあッた様だ : : : 。」「有りましたか、それだ、共「如何なすッて ? 筆が如何かして ? 」 ゅう・ヘ れに違ひ無い、何うも私も然う思ったよ、昨夜見た時直ぐ、この學「い、え。」と頭を掉って、「だッて、姉様の處に、誰も附いてない 士は、是ア只の鼠ぢや無いと : : : 。」「鼠と云ふのは ? 」「鼠ですか、 んたもの。」 はなし はア、此れは貴方に解らなかッた : ・ : ・。」と云った様な談話があ 「誰も ? だッて、今迄筆が : : : 。」 ッた。それを何時の間にか堀田が此う云ふ筋に作して、此う云ふ風 竹代は深く溜息を吐いたが、默って考へて、さて其の金盥を持っ ふたりびッくり に二女を吃驚させたのである。 て姉の部屋に行ったが、丁度其處から出て來た石丸學士と出逢し 「私等には、其様な人た見えないけれど。」と懣が半信半疑の顏を た。竹代は椽側に坐って、水を前に置くと、 すると、 「や、是は失禮です。」と學士は手を洗って、竹代の出した手拭を 「見えない事もありませんさ、様子だッて、言葉付だッて : ・。」取った時、二人の手は觸った。 おも 堀田は飽までも自分の思ふ通りにする。 竹代ははツと感って自分の手を引込ませたが、醫學士の手の白い かなた 「禮様、本當ですか。」と竹代は覺えず膝を前める。 だけは眼に留った。何か挨拶を爲ようとする間に、學士は彼方に行 「え、何が ? 」と雜誌に見入って居た禮之助は餘念の無い面を上げつて了った。 て、「何です ? 」 「筆、其の上敷は十して置いてお呉れ、」と云ひながら、部屋を出 かなたらひ なかばたらき さん この時、金盥を持った仲働女の、忙し相に其處の椽側を通って行 て來たのは姉の雪江で、「竹代様、それ御覽、最う何處も何ともあ くのを見ると、竹代は吃驚して、 りませんと : : : 。」 わえさん 「おや、筆、お前姉様へ附いてないの ? 」 「然う ? 」 「いえ、只今お手洗水を・ : : ・。」 「だから私ア、起きて居ても可いッて云ったちゃないかね、それ 「何だねえ、彼れ程云って置いたちゃないか、」と竹代は顔色を變を、強情を張って。」と姉は莞爾して、「私に負けたらう ? 」 〈てる。 「然うねえ。」 「朝何して ? 」薫は、竹代の尋常事ならぬ様子に吃驚して同じく起「本當に、貴女にア酷い目に遭はされたよ。」と云って雪江は笑っ 上った。 たが、「如何したの ? 其樣な惘然して : さん たゞどと きッ ぼんやり とこ はい でツくは
、お止しなさいよ、もう。貴女まで病氣になツたら如何するの本當に竹代様を知ってるさうですよ、私は、直接に聞いたんちゃな いけど : : : 。」 ねえさん いッたい 「おや、」竹代は急に面を上げて、耳を澄まして、「姉様が起きたか 「然う ? 」とまた編物を始めながら、「一躰何處の方なの ? 東 知ら ? 」 京 ? 」 とこ 「姉樣ぢゃありませんよ。」薫も耳を澄まして、「彼でせう : 「何でも : ・ 、名張とか : : : 何とか、確か其樣な處の樣でしたよ。 彼なら竹の聲だもの : 、ほら、ねえ ? 」 何國でせう ? 名張って、私聞いたことは無いけど。」 うなづ 「あ、」と竹代は點頭いて、また指を働かしながら、「だけれど、 さん 「名張 : : : 、伊賀の名張か知ら ? 」と考へながら、「でも、東京に 石丸様は如何したらう ? 遲いことねえ、居ないのか知ら ? 堀田居る方でせう ? しやべり がまた、餘計なお饒舌して居アしないか ? 」 「え又、東京に居るさうですよ。何でも、大學の病院に入ったと 「然うねえ、だけれど米だ : : : 、」と云ったが、何を想出したか急か、入る處だとか : ・ : 確か其様なお話ですよ。」 に笑った眼を瞬たき、 「それが、如何して此地〈びににらしッて ? 」 さん きつれがは 「竹代様 : : : ? 」 「如何してだか、何でも、喜連川の親類に來て居るんですと : とうと だから、此地方へ來た便に、禮様へ寄ったのでせう : : : 多分。」 