307 善光の一生 て、だアれも知らない : だから、世俗的には、おれは、こんなに落ちぶれて見えてもな : このおれの魂は、な、傲然として、世界の王者の如く、充ち足り こうして、ここに、こいつは、このおれの手許に安泰だ ! た ているんだよ。分るかい ? 分るまいな ? いや、女房だ。分っ しかに安泰だ : ・ あれから、おれの身には、いろんなことがあったつけ : ・ てくれ。それは、みんな、この「やまいの草紙」のおかげだよ ! が、こいつは、おれの懷中から、決して放れない。 : ・ありがたお兼なるほど : : : 人のロは、いつも正しい。あんたは狂人だと近 や、ありがたや : 所から言われています : : : 。まさかと、私は、今が今まで、そん ・ ( キッと、善光を睨んでいる ) なこと信じるどころか、笑っていました。今、心の底から : : : 骨 お兼 もし : ようく分りました。 身にしみて : : : あんた様という御人が、 善光 ( 急に氣弱になり ) ・ : ・ : ね工、お兼 : ・・ : 。もしもよ : あんたは、落伍者です。狂人です・ : も、この繪卷物が、世に出たら、大變なことになるんだよ : : : 古 ・ : 鬼や惡魘が この繪卷ものの中の、あの氣違いの集りの人間 ・ハクダン 美術界が、でんぐりかえって、戦爭騷ぎになるんだ : 騒ぎになるんだ : 人間の體にむらがり集って、狂聲をあげながら、人の背中に、無 : と言っても、お前には、ちんぶんかんぶんか 數に、針棒を突刺して、打喜び、目をくりぬいて血を吸ったりし 。しかし、お前も、殿村善光の最愛の妻だ : ・ 。聞いてくれ 。分ってくれ。信じてくれ : 。おれはな : : : この繪卷物を て手を叩き、のぞいたり、とんだり、はねたりして、ゲ一フゲフ打 祕密に、己が手に持っているからこそ : : : ビクともしないで、 笑ったりしている繪が、どうして美の禪様ですか ? ( 泣 こうして生きて來られたんだよ : とうとう、あんた様は、地獄の餓鬼になり下りました : 。名聲も、野心も、賣名も、 おんりよう たた く ) あの繪の怨靈が、私の可愛い子に祟りました。玉太郞は死に くそくらえと思って通して來られたのも、この卷物のためだよ。 ます。はい、そしたら、私も、直ぐ、あとを追って自殺しましょ 裸かになっても、このおれに、こんなに自信を持たせるのも、こ : ・はい。 いつだ。何故だ : 。それはね、こいつは、美の様だからだよ : ・繪の魂の奥の院の御本奪なんだよ : : ・。分るかい ? この繪善光 ( 慄然として、何か急に襲われたように ) 待ってくれ ! 待って : こりやア : : : おかしいぞ くれ ! お兼 : : : 玉太郎が、今、 の中に、この繪卷物が生き永らえて來た : : : 實に六百年 : : : 。そ おや ? 王太郞が : ・ : このおれの懷中に手を突込んだん の長い長い年月の間、ありとあらゆる繪の名人の魂が、この中に だ : : : おかしいぞ : この繪卷物を、おれから奪いとろうと 。人間の血と魂が、渦をなしてこの中 吹き込まれているんだ : ・ : ・あの子が : : : あの悴が : ・ にしみ染っているんだ : : : 人間の恨みも、惱みも、悲しみも、怒 よし、お兼 : : : おれは、今直ぐ、日本橋へ行く。骨董屋に渡して りも : : : はては、目出度さも、幸輻も、信仰も、讃歌も、佛の感 來る。 : : : 家から手離す : : : うちから手離す : : : 待ってくれ : 謝も、地獄の恐怖も : : : 人生とは、空しいものだという敎えも : とうとう いいね ? おい、玉太郞 : : : 直ぐ、行って來るから、待っていなさ すべて、一切、人間そのものの正體が、この繪卷の中に、滔々と流 いよ : ね ? 待つんだよ : : : 安心してな、安心してな : ・ ・こんこんと、泉がほとばしっているのだ : れているのだ。 これは、私の感動だよ。美の生命の感動だよ : : : 全く、このお 善光、卷物を包み、帽子をとり、玄關を出て行く。 れが、繪を描く源泉のいのちなんだよ。おれは、繪描きだ。そうさ。 お兼、感激して泣く。 亡がれ
