っちふまず 人に八人までは土不踏が無いーー胸元や肩の筋肉に緊張と云ふものは銘々の矜さへ無ければ、どんなにでも相手を喜ばすことが出來 8 おもだ るものだ。 幻が無く、下腹の皮がさもしく重垂れて居る。醫者の目に見ても決し にしいま、 て賞むべき體格では無い。病氣は放肆な身持と營養の不良から來る 僕は前のところで、奧州の小百姓生活に馴染過ぎたと云った。そ わづら ゃうか のが多く、特にも胃擴張を患はぬものは一人も無い位である。養價れは然し、唯その一部分、仙臺を中心とする近在の百姓を指したも ゐぶくろ の低い過食には、さすがに強い牛のやうな胃腑も抵抗が出來ないと のである。更に詳しく云ふと城下の南はづれに直ぐ續いた、南小泉 しだら はなっき いや 見える。その口元の亂次無さ、その鼻付の賤しさ。特に厭なのはか と云ふ一部落に、僕は田舍醫者として一年以上住んで居た。その頃 けもの れらの目付である。まるで人を畏れる獸の目だ。口元に愚鈍らしい の記憶を云ふに過ぎないのだ。 それには先づその村の様子から わるごす 薄笑を浮べて、恐ろしく茶色な小さい目を始終惡慧さうにキョト 明らかにするのが順序らしい。 トルコ キョト動かして居るのに遇ふと、僕は毎も、多く土耳古にあると云 らたごやま ふ、ジプシイの眼を思出さずには居られない。竹箒を賣って、 仙臺の西北の隅から入って、愛宕山の裾を南へ東へと流れるのが いかけ うらなひ ある きらは あて ひろせがはうもれぎ かはしも わたしば 鑄掛をして、ト占をして、總ゆる人に厭嫌れながら、的もなき放浪廣瀬川、埋本と鮎で名高い川である。その川下の誓願寺の渡場から をきわか えだがは に生涯を送るかれらの運命も、蓋し餘儀ない約束のやうに思はれ堰分れて、南方の町々を通って東を指す枝川を六鄕川と云ふ、南小 こあざ る。僕は如何に贅澤の謙遜をしても、かれら小百姓と同じ血が體に泉はその又枝分れの小溝に沿うた小村で、その近傍の小字を併せ のろ 流れて居るとは信じたく無い。僕には醜いものを一種の罪惡と咀っ て、今では六鄕村に組人って居る。戸數はやっと二百戸「細長い いちじく しけせゐ た時代もある。醜い、醜い、百姓の生涯はその醜い生涯だ。 家續き、土地が濕る所爲か無花果が好くそだっ所である。大概は先 ひりん ざいがう 渠等の根性の卑吝は云ふ迄も無いこと、改めてこ乂に云はぬにしづ農家で、その外には戸村、石岡と云ふ在鄕をした士族が二軒 ても、渠等がいかにも訴訟上手な事も、僕には厭惡の一つとなる。 僕が間借をして居たのはその石岡の方で 、五兵衞の水車、おは げあ 一生を自然の前に跪づくの外にかれらには仍ほ跪づくべき地主があち媼さんの駄菓子屋、それに何處から何うして紛れ込んだか、茂三 かへなふ る、詰り、二人の主人に仕〈るのだ。桝目を盜むとか、年績の換納さんと云ふ提灯張が居る位なものだ。尤も近頃は集治監の看守が引 とかは常住としても、毎年の減方願ほど地主に取って盡甲斐のな移って來たと云ふが、それは僕の知らぬ事である。その他には夏季 うんか ところてん いものは無い。やれ雨だ、風だ、浮塵子だと、來る年も來る年も作でも心太さへ賣る家が無い。尤も、石油、味噌、醤油、蠑燭、縫糸、 がらいひぶん ぶびけ をは 格に云分を付けて、幾らかの分減に有付かうとする掛引の際どさ煙草位の日用品は區長の家で取次をして居るとの事だ。米は水車屋 っがりけみ は、中々商人なぞの眞似及ぶ所では無い。坪刈や毛見をすると云へ から買って喰べる 、田舍は田舍でも此邊は大抵一升買をして居 かはらまちてうはふ ば、それには又それの遁路を用意して置いて、經驗の無い地主の目 る。その他の買物や何かは皆仙臺の河原町を調法して居る。この邊 を暗ます。執念深く、頑固に、殊勝らしく、そして煩さく附纒はれではかアら町と言慣して、鐵道線路を踏切って行くと、十二三町と するいひでう ふきさらしたんぼ る内には、こちらの方も到頭根負けして了って、見すイ、狡い言條 も無い位である。小學校の生徒は半分は仙臺に、半分は吹曝の田圃 度くとっ を通してやる事になる。その上、べんちゃらの巧いこと本言 。ト内らしを東路に一里ばかり、荒井と云ふ小村に行く、そこに六鄕村の役場 い重い口を動かして、町の人には氣が射して云はれぬお世辭を、平も駐在所もある。 氣でツケ , ・云って、自尊高い城下の衆を巧に喜ばせて居る。人に 大きな町には、きっと、そこから吐出す芥川がある。つまり、町 かれら ラウド あくたがは
