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検索対象: 日本現代文學全集・講談社版 69 プロレタリア文學集
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1. 日本現代文學全集・講談社版 69 プロレタリア文學集

31 林 蛭に、身體中の血を吸いとられて行くのを、みすみすそのままにし よしよし。まあ、次の話を聞け。 ておかねばならぬ時の氣持を想像して見るがいい」 「林檎で鮭を釣る。何んて面白い商賣じゃないか」 男は、回想的な顔をして、腕の皮膚をぐいっとつまみあげて見せ それから男は、そう言葉を績けると、林檎の皮をべっと海の上に たが、 はき出して、じろりと沖の方を睨んだのだ。視線を追うと、さっき 「ところがその時」 の黄色いスクーナーの上に、じっと瞳が止まっている。 と、すぐ言葉を續けて、右手の林檎をぐいっとっき出した。 おや ? 「此奴だ ! 」 「どうしたい、君 ? 」 と言うわけは、船底に壞血病が襲い始めたその時、船長が、 「解らんか ? 彼奴だよ」 甲板のどこからか、林檎の樽を持ち出して來たのだった。林檎と鮭「え ? 」 とをとり換えろと言うのだ。陸で買えば、せいぜい十錢位の林檎一 「彼奴がさ」男は手をあげてスクーナーを指した。「彼奴がまた、 っと、人間の背の高さもある、投げ賣りにしても二圓五十錢にはな 沿海州行きの鮭取り人夫を募集してやがるのさ」 る鮭とをとり換えろと言うのだ ! 「ほう」僕は思わず眼を見はった。「それで ? 」 「口惜しかったろ。 せめて林檎一つに鮭一匹なら、まあ我慢も 「もう一度乘りこんで林檎を食わせて貰おうと思っているんだ」 出來ようものを、一つに三匹だ ! しかもその鮭の一つ一つは、一 「そうしてまた、すっからかんになろうと言うのかね」 カ月にあまる難行苦行の賜物ではなかったか。口惜しい。だが食わ 「違う。五年前の俺じゃあるまいし。赤兒でも三年たてば三つにな なきや壞血病だ。命がない。みすみす船主のからくりだと知りなが る。俺だって近頃は少しは眼も見えるようになったさ。何しろ對手 ら、身を切られるような思いで、船底の人夫三十八人、皆鮭をやつは船長と運轉手と監督、合せたところで高が五六人。こっちは、尠 ぬか て林檎を貰った。でも、林檎を、皮から心まで、かす一つ殘さず食 くとも三十人の荒くれ男。野菜がなくなったと吐しあがったら、三 う時は、命の泉のようなうまさだった」 十人が力を合せて、林檎をふんだくってしまう。そうすりや、働い 男は手の掌の林檎をもう一度ころころさせる。 ただけの鮭はそっくりこっちのものだし壞血病の心配もない。こん もくあみ 「そうしたわけで、小樽へ歸りついた時はもとの杢阿彌のすっから な簡單な算術を知らなかった昔の俺が不思議な位さ。どうだ ! 」 かんさ。だが、林檎のおかげで、生命だけは助かった、と言う話さ 「うまい ! 」僕は思わず手をたたいた。「その手だ ! 」 ね」 「ふん」ところが男は、ちょっと不機嫌そうな顏をすると、僕の顔 こう言いきると、彼はその林檎を、兩手の指でパンと上手に二つをろりと見た。「おい、隱すねえ。隱さなけりゃならぬような奴 に割って、がくりと噛りついたのだった。 だったら、こんな話はしない筈だぜ」 どうだい、面白かったかい ? 今度は僕が君に問おう。 「手前逹も、その手をやっているのではねえか ! 」 え ? つまらない ? よくある手だ。船主、工場主、商人、株 と、彼は突然右手をのばし、僕の外套の襟をぐいとめくって、上 屋、銀行家ーーその他資本家一般の常套手段だと言うのかい ? 衣の胸の日本勞働組合評議會の會員章を、とんと突いた。同時に左

