こづけ・ホオトブオリオ た。重荷に小附の折革鞄、慾張って挾んだ書物の、背のクロオスのうして可いんだか、お前さん、皆な根こそぎ敲き賣れ、と云ふけれ 4 ど、然うは行かねえやね。蔦ちゃんが、手を突込んだ糠味噌なん 文字が、伯櫂の、星の光は恁くぞとて、きら / 、異彩を放つのを、 ざ、打棄るのは惜いから、車屋の媽々に遣りさ。お佛壇は、蔦ちゃ 瓢簟式に膝に引着け、あの右角の、三等待合の入口を、叱られぬだ けえ つらっき んが人手にや渡さねえ、と云ふから、私は引背負って、一度内へ歸 けに塞いで、樹下石上の身の構〈、電燈の花見る面色、九分九厘に さいふら ったがね、何だって、お前さん、女人禁制で、蔦ちゃんに、采を掉 飲酒たり矣。 せねえで、城を明渡すんだから、煩かしいや。長火鉢の引出しか あれでは、我慢が仕切れまい、眞砂町の井筒の許で、靑葉落ち、 ひしまる ら、紙にくるんだ、お前さん、仕つけ絲の、拔屑を丹念に引丸めた 枝裂けて、お孃と分れて來る途中、何處で飲んだか、主税も陶然た るもので、くわっと二等待合室を、人口から帽子を突込んで覗く處のが出たのにや、お源坊が泣出した。こんなに御新造さんが氣をつ けて爲すったお世帶だのにツて、へん、遣ってやあがら。 を、め組は渠の所謂 ( 此方。 ) から呼んだので。是が一言でプーン え、飲みましたとも。鐵砲卷は山に積むし、近所の肴屋から、 と響くほど聞えたのであるから、其大音や思ふ可し。 ひとどて いき 鰹はござってら、鮪の活の可いやつを目利して、一土手提げて來 「やあ、待たせたなあ。」 て、私が切味をお目にかけたね。素敵な切味、一分だめしだ。轉が 主税も、恁うなると元氣なものなり。 はちめえ びん すと、一が出ようと云ふ奴を親指でなめづりながら、酒は鉢前で、 ドッコイショ、と荷物は置棄てに立って來て、 焚火で煮墹だ。 「待たせたぜ、先生、私あ九時から來て居た。」 さあ、飲めってえ、と、三人で遣りかけましたが、景氣づいたか 「退屈したらう、氣の毒だったい。」 ら手明きの挽子どもを在りったけ呼で來た。薄暗い臺所を覗く奴 「うんや、何、」 とニャリとして、半の腹を開けると、腹掛へ斜つかひに、正宗あ、音羽から來る八百屋だって。此方へ上れ。豆腐イもお馴染だら あいっしよび う。彼奴背負引け。ゃあ、酒屋の小信か、き様喇叭節を唄へ。面白 の四合罎、ト内證で見せて、 「是だ、譯ゃねえ、退屈をするもんか。時々喇叭を極めちゃあね、」え、と成った處〈、近所の挨拶を濟して、歸って來た、お源坊がお いちめえ むがうはちまき 前さん、一枚着換へて、お化粧をして居たらうちゃありませんか。 と向顱卷の首を掉って、 「切符の賣下口を見物でさ。は長は、別嬪さんの、お前さん、手ば蚤取眼で小切を探して、さっさと出てでも行く事か。御奉公のおな ごりに、皆さんお酌、と來たから、難有え、大日如來、己が車に乘 かりが、彼處で、眞白に恁うちらっくエ合は、何の事あねえ、さし わっら がねで蝶々を使ふか、活動寫眞の花火と云ふもんだ、見物だね。難せて遣る、いや、私が、と戦だね。 戰と云ゃあ、音羽の八百屋は講釋の眞似を遣った、親方が浪花節 有え。はゝは長。」 「馬鹿だな、何だと思ふ、お役人だよ、怪しからん。」 たした あ是がお世帶をお持ちなさいますお祝ひだったら、とお源坊 と苦笑ひをして躾めながら、 が涙ぐんだしをらしさに。お前さん、有象無象が聲を納めて、しん 「家はすっかり片附いたかい、大變だったらう。」 「戦だ、宛然戦たね。だが、何だ、帳場の親方も來りや、挽子も手みりとしたらうちゃねえか。戰だね、泣くやら、はゝは乂ゝ めえ 傳って、燈の點く前にや縁の下の洋燈の破れまで掃出した。何を何ふやら、はゝゝ乂 おみつ はす むつ ′」しん
