三宅 - みる会図書館


検索対象: 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集
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1. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

支度したものが冷めますから : 雨宮 君ーーー暫らく、書かずに貰ふことは出來ないだらう 4 辻さうさう、それがよろしいでせう。どうも場長は、あんまり この間題を。 : ・は、は、は : ・ 三宅 : っていふと、何か、僕、御迷惑になるやうなことを : ・ 瀧本ーーーいや、わたしは失禮する : : : ほかにも廻るところがある雨宮さうちゃない。 むしろ、君の筆は、好意をもち過ぎてゐ から。ーー照子、おまへには手紙を出すーーーでは : ・ : ・ ( つかっかと、 てくれるくらゐだがね。 いけがき 生墻づたひに歩み去る。 ) 三宅すると、論爭をうち切られるわけですかーーあのまんま。 短かい間。 雨宮いやーーーまあーーーさうでもない。 ひやうし 唐澤ーー雨宮君ーー・ー追ひかけて、詫びを言ひたまへ、詫びを : ・ 三宅ちょっと拍子ぬけの形だな。 えゝとーーー場長が、そもそ 靑木場長 : ・ もこの問題を提出されたのは : : : なあんて、突拍子もないことを 辻困るぢゃないですか、場長 : 伺ふやうだけど ビート農場のト一フクタア廢止の問題と、こ 照子 ( 人びとの前を駈けぬけながら ) お父さんーーーちょっと待ってく れ、關係がなくもないんでせう ? ださいーーお父さん : ・・ : お父さんてば・ : : ( 走り去る。 ) 雨宮ふうむーーどうして、さう思ふね ? 辻靑木君ーー先生は、帽子もお鞄も・ 三宅違ひますか ? 靑木 ( 頷いて、一度入口に駈けてはひり、命ぜられた品々をもって出て、 雨宮いったい、君の前身は、何かね ? あとを追ふ。 ) 三宅え ? それこそ、どうしてですか ? ほころ 唐澤 ( 雨宮にするどい一暼を投げて ) 辻君、僕らも、とにかく : 雨宮 ( 少しロのあたりを綻ばせて ) ーーー興味がある。 三宅興味があるは、弱ったな。 誤解しないで下さい、これで 一一人、足早やに歩み去る。 ふと自分も追はう も左翼くづれちゃないですから、は、は、は : 雨宮ひとり取り殘されて、凝っと立ってゐる。 としたが、思ひとどまる。 雨宮何かね ? かげ 陽ざしが、だんだんに翳って來る。 三宅スポーツ選手だったことは、御存じでせう、その關係で、始 建物のかげから、三宅鐵也が人を探すやうに出て來る。 め東京タイムスの運動部にはひったんですが、左遷されちやひま してね。 三宅あ \ 場長 : ・ 雨官ーー君か 雨宮どうして ? てい 三宅けふ、瀧本博士が、ここへ : 三宅態よくね。來年のーーっまり今年のですがーーーオリンピック 雨宮 もう歸られた。 には、ベルリンで次回大會を東京へ招致するやうに頑張る筈だ、 さつにろ 三宅しまったな。で、ここから、どこへ・ これが成功すりや、さしづめヰンタア・スポーツの會場は札幌に 雨宮 知らない。 なる。君は、あっちの出身ださうだから、どうだい、今からその 三宅 準備かたがたーーーなあんてね。 ・ : えゝとーーちょっと伺ひたいんですが・ー・ーれいの場長の 論文ですね : 雨宮それが、どうして、この市へ ? まち

2. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

三宅 ( ちょっと考へて ) え又とーーぢや、僕も失敬しませう。記事三宅 ( 首をかしげて ) 何んだらう・ : : ・ ( 電話ロで ) はいーーー・・はい : ( だんだん不機 これから ? いま書いてますがーー・・・え ? はーーまあ、いやうにーーとにかく、場長が理論的に屈服され たんぢゃないって點だけ強調して置きますから : うちの瓧だけ遲れた ? 嫌に ) 明日の朝でいいでせう ん え、何 ? 雨宮ありがたう : の責任だってんですか、それが ? 三宅 しかし、これが最後かも知れませんよ、場長ーーこんな んーーいや、お斷わりしますよーーーんーー・誰か、ほかのやつを いやな職業意識で、おめにかかるのも : ・ 何 ? え ? いやです。斷然、いやですったらーーぢや 雨宮どうして ? あ : ・ : ・ ( 切る。 ) 畜生ーー・馘を切るまで酷き使ふ氣でゐやがらあ。 三宅今月いつばいでね・・ーー強制的に、僕、辭職させられるんで 靑木何んかーーー事件ですか ? これ す。 三宅なあにーーー國境方面に、山崩れがあったんだってさ 雨宮ふうむーーなぜ ? から、被害地の踏査に行けっていふんですよーー直通に乘りおく 三宅森田選手のおやぢを探訪したのーーお讀み下さらなかったで れたから、瓧の自動車でね : : : ( 急に ) あ、場長 ! せうな、お忙しいからーーーほら、五十嵐木工場の職工の息子で、 雨宮 ( 同時に ) 三宅君 ! ベルリンへ行ったやつが、あったでせうーーー豪奢なもんだったら靑木場長、さうなさったら ! しいですね、あっちぢゃーーー地許のオリンピック雀に言はせる三宅さうーー・追っかけませうーーー國境の手前で、後尾機關車をつ けるのに : と、首から一フィカをぶらさげて、近眼鏡をかけてりや、日本選手 だっていふ位ださうですからねーーそこへ、ふだんでも、かつが雨宮二十五分だったかね、あすこの停車は : っ學資を支給されてるやつが、無理して行ったんだから、とて 三宅間に合ひますよ、きっとーーー瓧の旗を立てて行きや、國道が も、そりやーーーで、おやちのところへ、長文の手紙をよこしたの 通行どめでも大丈夫だしーーーその代り、崖の急カーヴかなんかで いちれんたくしゃう を、僕が聞きに行って、そっくりそのま、書いちまったもんだか スリップしたらーー好いや、場長と一蓮託生なら、は、は、は げきりん ら、は、は、は : : : たうとう逆鱗に觸れちやひましてね、支局長 ぼくとっ 雨宮 ( 朴訥に頭を下げて ) 三宅君ーーーお願ひしよう。 靑木讀んだですよ、わたし : 三宅あとで知れたって , ーーちょっと拜借ーーどうせ、これなんで 雨宮そりや、君ーーしかし : ・ すからね : ・ : ・ ( 馘首の手まね。笑って、受話器をとる。 ) もしもし 三宅コヴァンコフの雪除けト一フクタア以來のいきさつですから 北國日報です 遲く、大へん濟まんですがーー二百六十番へ ね、何んしろ、は、は、は : ・ ・ ( 受話器をあてたま人、やがて、ふり向いて ) ーーねえ、場長 電話のベル。 僕は、十年 : ・ : ・ ( 電話ロへ ) もしもしーー僕、三宅ーーー支局長 靑木 ( 受話器をとって ) はあーーはあ・・ーー・三宅君ですかーーーをりま を : : : ( ふり向いて ) 十年、記者生活をしてますがねーー殘念な す。ー・はあ : : : ( 三宅に ) 社から・ーーー方々、探したさうだけんど がら : : : ( 電話ロへ ) あ、もしもしーーあの、僕、やつばり行きま すよーーはいーー・、はいーーすみませんでした。以後、気をつけま

3. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

コヴァンコフが、店さきへ現れる。 まっえあ乂、あれ、 0 ・ e 2 5 號ちふんだよ。わし、乘つけて貰 0 ったことあるよ。ね、見てなさい、あのトラクタア、左さ曲がる コヴァンコフゴ免ナサイ。 いしいらっしゃい。 ( 空をみながら ) あれ、ほんとに曇って來 癖あるからーーーほうれねーーーほうれーーあれい、人逃げて、あ、 たんでねいか。 は、は : : : おっ母、わし、ちょっくら見て來るよ。 ( 馳け出してゆ 音造また、雪だべかなあ。 ( まっえと二人、買ひ物を運んでゆく。 ) 三宅あ乂、コヴァンコフさんちゃないですか。 三宅 ( コヴァンコフに ) どうしました。 コヴァンコフ ( 無言・ーー凝っと、往來の一方を見つめてゐる。 ) コヴァンコフ違ヒマス、日本人デス。ワタシノ名、ノ・プ・ゴ・ ロ・オ。ワカリマシタカ。ハ、ノノ・ ・ : 飾リモノ下サイ。コレ コヴァンコフさんが、あいっ 三宅こりやいい、は、は、は。 コレトーーーーアレト : : : を睨んでるのは、いいや。 は、は、は、安心なさい、ありや 三宅へえ、お店にもこんなもの飾るんですか ? アメリカ製ですよ、メード・イン・ユーナイテッド・ステート。 コヴァンコフ何トカ言ヒマスネ。國ニ來タ一フ、國ニシタガへ。少コヴァンコフ ( 店の人びとに ) 包ンデ置イテ下サイ。 アトデ來 おまた マス、アト一不ーーサヨナ一フ。 ( 雪の中を、大股に歩み去る。 ) シ、違ヒマスカ ? 國ナイ人、ヨソノ國ノ習慣、守リマス。ネ、 いし ( けげんさうに ) 何、憤ったんだべーーあんた、からかったん コノ通リ。 ( いしに ) ソッチノ方ョロシイ。 でねいかい。 三宅ぢや、クリスマスは、どうしたんです、大へんだったさうぢ ゃないですか、お店 ? 三宅は、は、は : : : こりやいい。 あのね、瓧のやっ來たらね コヴァンコフョク知ッテヰマスネ。誰デスカ、アナタ ? 自動車が來て、とまったけはひ。 生サン、林檎酒ノンデ醉ツ。ハ一フヒマシタ。スキイデ、クリスマ 河邊の聲三宅君ーーやつばり、君だっちふど。時間ないって、早 ス・トリー倒シタリ、大サワギデシタ。 往來の一方が、騒がしくなる。二三人、その方へ走ってゆくものがあ る。 三宅うむーーだって、僕あ、腕章も何も : ・ 河邊の聲持って來たってーーほうれ。ーー出來たかあ ? ( 見て ) えれい人だかりだな。 秀松何だべ 三宅うーーーちょっと書き足すがね : いし ( 見て ) あれい、雪除けの車でねいか、變った形だねえ、あり 河邊の聲何してんだ。早く乘ってけれ。 まっえ ( 往來の向うから駈けて來る。三宅に ) あんた、ほうれ、ト一フ 三宅 ( 澁々、馳けてゆく。 ) クタアだよ、もとビート農場さあった : 自動車の走り去る音。 トラクタアのざわめき、遠ざかる。 ふうむ。 三宅 ( 見て ) うむ、さうだ。 ( 店さきへ出て、よぶ。 ) ま お父つあん、飯にするべ。 まっえ何、感心してんの、あんた。 っえーーまっえちふに。 三宅なるほどねーー・市ぢや、何に使ふのかと思ったらーー哀れだ な、あゝなると : まっえ、歸って來る。三人、ストーヴのうへの鍋をかこんで、書飯を にら

4. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

3 イ 3 火山灰地 める。 立たうとする。 ちょっと突っ込んだ質問をしますがね : 再び玄關のベル。 ドア < から、照子、玲子、三宅鐡也、はひって唐澤何だい ? ( 書きかけの原稿を手にとるじ 來る。玲子は、ドアへ。 三宅けふの放送に對して、製線所ぢゃあ、どういふ態度を : 三宅ーー社の命令でね、けふは書かないわけに行かないんです唐澤 : : : 別にーー關係ないぢゃないか : ( 唐澤に ) 暫らく。 歳の市と違ひましてね。 實驗場長・雨宮聰、ぐろい頬のあたりに疲れをみせて、はひって來 る。黒の背廣に、黒のネクタイ。 唐澤ゃあ。 さうさう、憤ってゐたぞ、あのロシア人。 三宅へえ、初耳だな : ・ 三宅どうです、お體 ? どうも、お騷がせしてーーー大したことはないで 唐澤 ・ : あんなデマ記事を書いたのは、誰だってな。 雨宮ゃあ。 す。あ乂、君に會ったらね、さっそく聞いて貰ふニュースがあっ 三宅 : : : 製廬會瓧さんは、當時、「ノーチ」なんて丸太小屋にあ ・ ( 唐澤のそばへ、つかっかと寄って ) 困る らはれるんですか。 た筈だがーーえ乂と : ははあ、犯人は、唐澤主任かな。 ね、君、書きかけを : : : ( 原稿を取りあげる。 ) 唐澤僕ぢゃない。 僕は、若い事務員に連れてかれたんだよ 電話のベル鳴る。 厭がるのを : 三宅いやね、コヴァンコフが社へよこした抗議文にね、僕の名が照子 ( 受話器をとって ) はい・ーーはいーー・たった今ーーーありがたう い乂え、思ったよか元氣ですけど さあーーーちょっと、失 明記してあったんですよ。顔見知りだけの筈だがなあ。 禮 : : : ( 電話口をおさへて、雨宮に ) おやめになりやしないでせう 唐澤え ? 何だって ? 人聞きが惡いね、君。 さう卑下する このまゝ。 なよ、君は、もうこの市の名士に屬するんちゃないか、は、は、 , 雨宮 ( にが笑ひをして ) 向うで、させてくれないさ。 照子い乂え。 三宅 ( 照子に ) 場長、このローカルだけでなく、始めてでせう ? 無論だよ。 照子え曳。 雨宮 ( 手にした原稿を見せて ) これか ? 照子い乂えーー新年會。 三宅ちゃ、仕方がない。あがるもんですよ、そりゃあ : ・ ・ ( 電話ロで ) ・ー・あ乂、 : さうさなー・・代らう。 照子あら、なすったこと、おありになるの ? 雨宮う ? うむーーーうむーーをかしなもんだね、そ 僕・ーーーいや、どうも 三宅昔ね。ー講演者は、本年度、松原湖で活躍された明大スケ れも うむ・・ー遠慮しよう。 ト部選手三宅なにがし氏でございますーーとかなんとか、やら とたんに、もう具合わるいですからーこ れて御覽なさい。 照子あのう 雨宮 ( 電話ロで ) : : : ぢゃあ、さうしてくれたまへー・・・御手數だが の邊が。 自動車のヘッド一フィトが、窓ガ一フスをかすめる。 照子ちょっと待って下さい。 玲子 ( ドアからドア < へ。 ) 今度こそ、さうよ。 雨宮もう切っちゃった。 照子も、ドアへ。玄關のベル。 唐澤、立ち上がるーライティング・テープルへ歩み寄る。 まち おこ 小使に、ずうっと觸れて廻らせるさ

5. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

照子 ( 無言。 ) のやり方だと、たゞ鹽酸で土を溶かし出して分析するだけだら なあんだ、ノイバウアーだっけ。 雨宮 う。それぢゃあ、君、植物がどれだけ土から吸收するもんか、そ かね、君、ノイ・ハウアーの穉苗法ってやっ ? の程度も分らないし、。ハアセンテーデだって概算に過ぎないから ね。 三宅チ・ビョウ・ホウ ? そりや、君、こいつを實驗場にそなへつけるまでの苦心 雨宮チは、ノ木扁のーーーむづかしいヲサナイっていふ字があるだ はーーーは、は、はーー實驗、涙ぐましいものがあったぜ。 らう。ビョウは、苗さーーーの方法だよ。 玲子 ( くすっと笑ふ。 ) 三宅あ当さうですか。 雨宮何が、をかしい ? 雨宮年來の宿望でねーーーこいつを、君、實驗場に : 玲子だって、似合はないんですもの、お父さんにーー・涙ぐましい なんて : 三宅え乂とーー・それより、けふの放送のこ・とを : 雨宮まあ、仕舞まで聞きたまへ。 試驗皿にね、百グフム土を雨宮お前に敎はったんだぞ。自轉車をお父さんから獲得しようつ ドイツの 入れて、上に石英を撒くんだよ。それへ、燕麥をね て、涙ぐましい苦心をしてるさうちゃないか。は、は、は : 場合だと、フィ麥だがーーーいいかね、百本植ゑる。さういふやっ玲子さうよ。買って下さる ? を、幾つも、ガフス張りの棚へならべて、コンスタント二十二三 さ、いらっしゃい。 照子玲子、何んです、今、そんなこと。 二人、ドアへ去る。 度の温度にして十七八日置くと、發芽して根がすっかり養分を吸 ふだらう ? 三宅えとーーあのあと、何を話される筈だったんです ? 三宅えと・ーーそれ、何か、けふのことと關係が : ( 唐澤に ) ちょっと、こっちの用件をさきにーーータ刊、まだでした ら : : : ( ポケットから出して、渡す。 ) 雨宮大ありだとも。 さうしといて、植物そのものの養分をの ぞいてね、土から吸收した成分を分析するとーーね、君ーー十萬雨 ( 呂君、。ハケッ地といふのへ、行ったことあるかね ? 分のなんぼといふところまで、正確に出るんだよ。 三宅いえ。 唐澤は乂あーーーさういふものなのかね、ノイバウアーとは。 雨宮行くと分るがねーーー實際、うまい名をつけたもんだよ。地面 くわんがいき 雨宮うむ。 がやはで、灌漑の利かない具合がーーー何しろ、高臺の水田だらう : とい 唐澤實驗場の貧乏世帶ぢや、こたへたらう、は、は、は・ ちゃうど、水洩りのする・ハケツだよ。 ふよりー・ー噂によると、だいぶ奧さんの内助の功があったさうち三宅はあーーーえ又とーーー時間がないんで : ゃないか。 雨宮だから、話してるんちゃないか。 ・ーーあすこは、五十嵐豊場 照子い乂えーーー困ってるんですのよ、その噂ぢや : ・ の地面を、れいの自作農創定で分けたところだがね : 唐澤札幌の時計臺のロマンスと好一對だぜ、雨宮君、は、は、は三宅はあ。 みの 雨宮ひどいんだ、ここ二三年は。 稻はのびても、てんで塾ら この間に、玲子、着換へを持って來る。 ないんだからね : 玄關のベル。ドアから、靑木、出て來る。 雨宮ちょっと失敬。 ( 着換へを始める。 ) でね、三宅君ーーこれまで ちべう こういつつゐ ( 三宅に ) 知ってる

6. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

326 そイだをうしゃ ふもの飾るの ? このあたりの風景のなかでは、ちょっと人の眼を敲てる庸洒なコート びろうど しのへえーーー奧さん、頭、氣いつけなさらねいば : ・ に銀黒狐の襟卷を垂らして、天鵞絨のマスクをかけた雨宮照子が、店 ( 避けて、軒につるしたものを見上げる。 ) まあ、この さき現れる。そのあとから、質素な木綿の餘所ゆきを角卷にくるん照子あら。 へんみ だ女中の逸見しの。 蛸の足ったら、棒みたいに凍ってるぢゃないの。ほ、ほ、ほ : 照子ごめんなさい。 ( 四方からそそがれた視線を感じて ) ごめんなさい、笑ったりして さかな 秀松いらっしゃい。 まあねえ、農家ちゃ、こんなものを、お正月のお肴にするのね え。 ( 二重の意味で、眉をしかめる。 ) 照子 ( 店の品々を見まはして ) あらーー・・ ( ふり向いて ) しのや、ここな そらあ、こったら 秀松奧さん、繭王、買ひなさらねいかね。 ちび しのへえ。 矮っこい枝なら仕方ねい・ヘどもーーー明日までに、大つきいの作っ て、お屆けしますべ。 照子だめだわねえ、やつばり繁華街まで行かなくっちゃ : ・ さあ 照子繭王はねーーー内地の柳でないと、うちちゃ困るの。 三宅 ( 立ち上って ) 場長さんの奧さんぢゃないですか ? ねえ。 照子あら、三宅さん、どうなすったの、こんなとこに : 三宅さん、笑ってないで、何んか考へて頂戴よ。 三宅 ( わらってゐる。 ) 三宅奧さんこそ、どうしたんです。いつ、東京から : 照子 ( マスクをはづしながら ) 東京はね、だいぶ前だけどーー・・父の家照子しのや、あんたに羽子板でも買ったげようか、ほ、ほ、ほ : にゐたのよ、札幌の。 今朝、歸ったばっかし。 しのいゝえーーーお孃さんの去年のいただきましたから : かりかちたうげ 三宅よく立往生しませんでしたね、狩勝峠の近所かなんかで : 照子あのうーーおまへの兄さんのとこぢや、もうお正月の買ひ物 したかしら ? 何んなの、あなた ? 照子ほんと。 しの知らねいすけんど : 三宅瓧でね、方々の市の、歳の市めぐりって特輯をやってるんで すよ。歳末風景。 照子えゝとーーー ( 店の人びとに ) あんた方、夜は、村へ歸るんでせ っ . のー・ 照子あら、いやよ、あたしのことなんぞ書いちゃ : 三宅は、は、は。トピックだな、しかし。場長夫人が、お里の瀧いしへえーーーまさか、ここでは : 本博士のとこから、今時分とんで歸って、戸まどひして、こんな照子逸見さんて家、遠いの、お宅から ? ところへ : 庄作っていったかしら。 しのへえ。 照子うそよーーどのみち、菊丸デ。ハートまで行くのよ、ねえ、し のや。 いし ( 秀松に眼がほで ) あんた。 いし奥さん、何か、ここでお間に合ふもんねいだべか。 秀松いいえーーー遠いっちふほどでも : むざうさ えび 照子 ( 見まはして ) さうねえ。 あら、なあに、この伊勢海老は照子だったら ( 無造作に指さして ) この繭玉、屆けてあげて下さい ーー粘土なのねーーー・まあ、針金のひげを生やしてーーどうでせ なーーお手數だけど : ・ う、このおかめの面は。 しのや、おまへのうちでも、かうい秀松 ( あいまいに ) へえ。 めん 逸見ーー ( しのに )

