277 平將門 平將門 △高見王 高望王ーーー 平氏系圖 常陸大掾、鎭守府將車。本名良望。 ー國香 爲ニ將門一被レ害。 ー公雅武藏守、從五上。 上總介、從五上。 ー公連字六平。 ー良兼 ー公一兀下總介。 從四位下。 鎭守府將軍。 ー良系從五下、止總介。 孑鎭守府將軍。 ー良廣 ー良文五上。 ー良持下總介。 ー良茂常陸小掾ー良正下總介。 經邦從五下。 將將將將・將・將・將將兼繁貞・ 爲武文平・賴・門・弘持任盛盛・ 下母陸平陸鎭 母母母相母大御號瀧 野家奧將奥守 模葦気ロ 守女守軍守府 守原 四郎鬼次 。正正軍 郎 郎 五ょー五、 下上左 貞號 。馬 號助 也ニ 之。
二人は見詰める。 將門あれに既はることではない。そなたに聞くのだ。そなたも睛 2 かづさ 四將門貞盛だって、俺を本心から罪ありと云ひ得るだらうか。おれ れて上總に行き通ひする方がーー第一、吾子のためにも、やさし としより うちもの ち、ぎみ も亦、貞盛を本來の敵として、打物をあはせることが出來るだら い祖父君の膝をおぼえさせて置くがいゝではないか。老人の膝は うか。あゝあ、おれは苦しい : : : 苦しい。 いつになっても懷しいものだ。おれにもおぼえがあるのだ。 將門、疊に腕を投げて、呻きっゝ表返りする。 東の君今更ら父に、お詫びなさることはないと思ひます。事が改 經明と三郞は、目を合せて、うなづきっゝ靜かに去る。 まって、却ってあなたを低くなさるやうに思ひます。 を、り 中門の外ガャ / 、と騒ぎて、笑聲聞ゅ。作人等の酒はじまりしな ノくリした 將門それでは何時までも盡期がない。洗ったやうにサ " ノ わし 方が、俺は好いと思ふがなア。 長き間ありて、東の君、塗籠の方より出づる。 東の君わたくしはこの儘で、好いと思ひます。もう間に : : : 嬰兒 東の君との。裝束をもって參りました。直とお換〈なされま も生れて、父上とてどうにもならないことに思ってゐませう。 としより ( と搖り せ。風が寒くなりました。 ( 傍に來りて ) との、との・ 將門然うかなア、無理に獎めはしない。けれども、老人に謝まる 起さうとする ) のは、見ても美しいものだぞ。決して恥にはならないぞ。 將門 ( 目を瞑りしまゝ ) 知ってゐるよ : : : 眠ったのではない。 ( と懶東の君どうして急にそんなことをお考へなさるのでせう。 げに云って、嘆息 ) 將門急に ? だいばん 東の君臺盤の用意も出來ました。 東の君わたくしはこれで好いと思ひます。なにもあなたは、ひと かす 將門 ( むッくと起き ) おれは今日、上總へ參って來ようか。 : 父上も最う今となっては、諦 を負ひ掠めたと云ふではなし、 東の君え ? めてゐるだらうと思ひます。 將門そなたはどう思ふ。やはり行って來た方が、好さゝうではな將門諦める ? ( 唇をむ ) いか。 東の君 ( 將門を見て ) どうかなされましたか。 東の君 將門諦めると云ふのは、お前自身の心を云ってゐるのではない 突然の言葉を不審さうに、妻は將門を見詰める。 將門叔父御は會ふだらう。眞逆に、會はないやうなことはあるま東の君え。 將門おれには然う聞える。 東の君何んのために急に、上總の父上をお訪ねなさるのでござり 東の君わたくしが諦める : : : と ? はっきり ます。 將門分明云ったら好いではないか。齒を曇らすには及ばない。 物寸」 乢耳日ー 二人で、叱られようではないか。その方が、心が美しくな東の君それでも、わたくしはそんな : : : どうしたのでござりま る。詫び人って手をついてゐる間でも、心が淨められさうではな す。 いか。 將門お前の父御は、そなたを貞盛にめあはせようとして、傅きそ 東の君弟の君はなんと云はれませう。 だてゝ來たのだ。それを横間から、小次郞と云ふ無法者があらは よこあひ かしづ