2. 日本現代文學全集・講談社版 69 プロレタリア文學集

で、殘忍で、打算的な將軍の裸體に笑的な嫌惡を示している。軍のように「善惡の彼岸」に立っことを愛していた。「矛盾せる二つ 2 けっしゆっ ひんしゆく 訷の封建的な非人間性に顰蹙している。それはいかにも巧みな抉出のものが自分にとりて、同じ誘惑力を有する也。善を愛せばこそ惡 ( 書 的な手法に終始している。そして私は、作者のこの手際に喝を與も愛し得るやうな氣がする」「自分は醜いものを祝輻する」 善惡を同一的範疇にみようとする心理的根據を、我々 えようとしたが、やつばり欽の瞬間、それを思い止まらねばならな簡集 ) かった。何故か、私はこの作品の全體的な構圖に根本的な缺陷を發は、現在社會に對する小プルジョアジイの絶望的な不調和の中に見 たいせき 見させられたからだ。將軍と對蹠的に描かれた軍參謀に、スタンダる。超人たることは、小プルジョアジイにとって果して可能であろ しんイん うか。我々はプレハーノフと共に次のように答える。 1 ルの箴言やユーゴーの歌を想起さしているうちに、作者は彼もま 「善惡の彼岸に立っとは何を意味するのであろうか。これは一定 た軍人であることを忘れている。そして、それはモティーフに小プ の瓧會秩序の地盤の上に發生した善惡に關する一定の念の領域 ルジョア的な限界性を持っているからだ。氏の嘲笑が封建的なもの において判斷することが出來ないやうな偉大なる歴史的事業を遂 に向けられている場合にすら、氏は小プルジョア的な節度を脱する 行することを意味するのである」 ことが出來ないのである。氏は結局爆彈を手にした實踐的な嘲笑者 かくて、氏の善惡を越えようとする努力が如何に不可抗的な矛盾 とは遙かに遠いものであった。 これら , ーー「袈裟と盛遠」から「將軍」にいたる諸作品を通じに立っていたものであるかが理解出來るであろう。氏は藝術の前に て、私は芥川氏の認識の對象が人間に置かれた場合、生理學的な自は、冷然と、道德をも蹂み躪ろうとした。人間として失敗すると共 我を中心として把握されていることを知るのである。これは自然主に、藝術家として成功した泥棒詩人フランソア・ヴィョンを、氏は ひんせい 義に基調を持っ心理曝露の型である。芥川氏はそうした歴史的人物いかに懷しんでいたことか。けれど氏の敎養と稟性は、容易には氏 に超道德的な勇氣を與えなかった。多くの人々の氏に關する追憶 畫を描きながら、多くの場合っとめて作者の愛情と憎惡を靜觀的な 理智の中に包んでいる。憂鬱なエ人のように、憐愍とアイロニイをは、ことごとく氏が一面古風な人情家であったことを傅えている。 ちゅうたう 「蜜柑」「おぎん」「偸盜」等の作品において、私は作者が不可解で 織りまぜて「致し方のない人間性の眞實」を寒々と彫りつづけてい 下等な退屈な人生を忘れて朗らかに涙ぐんでいるのを見る。「猿」 るのである。 の中で「猿は懲罰は許されても人間は許されませんから : : : 」とい てつけっ ーマンな作者をみよ。「社子春」「蜘蛛の絲」 人間性に對するアイロニイ、冷笑的剔抉の一面と共に、芥川氏はう反語の奧に、ヒュ 「人間らしさ」に對する愛情を不用意に洩している。「僕はどんな良「白」等の童話は、いかに氏が一時代の一階級の道德律を越えるこ ( 侏儒の言 との出來なかったモラリストであったかの證左となるであろう。 心も持ってゐない。 : : : 僕にあるのは訷經だけだ」 葉 ) 。「我々の愛するものはこの豪勇の持ち主である。常に善 惡の觀念を足下に蹂臈する豪傑の士である」「我々はかう云ふ旺盛 これまでに明かにして來た芥川龍之介氏の多元的な傾向は、どう なる『我』に我々の生命を暖める焔を感ずる。或は我々の到逹せん ( 岩見重太郞 ) 云う相關關係をもって、後期の氏の文學を形成して行ったであろう とする超人の面輪を感ずる」 、 0 、刀 芥川龍之介氏も亦あらゆる孤獨な小プルジョア・インテリゲント しうりん

