くれ : : : お前もどうかしちまったぜ。無理もね工が、まア、ここ 工ものが、この世にあることさへ知らずに育った御人逹だ・ : 6 世界がまるで違ふんだから、喧唾にアならね工んだよ : ・あ又あ、 % んとこ、ようく氣をしづめておくんな : 直その大金は、妾逹のものですよ : : : 正眞正銘、妾逹のものです さうだとも : : : 育ちの違ふ人種とア、とても生涯、折合へつこあ よ : : : どなたのものでもありませんよ : りやアしない : : : だからさ、お前さんも、江戸っ子ちゃね工か 平こいつはいけね工 : : : うちの婆さん、氣が違った : : : 。なアお : そんなはした金は、 . 氣前よくくれておやりな : い : : : よく胸に手を當てて考へておくれ : : : それが出されるやう直江戸っ子もハチの頭もありやアしませんよ。妾は、銀行へ行っ て來ますよ。 ならな : : : そのお金が、おれ逹の手に返して貰へるやうだったら ばさ : : : ねえ ? 何もこんな苦勞をしやアしね工ぢゃねえか : 勝平あ乂あゝ行って來ね工 ! 行ってどうするんだい ? 銀行の 直だから、妾は銀行へ行って來ますよ : : : 何百ペんでも、何千べ 窓口にでも、首をくくって死んで見せてやんね工 ! んでも、根限り、死ぬまで、銀行へ行って談判して來ますよ : 直さうですともさ : ・・ : 妾は、どうあっても、駄目なら、ほんとに もうほんとに、お人好しに、こっちが遠慮してゐた日には、いく あの銀行の窓口に首をつってやりますさ ! さが : こりやア、 らでも增長して、つけ上って : : : 今のお上なんて、ほんとに田舍勝平あ乂あ、情けね工婆さんになり下ったもんだ : どうしたらいいだらうなア : : : ? 者の集りで、氣がきかないんだから、しゃうがありアしない・ 何とか正氣には返へらね工も のかなア : 椦平 ( なだめて ) なア、婆さん : : : お前さんもそれちやアあんまり 往生際が惡いってものだ : : : ね ? 無理が通れば、道理がひっこ直なアに、あなたはね、昔つから、カ一フ意氣地のない家べんけい 。何んだな : : : お前さんも、 むさ : : : 昔つから言ってゐらア : でさ : : : 家の中で威張って、外へなんぞ乘出したためしのない人 もうとうにそんなことは、悟っちまった話ちやアないかね ? ど なんですよ・ : だから、妾が、かうして苦勞しますのさ・ うしたんだい ? 今時分、そんなにムキになってさ : 勝平おい、その預金帳がいけね工んだ ! そんなものを百萬べ : このま乂 直あんまり、ひどすぎますよ : : : 妾逹は死にますよ : ん、さうしてさすってゐたって、一文も出て來やしね工よ : : : 金馬 たぬき ほったらかされた日にやア、死ぬんですよ。人を平氣で見殺しに の落語ぢやアあるめえし : : : 狸がお札に化けて堪るものか : そんなものア、燒いちまひね工 ! 目ざはりだ ! 破いっちまひ してゐていいんですか ? 人が間違ひなく、ほら、ここで死 . ぬん ね工 ! : お上はそれを知らん顔をして頬冠りしてゐていい ですよ ? んですか ? 直よけいなお世話ですよ。これを破いてなるものですかい。・ハカ 勝平そりやア、無理だよ : : : 婆さん : : : 今の政府は違ふんだよ ・ハ力しい : : : 妾の命の綱ですよ : : ・妾の、これこそ本當に虎の子 : ・あんなものア、誰アれも責任者なんざゐやしね工んだ : : : 何 だ ! 妾の、奪いおたからですよ ! 處の人種の政府か知らね工が、ありやア、とにかく日本人のお上勝平 ( 聲やさしく ) このくそ婆ア : : : 出て行け : : : 手前の惡性見と ってもんぢやアね工んだよ : ・ どけた : : : 離縁してやるから出て失せろ : あたし 直人情ってものを知らないんですよ ! : この 直妾ですかい ? 出て行く所なんざ、ありやしませんよ : 勝平あ乂あ、知らね工とも、知らね工とも : : : そんな人情なんて 廣い世間に、一つもありやしませんよ : こん さっ