0 よ ! ごらんよ、冬になってからワルタはずっと眼に見えて弱っ おかみ ( わざとトリーから眼をそらして ) あとでゆっくり見せて貰ひ ちゃったちゃないの。旦那が大事ならあんたの腕でストーヴの一 ませうよ。それよりお樂み最中で失禮だけどちょっとお顏が拜借 っ位ゐ買ってやったらいいぢゃないの。 したいんですよ。 エンミー釣るんだって ? ええ、そりやストーヴは是非入用だ エンミー ( 出てくる。 ) 何ですの ? わ。ワルタは夜、寒いてってよく泣くわ。だけど、どうするの ? おかみちょっとこっちへ來て頂戴。 ( エンミーを引っぱって自分の部 それは。私には解らないわ。 屋の前迄來る。 ) 早速だけれどねえ、そしてクリスマス・イ 1 ヴに こんなことを云ひ出してお氣の毒だけどねえ。一と月分でも間代おかみ何てえぼんやりだらう。そんな大きな身體をしてさ。イル ゼだってあの猶太娘の奴が出てくる迄は結構釣ってたんですよ。 がどうにかならないこと ? ( エンミーが何か云はうとするのを押さ エンミ 1 イルゼが ? まあ ! へて ) そりゃあんたの方だってどんなに困ってゐるかは判ってゐ おかみさうさ。イルゼがさ。私だってこれでもう五年も若けれ るけどね、去年も隨分ひどかったが今年と來た日にやクリスマ ス・トリーだって目の飛び出るやうな値なんですよ。 や、あんな黄色の五人や六人手もなく釣って置くんだけど、もう 駄目だ。何て口惜しいこったらう ! 工 / ミートリー の事なんか云はなくたっていいと思ふわ。ワルタ だって、私、解らないわ。 が一生懸命で、私に隱して貯金した金で買って來たんぢゃありまエンミ 1 虐とばし せんか。可哀さうに。物價が百倍にも二百倍にも上るのに、うちおかみ ( 急に涙を迸らせて、膝まづかむばかりになって ) ね、エンミ あは 可愛いいエンミー 。私と力を協せて頂戴よ ! あいつをこの ののだって私のだって月給なんか五倍にもならないんぢゃありま 家から逃げ出させないやうにして頂戴よ。何にも骨の折れること せんか。それにくらべればあんたなんかどんなに幸輻だか知れや ウォースンク ちゃないんだから。ね、ただ私の指圖に從ってくれさへすりやい しないわ。あの日本人からこの住居の家賃全體の三倍もする間 いんだからね。 ( 耳に口を寄せて ) さうすりや私今晩からあんたの 代をしぼってさ。 部屋を暖かくしてあげるわ ! おかみ何だって ? 私がしぼってるって ? 私や自分の勞働の正 エンミ 1 えツ。部屋を暖かく ? 當な報酬を貰ってるんですよ。どんなに私があの日本人を家へ引 きとめとかうと思って夜晝骨を折ってるかあんたになんか解るもおかみさう。暖かくしてあげるわ。可愛いいエンミー。そして間 代も三ヶ月分だけ棒を引いてあげるわ。安心してゐていいのよ。 んか。私みたいなやもめで娘を抱へて、何一つ收入の道の無い者 はこのタマをにがしたら早速明日つから飢ゑ死にをしなくちゃなエンミー間代も ? イルゼがはじかれたやうにドアを離れておかみの所に走ってくる。 らないんだからね。私やもう死に物狂ひなんだ。だのにあの猴太 娘の奴が出て來てからは、いまにもあいつが家を出て行っちまひイルゼ ( おかみに走りよりながら ) お母さん ! お母さん ! さうで仕様がないんちゃないの。私やもう明日つからはイルゼのゲルダ ( ドアを手荒く開けながら ) いやです ! いやです ! 私いや です ! ( さう叫んで廊下にかたまってゐる皆には眼もくれずに、玄關の 分の朝飯を算段しなくっちゃならないんちゃないの。あんたもあ ドアを開けて出て行ってしまふ。 ) んただ。ほかにアテがないんならへル・ヨシダを釣ったらいいち 吉田が片手で顏を覆ったまま素早く自分の部屋のドアを閉めてしま ゃないの。肺病やみの旦那には何てったってストーヴは必要です
0 5 じゅう うこんになったのがいけねえんだ。リンカーンっう男が、人權蹂 笹島銀行でも漁業協同組合でも行って聞いて見るがええだ。どこ 躪だとかいって、アメリカの人買いを禁止しちまった。戰爭に負 さ行っても、漁業資金だといやあ、見向いてもくんねえよ。銚子 けた悲しさ、日本はそれを丸呑みんさせられた。これが間違えの の漁業協同組合が骨折って、田崎の船主たちのために昭和二十三 大元た。そのでんでもって、戰時中の徴用工が船方さ戻った時 年度に、復興金融金庫から借り人れてくれだ一千四百七十萬圓っ に、可哀そうだから一代やれつつうこんにした。この勞働基準法 うものが、元金はもちろん利子も拂えねえ。漁具なんそ抵當に取 つう奴が、人間の思想を惡化したもとだ。きのうまで土方やって ったって、金庫さしまっときゃあ、すぐに腐って役に立だなくな たもんが船方んなって一人前取るつうだかんな。 っちまうたかんな。それ以來四年間つうもん、もう一文も借り出 金澤ところがお前はそいつを破って、未成年の納屋の者をただで すことができねえんだよ。 こき使ってるでねえか。 金澤そんでも政府は、中小漁業に對しては、何もしてくんねえっ 笹島そうよ、年季奉公を認めねえ、それが間違えだ。年季奉公な つうわけだん・ヘえ。 しでどうやって手に職をつけるんだ。初めつから一人前やったん 笹島そうよ、大海とか日漁とかいう大資本に對しては便宜をはか じゃあ勵みも何にもっきゃあしねえ。自由主義の大きなはき違え っても、おらたちは見殺しだ。 つぶ だよ。 金澤今の政府は、中小漁は潰して、大資本に渡してしまう政策な 金澤おつつあんこそ大きな穿き違えだよ。