246 其の話、と云ふのが、豫て約東の、あの、ギョウテの ( エルテ 十七 ル ) を直譯的にと云ふ註文で、傅へ聞く彼の大詩聖は、或時シルレ ルと葡萄の杯を合せて、予等が詩、年を經るに從ひて愈貴からむこ 寢たのは彼是一時。 と斯の酒の如くならむ、と誓ったさうだわね、と硝子杯を火に翳し 膳は片附いて、火鉢の火の白いのが果敢ないほど、夜も更けて、 寂と寒くなったが、話に實が入ったのと、最う寢よう、最う寢ようて共の血汐の如き紅を眉に宿して、大した學者でせう、などと夫 きっかけ で炭も繼がず。それでも火の氣が便りだから、横坐りに、褄を引合人、得意であったが、お酌が柳橋のでなくっては、と云ふ機掛か せて肩で押して、灰の中へ露はな肱も落ちるまで、火鉢の縁に凭れら、エルテルは後日にして、まあ、題も ( ハヤセ ) と云ふのを是非 : ・湯上りの上、書間歩行き廻っ聞かして下さい、酒井さんの御意見で、お別れなすった事は、東京 かゝって、小豆ほどな火を拾ふ。 た疲れが出た菅子は、髮も衣紋も、帶も姿も萎えたやうで、顔だけで兄にも聞きましたが、戀人は何うなさいました。厭だわ、聞かさ なくっちゃ、と強ひられた。 は、ほんのりしたーー麥酒は苦くて嫌ひ、と葡萄酒を硝子杯に二ッ 早瀬は悉しく懺悔するが如く語ったが、都合上、爰では要を摘ん ばかり ? ーー醉さへ醒めず、黑目は大きく睫毛が開いて、艶やかに で置く。 濕って、唇の紅が濡れ輝く。手足は冷えたらうと思ふまで、頭に氣 っとめ たがひ 義理から別離話に成ると、お蔦は、しかし二度藝者をする氣は無 が籠った様子で、相互の話を留めないのを、餘り晩くなっては、又 いから、幸ひめ組の惣助の女房は、島田が名人の女髮結。柳橋は廻 御家來衆が、變にでも思ふと不可ませんから、と其こそ、人に聞え り場で、自分も結って貰って懇意だし、め組とは又あ云ふ中で、 たら變に思はれさうな事を、早瀬が云って、共れでも夫人の未だ話 きい し飽かないのを、幾度促しても肯入れなかったが : : ・火鉢で隔て打明話が出來るから、一層其の弟子に成って髮結で身を立てる。商 て、柔かく乘出して居た肩の、衣の裏がするりと辷った時、薄寒さ賣をひいてからは、いつも獨りで東ねるが、銀杏返しなら不自由は さっきふ なし、雛妓の桃割ぐらゐは慰みに結って遣って、お世辭にも譽めら うに、がつくりと頷くと見ると、早急にフィと立っ・ 膝に搦んだ裳が落ちて、蹌踉めく袖が、はらりと、茶棚の傍の襖れた覺えがある。出來ないことはありますまい、親もなし、兄弟も に當った。肩を引いて、胸を反らして、おっくらしく、身體で開けなし、行く處と云へば元の柳橋の主人の内、それよりは肴屋へ内弟 ・ : 何も心まかせ、と其に極 子に人って當分梳手を手傅ひませう。 るやうにして、欽室へ入る。 板廊下を一つ隔てて、其處に四疊半があるのに、床が敷いてあつまった。此の事は、酒井先生も御承知で、内證で飯田町の二階で、 て、小兒が二人背中合せに枕して、眞中に透いた處がある。乳母が直々に、お蔦に逢って下すって、其の志の殊勝なのに、つくみ、頷 兩方を向いて寢かし附けたらしいが、熟く寢入って居て、乳母は居いて、手づから、小遣など、いろど、心着があった、と云ふ。 なかった。 其切、顏も見ないで、靜岡へ引込むつもりだったが、め組の惣助 ト其處を通り越して、見えなく成った切、燠も閉めないで置きなの計らひで、不意に汽車の中で逢って、横濱まで送る、と云ふので しばらく がら、夫人は頃刻經っても來なかった。 あった。處が終列車で、濱が留まりだったから、旅籠も人目を憚っ だて、場末の野毛の目立たない内へ一晩泊った。 早瀬は灰に突込んだ堆い卷莨の吸殼を視めながら、あ乂、喫ん〔 ( そんな時は、 ) と思ひ、あ饒舌ったと考へる。 しん ピイル おしやく わかれ いっそ われら
「え、、」 はしなすったお手紙なんです。 4 % 「御介抱にも及びません、手を取って頂くにも及びません、言をお 馬丁はして居たが、貞造は然るべき碌を食んだ舊藩の御馬廻の忰 交はし下さるにも及びません、申すまでもない、金錢の御心配は決で、若氣の至りぢゃあるし、附合ふものが附合ふものですから、御 おくさん して無いので。眞暗な地獄の底から一目貴女を拜むのを、佛とも、 主人の奧様と出來たのを、嬉しい紛れ、鼻で指をさして、つい酒の のろけ 天人とも、山の端の月の光とも思って、一生の思出に、莞爾したい上ちゃ惚氣を云った事もあるさうですが、根が惡人ではないのです と云ふのですから、お聞屆け下さると、實に貴女は人間以上の大善から、兒をなくすと云ふ恐い相談に震ひ上って、其の位なら、御身 おくさん き、い 根をなさいます。夫人、大慈大悲の御心持で、此の願ひをお叶へ下分をお棄てなすって、一所に遁げておくんなさい。