將門、妻の後ろ姿を毒々しき目にて睨みつけてゐたが、やがて絶 れ出たのだとよ。はゝ : 望的なる聲にて、執拗に笑ふ。 んだとよ。はゝは乂・ ( ゴロリと横に寢る ) 平眞樹、中門より入り來りて、階下に立つ。 東の君 將門 ( 喫驚して氣が付き ) 眞樹か、まア上れよ。 將門お前だって子供心に、その話を聞かないことはあるまい。 眞樹いま常陸の國府から戻って來たところだが、果して貞盛は齒 は乂は。 ていたらく 痒ゆい男ちゃ。武官の貞盛があの爲體では、なる程、京都のこと 東の君 は思はれる。 將門は乂は又乂。 ( 高らかに、少しく神經的に笑ふ ) 將門上れよ。まだ供養騷ぎをしてゐるのか。 東の君 將門然う云ったら好いではないか。おれの無法を怨むと、はツき眞樹都びとの悠長さには驚き人る。男が泣いても恥にはならぬと 見える。はゝは、、。 ( と同じ云ふ言葉のうちに、前幕より際立ちて、 り云ったら好いではないか。はゝはゝ。女にはーー假面があ 將鬥に對する慇懃のさまを顯はす ) る。 將門太郞、泣いてゐたか。 將門、笑ふ間にも鋧く妻を注意してゐる。 さきのだいじようおと つはや 中門外の酒盛りに、百姓どもの賑かなる笑聲聞えて、鄙びた風信眞樹泣くかと思ふと、片手間には前大掾の乙の姫の壺屋に夜な 歌に似たる雜謠、斷續して聞え來る。 夜な通うてゐられる。あれが都風俗かも知れないよ。ははゝ は。 默ってしまった。 寺門はゝはゝ曳。どうした 將門それが厭やだ。おれを悅ばせようとする要はない。 いづみどの 東の君わたくしには、どういって好いかわかりません。 將門貞盛とおれを較べれば好いではないか。あれは。 = ・歌も詠眞樹嘘ちゃないよ。現に前大掾は、新しく泉殿を新築してゐる。 きりふ よろ たばさ くわんめい 貞盛を婿に引かうといふ結構なのだ。おれは確かに聞いて來た。 む。官名もある。きらびやかに鎧うて、塗弓を手挾み、切斑の矢 將門貞盛は親思ひのふかい男だ、そんな筈はない。伯父は卑屈さ いと を負うて、行幸の警固に、前驅としてさきを拂ふ有様は、京上﨟 えんざ から源氏に縁坐して死んだのたが、おれは、しめやかな靜かな從 さへ目をそばだてるとよ。引き換へて、小次郞は鳥か、鳶だ。こ 弟の心を傷つけたことを悔んでゐるのだ。貞盛を貶しておれが喜 の手だ。この足だ。はゝはゝ。 ぶと思はれては、顏が熱くなるやうだ。 東の君、ほッと嘆息して立ち上る。將門、がばと起き上る。 ペんねい 眞樹それは貴所の間違ひだ。おれは使侫を云ふのではない。貞盛 將門どうしたのだ。 が貴所の勇名に怯ちて、貴所へ和睦を申し込まうとしてゐるの よしまさ やくき 門東の君また吾子が、むづかってゐるやうでございます。 だ。それを羽鳥の叔父御良正のとのが苦々しがって、躍起として 將將門はゝは乂ゝ。 つねへいた 常平太を折檻されてゐるといふ、石田ではもつばらの沙汰であっ 平東の君 ( 膝を突き ) 思ってもゐぬ事を責められるほど、苦しい事は こ 0 ござりませぬ。 ( 涙を溜めて ) この頃は : : : 好くお責めなさる。 將門貞盛がおれと和睦する ? 父を殺されてゐるんだぞ。馬鹿な 9 將門子が泣いてゐる。 ( と投げつけるやうに云ふ ) にそどの ことを云ふもんではない。彼は武人だ。名を何んとする。置かれ 東の君、悄然として細殿を渡りて去る。 ( と細かに、カ一フ / 、と笑って ) 然うな