3. 日本現代文學全集・講談社版 69 プロレタリア文學集

3 「斬れるさ ! 」 した。女工逹の前には、煮え湯をた、えた釜が、大きいのと小さい 酒井の聲が不氣味に落着いて聞えた。冷いナイフの光がさっと空のと二つずつあって、小さい方では白い繭がぐっ / 、と煮えてい 氣を裂いた。 た。煮えあがった繭は大きい方の釜に一つ二つ投げこまれ、煮え湯 の中でくるノ、と躍りまわりながら、だん / 、痩せて行った。眼に 遠くで見ていた僕が、全身の血を凍らせて、思わず叫ぶ。大河は見えぬ程の細い絹絲のすじが、女工逹の頭の上を越して、後でぶん そのまゝばったり草の上に倒れた。 ぶんまわっている絲枠に卷きとられている。調帶の廻轉につれて、 仲間が飛んで行って、大河を起して蓮んで行くのを、酒井は氣拔絲枠は肥え、繭はます v-- 痩せほそる。やがてすっかり裸にされて けたようにぼんやり見送っていたが、彼等の姿が叢の向うに消えてしまうと、そのあとに、眞黒な蛹の死骸がぼっかりと浮いた。 しまうと、どうしたわけかばったり倒れて、草の上に動かなくなっ僕には珍しい眺めであった。 た。 「ちょっと待っていて呉れ給え。」 我にかえった供が、びつくりして飛んで行くと、彼は夏草の中に 酒井は、つか / \ と機械と機械との間に消えて行ったが、やがて 顱をうすめて、兩方の肩をふるわせているのだった。 一人の年寄った女工服の女の人をつれてかえって來た。 何故 ? 僕には、その理由が解らなかった。 「君、僕の母だ。」 解らないと言えば、酒井に就いては、もう一つどうしても解らな びきだし いことがあった。それは彼の机の抽斗の中に、何時も小さい白い繭 僕は、驚くより先きに、面喰ってしまって狼狽て乂頭をさげた。 が、ぼつりと入っていることだった。何の時だったか、いくら訊ね 「お母さん。さあ、お禮を言って下さい。」 てもそのわけを聞かして呉れないのに業を煮やして、その繭の肌を 酒井の母はーー・五十近い、靜な古風な眉をもった人であった 鋏で滅茶苦茶にしたことがあった。すると、彼はその日一日僕にロ丁寧な調子で、康雄がいつもお世話になること、どうかこれから先 を利かなかった。そして一週間もたっと、また同じような繭が。ほっきもよろしく、と言ったようなことを、繰かえし / \ 述べては、僕 りと抽斗に人っているのだった。 の前に白い毛の見える頭を下げた。面喰ったのやら、恥しいのやら が、此の二つの謎が同時に解ける時が、やがてやって來た。 で眞赤になった僕は、たゞ無暗に頭を下げるばかりで、酒井の母の 事件のあった二三日目の後のことだったと思う。 不思議な上品さと謙讓さとをたえた顔を正視することさえ出來な 酒井は突然僕を街に誘い出して、その町の海岸の近くにある、 かった。 さな製絲工場に連れて行った。何時も來つけているらしく、ちょっ 工場からの歸途、酒井は靜な調子で、彼の生立ちを話してくれ と門番に頭をさげると、彼はすた / \ と工場の中に人って行った。 た。小學校の四年生の時に父を失って母と二人きりになったこと、 僕も後に續いた。 父の死から、それまでは相當に暮していた一家がすっかり零落し、 蒸氣の濛々とたちこめた、雨の日の臺所のように暗い工場の中でそれ以來、母の手一つで貧しく育てられて來たこと、その母が、彼 は、大きな調帶が稍よ舊式の絲繰機械を、からからとまわしていを中學校に人れるために製絲工場の女工になったことーー ! 彼はどう た。蛹の惡臭と、霧の日のそれのように重く濕った空氣が呼吸を壓しても中學に人らないと頑張ったが、學校の先生逹は、今止めるの さなぎ

4. 日本現代文學全集・講談社版 69 プロレタリア文學集

165 締 父逹が何の話をしているのか、何かしら私には氣がかりだった。 られることは、私の家を暗闇に突落すことだった。私はまだ子供で 何時も來たことの無い山田のおやじの來ているのが不思議なのだ。 父は病身だった。僅か三段に足らぬ小作を維持するだけにでも、誰 若しかしたら私を銅山へでも ? ・ : そう思うと山田のおやじがかが「勞銀取り」をやらねばならなかった。そして私の家では、姉 銅山の鑛夫であることに氣がついた。銅山の仕事は荒いーーーそう私 がこの重大なる役目を帶びていたのだった。姉が製絲工場から緖け は聞いていたので一寸恐れに似た氣持ちがあった。だが、もう十六 て來る年額四十餘圓の勞賃が、私の家の肥料代や、縣や村の税金 で學校も終ったのだ。どこへでも行こうかい。 や、小作料やらの信用の根源であり、財源であった。 だが、山田のおやじの來たのは、もっと厄介な話を持って來たの 三段や五段の小作に生きる貧農の娘に戀愛や結婚の自由のありよ だった。姉の戀愛ーー結婚の間題だった。 うが無かった。部落の娘逹は「親兄弟のため」に勞賃を追うて、晩 「なアおっ母ア、今日山田のおやじが來てなア : : : 」 婚へと追いつめられていた。餘り年齡を取り過ぎて婚期を失い、獨 と、父はその夜夕飯が濟むと話し出した。 身で世を送る娘さえあった。そんな娘へは村長坂村から表彰状が贈 「 : : : ひょんな話でな」 られ、孝行娘の典型として譽め稱えられた。資本家と地主はその貪 さくじゅ 「ウン、坊から一寸田圃で聞いたが : : : 」 慾な搾取を容易にするために村の娘達の結婚の自由さえ「不孝」と と、母も何かしら ? と興味を持っているようだった。 規定していたのだ。 「何の話やった ? 」 階級意識の片鱗だに持たなかった當時の貧農逹には、彼等の生活 「それがさ、困った話で : : : はっ嫁にやらんかちゅう話や」 の貧困におけると同じく、この可哀相な娘逹の運命の據って來たる 「またか ? 」と、母は印座にはき出すように云った。 「何處か根源を見破ることが出來なかった。彼等はこの運命を偏えに貧乏人 知らんがやれんやれん。まだ二三年、坊がせめて十八九になるまで に與えられた當然のものとして受取り、娘逹に強制して來た。悲し 何處へもやれんがや」 み、嘆き、苦しみ、喘ぎながらも、強制せずには居られなかった。 きようび 「おいやさ、そりやアわかっとる。今日日はつを取られたら、家ア だが、若い血潮の燃える娘逹はたまらなかった。彼女逹も勿論こ うち 一寸もやって行けんこたア俺も承知じゃ。けんどな。こんだは一寸の受難の來たる根源を知らなかったが、胸の裡から溢れ來たるやる かいしよう 困ったことにやア、はつは男ともう約束して坊の學校を卒業すンのせなさと淋しさにたえられなかった。彼女逹は偏えに父兄の甲斐性 うら いばら を待っとったちゅがや。年が年やで無理も無えが、家の有様を見り 無さを憾み、次第に自分自身でこの荊の道を打開する手段をとるに やア、手放しかねるし。困った事じゃ」 至った。勝手な戀愛と出奔がそれだ。 男と既に出來ていると聞くと、母も頗る當惑したようだった。一 女性の . 自由な戀愛が、一つの反道德な行爲として指彈された當時 瞬間、何かに突き當ったような空虚な顏をした。 において、娘逹のこの態度は確に思い切った態度、行爲であった。 だからこの結果は醜い親娘間の爭いとなり、彼女をも、また彼女の わけ 「いつもの通り家の事情を云うて、斷ったは斷ったけんど : : : 」 父兄母妹をも更に百倍する貧窮と苦惱の地獄へ突落した。 父も當惑し切っている。 私の姉も同様な道を辿ったわけである。姉はもう二十四だった。 實際これは私の家の浮沈に關する大間題であった。姉を他家に取地主の強制する道德から云えば、彼女も確に孝行娘の一人であっ