勞働する以上、人間は んだなあ、おつつあん。 生きる權利を持ってるんだ。せめて最低生活費を貰う權利がある 笹島うん、そいつあもう、明らかにそうなんだ。早く潰れろつつ んた。それを今の日本の沿岸漁業じゃあ、固定給を拂わねえで、 うやり方だ。おらあ政府のこういうやり方に對するお前たちの考 封建時代の歩合制のまんまだ。それで一代取ってる船方の去年の えを聞きてえんだ。 平均收人がどうだってんだ。一カ月三千圓そこそこでねえか。こ 金澤おらたちはむろん、そういう政策にゃあ眞向から反對だ。中 れでどうして一家が食って行けるだ。え ? その一代すら出さね 小漁業家もみんな立って行けるようにすべきだよ。 えつんだから問題にならねえじゃねえかよオ。これじゃあ自由主 どれい 笹島ふむ、それなればだ、こんなに困ってるおらたちに、何で船 義どころか、奴隷制度の方に近えだぞ、おい。 方をけしかけるんだ ? 金澤 ( 憤激して ) けしかける ? けしかけるたあ何だ ? 日本人は笹島そう」「てお前たちや船方をおらたちにけしかけるが、おら たちが潰れりやお前たちやどうなるだ。ええ ? 誰でも生きる權利を持ってるんだ ! 船方だって生きる權利を持 金澤だからよ、おつつあん、中小漁業家と船方たちゃあ手え握り ってるんだ ! それを 合って、共同の敵に向わなきやためでねえか。おつつあんは立ち 笹島 ( さえぎって ) まあ待て待て。日本人、日本入っつても、今の 行かねえからその犧牲をみんな船方にぶつかぶせて切り拔けよう 日本人は大日本帝國が一等國だった頃たあ天地雲泥だぞ。船主か とする。だがそんなこといくらやったってだめだよ。共倒れだ ら金は借りっ放しで、よその船主 ( 鞍替えするーーだいたい船主 よ。政府は船主と船方がいがみ合い、またアグリと底曳き ( 網の が金を貸すなあ、船方の鞍替えをふせぐためだ。それがどうだ。 下に板をつけ、オモリで沈め、海底を掃くようにして魚をとる船 ) 、突棒 役に立ちゃあしねえ。第一、金で人間の身體を束縛できねえつつ
187 炎の人 ( 言葉の間から裏のレストランからフアフンドールの笛が曲の途中から鳴 りはじめる ) ラシあら、又、裏で笛を吹きはじめた。 ( 踊りの調子に靴をカタカタ 鳴らして ) じゃ、あたい歸る。あんまりおそくなると、おかみさ んにしかられるから。きっと來てよ今夜。いいわねフウ・ルウ。 ポールさんも、どうぞね。さあさ、これチャンと食べて。 ( と、ゴ ッホの手の。ハンをちぎってそのロにねじ込んでから、入口の方へ ) さい ならあ ! ラン一フ、一フー、一フー ( ファランドールに合せて三つ四つ 踊りの身ぶりをして靴を鳴らしてから、戸を押してサッと出て行く ) ( 取り殘されたゴーガンとヴィンセント。ヴィンセントは立ったまま で、・ハフ・ハフの表情で、無意識に・ハンを噛んでいる。ゴーガンは、こ っちからそれをジッと見守っている。 : 鳴りつづけるファ一フンドー ヴィン ・ ( 顏が不意にゆがみ、兩頬に涙が流れて來ている。自分では それを知らない。ファランド 1 ルに聞き入っているだけ。ヒョイと右手の 三角。ハンを見る。その。ハンを自分が噛んでいる事に氣がつく。ピクンとし てゴーガンを見、それから一フシェルの立ち去った戸口に目をやる。それか ら再び・ハンを見る。見ているうちに急に聲をあげて泣き出す。ファ一フンド ールやむ。ヴィンセントのオーオーと大のほえるような泣聲だけが殘る ) ・ ( びつくりして見ていたが ) どうしたんだ ? ヴィン ・ ( 泣き出した時と同様に出しぬけに泣きゃんで、ポンヤリ立 っている ) ( 立って行き ) どうしたんだよヴィンセント ? ( ゴッホの肩に 腕をまわして、テープルの方へ連れて來ながら ) まあ、掛けたらいい。 急に泣いたりして ? ( ゴッホを椅子にかけさせ、自分もかける ) ヴィン ( いきなり、ゴーガンの手を握って ) ポール、俺を許してくれ ! 俺が悪かった ! どうか許してくれ ! ( 床にひざまずいてしまう ) 俺は、たしかにどうにかしているんだ ! たしかに、どうにかし ていた ! ( 床に額をすりつける ) ( びつくりして ) どうしたんだよ全體 ? そんなーー・ヴィンセ ント ? ヴィン俺にはそんな氣はちっとも無かったんだ、そんな氣はちっ レ とも無いのに俺の手がひとりでに動いちまった。俺はただ、ミ 工が偉大な晝家だって事を君にわかってもらいたいと思って話し ていただけなんだ。それがツィ君から何か言われて、あんな議論 になってカッとなってしまった。僕の惡い癖だ。直ぐに後先もわ からないようになってしまう。君は諭靜だ。僕はまるで子供みた いな人間だ。僕は時々自分でも自分が自由にならなくなってしま う。僕は君にアプサンを技げつける氣なんか、その瞬間まで、ま るで無かった。 ゴーゅうべのカッフェでの事かね ? なに、僕はなんとも思って やしない。