28 イ 將門先方がしきって非法に出るなら、其の時はわたくしにも覺悟 って : : : 私は今でも時々、思ひ出します。 わぬし があります。わたくしはどんな場合にも、彼等の無理をゆるしま國香何故去年の上京に、和主は貞盛を訪ねなかったのだ。 いとこ せんよ。弓矢をもってでも爭ひますよ。 將門わたくしが從弟を : : : ? それは : : : 訪ねる氣になりまぜ ん。 ( と羞らひロ籠る ) 國香そりや分ってゐる。お前の氣性は讓も恐れてゐる。 かたん 將門伯父上はその場合、いかに強請されても、讓に荷擔をなさり國香どうしてだらう。貞盛の方では、その後の書从にも殘念がっ ませぬな。甥の家を敵とするやうな事はありませんね。 て來てゐるが 國香小次郞、それは和主が知ってゐる筈だ。 將門何んですか、その時は : : : 氣が引けて會はれませんでした。 將門けれども、伯父上は弱い人だ。 國香はゝはゝ。 可笑しげな男だ。 さきのだいじよう 國香大丈夫だよ。は乂は乂。兎に角、前大掾にはよく / 、話將門はは : : : は乂はゝゝ。 をつめて、豐田分に災害のないやうに賴んでみる、いや話す。た國香然し、もう歸るよ。あと : : : 十四五日だ。 ( 赤くなり俯向く ) だお前の方も、血氣に騷ぎ立てないが好いぞ。近頃の農民はみな將門え・ かしらと 自暴自棄になってゐるから、頭取る者が心を締めなければならな國香ははゝ。 い時だ。 郞黨、松火を持ちて迎へに來る。 將門それは、心得て居ります。 たいまっ 國香供の者が、松火をもって來さうなものだ。靜かなタ暮だ。少 し歩かうか。 將門はい。 一一人は疎林を河原の方に歩む。 國香 ( ふと立ち止り ) そしてお前は、貞盛と幾ッ違った譯だ。 將門六ッ違って居ります。 たち 國香するとお前が父に別れて、わしの館に引き取られたのは。 將門十 : : : 四の時でした。太郞は九ツでした。 わら・ヘ 國香よくお前は貞盛を可愛がってくれた。童の時は弱い子でな ア。 けだか 將門しかし氣高い、物思ひの深い子でした。指先など白く、女の いとこ ゃうにしなやかで、わたしはいつも幼い從弟の前に、この手を出 すのを恥ぢてゐました。 國香ははゝゝ。 將門俯向いてものなど考へる時、黑い睫毛が、匂はしく影をつく まっげ 時 前幕より一一十日ほど過ぎたる日。午後。 處 むかういしけ 豐田本鄕なる將門の館。今の向石下村の附近。 あづまや 藁葺きなれども京都の貴族の四阿造りを模したる建築にて、棟高く柱 太く、宏壯なる家の構へなり。舞臺正面は謂ゆる母屋にて、階段つき 第二幕 その一 おもや ( 幕 )
297 平將門 將門何んと云った。罪人だと云ったか、惡人だと云ったか。 四郞兄者、常陸勢ではござりませぬ。 四郞 將門何。 みくりや 將門和主、おれは全く / 、、伯父の事を知らなかった、間違ひで四郞御厨の三郞が酒に狂うて百姓をそゝのかし、川手前の常陸分 あったとは師の博士に話したのだな。 を燒き拂ひに行ったのでござります。みな酒に荒れ狂うて、狂人 四郞事後のことは : : : 悔んでも爲方がないと云はれました。 のやうに躍り騷いでゐます。 將門悔む、悔まんではない。善いか惡いかなのだ。え ? どう將門然うか。三郞の狼藉か : だ。何んと云った。え乂、聞くまい。もう好い、わかってる、聞四郎兄者が出て下知しなければ、とてもわたくしどもの力には及 くまい。お前は景行卿に、おれの心持すら話しはしなかったの びません。三郞は砂地をゴロ / 、ころがって、泥のやうに醉って だ。おれが家のために苦しんでゐるのを、お前たちは自分のため ゐます。經明は聲の涸れるほど、大聲に怒鳴ってゐます。 あざわら まや に苦しむやうに嘲笑ってゐるのだ。お前だちには、家もない、兄將門 ( 何か決心して ) 四郎、厩の馬を引き出してくれ。 