5. 日本現代文學全集・講談社版 69 プロレタリア文學集

であることについて、一應私の意見を述べた上で、私はいい小説を 「そして私が、子供や老人を抱えた私が、如何にして百。ハーセント 2 に仕事をしてゆくかについてあなたの意見を聞かして下さい。そし書くことに努力します。」そしてゆき子は文學運動の現从や誤った て私は、あなたの意見が、現在あなたの生活の中で『机上空論』的 傾向を示す諸種の見解を述べている。 にならないように努力しましよう、外の風をたつぶり吹きおくるこ 竹造はいつもの時間の三分の一もかからないで飯を食べてしまっ とによって。」 た。食べてしまってもまだ手紙を讀み終らなかった。 「あなたはこの間私が久しぶりで面會に行った時、私が經濟困難に 彼は讀みながら一々反駁して來た。讀み終っても固くなった身體 陷っている話の末に、私のこの困難を招來したことが小説を書かなは弛まなかった。反駁の言葉が止むと同時に沈默したきり、何も考 はげ いことにも原因していると言って、可成り劇しく責めた。」 えることが出來なかった。一階級人の家庭生活における同じ氣持で 嘘を言え。おれは劇しくも、責めもしない。打開策を言ったまで 交渉をもってきたつもりの自分が、裏切られてしまった寂しさが身 だ。後から書いた手紙を讀めば分るのだ。 を包んだ。竹浩は自分が今、何のために、どんな目にあって、どこ にいるかを考える時、若しその自分がゆき子のいうように外の運動 「私が小詭を書かないことのよくないことは百。ハーセントに認めま す。あなたは私がウザウザとおばあさんや、妹や赤ん坊に取り交っ に關心をもっていなかったとなれば、敵の手中にあるこの現在の生 てつい小説を書かないと心では思っていないでしようけれど、私の活は自分にとってなかったと同じことになる。同時に自分が屬する 意見をここで書いてみましよう。」 階級を守ってきた努力もなかったことになる。 續けて文化運動の非常時的な困難が述べてある。「あなたは内田 邇動に出て空を見上げた竹造の眼は、人間に見詰められた大が外 ゆき子が、その从勢の外に、連盟機關紙の『日和見主義批判』の外らした眼のようにおどおどとしていた。 にいていいと思うでしようか。」そしてゆき子の小説の書けぬ大き 竹造は夜寢るまで、遂に本を讀まなかった。起ち上ることもしな もた な原因として、組織活動と創作活動の辯證法的統一がまだ地につき かった。ただ坐ったきりで、背を壁に凭せもせず、兩手を膝におい はじめたばかりで、非常に具體化していないということを擧げてい て、うつろな眼で前の壁を見ていた。身體をふるわせるような驚愕 る。片方ではこれに對して右翼的な傾向を持った作品がはびこりつ と怒りの消え失ぜた後の身體には何も殘っていなかった。 自分に、賴ったり甘えたりする氣持のあるうちは、ほんとうに自 つある。「それだから、早く私はいい小説を書かねばならない。私 が小説を書かぬことの惡いことは百。ハーセントに認める所以です。」分を知ることは出來ない。最近の心の昻まりを意識していた竹造 といってはいるが、「私は作家として、文學運動における自分の任は、とにかく一人きりになって考えてみようと思った。考えがつく 務を自覺する時、今發表する作品に責任を感じます。」 迄は手紙を一切書かない。場合によっては、面會に來ても會わな そういうだけで、いつまでたっても誤ったものに對抗してそれを い。ただそう考えただけであった。感覺を失ったようにいつまでも 克服する作品を書かないで、誤った傾向の尻を追い廻わしているだ沈默しているロは、動かすと舌の上に病氣の時のような甘ったるい けでは、 それこそ外にいた頃もいったように、藝術至上主義の味がする。 竹造は眼を瞑っても、尚暗い中で一點を見つめたまま眠ってしま 左翼的一變種にすぎないではないか。 ) 「私はあなたの、私の小説を書かぬことについての批判が、現象的った。 ( 昭和九年十一月「中央公論」 )