いいよ、いいよ。ハハ、まあ起てよ。 ヴィンいいや、許すと言ってくれ。でなければ僕は起たない。。ホ ール。どうか許してやると言ってくれ。 ( ゴッホのわきに手を入れて立たせながら ) いいじゃないか、そん な事。大した事じゃない。じゃまあ、許すよ。ハハ。 ヴィン ( やっと立って ) ありがとう。僕はもう今後氣をつけて、あ んな事は絶對にしない。約束する。 ( ゴッホの兩肩を抱いて ) ヴィンセント、君って男は、良い奴だ なあ。 ヴィン ( これも、しつかりと相手を抱いて ) ありがとう、ありがとう。 ゴー又泣くのか ? ( ポケットからハンカチを出して、ヴィンセントに握 らせながら ) 拭けよ、みつともない。そのツ一フじやフウ・ルウと言 われても不平は言えないよ、ハハ。第一、僕はそんなセンチメン タルなのは、好きでないね。よしよし、仲直りの祝いに、ゆんべ 俺の買って來たアプサンを開けよう。 ( 言いながら、下手の自分の寢 室に行き、べッドの下からアプサンの大瓶を出す ) ヴィン ( ハンカチで顔を拭き、機嫌よく笑いながら ) まったく、俺はフ ウ・ルウだ。一フシェルがねーーーいや、一フシェルも、君が取りたい
與之助その通りだ。 お前の木柵の中には、もはや一本の草も生えてゐないちゃないか。 8 幻輻子 ( 突然聲を上げ ) まア、このお砂糖 ! 素晴らしいでせう ? 愚かな小羊よ、その地べたを《お前は鼻の先を赤くすりむいて、 父ゲサにかかげて見せ ) こんなに澤山 ! 素敵でせう ! 血を出しながら、まだ食べようとしてゐるのか。ちょっと、目を 與之助 ( 沈んで ) ・ : そのお前の本心を突きとめたら、おれは、そ 上げて見よ。お前の木柵を越えた、向ふの野には、あんなに靑々 みづみづ こでどう覺ったと思ふ ? とした瑞々しい靑草がいつばい生えてゐるではないか。早くお前 子それはね、あんたのひどい、手のつけやうのないあの頑經衰 の木柵を飛び越えよ。その草を食べよ ! 」 弱がケロリと癒ったことよ ! 與之助馬鹿野郎 ! それは、西洋の大詩人の詩だ ! 與之助不思議たなア : : : おれは、すっかり心がもぬけのカフにな子誰の詩だってかまやしないわ : ・ っちまった : : : 何を考へようとしても、さつばり頭が働らかなく 與之助お前のやうな汚ね工根性に、その詩をあてはめられて堪る もんか。 なっちまった。 子榮養をうんと取らなくっちゃ駄目なの。あんたはね : : : 。榮篇子何だって結構よ。だって、とても妾、感心したんだもの。全 く、この言葉の通りだと思ったわ。だからこれだけ覺えてゐる 養が缺乏すると、あんたは、またあの病氣が再發するのよ : : : く の。あとはみんな忘れちゃった ! しやくしや考へて、苛々經立てて、やれ、人間の良心がどうの、 道德精訷がどうの、魂の道がどうのって : : : もうあんな、毒にも與之助その一一一口葉は : : : 惡が : : : 人間の最高の大良心を持った 藥にもならないあんたの頭の腦ミソの煮えくりかへるのは澤山 ! ・ : 大學者を : : : 誘惑する時の言葉なんだ ! 傍にゐる輻子が、可哀さうだわ : : : ほんとに澤山 ! 輻子あんたは駄目ねえ ! 本氣狂ひのくせに : : : さういふものを 。おれの良心は、いったいどうなっ 與之助不思議だなア全く・ 讀んで : : : ちっとも身につかないのねえ : : : 本を讀んだって、自 ちまったんだ : 分の生活に實行しなくっちゃ、何もならないちゃないの ? いっ たい、何を讀んでゐるの ? 子何が : 與之助おれは本と絶縁したんだ ! だから、おれの精はもう死 與之助おれの良心だよ : : : 魂だよ : : : 精禪だよ : : : 頭腦だよ : : たた、かうして毎日、。ほかんとして んちゃったのさ : : : そして、おれは肉體たけで生き恥ぢかいて 何も無いよ。カフッポだ : ゐる : : かうして、せっせとお前の肉體だけの歡心を買ってゐる : 輻子あんまり急に御馳走を食べたから、この頃、あんたの貧乏虫禧子さア、お待ち遠うさま ! さア、どんどん食べてね : : : 砂糖 が腹の中で滿足して神妙に安眠してゐるのよ ! がうんときいてゐる : : : 豪華ねえ ! それが本當の良き夫なのよ 與之助これから、おれはどうなるんだ ? 禧子幸輻になるの ! とにかく、あんたは、千八百圓のわくを、 與之助こんな贅澤なもの : : : 食へるかい : 。ぢやア 見事に飛び越えたんだものねえ ! とてもあざやかだったわ : ・ 輻子貧乏性ねえ : : : あんたは、とても救はれないわ : 與之助あ乂、それを言ってくれるなよ ! い又わ、妾、獨りで食べるから : : : あゝ、この世の天國ね ! 禧子妾、あんたの本で、こんな事を讀んだわ : : : 「哀れな小羊よ、與之助いったい、こんな事を、毎日してゐる : : : そのお金を、お