もないのだ。好い、もう聞かん。 四郎え。 つきポね 石毛寺の撞鐘の音と共に、遙かに群集の鯨波の聲聞ゅ。 東の君どうなさるのでござります。 將門 ( 愕然として ) お鐘がなる。常陸勢が來た。 將門石田へ行って來る。自身貞盛に會って詫びる。眞樹をやった 四郞え又。 ( と色を喪ふ ) だけでは安心がならない。清ったのが間違ひだ。おれは貞盛に打 將門三郞は何處へ行った。經明はゐないか。四郎、門前を見て來 たれなければならない、然うだ、打たれに行くのだ。 い。見て來い、見て來い。おれは對の屋や吾子を見なければなら 人々將門の興奮せる顔を見上ぐる。 ない。四郞、早く見て來い。 將門然うだ。打たれるんだ : : : 打たれて、そして赦されなければ 四郞、走り入る。 ならない。おれは卑怯たった : : : 打たれて赦されるんだ。 屋内に走せちがふ男女の足音、悲隝など騒がし。 ( 幕 ) 將門、立ちて長押なる鉾、鎗の類を悉く簀子に投げ出す間も、始 終狼狽のさま見ゅ。 對の屋より東の君と乳母うろ / 、して走り來る。 東の君との、との。常陸勢が押し寄せて參りました。 おらっ 將門 ( 次第に沈着き ) 大丈夫だ。心配するな、おれがゐる。鎧を持 ゃいくさ からり ってこい。矢軍の間は、吾子を抱いて、女どもは空隍にかゞんで 居るのだ。常陸勢に川を越させるものか、心配するな、みな鎭ま れ、鎭まらせろ。 ぬりごめ きせなが 東の君、乳母などにて塗籠より主の武具着背長など取り出し、將 門も上帶を解かんとする時、四郞駈け戻る。 しかた たいや 時 前場と同日。二刻ほどの後。夕暮近し。 處 石田の館、平國香の邸宅の燒跡。石田は今の眞壁郡石田村。 その二
將門 ( また牀儿にかけっといま歸った時、四郎はどうしたと聞か れ。 2 うと思ったのだ。けれども四郎の安否を聞いた直ぐ後に : : : なに 三郞どうしたのだ。 うつろ こにろを かおれの心に空洞が出來さうに思った。吾子はと問はれない寂し 將門斯うして凝ッとしてゐるとな、耳の底でシインと蟋蟀の啼く けもの さなのだ。は又はゝゝ。 ( と寂しく笑って ) それでおれは、四郎に ゃうな音が聞えるのだ。酒を飮んで獸ごころになって、この靜け までロを緘ぢてゐたのだ。 ( と又、柱に後頭部を凭せる ) さを破りたくないのだ。軍がヘりには何日もこれだ。悲しいと云 三郞呼んで來ようか。直ぐ會ふか。 っては強いが、心が秋の水のやうに澄んで來る。 將門うん、何方でも好い。ーーー生きてゐるとさへ聞けば、明日で 三郞はゝはゝ乂、 又、何か云ってる。それ、酒だ。 もかまはぬ。 三郞、郞黨等に云ふ。郞黨立つ。 將門お前は笑ふがな。然う云ふものではない。恐らく人の心のま三郎似合はないことを聞くものだ。よほど疲れてゐるな。 ことはこの境にあるのだ。わしはいつもこの時に心の濁りを淨め經明酒だ、酒だ。酒でなくては、その元氣が出まい。はゝは は。 られるやうな氣がする。 こにろぎ 三郞、郞従の一人に目くばせする。郎從、去る。 。兄者、それではおれが、その蟋蟀が耳に聞えな 三郞ははゝゝ 將門 ( 頭を凭せっと經明。 くなるやうにして見ようか。 經明何んだ。 將門何。 ( と微笑 ) 將門おれには不思議なこ又ろがある。 三郞驚くなよ。姉の君が常陸の敵から歸って來られた。 將門 ( さすがに愕然として ) 何、妻が上總から歸った。吾子も無事經明ほ、何んだ。 將門また笑はれる。云はずに置かう。はゝはゝゝ。 なのか。 いくさぶんどり 三郞どうだ。は乂はゝ。こりや軍の分捕より睹物が重たいだら經明死んだと思った人が蘇ったので、氣が顧動してゐるのではな いか。 