316 リア藝術はプルジョアジーの虜になるのだ ( ! ) 。 ころのプロレタリアートの藝術に、今 ( 革命前において ) 一つの 「過去の藝術を我々は分析する。だが、それは我々が過去の藝術 形式を求めることは幻想である。 から完成された技術を移入するためではなく、プロレタリアート 「今我々の場合に於いてもまた、プロレタリアートの藝術を完成 そせき の破壞の對象であるところの過去の瓧會に如何に過去の藝術が合 させるものは明日のものの仕事である。我々は今、その貴い礎石 理的に奉仕していたかを見極める爲 ( ! ) に外ならぬ。かかる分 を苦難の中に築くことを使命づけられている。 析にのみ、我々のいわゆる『破壞の藝術』が、正當に過去の藝術 「技術の未熟さを、唯その未熟なそれが使命づけられた道に押し 形式を破壞する道が裏づけられるのだ。」 通すこと。 そこにこそ明日の完成は原因されるだろう。」 すべてはまことに結構である ! だが惜しいことにはこれらの行 成程現在において百。ハーセントに展開されたプロレタリア藝術が を書いた鹿地君は、プロレタリア運動の、從ってまた、プロレタリあり得ないことはいうを俟たない。だが、そのことは決して現在に ア藝術運動のイロハをも理解されていないということである。彼おけるプロレタリア藝術はかくの如きものに向って努力する必要は は、我々は革命前期にあっては破壞する爲に建設するのであることないということを意味しはしない。それは決して我々の藝術の未熟 を、我々が黨を建設し組合を建設するのは、やがてこの瓧會を變革の辯護にはならない。否反對に、かくの如きものに向って努力する ぜんが爲であるのを知らない。プロレタリア藝術の建設はプルジョ もののみが、眞に藝術をして革命の武器たらしめ、また「明日の藝 ア藝術とそれを生むプルジョア社會とを變革する武器となるという術の礎石を築く」ものであるのだ。 ことを知らないらしい。更に聽こう。 ここで一寸注意しておかなければならないのは「藝術性」という 「藝術論に現れた小市民的傾向は : : : 宣傅性は藝術性に並行する ことについてである。鹿地君は古い「藝術性」についてのみいって という言葉の惡い解釋となって現れ始めてい・る。 いるが新しい「藝術性」については何も語っていない。これはマル 「眞に藝術が力を持つのは、それが眞に藝術であるからだ。 クス主義的見地から何を「藝術性」というかを全然知らないからで それは正しい。 ある。我々が「宣俾性は藝術性と併行する」という時、我々は主と 「然しながら古い形式と技巧とがそれ自身の合理化の爲に、かか してそこに描かれた對象の具象化の程度、内容と形式との合致等 る抽象的な言葉のかげにかくれて再現することは、苦難を越えて等、についていっているのである。私はいわゆる「藝術性」の中に 今日の端緒についたプロレタリアートの藝術を根底から脅すもの唯小市民性をのみ見て、それに脅されている鹿地君に向って、マル すす でしかない。 クス主義藝術學の初歩を勉強することをお薦めする。 「プロレタリアートの激情は、最も率直に最も組野に、大膽に表 明される。プロレタリアート藝術の技術が暗示される點はそこ みが だ。琢き上げられた技術の完成ではなく、露出された意欲の方向 以上に述べたことは極めて簡單な、鹿地君以外には誰にも分るこ と結論とがそれだ。それは過去一切のいわゆる『藝術性』を無視とであるが、ここにやや複雜な問題が殘される。それは我々の藝術 する。 の技術が何處から生れて來るかということである。 「ともあれ、今日漸く端緖につき、その形成の道程を見通したと これに對する鹿地君の意見はの如くである、 とりこ