さと云ったら : : : あ曳、おれなんざ、見つともね工 : : : おきぬさ うちやアないか : : : 自然と息の根が止まるだらうぢやアないか 0 : ・どうだい ? おれだって、いざとなりやア、これだけよい智 % んから見たら、カ一フだらしがね工 : : : かうして、手前一人、始末 慧も浮ぶんだぜ : ・ も出來ねェで、泣きごとばかり並べてやがる ! 直 直ところが、まだ、いけませんねえ・ 勝平おきぬさんが、笑ってらア : : : ゲ一フゲ一フと、この意氣地の勝平何故さ ? 何が、いけませんだ ? ね工、卑怯未練な勝平を、嘲笑ってゐやがるぜ : : : あの世からさ直その、おあとに空氣がありますよ : ・ ふうん、なるほど、こいつは、流石 平 ( 驚いて ) 空氣い : : : ? 間ーー沈默。 : こいつは、いくらおれでも、斷る のおれも氣がっかなかった : ・ わけに行かね工か ! 椦平ところが、可笑しいのはね : : : 先刻、とろとろっとしてゐた 直これを吸ってゐる分には、なかなか、人間も死ね・ないといふ話 ら、お前さん : : : お迎ひが來たんだよ : ですよ : 直ええ ? 縁起の悪いことを言ひなさる ! 勝平いや、確かに來たんだがね : ・ : それが、倅の淸三か、嫁のお平違工ね工 ! ええ、全く、ままにならね工浮世だなア : ・ さとなら有難いが・ : いや、孫のな : : : 辰良なら一、嬉しいが直きぬさんの眞似は出來ませんよ : ね : : : ちょっ ! くそ面白くもね工 : : : あの、色氣狂ひの墮落女勝平ううむ、あの化物が、先にやっちまったからいけね工 : : : あ いつの眞似をしたと、あの世で笑はれるなア癪だよ : : : 。今夜は 子のおきぬ婆アが、例の高調子の氣味の惡い色つぼい聲で笑ひな 停電がないやうだぜ : がら : : : このおれに、「迎ひに來てよ、お兄さん : : : 」と、ぬか 直さうですねえ : : : ありがたいことに : しやがった : : : あゝあ、いやアな氣持だ : ・ 勝平バカに明るいちやアね工か : 直 っちまっちやどうだい : 勝平ああ、 ( 生欠伸して ) 時に : : : 何時だね : 直寂しいですからねえ : ・ 直十時ですよ : 椦平あゝ、夜が長いなア : : : 夜明けまでは : : : 容易なこっちやア平いやもう、娑婆の聲も澤山だ : : : 賣りね工 : : : なるべく、未 ね工 : 。その時計も賣っ 練の出ね工ゃうにしなくっちゃいけないよ : ちまふんた : 直何か、召上ったらどうでせうねえ : : : 今夜は、何も食べてゐま 直これですかア : : : ? せんよ 平冗談ぢゃね工 : : : せつかくのおれの苦勞を、さう傍から、水勝平コチコチと、ヤケにこのおれのいのちを、きざんで、急き立 。おかゆを斷って、毎日、おもゆにし てやがって、氣が氣ぢやアね工 : : : 早く失くなしてくれ : ・ の泡にしないでおくれ : あたし さゆ たんた : ・ : さう直まア、これだけの、疎開品があったればこそ、妾達も、かうし 。おもゆを斷って、毎日、お白湯にしたんだ : て今までお天道樣も拜めたわけですからねえ・ : 順々に娑婆の食ひものを、斷って行ったら、そのうちには、ちゃ んと思ふッポにはまって、御體裁よく、きれいに大詰になるだら勝平それが餘計なお世話さ : : : 五十歩百歩だ : : : こんなものが、 。おい、婆さん、ラデオを賣 さすが
270 がって・ : ・ : ええ、堪らね工なア・ : : ・うううう、まア、何てエ味を 禧子 ( その胸の中へ素早く飛び込む ) ・ 兩人、ジャズに合せて、踊りつづける。しかし、蓄音機は、おそろしく 思ひ出させやがるんだ : : : そそ、さう、あわてなさんな、勿體ね テンボののろい、憂鬱な氣だるい音樂をだらだらと鳴らしてゐる。 工 : : : ゆっくり、かう、眼をつむって、眞の底から、味ははなく っちやア、全く罰が當るぜ : ・・ : え、え、ありがたう : : : 婆さん 第四場 : 一生、お前さんの : : : この心づくしは : : : 忘れね工ぜ : : : ほ 階下の部屋。 んとに、男一びき、泣かせやがるぢゃね工か : ・ 古木勝平の住居。 直そんなに、まア、喜んでおくんなさっちやア、こっちが : 大晦日の夜。 ( 目をふく ) 勝平、炬燵の横にちゃぶだいを置き、お皿を抱へて、魚をしきりとっ 椦平くさっても、鯛といふが、全くこいつは、豪勢なものだね工 ついてゐる。 ・ : さア、漸くこれで、本望をとげた : : : 全く、こいつは、それ 直、お銚子をもって坐る。 : もうこれ こそ何だよ : : : おれの一生最後の、鯛の食ひ納めだ : で、思ひ切りがいい : : : あ、、よく食った ! 