う。は乂はゝゝ。 將門それなら好いが : : : まるで違ふのだ。 ( と靜かに小聲で、止め度 將門然うか。二人は殺されたのではなかったか : なく笑ってゐる ) : どうだ、兄者。はゝはゝ。 三郞は又はゝゝ : 東の君、壺裝束に似たる姿にて、乳兒を抱き、四郞と共に躓くや 三郞は腹を抱へて笑ふ。 うに走り來る。 將門は却って竦然たるもの、如く、凝ッと一點の空を見詰める。 經明それは不思議だ。 ( と手を打って ) どうして歸られた。よもや四郞おゝ兄者、歸られたか。 ( と懷かしげに走り寄りて泣く ) 東の君との 二人を助けて歸すやうな上總びとではないが : 郞黨等、酒器など持ち來りて傍に置く。 將門 ( 屹ッとして、立ち ) 何處にゐる。 將門 ( 頭を柱に動かさず、目のみ見遣りて、靜かに懶げなる聲にて ) どう 三郞疲れはて又歸って、あの假屋に四郞に介抱されてゐる。 して生きてゐられたのだ。眞樹はお身を、上總の陣に渡さなかっ 將門 ( 立ったまと會はれるか。 たのか。 三郞それはお身の自由だ。何を聞くのだ。は乂はゝ。
東の君船に積まれて、常陸川を流れ下りました。そして羽鳥の陣經明どうしたのだ。では、われ / \ ばかりで酌むぞ。三郎も、み な寄れ。四郞、和主はどうだ。 屋に送られました。番の人を嚴しくつけて、囹圄のやうなところ に置かれました。 四郞わしは酒は嫌ひだ。 がくしゃう くわんけ 經明然うだ、和主は菅家仕込みの學生であったな。は又はゝゝ。 將門父君は對面をゆるさなかったか。 經明と三郞、郞黨と篝火の傍に圓坐して酒を始む。 東の君はい。 ( と泣く ) 將門、「うむ : : 」と呻きて、また柱に凭れる。瞑目。 將門それにしては、どうしてその獄屋を出られた。 東の君 東の君との、との : : : 何か、お氣にそむいたのでござりまする 將門女の身で、陣屋を脱け出ることはならぬ筈だ。どうして出 た。 將門 ( 瞑目のま又更に靜かに ) お身は貞盛に面會したのだな。 東の君はい。 ( と不審さう ) 東の君 將門 ( 間を置いて ) 貞盛はわしを何んと云って居った。 ( 苦しげにロ 將門 ( 柱より離れて ) どうしたのだ。誰か救ふ者がなければ、身が 籠りつとやはりわしを憎んでゐるのか。 遁れぬ筈だ。どうして出た、どうして遁げた。泣いてゐては濟ま 東の君いゝえ、そのやうな様子は氣振りにも見えませぬ。却っ ぬ。云へ。どうして獄屋を出た。どうした、どうした。 なっか 東の君の答へなきに苛ち、且つは或る不安に襲はる、ものゝ如 て、懷しがってゐられました。 、次第に言葉急しく、屹ッとなる。 將門 ( ドキリとして ) 何。 東の君今の小次郞は思はうに思はれもせぬ。思ひ出されるのはや 東の君その人の名は、明かしてくれなと云はれました。 ひょわ うなゐがみ はり髫髮の頃の凛々しい優しい小次郞ちゃ、店弱なわしは、從兄 將門何 : : : 。 ( と唇を物んで妻を見詰める ) の小欽郞のあの逞しい肩の肉、肱の強さを、どれたけ賴もしう思 東の君とのゝ心を騒がします。その名は間はすに置いて下さいま て し。 ったか知れない。小次郞の掌の下にかゞめば、わが世の敵はない ものとさへ思うた。その小次郎の子を産んだお身は仕合せ者だ 將門 ( 投げるやうに ) お身、貞盛に助けられたな。 と、わたくしまで褒められました。 東の君え ? つな 將門デロリと目を開きて妻を偸み見る、また目を瞑づ。 ・ : むゝ彼が陣屋に繋がれたの 將門貞盛に相違ない。貞盛だ。・ か。 ( と太息する ) 東の君十三の時、京上りの時、國府の松原のはてまで見送って、 さりとて言葉もなく、寂しさうに人の陰にションポリと俯向いて 東の君との。