やッば 「貴女知ってませう、彼の方を : : : ? 」 「矢張り、運動仲間か知ら : : : 、見た處は、其様な躰格でも無いけ 「誰 : : : 石丸様 ? 」 なかばたらき 「あ乂。知ってませう ? 」 其處へ仲働女が駈けて來て、 いしやさま 「い乂え。」 「竹代様、彼の、昨夜のお醫師樣がお出でになりまして。」 たちあが あちら 「知ってますよ。貴女は祕してるんだよ。だッて、石丸樣が知って 「おや、然うかい。」竹代は起上って、「ま、彼方の八疊へお通し。」 ますもの。」 「はい、お通し申して置きました。」 「おや、本當 ? 」と竹代はさッと赧くなツた。 「然う ? 姉樣は如何だらう、未だお睡ってるか知ら ? 」と云っ どう 「知ってませう ? 」と顔を視詰めてゐる。 て、像側へ出ようとしたが薫を振返って、「貴女、失禮だけど、何 くびふ かあッち 「い、え。」と頭を掉ったが、「何處かで、顔は見た樣だけど : : : 禮卒彼方〈行らしッて乂下さいな。」 さん さんちょいと 様の下宿か何處かで。だけど、全く知らない方よ。」 「あゝ。」と薫は點頭いたが、「竹代様一寸。」と呼止めて、「貴女 みンとも 「然う ? でも可笑いわねえ。」 も、着物をお着更へなさいなね、外見ない。」 「何か、私の事を云ってゝ ? 」 「私 ? 」と自分の服裝を見廻して、「私アこれで : なり はた や「え、云ってましたよ : 、あの、此様な田舍へ置くには、惜しい 「宜かありませんよ、貴女が其様な服裝してちゃ、他の者が困るち はペッびん 別嬪だッて。」 ゃありませんか。」 「あら、」とまた赧くなツて、「おほゝ乂ゝ。」 3 「だッて、此れが私の不斷着なんだから。」 3 たんす 「おほゝゝゝゝ。」と薫も笑ったが、「だけど、冗談は冗談として、 「だから、不斷着でない、別の物を召したら可いでせう・ : : ・、簟笥 どッ あれ どう ッた ど。」 なばり なり ゅうべ ついで
30 どう ゅうべ ら如何仕ようと云ふの ? 」 い。昨夜から旧父と共に泊って居る薫と、如何にすれば常雄に不快 こ、ろ おてむきあやま 「如何ッて、只だ、診て貰ふ諍しぢゃありまぜんか。」 の感も起させず、雪江も公然に謝罪ることは無く、從って一家に波 おたやか いろ・ / 、 「それで、若し、服藥する程の事は無いと云ったら : : : ? それで風の起らぬ様に、穩に始末が着けらる乂ものか、と種々に工夫を も臥てなきゃならないの ? 」 凝して、種々に相談を重ねて、漸く此と決した次第である。 こ、ろ 「い乂え、其様な事があるもんですか、」と姉の冗談半分なるのと 雪江の意中では、一時の情に制されて前後の思慮も無く亂暴な事 いしゃ よふけ は違って、竹代は何處までも眞面目で、「醫師が診察して、起きてもしたが、彼様なに卒倒して、深更に人を騷がせる様になツたの ねえさん ばち てきめん 居ても關はないと云ふなら、それで可いぢゃありませんか。姉様はも、詰りは覿面に夫の罰が當ったのだ、と後悔して、今後は決して ちょいと とりかへ そんな事を云ふけれど、一寸した事から、後で取復しの付かない様嫉妬を起す様な、彼様な淺ましい事はせぬと深く思って居る。油繪 こん なことになツちや大變だから、それで、私は此様なに云ふぢゃありの事に就ては、切裂いたのは悪いけれども、私が頭を垂げて謝罪っ ませんかね : : : 。」 たならば、彼様な物一枚位のことを宥さぬと云ふ筈も無く、假し少 うなづ 「最う解りましたよ。」と姉は首肯いて、「醫師に訊くまで臥て居たし位機嫌の惡い顏を見せられても、此方の仕向け様で機嫌を直して ら、それでもう、何も苦情は無いでせう ? 」 貰ふ事は出來るから、と云ふ位に思うて居たのである。 雪江は笑ひながらも妹の云ふがまゝに部屋に戻って、其處に設け けれども、今竹代と薫とが親切に此々と相談して呉れるので、其 てある床に人った。薰と竹代とは左右から手傳って、臥被を徐とれで濟まされるものなら無論然うした方が後に物も殘らず、何程か けて遣る。 