直さア、お待ち遠さま : : : つきましたよ : ・ あっかん 勝平お、、ありがたい : : : 熱墹だネ : : : あゝ、ありがてエなアー 直っいでに、こっちのもお上んなさいよ : 直おやおや、お酒が出る間に、もう、お魚が、お終ひになってし勝平とんでもない : : : そいつは、お前さんのだ : : : お前さんも、 まった 。あゝ、いい心持だなア : 最後の食ひ納めをやるがいいよ : 鯛の鹽燒きを、かう、骨までしゃぶっちまっちやア : 勝平なアに、お前、鹽燒は、さめちまっちやア勿體ない : : : うう さらさら 直「思ひおくこと、更 ( 皿 ) に無い」ですかね ? 直まア、あなた、さう夢中で : : : ちょっとその皿をおおきなさい勝平 、違工ね工 ! お前さんも、都々逸が出るやうぢや よ : ア、まだ、たのもしいものだぜ : ハハハ、ほんとに、まア今夜は、いいお年越しですよ ! 勝平まア、待ちなさい : : : とても、勿體なくって、金輪際、おけ直 椦平全くね工 ! それに、このお神酒と來た日にア : : : こいっ さうもね工 : しあは 、は、全く生きてゐる倖せってエもんだ : : : あ、ありがたいなア 直さう、チュッチュッと、ロを鳴らして、あなた、いくら骨をし ・ : ううむ、人間てエものは妙なものだね工 : : : 何でも、氣持次 ゃぶったって : : : あきれた人ですね工ほんとに : ・ 第だ : : : いい心持の時は、何でもいい心持だ : : : 惡い心持の時に 勝平ううむ : : : こんな豪氣な鯛を、お前さん : : : さうあだおろそ 。なア、婆さんや、人間は萬事、かう ア、何でも惡い心持だ : かには出來ね工ぜ : : : 第一、お前さん : : : 今のこの古木勝平のお : とても : 氣持の持ちゃうだね工 : 身分ちやア、とても : ・ 直さうそ、ほんとに、氣持の持ちゃうですね工 : 直さア、せつかくのお墹が臺無しだ : やく さうだっけ・ : ・ : ( 酒をのみ ) あゝ、ううむ : : : こ勝平さア、お前さんも、厄拂ひだ : : : 一杯やりね工 : 勝平おっと ! の一杯のお酒が、また : : : きゅうっと、五臓六腑にしみわたりや直いえ、妾は遠慮しておきますよ : : : お爺さんが、寂しがります どどいっ
258 折角の、お前さんの厚意を、無にしちやア、罰が當る ちやア、來てくれね工お醫者さんのお世話になんぞなっちやア ・ ( 白湯をのむ ) : : : ううむ : ・・ : いけない : : : やつばり氣持が悪 こいつ、あの世へ行って、みんなに言ひわけが立たね工もの ごふ ・ ( 生欠伸をして ) けどねえ、お直 : : : おれは、何も業を積む ゃうな悪いことを、した覺えがね工んだがなア : : : どうだい、そ直背中でも、さすって見ませうかね れとも、お前さんには、思ひ當ることがあるかな ? 勝平いや、それにはおよばね工 : : : それよりやア : : : あゝあ・ : 直どうして、あなたのやうな、佛様のやうなお人が : : : そんな罪 ( 生欠伸して ) 嫌アな氣持だなア : : : この氣持は : : : ううむ : : : そ 業がありますかね : れよりやア : : : 何か、お前さんと、最後のよとぎでもしようかね 勝平さうだらう ? さうだとも : 。そんなものがあって堪るも ・ : わたしが死んだら、お通夜に來てくれる人も一人も無しさ のか : : : 全くだよ : : : それなのに、早く納めちやアくれねえ : ・ ・ : お前さん、ひとりで、お通夜ぢやア、話相手がなくって、さ かうも、嫌な氣持で人を苦しめやがる : : : 畜生奴 ! ぞ寂しからうぜ : : : ええ ? だからさ : ・ : これより先 : : : 死ぬ前 直ねえ、お爺さん : : : 妾、お醫者さんを、よんで來ますよ に、二人でお通夜をして、故人の昔話でもしようぢゃないか : ・ 勝平待ちな ! いけない : : : お前さんは、そこを離れちやアいけ こいつは、彌弐さんちやアね工が : : : 乙な趣向だぜ : ・ ない : 直 ( 急に明るく ) さうですね工 : : : それは、面白いでせうねえ・ : 直だって、あなた : : : そんな苦しみは、注射一本打っていただけ ば : : : 直ぐ癒るこってすよ : : : それに決まってゐますよ : ・ 勝平ほら、お前さんの御機嫌が直った : : : ありがたい : : : どうも、 勝平まア、そんなものはつまらね工氣安めさね : : : それよりは、 おれも骨だよ : : : 末期の苦しさと鬪ひながらさ : : : その上に、手 お前さんに、一寸でも、そこを離れられちやア、心細い : : : ま 前の女房の御機嫌とりをしなくっちゃならね工とは : : : こいつ、 ア、そこにぢっとしてゐてくれ : 慰めたり、勵ましたり、笑はせたりさ : : : ええ ? 