それでは太郞のとの恩をうけては、不可なかった ゐた小次郞の姿が、思ひ出すたびに目に見えると云うてゐられま のでござりまするか。 した。 平將門誰が然う云った。生きて歸ったのはめでたいことだ。 經明 ( 酒杯をとって、立ち ) さ、小次郞、祝ひ酒だ。そこから酌ん將門 ( 快き感傷心を撥ね返して ) 然し、敵だ。おれは彼に逐はれた。 3 彼はおれに : : : 度々破られてゐるのだ。 で廻してもらひたい。小次郞、酒だ。 ( と肩を打っ ) 3 東の君將門を本意の敵とは、どう考へても思はれぬ。いつも逐は 將門酒か。今宵は飲みたくない。 ばん ひとや いとこ
・ : 恥知らず ! 恥知らずめ ! ( 三郞は自分の兩膝を 三郞畜生 ! 將門何。 損んで、顫へ泣きながら ) 何んで : : : 何んで、おれのやうな奴が家 三郎河は間に流れてゐるんだぞ。一つの河は兩側の土を生かしは に生れやがったんだ。 しない。取らざれば取らる乂ーー人「の時勢を知らないのか。 將門 ( 唾を嚥んで、靜かに ) お前は醉ってる。それだから客人と話を眞樹 ( おろ , \ して將門を宥めつ、 ) 醉ってるのだ、反抛っては惡 わかもの い。酒が醒めれば、善い壯佼なのだ。怺へろ。怺へろ。 してゐるではないか。權門に詔ふとは : : : 何事だ。 一一一郎讓の背後には、常陸の國司がついてゐる。臆病者には、それ將門うむ、何んでもない・ = : ・何んでもないんだ。 ( と肩で呼吸しつ っ弟を睨む ) が恐ろしいのだ。 眞樹聞いてくれ。今の話だがな。 ( と將門を他方に引ッ張り行き ) 所 將門ぬしのやうな狂人と話しはしない。 詮、二筋の掘割だけでは、大川の出水の捌けないことは、讓がた 三郞へん。 ( と嘲り ) 京都へ行って、大臣家の大庭にへいつくばっ でもよく知ってゐるのだ。それに就いて、大掾がたからわしに頼 た時の姿を見たかったよ。 んで、貴所に話をつけてくれと云ふのだ。兩家の平和のために是 將門何。 非賴むといはれるのだ。 三郎ありや大だぞ。そこへ踞ばって見ろ。そッくり形からして番 將門だから、聞いてゐるよ : : : 聞く。 ( 目は執拗に弟を睨みつ、、ロ 大だ。 先のみに云ふ ) タ寸月」 月目ー = 一郞大臣家ではな、家んの家隷のと云ふ名をつけて、諸國の富を眞樹常陸がたで新しく水路をひらくからは、片落ちのないやうに しもふさ 下總がたでも新堀をひらいてもらひたいと云ふのだ。大掾がたで はこんでくる番大を待ってゐるのだ。それを有難がって、足を舐 かまわじゅく みやうぶ は内々そこの土地も檢分したが、鎌輪宿の川上から繩引きして、 ぶり尻尾を振り、名符など奉って嬉しがってゐる馬鹿者がこ乂に 水を大沼へ落すやうに仕掛くれば、骨折りも大したことはあるま あるんだ。 みき いと云ってゐた。若し百姓が手不足ならば、人夫はこの方からみ 四郎 ( うろ / \ して ) 三郞、後で悔む。酒が過ぎたぞ。 ついでも好いと云ってゐた。 將門 ( 三郞を睨みつ蒼白な顏にて ) 好し / 、、關はん。云はせろ 將門 ( 弟から目を放して ) おれに新堀をひらけと云ふのか。自分が : ・云はせろ。 築く河工事のために、豐田の地に新堀をひらけと云ふのか。 一一郞 ( その兄の目を睨みつゝ、頬に涙を流しながら ) 知ってるぞ、臆病 者 ! お前は藤原家に、檢非違使の職を願ひ申して、體よく撥ね眞樹然うだ。大掾家では然う云ふのだ。 ちゅうにん いひぶん 將門お前その言分を、もっともと思って、仲人に來たのか。 つけられ、恥をかいて田舍へ歸って來たのだらう。 門 三郎 ( 突ッ立って ) 兄。 やか 將將門 ( ギ = ッと立ち竦みて ) 何んだ ! 將門喧ましい。 平三郞卑怯者 ! 三郎臆病者 ! 肘門この・ 9 將門顫 ( ながら一一一郎に躍りか人らんとする。四郞と眞樹は狼狽し將門四郞、何を見てゐるんだ、連れて行かないか。 ラ / て、將門に縋りとゞむる。 四郞わたくしなどの自由になる人ではありません。 てい