「誰でがす ? 」と鈍いと云ってもこれは、咽の底から筒抜ける、カ かす 「何んだか彼んだか、體中切ないだらけで、生きた空アがあせん。」 の無い掠れ聲である。 「咳嗽は ? 」 「黒瀬ろくと云ふのは、お前さんの家だらう。」 「咳嗽も出す。」 あなた わあせ 「貴方はね。」 「盜汗は ? 」 「石岡に居る者だ、醫者だ。」 「盜汗も出す。」 「醫者様かね、そこ明きすぞ。」 米だ蟹を離さない。妙に僕から目を外らすやうにして、それを喰 と、立ちさうも無いので、戸を明けて中、人る。眞暗な櫨端に老べて居る。 婆がたゞ一人、卷蒲團にもたれて蹲って居る。 「誰も居ないやうだな。みな河原町か。」 きっち 「後をピッシリ閉めてくんなんせ。」 「おげんに遇ひせんかったか、板倉の前で。」 「閉めたら眞暗になる。」 「おげんね ! 何處の人だ。」 せき 「んでも、風が吹込んでね、咳嗽が出て苦しいから。」 「俺ア嫁のおげんしゃ。」 こも - りげ・ しと 戸を閉切ると、生温かい百姓家の籠氣がムッと鼻へ來る。濕った 「遇はないよ、幾度も呼んで見たけれど。」 そらあひ 黴の臭が中でも鏡どい。空合を氣消って天窓まで閉めたので、人顔「んでは、又、引張り出しやがった。畜生 ! 何んと云ふ畜生たー きたあかり も ( ッキリ分らない位だ。僅かに戸の透間を通して來る北明でポン大だ ! 大だ ! 畜生。」 はなごさ ひとっところぢっ ャリ中の様子が知れるばかり。それでも、爐傍には花蓙が敷いてあ と、老婆は喰べる手を置いて、火の氣のない櫨の一所を凝と見 る、そこに坐る。 ふる 凝めた。でも、の調子が激するのでも無い。同じ事だ。激しても 老婆はプル / \ 顫〈のある太い指で、ポリ / \ 皮を剥きながら何聲に現はれないのだらう。榾が二三本、眞白な尉になって、空しく か喰べて居る。蟹だ。この邊で馬蟹と云ふ蟹だ。疊に直に置いた笊冷えた藥鑵には、煤がヒ一フ / と下って居る。 の中にも、大きい、小さい、だ五つ六つ人って居る。 ドッと二度ばかり、烈しい風が雨戸に當った。そして、あとは又 しん 「病人はお前かね。」 しは 森となる。表に足音がしたやうであったが、それぎりで、何の事も 「はア。」と年寄は、その白い肉を爪で剥いで、吝さうに喰べなが なかった。 にらみ ら、時々白眼返しに僕をジロリ / 、と見る。 婆さんは偶と氣が付いたやうに、骨節が知れないまではれきっ 百姓の年は分り難いもの、特に女の年寄は然うだ。何んでも六十た、自分の大きい掌を打返し / \ 眺めて、「あ又、こんなに脹れて 村 近い、目の小さい、鼻の低い、雀斑のある大顏の婆た。一體に肥っ了った。」と、小さな目に涙を一杯溜めて居る。 泉た上に病氣の爲めに總體腫を持ち、フウ 2 と肩で呼吸して居 兎も角診察した、化膿性とは些と受取憎いけれど、たしかに肋膜 る。ドンヨリ濁った目に光が無く、ロをきくのも億劫さうだ。油染炎には相違ない。何にしても難症だ、濁音部は第四肋間までがっ つはぶき みた藍手拭で鉢卷して、この陽氣に綿人を三四枚も着脹れて居る、 て、心音は殆んど聞取れない。素人療治の按膏や吾を胸一面に さは 有傍に寄ると汗臭い匂がする。 貼付けてあって、觸るのも何だか厭な氣がした。 2 こは 「何う惡いな、熱でもあるのかね。」 「何ぜうでがすべ。」と、ソロリイ、と壞れ物を扱ふやうに、自分 にぶ うづくま のど ろぼた からだちゅうせつ にねし
桃中軒寄附だよ。何んとか都合をつけて上げてくれ。 桃中軒 ( 沈みたる聲 ) お妻、お前はおれの三味線が引かれねえの 0 か。 和磯野さやうでどざいますね、宜しうございます、何んとか一つ おくくふ ・ : 計ふことに致しませう。 お妻あたしも體がこんなですからね。まことに : : : 億劫になりま 雲右衞門の妻お妻、とっぜん瓦燈ロの懊をあけて顏を出す。兄元 したよ。 よろめき、少しく醉ふ。 桃中軒さうかなア : 。自分ぢやそれ程とも氣がっかないでゐ うめ お妻おや、お客様だったの、お迎へですから參りました。 ( 腕組みして呻くやうに呟きゐる ) たいてい 桃中軒今日二時から : : : 紅葉館に講演があるのだ。 お妻氣がついて駈け出すのは、大抵豆腐屋の通り過ぎた後なの さ。 雲右衞門、お妻の顔を見られぬゃうにして云ふ。 お妻あたしが引くんでしたツけかねえ。 。 ( 氣を換 桃中軒 ( 腕組みを深く搾って、一點を睨む ) さうかなア : 桃中軒 ( 顏を顰めて、呟く ) 少し、醉ってる。 へて、輕く ) 大體に、どう可けない。 お妻相濟みませんでした。ツィお藥にも飽き / \ するもんですかお妻引いてゐて泣けません。 