浮世の義理は 直困りましたねえ : ・ つらいよ : : : 大骨折りだ・ : 勝平困ることアない : : : 第一、お前さん : : : そのお金があるか直ハハハハ、お爺さん : : : 大きにさうですねえ : : : これは妾が、 ね ? 醫者は、ただぢやア來てくれね工ものだよ : 惡うございましたよ 直それ位の事、何ですよ : : : 何とかなることぢやアありませんか勝平ところで、今ふいと思ひ出したが : : : あのおきぬさんね工 ・ : 第一、あなた、そんな事を言ってゐる場合ぢゃありませんよ 直ええ、あのいとこの、自殺なすった・ 勝平をかしいね工 : : : をかしいよ : : : お前さんは : : : あれほど、 勝平そのおきぬ婆アさ : : : あの奴さんは、全く偉物だったと、わ 早く納まることを願ってゐるくせに : : : せつかく今夜のやうな好 たしは今、つくづく思ったよ : : : 己れがかうして、追ひ詰められ をなご い機會が、期せずしてさ : : : ええ ? 思ったより早く、授かった て、死にそこなって居れば居るほど、わたしは、あの女子に感服 といふのに : : : 喜こばなくっちゃいけね工筈だ : : : それを、そん し切ってゐるんだよ : : : 大した度胸だった。大した人物だった なあわてるんぢやア、何の事やら分らね工 : : : お金を出さなくっ ・ : 見上げた女子だったよ・ : まつご おっ えらぶつ あたし
こまっ 直久しく上がらなかったからね工 : 直ええ、お師匠さんはいつもあそこのロ : でも、妾は、小松 2 が好きで : : : 京橋の : 勝平ううん、さう言ひや、實にもう久方振りだね工 : : : あれは、 いつのんだっけ、忘れちまった : ・ 勝平あゝ、小松はよかった : : : あそこの、白燒きをね、ワサビを ピリッときかせた日にア : : : 全く、思ひ出すなア ! 直そんなことは、忘れちまった方がいい : 勝平さうよなア : 。しかし、おれは昔ア、のんだもんだったね直いえ、妾はあそこのいかだ : : : おいしいですよ ! 妾は、いっ も二人前 椦平いかたとは、大ぐらひだなア ! ええ ? ト , 、 直えゝえ、朝つから : : : 一升酒の : / 松の ? いかだ 椦平大とらの : を ? 二人蔔 月 ? へえい : : ハノハ、さうそ : : : 大分お前さんを困らしたっ としつき 直あなたは、好物はおそば : : : ね ? け : : : 思へば、長い長い年月だったつけ : れんぎよく 直いえ、機嫌のいい酒のみでしたよ : 平あを蓮玉か ? 池ノ端 : : : 大晦日と言ひや何十年、必ず蓮 平さう一言はれると面目次第もね工 : : : けども何だぜ : : : おれ 王で年越しそばをね工 : : : 池の水面にもやがかかってゐたつけ は、茶屋酒はやらなかったぜ : : : 外ぢやア悪のみはしなかった : 靜かな大晦日を思ひ出すよ : 。けど、お前さんは、すしだ ・一番好きなやつは : 直えええ、それはね工 : : : 感心でしたよ : : : のむのは、いつも家直あゝ、淺草の辨天山のね工 : : : もう一度、食べて見たいですね の中で : ・ 平唄をうたひたい時は、師匠を家へ呼んで來たものだった : ・ 勝平さうそ、さう言へばね、あの辨天山の都ずしのおやちは、戦 直あゝ、あの小唄のお師匠さんは、お酒が好きで : 災でやつばり燒死んださうだよ : 直さうでしたね工 : 平女のくせに、大酒のみさ : : いい人だった : ・ 。ああ、それ勝平ううむ。天プラはどうだい : 直いえ、あのひとは、お上品なのみ手でしたよ : はさうと、あのひともね工 : : : 八十歳のお阿母さんを、背負って直ええ ! 