277 平將門 子春丸御子さま、御子さまー・・ー四郎さま。 ( と遠くより招く ) 將門 ( 眞樹の方に進みて ) お、稀らしいことだ。 將門 ( 見て ) 何んだ。 眞樹いっ來ても、河を渡ると羨しいなア。この邊は、麥の穗さき 子春丸ねい。少し四郞さまに・ まで違ふやうだ。それに大分、桑をしつけたな。 將門三郞がどうかしたのではないか。また、暴れてゐるのか。 將門水田では食へないからなア 子春丸ねい。酒がすこし過ぎました。 眞樹云ふ通りだ。この頃では何處でもみな、水田をつぶして畠作 もの 將門困ったやつだ。四郞、お前行って介抱してくれ。おれの顏を 物にかゝってゐる。これでは國府の收納も年々減るわけだ。 見ると、また拗ぢ上げる。 三郎 ( グッと兄を睨めて立ちしが ) 放せ、おれの體だ。 子春丸それに常陸側から、眞樹のとのがいらせられました。 三郞、介抱する弟を突き除けて、フラ / 、しつゝやゝ離れたる河 原の石に腰掛ける。 將門眞樹が來た ? 何んの用で。 子春丸何か : : : 源氏がたの河普請のことで、仲人を賴まれたと申將門 ( 弟を見ぬゃうにして ) そして今日は何か しました。 眞樹貴所は怒ってゐるだらう。然うだとも、怒る筈だ。は、は 將門三郎に會はせては面倒だ。四郎、はやく行け。 は。 ( と輕薄さうに笑ふ ) 四郞は澁々として去る。 將門 ( その笑聲を不快さうに ) 河普請の話なのか。おれは見てゐる 子春丸 ( 下手を見て ) おう、そこに眞樹のとのが見えられました。 。護父子に然う云ってくれ。 ひそ 將門三郞も連ってゐるな。困る。 ( と眉を顰む ) 眞樹そうれ、然うだ。おれは然うだらうと云ったのだ。はゝは かはせ きゃうこっ 子春丸聞きますところ、やはり常陸側ではあの川曲に堤を築い は。全體が今日までに、貴所へ話をつけずに置くといふのが輕忽 かまわ て、蛇籠を埋めるさうで御座ります。するとこの鎌輪岡崎の一帶 過ぎたよ。 まっかうみづぜい は、眞向に水勢をうけることになりませう。 將門三郎。 ( 苦々しげに舌打ちして ) その醜態は何んだ。客人の前に はなもとどり 將門 ( 不快さうに ) それは客人から聞くのだ。 放ち髻で。連れて行け、四郎 9 ふんない しろか 子春丸それでは分内の百姓どもは、代掻きする氣力もござります三郎好いよ、好い、好いんだ。 まい。 ・ : あ乂あ、豐田二萬東はみな水の底だ。誰も働く者はあ 四郞しきりに宥むれども、三郞はふてみ、しく動かず。 さきのだいじようけ るまい。あ又あ。 眞樹何しろ前大掾家でも、息子ども、三人が血氣にまかせて事 子春丸は獨語のやうに呟きて、トボ / \ と去る。 を計らふので、家のかどめも立たぬと云ふものだ。おれが今日行 くにふ 常陸の住人、平眞樹、武人らしき服裝にて來る。三十四五、輕卒 みくりや き向って騷ぎ出したので、初めておれにロ入を賴むやうな次第だ。 さうな言語態度の人なり。その後より將門の弟御厨の三郞將賴、 讓のとのも齡のせゐか、餘りらちくちが無さ過ぎると思ったよ。 泥醉して舍弟四郎の肩にぶら下り、何か喚きつ人出で來る。烏帽 將門然し毛野川は、常陸一國の河ではないのだ。 子もゆがみ、着衣も取り亂して、苦しげに酒氣を吐く。筋骨飽く 眞樹然う / \ 、然うだ。 まで逞しく、下賤粗野とも思はるほどの風俗。 將門あの百曲りの河瀬に、堅固な石堤を突き出したら、豐田一帶 眞樹は始終、三郎の亂暴を恐るゝもの、如く、將門は弟の爛醉を 見て顏をしかめる。 はどうなると思ふのだ。 わめ ちゅうにん こふみいり めづ はたなり