自分にも都合が好いので、一も二も無く二人の云ふまゝに同意し さん 「到頭臥かされッ了った。」と雪江は笑ひながら、「本當に、竹代様て、 は緊制だよ。」 「貴女方にばかり、種々と心配を懸けてねえ。」などゝ禮を繰返し こ 0 「壓制でも仕方が無いわ。」 すると薫は、 「心配なんぞ何でも無いけど、昨夜ばかしはねえ ! 」と薫に云ふ。 おくきん 「だけど、同じ制でも、竹代様のは親切の制だから。」 「あゝ、私は本當に、如何なる事かと思ひましたよ。新家の奧様が 「親切も然うだけれど、一つは何だわ : ・ : ・。」と云って、雪江は笑叱々だッて言ふから、もう、夢中で飛んで來て見ると、未だ貴女、 ったばかりで止めて了った。親切の壓制もあるが、一つは苦勞性の何を云ったツてロも利けないちゃありませんか : : : 。」 ときたし ゅうべ 壓制で、と云はうとしたのである。 : ち自 と薰の説出たのを初めとして、竹代も昨夜の出來事を : 爰〈婢が入って來た。竹代はに茶を命じて、さて低聲で姉〈話分が未だ机に對って居る時に、西洋室のオに當って強い物音がした 出した。 ので、駈付けた事から、本家に來て居る醫學士を呼んだ事まで、姉 つもり 其の事と云ふは、昨夜雪江の斬裂いた油繪を、彼のまゝ常雄に見に聽せると云ふ心算では無けれど、想浮んだまゝ感じたまゝを話出 られては大變な事になる故、布も枠も人の知らぬ處に隱して、常雄したのである。而ると、薰は一寸と竹代の袂を曳いて、 こしらへごと の歸った日には彼の繪ばかりを如何したのか盜難に遭ったと虚構事「竹代様 ! 」と小聲で意した。 きくや の分疏をする、と云ふ事である。此は竹代の心から計出たのでは無 見ると、今迄默って二女の談を聞いて居た雪江は、昨夜の疲勞が ちま ちょい ゅうべ ゆる こちら かんがヘ つかれ
變だと云ふ様な顔をして妹を視て居たが、是も忽ち胸が一杯工なツ って、「奥様、御覽遊ばせ、奥様がお歸り遊ばしたものですから、 ジ , クが此様なに喜んで居ります、此様な物でも、能く解ると見て、耐らな相に他方を向いたが、途端に涙が膝 ( 零れた。同胞の胸 にいさんとこ えますねえ。こら、ジャック、其様なにお前は嬉しいのか、え、其には今同じ影が射したのである。久くして、 「姉様、最う何にも云はないから、私と一緒に姉婿様の室〈行って 、うん、然うか、然うか。」 様なに嬉しいのか : どちら 下さいな。」と竹代は思込んだ様子で云った。 うつむ 「筆、旦那様は何方 ? 」 雪江は返辭も無く悄然と俯向いて居る。 「旦那様は西洋館にお居で遊ばします。」 「何判一絡に行って下さい、」と同じ事を云って、「幾ら謝罪った處 矢張り勉強して居らッしやるの ? 」 「お一人で : ・ が、所天に謝罪るのは耻辱ちや無いでせう。」 「左様でございます、最う明るい中から : : : 。」 さん 「だがねえ竹代様 : : : 。」と溜息と共に云ふと、 「然う ? 竹代様は ? 」 さま 。まア奥様、然うして居「最う姉様、何にも云は無いで一絡に行っぞ下さい、私に委せて一 「竹代様も御勉強で居らッしゃいます・ : よろし 緒に行って下さい、」と云ひながら、既う心を決めたらしく姉の手 らッしやらないで、家へお入り遊ばしたら宜うございませう。」 を捉って起たうとする。 しづか 「い又え、然うは可かないよ : : : 。」と考へて居る。 「まア竹代様、」と其手を徐に振離して、「今更然うは可けないんだ 「何故でございます ? 」 「然うは可かないよ、」と同じ事を云ったが、「筆、ぢゃね、少し用よ。」 も有るから、お前彼の、竹代様の室の、下の雨戸を徐と明けてお呉「何故ですよ、姉様 = ・ = ・、何で其様な我儘を通さうとなさるんです ただ れな。」 「ま、其様なに泣いたツて仕様がないから、」と妹を慰めて、「私だ 「それでは、お庭からお入で遊ばしますか、畏まりました。」 仲働女は直に彼方〈引返したが、忽ち庭の木戸を明けて奥様を内ッて、何も、我儘を通さうと云ふんちや無いけどもね。」 