お肯入れ無く さるわけには參りませんか、十分間とは申しません。」 思切った業をなさりや、表向きに坐込む、と變った言種を爲たため と、じり / 、と寄ると、姉夫人、思はず膝を進めつつ、 に、奧さんも思案に餘って、氣を揉んで居なすった處へ、思ひの外 「何處の、どんな人でございますの。」 用事が早く片附いて、英臣さんが凱旋でせう。腹帶には些と間が在 こ、のつきご いで 「直き此の安東村に居るんです。貞造と申して、以前御宅の馬丁をつたもんだから、其なりに日が經って、貴女は九月兒でお在なさ おとうさん したもので、 る。 ・ : 夫人、貴女の、實の : : : 御父上 : : : 」 が、世間ちゃ、あゝ、よくお育ちなすった、河野さんは、お家が 醫者だから。 : : : 然うで無いと、大抵九月兒は育たんものだと申し 「其の : : : 手紙を御覽なさいましたら、最うお疑はありますまい。 ます。又舊弊な連中は、戦爭で人が多く死んだから、生れるのが早 おとうさん おっかさん 其は貴女の御父上、英臣さんが、御出征中、貴女の母様が御宅の馬い、と云ったさうです。 はしめて 丁貞造と : ・ : ・」 名譽に、とお思ひなすったか、其とも最初の御出産で、お喜びの 早瀬は一寸言を切って : : : 夫人が其時、わな乂きっゝ持つ手を落餘りか、英臣さんは現に貴女の御父上だ。 たまづさ して、膝の上に飜然と一葉、半紙に書いた女文字。其の玉章の中に 貞浩は、無事に健かに産れた兒の顔を一目見ると、安心をして、 な・こり は、恐ろしい毒藥が籠んででもあったやうに、眞蒼に成って、白貴女の七夜の御祝ひに醉ったのがお殘懷で、お暇を頂いて、お邸を 襟にあはれ口紅の色も薄れて、頤深く差人れた、俤を屹と視て、 出たんです。 「 : : : などと言ふ言だけも、貴女方のお耳へ入れられる筈のものぢ 朝晩お顔を見て居ちゃ、又どんな不了簡が起るまいものでも無 レウマチス ゃありません、けれども、差迫った場合ですから、繕って申上げるい、と云ふ遠慮と、其に肺病の出る身體、若い内から僂廱質があっ 暇もありまぜん。 たさうで。旁々お邸を出ると成ると、力業は出來ず、然うかと云っ おふくろ で、其のために貴女がおできなすったんで、まだお腹にいらっして、其の時分は未だ逹者だった、阿母を一人養はなければ成らない やる間には、貴女の母様が水にもしようか、と云ふ考〈から、土地もんですから、奧さんが手切なり心着なり下すった幾干かの金子を もとで たいきうば に居ては、何かにつけて人目があると、以前、母様をお育て申した資本にして、初めは淺間の額堂裏〈、大弓場を出したさうです。 みのあはち 乳母が美濃安八の者で、 ーー雎今島山さんの玄關に居る書生は孫だ 幸ひ商賣が的に當って、何うにか食って行かれる見込みのついた しにらく さうです。其處、始末を爲に行ってお在なすった間に、貞造へお遣處で、女房を持ったんですがね。いや、罰は覿面だ。境内へ多時か 打とがひ いで べったう
一所に東京〈と云ふのを : : : 仔細あって : : : 早瀬が留めて、清水逢はなかったのである。 港の海水浴に誘ったのである。 蝕あり、變あり、兵あり、亂ある、魔に圍まれた今日の、日の城 をんた お妙の次を道子が乘った。ドン尻に、め組の惣助、婦ばかりの一 むれ の黑雲を穿づた拔穴の岩に、足がかりを刻んだ様な、久能の石段の かたへ 群には花籠に態蜂めくが、此奴大切なお孃の傍を、決して離れる事下 ( 着くと、茶店は皆犇々と眞夜中の如く戸を鎖して、蜻蛉も飛ば ひっそり ではない。 ず。白茶けた路ばかり、あか / «- と月影を見るやうに、寂然として 是は蓋し一門の大統領、從五位勳三等河野英臣の發議に因て、景居るのを見て、大夫人が、 色の見物をかねて、久能山の頂で日蝕の麒測をしようとする催で。 「野蠻たね。」 さしづ しばらく 此の人逹には花見にも月見にも變りはないが、驚いて差覗いた百姓 と嘲笑って、車夫に指揮して、一軒店を開けさして、少時休ん だちの目には、天宮に蝕の變あって、天人たちが遁げるのだと思っ で、支度が出來ると、歸りは船だから車は不殘歸す事にして、扨て たらう。 