廣小路の天民 : : : あそこが妾は一番好きでしたよ : 逃げたばっかりに : : : 煙にまかれて死になすった : 勝平あそこは、眞物さ。わたしは、鳥が食べたいね工 : 。何ア んて言ったか : 勝平ううむ : : : 可哀いさうなことをした : : : あの時、千東町の年 ・・ハ力にうまく食はせるとこがあったよ ! あの 寄りを見捨てて、逃げたら、自分は助かったといふことだったが へんにさ : : : ほら、やつばし池ノ端だったよ : あげだ 直さう、「揚出し」ですかい ? ・ ( 沈む ) 直でもね工 : : いざとなると、さうも行かない : 平いいや、鳥さ : : : 鳥の話をしてるんだな ? 勝平それはさうだ : : : ( 間 ) あゝ、思ひ出したよ ! あの師匠は直あゝ、鳥ですか : : : さうそ、「鳥榮」でしたらう ? きたない そら、うなぎといふと、とても目が無くってね工 ! 小さな家で : 勝平さうだ ! その、鳥榮だよ ! あそこはまた格が別だったぜ 直さうそ、大好物 ! よく一緡に行きましたつけね工 : ・ : 駒形の : 椦平前川 まへかは てんたみ とりえい しらや みやこ
さんに : : : 何も言へねエ・ からね : 。うさ睛らし、厄拂ひ、氣持直し、 勝平なアに : : : お禪酒を斷る法はね工 : : : ね工 ? 末期の水とい直さア、おすごしなさいよ : ・ まア、いいお年越しぢやアありませんか : ふが、今夜は末期の酒と來ちやア、おれ逹も豪勢なもんちゃね工 勝平ねえ、婆さんや : : : 人は末期の水と言ふが : : : おれの所ちゃ : さア、ぐっと一息にのんだ ! のんだ ! ア、末期の酒だぜ : ・ 直ほんとに、ぢや、少し頂戴しますよ : : : ( のむ ) 勝平あ乂、いい心持だ : : : お前さんもいかにもうまさうにのんだ直全くですね工 : 、あゝ、何とも言へない心持になった : : : 。時に、婆 椦平 さん : : : まづい事を聞くやうだがね : : : お前さん、こんな御馳走 直おいしいですねエー : どうしたことだね ? 銀行預金の してくれた : : : その金は、 勝平そうれ、見ね工 ! 氣持だよ。心持だよー あますところの三千圓は : 直お爺さん、まだありますよ : : たんとありますよ : : : 遠慮しな 直あんなはした金は、あなた、もうとうの昔、費っちやひました いで、ゆっくり存分お上んなさいよ : ・ 勝平ええっ ? まだあるのかい ? お酒が : 直えゝえ、大丈夫 : : : 除夜の鐘まで、上っても大丈夫、お酒は盡勝平だ、だからさ : : : それを、お前さん : ・ 直まアまア、そんな事はね、あなたがね、心配しないでもいいん きませんよ : ですよ : 勝平 ( 茫然と打見て ) おうい : : : 婆さん : : : おれは、何かい : : : 夢 : こんな金が : : : 不思議ぢゃね工か ! を見てゐるんぢゃね工のかい ? ええ ? おい、ちょっと、おれ勝平だ、だけどもさ : 直へソクリです : : : お爺さん、妾っていふ嫁さんのヘソクリでさ の頬っぺたを、つねって見てくんな : ・ 直 アね。ね工 : : : さうでせう ? これはね、お爺さん、あなたと妾 ノノノハ、いい心持ですね工 : お爺さんがまア ! そん ( 涙をふく ) のね : : : ホ一フ、「三途の川の渡し錢」ですよ ! なに喜んで下さるんですかね工 : ノノノハ、なるほど。感心 ! へえい : : : お前さんてエ女は 勝平 ( しきりに涙をふき、しんみりと ) おうい : : : お直・ : ・ : このおい平 をなご か干とよ ・ : 全く不思議な女子だぜ、全く、こいつは山ノ内ノ一豐が妻だ ぼれを、さう泣かせてくれるな : : : ええ ? お前さんのそのう、 心根が : 直 ( 泣いて ) 妾はね、お爺さん ! 何アんにも心にかかることはあ直ハハハ、古風なことを言ひ出しなすった : : : 山ノ内ノ一豐が妻 はようござんしたね工 : りませんよ ? 妾はね、今となっちやア、もう、氣持がサツ。ハリ 部 しましたよ : : ただね、まア、かうして息の通ってゐるうちは平しかし、「三途の川の渡し錢」とは大出來だ ! 女房、出來 い したア ! ノノノハ、さアさ、お銚子だ : 色ね、せめて、ほんの : : : 出來ないまでも、お爺さんを、何とかし ・ ( 酒を注ぐ ) て、喜ばして上げたい : : : 機嫌よくして上げたい : : : それだけで直はいはい : 平あ酩酊つかまつった : : : おっそろしく廻りの早い酒だぜ すよ : ・ 7 2 勝平うううむ : : : 滿足だ、おれも滿足だ : : : お直、おれは、お前 まつご