輻子 ( 突然大聲を出し ) あ、分った ! やっと、思ひ出した ! びつくり 與之助何だい、この氣狂ひ ! 出しぬけに : : : 吃驚させやがる ・ : 何が分ったんだ ! 禧子千鶴子さんよー 與之助何だって ? 禧子あのダンサーね、千鶴子さんそっくりなのよ ! さうだー はっきりした ! 與之助雲泥の差だ ! 月とすつぼんだよ ! 千鶴子さんを、あん な墮落女に較べるとは : : : 禪聖冒漬も甚だしいや ! 禧子あんたが、淸敎徒で戻って來たのは、その深い胸の奥の理由 ってのは : : : 千鶴子さんを思ってゐたからよ : 與之助お又さうだよ ! 偉いなアお前は ! 全く圖星だ ! その 通りさ : : : お前の勘は妻いね ! 禧子おごんなさいよ : 與之助うん、何でもおごる : : : おれはお前の言ひなり放題になる うん、何でも欲しいものを言ってくれ ! とにかく、さ ア、ウイスキーをのんでくれ ! ( す人める ) 禧子 ( 強く振拂って ) 嫌やだ ! 與之助 ( ウイスキーをのみ ) あおれは實に純粹だったなア ! 實 に、ひたすら一心だったなア ! この世の中で、このおれの魂を しつかり抱きしめて、全然汚さないでゐてくれたのは千鶴子さん の魂だった ! おれは、ビューン。ヒューンと彈丸の音を耳にしな がら、千鶴子さんと話をしてゐたよ : : : しつかり胸に抱きしめて な : : : 死んで堪るもんか、死んで堪るもんかと心に念じてな : ・ 破内地〈生きて歸るんだ ! 生きて歸るんだ ! 千鶴子さんが待っ 色てるんだ ! おれは、マニ一フの接收した洋館に飛込んだ時だった よ : : : どかどかと、おれ逹がその部屋に入ったら、そこは外人の 婦人室だったよ : : : 外人が逃げ出したそのあとには、洋服棚にい 2 つばい婦人服がぶらさがってゐたつけ。赤いのや、靑いのや、紫 色のや、ピカピカ光るやつばかりさ : : : その室内は、プンプンい いにほひの香水に滿たされてゐてね : : : おれは、頭がフ一フフラし たよ : : ところが、そこに、純白の美しい淸らかな服がプフ下っ てゐた : : : その服の色を見て : : : その服の香りをかいで、 れはフィと千鶴子さんを思ひ出した ! おれだらしなく泣いたっ け : : : と、そこにビアノが置いてあったよ : : : おれは、ポンボコ なら彈けるからな : : : だっておれは小學敎員だよ : : : そこで夢中 でビアノを彈いたよ : : : ところが、その曲は千鶴子さんの大好き な曲なのさ : : : 知らず識らずに、それを夢中でおれは彈いたんだ ・ : 涙をボロポロこぼしながら彈いたんだ ! ベルトのア ヴェ・マリアを彈いたんだ。すると、その晩、千鶴子さんが、天 上から降りて來て、おれを天へ連れて行く夢を見たつけよ : : : そ の後光のさしてゐる千鶴子さんの顔が、ちょっと横にかしげて、 さもこのおれを憐れんで見つめてゐるその頑が : : : アヴェ・マリ アの顔そっくりだっけ : : : その差しの・ヘたス一フリとした長い手 ・ : その撫ぜ肩から靜かに動かした手と、その細っそりと白い精 禪的な指先が : : : あ乂、マリアの指そっくりだっけ ! それから は、ジャングルの闇の中をもぐって進軍した時も、砂漠で、ヤシ の木の梢にかかった、でつかい月を眺めた時でも、いつも、その 千鶴子さんのマリアが、すんなりとした撫ぜ肩に小首をかしげ て、あはれみ深さうな目つきでおれを見つめては、その美しい淸 い手を差のべてくれるんだ ! と、しかし不思議だねえ : ・・ : さう いふ時、故鄕を思ひ浮べて、おれは思はずそのマリアに呼びかけ るんだが、千鶴子さんとは呼ばなかったよ。一度もさうロには出 さなかった。お母さん ! といふんだよ : : : 變だったねえ : : : い つでも、おれはお母さん ! だ : : : そのくせ、母親の顏を、おれ は全然知らね工んだ : : : 。實に、人生は不可解だらけだよ全く ( しきりに、ポケットを探し、オ ー・ハーのポケットも探し、ハンケチ を出したり、シガレットケースを出したり、財布を逆さに振ったり、さて