大なる花束の絲を解いて、縱に石段に投げかけた七人の袂、ひら さながら 共に淸水港の別莊に居る、各々の夫は、別に船をしつらへて、三 ひらと扇子を使ふのが、宛然蝶のひらめくに似て、め組を後押へ かへり 保まはりに久能の濱へ漕ぎ寄せて、孰も其の愛人の歸途を迎へて、 で、あの、石段にかった。 夜釣をしながら海上を戻る計畫。 が、河野の一族、頂へ上ったら、思ひがけない人を見よう。 を一な 小兒たち、幼稚いのは、傅、乳母など、一群に、今日は別莊に殘 是より前、相貌堂々として、何等か銅像の搖ぐが如く、 竈。に髯 まっさき った次第。既に前にも言ったやうに、此の發議は英臣で、眞前に手長き一個の紳士の、握に銀の色の燦爛たる、太く逞き杖を支い を拍って賛成したのは菅子で、餘は異論なく喜んで同意したが、島て、ナポレオン子の庇深く、額に暗き皺を刻み、滿面に燃るが如 山夫人は就中得意であった。 き怒氣を含んで、頂の方を仰ぎながら、靴音を沈めて、石段を攀ち と云ふのは、去年汽車の中で、主税が伊太利人に聞いたと云ふの て、松の梢に隱れたのがあった。 を、夫人から話し傅 ( て、未だ何等の風説の無い時、東京の新聞 是なむ、こ長に正に、大夫人が爲せる如く、海を行く船の龍頭に へ、此の日の現象を細かに論じて載せたのは理學士であったから。 在るべき、河野の統領英臣であったのである。 其の名忽ち天下に傅へて、靜岡では今度の日蝕を、 ( 島山蝕 ) 英臣が、此の石段を、最う一階で、東照宮の本殿に成らうとす みはらし うなづら とさへ稱へたのである。 る、一場の見霽に上り着いて、海面が、高く其の骨組の丈夫な雙の 肩に懸った時、音に聞えた勘助井戸を左に、右に千仞の絶壁の、豆 五十二 腐を削ったやうな谷に望んで、幹には浦の苫屋を透し、枝には白き 系田を行く時、白鷺が驚いて立った。村を出る時、小店の庭の松葉渚を掛け、綠に細波の葉を揃〈た、物見の松を其ぞと見るやーー松 婦牡丹に、ちら / 、一行の影がさした。犠る車は、薄日なれば母衣をの許なる据置の腰掛に、長く成って、肱枕して、面を半ば中折の帽 拂って、手に手にさしかざしたいろ / 、の日傘に、恰も五彩の絹を子で隱して、羽織を疊んで、懷中に人れて、枕した頭の傍に、藥瓶 中空に吹き驩かした如く、死したる風も颯と涼しく、美女たちの面かと思ふ、小さな包を置いて、悠々と休んで居た一個の靑年を見 ( 0 を拂って、久能の麓へ乘附けたが、途中では人一人、行脚の信にも いづれ ひと みだれ
わか 8 釣った奴を籠へ入れて、 ( 小僭是を持って供をしろ。 ) ッて、一睨睨少かった・・ーー縮緬のお羽織で、膳を据ゑて下すって、 ( 遠慮をしな おら まれた時は、生れて、はじめて縮んだのさ。 いで召上れ、 ) と優しく言って下すった時にや、己あ始めて涙が出 こりや成程ちょろツかな ( 隼 ) の手でいかねえ。よく顏も見なかたのよ。 こっちをちど ったのが此方の越度で、人品骨柄を見たって知れるーー其頃は臺灣 先生がお歸りなさると、四ッ膳の並んだ末に、可愛い小僭が居る おんなじとこ いなさか の屬官だったが、今ぢや同一所の税關長、稻坂と云ふ法學士で、大ぢゃねえか。 ( 何だい、 ) と聞かれたので、法學士が大口開いて ( 掏 鵬のやうな人物、ついて居た三人は下役だね。 摸だよ。 ) と言はれたので、弗つり留める氣に成ったぜ、大畜生だ 後で聞きや、或時も、結婚したての細君を連れて、芳原を冷かしけ、情には脆いのよ。 て、格子で馴染の女に逢って、 ( 一所に登にるぜ。 ) と手を引いて飛 法學士が、 ( さあ、使賃だ、祝儀だ、 ) と一圓出して、 ( 酒が飲め いろをんな 込んで、今夜は情女と遊ぶんだから、お前は次の室で待ってるんなきや飯を食って最う歸れ、御苦勞だった、今度ツからもっと上手 みやうだい おいらん だ、と名代へ追ひ遣って、遊女と寢たと云ふ豪傑さね。 に攫れよ。 ) と言はれて、疊に喰ついて泣いて居ると、 ( 親がな . いん じんすけ 共ッ切、細君も妬かないが、旦那も嫉氣少しもなし。 だわねえ、 ) と、勿體ねえ、奥方の聲がうるんだと思ひねえ。 ( 晩の 何時か三月ばかり臺灣を留守にして、若い其の細君と女中と書生飯を内で食って、岦日の飯を又内で食はないか、酒井の籠で飼って はやふさ を殘して置くと、何處の婦も同一だ。