316 どたどしい。しかし、胸が出つばり、尻が極度にでっちりと出てい絹枝私は、この通り、ピンピン : ノノノハ。まだ、五十の若 る。西洋老婆のような感じの恰好。 さでしよう : : ? これは : ? じやアない ? あ、この子 : 孫は、男の子。六つか七つ。生き生きとした元氣な子。 ね、私、あの頃、心細くなったから、貰いっ子をしたと思いなさ いよ : : : ね ? ・ : その男の子が、とても上出來で、秀才で : ・ : それで、こん お嫁さんを貰って : : : 今では大學の先生よ。 善光 ( 顔をゆがめて ) ーーもう一人の己が子を : : : 捨てた : ・ な、可愛いい孫が出來たってわけなのよ : : : ホホホホ。 男の子早く ! 早くったら、おばばア ! 老婆は、絹枝である。 ( 七十一歳 ) 絹枝はいはい ! ああ、せわしない : : : 孫のお守りよ : 工 : : : あんた、變ったでしよう ? 多少はね工 : 絹枝ーーおお、早いこと : ・・ : 早いこと : ・・ : ボクには、とても、つ 男の子おばば、おいてっちゃうよ ! ボクひとりで行く ! いて行けない : 男の子早く、早く行くのよ : : : おばばちゃま : : : あの、象の電車絹枝ああ、いけません ! あぶない : : : おばばと一絡でなくっち ポプちゃん : ・ やア駄目よ ! ポプちゃん : ・ ああ、せ に乘るんだよ : わしない : : : じゃ、ね工、善光さん : ・・ : あんたも、早く、お孫さ 絹枝はいはい。行きますよ ! 乘りますよ : : : お、お、早い : んと遊ぶようになるといいわね工 : 。じゃ、御機嫌よう : お、お、早い : : : ああ、おばばは、苦しいよ、ポプちゃん ! はいはい、さあ、行きましよう ! さア、乘りましようね工 : 絹枝と、善光、顔を見合せる。 兩人、しばらく、無言。 急ぎ去る。その腰を曲げたヨチョチの恰好。 善光、無表情。 分ったのか、分らないのか、互いにしばし、茫漠とした顔付。 いつまでも、見送る。 空虚な樂隊の音。 にわかに、風が出て來る。 ごみごみした、土を卷き上げる春の風。 善光、ぼんやり立ち上る 風に背を向けるが、帽子を吹き上げられる。 ポロポロのそのソフト帽を、しつかりと手でおさえて。他の手で、し つかりと、卷物の包みを抱えながら、よちょちと、去って行く ( 昭和三十八年四月、五月 ) 男の子 ( じれて ) 早く、早くよ ! おばば ! 絹枝あ、ちょっとお待ち : 。あら、あら、あら : : : 善光さんよ ・ : 善光さんよ : : : そうでしよう : : : まアまア、善光さんだ : うわアッ : : : あんた、まだ、生きていたのね工 : : : 私、絹枝よ : 分りますか ? 善光 ( ニャニヤとして無言。見入る ) 絹枝うわアッ ! 奇遇ね工 : : : 奇遇ね工 : : : だけどまア、あん た、すっかり、ヨイヨイみたいね工 ! ・ ( 無一三しかし、ぼんやりした笑顏を消さない ) 善光 おの ・ : 私もね
勝平お天道様なんざ、もうとても當てになりやアしない : : : 第一、 第四場 この日本てエ國を、お天道様ア、まともに照らしちゃおいでなさ 階下の部屋。 らね工ぜ。しみじみ今度ていふ今度は、骨の髓からしみわたって 古木勝平の住居。 分ったよ。 ある日の午後。 直お天道様も、聞こえませぬですかね ? 勝平と直。 勝平聞こえね工よ。さうちゃね工か ? ええ ? どうしたって死 直、簟笥から衣類を取出してゐる。 んちゃならないものを、めちゃくちゃに殺しやがってさ : : : おれ 勝平いよいよ何だね。その簟笥も、カ一フッポになっちまった : 逹みたいに、早く死なしてくれと拜んでゐるおいぼれ奴をさ、か 直あらかたね : : : お終ひになりましたよ。 うしてペんべんと生かして苦しめてゐやがる。そんな天ノ邪鬼な 勝平ちやア、もうその笥も目ざはりだ。 天道ってあるもんちやアない : : : めちゃくちや天道だ。 直さう、伊逹に飾っといてもしゃうがない。そのうち賣っちまひ直さア、何もかも = ・・・・。今日はこれ位にしときませうかね : ませうよ。 