ら、時たまは冷たいやつで虫を抑へますの。皆様、御免下さい。 桃中軒 ( 坐り直して ) ちょいと、三味線を持ってお出で。 少し醉って居りますよ。 ( と室内に入り來る ) あら、今井さんちゃお妻あたしは厭やだ。誰かほかの者がゐるでせうよ。 ありませんか。どうなすったの、この頃は些ッともですねえ。 桃中軒 ( 嚇ッとして ) お妻 ! 今井 ( 當惑さうに ) 貧乏暇なしと云ふやつでねえ。は乂はゝゝ。 お妻 ( 冷然 ) 何んです。 き、らゐ お妻お金が出来て、乙に氣位が高くなるよりは、その方がよ・こざ 雲右衞門、お妻を引き据ゑんとせしが、その視線を見るうちにこ ころ痺むやうに、ほッと太息を洩らす。 んすよ。人間萬事 : : : 貧乏のうちさ。 磯野奧樣、お風呂が出來てゐますが、如何です。 お妻お前さん、この頃あたしの三味線をどう聞いてゐるえ。あた お妻有難う。糖袋をつかっても、このロの惡いのはなほりますま しや自分ながらもう : : : あたしの三味線も峠を過ぎたと思ってゐ いよ。 る。 ( ホロリとして ) どう氣張っても、體の病ひには勝たれやしな 磯野は又はゝゝ。 今井、地方有志一一人と何か囁き合ふ。 桃中軒 ( ハッとしたやうに、妻を見る ) 何 ? こごと 今井それぢや、君。いづれ磯野君と相談することにして、今日はお妻その女房に小言ひとっ云へず、結構がって語ってゐるお前さ 僕も急ぐから、これで失敬しよう。 んは、それでも天下の雲右衞門か、桃中軒の總元締なのか。昔を こぼ 桃中軒さうか : : : それちゃ又會はうか。 思ふと、ほんとに、涙が : : : 零れらア。 ( と泣くやうに笑ふ ) 今井奧様、失敬しました。 桃中軒夫婦のなかでも藝は敵だ。勝手なことを云ふな。 今井等三人、歸り去る。人々、それを送り出す。 お妻お前さんは昔、わたしの三味線の出來の惡い日には、打った 雲右衞門、一點を凝視して長き沈默。 り蹴ったりした人だよ。あたしは素よりお前さんに、女として可 こや 頬白の鳴音。襖の蔭にチラと泉太郞の姿を見る。 愛がられて來たのではない。おまへさんは自分の藝の肥しに、わ わかぶくろ ひる かたき
丁寧にお悔み云ふんだぞ。此がからさ〈素懷しく出れば、お父さんの女どもが居て、それが幾片の銅錢を貰って、賤しい職業をして居 さおこ 5 だって然う憤ってばかりも御在るまい。」と年寄った母親は小兒にた。窓をノックすると戸が明いて、暗い廊下に豆一フンプが一つホン でも敎へるやうに話して聞かせる。文一もはい / 、と聞いて居た。 ノリ點いてるんです。その暗い中に居て、暗い向側の馬屋から、幾 こちらい まぐさ あご 「君、此方が良いでせう。好い天氣だ。」と文一は毛の擦切れた熊百頭と無い馬が秣を噛む顎の音を聞いて居るんです。霧の深い晩な ににひ しきわら の皮を日當りの縁側へ敷いて僕を呼んだ。 ぞ、土の香に混って馬屋の敷藁の匂がムッと來るのです、僕ア奥州 あけはな 十二月には珍らしく睛れた朝で、明るい朝日は四方開放した廣い に育った所以でせうか、何んと無くこの臭が好きでね、若い黒奴の かひな 座敷へ射し込んだ。渡り鳥が高く鳴いて空を飛んだ。 腕の上から、好く故鄕の事なぞ思って居ましたツけ。夢ですな、こ おつけ 僕等二人は寢轉んで色々の話をした。母親は味噌汁の冷めるのをんな村でも、遠く外國に放浪して居て、自分の故鄕と思ふと馬鹿馬 いや、飛んだ事を喋りました 気遣って再三呼びに來たが、渠は話を面白がって立たない。常の無朧しくなるほど戀しいんです。 しかた はしゃ あつら ぎゃうせき 口にも似合はず今日は可笑しい程燥いだ話をした。無論亞米利加のね。僕が那地でした行跡が大抵知れて了ふ。まア爲方が無いさ。お 話が多かった。僕は今日ほど睛々しい渠の顏を見たことは無い。思醫者様だ隱したって病氣が病氣だから何んにもならない。」と頭を ひっくりかへ ふに睛れて暖かい冬の光線は、その病める網膜にも映って、美しい かゝへて巓覆って笑って居る。 スペクトラム て、おや 七色を分極したのでもあらう。 何時の間に歸って來たのか、むづかしい父親が爐傍に生って、煙 きせる 「馬泥棒で思ひ出したんですがな、メキシコの或る町へ葡萄摘に行草盆を叩く煙管の音が聞えた。友逹は首をすくめて、 「聞えたらうか、なアに聞えたって關ふもんか。」とは云っても、 った時、一絡に傭はれて居た獨逸人でゲルヘルトと云ふ男があって ひなか ね、これが馬泥棒の名人なんです、晝日中四つ角から馬車馬を盜ん 何んと無く氣はしさうな様子であった。 