「文學は形象の藝術であって、あらゆる露き出しの思想、露き出質、種類の差があるに過ぎない。 しのプロ。ハガンダのその中への侵入は常に與えられたる作品の失 藏原氏は氏自身の観念中に、かなりに固く、「藝術性」の條件を 敗を意味する。」 持していて、それをただ或る程度まで擴張することに努めながら、 この規範は文藝にとって、無論、我々は先驗的なものとは考えなその範圍内で考えられる大衆化だけを藝術的な大衆化だとし、その い。歴史的なものである。先ず自然主義作品に於て特別に實質的な範圍の中にどうしても包攝出來そうもない一端だけを、藝術的問題 意義をもち、續いて、その自然主義藝術の諸條件、諸前提に應じて外のものとして、プロレット・クルトの範圍の方へ移管してしまっ 生れて來た現代のプロレタリア作品の中で、いまだにーー。多少の歪て濟ましたのであった。しかしそう云う麒念的整理は正しくない。 きよく 曲又は進化の作用を受けながらーー・・必要性、效力を失わないでいる その過誤は、氏が「プロレタリア藝術の確立運動」を主な論題とし 所のものであるに過ぎない。古代の或る種の抒情歌の如きは、學者た所から、いくらか片寄った爲なのであろう。 あやま が如何に、觀念的に、それもやはり一つの「形象の藝術」であると 私も無論、少し前まで藏原氏と同じ過ちに陷っていた。私は今、 論じて見た所が、ゾ一フの作品が「形象の藝術」であるのとは全く實それを斷然振り捨てる。 質を異にし、別の規範によって裏づけられていると考えなければな らぬのだ。で、將來に於いてもまた、その規範が作用し得ない藝術 しかしさて、それなら、我々は鹿地理のように、「過去一切の所 ゆる 現象が起るかも知れない。それと同時に、同じ現代にあっても、こ謂『藝術性』を無視」しさえすれば好いのか ? 否 ! 斷じて、 の規範と矛盾する他の規範によって導かれている藝術現象が澤山あ否 ! る。その各よの藝術現象が受け入れられる層乃至集團の性質又は文 鹿地氏は「過去一切の所謂、「藝術性』を無視」して、全く白紙 化的水準の違いに從ってである。浪花節や安來節も、或る層にとつにした頭の中で、プロレタリアの爲の、新しい「藝術性」を工夫し そな ては立派に藝術であり、また藝術たるべき條件を具えているのであ出そうとするのか ? なんと夢想的なユートピアンであることよ ! る。 われわれは「過去一切の所謂『藝術性』を無視」するどころか、 かくして我々は、藏原氏のように、いくらか固定的に考えた藝術一切のそれを取り上げて、その歴史的發展の内部から規定されてく 性の條件に從って、藝術性あるプロレタリア作品と、非藝術性のア る次代の、新しい「藝術性」の條件を把握しようとしなければなら ぬのだ。 ジ・プロ的作品とを區別することが、意味のないことであり、誤り であったことを承認しなければならないだろう。どっちにも、それ また我々は、林房雄氏のように、高級文學も通俗文學も、成人小 ぞれなりの藝術性はあり得るのである。藝術性の條件に合致する範説も少年少女小説も童話も、生活認識文學も興味文學も政治的ア 圍内で。フロレタリア藝術を大衆化するとしても、より廣大な讀者層ジ・プロ文學も、みんな一絡に藝術であると云うだけで、つまりそ ちょうかんてき に受け入れられる爲には、その讀者層に於ける藝術性に關する現在れらの分化の从態を單に鳥瞰的に認識しただけで、好いのである の歴史的條件を受け入れなければならず、結局、實は最初の藝術性か ? 否 ! 斷じて否 ! の條件をも動かしていることになってしまうのだ。つまり藝術とし 我々はすでにそれらの間に、固定的な意味での藝術的、非藝術的 ての大衆化も、非藝術的大衆化も、突きつめれば、單に程度、性の差のないことは云った。しかしプロレタリア藝術運動の中心勢力 わい
368 なければならぬ。 ( 註一 ) の世界欟によってのみ決せられることである。そして藝術作品に 於いては、單に克明に描いてあるか、幻想的に描いてあるか、では 要するに藝術の創作方法を世界の問題に還元せしめることは誤 なく、それが如何なる題材を如何に取り上げているかが、藝術的價 りである。創作方法の問題を論ずると云いながら、實は徹頭徹尾世 値を決定する本質的なものである。このことから藝術に於ける創作界欟としての唯物辯證法のことしか云っていないプロレタリヤ理論 方法に對する世界の優位性の生れることは前章に述べた通りであ家があるが、彼がしまいに例えば、「こんなわけで、プロレタリヤ る。