前から居る下役の媽々ども、 遣らう、隼。 ) と、それから親鳥の聲を眞似て、今でも囀る獨逸語 いづれ夫人とか、何子とか云ふ奴等が、女同士、長官の細君の、年だ。 そね っげぐち 紀の若いのを猜んだ奴さ。下女に鼻藥を飼って讒言をさせたんだ 世の中にや河野さん、こんな猿を養って、育ててくれる人も有る ね。其の法學士が内へ歸ると、 ( お歸んなさいまし、さて奧様はひ のに、お前さん方は、まあ何と云ふ、べらぼうな料簡方だい。 わけ よんな事。 ) と、書生と情交があるやうに言ひつける。とよくも聞 可愛い娘たちを玉に使って、月給高で、婿を選んで、一家の繁昌 かないで、 ( 出て行け。 ) と怒鳴り附けた。 とは何事だらう。 たった 誰に云ったと思ひます。細君ぢゃない、共の下女にさ。 たま , ・人間に生を受けて、然も別嬪に生れたものを、一生に唯 何うです。のろかったり、妬過ぎたり、凡人業ちゃねえやうな、 一度、生命とはつりがへの、色も戀も知らせねえで、盲鳥を占める 河野さん、貴下のお婿樣連にや、恁う云ふのは有りますまい。 ゃうに野郞の懷へ捻込んで、いや、貞女になれ、賢母になれ、良妻 己が掴ったのは其の人だ。首を縮めて、鯉の人った籠を下げて、 になれ、と云ったって、手品の種を通はせやしめえし、然う、うま でっち ( 魚籃 ) の丁稚と云ふ形で、ついて行くと、腹こなしだ、とぶらり く行くものか。 ぶらり、晝頃まで歩行いてさ、其から行ったのが眞砂町の酒井先生 見たが可い、恁う、己が腕が一寸觸ると、學校や、道學者が、新 の内だった。 粉細工で拵へた、貞女も賢母も良妻も、ばた / \ と將棊倒しだ。」 學校のお留守だったが、親友だから、づか / \ と上って、小信も 英臣の目は血走った。 二階へ通されたね。 ( 奧さん、是にもお膳を下さい。 ) と掏摸にも、 おんなじ 五十五 同一ゃうに、吸物膳。 女中の手には掛けないで、酒井さんの奥方ともあらう方が、未だ 「河野の家には限らねえ。凡そ世の中に、家の爲に、女の兒を親勝 少とにらみ たい いつけ
帶を買うて、三兩で絎けて、二兩で帶を買うて、それから、三兩でさん、妹の小銀と云ふ子が感心ちゃありまぜんか。今の母様の子 で、姉様の阿銀とはお肚が違って居るのだけれど、それは / 、姉 絎けて、然うして何うするの、三兩で絎けて : : : 」 「今年はじめて花見に出たら、寺の和尚に抱き留められて。」 おもひの優しい子で、姉様が繼母の惡だくみで山へ棄てられると云 いだ とわれは節つけて唄ひ出しぬ。 ふのを聞いて、どんなにか泣いたらう。何てッて賴んでも、母様は き、い おとっさん みんな 婦人は耳を澄して聞く。 肯入れないし、父様は旅の空。家來や小者は最う悉皆が母様におべ とりな 「寺の和尚に抱き留められて、止しゃれ、放しゃれ、帶切らしやる つかっかッてるんだから、誰一人執成してくれようと云ふものはな し、爲方がないので、そっとね、姉様が寃の罪を被せられて・ーー昨 「おや、お上手だ。」と障子の外より誰やらむ呼ぶ者ありけり。 タ話したツけーー・寃といふのは何にも知らない罪を塗りつけられた の。納屋の中に縛られて居る處へ忍んで逢ひに行ってね、言ふやう には、姉さん、私がどんなにか母様に賴んだけれど、何うしても堪 「誰 ? 」と言ひかけて走り出で、障子の隙間より戸外を見しが、彼忍しませんから、一旦連れられておいでなさいまし。後でまた何う は早や町の彼方に行く、其後姿は、隣なる廣岡の家の下婢なりき。 にでもしてお助け申しませう。而して、被在ッしやる處が解らない : ッて、然う云 「貢さんが、お上手だもんだから。立って聞いてたの。其はね、唄では、お迎ひに行くことが出來ませんから、是を : まる も節も全で私たちの知ッてるのと違ふんだもの。もっと聞かして下って、胡麻を一捫、姉様の袂へ人れてあげたの。行く道々、中の絶 さい、後でまた昨日の續きのお話をして上げますから。」 えないやうに、そこいらに撒いておいでなさい。其をたよりにして をんな あはれ 此婦人、昔話の上手にて、稚きものにも能く分るやう、可哀な逢ひに行くッて、まあ、賢こいぢやアありませんか、小銀はやうや る、をかしき物語して聞かす。