はなわざ で來るなんと云ふ離れ業を演じて居ました。馬の外は目を掛けない のです。猿のやうに顔が赤いもんだから誰でも英國人だとばかり思 なかにうだ って居ました。脊の低い、目の小さな、ロ笛の上手な男だった。眞 五六日目に馬泥棒は、十二三里離れた中新田の町で捕へられた。 さか あらむしろ 逆に泥棒とは知らないもんだから、僕とは大の仲好でね、好くこの 霜の嚴い明方、馬の脊中に荒筵を掛けて村の駐在所の前を引張って おにかうべ 男に方々へ連れて歩るかれましたよ。」 行く所を巡査に怪しまれた。鬼首の馬市へ行く道なのである。 しき いち おやら げんちゃう 渠は美しい指先で荐りと前齒ばかりを弄くって居る。この頃中か 馬と一絡に盜みした老爺を迚れて警官が三人現場を取調べに來 きた ばんてん ら風にあたる齒が罅破れて、ポロ / 、と碎け落ちるのだ、熱いもの た。村の者は大抵駈付けてその盜人を見た。穢ない尻切袢割の上に こしなは あみがさ 冷たいものが、飛び上るほど齒へ浸みた。 腰繩を着けられた、六十恰好の老爺が、編笠に顔をかくして寒さに うまだてば ふる まや 「中でも好く、その男に連れられて、馬立場の馬屋が並んでる町は顫へながら馬屋の前に立たせられた。 づれの或る通りを歩いたものです。片側はズウと街道に沿うて、三 文一の父は唇をプル / 、顫はしながら、憎々しさうにその盜人を 四町の間馬屋ばかりです。その前を素通りしながらゲルヘルトは暗睨み付けて居る。軟かに警官の訊問するのを齒痒がって聞いて居た ひづめ こら どこきん つひ 闇の中で馬の蹄の音や鼻息を聞いたゞけでも、これは何處産の馬と が、終には怺へ切れなくなったと見えて、 不思議にあてました。馬屋の向合ってる窓の低い家々には若い黒奴「何んだ、そんぢやその前の晩から物置に忍んで居た。太い畜生 かれ やと うつ にら はがゆ しやペ
「成程。然云ふ即山かーー・・些とも氣がっかなかった。」 「恰度僕等の身躰と同じ事さ。少し何か爲ようと思ってコッ / 、コ ッ / 、始めると直ぐ倦怠になって了ふーー少し動き出すかと思ふと 直ぐ留って了ふんだ ! 」 「供はとう 2 \ 古道具屋を追出されたよ。」 「永久に留ると、それが死か。」 「ふーむ、如何して ? 」 「さうさ。ハノノハ」 「やつばり病氣を厭はれたんだらう。」 「麥がすツかり大きくなったね。」 びつくり 「さうか : : で、如何した。」 あさかまち : お、吃驚した : : : 何だと思っ 「靑々して眼が覺めるやうだ : 「淺嘉町の下宿屋へ移った。」 さっなり 「あんな汚い家より下宿の方が淸潔して氣持が好いだらう。」 「麥の中に下りて居たんだねーーー澤山な雀だなア。」 「氣持は好いが、どうも調和しない。」 「二人の足音に驚いたんだね。」 「何故。」 「供は人間の發物だらう。古道具屋の二階が非常に好く調和して居「どうだい、あのパアー〉と飛び立っ時の勢の好いこと ! 」 「一羽一羽の翼一枚一枚に活動の氣が充ち滿ちて居るねえ。」 たのさ。」 「病人はつまらんねえ : ・ : つまらん : : : さう云へば君んところの店の正面の柱にポンポ 「全くつまらん : ン時計の古いのが下ってたね。」 「うん、あるよ。」 「面白い事を發見したぞ。」 「僕はあの時計が不思議でならないのだ。」 「何だ。」 ねぎばた 「ふーん、如何して。」 「ほら、此邊は左が麥畑で右が葱畑だらう、それから其先は左が葱 「君の處へ遊びに行く度に彼の時計の針のある處が異ってる、それ をととひ をか 畑で右が大根畑だらう、又共先は左が大根畑で右が麥畑だらう でいつでも留ってるのだから怪しい。一昨日三時の處に留ってるか : ・や、また と思ふと、昨日は十一時半の處に留ってる、と思ふと今日は又六時百姓は色の調和を考〈て畑の區劃をするのか知らん・ = 佛法の人が潰って來た。」 廿分の處で留ってる : あひかはらず わけ 「不相變歌を唱ってるねえーーー・カのある聲だなア。」 「うん、あれかい。あれには理山があるのさ。」 せいき 「自然の生氣と調和してるねえ。」 「へえ ? 如何云ふ : ぢゃうふ 友 「壯健な人は好いなア。」 「何も不思議な事は無いのさ。客が來て『あの時計を』と云ふだら おやち 「ほんとに壯健な人は好い : う、すると老爺二つ三つ螺旋をかけて動かして見せる、客が買はず うっちゃ に歸ると其儘放棄っとく。素より怪しい器械なんだから直ぐ留って あくるひ 「隨分足の早い人だねえーー最うあんな霆へ行って了った。」 とこ % 了ふのさ。翌日又客が來る、又動かして見せる、客が買はずに歸 「長いコムパスを開いて、トットットットッと歩いてく處を見る る、又留って了ふのさ。だから毎日異った處で留ってるんだ。」 ルした 「また明日。」 きら さカ わち ここいら