全く藝術の缺陷は本質的には藝術家の世界觀の缺陷から起って文學の方法すなわち唯物辯證法は、世界を單に解釋するだけでな いるのである。このことは從來の藝術理論家が誰しも云い得なかっく、それを變革するところの方法である」とか、「それではいった いどういう意味でプロレタリヤ文學は階級鬪爭の武器であるのか。 たことで、彼等にとっては世界觀は藝術以前のもので、多くは藝術 それはほかでもない。プロレタリヤ文學が、現實を變革する具體的 の内容でさえもなく、それが藝術創作の方法のうちに滲透している ことなどは、少しも意識しなかった。世界観は創作方法の本質的契な道をーーーしかりそれは具體的な道であって、抽象的な觀念的な道 機である、ということを強調するのは現在極めて重要なことであではないーーを指示するからである」、というようなことを叫んで いるのは、如何にも念入りに、「プロレタリヤ」藝術理論家的頭の しかしこのことから藝術の創作方法を世界觀のうちに . 還元してよ惡さ加減を示したものに外ならぬ。プロレタリヤ文學の方法が、世 いということには決してならない。世界觀は藝術の本質的内容であ界を變革する方法であったり、「現實を變革する具體的な道」を指 、本質的方法ではある。だがこれは同時に哲學、道德、宗敎の内示したりして、何か政治上の指令のようになっていることは、兎も 容や方法でもあって、決して藝術特有のものではない。一定瓧會の角として、この場合プロレタリヤ文學、乃至その方法という言葉 あらゆる文化の共通内容としての世界觀は、ただ藝術家のうちに藝を、世界という文字で置き換えても可笑しいどころか、却ってそ 術的に形象化されて存在し、哲學の方法ではなく藝術の方法としてうして始めて、この文句の可笑しさが全部ではないが餘程なくなる 具體化される場合にのみ、「藝術に於ける世界麒」となる。一つのというのは、この文章の筆者が藝術の方法と世界との區別を少し 藝術作品の本質的缺陷はその作者の世界の缺陷にあるからと云っもつけていないことを示したものである。筆者にとってはしかも、 この世界襯が、特殊な藝術家の世界觀 ち藝術の内容としての て、何時でもその作者の世界觀の缺陷、不十分さのみを指摘してい る批評家は、間違っている。これは二重の誤りである。なぜなら一世界襯、藝術の方法に滲透している世界観ーーーではなく、世界襯一 つには彼は世界ばかりで藝術が出來ると思っているから。また一般になっている。藝術の方法を問題にすると云いながら、われわれ つには前章の終りにも述べたように、藝術家が如何に科學的に世界は唯物辯證法の講義を聞かされる仕掛になっているのだ。藝術の方 を完備しても、彼の才能や技術上の制限のため、それをそのまま法は決して世界麒一般には勿論のこと、藝術に於ける世界観のうち 藝術作品のうちに現わし得るものではない・のだから。優れた批評家にも還元することは出來ない。創作方法は藝術家の世界襯に對し は、創作家の世界觀の不備を、いきなり科學的に示すのではなく、 て、本質的にはそれから制約されながらも、一應の獨立性を有って その作品の藝術的な缺陷に對する藝術的な批判を通じて、それの根おり、それに逆に作用し、それを導く場合があるのだ。 據である世界刪の論理的缺陷にまで必然的に導いてゆくように敎え
いものとして念頭に置いて見てゆかれるからである。その「藝術白 が、一層はっきり分ったような氣がする。多くの論難者が、ちょっ と自分逹に手に負えないアジ・プロ藝術を非藝術性のものの中へ移價値」を成り立たせている藝術性の條件が、アジ・プロ藝術の形態 管してしまうことによって、殘りのものの上だけに政治的價値と藝を可能ならしめるようなものであったとしたなら、そこに非藝術的 術的價値との統一を樹立し、故に平林氏のような一一元論は成り立た側面と藝術的側面との二元的分裂もあり得る筈がないのだ。在來の ないではないか、と詰め寄ったのに反して、私は一應は、もっと親藝術性の標準で近づくから、非藝術的な藝術形態のように見えるだ けの話である。 切に平林氏の二元論の根據を認めようと思う。 