「い曳え、姉様のは我儘を通すと云ふもんです : : : 、妾を家に入れ へ導いた。 さて其れから庭を通り、椽側に上ったが、雪江は其處から一人でなきや、何故姉様は家〈歸れ無いんです、爰は姉様の家ちゃありま ラン・フガス せんか、眞實扉天を愛して然う云ふ事を仰有るのなら、何故姉婿様 暗い梯子を徐と登って、洋燈の瓦斯臭い竹代の室〈入った。 うしろ さん の意任せにはしないで、何處までも家〈入れなきゃならないなん おッしゃ 「竹代様、御勉強 ? 」と背後から聲を懸ける。 て、其様な壓し付ける様な事仰有るんです、我儘ちゃありません 机の上に心を奪はれて居た竹代は、 びッく . り ねえさん か、我儘です、貴女だッて、良心に問いたら能く解るでせう : : : 。」 「おや、姉様、」と吃驚して、「如何なすッて ? 」 「少し持って行たい物が有ってね、」と云ひながら妹の傍に近く坐「然う云はれて見ると、私も我儘だッたけれどね = 新。」 「い乂え、今回の事ばかりは姉様の我儘からです、假令、姉婿様に しむけやう やって、「何を勉強してるの ? 」 は 覗」て見ると、其れは和譯 0 約全書であた。竹代は開」て居少し位落度が有 0 ても、それは、貴女 0 待遇様で如何にでも成るぢ ・、ロやありませんか、今云っても仕様が無いけど、彼の、藝妓の事が氣 た書を靜に閉ぢて、凝然と姉を見成ったが、最う感に耐〈ぬカ女 7 5 く、その眼は催涙んで、唇の邊は顫〈て來る。雪江も、最初の中はに懸るなら、何故、私〈相談しちや下さらないんです、最初彼様 こ、 あやま
0 2 いひっ 其れが、一生懸命に成って祕す程の大事なんですか 下男は命けられたまゝ沼 - の方へ行った。 さん 竹代と薫とは目を見合はせて、云って了はうか如何爲ようかと迷 「竹代様。」と、叔母の家を出てから米だ一言も口に出さない雪江 って居るらしい。雪江はまた言續けた、 が、此う云って妹の顔を凝然と視詰めた。 私に聽かして不快の念を起させち 「え、何です ? 」竹代も姉の顔を視たが、また、「姉様、何です「貴女がたの意は此うでせう よ ? 」 や詰らない、若し、嫉妬の餘りに、飛でも無い不料簡でも起させち まへさん や大變だからーーと云ふのでせう、然うでせう ? 」 「私の思ふ様でも無い、本當に、お前様は水臭いよ。」 。ねえ竹代様。」 ・ : 、私が如何かしました 「いゝえ、然うぢや無いけれど : 「あら、」と竹代は眼を糶って、「何を : 「いゝえ、然うです、然うで無いものなら、何故祕すんです ? 」と 「其様なに儺けてるんだもの、」と嘲る様な眼をして、「薫様だッて雪江は二人の顔を交る交る視て、「貴女がたは、些とも私を信じち や呉れないのですねえ。私が其様な事を聽いて、不料簡を起す者か 然うだわ。」 「おや、私が : ・ : 、私が水臭いッて : 何を ? 」 如何だか、大概、私の性質だッて知って居さうなものちゃありませ 「水臭いぢゃありませんか、」と云って、勃然とした顔をして、「宜んか。私は、今日の佛の妹と云ふ事は、片時も忘れアしませんよ おツかさん うござんす、夥多然うなさいまし。私は、是で良人に祕する事でも 。阿母様は如何して亡くなツたか : : : 、世間では何と云って評 判するか : : : 。」 貴女がたには打明けて居るのに、貴女の方ぢや然うで無いのだか ら : 。宜う・こざんす、詰り、私の徳が無いのでせうから、私の様 此うまで云って、雪江は顔を覆うて泣出した。竹代も同じく眼を うつむ な缺點の多い者は、親友を得る德が無いのでせうから、宜うござん押へて居る。薰は悄然と俯向いて、時々溜息を洩すのみである。 ものわらひ 「何様な事を聽いた處で、可私まで、世間の胡盧に成る事は爲な 「ぢや、姉樣、先刻の、彼の繪の事てすか ? 」と竹代は途切々々にからうちゃないか、それとも、竹代様から見れば然う見えるか知れ 云った。 ないけれど : : : 。」 