1 る。もう一枚の方には ( 上手 ) お君が坐って、・ヒイル箱を臺にして、 て。それよりゃあ十錢でいくら來るか教へて貰ふ方が好いや。 小學校の學課の復習をしてゐる。 お君 ( 乂次ぎを讀む ) 「日間ニ犯圓トル人ガ 4 日休ミマシタ。スル 遠くに工場の汽笛だの、電車の音だの、物賣のだのが雜って聞える。 トイク一フトリマスカ。」 初夏の夕暮。 お絲 ( どなる ) もうよさねえか。お君。ふんとに氣の惡いことばか り書いてある本だな。そんな本はうっちゃっちまへよ。四十二圓 お君 ( 聲を出して讀む ) 「アル家デ 9 斗ノ米フ日ノ間にタベタ。ス ルト 1 日ニイクラヅッタベタデセウ。」 ( ちっとも考へずに、直ぐ顔 だなんて聞いただけでも氣持が悪くならあ。四十一一圓取れりや、 を上げる ) おっかあ、いくらだらう。 四日や五日休んだって何だ。 お君 ( 本をふせて、母親の側へ來る ) おっかあ、何そんなに怒ってる お絲おいらにそんなことが分かるもんか。お前、學校で敎はって んだ。おいら勉強してるんちゃねえか。 來たんだらう。 つじうら お君だけど、あたい分からないんだよ。敎はったんだけれど、九お絲勉強なんかしねえでも好いよ。それより早く辻占でも賣りに 行きねえ。 斗の米ってのが、あたいにはよく分からないんだよ。 お君ああ。だけど、おまんま食べないと、おなかがすくもの。 お絲九斗の米ったら、お前大變だ。内なら一年ぐれえあらあ。 お絲おまんまなんか、歸ってから食・ヘりゃあ好いよ。 お君だけど、それを三十六日に食べたんだとさ。 にんす お君でも、それぢゃあおそくなるもの。それに、こなひだのやう お絲おっそろしく食やがったな、よっぽど人數が多いんだらう。 にお巡りさんに捕まりでもすると、夜中までなんにも食・ヘられな お君だから、一日いくら食ったんだらう。 いもの。 お絲分からねえよ、おいらにや。自分で考へるが好いちゃねえか。 きんらやく お絲お巡りに捕まるのは、手前が間抜だからちゃねえか。 ( 巾着か 人面白くもねえ。九斗の米をたった一月で食っちまふなんて。 せんべい ら銅貨を一つ出す ) さあ、一錢やるから、腹がすいたら煎餅でも買 お君 ( 諦めて又次ぎを讀む ) 「 1 圓デ 2 升 5 合ノ米ハ 5 圓ディクラ - 買 って食・ヘるが好いや。 へマスカ。」 お君 ( 銅貨を受けとって ) これちや一枚ッきや買へないよ。 ( 又直ぐ母親の方を見る ) おっかあ、いくら買へるだらう。 お絲一枚で澤山だ。澤山賣って歸って來たら、おまんまをどっさ お絲うるせえな。何だい。 り食べさせてやるよ。 お君一圓で二升五合なんだとさ、そのお米が五圓でいくら買へる か〒 お君けふのお菜何だい。 って言ふのさ。 お絲まだ分からねえよ。 お絲知らねえよ。おいらあ五圓なんてお米を買ったことはねえか ら。 ( 絲をつなぎながら ) ふんとに厭なことばかり敎へやがるんだお君あの鍋ん中は何だい。 お絲お湯だよ。なんにもへえっちゃゐねえんだよ。 な。學校ってところは。 お君 ( あたりを見廻す ) おっかあ、お鉢何處にあるんだい。 お君でも、これは算術のお稽古だから爲方がないよ。 お何のお稽古だか知らねえが、もう少し役に立っことを敎へやお絲しまってあるよ。心配するにゃあ及ばねえよ。 ( 少し聲を落す ) ふんとに可哀さうになあ。 かりや好いぢゃねえか。 ( 獨言のやうに ) 五圓でいくら買へるなん
4 てるんだな、駄目だよ最う、費って / 、の揚句だから、今では藥代らべる。 さ、納めかねてゐる位だもン。」 まらごめ お作は、その銅貨を帶の間に深く挾んで、 「私得米を賣ったら好かんべ。」 「んではな、後になったら生きの好い、うみたての卵を三つ持って 「私得米 ? 」 來てやるぞ。主の事だからなりたけ大きな所を負けて置くべさ。だ なん 「さうさ、今度のやうな事の役に立てないで、溜めてばかり居てもけんど、俺ア嫁に話して駄目だぞ。あいらはウと吝いんだから、 何にもならない、賣れよ , ・ \ 。賣るなら俺ア好い商人世話すべッち何んだの彼んだのと云ふに決ってる。」 ぜに 、もっきり だま 「主はまたその錢で、盛切 ( コップ酒 ) でもひっかけるんだべえ。」 