確かに平林氏が「政治的價値に藝術的價値を從屬せしめ、これを 尚この場合、平林氏は、。フロレタリア藝術蓮動に於ける一翼だけ そのヘゲモニーのもとにおかんとするもの」と云ったような藝術現をしか、問題に取り上げて居られないことになる。しかしプロレタ 象があるのである。それはさきに擧げた鹿地氏や中野氏の所説に於 リア藝術運動の主要部は、さきにも論じたように、むしろ「確立運 けるような作品の場合である。この場合をプロレット・クルトの方動」の方向にある。そしてその主要部に於ける蓮動こそ、藝術的運 へ追いやってしまって、問題外として濟ましてしまったのでは、せ動としての最も前衞的な、指導的な意味のものであることも、すで つかくの平林氏の問題が骨拔きにされてしまう恐れがある。平林氏に述べた。 そこで私は、更にこうも欟察する。藝術蓮動に於ける前衞性は、 自身も「目的意識の昇華」と題して ( 三月末、東京日日 ) 、靑野氏の論 これを政治蓮動の見地から見ると、後衞的な部署にこそ結びつけら 難に答えた文章の中で、その不滿をもらして居られる。 つまり平林氏が取り上げた間題は、昨年の三月十五日事件以後のれているのではないか。が、これに反して、その大衆性は、政治運 政治的情勢に結びついた大衆化の過程に於けるプロレタリア的ア動のかなり前衞的な部署に結びつけられているのである、と。 ジ・プロ文學運動の場合を主として指したに違いない。しかも平林 無論、この場合の後衞的、前衞的部署という意味は、右翼的、左 氏は、この問題にぶつかったが爲に、結局は氏自身、實際的必要以翼的立場と云う意味では絶對にない。左翼的政治運動でも、右翼的 性上の後退を演じられてしまったのである。で「政治的價値」に「藝政治運動でも、幅のある現象であって、その各よの前衞的部署、後 術的價値」が從屬させられている形の藝術現象を、二元論的工夫に衞的部署に藝術運動の各部分が、丁度逆の關係に於て結びついてい 大 よって認めるような風にして置きながら、しかし實は、そうしたプ る、と考えられるのである。左翼的藝術は、後衞的任務にあって ロレタリア藝術以外に、純粹に藝術的原理によってのみ支配されても、やはりどこまでも左翼的政治運動を支持している。 る いる ( と氏が考えられた ) 他の一般的藝術を背後に用意して置くこ かくして我々のプロレタリア藝術の確立運動は、我々の政治蓮動 け 於 とによって、そこへ一つの逃げ場所を求められたのだった。 の後衞的部署に於いて文化的建設ならびに蓄積に務めなければなら に しかし平林氏が二元論によって漸く取り上げられた最近の特別なない。 アジ・プロ藝術も、我々から云えば、やはり一元論によって説明さ 又我々のプロレタリア藝術の大衆化運動は、我々の政治運動の前 れるべき一種の藝術現象に過ぎないことが勿論である。「政治的價衞的活動に結びついて、最も直接的なアジ・プロの活動の過程に成 値」に「藝術的價値」が從屬させられているように見えるのは、さ長して行かなければならない。現在に於いてはこの二運動の距離は あらかじ 3 きに指摘したように、平林氏が藝術性に關する條件を豫め動かな必然的である。しかし、この兩方向の活動によってこそ、。フロレタ
議會發會宣言はこのことについて、次の如くにいっている。 殊な能力を極度に發揮して、勞働 ( 以下原本三行削除 ) 「舊日本無産者藝術連盟が共の創立以來九カ月、我國唯一の瓧會主 それでは、これ等のことは、實際的にはどうして果してゆき、ま た果して行かなければならないか。それは、。フロレタリア藝術運動義的藝術團體として支配階級並びに其の手先瓧會民主主義者と戦っ て來たことは總べての人の知る處である。其の苦痛多き鬪爭を通じ の一般的規準のうちに、既に大體明かにしたところであり、更に具 體的には後に押げるであろう、全日本無産者藝術團體協議會加盟各て吾が國の無産者藝術蓮動は眞に全國的となり更に藝術の各よの部 門の獨立的活動は頓に促進され、斯くの如きものとして今や全日本 藝術團體の活動方針が、これに答えてくれるであろう。 