6. 日本現代文學全集・講談社版 69 プロレタリア文學集

みねばならなかったのである、そうなると編集部に來ていた、正に屑鼻先は見事な赤褐色を彩どり健康と強い情慾を現している。ただ何 籠に入るだけの運命に、あった投書なども引き出され、地方通信員た時の頃からか。ほっりぼつりと生えはじめた白髪混りの頭が精力的な 顏貌と似つかわしからず流石にそろそろ四十に手の屆こうという彼 ちや地方支部同盟員たちの推賞の言葉も案外澤山あさり出された。 の齡をうかがわせるものがある。 そして今夜地區研究會でも小田切の詩が批評の中心になっていた。 その虱變りな姿が今ポストのある菓子屋の角を曲った、菓子屋の 小田切久次はそれを考えると久しぶりおおらかな氣持にさえなる のであった。ざまア見あがれ ! 小田切久次はいまいましい仇敵を隣りが乾物屋、乾物屋の欽がしる粉屋、そのしる粉屋と露路一つ距 てて例の酒屋だった。とうに十二時は過ぎたろう、田舍街は已に寢 今日只今ぎやふんとやつつけた時のように獨り言を云って滿足氣に 笑うのだった。ふとその笑いが消えた、小田切久次は木下暗に立ち靜まり、彼の目指す酒屋も雨戸をとざし隙間洩る電灯の光さえなか った。ただ店先のビール箱の上には相變らず一斗甕がのっている、 止まった、さっき研究會に行くとき彼は本屋に寄るため廻り道をし た、途中酒屋の店先高く積まれたビール箱の上に一斗甕を見た。實彼は四邊を見廻しそっと近づいて行った。兩手を伸ばし取りおろそ うとしたが、何か中に人っているのであろう、びくともしなかっ はゆうべ氣づいたのだが、ゆうべはまだ少し早く酒屋の戸が細目に 開いていたのでそのまま通りすぎた、今度は大分遲い、もう寢てした。彼は傍に亂雜に置かれたビール箱を二つ重ねて足場を作った。 まったにちがいない、よし、と思ったからである。小田切久欽は踵今度は腕を水平にして甕が抱けた、力を人れると重ねられたビール を返し今來た道をすたすたと戻りはじめた、木下暗を出ると何夜の箱がぎーいと搖れただけで甕は尻を持ちあげなかった、糞ッと小田 月というか知らぬが月が冴え、ずんぐりした彼を斜め上から一層ち切久次は渾身の力を出した、大力な小田切に渾身の力を出されては ぢめた影にして地に落した。ずんぐりと云えば彼の背丈は四尺五寸甕も尻を持ち上げぬわけにゆかなかった。だぼツだぼッと重たく液 三分 , ーーっまり普通の女よりも低い、その埋め合せでもあるまいが體の搖れる音と共に甕は小田切の胸へのしかかって來た、小田切は 横幅が張り、脂切った肉がでつぶりつき腰の回りは四斗俵を思わせはずみを食って足場の悪い箱の上で危く倒れそうになり、やっと踏 る、腹は十分ふくれ、胸に女の乳房のような乳房がふわッふわッとみこらえて姿勢を直し足場を跳び下りた、その拍子に甕がビール箱 ゆれている、しかし贅肉でもなく足は丸太ン棒のように、腕には隆に障りガフガフと音を立ててくずれた、小田切久次は總毛立ち反動 で駈け出していた。甕はだぼツだぼッと氣になるような音を立て 隆とカ瘤が盛り上がっている、不均衡な體は徴兵檢査に落第したが た、中味は何だろう ? 追う者もないのに小田切は駈けている、淡 ス生れてから病氣をしたこともなく、百姓出でカは澤山持って居り い月光に濡れた道を四斗俵と一斗甕が一緖に轉がってゆくように見 今でも四斗俵を膝につけずすーうと肩に持ち上げるのが自慢の一つ ム えた。 である。 2 顏の雜作も體と均衡を保ち四角で、眉は濃く繁り、唇はむくれて 飼厚く、鼻は小鼻のところが一般の型を破って反對に凹み、先へ行く おい開けてくれ、と小田切久去は足で玄關の格子戸を蹴った、す に從い徐々に高さと幅を加え先端はやや誇張を許すなら奇想天外な 形でむつくり飛び出している、これは小田切の平凡ならざる顏の中ぐ女房の芳江はごほんごほんと咳をしながら起きて來た。彼女は格 2 でも尤も偉欟であって全體が膨れたような感じを與え、跳び出した子戸を開けると人って來た甕の親子のような小田切の様子に、まあ