何時もおもしろき節にて止めては、 う九つ。 あくるひ 明くる日其續きをと思ふに、先づわれに鞠歌を唄はしむるなり。 其晩は手を取りあッて、二人が泣いて別れて、明日になると、母 につらり 「高い縁から突き落されて、笄落し、小枕落し : : : 」 様の眼を忍んで小銀が裏庭へ出て見ると、枝折戸の處から、點々づ と唄ひ續けつ。頭を垂れて聞き果てたり。 つ、あの昨夜の胡廬が溢れ出して、細い、暗い、背戸山の坂道へか ふさ あはれ 「何だか可哀つぼいのね。鬱いで來るやうだけれど、飛んだおもし かって居るのを、拾ひ / 、、 ずッとずッと、遠い / 、、路を歩い ろいよ。私たちの覺えたのは、内方袖方、御手に蝶や花、どうやどて、淋しい山ン中へ人ッて行ッたの。然うするとね、新らしく土を うんど、どうやどうんど、一町、二町、三町、四町ッて最う陽気な掘りかへした處があッて、掻寄ぜたあとが小高くなツて、、其上へ ひとすぢ ことばかりで、譯が解らないけれど、貢さんのは又格別だねえ。難大きな石が乘ッけてあって、其處まで小銀が辿って行くと、一條細 おぎんこぎん 有うござんした。それでは丁ど隙だし、昨日のあの、阿銀小銀のあうく絶々に續いて居た胡廱のあとが無くなって居たでせう。 葉とを話してあげませう。」 もう疑ふことはない。姉様は此の中に埋れられたな、と思ひなが むご 照 とて語り出づる、大方の筋は繼母の其の繼しき兒に酷きなりけら、姉さん、姉さん、と地に口をつけて呼んで見ても返事がないか ら、はツと思って、泣伏して、耳を恁う。」 ねむ 2 「昨日は何處まで話しましたツけね、然う / \ 、然うするとね、貢 言ひかけて婦人は頭を傾け、顔を斜に眼を瞑りて手を其の耳にあ かうがい むじっ しをりど おっケさ、
8 2 わかもの 怒りなすって、まあ、飛んだ御機嫌が悪いのねえ。堪忍して頂戴「あい。」と云ひしが恂して、上間より立ったる半着の壯佼を さしまね な。よう、入らっしゃいよ。さあ、私と一所においでなさいましな麾き、 「ちょいと、火鉢をね。」 ね。何です、そんな顔をなさるもんちゃありません。」 「おい。」と此方向く。共土間なる客の中に、國麿の交りしをわれ 「嫌だ。」 キなこ 「あれ、そんなこと有仰らないでさ。あのね、あのね、小親さんが見たり。顔を見合ぜ、そ知らぬ顏して、仙冠者は舞臺の方に眼を轉 じぬ。牛若に扮したるは小親にこそ。 お獅子を舞ひますッて、ね、可いでせう、さあ、人らっしゃい。」 と手を取るに、さりとも拒み得で件はれし。木戸に懸る時、木戸 にくそ 四 番の爺われを見つ \ 北叟笑むやうなれば、面を背けて走り入り もッとひ ぬ。 髪のいと黒くて艶かなるを、元結かけて背に長く結びて懸けつ。 おなぐち 人大方は來揃ひたり。棧敷の二ッ三ツ、土間少し空きたる、舞臺大口の腰に垂れて、舞ふ時靡いて見ゆる、また無き風情なり。狩衣 むすめ の袖もゆらめいたり。長範をば討って棄て、血刀提げて吻と呼吸っ に近き棧敷の一間に、女はわれを導きぬ。 さま おくれげさき く状する、額には振分たる後毛の先端少し懸れり。眉凛々しく眼の 「坊ちゃん、ちゃあね、此處で御覽なさいまし。」 あざやか もてなし 鮮なる、水の流る、如きを、まじろぎもぜで、正面に向ひたる、 意外なる待遇かな、恁りし事われは有らず。平時はたゞ人の前、 さまたげ 天晴快き見得なるかな。 背後、傍などにて、妨とならざる限り、處定めず観たりしなるを。 おにい ひとっ あたりみまは 囃子の音止み寂然となりぬ。肅然として身を返して、三の松を過 大なる棧敷の眞中に四邊を胸して、小さき體一個先づ突立てり。 只ばかりありて、・假花道に亂れ敷き、支へ懸けたる、見物の男女ぎると見えし、くるりと捲いたる揚幕に吸はる、如く舞込みたり。 「お茶はよろし、お草一子はよしかな、お茶はよろし。」 が袖肱の込合うたる中をば、飛び、飛び、小走に女の童一人、しの ある ひがのこ と幕間を賣歩行く、賣子の數の多き中に、物語の銀六とて癡けた ぶと言ふなり。緋鹿子を合せて兩面着けて、黒き天鵞絨の縁取りた る綿厚き座蒲團の、胸に當て長膝を蔽ふまでなるを、兩袖に抱へてる親父交りたり。茶の運びもし、火鉢も持て來、下足の手傅もする ハ幾、しのぶ、小稻が演ずる、狂言の中に立交 事あり。