の無産者藝術運動は主として舊連盟の旗の下に戦われるに到った。 我々はここで、雜誌「文藝戰線」一派ーー勞農藝術家連盟につい 然るに舊連盟の從來採って來た地域的組織は最早や此の強力化し て一言觸れておかねばならぬ。彼等も。フロレタリア藝術運動を標榜 し、プロレタリア藝術團體の看板を掲げてはいる。しかし乍ら、彼た各藝術部門の全國的獨立的活動に適せす、各藝術部門はそれぞれ 等は、プロレタリアートの x と結びつくことを欲せず、反對に裏切充分に全國的獨立的に戰い得る力を蓄積した。鉉に舊全日本無産者 者瓧會民主主義の手足となり出店となって、プロレタリアートの必藝術連盟第一一回大會はその組織を革め、其の各爻の藝術部門を全國 死的な鬪爭を妨害することによって、客的には支配階級の協力者的獨立團體となし、ここにその統一連絡を司るべき全日本無産者藝 としての役目をつとめている。從って、眞に階級的なプロレタリア術團體協議會 ( 略稱ナップ ) の發會を見るに到った。 今や吾が國の瓧會主義藝術蓮動の實體は此の藝術各部門の全國的 藝術運動にとって、今や彼等は、徹底的に粉碎されねばならない、 獨立的團體である。 「最惡の毒素」と化しつつあるのである。 全日本のプロレタリア藝術家は眞にプロレタリア的に戦おうとす 五、「ナップ」の組織概要 る限り、それぞれの全國的團體に印時加盟闘爭せよ ! 斯くして藝術各部門の活動を更に更に活にし、全藝術の力を吾 舊全日本無産者藝術連盟 ( 「ナップ」 ) は最近再組織した。 ( 一九一一 が。フロレタリアートの輝しき勝利の日に供えよ ! 」 ( 一九二八年一一一 八年一二月 ) その結果新に次の如き導門五團體が創立され、これ等 の専門各團體は、更に全日本無産者藝術團體協議會 ( 「ナップ」 ) を月二五日 ) この宣言は簡單である。だが我々はこの中から何を見出すことが 結成した。 できるか。それは次の如き事實でなければならないであろう。 専門五團體とは、 印ち「ナップ」のこの再組織は、舊日本プロレタリア藝術迚盟、 ( 1 ) 日本プロレタリア作家同盟 ( 文學 ) 舊前衞藝術家同盟の合同によるその創立以來、「吾が國唯一の社會 ( 2 ) 日本プロレタリア劇場同盟 ( 演劇 ) 主義藝術團體として支配階級並びにその手先就會民主主義者と戦っ ( 3 ) 日本プロレタリア美術家同盟 ( 美術 ) て來た」「ナップ」が、「其の苦痛多き闘爭を通じて」「藝術の各よ ( 4 ) 日本プロレタリア音樂家同盟 ( 音樂 ) の部門の獨立的活動は頓に促進され」「それぞれ充分に全國的獨立 ( 5 ) 日本プロレタリア映畫同盟 ( 映畫 ) 的に戦い得る力を蓄積した」結果としての榮えある導門分化的な進 が印ちそれである。 「ナップ」再組織の意義はどこにあるか。全日本無産者藝術團體協出に他ならないのである。
「技術を學ぶことは。フロレタリア藝術家にとって必要である。だ るならば、その形式が内容から自然發生的に生れて來ないことも事 が我々の技術は、過去の會が築き上げた技術の體系によって置實だ。藝術作品の形式は新しき内容に決定されたる過去の形式の發 き換えられることは斷じて許さない。過去の瓧會に於ける感情の展としてのみ發生する、 これがマルクス主義的見地から見た唯 組織化に奉仕した技術が、如何なる感情の組織化にのみ最も適當 一の正しい藝術發逹の法則であるのだ。これをしも理解せずして何 に形成されているかは自明である。」 の藝術運動であろうか。 然らば我々の技術は何處から生れて來るか ? 鹿地君は續いてい 四 「我々の技術はプロレタリアートの進む道の中から、プロレタリ 我々の批判は更に本誌前々號 ( 一九二八年六月「戦旗」 ) に於ける中 アートの成長と共に成長する。從って、我々の技術は唯プロレタ野重治君の論文「いわゆる藝術の大衆化論の誤りについて」に移さ リアートに人り込むことに依って最も合理的に解決される。大衆れねばならぬ。 に人り込むことに依って大衆の意欲を知り、大衆の意欲を知るこ この論文はそれがプルジョア大衆藝術について書かれている限り とによって大衆に入り込む術を知ることが出來る。」 