「主は何日でもそんな事、俺ア驕すべえと思ってるんだ、何日だか たのもしゃ 「は又はゝ又。」 の賴母子屋のやうな人だべえ。」 と齦を見せて大口に笑って、 「あれ、本當だよ / 、。」と、いそがしく顔を拭廻して、「本當に買 まけ はりしゃう 「俺ア命は酒だ。酒さ〈飲むと何日も正月よ。主なざ若い時から辛 負の人だぞ。河原町の針庄の店に居たんでな、今度新見世を出した抱して、身錢ばかり溜める氣になってるから、心の臓が鬱して、そ とっ よ。賣る氣あるだら那の人が好いぞ。」 いで、そんな病氣に憑かれるんだ。早く癒って、湯治にでも行っ もっきり 「今の相場は何んぼ位だ。」 て、些っと盛切の味でも覺える事さ。」 「さア、俺ア好つく知らねいけんど、六十錢位なものたペ。」 「俺ア何ぜうしても、そんな氣になれねいよ。損な性分だな。」 「然うかな。」と、ポンヤリ何か考へてる。 「そんでも、錢があるから好いペッ。」 「明日行ったら好く聞いて來んべえ。」 「なんのあるもんで、主は馬鹿ばし云ってる。」 病人は何とも云はなかった。熱も少し減いたやうだ。 と不快さうに、ムッとした調子で僕を見る。 今度は病人の方から、「お作、主の家に卵があったけな。」 「あるぞ / 、。新らしいのがある。」 「少し讓しんてくんねいか、三つばかりで好いから。先生様に聞い 南小泉村に引移って四五日目。是非一度は顏つなぎの酒振舞をひ たら、あれの半熟が一番養生になるとよ。」 らけ、少しを吝んで村方の氣受を損じても不可まい、と、石岡 ( 僕 しき 「主の家にや無いのか。」 こなひだ の間借して居る家 ) の主人が切りにす又める。自家で拵〈ればお膳 「此間來た卵買に、みな賣 0 て了ったもんで、そいに、一「でも貰は一人前三十錢位ですむ、酒も五合宛あれば好い。鉾だけは些と かくやす って食ふと、おやぢの顔惡い事と云ったら無い。あいらは俺アのと タ遠くとも城下の何屋から買った方が格廉であると、色々算盤を取っ ぬのを待 0 てるのだからな。何うか、これだけがな讓してくれろてくれた。人數は = 一十幾人、これも一 ~ 名前を書出して見せられ ゃ。」と肌付の小袋を出して、その中から銅貨幾枚か出して渡す。 た。で、本院とも相談の上、何日、開院の披露の宴を張る事にした。 おもだ 米なら五合も入りさうな小袋で、長い紐で首にかけて居る。傍に寄 それには先づ、招待ながら村の重立った家を此方から廻ったら好 ったら肌の匂ひが染込んで居さうだ。 ちょい からう、見識振っても在鄕は通らぬ、腰を低くする事だ、と隱居の 序に僕への診察料 , ーーを些と考へて、 白銅三枚を疊の上、な指圖である。中にも水車の五兵衞は村の若者豌、衞生係を兼ねてる
にまちがね 「然うでがすかね。人間にも矢張りそんな事が御座りすかね。」と 6 た私得金を出すなアこんな時なんだぜ。」と眼を細くして、面白さ カらか 眞面目に聞いて居る。 うに揶揄って居る。 いもなへ ぬか 向うから芋苗の天秤をユサど、擔いで來るのはお作婆さんであ 「馬鹿婆ア、何吐すんだ。」と冬三は小聲で獨りプッ / 、云って居 むかばらた る。出過ぎもので話好きで、人は好いが、向っ腹立ちで村の通り者る。 つ、くる やさま である。これを一括めて地方の言葉でお十八夜様と云ふ。最う六十 お作婆はそんな事に御遠慮が無い。「それに主は一體に氣弱いか うぬら 越して髮の毛は眞白だが、何時も元気の好い、歌好きな婆さんであら駄目だ。まア奴等ア家見ろよ。玄吉一人が殿様の胎でもあんめ とりあげ る。賴まれて村の産婆をして居る。 え。何んぼ總領だッて餘りと云へば方圖のあったもんだ。自分ばか 相變らず向うから立停って聲を掛ける。 り木の股からでも生れて來たやうな面付してけつかる風が俺アには せんあん 「先生様、何所へ御座るね。河原町へ女郎探しに行くにや未だ時が面白くねえ、何故グン / 、云ってやんないのだかな。」 まはり たかはツつけ 早かんべ。」と周圍關はぬ高張付である。これに係っちゃ誰れでも 「そいは何も俺の知った事で無え。」 勝てないのだ。 「知った事でねえ ? そりあ主が腑甲斐ないからだ。俺もこの家の なあに 「何有、黑瀧の病人見に行くんだ。餘程悪いやうだから。」 伜だからって威張って見ろ、それで好かんべえ。四の五も無い事ッ 「あれもはア大概にしてお暇したら好かんべえにな。あ乂して助か やきもち すゐ ってたツて何んになりすけな。嫉妬で骨の髓まで燒けてるんだも 「俺ア最う行ぐよ。」 ・こふ の。業の惡い婆さんさ。」 