をり / 、、」 りて、ともすれば屹となりて居直りて足を構へ、手拍子打ち、扇を 見返る女に顔を見合せて、 「あのね、姉さんが。」と小聲に含めて渡す。 揚げて、演劇の物語の眞似するが最と巧なれば、皆をかしがりて、 然は渾名して囃せるなり。 受取りて女は棧敷に直しぬ。 ことわり 「さあ、お敷き遊ばせよ。」 眞似の上手なるも道理よ、銀六は舊俳優なりき。 みとせ くらのすけしばゐ 曾て大槻内藏之助の演劇ありし時、渠淺尾を勤めつ。三年あまり われは又蒲團に乘りて、坐りもやらで立ったりき。女は手もて足 前なりけむ、其頃母上居たまひたれば、われ件はれて見に行きぬ。 を押へて顏を見て打笑みたり。 蛇責こそ恐しかりけれ。大釜一個先づ舞臺に据ゑたり。背後に六 「さあ、おゆっくり。」 のんど 角の太き柱立てて、釜に入れたる尾の咽喉を鎖もて縛めて、眞白 われは据ゑられぬ。 なる衣着せたり。顔の色は蒼ざめて、亂髮振りか曳れるなかに輝・き 「しのぶさん、お火鉢。」 0 おっしゃ びろうど ( り しばゐ つ みまは ひとっ もとやくしゃ かれ たに
おっとりま くみこ 「はい、これを。」 たる眼の光の妻まじさ、瞻り得べきにあらず。夥兵立懸り、押取卷 と大きく言ひて、紙包にしたる菓子をわが手に渡しつ。 、上手に床儿を据ゑて侍控 ( 居て、何やらむいひ罵りしが、薪を 「樂屋から差上げます。や、も、皆大喜び、數ならぬ私まで、はゝ ば投入れぬ。 どろ , \ と鳴物聞えて、四暗くなりし、靑白きものあり、一條は、。何てッてこれ坊ちゃんのやうなお小いのが毎晩見て下さる。 左の方より閃きのぼりて、淺尾の頬を掠めて頭上に鎌首を擡げたる當興行大當、減茶 ~ ~ に面白い。すてきに面白い。おもしろ狸のき は蛇なり。軻呀と見る時、別なるがまた頸を絡ひて左なるとからぬた卷でも、あんころ餅でも、鹿子餅でも、何でもございぢや、は み合ひぬ。恐しき聲をあげて淺尾の呻きしが、輪になり、棹になりい、何でもござ」、人氣おこし、お菓子はよしか。小六さん、小親 うね くちなは さん、小六さんの人氣おこし、おこしはよしか。」と呼びかけて前 て、同じほどの蛇幾條ともなく釜の中より蜿り出でつ。細く白き 手を扨きて、共の一條を掻掴み、アと云ひさま投げ棄てつ。交る , 「の棧敷を跨ぎ越ゆる。 こ、に居て見物したるは、西洋手品の一群なりし。顏あかく、眼 おとがひ 取って投げしが、はずみて、矢の如くそれたる一條、土間に居給ひ つぶらにて、頤を髯に埋めたる男、銀六の衣の裾むずと取りて、 たる母上の、袖もてわれを抱きてうっ向き給ひし目の前に ( タと落 「何を ! 」と言ひさま、三ッ紋つきたる羽織の片袖まくし揚げつ ちたるに、フト立ちて歸りたまひき。 ちゃう 此時其役勤し後、渠はまた再び場に上らざるよし。蛇責の釜に入っ、 「何だ、小六さん、小六さんの人氣おこしたあ何だ。」 りしより心地惡くなりて、はじめは唯引籠りしが、俳優厭になりぬ 「へい。」 とて罷めたるなり。やゝ物狂はしくなりしよしなど、伯母上のうは 「〈いちゃあ無い、小六さんたあ何だ。客の前を何と心得てるん さしたまふ。 けばもの 何地行きけむ。久しく其名聞えざりしが、此一座に交りて、再びだ。獸め、乞食藝人の癖に様づけに呼ぶ奴があるもんか。汝あ何だ おもかげ 市人の眼に留りつ。彼の時の俤は、露ばかりも殘り居らで、色もい、馬鹿め ! 」 あたまは と言ふより早く拳をあげて、其胸のあたりをハタと撲ちぬ。背後 よろ 蒼からず、天窓兀げたり。大聲に笑ひ調子高にものいひ、身輕く小 ひとり に蹌踉けて澁面せしが、忽ち笑顔になりて、 屋の中を馳せ廻りて獨快げなる、わが眼にも此をぢが、彼の恐し き事したりとは見えず。赤き顱卷向うざにしめて、裾を括げ、片「許させられい、許させられい。」 と身を返して遁げ行きぬ。 りあし 肌脱ぎて、手にせる菓子の箱高く捧げたるが其の銀六よ。 此時、人聲靜まりて、橋がかりを摺足して、膏藥煉ぞ出で來れ さき る。其の顏は前にわれを引留めて、此處に件ひたる彼の女に肖たる に、弗と背後を見れば、別なるうつくしき女、何時か來て坐りた 「人氣だい、人氣だい。や、すてきな人氣ちゃ。お菓子、おこし、 。黑髮を束ねて肩に懸けたるのみ、それかと見れば、俤は舞臺な 葉小六さん、小親さん、小六さんの人氣おこし、おこしはよしか。お りし牛若の凛々しげなるには肯で、いと優しきが、涼しき目もて、 菓子はよしか。」 いまの能の品評やする、がう ,. 、と鳴る客の中を、勢ひょく賣あ振向きたるわが顏をば見し。打微笑みしまゝ米だものいはざるにン ト頬摺す。われは舞臺に見向きぬ。 りきて、やがてわが居たる棧敷に來りて、