においては正しい。しかしそれがプロレタリア的大衆藝術について だが間題は鹿地君が考えている程しかく簡單なものではない。鹿語られる時誤っている。特に現代のプロレタリア藝術が大衆から隔 地君がここに結論として與えているものは唯我々の出發點でしかな離されていて、大衆的なプロレタリア藝術が要求されている今日、 い。もしも彼が、我々が「大衆の意欲を知る」ことから直ちにプロ このような論文が書かれることは極めて不適當である。いわんやこ ごびゅう レタリア藝術の技術が自然發生的に生れて來ると眞面目に考えてい の論文にも多くの理論的・實踐的誤謬が含まれているに於ておや 匸 0 るならば、彼は誤っている。プロレタリア藝術はプロレタリアート の必要によって決定される。しかしそれはそこから生れて來はしな この論文の主旨を押し進めると、「最も藝術的なるものが最も大 い。我々はそれを生み出さなければならないのである。 衆的であり、最も大衆的なるものが最も藝術的である」ということ 然らば如何にして我々はそれを生み出し得るか ? になる。これは抽象的議論としては決して間違いではない。抽象的 題我々は先ず第一に、過去の人類が蓄積した藝術的技術をプロレタ にはそうならなければならない。また我々が階級のない階級的支配 あえ リアの見地から批判的に受入れなければならない。我々は敢ていお のない共産主義瓧會に飛躍し得た曉にはそうなるであろう。しかし の うーー過去の遺産なくして、プロレタリア藝術はあり得ない、と。 我々は決して抽象的就會、或いは未來の社會を今問題の對象として それは決してプ 0 レタリア藝術が、例えばプルジ = ア藝術に屈伏しいるのではない。我々は階級社會の藝術を、しかも資本主義瓧會の ゆえん 運たことを意味しはしない、反對にそれは前者が後者を克服する所以 プロレタリア藝術を間題としているのだ。その限りにおいてこの論 当でもあるのだ、 あたかもプルジョア軍隊からその技術を學んだ文において中野君が書いていることは純然たる理想論・觀念論でし 赤軍がこの前者を克服するように。 かない。 〃藝術はイデオロギーであると共に技術である。内容であると共に 現代日本の現實的プロレタリアートにとって、大衆の求めている 形式である。そして形式が内容に決定されることが事實であるとすのは藝術の藝術、諸王の王なのだ」といい、「我々の大衆の求めて
いるのは、もしそれをしも面白さといえるなら、あらゆる人間の上 一、藝術發逹のマルクス主義的研究を進めて、そこから現在及び 8 將來に於けるプロレタリア藝術の方向を見定めること。 引皮とあま皮を剥いて剥き出した生活のあらわな姿に外ならない」と いい、また「日本の勞働者にとって十の荒木又右衞門よりも一つの 一「過去において大衆を捉えた藝術の形式を研究し、それを批判 みぶる 的に受人れること。 『世界を身慄いさせた十日間』が遙かに魅力がある」というような 言葉が、どれ程の客調性を持って適用されるかということは、極め 三、ソヴェート連邦及びその他の國において確立されつつあるプ て疑問である。一般に階級社會においては、種々なる社會的原因に ロレタリア藝術を研究し、そしてそこから現在の我々に必要 なるものを攝取すること。 より、「最も藝術的なるものが最も大衆的である」という命題は必 きよう ずしも成立しない。我々が現在、プロレタリア的見地から見て最も これらのことが、常に大衆に接觸し、そしてそれによって常に匡 正されつつ進められなければならないことはいうを俟たない。しか 高い藝術であるといい得るものを作り得たとしても、それは恐らく し大衆に接觸してさえいればそこからプロレタリア的藝術形式が自 百萬のプロレタリアートの中せいぜい五萬か十萬のものにしか迎え られ得ないであろう。しかも一方において我々の藝術邇動の上には然に生れて來るというが如き幻想は我々のあくまで打破しなければ この九十萬乃至九十五萬のプロレタリアートをアジテ 1 トし、それならないところである。 