また 「宜うござんす、然う云ふ意なら。」と雪江は再同じ様な事を云っ 「あら、姉様、然う云ふ譯ちや無いんですよ、私の祕したのは惡い て、「私だッて目が無いちゃなし、本家の姉様に似てるなんて、其けれど、共様な、姉様を疑ふなんて : ・ 様なしを爲ないでも可いぢゃありませんか = : ・・。」 「ぢや、此様なに氣を揉ませないで、直ぐ話して呉れても可いでせ あれかなもり さん 「だッて、彼は金森の叔母様の云った事ぢゃありませんか。」と薫う。」 こ、ろ は辯解した。 「は、姉様が然う云ふ意なら、最う何も祕す事は無いけれど : : : 。」 「幾ら祕さうたツて、探す氣に成れば直ぐ判る事ぢゃありませんとは云ったが、薰と顔を見合はして言淀んでゐる。 ひとりごと か、」と雪江は獨語の様に言續けて居る、「また、祕すなら祕しても 「ちゃ、彼の繪は誰に似て居るの ? 」 どれほど あれ てうし 可いけれど、其が何程大事だらう、其様なに一生懸命に成って祕す 「彼ですか、彼はね : : : 、」と云って、急に語調を變へて、「姉様、 わうち げいしゃ こ、ろ 程の價値が有るでせうか : : : 、何處かの藝妓に似て居るとか・ 何も彼も云って了ひますからね、是まで默って居た私の意を察し 常雄の圍ってる妾に似て居るとか : : : 、何か其様な事てせう : て、何卒姉様 : : : 、お願ひですから : たんと みは こ、ろ ねえさん きん どうか あれ こ、ろか
「如何です、未だ惡寒がしますか ? 」と竹代へ紙に包んだ散藥を渡れど。」 す。 「此れ許の事で、間違も何も姉様 : : : 。」と笑って見せる。 「は、大きに快いんですけれど、未だ少しばかり : : : 。」と云ひな 「また、私だッて、」と堀田は不快の色を見せながら、「解熱劑を用 はちぐらゐ がら、堀田に渡された散藥を洋杯の水で呑まうとして居る。 ゐる方位は知ってまさア。」 それを雪江は默って眺めて居たが、今しもロへ投れ様とする處を 雪江はかろと堀田を睨めて、 見て、 「其れは知ってるだらうさ、だけれど、お前様は醫師ぢや有るま さんらよッと 「竹代様一寸、」と慌てゝ引止め、「何の藥なの ? 」 さん 「堀田様から調合して貰ったの。」 「其れは仰有るまでもありまぜん。」と黄色い顔をかゆ赧くし た。 「だけれど、何と云ふ藥 ? 」 「解熱です。」と堀田が輕く答へた。 「専門の醫師でも、診察を誤ると云ふ事が有るちゃないか、」と雪 「解熱劑 ? 解熱劑は可いけれど、」と云ふ時、又も竹代がロへ投江は近頃珍しくも勃然として、「醫師の學間も無い癖に、お前の藥 れ様とするので、「まお待ちょ、様な卒な事しちゃ困るちや無ばかし間違が無いとは云はれまい。」 あやま いかね。」 「何うも恐入りました。」と堀田は小さくなツて謝罪った。 どん いしゃ 「奧様、大丈夫でさ、」と堀田は笑ひながら、「何様な醫師に掛った 「是許しの事で、然う仰有らないだッて可いちゃありませんか、」 なた こしら 處が、熱の有る人には解熱を用ゐるより他、仕様が無いもんで と竹代は氣の毒相に姉を宥めた、「私が賴んで調合へて貰ったんで、 、大丈夫です。」 堀田様の好きでした事ちや無いんですもの。」 うち しばた おくび まへさん 此う云ってる間、竹代は胸苦し相に噫氣をして居る。 「だけれどね、」と雪江は心配の眼を瞬たき、「お前樣熱が有る 「如何したの ? 」と薫は訊ねた。 ほんちッ 「は、眞の些とばかしだけど。」 「何だか少し : : : 。」 「吐きたい様ですか ? 」堀田は心配相に云ふ。 「だけれど、何で出た熱だか、」と云って堀田に、「何の熱でも效く しき 藥なの ? 」 「は、何うも : : : 。」と切りに耐へる様子だッたが、最う耐へ切れ 「は、何にでも同じ事です、ザリチルサンンーダ、解熱劑には、最無くなツて、椽側へ駈出るや否や、今飲んだ物を庭へ吐いたのであ る。 う此れに限るんですからな。」 「姉様、大丈夫ですよ。」