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検索対象: 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集
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1. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

イ 05 火山灰地 ・ : さ、みんな元氣出して、いま一廻りまはれや。 やるところはな、昔ここのアイヌが日高アイヌと鬪って、血で沼秀松 子供たちえいや、えいや・ : の水が : 秀松よせ、よせーーー誰あれも行きやしねいからな : 踊り屋臺、再びぎいっと向きを變へて、國道を進んでゆく。群集、ぞ ろぞろついてゆく。 寺町 ( 英馬を認めて ) あ、泉ーーー君は、先生といっしょに來るだら 泉の夫婦は、當惑した顏を見合せ、何か言ひ爭ひながら、屋臺のあと う。な。 を追ふ : 英馬やだ、おらーー先生、やだっちふに : ・ 眞 ( 吉滿をよびとめて ) ゃい、おめい、澤のもんだペ。 寺町どうしたんだ。君は、一遍も先生のいふことに : 由三郎んだよ。 秀松よさねいかい、こいっ : 眞次けふだら、市街地の祭りだもんな。澤のやつらに、大つきな 若者 1 つくそう、しつつこいど。 ( 突きとばす。 ) 面して貰ひたくねいな、あんまり。 ッタ ( 冷笑を浮べて ) この先生ぐれゐ、ま、猫の眼みていに變る入 くび もあるもんでねいよ。おっかあ馘んなるちうて縮こまってゐたか由三郞えいんでねいか。 と思へば、この頃だら市橋なんど出はひりさせてえーーー大方、こ眞次えくねいって。あれから急にきびしくなってな、なんぼ迷惑 したか知れねいど、農場のはうも。ーー木炭部の炭、ただ賣りな れも、ふつこまれたんだべ・ ばばか んどしやがるもんでな : 寺町莫、莫迦なことをーー僕は、ただ純眞な子供たちに、かうい 由三郞おら、知らねいど。文句あるだら、治郞の莫迦やろさ言っ ふ祭りの氣分が : てけれ。 若者 1 うるっせい : 若者 2 どこに、この野郞ーー・さあ、來ねいかい。 ( 首すちをんで、左市ま、よせ、よせーー、構ふな、こったらやっさ : : : ( 爭ひなが ら去る。 ) 引きずって行く。 ) 喧騒と罵聲 : ・ 舞臺、やゝ人まばらになる。ッタ子と子之吉の立ち話。ーー船津いし が戻って來る。 ッタ構ふことねい , ーー始めなせい。 いし奥さん、いま市の新聞瓧さ聞き合せましたどもな、けふだ 再び、三味線と太鼓。 ら、そったら催し、どこにもねいちうて : 唄と踊りタぐれに したら、まっとほか當ってみるもん ッタ融通きかねいなあ。 眺め見あかぬ隅田川 まっち だ。わしら調べたら、角立っちふに : 月のふぜいを待乳山 んだら、分かるものか、分かんねいもんか : いしへえ。 帆かけた舟が見ゆるぞえ ( 再びそそくさと去る。 ) あゝれ、鳥が鳴く、鳥の名も にがて 子之吉 ( 用を言ひつけられて ) 苦手だなあ、おら、あいっ : 都に、ゆかりがあるわいな : ばか ッタ莫迦いへって。 ( 參道〈去る。 ) ( 歌詞は、古いま人に。 ) 子之吉、往來の一方へ。 屋臺をかこんで、群集のどよめき、ひとしきり。 かどた

2. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

392 英馬知らねい。 ( ふりもがいて ) おら、もう行くど : 寺町は、は、は : : : まあ、さうだな。 、村が税金を 寺町玉樹が、タンクぞひに、英馬を探しに來る。 ちゃんと納めてくれないと、國庫の補助金さへ、僕らの手に・ 機械場から、波多野、職工 1 が出て來る。 寺町 ( みつけて ) あ、泉、ーーー・歸らう。だめだ、けふは・ : : ・ ( キミ としのに ) ゃあ。 寺町 ( みて ) ちゃ、失敬。ーー泉、行かう。 キミ暫らく。 先生、英馬さん、しのちゃんと口利いてもいいキミさよなら。 でせう ? しの ( 無言のまゝ目禮。 ) ( 悟って ) いいともさ。 寺町え ? 寺町と英馬ーータンクぞひに、正門のはうへ去る。 英馬 ( しのに ) おめい、何、いたづらしただあ ? 道で泣いた職工 1 ( 波多野に ) したら、ま、えいやうに言っといてけれや。 ことかあ ? 波多野參るよ、けふは : : : ( 事務所へ去る。 ) しの ( 分らずに ) 何んだペ ? 職工 1 ( 舞臺の蔭へ ) 行くど。 ( 再びポール、白線をひく。 ) 英馬したって、お父う、しのちゃみていないたづらもんねいちう 二つと投球がかはされないうちに、相良組の職工・森田音造が出て來 る。 てるどーーー家さ來たっても、もう、は、入れねいちふど : しの ( 無言。 ) 音造こんちは。 英馬だども、おっ母だらな : ・ 職工 1 ( みて ) 來たな、木工場聯合の應援團が。 いっちゃう 寺町 ( 困って ) 泉ー・ー、もういいーー歸らうな、ぢや : ・ 音造應援團 ? んだら、一挺、おらに抛らせてみれ。 ( ポール をうけとる。 ) キミ先生、どうなさったの、鉛筆のこと。 寺町あゝ、噂、聞かなかったかね、校長とまた喧嘩しちまって 野積みのそばのもとの位置に返って、キミとしのは、話しつづけてゐ る。 ね。 ここまで、それが響いてるんだ。 キミあゝ、さう。 音造 ( あやしげなモーションで投球する。 ) 池くへ 寺町怪しからんのだがねえーーーといっても、僕が駒井のとこなん職工 1 ( ポールの行方を眼で追って ) わあっーー危ねいー ばか かにーー、そりや賴みに行くはうが莫迦なんだがーーー何んしろ、渡職工 2 ( 聲だけ ) ほう、つくそう。 るもんが渡らんところへ、おやぢの件でねーーあ、あの節は、君音造 ( 首をちちめて ) あ、えかった。 にいろいろ : さっ 職工 2 ( 聲だけ ) 馬の土手つ腹さぶつけてみれちふんだ。 き、あばれ馬、出したばっかだど。 キミいゝえ、あれつくらゐ。實驗場のことで、わたし、とっても せがれ 迷惑かけてるんだし : 職工 1 は、は、は : : : こいつの倅だら、あんまり運動經ねい な、負けるわけださ。 寺町 ( 苦笑して ) 迷惑か。いや、あれをさう思ったりする僕だから だらうがーーー駒井へ行ってから、急に僕がアヤ子の面倒みなくな音造は、は、は : : : ( 笑ひやめて ) えれい眼みたよ、おらーー若 けい檀那の出してけれた分、まる損だもんな。 ったなんて言はれちゃ、意味をなさんからね、全く : キミ知ってるわ、せんから嫌ひたったちゃないの。 音造、何か職工 1 に囁く。職工 1 、舞臺のかげの 2 を手招ぎして、三

3. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

35 イ 龜太郎仕方ねいーー譯はなすべーーおらーーおら、運わるいば もねいもんまで卷き込むちふのが、氣にくはねい。おら、救農工 あのまんま、警察さ擧げられるとこだったんでねいか。 事さ出て、腰から下、莫迦んなるみていな冷っこい思ひしてな とく警察 ? また嘘こくんでねいべな。 それも、米一粒だっておらのもんになるでねいしーーやっと 龜太郞女に金もって逃げられて、店仕舞ったとも、まさか、言は 歸えって來りや、このつぎの檢査にや炭渡すなって、頭ごなしに れねいべ。 だから、國さ歸る旅費なくてちうて、言ひ譯いっ いふんでねいかい。つくそう。横っ面二つ三つぶつくらはしてけ たんだどもな : : : 三日も、もの食はねいでーーっい、玄關先さあ るべかと思ったんだってー・ーー父つあんのまへだどもな。何んだ ったラッコの外套を : ・ べ、今ごろ、製炭單價あげてけれの : とく盜んだのかね、どこでね ? 治郎、いらだたしい様子で、ひき返して來る。 龜太郎佐竹とか言ったべかなーーあ、この話、賴むから、治郎さ默治郎能勢だな。この野郞、自分ひとり勝手な眞似こいたら、どう っててけれなーー・何んでも、商工會議所の副會頭とかっちふ : ・ もかうもなんねいんでねいか。 とくは、は、は : : : よしなせい。宛名も分かんねいとこさ、手紙喜代治何んだと。 出せるもんでねい・ヘさ。 治郞木炭部だって、見れ、おめいの腰弱えこと、ちゃんと知って 龜太郞いや、家さ行けば : ・ るからな、窯前檢査、まつつあきにおめいとこから始めたんでね 炭燒・能勢喜代治が、僑をわたって來る。二人、ロをつぐむ。 いか、見つたくねい、えい齡こきやがって : 喜代治 : : : 治郎、ゐねいかね。 とく喜代治さんだらな、おめいの横っ面二つ三つはたきていって とく何んだね ? 喜代治父つあん、あんたでも歸ってゐねいば、おら、唯置くとこ治郞 ( とびかゝって ) 何、この野郎、やるだらやってみれ。 でねいんだって、あんつくそう。 喜代治亂暴するでねいちふに : わし、ちか頃の様子、何んにも分んねいもんでな けふ 龜太郞 治郞さ、行って、市橋さんさ詫びて來い。行かねいか。 だら、メッケ地主、橇もって來ねいからな。この次ぎ取りに來た 何んで、あんた、腹立てたか知らねいけんどーーーまあ、勘辨して ったら、ちょっくらちょっと渡すんでねいど。えいだか。 下さヘーーーもうすぐ居なくなるやつだもんな。 喜代治そこだってえ。 あんつくそう、自分ひとり上川さよば喜代治無茶でねいか、おめいらこそ、人の留守に、勝手な話し合 れて行けば、飯のくひはぐれねいかも知らねいどもなーーいって ひつけやがって : とっ い、父つあんとこ、訴訟どうなったね ? 治郞いってい、誰のおかげで、おめい工事さ出られたんだ。組長 龜太郞それがなあ、今も : の市橋さんがな、おめいとこ、いっとう困ってるから、米納めて とくやめなさい、あんた : ・ ( 喜代治に ) わしらにや分んねいか 下がり減らせちうて、ほかのもん押しのけて出してけれたんでね ら、治郎さ話してくださへ。 いか。さ、行って、あやまって來い。 それとも、野郞 : 喜代治だいたい、おめいとこ土地とられかかってるし、自分は出喜代治行くったらーーーもう、は、やけだ、おら : はふはふ て行くし、なんぼ暴れても損こかねいべけんどな、そこさ何んと 喜代治、這々のていで逃げ去る。 しゃ

4. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

おいとこ、かやせ。 祭りも出來ねい。 はら、も一つ、返やせ。 いし ( ストーヴ ( 寄って ) さうそ、わし、をかしくってねえ。この とこ、しよっと。 よう 人だら、行列とまると、すぐ面ばおでこさ押し上げて、煙草吸ふ まっえは、は、は。 んでないの。 八十八あんた、發句のこと、くはしいべ、新聞の人だら。早川の秀松うるせいなーー・おらとこ、救農工事の溜り場でねいからな。 二人とも。 出てって貰ふべ うめいのかね、こった たばこ 檀那がな、短册書えてけれたんだども おめい、第一、船津つあんの人、誰 らやつあ。ーー・えとーー・面のけてー。ー何んちうたつけなーー真を八十八 ( 喜代治に ) 見れ。 も識えてゐねいんだペ。面厚いな。 だはん 吸ふやーー天狗さまか。 秀松しめいに、おらが、飯場から談判こかれつからな。 三宅天狗さま ? おら、澤の能勢ちふも 喜代治 ( 秀松に ) どうも、すんません。 ーーー何んだっけな。 八十八あ、んでねい。 んで : 堤防のはうから、おなじ救農工事に出てゐる、澤の炭燒・能勢喜代治 ( 二人、出て行かうとする。 ) 八十八行くべ、仕方ねい。 がやって來る。 喜代治 ( 店をのぞいて ) ゐたな、野郞。ーー、長げいしょんべんだな。秀松あんた、澤のもんかね。 喜代治へい。 八十八 ( ふり向いて ) おどかすねい。 聞きていことある 喜代治野郎、ちよくちよく姿くらますかと思 ( ば、こったらうめ秀松したら、ま、えいって、騷がねいば。 んだどもな。 ( 懷から煙草を出す。 ) い穴さへえりこんでけつかったな。 ぞり 罰金だって。 ( 一本、ぬきとる ) 八十八 ( みて ) あれ、つくそう。 わけ 八十八まだ戻らねいべ、空ら橇 ? 秀松澤で、木炭部さ譯話して、炭賣るんだって ? もっと 喜代治空ら橇もくそもあるかって。 , ーー飯場さんが、おめいに、 喜代治へえーー知らねいなあ・ーー・尤も、おら、十日ばっか飯場さ ちょっくら用あるってよ。 泊りっ切りだもんなーー , ・留守のまに、もやさねい窯の天井おっこ 八十八ほんとかい ? っても分らねいべけんどーーーそったら筈ねいべなあ。 ひたひ 喜代治は、は、は : : : ついでに、おらも當らして貰ふペ。ごめん 秀松ふうむーーーしたら、炭燒でな、額さ傷あって、右の眉毛、一一 ( ストーヴのそばへ來る。 ) なせい。 っさ割れてる奴あるべか ? 八十八つくそう。 澤でなら、あいっと、泉とこの治郎 喜代治あ乂、市橋だべ。 たち 喜代治おら、もう、やけだってーー・腰から下、ばかんなつつまっ もた ふうむ、つくそう、歸 ちふの、いっとう質わりいんだって。 灰たど。 ( 八十八の肩〈靠れかかって、ゆすぶりながら : : = ) みそか 山 えったら、張りとばしてけるから。 暮れの晦日だ、 しゃ 秀松治郎ちふとーー・龜太郎さんの息子かい。 水んなか、冷っこいど。 喜代治あんた、知ってたかい、あのお父うー・・ーほれ、小樽さ逃げ 5 親方、ふところあ 2 3 て、阿魔っ子に小料理屋やらしてるとか・ : 花さく五月か。 めん はんば

5. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

え。 よこすべ。ところが、おらあ、飯場から煙草下げて貰ふもんで はじかねいかね、これ。 4 な、いつも一日よけい出ねばなんねい。軍手どころかって : 市橋そらあ、ちっとは、はじくべさ、櫓だもんな。 秀松、一仕事すんで、店さきの臺のうしろに坐り込み、石油讙のきん いし楢の一等品が、そったらにはじくかね ? たま火鉢をしながら、帳面を繰ってゐる。 人びと、どっと笑ふ。 往來の向う側から、澤の炭燒・市橋達二が、メリケン袋をさげて、身市橋こらあ、いけねい。 けんど、まあ、その正直なとこ認め がるに雪の上をとんで來る。 て貰ふべ、は、は、は。今、市價、一圓二三十錢するべ、この邊 市橋こんちは。 でなら。 秀松いらっしゃい。 いしどうだね、あんた : ・ : ・ ( 秀松をかへり見る。 ) 市橋失敬、買ひに來たんでねいんだって、おら。 あんたと秀松 ( それには答へず ) 澤のもんだって、おめい ? こ、炭、置かねいかね。 : ( 見まはして ) ここだら、場所えいし 賣れるべなあ、てつきり。 市橋さうだって。 秀松炭 ? 秀松澤だらーー、早川木炭部の持ち山でねいか。 いがらし 市橋今もな、向ひの五十嵐木工場で、二十俵、註文とって來たん市橋あゝ、それだら心配いらねい。木炭部さ諒解っいてるんだか ら。 だどもな・ーーここだら、イタヤの座敷炭は、いらねいペども おろ どだね、楢の十貫俵、一等品、四十錢で卸すけんどなあ。 秀松ふうむ。 いし ( ストーヴのそばから拔け出して ) ばかに廉いんでねいかい。 市橋俵數かぎって、賣らせて貰ふんだって : : : 心配ねいですよ、 その代り、現金 市橋は、は、は。暮れにつき、大安賣だよ。 なあ、をばさん。 だって。 秀松ま、見合はすべ。 秀松現金 ? どこの炭だ。 いし惜しいことは惜しいけんどなあ。 市橋 ( 袋から炭を出して ) まあ、見本みて下さへ。 おら、澤のも秀松いらねいよ。 んだけんどな、晝ごろ荷い持って來つからな。ーー見るだきや、 いし ( 炭を返す。 ) ただだって。 市橋は、は、は。 まさか、あんた、無斷で : いしどれ。 ( うけとって見る。 ) 秀松いらねいちふに ! まっえ ( 三宅に ) なぜっちふのかい。お祭りんとき、天狗の面ば被市橋さうかね , ーーしたら、荷い來たとき、ま一度、寄るからな、 るから、天狗さんちふんだよ。 考げいといて下さヘーーーお邪魘しましたあ。 ( 去る。 ) くろうと 市橋玄人だな、をばさん、炭みるの。 いし儲かるけんどなあ。 いしなあしてえ ? 秀松莫迦、大體、人相悪りいって、あいつ。 市橋つまんだ手つきで、もう分かるって。 八十八 ( 三宅に ) おら、今でこそ、救農工事さなんど出てえるけん いしかなはねいねえ。ロうまくって、賣りつけ〕ようかと思って どな、こんでも開墾のときからの古顔だって。おらが出ねいば、 なら かふ まう ーーー炭燒だか

6. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

まっえ ( 橋の方を見て ) あれい、もう、は、來たよう。 近づいて來る鈴の音、件奏音樂ーーそれと交錯して、別の方角から聞 えて來る列車のひびき。 ッタ畜生。 ( 往來へとび出す。 ) 子之吉どこさ行くーー船津つあん、とめてけれ、とめて : 秀松待ちなせい、奧さん。 手を放された由三郞、脱兎のやうに逃げ去る。 まっえ、治郎さん、よ いし龜さん、おめい出て留めなせい。 ばってけれ。 そのプランク 踏切の柵、しまる。鈴の音、音樂、俄かにとまる。 のなかを、列車の響だけ、轟然と近づいて來る。線路の兩側から : ・ ばんざあーい、ばんざあーい ! と連呼する聲。するどい汽笛、吹き靡く煤煙。 ッタ ( 身もだえして ) とめてやるだーー・放せちふに。 秀松あぶねい、奧さん。 踏切の柵、開く。再び鈴の音、件奏音樂。 ッタとまれえ , ーー待てえ ! 子之吉出るなちふにーーーどうするだ、馬さ刎ねられたら。 いし龜さん、まっと前さ出て : まっえ治郞さあんーーーあれい、いっとう先の馬橇さ乘ってーー手 綱ふり廻してえ : いし治郞さあん・ : とっても聞えるも まっえあんたのお父う、歸って來たよう。 んでねいださ。 灰ッタちきしゃう、ちきしゃう とまれいーー待てっちふにー 山 秀松あぶねい、奧さん。 降りしきる雪のなかを、鈴の音、件奏音樂、ひときは高く。 3 3 3 幕、下りる。 ここは音樂なく、暗いなかに、タイトルが照らし出される 新年會 ポンポン時計が、五つ鳴る。つづいて、六つ鳴る。つづいて、七つ鳴 りかける間に、タイトルの溶暗と無臺の溶明。 きやをつ 雨宮玲子が、書棚の高い本をとる脚榻のうへに乘って、柱時計を合せ てゐるところ。田舍じみた女學校の制服を着てゐる。 玲子しのや、お茶の間の時計みて。七時ーー何分、正確なとこ ? 前景の橋の袂から、ほど遠くない農産實驗場の構内にある、場長・雨 あきら 宮聰の住宅・ーーその應接室とも書齋ともっかない簡素な洋間である。 白い壁とタモの用材にニスを塗っただけの、曲線のない、無骨な柱や ドアで構成され、雪國に特有の二重窓をとざした部屋は、外界からの 物音を降りしきる雪に遮斷されて、時計が七つ鳴り繆ったあとは、し んと靜まり返った感じである。そのなかに、呟くやうな炭ストーヴの える音。頑丈なライティング・テープルのうへの書類や文房具の堆 積のなかに、實驗場へ通じる構内電話。書架には、農業理論の書物ら しい、いかめしい背文字の羅列。壁ぎはには、ラヂオ、蓄音機、長椅 子など。 天井から、繭玉のゆたかな枝が垂れさがった下に、粗末なテープ . ルを すガラス 寄せあつめた食卓が、純白のクロスを、磨り硝子のシャンデリアの鈍 い光線と、炭ストーヴのほの赤い反映にさらして、つつましやかな要 宴を待ってゐる。 ドアはーー玄關へ、ドアはーー茶の間へ、ドア O はーーー臺所へ。 照子 ( ドア << から、顔だけ出して ) うるさいわねえ。 玲子 ( 脚榻のうへから ) だって、正確に合はしとく必要あるでしよ。 ワ 1 ゐなか

7. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

380 てけれねいちふんだべ : 職工 1 なあに、唐澤のやっ、ロばっか出しやがってな : : : きのふ もな、ロー一フア、平均に噛ませねいから、まんなかだけ減って仕まっえうちだって、さうだよ。 すゑうつかりせば、わし、かねよさんとおんなじとこさやられる 方ねいなんてぬかしやがってよーーー端から減るロー一フアなんて、 わけだったんだよ。 あるもんでねいださ。 おやぢ まっえメッケ地主の周旋でかい。やだねい。 田所 ( 檢査して ) 四等。 父親の秀松と亞廠の納入に來てゐた船津まっえが、馬車だまりから出すゑうん。あのロシャ人のパアだらね。女給來たっても、來るた て來る。檢査場を通りぬけて、女デメンたちのはうへ行かうとする。 んび、すぐ代るちふんだもんね。わけあるべさ。は、は、は : とが また、大空にうち上げられる花火。 波多野 ( 咎めて ) 何んだ、君は : 女デメン 2 ( ふり仰いで ) あれい、ま : まっえあすこに、わし、識えてる人あるんだどもね : すゑ何んだべ、あの花火。 波多野デメンにか。面會だら、事務所さ斷わって來いや。 まっええいんでねいの、あんた、ちょっとぐれゐ : : : ( 構はず、 まっえ知らねいの、あんたーー・・けふ、畜産組合の除幕式あんだよ。 結束場のはうへ行く。女デメンのひとりに ) すゑちゃん。 すゑあ、んだっけえ・ : まっえほれえーーー ( 顴客席をふり向いて ) あ乂、ここからだら見え 女デメン 1 ( すゑ ) あれい、あんたーーーけふ、納めに來たったのか ねいんだね : : : ( 足もとの生莖の束にのぼって ) ほれえ、見なさい、 萬國旗 : ・ まっえうんーーーいま、お父うと喧嘩しちまったんだよ、わし。 女デメン 3 よしなせい、この人。邪魔でねいかよ。 ( 手にもった亞 すゑなあして : 廱の束で、追ひおろす。 ) したつけ、馬 まっえわし、暫らく、ほかさ勤めてあったべ。 すゑ ( 女デメン 2 に何か訊かれて ) 何ちうたつけ、まっえさんーーーえ さ觸はるの、おっかなくてなんねいんだもん。 えとーーーベろんべろんでなし : すゑは、は、は : ・ まっえは、は、は : : : ・ヘルシュロンでねいの。 デメンとり ( 遠くから ) あのなあ、もう、は、水落ち切って : ( ほかのデメンとりに ) すゑさうさうーーそのベル : : : なんとかっちふ種の挽き馬な、と 職工 1 ( 遠くへ ) したら、えいよ、もう : やってけれ。 ( タンクからあがる。 ) っても滿洲で役ん立って褒められたんだちふよ。したつけ、その 構はねい。 種はやらした : ・ : ・ ( まっえに ) 何んだっけ、また ? デメンとりの群れ、空らのタンクに下りて、亞廱莖の立て積みを始め る。暗渠を見に行ったデメンとり、戻って來て加はる。職工 1 、機械まっえイレーネ號だ・ヘ。 場へ去る。 すゑさうか。イレーネちふ種馬の銅像、立たさるんだよ、あん た、すぐそこの産業會館のまへさ。 田所 ( 檢査して ) 五等。 田所 ( 檢査して ) 五等。 關 ( 首をひねって ) はあてね : すゑ ( 結束しながら ) 見るんでないよう、こったら裝ーーわし、後波多野 ( 記入しながら ) は、は、は : : : ちっとばっか氣い許しすぎ たんでないかい。オリンピックではねいどもーーー今年や、レコー 悔してんだよ。したって、おっ母たら、ことしの祭り、何んもし なり たねうま

8. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

2 2 3 あね 聲ーー・姐っこ、智慧あるど。 會社肥料、借りられなくなるど、おらはうの實行組合。えいだか。 庄作、けげんさうに見まはす。 庄作うん。 ( 踏切を越えて、橋のはうへ去る。 ) まっえ ( 笑ひころげて ) えいんでないの、庄作さんだら、まだ知ら河邊 ( 三宅に ) したら、ここで待ってれって。支帰長さ相談して、 ねんだよ、あっは、は、は、は : あんた行くもんだら、自動車で拾ってくから。 河邊頼む。 ( 寫眞機を三宅に渡して、とび下りる。 ) 三宅ちえつ、莫迦にしてやがら。 いし明日の新聞、借りて見なさへ、今のえいとこ撮さってるか河邊 ( 店の人びとに ) ありがたう。 ( 駈け去る。 ) ら、は、は、は・ : 三宅 ( 氣を腐らして、店へはひって來る。 ) 記事とらして貰ひます。 秀松お買ひ物の寫眞載るだら、まづ大臣級だもんな、ふ、ふ、ふ ーーー寒いなあ。一年ぢ 關 ( 庄作を見送って ) 世話やけて、仕方ねい。 ゅうの、錢っこ吐き出したら、腹の底、冷えて來たもんだって。 三宅 ( 堤防の下のところで、河邊と立ち話をしてゐる。 ) ・ ・一旦歸っ秀松えいさ、あんたは。 もう、は、あんたとこぐれゐだべ、 をととし て、驛まで出なほす時間なんかないよ。 さき一昨年の自作農創定から持ちこたへてるの。 ・ ( 話しつづける。 ) 河邊だめだってや。支局長が : 關そらあ、ま、ほかのやつらとは譯ちがふさ。ゅうべもな : したら、 秀松 ( むっとして歩きかけた庄作に ) ついでに、買はねいかい。製糖 ( 向ひの木工場を暗示して ) とめて貰ったべ。雪でな。 會瓧の仕事じめいだら、たんまり持ってるべ ? 大つきい檀那も言ってあったつけ、關とこがうまく行くうちは、 いしな、負けとくで : 地主の賣り逃げだなんて言はせねいってな。 まっえ買って行きなさいって。新聞の寫眞が、嘘になるんでないまっえ ( 三宅に何か訊かれて ) 言はないっていへば、もう言はない びげ の。 よ。あんた ( 髭の手つきをして ) これだら言ふけんどな、は、は、 庄作 ( 答へずに、行きかけるじ 關 ( ストーヴのそばから ) 逸見。 三宅腐らせるなよ。 庄作 ( ふりかへる。 ) まっえあんた、若けい女さ訊くときゃな、齡は ? なんて言ふも 關屆けてよこすちうて、もう屆けねいな。 んでないよ。あんた、齡、幾つって、やさしく訊くもんだよ。 往來に、滿員の・ハスが來て停ったけはひ。 庄作何だっけか。 たんべっ 關亞廠の反別よ。 來た、來た。 ちょっくら待ってけれや。 庄作まだ極めてねい。 女車掌の聲ーー荷物多いば、つぎにして下さあへ。 さうかい。ふうむ。おめいをこ地面ひろ過ぎて、ちょっくら極 關 ( 風呂敷づつみを、片手にあげて見せて ) これだけだ。・ められねいべな。來年だら、亞、五町歩もっくるかい、は、 のに挨拶して、駈け去る。 ) は、は・ : いし毎度ありがたう。 人びと、聲を合せて笑ふ。 バス、しきりにエンヂンの音をさせて、雪のなかを行きなづむけは そうそう ひ。ーー遠ざかる。 關春匇々、屆けねいばなーーー奬勵方針變ったの、知ってるべ ・ ( 店のも

9. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

河邊無しでえくべ、無しで。 人びとの笑ひごゑ。 いし關さんもなあ。この雪で、大橋のさきの鈴蘭橋、反ってな。 小屋の面してゐる道路は、僅かな一部をプロセニアムのなかに見せ ・ハスだら、なんぼタイヤさ鎖卷いたっても、すべり落ちてしまっ て、あとは欟客席のうへを左右に貫いてゐる心もち。その往來の向ひ たもんなあ。 側から、囃し立てる若い男たちのこゑ。 關 ( 眞に受けて ) ほんとかい ? えいど、えいどう。 さっ 聲 いし ( 笑ひ出したい眞顔で ) せつかく銀行さ札をさめてな、關さんも 聲ーーーそったら氣どるもんでねいどう。 ゆっくら寫眞でも撮してえけば、命びろひするとこだったになあ まっえ ( その方角をみて ) ちえつ、木工場のあんちゃん逹だよ。 ( 大 ちふもんだべさ。 聲で ) 見てるんでないよう。早く、倉庫さトロッコ押してきなさ くそ ( 秀松に ) 船津つあん、待たしてけ 糞う。こきやがったな。 あいって。 れな、・ハス來るまで。 また、わあーっと囃す聲。雪玉、一つ二つ飛んで來る。 秀松えいって、えいって。 まっえ憎つくらしいねえ。 ( 大聲で ) ちょっとう。元氣あったら、 ストーヴのそばへ行く。 ここさ出て來なさあい。わしと抱かさって撮すべえ。 まっえ ( 往來の一方に誰かを見つけて、堤防のはうへ、寫眞機をかくせと いし構ふんでねいって、まっえ。 合圖する。そして ) 庄作さあん。 ( 遉い返事。 ) 來なさい、ちょっと 河邊といっしょに、歳末風景の記事をとりに來たおなじ支局の三宅鉞 う。 ( 手招ぎする。 ) 也が、いま買ひものを風呂敷につつんでゐる關爲吉のそばへ寄って 一見して、農民が季節勞働に出たと分かる服裝の逸見庄作が、店さき へ近づく。 三宅あなたも、はひって呉れませんか ? まっえなあして、こゝら、ごろついてんの ? 關かんべんしれや。 三宅笑ひながら買ってられるとこを・・・ーー ( 堤防をふり向いて ) 撮す庄作用かね ? ビート まっえあゝ、甜菜の流し込みさ出てたんだね、あんた。 んだらう ? 關常談だべーー・笑ひがほなんど、新聞さ出してみれってーーひっ庄作きのふで終〈たども、あの雪でな : ・ まっえ手え出しなさい、庄作さん。 ばたかれつから。 っ いふこと違ふ庄作なんだ ? いし ( 吊した籠から錢をわたして ) へい、お剩り。 さあ。 もんねえ、札たまってそねまれてる人は。 まっええいもん上げるから。 庄作何んだちふに ? ( 手を出しかける。 ) 灰三宅さう言はずにーーーどうか : 山 ( 往來の一方をみて ) かうなるちふと、早く。ハス來ねいもんかな。河邊 ( 堤防のう〈から、見すましてシャッタアを切る。 ) 0 ・。 火 庄作のまはりに、どっと上がる笑ひごゑ。向ひ側からも、手を打って まっえ來るわけねいべさ。いま通った下りと、驛前で連絡すんで 囃し立てる。 ねいの。 2 3 聲ーーーうめい、うめい。 三宅 ( 堤防へ ) どうする ? きっ みやけ へんみ

10. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

39 / 火山灰地 物んこう 屋臺のならんだ國道の奥には、水松ゃいたやなどの疎林にとり卷かれ た空き地が、黝い地肌をみせてゐる。そのはづれが崖となって 展望は、はるかな耕地と火山脈にむかってひらかれる。空き地には、 やぐら 夜の踊りのための櫓が組まれ、ところどころ雜草にまじって紅白の萩 が喙いてゐるが、いまはプロセニアムの近くの多彩な點描におほはれ て、眼立たない。 タイトルが照らし出される : さまざまな聲が、ひと塊りとなって、石の鳥居のまはりに渦まく。 アイスクリーム屋 ( 槽をかきまはしながら ) : : : 買へば、どんどん負 けまする。買はないときには、負けらりよか : 部落まつり晝 ノ ーン、燒き立てのパン : ハン屋 ( メガホンで ) ・ 子供 ( 繪本を見ながら、迚れの子供に ) すげいなあ、タンク。こった はやし 音樂は、リアルな里樂の囃子に移りかはる。 らに色塗っときや、飛行機でも分かんねいちふど。 里樂にまじって、物賣りの濁った男の整。 玩具屋眼の毒だよう。買はねい本だら、いつまでも見てるんでね 聲 : : : ゃあ、やあ、これが二つ一錢だあ。あまいところで、一錢 いって。 だあ。買へば、どんどん負けまする。買はないときには、負けらほかの子供 ( 果物屋に ) をちさん、この林檎一錢でえいべ。な、え りよか・・ いべ。 ( だんだん後ずさりする。 ) ちょう 物賣りの聲つづくうちに、タイトルの溶暗と、舞臺の溶明。 果物屋だめだってや。手で弄したら、まづくなるんでねいかい。 こらこら、持って逃げるのか、おめい。 ( 出て來て、 かやせ。 舞臺の一方の端、プロセニアムに近く、観客席に背をむけて、扁額の とり上げる。 ) 裏を見せた石の鳥居。參道ーーー花道があれば花道ーーから、鳥居の面 もう一人の子供 ( その隙に、林を兩手にひっ掴んで、逖げ去る。 ) してゐる國道の兩側へ流れてーー喉をからしながら氷の槽をかきまは してゐるアイスクリーム屋、赤い毛氈に林糲や葡萄のピ一フミ , ドを築果物屋どろぼう、どろぼうーー・・・はしつこい小僧だな。 お - もい・ いた果物屋、蟇ロ、守札人れ、銀まがひの鎖などの、安手な細工を並風船屋 ( 酸漿を買った娘たちに ) ありがたうござい。 ペ立てた袋物屋、プリキの金魚やラッパを積みちらかし、ザラ紙に刷年下の娘なあして、そんなにえく鳴るの。舌のさきつぼ、どうす りいろのにじんだ繪本のうへに重しの小石を置いた玩具屋、リャカア るんだちふに。 に硝子戸棚をのせて來て、メガホンで叫んでゐる。ハン屋、そこばかり にほづき 年上の娘は、は、は : : : あんただら、酸漿のはうで莫迦にして鳴 一きは色彩の強い、酸漿も賣る風船屋など。 らねいんだよう。 新涼の空をわたる風は、村はづれから村はづれまで、何間置きにか立 なび らくえふしよう のぼり 果物屋 ( 逃げ遲れた子供に ) おめい、帶さ卷いてる錢っこ出せや。 てた幟の、竿のさきの落葉松の穗かざりを吹き駐かし、奉納何々沖社 ぎったう 四錢もらふべ、あいつの持って逃げた分。 と筆太に染め出した文字を、離閙の流れの上に躍らせてゐる。 その子供知らねいよ、おら。あの子といっしょでねいんでねい あぜみち 赤とんぼは / 畦道をゆく着飾った人びとの / 頬にあたって乾 いた羽音を立てる。 祭りだ / 部落部落の秋まつりた。 / だが / この美しい、自 然のなかに / なかまよ、豊民たちょ / 何をたのしみに祝ふ・祭