をイデオロギー的に敎養すべき重大な任務が置かれている。我々は 五 ここにこそ我々の現實的な問題 この矛盾を如何に解決すべきか 併しながら前節に於いて我々が述べたところは、あくまでプロレ が置かれてあるのだ。 しかしこのことは勿論現代の我々の藝術が非大衆的であるという タリア藝術確立の爲の方向であって、かくの如き藝術は必ずしも今 ことの辯解にはならない。現在の我々の藝術はただに五萬、十萬と直ちに、廣汎なる大衆のアジ・プロには役立たない。我々はこの藝 のみではなく、僅かに三千、四千の讀者・麒衆ーーーしかも主として術蓮動と並んで大衆の直接的アジ・プロの爲の藝術蓮動ーーそれが インテリゲンチャのそれにしか迎えられていない状態にある。これもし藝術運動といい得べくんばーーーを遂行して行かなければならな は明かに我々の藝術に罪があるのだ。我々の藝術は更に更に大衆化 この二つの運動は全然切離して考えることは出來ないとはいえ、 されなければならない。そしてこれが爲には、中野君がその論文の 中において主張し、私が既に半年前に力説したところの、大衆の生明かに異った範疇に屬している。然るに我々はこれまで理論的には 一應この二つを區別して置きながら、實踐的にはそれを混同して來 活を客的に描き出すことが要求される。 だが大衆の生活を唯單に客欟的に描き出したから直ちにそれが大た。そしてそれを混同していたということの中にこそ、我々の蓮動 衆的藝術たり得ると考えたならば、それは大いなる誤りである。我を停滯させていた一つの重要なる原因が存していたのである。我々 我は更に、「大衆に理解され、大衆に愛され、しかも大衆の感情とは今藝術運動の新しき段階にその第一歩を踏み出すに當って、この ことをはっきりと認識してかからなければならない。 思想と意志とを結合して高め」得る如き、藝術的形式を生み出さな 藝術を利用しての大衆の直接的アジ・プロの蓮動はプロレタリア ければならない。そしてこれが爲に我々から要求されることは次の 藝術の確立ということをその直接の目的としない。ここにおいて我 如くである。 せい はんちゅう
リア階級の全構成の中に、階級的世界、氣分、情絡、心理、その 8 芻他の影響の根を張り、大衆の上に藝術による思想的、感情的組織の 確保、擴大が實現され得るのである。そしてこの二方向からの詰め 寄りによってのみ、正しいプロレタリア藝術の實際的成長が見られ るであろう。 この全幅の關係を十分理解されれば、平林氏も、強いて二元論を 工夫されなくても好かったのではないだろうか ? ( 昭和四年六月「新潮」 ) 一、プロレタリア藝術運動 ・フロレタリア藝術運動とは何か、それは一般的に云って、藝術を ・フロレタリアートの勝利と解放のために、積極的に役立たしめて行 く所の蓮動であるといわれている。この定義は勿論正しい。我々は 更にこのことをより一層明白にして置かねばならぬ。 一體藝術とは何か、レフ・トルストイはこのことについて、の 如くに述べている。 「藝術は人と人とを結合する手段の一つである : : : 」 「人間の思想と經驗とを傅える言語が、人と人とを結合する手段に なるが如く、藝術もまた同じように作用する。唯この結合の手段 が、言語による結合の手段と異なる特殊性は、言語によって人は自 己の思想を他人に傅えるに反して、藝術によって人は自己の感情を 互いに傳える、と云う點に存する。」 山田淸三郎 プロレタリア藝術運動理論 「ナップ」の側に立ちて
文藝運動と勞働運動・ 政治的價値と藝術的價値・ 大宅壯一 文學的自己淸算に就て・ マルクス主義の自殺か暗殺か・ 藏原惟人 プロレタリア・レアリズム〈の道・ : = ・ = 0 〈 藝術運動當面の緊急問題・ ナップ藝術家の新しい任務・ 藝術理論におけるレーニン主義の ための鬪爭 : : ・堯四 勝本淸一郞 藝術運動における前衞性と大衆性・・・・ = 元 山田淸三郎 プロレタリア藝術運動理論 堀甚二 プロレタリア藝術運動理論 宮本顯治 敗北の文學 : 甘粕石介 創作方法と世界觀との相互浸透 : : : = ・ 林房雄 ・ : 三四九