と云って、竹代は顔を顰めて呑んで了っ さア、何様なに雪江が怒るだらうと、堀田は元より、薫までが惴 惴思って居ると、今度は小言一つ云はず、竹代を徐に座敷に臥さ や雪江もそれを顔を顰めて見て居たが、 せ、車夫を本家に駈けさせて、彼の石丸醫學士を招ぐのである。 さん どうか は 「孰せ藥を服む位なら、今朝、石丸樣の來た時に診て貰へば可いの 「姉様、私なら最う快いんですよ、最う落着ましたから、何卒石丸 かるはすみ に : : : 。竹代様は輕卒だから可けない、そんな、素人の藥なんか服様なんぞ呼ばないで下さいよ、最う大丈夫ですから : : : 。」と竹代 9 6 んで、若し間違でも有ったら如何するの ? 共様な事もあるまいけは枕に倒れながらも云ふのだ。 わえさん どう いかゞ の さむけ どう ひや ばかり おッしゃ こら ひや
3 おさんやどさが 者が、艶飾す事を圓城寺様の下婢が宿下りする様だと喩に引く程の 一つ抽きや、何様な物でも有る癖に。」 ねえさん 一 ~ ッこり 贅澤な家の中で、竹代ばかりは綿服の外不斷着に用ゐぬのである。 「然う、」と竹代は莞爾として、「ぢや、まア姉様を起してから。」 ひと・、り あと 勿論、此うなツたのは二三年前からのことで、それまでは娘普通の 薫は客の坐敷に、竹代は姉の部屋へ行って見た。 どう にはか もおき 外見に心を奪られたのであるが、何處から如何感じたのか、卒に此 「おや、最う覺て居らしッて ? 」 ことば 「先刻からさ、ねえ筆、」と雪江は、其處に附いて居る女中に云っう云ふ氣になツて以來は、誰が勸めても論しても其の言を用ゐぬの こ、ろ 仆とねこか て、笑った眼を妹に向け、「貴女方は、私を寐騙しにして行って了である、と云って、何か心中に不平な事があるとか、我が身を儚な すねかた んで此うした拗方をするかと云ふに、更に其様な様子は見せない。 ふんだもの、本當に酷いよ。」 どッ いしやさん 「然うぢや無いけれど、」と竹代は眞面目で、「姉様、お師様が來何時見ても何處か愉快相で、人には情深くッて、欲も德も忘れた様 むか に机に對って居る、でなければ餘念もなく編物を遣って居る。 ましたツて。」 あちら さて竹代は薫に勸められて、平常ならば肯く筈もないが、今日ば 「然う ? ぢや、彼方へ行くの ? 」 「い乂え、此室で診て貰ったら可いでせう。而して、まア其の寐卷かりは不の人にも病中の姉にも代って客に接しなければならぬ ほか と考へたか、それとも他に感じた事でもあるか、我が部屋へ來て、 をお着更へなさいな : : : 。」 しゅちんべになし ふしいとあはせ 竹代の指圖で、女中は別の寐卷を出す。雪江は其れを着更〈なが不斷着を、茶色の勝った瀧縞の節糸の袷に着更〈、帶も繻珍と紅無 いうぜんはらあせ 友禪の腹合せの帶に締更へ、束髪の鬢も撫で、華簪も挿し更へて靜 ら、 ゅう・ヘ 「何様な人だい ? 昨夜の事は全然夢の様なの、些とも判りやしなに客の居る室へ出て行った。 醫學士は病室に通た後で、坐敷には薫と、今暑い處を歩いて來た いんだもの。」 うちは かへり 禮之助とが團扇を使ってゐる。挨拶が手輕に濟むと、 「だッて、昨日、お寺から歸途に見ましたらう、ほら ? 」 きんね ひと 「雪江様は臥て居りますか、其様なに惡いんですか ? 」と禮之助は 「いゝえ、能く覺えてないよ。筆、何様な男 ? 」 すこ まこと 竹代に訊いた。 「はア、眞に : 、あの奇跪なお方でございますよ。」と微し赧く なん 「いえ、其れ程ぢや無いけれど、何しろ疲てるもんですからね、 なツて云ふ。 さんこなひた 。あ、禮様、過日は筆記を それに、急に暑くなツたもんだから : 「然うかい ? でも、それで醫學士だッて ? 」と床に入りながら、 有難う。」 「其處から、共の鏡取ってお呉れな。」 「いや。解りますか、僕の記いたのが ? 竹代が其物と櫛とを取って清ると、雪江は顔を近く寫して、 とこ あたま 「は、解りますよ : : : 、處々脱けてる處があるけれど。」 