7. 日本現代文學全集・講談社版 69 プロレタリア文學集

15 イ に白い綿が吹き出していたのが、今も、明かに私の記憶に殘ってい る。まだ自給自足の封建的經濟生活を脱し切っていなかった日露戦 爭前の北陸の寒村の風物には、絲車や手織機の音や綿の木が、尚重 要な生存を續けていたのだ。 六つか七つの時であっただろう、私には耐え難い空腹との關聯に おいて、忘れ難い綿の記憶が殘っている。 夏であったか、それとも秋であったか、それは今判別出來ない。 何でも曇り日の濕氣を含んだ日であった。空は灰色に塗り潰され て、今にも下風と共にひと雨來そうな空模様だった。私は土手の桑 はゞびろ の木の根本に積み上げられた石ころ塚の上に、母の幅廣の前垂れを 敷いて坐っていた一足元には二三本の生芋が、雨を豫想して持って 來た母の破れた纐と共に投げ出してあった。土手の下は綿畑で、 綿畑の向うに川が流れていた。猫柳や川原竹の川岸が、轟々と流れ はげ る劇しい水音に、何かしら心細い幻影を釀し出しつ私の幼い心 に迫っていた。 綿畑には貧弱な綿の木が一面にカサ / \ と立っていた。白い綿 が、その骨張った枯植物の所々にポッカリと喰つついていた。 むしよう 白山山岳地帶へ加賀平野の東端が所々で芋蟲のように喰い込んで 私は無性に腹が減っていた。けれども、生芋にも喰い飽きてい いた。その芋蟲の一つに私の生れた部落があった。西から喰込んた。あの綿が、白い大きな握飯ならどんなに嬉しいだろう。私はそ で來たこの猫の額ほどの平地は、南と北とに山を持ち、東方へゆるんな事を妄想して一つ / 、の綿を見つめていた。するとその一つ一 い傾斜を以って高まり且っ狹くなりつ又、遂に重なり續く白山山脈つの綿が、何時の間にか白い大きな握飯となって、私の腦裡へ迫っ さえぎ のために遮られてしまう。平地の中央に流れの急な割合に大きい谷て來るのだった。 川があり、田圃への灌漑と人家への欧水とを供給していた。部落は 母は私には頓着なく綿を收穫するのに一生懸命だった。破れた野 北山の山裾とこの谷川との間に藁屋ばかりの家を集めて形作られて良着の背をまるめて、劜から畝〈と忙しそうに獅噛ついている、千 いた。冬になると北陸特有の大雪が降り、夏になると窪地一帶に螢切った綿が、節くれだった黑い手に一ばいになると、腰にさげた餌 もっこ が群生した。 籠に押込み、餌籠があふれると畑の隅に置かれたへ急いで詰め込 つらな だが、私の幼年時代の記憶は、この雪にも螢にも連りをもっていみに行った。腰を曲げて走り歩くような動作が繰返され、何か急き ない。不思議なことには、綿に關聯しているのだ。南山の山裾の段立てられているように一心不亂だった。 段畑や谷川の陽あたりのよい川岸に、あの骨張ったガラガラの植物 私は、母が私をかまってくれないのが不服だった。早く切り上げ 須井一