らば、作者の住んでいた ( または住んでいる ) 時代と階級の制約性 ようなことをしてはならない。藝術の階級性は内容と形式との統一 がどれだけ客的か眞理ゅ藝必か妨げているか、作者の持っ の中に、印ちその統一の中に於ける矛盾の中に求められなければな らない。 ている階級的イデオロギ 1 がどれだけ現實を歪めているか、という ことを明かにすることである。そしてこのことが我々の時代の實踐 藝術の階級性をその内容と形式との對立の中にではなくて、その 的必要ということと ( 辯證法的に ) 結びつけられて考察されなけれ 作品そのものの統一の中に見出した古典的な文藝批評は、トルスト イを論じたレーニンの論文 ( 「ロシャ革命の鏡としてのトルストイ」 ) でばならない。かくしてのみ初めて藝術の「社會的分析」と「藝術的 ある。此處で彼はトルストイの中に於ける様々の内面的矛盾を指摘分析」の二元的方法 ( プロレーノフ「二十年間」の序文、ルナチャールス し、その階級性を明かにしている。我々は藝術作品を如何に分析すキイ「マルクス主義文藝批評の任務に關するテーゼ」、 e ( c ・ ) が止揚され るかということについても、レーニンから多くものを學ばなければる。 ならない。 第六、このことは藝術史の方法の間題と、直接關聯している。我 五に、当い 6 の間題について。ナップの理論家逹は藝術の我の間にはこれまで藝術史家の任務と批評家の任務との間の對置 價値は瓧會的價値であるということに落ちついたらしい。その意見 ( 藝術史家は作品の歴史的價値を明かにし、批評家はその現代的價 値を明かにする ) があったが、この對置の正しい理解によって除か は大體のことに歸結する。 なければならない。またこれまでしばしばあったように過去の藝術 藝術の値は、その藝術が一定の瓧會に如何なる役割を演ずるかとい作品を問題にするに當って、それに封建的とか、プルジョア的と うことによって規定される。しかし瓧會自身が發展するのだから藝術の か、小プルジョア的とかいうレッテルを押しつけるだけで滿足して 價値の絶對的基準はあり得ない。藝術の價値は瓧會的價値である。しか いたが、それだけでは既に不十分である。その階級性の内容が説明 しこの瓧會的價値ということを狹い意味の政治的價値ということだけ限 されなければならない。そこには客觀的眞理の反映の若干の要素が 定してはいけない。それは後者よりももっと廣い。 あることを見逃してはならない。從って過去の藝術史を「失敗の歴 これはこの範圍では正しい。しかし若しも藝術の價値をその時々史」として、我々に用のないものとして性質づけることは誤ってい = 刻々の瓧會的功利價値だけに限定してしまうならば、それは相對主る。それは客觀的眞理ゅ正いい藝朝反映の發展の歴史として規定 されなければならない。そこには勿論一時的後退はある。そしてこ 義の誤りに陷るものである。また藝術作品を唯單に特定の階級的イ レ る デオロギーの反映であるというだけでも不十分である。藝術作品はの前進と後退とは、夫々の時代の歴史的制約性及びその階級の發生 け 於 ・發展・沒落の過程と結びつけられて説明されなければならない。 唯夫々の時代、夫々の階級のイデオロギーを反映しているばかりで に なく、また何等かの形で夫々の時代の第實 ( 自然及び人間のまた、様々の理由によって、この發展は科學や哲學歴史に於けるよ 理 りも遙かに複雜な形態をもって現れる。しかしそれにもかゝわらず 生活 ) を反映している。だから我々は、藝術作品の價値を問題とす シェクス る場合、その作品がい 6 程度まっ正しいそ 6 時 6 現實 6 客観性を全體として、ホメロスーー・アエスキロスーー・、ダンテ モリエールーーーゲーテ 。ヒアーーーセルバンテス 反映しているかということを明かにしなければならない。それは藝 3 フフンスのレアリスト トルストイ プロレタリア文學ーー・の 術の第麒値を爲すものだ。これを反對の方面から云い換えるな ン主義のための鬪爭