「まア、何て云ふ頭髮だらう、解いて貰はうか知ら、」と云って、 これそッち 而ると薫が、 額に皺を寄せてぐい / \ と強く掻上げ、「可いわ、此品、其方へ遣 おかたゐねむり 「禮様の事たもの、大概坐睡でも爲た處でせう、おほゝ、、ゝ。」 って曳お呉れな。」 なかばたらき 「姉様、其様な失敬な事ッてありますか。僕は、敎場で坐睡した事 雪江は横臥になツた。竹代は仲働女に爰に附いて居る可き事を命 じて、さて我が部屋へ着物を着更に行った。雪江は元よりであるありません。」 をんな 「でも、此頃は瘻く潰るちゃありませんか。」 が、女中共まで縱に、か橫にか絹糸の交った物を不斷着にして、村の どん きのふ どん まるで いっ こた
2 3 ち 庄左衞門も竹代の傍に寄って、 て出してお呉れ。」 これあう いッそうえうら 「此品え編と、一足幾何に成るからア。」 「あ、左様でございますか。それから、御酒の方は何方に致します にツこり 「一足ですか、幾らにもなりませんよ。」と竹代は莞爾して、「それか : : : 、矢張り日本酒でございませうか でも、徒居るよりはと思って。」 「然うねえ : : : ? ーと云って、竹代は薫に向いて、 めえそうなアしょふや 「お前、其内職ったらゝ、金を貯蓄れゝら、あ、もうちんこ起う 「彼の人は、お酒は ? 」 ひとり あ すと可え、はゝゝ又。」と老人は廻らぬ舌で云って獨で笑ふ。 「些とは飮がる様ですよ。」 「何ですッて、金を貯蓄てゝ・ ・ : ? 」と竹代は面を上げて、「金を 「然う ? ぢや、日本酒を出してお呉れ。」 た あん 貯蓄めて、餡もうちん : おほゝ乂ゝゝゝ。」 「畏まりました。」 「あゝもうちんこ。」 「それから、葡萄酒も出す様にね・ : 「編物 : ・ 編物銀行ですか ? おほゝゝゝ乂乂。」 けないから。」 お度せ 竹代が笑へば、薫も同じく笑って、 仲働女が仰を受けて退くと、薫が、 おとッさん れえさん 「阿父様て云へば、何時も彼様な洒落ばかり云って : 。あら、阿「姉様の傍に誰も附いてないの ? 」 こッちい 父様、何處へ行らッしやるの ? 雪江様はお寐てますよ、此方へ來「え、筆が。」とせ屮と指を動かす、 うなづ らッしゃいな。」 「然う ? 」と薰は點頭いて、「忙しいでせうねえ : : : 臺所の方が。 ころ らんごらういひっ 「團五郞へ命令けれら事あうから。」 私、彼方へ行って手傅はうか知ら ? 」 こ、る 「ぢや、團五郎を此處へ呼んだら可いでせう。阿父様、爰に坐らッ 「い、え、忙しいたツて別に : ・。」竹代は椅子を離れて、「まア、 うち しゃいてば、最う家へ歸りますよ。」 此方へ來らッしゃいな。」 さを - 「可いぢゃありませんか、放棄っとお置きなさいよ。歸るたツて、 矢張り編物を持ちながら前に立って、薫を廣い客間に導いた。十 くるま ばかりま かうねいけばな 平吉が來なきや腕車も無し。」 二疊許の室で、床には墨繪の佛像を懸け、萍蓬花の生花は白く、疊 ににひ 「だけど、下男の仕事を邪匱するから : : : 。阿父様、あら、到頭彼は塵一つ止めず、明放した庭からは日に蒸さる草木の香氣がぶん まるでこども 、また、 方へ去っちまッたよ、仕様が無いねえ、宛然小兒だよ : ぶんと入って來る。 奧庭へ行って果物でも探らせ様と云ふんでせう。」 「だけれど、貴女全く顔色が惡いよ。もう、其様な事は止したら可 「だッて、病氣の故だから仕方が無いわ。」と竹代は矢張編物をし いでせう。」と薰は、客間に來るや否や云った。「幾ら、働くのは人 からた て居る。 間の義務と云って、身躰を惡くして働く事は無いでせう ? 」 まるで なまけ 「幾ら病氣の故でも、如何して彼様なに成ったらう、宛然、別の人 「働くと云っても、此様な事は 。それに、怠慢る癖を付けちゃ 際限が無いから。」 なかばたらき かなた 仲働女が彼方から出て來て、椽側に膝を支いて、 「貴女の様に、然う働くのも際限が無いわ。」と笑ひながら、「此う さま どれ 「竹代様、あの、御膳は孰に致しますか ? 」 云ったら、貴女はまた、働けるのは人間の幸輻と仰有るか知らない 「御膳 ? それはね、奥村様に云って置いたからね、彼の人に訊いけれど、何も、編物の内職して、身躰を悪く爲ないでも可いでせう せゐ うッちゃ お おぢれさんれいさんから ・ : 、阿爺様も禮様も辛い方は可 ごしゅ どちら