勝平といふと、人聞きがいいね。隨分まだ澤山賣る物がありさう 勝平それやア何だい ? 直何ですね ? 直 ハハハ、本當ですねえ。 ( 衣類を包む ) 勝平そのう、何さ = = = お前さんが今、引出しの奧 ( 仕舞ひ込んだ勝平おい、ちょっとお待ち = : : その風呂敷ん中を見せてくんな ものア : : : ? 。おい、婆さん ! こりやアいけね工 ! お前さんは何たっ 直あ又、これですかい ? あなたの綿人ですよ : : : これは絹物の てこんな見え透いた小細工をしなさるんだ ? 一番上等・ : 直何ですねえ、出しぬけに : ・ 勝平さういふものこそ、一番、金になる : ・ 勝平 ( 氣短かに ) おい、こりやア、みんなお前さんの着物ばかりち 直どしてどうして : ・・ : これは : : : 賣れませんよ : : これから、あ やアないか : : : おや、お前さんの綿人も入ってゐやがる : : : 外套 なたは冬を越すんだから。 ・ : またまだ、先は長い : もある。おい、この冬を越さなくっちゃいけね工んだぞ ! 何 勝平そんなものに、いい氣になってくるまってゐた日にア、いっ 故、おれのものも公平に拂はね工んだ : ・ 。おれはな、年中、家 まで經っても死ねね工ぜ。いやなこった。 の中に居るんだ。その上、おれ一人でぬくぬくとこんなものにく せつかち 直まアさう性急に言っても始まりますまい。 るまって、あんかんとして、お前のプルプルふるヘてゐるのを見 部勝平やり切れたもんちやアないぜ : : : またこの冬を越さなくっち てゐられるかい ! くそ面白くもね工 : 。な ? おい ! お前 色やアいけないのかい ? さんは、年中、外を出歩かなくっちゃいけね工んだぜ : : : 生きて 直來る時が來てくれるまではねえ : : : 致方がありませんさ : : : そ ゐる限りさ : : : ええ ? 空腹で、ひょろひょろ使ひ歩きに出歩い れも長いことアない : : : ちやアんとお天道様が、妾逹をきれいに て、その上、着るものも着ねェで、風邪でもひいて參ったら、ど 2 かたづけて下さいますよ : うする氣だ ! 女って奴は、この通り、淺智慧で、ちょいとも目 あたし
部屋の中はガ一フン洞になってゐて何一つない。あるものはせんべい蒲 。どんな氣持だい ! 團と炬燵だけ。ラヂオセットも置時計も無い。 直何とも言へない嫌アな氣持ですよ : 勝平と直、炬燵に向ひ合って入ってゐる。 勝平ううん、さうだらう : : : 當りまへだ : : : 。醫者でもよんで來 直は炬燵の上に、しきりと、目をこすりながら、銀行預金帳をひろげ たらどうかね ? て見入り、ぼんやり考へ込んでゐる。 直そんな金は、どこにありますか ? しふねん 勝平いやはや、執念深いものだね : : : 人問てエ奴は : 勝平ううん、さうだらう : : : 當りまへだ : 。そんな金がある位 ・ ( 沈默 ) 直 なら、何かかう、とびつきり上等の酒でものんだ方がいい。氣が 勝平まだ、さつばり參らね工ぜ。 晴れ晴れするやうな奴をね ? ちっと、陽氣に行かうぜ : : : お 直 い、婆さんや ! 勝平ところで、かうして、しよっちゅう、しゃべってゐないと、 直 ( 不機嫌に ) 少しは、默ってゐて貰へないものですかね ! ハ力に寂しいものだ。ねえ、婆さん、おれ逹はまだ、參りさうも勝平 ( 怒って ) 何だって ? おれに、默ってゐろと ? あたし ないぜ。こいつは、いくら、白湯やおもゆばかりすすってゐて直うるさくってしゃうがありませんよ。妾は、考へ事をしてゐる も、さつばり效き目がなささうだぜ。 んですからね : 直 勝平この場に望んで、考へるとは、さてさてけなげな心懸けだ 勝干・どうだい ? お前さんは、大分、參ったやうだが、羨ましい : してその考へ事とはいったい何事なるぞやだ : あたし ものだね ? 直妾アね、お爺さん : : : 妾アね ? どうしても、どうしても : 直 ( 腑に落ちないんですよ。 勝平こいつは、全くじれったいよ : : : ねえ ? おい、婆さん : 平何が、またこの際、腑に落ちね工んだね ? 年の暮れは眞近かだ : ・ : もう、辛抱し切れないよ : : : いっそ、早直 ( カんで ) いえさ、この妾逹の銀行の預金の事ですよ : : : 封鎖封 い所、方づけっちまはうぢゃね工か ? 