が違うもんで , ーー・家さ置かねえんだ。 ぐって、取りにやらされつだぞオ。 お吉ばかなこん、いうもんでねえ。父ちゃんが違 0 た 0 て、どっ太一郎いいか、飯イ炊くに四十五分、それができてから同じ火で ちも母ちゃんの腹を痛めた子でねえか。あ、誰か來た。 汁つくる。それが三十分。そうすりゃあ一時間と十五分かからあ。 表の雨戸を少し開けて、横山太一郞が覗き込む。精悍な、智的な ほかの親方の家しやア、別々につくるから、飯ができた時にや 顏。 あ、汁はもうできてらあ。一時間十五分と四十五分のちげえは、 太一郎定ちゃんいるかあ ? そら、三十分だ。だからよオ、おらたちゃあ、ほかの親方んとこ お吉太一か。上んなよ。お前の受持の分、もうすんだのか ? より三十分早く起きなきゃあなんねえんだ。 太一郎ああ。 ( はいってくる。 ) 雨戸を細目に開けて、松山傅次が覗く。彫りの深い、目のくぼん お吉 ( コタッをまくり ) ここさ、足人れなよ。 さび だ、暗い顏のヒョロリとした男。 太一郞うう寒いーー・襟んとこから風がスースー ( えって、いくら傳次いるなあ ? 寒んだかわかんねえよ。 お吉誰だい ? もん ああれ、一着マ ( 親方祠谷孫十郎の屋號 ) の傳 お吉ええ若え者が何だなア、水ッ鼻たらして、顔蒼くしてよオ。 ちゃんじゃねえか。 太一郞食い物が足んねえから仕方なかっぺ。 太一郞なあんだ、一着マの人廻りが今ごろけえ。あんまり一着で お吉お前らなら、いくら食わしたって足りなかんべえよ。 もねえな。 太一郎そうでねえよ。こんなにシケが續くとな、親方アいよいよ傳去おあいにくだが、人廻りはとうにすまして、鼻唄うたって、 目工光らかすだよ。居間でコタッさもぐり込んで、横眼でヂロー プフプフやって來たのよオ。 リスチ . ローリ . 、 飯食ってるこっちを見張っててよオ、もう一杯食太一郎水ッ鼻たらして鼻唄かよオ、何てえざまでえ。 うべえと手出しかけっと「こん野郞ら ! 飯ばっかし食ゃあが傅去 ( あわてて水 , 鼻を袖で拭きながら ) 〈ん、知んねえな。そもそも って、早く湯さへえって伏さりゃあがれ ! 」って、どなりつけら 家の親方谷孫十郎が、何で「一着マ」ってえ仇名貰ったか れっさ。 知んねえな。 定行おかみさんが、親方に輪アかけたケチだかんなあ。 太一郞知らなくってよオ、そんなこんーー・船を出すのが一着。沖合 太一郎おかみさんはなあ、家の者の飯と、おらたちの飯とを一つ さ着いて網イおろすのがま一着だ。その一着の孫十郞だから一着 釜で炊いてよオ、麥が上さ浮かあ。その麥んとこだけをおらたち マだーー・その納屋のもんのお頭が、水ッ鼻たらして何のざまでえ。 に食わせんのよ。なぜ別の釜で炊かねえんだ。 俾去ほおれ見ろ、知んねえじゃねえか。一着マの一着はそんだけ 海 定行焚き物が惜しいからだっぺ。 だ じゃねえ。涙流すのも鼻アたらすのも一着なんだ。 んお吉焚き物は高えかんなあ。 太一郞 ( 大笑い。定行も笑う。 ) 何をでたらめ 太一郎だって焚き物は、おらたちに官有林の松切りにやらせつだ傳 ( ムキにな 0 て ) 本當だよ、おらあ親方からじかに聞いたんだ。 ぞオ。 5 知りもしねえでーー・親方ア人情があっから、すぐ泣くんだ。 2 定行夜、ポテ ( 背負籠 ) しよって、ノ 0 や斧持って、鍼條網さこ太一郞 ( 相變らずふざけて ) そいで人情があるからすぐ鼻アたらす
181 炎の人 まって平気な男だ。書家としては偉大だが、人間としては悪魔の ような男だ。・ : いやいや、そうではない、彼は實に親切な人間 だ。彼はこの間も俺に、あんまり厚く塗った繪具の油を時々拭き とる方法を敎えてくれた。そうすると色が鏡く冴えるのだ。ゴー ガンに反感を持ったり憎んだりするのは俺が惡い。それは俺が弱 くて、イライラばかりしているからだ。 : テオよ、これがその 描きかけの「向日葵」だ。君は、どう思う。俺は今三十五だ。と にかく、四十歳になるまでに俺は、そのモネ工の「向日葵」に匹 敵するような人物畫を一枚でも描くことが出來たら、俺は藝術の 上で誰かーーそれは誰でもかまわないーーー誰かの隣りに一つの席 を占められるだろう。だから、ヴィンセントよ、忍耐しろ、忍耐 しろ ! : ・近頃ゴーガンは、アルルの町や俺たちの黄色い家 や、特に俺に對して、機嫌をそこねているように思う。何かと言 うとアルルの一切のものを呪い、一日も早く、金の出來去第、南 洋群島の方へ行くんだと言う。しかし俺は今ゴーガンに行ってし まわれるのが恐ろしい。だから行かないように賴んでいる。その 事で時々ロ喧嘩のようになる。それらのホントの原因は、外部に よりも俺とゴーガンの内部に在る。自分のうちに強烈な創造力を 持った人間が二人寄ると、長くは一緒に暮して行けないのだろう か ? ゴーガンと俺とは昨夜、ドラクロアとレムプラントに就て 議論した。俺たちの議論は物妻く電氣的だ。議論の後では、俺た こんにい ちの頭は、電池が放電してしまった後のように困憊しつくす。そ したらゴーガンが自分の繪と俺の繪の事を言い出した。やつばり 君は族團長だ、人の影響を受け過ぎる、現に俺の色の塗り方を眞 似て、ツーシュの幅が廣くなってるじゃないか、そう言うのだ。 俺はグッと來た。しかしジッと我慢した。頭の中が鳴り出したが 我慢した。 : : : するとゴーガンが出しぬけに、せせら笑いをしな がらラシェルの事を言い出した。