8. 日本現代文學全集・講談社版 69 プロレタリア文學集

その時、おれは偉大な發見をして了った。コロンプスが發見した 被告なのだ。 。おれの血は一ペんにどこかへ逆 と云う大陸よりも大きい奴を もし又警官逹があばれ出すなら、會衆の誰も默って見てはいない だろう。それを彼等ーー・被告逹・ーーも知っている。だからこそ、最流した。おれは薄闇のなかに眼をこらした。やつばりちがいなかっ た。彼の膝に載ってかすかにふるえていた物は、掌のない手 : : : い すりこぎ 小限度の眼やサアベルの音にとめているのだ。 「メ 1 デーに官憲の取った行動の糺彈演説會」は、そうやって法廷や、摺古木だった。 寫眞のフ一フッシよりまだ速く、強く、おれは眼の前に一つの幻 的嵐の中に進行している。辯士の勞働者逹が怒鳴ると一緒に、聽衆 を見た。何十條の瀧のように光って流れはためいているべルト、底 の胸も叫ぶ。あらゆる感情が共同に燃えて、搖れて、動いている。 なのに、これはどうしたのだ ? 此の男だけ何故ひとり無氣味唸りしている、オタア、猫のように柔滑にすばやく廻轉している機 械、ーーと、いきなりその磨ぎすました爪〈引っかかって、一瞬間 に默りこくり、靜まっているのだ ? に薄紅い煙と霧にひろがる五本の指と掌・ : その海の浪の中の岩のような男はおれのすぐ隣りに腰かけてい 何もかもわかった。おれは、急に眼の中が洪水のようになった。 た。顔は蒼黑く、然しどこか弱そうなところがあった。鼻が少し横 〈ひんまがって、鐃い眼だ。着ているのは粗末な力アキイ色の勞働「君 ! 白い霧の中にむせびながら、おれは山の芋のような、默ってふる いきもの 服で、如何にも中年の勞働者らしい。そして口をキッと一文字にし えている生物を兩手に捍り取った。 て、白く辯士の方ばかり見ている。 畜生め ! と、おれは思った。うまくばけ込んでいやがる。何を 2 尾の裂けた雀 貴様は一生懸命見つめているんだ ? 反抗者逹の顏を、胸の手帳の 中〈細かく書き込んでいるのか ? それとも蜻蟻の眼玉のように、 そんな質間は、今どき小 世界に尾の裂けた雀がいますか ? : ・おれは鋺く監視した。然し 貴様の眼は四方見とおしなのか ? やつばり動かない。い 0 まで經っても、彼は手一つ叩こうとも、聲學校の敎室の中でも通用しないだろう。が、「生きた社會」では、 これがチャンと通用する。 一つ擧げようともしない。 そんなら、論より證據實物がある。 御戲談でしようって ? おれは少し變になった。此奴まだスパイの新米かしら ? それと ・ : ほら、眞ん中に藍色の竹で も古狸で圖々し過ぎるのか ? 「おい ! 」おれはもうその男に夢中見給え、此のテープルクースを。 にな 0 て、演説はそっちのけに、一つ聲をかけてやろうと思「て顔圓を染め拔いてある。それ〈、同じ藍色の小菊の花が唐草模様風に を近づけた。途端、彼の眼の中に電氣の光でキラ 0 いている物が映からみ 0 」ている。そのそとの、四角の布地の四隅に三羽ず 0 飛ん った。おや、こいつは奇妙だ、此の大は、何か感じて泣いているとでいる鳥類は、果して何物だろう ? 燕だろうか ? いや、頭の恰 好と云い、背中の斑點と云い、圓い翼と云い、これは正眞正銘の雀 云うのかな ? その時、又大嵐が會場を搖がした。と、自分を忘れたように、彼ではないか。尻尾だって、そう云えば圓みや重なりかたが雀的だ。 ただ雀らしくないのはーー然も極めてそれらしくないのは、尾が美 は今まで死んでいたーーおれの側のー、、、・腕を持ちあげた。が、胸の 事に二つに裂けている點だけだ。 前あたりまで、あげたかと思うと、又膝へ落した。 がわ

9. 日本現代文學全集・講談社版 69 プロレタリア文學集

「あい、あの、わかっとるがやとこ。そいで、どうか勘辨して田圃 足の湯を沸していた母は、この樣子を見て心配相に訊いた。 8 の事も一つ : 〃「どんな手紙やい ? 何か昨日のこッても」 「田圃の事か。そりやア必要なかろんが。立派な息子やさけ田圃な 「おう、昨日のこっちゃ。 ・ : おっ母ア坂村の我鬼、昨日の事を根 んかせんでもよかろ」 ・ : む、村から追い出すつもり に持って、田圃返せちゅうて來た。 「そう云わんと、この通りや、のう : : : 」 母は女中逹の下駄の並んだタタキの上へ膝をついて、土下座する : そりやアあんまりな : : : 」 「何て云う ? 田圃を返せ ? 「どうか今度のところは勘辨して、もとも 「そんな無茶な事アあるもんように頭を下げた。 と、母も蒼白に變じて叫んだ。 と通り田圃を作らしてくさっし、賴むわの。これ源、お前も突立っ けえ。そりやアあんまりな仕打や ! 」 とらんと、吉松どんに詫れ。地主どんに詫まって貰え」 そして母は私に食ってかゝった。 私は涙が出て來た。吉松の懷中電燈に照らし出された母の土下座 「 : : : お前もまたあんまり向う見ずや。どんだけ腹ン中に思うとっ 姿ーーおゝ、これは屈辱以外の何者でもない ! たかて、若い者が、地主どんに何でもかんでも生意氣云うさけや。 「おっ母ア、何度云うてもだちやかん。田圃はこっちゃのもんや。 : あゝ、あ、こン年ンなって何ちゅうことになるがやい。行って ロアそっちゃのもんや。お前もえゝ息子もって仕合せやわい。 詫って來い ! 詫って來い ! 」 私はそう云われると、自分自身にそう云う氣持が動いていただけなア源、にさわったら、首でもくれ ! 」 吉松はそう云うと、そのま奧へ這入って了った。母は眞暗のタ に、堪らなかった。 にえかえ タキの上で、しく / 、泣き聲を擧げている。私は煮返る思いだっ 「おっ母ア、堪忍してくれ、何とかうまく行くように賴んで見る」 た。 私は腑甲斐なくも、もうへな / \ だった。 「おっ母ア、歸ろ ! 」 其の夜、私は母に連れられて坂村の邸へ出かけて行った。行って ごうはら 闇の中に暫く立ちつくした後、私は母に云った。 詫びるのは流石に業腹だったが、母の姿を見ると強いことも云えな 「もう歸ろう。相手は鬼ゃ。諦めた方がえゝ」 かった。泣きたい氣持ちだった。 だが、地主はてんで相手にしなかった。勝手口から聲をかける 闇に聲がない。歔欷の音ばかりだ。 と、闇の中へ初めに女中が出て來、欽ぎに懷中電燈を持った吉松が 「な、おっ母ア、諦めさっせ。 出て來て突放した。 暫くすると、吉松がまた出て來た。 「や、何か用やったか、おっ母ア : : : 」 「何や、まだ居たんか。歸ってくれ。誰も居らんとこに居って貰う 「あい、地主どんにも吉松どんにも詫びんならん思うて。 と物騷や」 太こうてもまだ子供のこっちゃ、昨日の事は勘辨して : : : 」 あがかまち 皆まで云わせず、吉松は上り框に突立ったまゝ手を振った。 と、私は思わす叫んだ。 「おっ母ア、何かお前感違しとるがン無えけ。昨日の事て、昨日の 何かと思うとるか ! 」 事何とも云うとらんそ」 ぎま : 育 ~ カ : 「物騷た何や ! 物騷た髯盜人か ぬすと