せった 雪踏をすらす音がして、柔かな肱を、唐草の浮模様ある、卓子の 有っても一向心懸のございません僕なんざ、年の暮に、大溿宮か 蔽に曲げて、身を入れて聞かれたので、靑年は何故か、困った顏を ら暦の廻りますまでは、つい氣がっかないで了ひます。尤も東洋と して、 だけで、支那だか、朝鮮だか、それとも、北海道か、九州か、何處 「何う仕りまして、然うおっしやられては恐縮しましたな、僕の で観ようと云ふのだか、其を聞き懸た處〈、貴女が食堂〈入ってお は、でたらめの理學者ですよ。えゝ、」 あたま 出なさいましたもんですから、 ( 呀、これは日蝕處ちゃない。 ) と云 と一寸天窓を掻いて、 ひましたよ。」 「林檎を食べた處から、先祖のニウトン先生を思ひ出して、其處で 「ちゃ、あとは、私をおなぶんなすったんでございませうねえ。」 理學者と遣ったんです。はゝ、はゝ、實際は共の何だか些とも分り 「御串戯おっしやっては不可ません。」 ません。」 「それでは、どんなお話でございましたの。」 「まあ。お人の惡い。貴郞は、」 につこり ながしめ 「實は、何う云ふ御婦人だ、と聞かれまして : ・・ : 」 と莞爾した流眄の媚かしさ。熟と見られて、靑年は目を外らした 「はあ、」 が、今は仕切の外に控〈た、ポオイと硝子越に顏の合 0 たのを、手「何ですよ、貴女、腹をお立てなすっちゃ困りますが、え、、」 こご 招きして、 と俯向いて、低聲になり、 「珈琲を。」 こちら 「女俳優た、と申しました。」 すゞし みは 「あゝ、此方へも。」 「まあ、」と淸い目を諍って、屹と睨むが如くにしたが、ロに微笑 と貴婦人も註文しながら、 が含まれて、苦しくはない様子。 「ですが、大層お話が持てましたちゃありませんか。彼地の文學の 「澤山、そんなことを云ってお冷かしなさいまし。私は最う下りま お話ででもございましたんですか。」 すから、」 どちら 「何ういたしまして、」 「何方で、」 と靑年は愈弱って、 と遠慮らしく聞くと、貴婦人は小兒の事も忘れたやうに、調子が 「人を見て法を説けは、外國人も心得て居るんでせう。僕の柄ぢ冴えて、 や、そんな貴女、高尚な話を仕かけッこはありませんが、妙なこと 「靜岡ーーーですから其先は御勝手におなぶり遊ば苡室が違ひまし を云って居ましたよ。はあ、來年の事を云って居ました。西洋ちても、私の乘って居ります内は殺生でございますわ。」 圖や、別に鬼も笑はないと見えましてね。」 「御心配はございません。僕も靜岡で下りるんです。」 系「來年の、どんな事でございます。」 「お湯。」 婦「何ですって、今年は一度國〈歸って來年出直して來る、と申すこ と小兒が云ふ時、一所に手にした、珈琲は未だ熱い。 とです。 ( 日蝕があるから其を見に又出懸ける、東洋ちゃ殆ど皆既 幻蝕だ。 ) と云ひましたが、未だ日本には、共の風説がないやうでご ざいますね。 「靜岡は何方へお越しなさいます。」 たんと
384 芥川龍之介氏を弔ふ じよくしょ れいろうめいてつ 玲瓏、明透、その文、その質、名玉山海を照らせる君よ。溽暑 たちまら そむ じようだく 蒸濁の夏を背きて、冷々然として獨り涼しく逝きたまひぬ。倏忽に とこしなへ かんりんひ して巨星天に在り。光を翰林に曳きて永久に消えす。然りとは雖 かたち も、生前手をとりて親しかりし時だに、その容を見るに飽かず、そ いかん の聲を聞くをたらずとせし、われら、君なき今を奈何せむ。おもひ 秋深く、露は涙の如し。月を見て、面影に代ゅべくは、誰かまた哀 しばらく 別離苦を言ふものそ。高き靈よ、須臾の間も還れ、地に。君にあこ がるゝもの、愛らしく賢き遺兒たちと、温優貞淑なる令夫人とのみ にあらざるなり。 つ、しんびちう 辭ったなきを羞ちっ、謹で微衷をのぶ。 ことば ( 昭和二年八月 )