一フシェルと言うのは、はじめ俺 と仲好くなり、ゴーガンが來てからはゴーガンと仲好くなった五 フ一フン屋の女だ。 カーツとなってしまった俺は。眼の中から 光が飛び散る。ゴーガンの歪んだ鼻 ! それを目がけてアプサン のコップをビュッと投げた ! どこかで、チャリンと鳴って、白 い炎が立ちあがる、白い炎が 「製作へ」 ( アルルの街道をヴィンセントが七つ道具をかついで寫生を行ってい る繪。たたし、この場合は幻燈ス一フィドではなく、この繪からヴィン セントの姿だけをのぞいて實景大に引き伸ばし、ホリゾントを使って 眼もくらめるばかり明るくした裝置である。風景の中に人影は無い ) ・ ( しばらく沈默していてから、弱り果てた低い ヴィンセントの聲 聲で ) テオよ、これがアルルの街道だ。夏の間は毎日のように俺 は此處を通って寫生に出かけた。今は夏も過ぎ、秋も終って、そ ろそろ冬だ。近ごろではたいがいアトリエで仕事をするが、今日 はしばらくぶりで此處へ出かけてスケッチして來た。俺はこの繪 のまんなかに、繪の道具をかついで製作に出かけて行っている俺 の自畫像を描きこむつもりだ。 : ほらほら、向うから俺の仲好 しのルーランがやって來た。今日はもうタ方で、配達は全部終っ たと見えて、カ・ハンも輕そうだ。良いヒゲだろう ? ね、顔はノ クラテスに似ているだろう ! ( 言葉の中に、そのルー一フンが、靑い制 服制に大きなカ・ハンを肩から斜めにかけて、街道を上手から歩いて來 る。一日の働きを終った後の上機嫌で、何かの鼻歌を小聲でやりながら ) ルーランは、これから家に歸るんだ。氣が向くと、途中であのカ ッフェに寄ってアベリティーフを一杯ひっかける。しかし、深酒 はしない。家には人の好いおかみさんと子供たちが、一緒にタ飯 を食べようと首を長くして待っているからだ。テオよ、心貧し く、人を憎まず、働いて妻と子を養っている人々の姿の、なんと ・ ( ルー一フンは中央あたりま 美しいことだ ! 俺は涙が出る ! で來て、道ばたの草むらの中に何かを見出してギをッとして立ち停る。や がて、怖わ怖わ近より、覗いてそれが人であることに氣がつく )
は、目的のためには人間的な信頼や愛情を裏し、さらに生活のため ( 東寶の前身 ) に家を感じ、今後も私が自我を最もよく實現し 4 切る志士たちに絶して、土に歸ってゆくの人瓧するとともに、前進座や井上演劇道場のて行く場は劇作であることを知り、戲曲を書 であるが、志士に對する仙太の懷疑はそのまために脚本を書いた。昭和十年から十五年頃くという仕事を拔きにしては自分の生は完全 一三ロ ま、政治目的逹成のためには、戯曲性を無視までの間に「逃げる様」「彦六大いに笑ふ」なものになり得ないと思ったのである」と己 して革命的意義を追求することを強要する、「地熱」「襲はれた町」などの諷刺劇、世相劇している。 プロットの生硬な公式主義や政治主義に對すがあるが、三好の身に本來具わっている大衆「浮標」以後は非常時體制はますます強化さ る懷疑ではなかったろうか。やがてそれはコ性・庶民性は、商業演劇の要求するものとピれ、彼が戯曲を書き續けてゆくためには、國 策への傾斜が要求された。その後に「三日 ンミュニズムへの疑惑へとひろがり、三好ッタリと適合した。 はプロットを脱退してその運動から遠ざかつやがて商業演劇から離れた彼は、轉向の心間」 ( 十五年 ) 、「おさの音」 ( 十六年 ) 、「夢たち」 た。なおこの劇は多くの觀客を動員したが、 情を描いた「鏡」 ( 昭和十四年 ) を經て「浮標」「獅子」 ( 十八年 ) 、「おりき」 ( 十九年 ) などが續 上演そのものが非難され、「反動的歴史觀」 ( 十五年 ) を書いた。「鏡」が轉向を圖式的にいた。「これだけのことを言わされた代りに、 とか「農民とインテリゲンチアを離間するも描いた作品とすると「浮標」はその到達點をこれだけのことを言わせて貰う」と、戦時中 の」とかいった批判が高かった。 示すものであった。轉向者で洋畫家の久我五の三好はそうしたサシチガ工戦法を取ったの イデオロギーをすてた三好は、現實を直視郎は貧困と闘いながら病妻美絡を看護していだというが、「言わせて貰う」ことの弱さが して人間を描くことに歸った。そして「妻戀るが、妻の病は悪化し、萬葉集の歌を聞きな「一言わされたこと」の重みに耐えられなかっ 行」「幽靈莊」 ( ともに昭和十年 ) を書いた。こがら息を引きとってしまう。三好の體驗の形たところに間題がある。彼のヒーマニズム、 の頃のことを彼はのちに述懷して書いてい象化であるが、日華變の擴大する暗い時代生の肯定は、本來は戦爭を否定するものであ る。コンミュニズムを疑いはじめ、ついにその下に、戦爭や轉向の間題が追求されるととったが、それは逆にお國のために死ぬことこ れを「苦鬪の末に積極的に投げ捨てた。