鎖って、全く、人のお金を、いったい、何の權利があって、お上 直 ぢやア、出してくれないんだか : : : 考へれば考へるほど、腑に落 勝平何を言っても、返事のね工とこを見るて工と、どうしても、 ちないんですよ : おれの意見には、不服らしいね : 。何だ ? 。と言って、これから先、ど勝平あれ ! また、あんなごたくを言ってゐやがる : うしようてんだよ ! おい、婆さん ! だから、きれいさつばり、すからかんに出して呉れたぢやアね工 部直 ( にかんとして ) 何ですか ? か。その金も思ひっ切り氣持よく費っちまったちゃね工か。 色勝平何アんですかぢやアね工ぜ、ほんとに : : : ひとの氣も知らね直冗談ぢゃありませんよ。第二封鎖の分にはね、まだ八萬五千圓 ェで : ・ どうだい ? ちっとは氣分がいいかい ? といふ、大金がね、ええ ? 妾逹のお金が、ちやアんと預金して あるんですからねえ ! 直よくありませんねえ。嫌で堪りませんよ。 2 勝平さうだらう : : : それが當りまへだ : : : 氣分がいい筈がね工や勝平おやおや、こいつはをかしいぜ。婆さん : : : しつかりしてお こたっ どう かみ
勝平さうだらう : : : ざまア見ろ : : : お前さんなんぞにやア、この直おや、炬燵の火が消えてゐますよ・ : 婆婆に、身より一人もゐね工筈だ : : : 。何だって、かうも、おい勝平まアいいさ : : : 消えるものは、消えてしまふさ : : : あと、一 みなしご 息の辛抱だ : ・ ぼれのヨポョボの、孤兒が、ここに二人も揃っちまったんだ。い 直あ乂あ、三ノ酉のある年は、火事が多いと言ひますねえ : まいましい : 勝平なアに、それより一足先に、東京はすっかり燒けて、滅びて 直揃っちまったんだから、仕方がありませんさ・ : 。あ乂あ、おれアまた、何だ しまったから、世話アね工や・ : 勝平さう言ひやアそんなものだ : って、あの時、死ねなかったんだい ? この秋のあの夜さ : : : お直全く、そんなもんですねえ : ・ 兩人、ふと、追想にふける。 れはもう、てつきり、あの晩は・ : 夜が明けるまでにやア、それ、 夜明けの滿潮にやア、さつばりと息が引きとれると思ひ込んでゐ 第三場 たんだ : : : それがお前、この通り、一層ピンピンしちめえやがっ 階上の部屋。 た : : : 癪にさはってしまふがね工 : : : 何てエ因果なこった : 今野與之助の住居。 直あなたは、性根が天ノ邪鬼ですからね : : : あんなおきぬさんみ みそか 大晦日の夜。 たいな人が、お迎ひに來たから、つむじを曲げたんですよ : 葉卷をふかしてゐる與之助。煙草をふかしてゐる輻子。 勝平違工ね工。あんな色婆アに、手びきされたんちやア、三途の 兩人、何度も洋酒のコップをカチ合せてのみほす。 川も、おちおち渡れやしね工 : : : あんまりあいつが薄氣味惡い色 目をつかひやがったから、おれア、あわてて三途の川から引返し與之助さア、年が明けたら : : : 。來年は、おれは大飛躍してやる そ ! 驚くな ! 今野與之助の再生だ ! 復活だ ! て來たんだ : ・ 直まア、さうのべたらと、愚痴をこぼしなさんなよ : : : 今に、倅輻子あんたの大復活の爲に、乾杯 ! の淸さんや孫の辰良が、ちゃんと迎ひに出て、手を引いてくれま與之助うん ! ( のみほし ) あ乂、今に見ろ ! 世の中の奴ら、み んなアッと驚かせてやる ! すよ : 輻子素敵 ! あんたは、いざとなると、妻いのねえ : ・ 椦平違工ね工。それまで、氣長に待っとしようか : 與之助何がさ ? 直さう言ひやア、今夜は、お酉様だ : : : 今年は三ノ酉ですよ : ・ 輻子花村さんが、とっても、賞めてゐたわ : : : あなたの事を : ・ 勝平ふうむ、さうかね工 : ・・ : お酉様か : ・・ : もう、おれ達も、カッ 妻い人だって : ・ コミの用はねエ・ 與之助何を ? 部直こんな世の中でも、淺草は賑やかなんですかねえ : ・ 輻子あんな頭のいい人って、見たことがないって : : : 。花村さん、 色勝平なアに、そんなものは、おいらにア、用がねエー熊手もへ 。そんなにあんたは、頭がいいの ? 昻奮して言ってるのよ : ちまもあるものか : 與之助何を言ってやがるんでエ ! 今さら ! おれは、現代日本 確直ほんとに、今夜は、お酉様ですねえ : ・ 2 の天才なんだよ ! 勝平ああ、ひどく冷えて來やがった : ・ とり さんづ