、、、、こひわづらひ れで、彼の繪が男だと、てッきり戀病になるけれど、おほゝゝゝ 「ですから、まお臥って居らッしゃいよ姉さん。」 「だッて、顔色が惡いたツて、臥てないでも可いでせう。何處も、 けれども竹代は眞面目切った顔をして、 痛い處も痒い處も無いもの、ねえ薫さん。」 ゅう・ヘ 「誰も、見て居た者はありませんねえ ? 」 「其様な事を云ふけれど、昨夜、彼様な事の有った今朝ちゃありま うち せんか : 「今ですか ? あ乂、誰も。」 ・。」と云ってる間に、何を想出したか哀し想な顔をして、 しま 「此うして置いて、皆な忘れた時分に、燒いてゞも了や其れッ限り「姉様は、些とも私の云ふ事なんか聽いて下さらないもの。」 まへさん ねえ。」 「いゝえ、お前様の云ふ事を聽かない譯ぢゃないがね、最う、氣分 さん 「然うですとも : も何とも無いから、起きてゝも可いかと思ってさ。」 。あれ、雪江様が起きてますよ。」 「何とも無い事が有るもんですか、顔だッて其様な顏色して居るし 苔の着いた梅の枝の斜に出た、その下には八手が靑々と茂ってる かなた こちち 。若し、惡くなツたら如何なすッて ? 」 彼方の椽側に、寢卷姿の雪江が起って居て、此方を眺めて、何とは にツこり 無しに莞爾笑った。 「本當に竹代様は解らないよ、私が何とも無いと云ったら其れで可 ねえさん いぢや無いかね。惡くなツたら如何するなんて : : : 、氣分の快い者 「姉様、起きて居らッしやるの ? 」と竹代は遠くから云った。 雪江は鬢の毛を掻きながら何か答へたが、聲の低いのと、此方のが、惡くなる筈は無いぢや無いか : : : 、」と笑った眼で妹を睨めた 足音に消されて聽取れぬのである。 が、「お前様の様に心配した日にア、如何する事も出來やしない。」 かはいろ 「靑葉が映ってか知ら ? 大變顏色が惡いわねえ。」薫も雪江を眺「ですから、何にも難かしい事が無いから、只だお臥ってゝ下さい ごしゃう めながら。 よ、後生ですからさ。」と竹代は眞面目切って云ふ。 かな 「彼様なにしてないで、臥てゝ呉れりや可いのに。」竹代は額を顰「竹代様には敵はないねえ、」と雪江は笑ひながら、「ちゃ、最う幾 てうづ めたが、姉の傍に近寄るや否や、「姉様、手水にお起きなすッて ? 」日臥せッてりや可いの ? 」 あんま 「い乂え、何だか餘り退屈だからね、」と雪江は又莞爾として、「貴「幾日って、私にも分らないけれど、今彼の : : : 、本家に來て居る ことばつまづ 女がたは何處へ行らしたの ? 」 ・。」と言が躓くと、 さん 「今ね、篠を : : : 、」と竹代は言出したが、「ま、姉様はお臥って居「石丸様。」と薫が助けて遣る。 らッしゃいよ。」 「 : ・・ = 石丸樣をに遣ったから、彼の方が來て : ・ 「また臥るんだッて ? 最う可いだらう。最う何とも無いもの。」 「おや、本當に迎に遣ったの ? 私が可いッて云ふのに : : : 、仕様 をかし 雪江は、可笑な事を云ふぢや無いかと云った様なをして薫と共が無いねえ。」 いちんち に笑った。 「仕様が無いッて事ア無いわ、良い醫師に診て貰って、一日も速く みや 。それも、宇都宮からでも呼ぶ事 や「いゝえ、何とも無い事が無いわ、顏色だッて惡いし、ねえ薫さ癒くならなきゃ損なんだもの : は なら何だけれど、幸ひ、本家へ遊びに來て居る方だもの。」 「だッて、んばかしの事に。村の道順樣て澤山ぢや無いかね。だ 「あゝ、共れは悪い事は惡いわねえ。」 9 しかた 2 けれど、まア迎に遣ったものは詮方が無いとして、彼の人が來てか 「然う、其樣な厭な顏色してゝ ? 」と袂で顏を拭く。 かほ しか かに さん どう いしゃ にら いッ