10. 日本現代文學全集・講談社版 69 プロレタリア文學集

林氏の報告書によれば、 芻無論これらの間題は結局は作品行動の上で、實際的な結果として 「 : : : この討論の最近の結論は次の如くである。吾々は、吾々が對 解決されることが一番最後の目的である。しかしそれに先き立って象とする階級及び層の内部的構成に應じて、吾々の文學を分化させ その目的に逹するための必要から、理論的解決、特にプロレタリアなければならない。印ち大衆化への道は吾々の作品の印ひ分他であ 藝術運動上の政策に資する理論的解決が、要求される。私はその意る。 味でーーー實際的問題としてーーーこの問題を取り上げて見た。 「第一の分化は、階級及び層の性質に應じて起る。勞働者に第い歡 尚、私は、これらの間題を究明することによって、平林初之輔氏迎される作品、農民に阜い愛好される小説、等。 が「新潮」の三月號に於いて提出された「政治的價値と藝術的價「第二の分化は、階級及び層の内部の文化水準の差異によって起 値」の疑問にも、いくらか答えられはしまいかと思っている。 る。高級文學、通俗文學の分化。 平林氏の所説に對しては、これまでにすでに靑野季吉 ( 東京日日 ) 、 「第三の分化は、年齡による。成人小説、少年少女小説、童話等 大宅壯一 ( 新潮、近代生活 ) 、細田民樹 ( 文藝戦線 ) 、宮島新三郞 ( 讀賣 ) 、 「第四は、作品の持つ、特殊な目的による分化。生活認識の文學 川口浩 ( 戦旗 ) 諸氏の論難があった。しかし私は、それらとは少し 異る側面からーーすなわち今のような最近の實際的情勢に關する問 題としてーーーそれに當って見たいと思うのである。 つまり兩氏の意見によれば、勞働者文學も農民文學も、高級文學 も通俗文學も、成人小説も少年少女小説も童話も、生活認識文學も しかしプロレタリア文藝の確立ならびに大衆化への運動の問題興味文學も政治的アジ・プロ文學も、すべてみな藝術作品に相違な は、すでに一段落の解決に逹したという見解も、「戦旗」の論客逹 く、それらの間に價値の高下や藝術的、非藝術的の差がない、それ ーー中野重治、鹿地亘、山田淸三郎、林房雄諸氏ーーーの間に、かならはただ單に、階級及び層の性質や文化的水準や : : : 等々の差に應 じて、分化させられた、種類の異る藝術作品というだけだ、という りに行われている。 殊に林房雄氏は、本年一一月十日、淺草の信愛會館に於ける日本プ ことになる。そしてそう云う結論にみんなの意見の一致が見られた ロレタリア作家同盟創立大會の席上、文學大衆化の問題についてのというのである。 しかし私の見るところでは、藏原惟人氏の意見などは、明かに以 報告中、問題の一部分がすでに解決された、と述べた。そしてその 上と一致していないようである。前記の中野氏の意見が現れた後に 報告は、その大會に於て承認された。 なっても、藏原氏は、それと對立する見解を發表した。 然らばその解決とは、どんな解決を指していたのか ? 「私はこれまで一口に『藝術の大衆化』と呼ばれて來た問題を、 中野重治氏によれば、 次の如き二つの意味において理解している。印ち 「間題の一つの點、プロレタリア藝術を『本來的な』それ、又は 『眞實の意味に於ける』それと、『然らざる』それ、又は『大衆的 「一、藝術として、瓧會的價値を持っている所の作品の大衆化。 「一「藝術性は持っていないが、あるいは極めて僅しか持ってい な』それとに分ける分け方が正しくないという點は明かになった。」 ( 「解決された問題と新しい仕事」戦旗、一九二八年十一月號 ) ないが、大衆の敎化および宣傅の意味において價値をもっている