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3 イ 5 火山灰地 雨言僕の言ひ出したことはね、札幌大學や實驗場本場のえらい人 青木行き違ひさなりまして たとへば、唐澤 たちの學説とーーっまりーー、抵觸するんだが あ乂、さうだってね、ご苦勞。ーーー靑木君、そら、をと 雨宮 たん 君のはうの會社肥料にも當るわけさ、ねえ、唐澤君 ? どし、見に行った・ハケッ地の水田ねーー・七反のところで、籾がニ 唐澤 ( 夕刊を見ながら ) うむーーーまあね。 俵だったかね。 靑木はあ、さうでした。籾、摺って、三斗ぐらゐでなかったす雨宮そりゃあ、學問のう ( で、あっちこっちとーーー摩擦が起るの は、やむを得ないしーー・・少しも恐れないがねーーーその結果が、 お體は ? 君、こっちの望むとほりに農家へ傳はらずにだね、途中で歪んで ( 三宅に ) でね、なかに 雨宮あ乂、あり難う、もう大丈夫。 たちげ ぢや、その しまふとするとーー何んのために僕はと思ふよ。 は、立毛のまゝ豚や牛の食糧に賣ったり、水田を畑にもどしたと 途中で歪めるものだが : : : いや、これはよさう : ころもある。そんなわけで、大てい、開拓銀行の抵當流れさ。 靑本場長ーーけふは、失禮して、あまり長く話されないはういゝ 三宅はあ。 くふう んでないすか。 雨宮ーー賴まれて、エ風をしたんだがね、千二百貫ばかりの石車 を動力機に牽かせてね、地均らしをやってみた。そのあと、だい雨宮さう、さうーーー ( 三宅に ) このくらゐで、どうだね、君 : 三宅はあーー、ありがたうございました。 ぶ、好成績だったのはいいがーーそれで、どうなったと思ふ、 唐澤 ( 夕刊をひろげた蔭から ) 雨宮君ーーーいま言ったえらい人たちと 君 ? いふののなかにはーーー瀧本博士もはひってるのかね ? 三宅あの邊ーー早川農場が買ったんでせう ? 雨宮さう。別の地主が、銀行から買ひとって、ぐんと小作料を上雨宮ゐないこともない。 唐澤 ( 夕刊を置いて ) 君、その論文は、やめたらどうだ。 げたんだ。 農家はね、何んといっても、米をつくりたがる。 雨宮うむ ? なぜ ? 土地に合はないと知ってゐてもーーーっくりたがる。 惡いことは言はないか 唐なぜ ? 分らんかね、それが ? 三宅いはゆる内地延長主義といふやつですね。 ら、よせよーーー眼さきのことに追ひまはされて、ちつぼけな論文 雨宮まあ、一口にさう言ふがね、さういふつきつめた農家の心理 を、金魚のうんこみたいにひり出してみたって、始まらないちゃ につけ入って、やっと水田らしくなったものを、ーーひどいちゃな ないか。 いか。 雨宮眼さきのこととは、何んだね、君 ? 三宅はあーーそれで ? セットを運んで來る。 照子、ドからコーヒー・ たとへば、僕が三要素の新しい配合を考へるね 雨宮 唐澤書くなら、堂々と博士論文を書いて、大學へ提出しろよ。 いろんな實驗もして見たし、ノイ・ハウアーもそなへつけた。 瀧本博士は、ついてられるんだしさーー・萬一、通らなかった ラデオでもーーいや、こいつは尻切れとんぼになったが、今度、 ら、見つともないとでも思ってるのか ? 農學協會の雜誌に書くとするね。 : : : 臆病になるよーー・分らない 雨宮ふんーー君には、分らない。 かね。 照子まあ、どうなすったんです、あなた ? 三宅はあ、ーそこんとこを、もう少し : 、 0 もみ んちゃう