冬三は路傍にクン / 、して居る豚どもを呼集めて、堰の方に歩き 「然うも行かないさ、だれだって生命は惜しいからな。お前だって出した。 まだノ \ 死んで行く氣はあるまい。」 「あれだもの。一生冷飯喰ふやうに出來てやがる。」と蔭から惡ロ 「私は何んとも思はないね。本常にしゃ。死ぬなア壽命だ。何んぼを云って居た。 醫者の藥でも壽命は動かねえからねし。」と腹をか又へて高々と笑 「それぢゃ。」と僕も行過ぎようとするのを、婆さんは又捉へて、 せんあん ばあ めくり 上げて、その涙を溜めた目を冬三に向ける。 「ぢゃな先生様、黒瀧さ行ったら、媼さんに好い加減に目繰見ろと 云って下んせよ。」 「冬三あんこ、何んとしたぞ。何時會っても影薄いなア。好い若い 者が何時々々まで豚のがんがくでもあるまい。此一一とシッカリしろち 「本當に云ふぞ。」 えや。」 「好がすとも、誰が云ふんでもない、お作が云ふんだ。本當に云っ 「何んでも好いよ。何時でもこんな事ばし云ってる。」と冬三は厚て下んせ。そいから河原町の方だがな。」 とんが うつむ い唇を尖らかして、赤くなって俯向いた。 「最う好いよ。」と僕は歩き出した。 「お吉の方は何ぜうした。主の云ふ事を聞いたゞかな。」 僕の後姿を見て、婆はアハイ、と大口を開いて笑った。 「俺ア知らねえ。」 しは いろ 「憤るな、憤るなよ。全體主は吝いから駄目さ。情婦は握り拳で出 黒隴の病人は相變らず好くない。滲出液はもう第二肋間まで昇っ 來ねえ、半襟の一掛けも奮んで見ろよ、譯の無え事だ。貯めて置い て居る。心音も微弱である。病人はそれでも強情を張って、傍を めろ をき
平八郞 ( 嚇ッとして ) 鄕左、來い、坐れ。 が若し反對に西組與力に何か失策があって、われ / 、東組から支 河合 ( 立ったま人 ) 何か御用でござりますか。 配役を出して、彼方が組替の恥辱をうけるやうな場合であるとし 平八郞えゝ、坐れ。 たら、貴公等は果して中齋に奉行の不法を訴へてくるだらうか。 河合 ( 忿然、對坐して ) 坐りました。 來ないぞ、必らず來ない。 ( 微笑 ) みな心私かにわが組の手柄と誇 平八郞 ( わが脇差を前に置き ) これで跡部を斬って來い。 って、西方の難儀を悅ぶこ乂ろがあるだらうと思ふ。して見れ 河合何んです。 いきどは ば、悅ぶものも悲しむものも、共に私情、私慾だ。正義に發する すうひ わしさっ 平八郞男子、憤りを口にするとき、手すでに刃を拔いてゐる筈 震性ではない。寵辱に驚き、禍輻に趨避するの愚は、既に俺は剳 だ。それほど跡部の所業を憎むなら、何故彼の役宅に踏み込ん 記中に蒙を啓いてある筈だ。「這裏、微かに禍輻生死の念の在る で、死をもって彼の非を責めないのだ。危きを見て命を致す、聖 あらば、則ち格物の物字、決して分曉明白なること能はざる也。 敎の文字を何んと讀んだ。 如し其念なければ既ち心、解了す」と、書いてあった筈だ。若し 河合、無言、平八郞を睨む。 おこな 跡部が大法を紊して、無謀の組替を行ふならば、その時こそ立っ ていたらく 平八郎行ひて遂ぐる能はざるは恥なり。又、怒りて威なき者は犯 て斷然として爭ふのだ。風説にうろたへ愁訴哀願の爲體は、われ さる、とも云ふ。貴様は跡部と差し違へて死ぬ決心をなす時、初 けふだもの からわれを卑屈して敵に威光をつけるやうなものだ。行ふには自 めてその言葉を發すべきだ。怯懦者。 から時がある。時機だ。 河合 庄司 ( 深く頷首いて ) 然う仰しゃれば、事の米然に騷ぎ出して、却 平八郞怨誹の言は婦女子すら恥辱とする。汝の如き者は、得に得 って破綻を招いても困ります。 て義に失ふ小人だ。一同も然うだ。貴公等は、最後には、跡部に渡邊こりや少し : : 。輕率でしたかな。 謀叛するだけの確信あって、今それを中齋に迫るのか。たゞ、自平八郞渡邊、貴公の老功にも似合ない。跡部にその英斷あると思 家頭上の利害のために紛擾して、天下の災變のために憂ふるとこ ふのが間違ひなのだ。は人はゝゝ。先づ、これは中齋に委せて置 ろを知らぬとは何事だ。心を太虚にして良知の心眼を開け。眞に け。跡部とて、平八の癇は江戸から聞いて來てゐる。そんな ( 憂慮すべき大事は、天下蒼生の上にある。數年打ち續いて天變地 ポ將棊はさすまい。は乂はゝ乂。瀬田、小泉、どう考へる。 妖、災害ならび臻り、昨夜も天文を案ずるのに、殺孛西北に出で瀬田さやう・・ = = 時機は深く考〈なければなりません。 て簽惑の見はるゝは、殺伐爭亂の氣が既に國内に動いてゐるの平八郞小泉。 ( 頤にて河合を指し、快然と笑 0 て ) 序でに、こいつに だ。