私のもに、五郎夫婦、美絡に獻身的に奉仕する小そ本當に生きる道だという形にすりかえさせ 精からは血のようなものが、したたり落ち母さん、出征する親友とその妻の、それぞれられた。そうした戦時中の協力姿勢が、戦後 た。投げ捨てたものの代りになるものは、なの愛情が描かれ、愛による人間性の回復、生新劇界から排斥される原因となり、彼はいよ かなかやって來なかった。私は孤立し、茫然命への頌歌が格調高くうたいあげられていいよ一匹狼的な歩みを續けることになった。 として自分自身に對した。そして、やがて遂る。これは三好にとっては大事な作品で、自三好十郞は戦後の新しい出發を「度墟」 に『素朴なるもの』の上に立った。目がさめ身でも「この作品ではじめてハッキリと自分 ( 昭和一一十一年 ) からはじめた。生の肯定を再 たように私は私自身を再發見し、そして、その全體が燃え、同時に甘さをかなぐり捨てて檢討するため、敗戦という現實と對決しなけ の再發見した自分の醜さにも美しさにも共に冷たく意志的になり、そして自分自身のためればならなかった。歴史學者の一家の墟を 恥じないで、これを正視するに至った」 ( 「三に、自分の全人間の本質に密着しつつ書い題材としているが、それはそのまま日本の廢 好十郞作品集」第一卷あとがき ) と。 た。したがって、この作品を書きあげて、は墟が象徴されている。戦後の混亂した粃會の プロットからはなれたのち新築地に所屬じめて私は自身の内に『天職』としての劇作中で、きしみ合って生きてゆく人間の姿を、
雨雀ら ) と交わり、コムミュニズムに近寄り 四月、小説「安協はない」、六月、戲曲「暴月、同「詩作的傾向」、同「オルグ二人」、 0 始める。十月、それらの人々と「前衞座」カ團記」、七月、同「西部戦線異从なし」戲曲「大悲學院の少年逹」、十二月、同「小 を結成。 ( 脚色 ) 、八月、戲曲「點呼」、同「最初のヨ學敎師」執筆。 ーロツ・ハの旗」、九月、小説「立志傅中の五月、『勝利の記録』 ( 内外社 ) 、『東洋車輛工 昭和一一年 ( 一九二七 ) 二十七歳 少女」、同「父と娘」、十月、同「鬪士」、 場』 ( 往來甦刊行。 一月、小説「老給仕人」、同「愚劣な中學戯曲「上には上」執筆。 昭和七年 ( 一九三一 l) 三十二歳 校」、二月、同「リジアの家」、同「水葬」、 二月、「日本プロレタリア劇場同盟」 ( 略稱 「プロット」 ) 0 戲曲「踊り子になった書記の妻」、三月、 二月、戲曲「志村夏江」を書き、四月、そ 小説「弱い兵士」、同「老婆との別れ」、戲 の舞臺稽古の朝、治安維持法違反で檢擧さ 昭和五年 ( 一九三〇 ) 三十蔵 曲「仕事行進曲」、四月、同「進水式」、同 れ、都内の警察署を盥廻しののち、盟多摩 「闇の陣營」、同「菊之助の決心」、同「ス 二月、戲曲「暗い選擧」、三月、同「な刑務所に行く。その頃、プロット中央執行 カートをはいたネロ」、小説「男の子」、七ぜ ? 」 ( 脚色 ) 、同「ス。ハイと踊り子」、四月、委員長、左翼劇場執行委員、國際革命演劇 月、戲曲「カイゼリンと齒醫者」、十二月、 小説「夏の色」、石月、同「ハト」、同「何同盟中央委員等をつとめていた。 同「やつばり奴隷だ」、同「砂漠で」、同處までも」、戲曲「日淸戦後」執筆。 昭和八年 ( 一九三三 ) 三十三歳 「ロビンフッド」執筆。 一月、『暴力團記」 ( 日本評論甦、五月、「日 六月、「スカートをはいたネロ』 ( 原始甦刊本プロレタリア演劇論」 ( 天人社 ) 、八月、 一年間獄中におり、年末、保釋出所。 行。 『最初のヨーロツ。ハの旗」 ( 世界の動き社 ) をそ 昭和九年 ( 一九三四 ) 三十四歳 れぞれ刊行。 昭和三年 ( 一九二八 ) 二十八歳 五月、治安維持法違反 ( 「シム・ ( 事件」 ) で檢三月十五日、東京控訴院で、懲役二年、執 一月、小説「十字軍」、戯曲「小さいペ 擧・起訴され、盟多摩刑務所に送られたが、 行蕕豫三年に處せられる。 ター」 ( 脚色 ) 、八月、小説「辱かしめられ年末、保釋出所。 五月、小説「白夜」、六月、同「歸鄕」、同 た映書」、十一月、同「悲壯なエピソード」、 「何田勘太ショオ」、七月、同「椿の島の二 昭和六年 ( 一九三一 ) 同「少女と裁判」執筆。 人のハイカー」執筆。 七月、『プロレタリア映畫人門』箭衞書房 ) 一月、小説「血と學生」、同「處女地」、同七月、「新劇大同團結の提唱」を發表し、 刊行。 「理髮」、同「辨當屋の女中」、三月、戲曲その結果として九月に「新協劇團」結成。 四月、左翼劇場結成。この年初めて新派の「勝利の記録」、四月、小説「脱走少年の手 昭和十年 ( 一九三五 ) 三十五歳 演出をした。 紙」、同「刑務所と字」、五月、戲曲「東洋 車輛工場」、六月、同「宗敎反對」、同「歌一月、小説「母の手紙」、同「母・兄・弟」、 昭和四年 ( 一九二九 ) 二十九歳 舞伎王國」、小説「ギリシャ人の船客」、七三月、同「女史」、同「劇場」、五月、同「朝 三十一歳