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2 2 3 あね 聲ーー・姐っこ、智慧あるど。 會社肥料、借りられなくなるど、おらはうの實行組合。えいだか。 庄作、けげんさうに見まはす。 庄作うん。 ( 踏切を越えて、橋のはうへ去る。 ) まっえ ( 笑ひころげて ) えいんでないの、庄作さんだら、まだ知ら河邊 ( 三宅に ) したら、ここで待ってれって。支帰長さ相談して、 ねんだよ、あっは、は、は、は : あんた行くもんだら、自動車で拾ってくから。 河邊頼む。 ( 寫眞機を三宅に渡して、とび下りる。 ) 三宅ちえつ、莫迦にしてやがら。 いし明日の新聞、借りて見なさへ、今のえいとこ撮さってるか河邊 ( 店の人びとに ) ありがたう。 ( 駈け去る。 ) ら、は、は、は・ : 三宅 ( 氣を腐らして、店へはひって來る。 ) 記事とらして貰ひます。 秀松お買ひ物の寫眞載るだら、まづ大臣級だもんな、ふ、ふ、ふ ーーー寒いなあ。一年ぢ 關 ( 庄作を見送って ) 世話やけて、仕方ねい。 ゅうの、錢っこ吐き出したら、腹の底、冷えて來たもんだって。 三宅 ( 堤防の下のところで、河邊と立ち話をしてゐる。 ) ・ ・一旦歸っ秀松えいさ、あんたは。 もう、は、あんたとこぐれゐだべ、 をととし て、驛まで出なほす時間なんかないよ。 さき一昨年の自作農創定から持ちこたへてるの。 ・ ( 話しつづける。 ) 河邊だめだってや。支局長が : 關そらあ、ま、ほかのやつらとは譯ちがふさ。ゅうべもな : したら、 秀松 ( むっとして歩きかけた庄作に ) ついでに、買はねいかい。製糖 ( 向ひの木工場を暗示して ) とめて貰ったべ。雪でな。 會瓧の仕事じめいだら、たんまり持ってるべ ? 大つきい檀那も言ってあったつけ、關とこがうまく行くうちは、 いしな、負けとくで : 地主の賣り逃げだなんて言はせねいってな。 まっえ買って行きなさいって。新聞の寫眞が、嘘になるんでないまっえ ( 三宅に何か訊かれて ) 言はないっていへば、もう言はない びげ の。 よ。あんた ( 髭の手つきをして ) これだら言ふけんどな、は、は、 庄作 ( 答へずに、行きかけるじ 關 ( ストーヴのそばから ) 逸見。 三宅腐らせるなよ。 庄作 ( ふりかへる。 ) まっえあんた、若けい女さ訊くときゃな、齡は ? なんて言ふも 關屆けてよこすちうて、もう屆けねいな。 んでないよ。あんた、齡、幾つって、やさしく訊くもんだよ。 往來に、滿員の・ハスが來て停ったけはひ。 庄作何だっけか。 たんべっ 關亞廠の反別よ。 來た、來た。 ちょっくら待ってけれや。 庄作まだ極めてねい。 女車掌の聲ーー荷物多いば、つぎにして下さあへ。 さうかい。ふうむ。おめいをこ地面ひろ過ぎて、ちょっくら極 關 ( 風呂敷づつみを、片手にあげて見せて ) これだけだ。・ められねいべな。來年だら、亞、五町歩もっくるかい、は、 のに挨拶して、駈け去る。 ) は、は・ : いし毎度ありがたう。 人びと、聲を合せて笑ふ。 バス、しきりにエンヂンの音をさせて、雪のなかを行きなづむけは そうそう ひ。ーー遠ざかる。 關春匇々、屆けねいばなーーー奬勵方針變ったの、知ってるべ ・ ( 店のも

9. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

雨宮それを恐れてでもゐるといふのかね、僕が : のことなら、わたし、お歸りまでどんなにでもしますけんど 辻い又え・・・・・ー・さう仰しやられると、どうも : いますぐ、自動車でなら : ・ 三宅ロをはさんで失敬ですがーー愚問かな、こりやーー雜誌のは 雨言だめだよ、君、この嵐のあとぢや : ・ うの論爭は、場長、續けられるんでせうねーーこれとは別に : 靑木あゝ、さうでした : 莫迦だよ、靑木君、僕もーー今になってーーこ雨宮うむーーまあーー、發表できるスペースがあれば : ・ 雨宮 辻どうでせう、場長ーーたとへ第一日には、お間に合ひにならん こまで來て、やっと農家の人たちの氣もちが、うすうす・ : でも・ーー明日、早朝に何して、飽くまで、ひとっ : ・・ : さもない 玄關のベル。靑木、立ってゆく。 と、わたくしなどーー。今後、何をたよりに : 靑木 ( ドアから覗いて ) 辻さんです。 雨宮、眉をしかめてーーそば〈寄って來た靑木に、何か囁く。その間三宅 ( 皮肉に ) 辻さん、さう心配したもんでもないんちゃないです 、カりー に、辻章平が、はひって來てしまふーーーっづいて、三宅鐵也。 どうなさいました、場長、ーー奥さん、お加減お惡いさうで辻え ? 辻 三宅場長が、假りにだけれど、失脚されたとしてもさ・ーーあなた が次席から繰り上がればーーー雨宮學説の、りつばな後繼者だから 雨宮誰に訊いたね ? な、は、は、は : : : ねえ、靑木君。 三宅ここのアカシャ並木のはづれに、古ぼけたカフェがあります 靑木 ( 微笑。 ) ねーーあすこから出て來た唐澤主任と、いま、ばったりーーーテマ 辻そんな、君ー・ーー常談にも程があるよ。ーー場長、どうもお疲れ 屋で仕様がないですよ、あいっ : ここは、一 のところをーーお氣に觸ったかも知れませんが 雨言さうかーーーあ、どうも、むだ足をかけて : つ、どうしても安協して頂きたくないところでしてーーー場長だけ 辻 ( 座について ) 場長ーーーかういふことを、わたくしなどが申し上 は、わたくしの眞意を御諒解くださると思ひますが : げては、まことに何んですがーーー奧さんの御急病がどの程度か存 雨宮どうも、ありがたう、御忠告 : じませんけれどーー不可能でせうか全然。ーー・會議に御出席は・ : 辻では、明朝、もう一度 : 雨言 ( 無言。 ) 辻といふのは , ーーわたくし、この春からの場長の孤軍奮鬪ーーーと雨宮さうしてくれたま〈。 辻 ( 立ち上って、三宅に ) 君は ? いっては何んですけれどーー・ーお仕事ぶりを拜見して、つくづく、 とうそっ せんゑっ そのう , ーー甚だ僣越ですが、場長のやうな方の統率してをられる三宅 ( 答〈ない。 ) 地 靑木、辻をドアから送り出す。 灰 この實驗場に働いてをることをーーーまあ、この上ないことに思っ 山 われながら、いやんなっちゃふんですがね、場長 , ーー職 てをつたのでしてーーーそれだけに、今夜なぞは・・・ーー・何んといひま三宅 業的な第六感といふやつでーー御事情は、うすうす分ってるかも すか、そのーーよしんば、場長の提出される試驗事項が、全部、 知れませんよ。 あちらで否決された結果ーーいや、そんなことも、萬々あります 靑木、ひきかへして來る。 まいけれど :

10. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

あさはかなやつでないすか 靑木どうも。 ( うけとってみる。 ) ( 自嘲的 ) あざやかな轉落 三宅まあ、いいぢゃありませんか。 知れたらーーふん、知れても褒められるぐらゐに考へてたん ぶりですよ、は、は、は : : : 見當ちがひですか、さっきのこと ? でせうか。 うん、ト一フクタアの話か。 雨宮何んだっけ ? 制服すがたにバスケットを提げた徹が、母親といっしょに、表門のは 三宅僕が、こっちへ來てですね、いちばん興味をひかれたのは、 うから生墻づたひに來る。 あの問題なんですよーーーあすこを小作地に分割したときに、會瓧 徹敎へたっていいでせう、それくらゐ・ 側ぢや、慾のない百姓はないからなんて言ってたさうですね、 照子まあ、お父さんにお會ひしてから。ーーあら、降って來たわ。 作をすりや、星のあるうちから手もとの暗くなるまで働くくせ かけ 翳ってゐた空から、ぼつぼっ降り始める。雨宮、近づいて來る息子に に、賃勞働となると怠け放題だなんてね : : : 會瓧の志村課長やな やがて、つかっかと歩み寄って : するどい視線を向けてゐる。 んか : 雨言徹 ! 雨宮違ふかね ? まじめな顏で、さういふことを聞徹ただいま。 ( 立ちどまる。俯し眼になる。 ) 三宅いやだなあ、場長は。 くんだから、は、は、は : : : 大農經營がだめだから、あとは集約雨宮きさまーー。恥かしいとはーーー思はないか ? : ・ : ・ 農業のひと手しかないって考〈られたんちゃありませんか、そも徹 ( 無一一一〔。 ) お父さんは、誰のために、かうして働いてゐるんだ ? あゝ、それでですか、書いちゃいけな雨宮 そも三要素の問題は。 それをーーきさまーー農家の娘をーーーおれの仕事を、だいな いってのはーー大丈夫、場長が會主義だなんて誰も書きやしま しにする氣か、莫迦っ ! ( 突きとばす。 ) せんよ。は、は、は : ・ ( とめる。 ) 見つともないですわ、こんなところで 照子あなた : ・ 靑木、ひき返して來る。 靑木あのーー奧さんや辻さんが、だいぶ仰しやったですけんど 靑木場長、お願ひですから・ : お聽きにならずにーー唐澤さんと車拾って : 雨宮どけ。 三宅ーそれ、瀧本博士のことですか ? 照子 : : : あなただって、お悪いんぢゃありませんか、いくら : うむ。 雨宮 さうかーー・唐澤主任となら、た . いがい見當はっき雨宮醉ってたなんてことが、ロ實になりやしないぞ。 三宅えと : いくら學問のことだって、夜おそく外へ出したりなさる 照子 ちゃ、僕ーーー失禮しました。 ( 去る。 ) ますよ。 から : 地雨宮ーー困るなあ。 灰靑木はあーーーわたしなどには、どうしゃうもなかったすけんど靑木場長、どうか : 山 自分のやったことには、責任をもて。 雨宮 ゃいいか、分ってるだらうな。 雨宮うむ、それもだがーーー三宅君なんかにまで、あんなことを言 5 はい。 はれるとするとーーいや、それは理由にならない、ーー・とりかへし徹 7 にき 3 照子 ( 夫の考〈に、始めて氣がついて ) あ、いけませんーーーまさか、 といたよ。 ( 端書を渡す。 ) おっ 徹、どうすり