現に先々月は甲州にも暴民が一揆を起し、近く南部領内にも 頭を下げさせる方法はないか。小膽者の剛情ほど腹が立つものは 平 百姓騷動が起りかけてゐるといふではないか。おのが損得利害の ないぞ。 ために、天下の憂患を打ち忘れてゐられるか。 一同、微笑。 一同、肅然として聞く。河ム只俯向く 河合 ( 頭を上げ ) 先生、手前はまだ、御詭に服しては居りません。 % 平八郎 ( や、聲色を和らげ ) おれとて組替の話は愉快に聞いてゐる平八郞斯う云ふ執拗だ。はゝはゝゝ。 のではない。が、然し、一段の工夫を要するのはこの時だ。これ河合わたくしには始終疑問でございます。先生は何故さう切迫し さつぼっ とくえ ひら びそ
をなごぶつぎ あんた こきおろ 「なアに、貴方。あの女子が物木取ってこれを撲るなア今日に始ま は、袂で顔を拭き / 、病人を貶下して居る。 はる この母に較べると、伜の嘉吉の方が遙かに痩せ袞へて老けて居った事でがアぜん、これが又、手付け法の無い馬鹿だから、始終手 ごふざらし あごとが おやち る。ロの小さな、顎の尖った、狐面の親爺である。煮でたやうに眞足に生傷が絶えないのしゃ。到頭こんな業曝し爲やがって。そだか やかま いびき やかま ら俺が出して了へ出して了ヘッて、喧しく云って居たんでがす。」 赤になって、ガア / 、喧しいほど大きな嚊を掻いて寢て居た。 てうなう はねお 手斧で撲たれた時は撥起きて「俺殺すか。」と叫びながら、妻のと年寄は白い目して嘉吉の顏を睨み付けて居る。 みつがめ 手から、兇器を奪取って、それを水甕の中へ投込んだ。そして、暫「一體、夫婦仲は何ぜうなんだな。」 てうづ 「何ぜうなんだがね、俺ア見ねえやうに爲てツから知りまぜん。」 く蟲の息に倒れて居たが、急に手水に行きたいとて柱につかまりな のめちま がらソコ / \ 縁側まで出て前に躇っ了った。その時鼻血が出た。そ 「何んぼ見ないやうにしたツて、貴様。一つ家に居るんだもの、解 して、それ限り正體が無かった。母親と娘はおまさに馬乘りになつらないって事はあるまいが。」 年寄はマジ / \ して巡査の顔を見て居たが、 て居て手を離せなかった。 「そんな事、俺アに聞くより當入のおまさに聞いた方が好かんべえ 「厭んだ、厭んだ、厭んだ。」と臺所で、おまさの泣叫ぶ聲が聞え に。」と不興らしい顔してプイとそこを立った。 た。ドタ / \ と三四人の重い足音も聞えた。巡査は顔の汗を拭きな とら 久保巡査は今度は娘を捉へて色々の事を聞いたが、これも要領は がら入って來て、 ひと 「馬鹿力と云ふが本當にひどいもんだ。そして怪我は何うだね。」得ない。。ホカンと口を開いて他の顏を見てるばかりだ。 「何しろ、大變な女子だからね、君。」と巡査はクス / \ 笑ひなが と息を切らして居る。 おやら いのちど ら、「それで馬鹿と來てるから始末に行かないのさ。老爺も苦しが 「存外輕いやうです。生命が何う斯うなんて事はありますまい。」 わざよそ って、一升買って村の若い者とも賴んで、自分は故と餘所へ泊って と答へて、僕は應急の手當をして兩腕にカンフルの注射する傍へ寄 見たりして見たが、矢張り駄目なんだ。他人にや何んの事もないさ って來て、 まぶた なうしんたう 「腦振盪だね。」と巡査は眞赤に充血した眼瞼なぞ仔細らしく檢べうです。で、機嫌さへ好くして居ると、好く稼ぐ女でね、田仕事な どは他の二人前も働くけれど、さもない時ア、そりや大變だ。もう て見て居た。 「そして、おまさは何ぜうになるんでがすね。」と年寄は巡査の前働きもしないかと云ふからあね、始末に行かないよ。何うだね、 君、世の中にやたまげた奴もあるだらう。」と妙な笑方して、僕の では肌を入れた。 肩を叩く。 「何うッて、貴様。兎に角警察へ連れて行ってからの事だ。」 ぶち 臺所の方でドウと笑聲が聞えた。そして、誰にか逆らふおまさの 「撲殺して下んせ、構はないから。あんな奴。活かして置くと惡い 村 泉から。駐在所さへ無いだら、俺が撲殺してやる畜生なんだ。」と頭鐃い喋り聲がする。 「主ア未だその氣で居やがる。畜生。」と荒れ狂ふ年寄の聲も雜っ を振って憤って居る。 南 ものさし 穩和な久保巡査は醫者に堅く禁められてる卷烱草をポケットからて聞えた。ピシリ / \ と尺度のやうな細いもので撲つらしい。 あくび 「未だ、中々間があ . るな。」と巡査は欠伸しながらニッケルの時計 礙出して、疊の上の二分ランプから吸付けながら、兇行の原因と思は 2 を出して見て居た。 れる事を、小娘や年寄からソロ聞出して居る。 ひと