ごづめ 三郞 ( 突ッ立って ) 何んだ、後詰の到着にしては人氣が嶮しいやう將門うむ : : : 然うだ。 だ。また喰ひ醉って、同志討ちでも初めたのではないか。厄介な 經明、から / 、と笑ってひとり酒を酌む時、門外にどッと笑聲聞 ふしど ゆる。夜は白々と明けて、板屋に霜白し。 やつらだ。 ( 將門に ) 兄者、ひどく疲勞してゐるやうだ。臥所へ行 って身を休めたらいだらう。 三郞、高聲に笑ひつ人、上兵、文の室好の臂をとり入り來る。 將門うん、何アに : : : 斯うしてゐる方が心が細々として氣持が好三郞萬歳だ、萬歳だ。この男室好に大手柄をさせた。兄者、室好 い。もう夜が明けるだらう。 が大手柄をして歸ったぞ。 經明然うだ。もう間もない。 將門 ( やっと起き上り ) おゝ、どうした。 との 郞黨比都目、走り來る。 室好 ( 跪きて ) 貞盛の殿が急に思ひ立って、今宵常陸街道を都に逃 いとま 比都目との、との、大變が起りました。 げ歸らせられると聞きました。下知につく暇もござりまぜぬ、御 將門何んだ、騒々しい。 座ンなれ、この敵見遁しにはなるまいと思ひまして : 比都目左馬允のとのは急に今宵常陸路に顯はれて、信濃路かけて將門 ( 煩さげに手を振り ) もう好い威言は後にしろ。追ひ駈けて貞 急に京都へのぼられるさうでござります。後陣の者はその報を聞 盛に矢を射たのだな。貞盛は何騎ぐらゐだ。どんな風體で都への ふみむろよし ぼるのだ。 いて、路からとって返し、文の室好を上兵として、一人も逃がす なと貞盛のとのゝ後を追ひかけたさうで。こざります。 室好夜目ゅゑ、確とはわかりませぬが、凡そ五十騎あまりと思ひ むろよし のち あと 三郞そりや大變だ。室好を見殺しにはならない。別當、後を賴む ました。敗軍の後とて、後もなく、先もなく、眞黑に押しかたま たいまっ ぞ。この援兵にはおれが行く。 って、路を照す一本の松明の灯をたよりに、疲れ馬をトボ / \ 打 將門 ( 起ち上って ) 三郞、三郞。 たせられました。 三郞後で聞く。 將門そして、貞盛を打ち取りはすまい。 れけど 三郞と比都目走り去る。將門、また倒れて寢る。 室好殘念ながら、打ち洩らしました。その代りには、眞樹を生擒 經明 ( 不安げに ) 大丈夫かな、小欽郞。三郞だけで間違ひはなから って歸りました。門前に引ッ括って置きました。 うか。誰か行かんでも好いか。 將門そして、五十騎のうち何騎ほど打ちとった。 將門 ( うと ~ しっと大丈夫だ。貞盛にろくな軍勢のある筈はな室好凡そ二三十騎と思ひます。 い。 將門兵糧、駄馬は。 門 經明然うだらうなア : : : 。然し何を急に思ひ立って、貞盛は京都室好一匹も殘しませぬ。みな打ちとりました。 あらそひ ばん へ遁げ歸るのだらう。爭鬪はまだ盤の上にきまってゐないではな將門では貞盛には手勢もないのだな。 いか。賽を投げ出すには早過ぎると思ふがなア。 室好はい。 將門うむ : : : 然うだ。 將門すると貞盛は、あの雪の信濃路を、續く從者もなく、後を恐 もの、ふ 經明これでは、武夫の世が來るよ。都びとはもう駄目だ。はゝ れつゝ遁げるのだなア。憎みのない將門に追はれて、彼は身を苦 おたがひ 3 はゝ。田舍者たど、、なア小玖郞、これからが相互の世だぞ。 しめなければならないのだ・ けは ふうてい うしろ