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検索対象: 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集
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1. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

輻子見違へた ? 與之助いい加減にしろ ! おれは、腹が減ってるんだ ! 4 ・ ( と手與之助よく、化けるよ : 輻子あっ、やつばり駄目 ! ちょっんと、あた立って : をひつばる ) 福子これが、輻子かなア ? でせう ! 與之助その通りだ : : : 全く、人間が見違へちゃったよ : 與之助 ( 思はず立上がる ) ・ 輻子惚れ惚れしちゃふ ? 篇子あんた、ちょっとの間、あっちへ行ってゐて ! ( と、階段へ 連れて行く ) さうそ : : : 妾がいいといふまで、上って來ちゃ駄目與之助うん、惚れ惚れしちゃふ : よ : : : いいこと ? ( 與之助を外に出して、障子をしめる ) 黐子美しい ? 與之助美しい : 與之助 ( 外で ) 嫌だ ! 何をするんだ ? 篇子いいの、いいの ! 今、素睛しいものを、見せて上げるのよ輻子輻子、こんなに魅力あると思はなかった ? 與之助思はなかった : 輻子これぢや、うんと愛してくれる ? 黐子、急いで箱から洋服を出し、着る。鏡に向って、何度も直したり、 しなを作ったり、振返ったりする。 與之助うんと、愛してやる・ 綠色のハデな服を着、首飾りをする : : : 髮をなでつける。 これで、漸く一 篇子 ( 走りより、手をとって ) 嬉しい ! 嬉しい ! 人前の生活者よ ! ( と、ぐるぐる與之助の手をとってはね廻る ) さア、 與之助おい、ふざけるのは止せ ! かうして、腕を組まなくちゃ駄目なのよ : : : どう、いいわねえ ! 禧子今直ぐよ ! 短氣ねえ ! ( 急いで黄色い靴を疊の上ではく ) さ ( 鏡にうっす ) ア、いいわ : : : 入って來て ! 與之助うん、いいなア : 與之助 ( 入って來る ) ・ 輻子、き子 ( 與之助にすがり、鏡をのぞき ) ねえ : : : 思ひ出さない ? 篇子 ( 妙なポーズをとって、見せびらかす ) どうお : 與之助何を : : : ? れい : 黐子まア、いいわ : : : そんなこと : 與之助 ( 茫然として見入ってゐる ) 輻與之助何がさ : : : そんな事って何だ ? 一瑁子 ( 得意氣に、じゃらじゃらして ) どうお ? 似合って : 篇子いいのよ ! 何でもないのよ : 子、美しい : 與之助言って見ろよ ! 何だい ? 與之助 ( 思はずうなって ) ううむ : ・ 子ねえ : : : 輻子、好き : : : ? 禧子氣に入ったらしいわねえ : ・ 與之助好きだ : ・ まんざらでもないでせう : 輻子本當に : : : ? 與之助 ( 素直に驚いて ) 綺麗た : 與之助ほんたうだ : : : ( 次第に昻奮する ) 禧子 ( 益得意氣に ) ハハハ、綺麗だアか : 輻子ぢや、もう、思ひ出さないわね ? あんたが、そんな事を正直に言ったのは、始めてだわ・ ・ ( 見入る ) 與之助何を : : : ? 與之助女は化物だなア : ・ : 。輻子だって、かうして見れば、 ・、、ハ、愉快ね工

2. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

與之助・ハカ・ハ力しくって、本氣で踊れるかい ? あんな淺ましい 「非常に違ふーイタリー娘だ」ってさ ! しょ ニワカ作りの猿眞似ホールで : % 與之助背負ってやがらアー 禧子イタリー娘って、こんなに髮が黑く光ってゐて、肌がぬけるや偏子ふうん、大きく出たのねえ : ・ うに白くって : : : こんなに目が澄んで美しいんですってね : ・ 與之助あ日本人って、全く、ハシにも棒にもかからね工淺ま しい情ね工國民だなア : ・ 恥を知らねえ弱小民族だ ! 與之助誰がさ ? 禧子あんた、そんな奴を、散々可愛がって遊んで來たの : : : ? 禧子イタリー人の話よ : 與之助何がさ ? 與之助ひつばたくよ ! 禧子そんな、フィリツ。ヒンの土人娘と : 禧子だって、あの美しい靑年が、さう言ったんだもの : こっちは戦爭に行ったんだ。 與之助何を言ってやがるんでエ ! 與之助・ハ力につける藥はねえなア : 遊びに行ったんちゃね工ゃ。馬鹿野郎 ! 禧子でも、あんたは、隨分、上逹が早いわねえ : : : 花村さんが、 福子こっち向きなさいよ ! ( 與之助の顏を見入って ) さうねえ : 吃驚してゐたわ : ・ あんたには、とても出來やしない、そんな事 : : : 他人がやったっ 與之助何がさ ? て、御自分はとても駄目よ ! 禧子ダンスのことよ。 與之助何言ってやがんでエ ! 花村なんて奴は、でくのばうだよ與之助何がさ ? くろうと 偏子あんたは、本當のピュリタンだもの : : : 正眞正銘の純眞無垢 。おれのやうな、玄人に向って何を言ふか ! の精訷家だもの・ : 黐子玄人 : ・ 與之助玄人さ : : : おれは、フィリッピンで、散々仕上げて來たん與之助さうだよ : : : おれはとことん、ピ = リタンだ ! だ : : : 日本人みたいな猿眞似とはわけが違はア。あっちは、本場禧子威張んなさんなよ : : : 何よ ! それには、深い深い理由があ るんぢゃないの : だよ。 與之助 ( 素直に、陰鬱に ) さうだ。お前もなかなか敏感だねえ・ : 篇子ほんとー 。さうだ ! おれは深い理由が、この 頭がいいよ : : : 感心だ : 與之助何がさ ? 心の奧底にあったから、外地へ行っても、さつばり身も心も下落 禧子あんたが、フィリッビンで、ダンスをやってたことよ : させなかったんだ : ・ 與之助フィリッピン娘は、妻えぞ ! 情熱的で、實があって : それに第一、體が素晴らしい : : : 曲線美だ。くりくりテカテカし福子妾、面白くって、面白くってしゃうがないの : : : 毎日々々、 とっても ! あんた、面白くないの ? てゐて : : : しなしなしてゐて : : : まるで、水から飛び出したオッ 與之助何がさ ? トセイみたいだ。 福子かういふ毎日の生活 : : : ダンスをしたり、花村さんのパ 禧子それにしちやア、隨分、たどたどしいわねえ : ・ ティーに招ばれたりさ : 與之助何がさ ? 與之助面白くも何ともね工ゃ。 禧子あんたの踊りよー びつくり

3. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

: この服に : : : ? い靴・ : ・ : よく似合ふでせう : 禧子千鶴子さん : : : 會ひたい 與之助・ハカ ! 千鶴子さんなんか、こっちが思ひ出したって、向與之助お前って奴は、いろんな男の喜ぶ技巧を知ってるんだな ふぢや寄せつけもしないよ : ・ 黐子それが嫌なの : : : やつばり、あんたは、千鶴子さんが好きな子そりやア、妾だって : 與之助散々經驗があるもの : : : か ? のね ? 輻子何言ってんのよ ! つまらないー 與之助あれは、精神の美しさだー 與之助つまらなくないよ ! 黐子妾は : : : ? 禧子さア、行きませうよ ! 與之助お前なんか、ただ、肉體の魅力だけさ : ・ 與之助何處へ ? 頑子それでいいぢゃないのよ ! 禧子ダンス・ホールへよ : 與之助さうだとも、それでいいんだよ : とにかく、その靴を脱げ ! ここ 禧子あんたなんか、いくら千鶴子さんを思ったり愛したりしたっ與之助何言ってやがるんだ ! は疊の上だぞ ! て、妾、平氣よ : : : 精祚的なんか、をかしくって : : : 本氣に應對 が出來やしないわ : : : ただね、あんたが、千鶴子さんに、會はな輻子だけど、あんたの服はすごいわねえ : : : これぢやア : 與之助ふうん、おれはこれで身分相應さ : ければいいの : : : それだけ : : : 會っちゃ嫌や ! 篇子このヨレョレの汚ない國民服の代用服 與之助お前は、嫉妬心だけは、一人前なんだなア : ・ 與之助おれは小學敎員たよ ! 禧子あんたを、本氣で愛してゐるからだわ : 與之助いいよ : : : お前は全く見違へたよ : ・ : ・實に美しいもんだな輻子まるで、戦爭に敗けた國民の看板ね ! そんなものを後生大 事に着てゐるから、心の中まで、みすぼらしいのよ : ア : : : 素晴しい : : : おれはお前を得たことは自慢た : さア、敗け 與之助おれは、敗戰國民のサンドウィッチマンだ ! 輻子ぢや、あの人を思ひ切って : たぞ、敗けたぞって、往來を廣告して歩くのさ : : : おれの義務 與之助冗談ぢゃないよ : : : もう、とうにおれの精は滅びたんだ ・ : 千鶴子さんになんか會へつこないんだよ : : : 絶對に死んでも 會へつこないんだ : ・ ・ : もう、世界が、二人の世界が、全然天と地子あ長嫌だ ! まだ、あんたは、千鶴子さんの幽靈にとつつか れてゐるんだ ! ほども違っちゃったんだよ : 屋禧子。 ( カ ! しつかりしなさいよ。 ( 與之助の首をつかんで打振る ) 與之助ところで、お前は、花村に何をお禮したんだ ? 何を報い たんだよ ! 部與之助 ( 益元氣になり ) うん、しつかりするよ ! 何でもお前の 色 言ふ通りになってやる ! だけど、お前の胸は、かういふ薄いも輻子何の事を言ってるの ? 黄 のを着ると、素晴らしく可愛いんだね : : : もりもりともり上って與之助いや、そんなキ一フビャカな洋服を買って貰ってさ : : : ? これは贈物よ : : : 先つきここへ送りとど 子 ( ムキに ) うそよ ! 誌ゐて : 2 けたのよ : : : 使ひの人が持って來たのよ ! 禧子バカねえ : : : ( 裾を上げて ) どうお ? この靴 : : : 可愛い黄色

4. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

26 イ 與之助こら、見くびっちゃいけね工 : : : こいつは、妻い代物だぜ。 は、卓の下や、べッドの下まで探したりする。この動作、無意識にくりか 篇子氣味が惡いわ : : : どうしたのよ ? 與之助うん ? こいつはね、あの花村の間拔野郎から、ちょいと 禧子何を探してゐるのよ : : : ? 失禮して來たんだ : ・ 與之助 ( 漸く吾れにかへって ) うん ? 何がさ : 輻子いやアねえ : : : あんまり、氣持のいいもんぢゃないわ : ・ 禧子何を、さっきから、もぞもぞ、探してゐるのって言ってるの あね しろうと 與之助だから、お前なんて、花村あたりの素人の成り上りに、姐 御姐御なんておだてられていい氣持になってゐるのは、チャン 與之助あゝ、さうだっけ : : : おれの、魂を探してゐるんだ : ・ チャラオへソだって言ふんだ : : : そんな、猿眞似ぢやア、今の日 篇子何を言ってるのよ ! 氣狂ひ ! 本人みたいに、ろくな芝居は打てね工ぜ。どうせやると肚を据ゑ 與之助うん ? をかしいなア : : : おれの、魂が、どっかへ消えて たら、もっと眞物の第一流の芝居をやってくれ : : : 田舍芝居や、 失くなった : : : 地獄へおっこっちまひやがったか ? 植民地芝居は止めてくれよ : : : へん、お前なんか、あの・ハフック 禧子バカねえ ! ホールで、ギシギシガタガタと、踊りを踊って、すっかり文明人 與之助千鶴子さんは、何處へ行った ? 氣どって嬉しがってるやうな、可哀さうな猿眞似根性が、まア、 禧子あの山越えて、里に行ったでせう : 正直んとこ、身分相應ってわけだね ? 與之助ふざけるない ! 子與っちゃん、恐いよう ! 子 ( いきなり、與之助の顏を平手で段りつける ) ・ だ ! おらア、南方ぢやア、名射手とうたは 與之助打ったな ! こん畜生 ! 肉體の惡魔奴 ! ( 輻子の兩手を與之助おらア、玄人 れたものさ ! よく、撃ったぜ : ・・ : またよく殺したよ : : : さア、 背後へねちって、ひもでゆはひつける ) この ノノノハ、何アんだ ! これから、こいつはおれの魂だ ! 子あれ ! 痛い ! 何をするのよ ! インチキ姐御は : : : 鳩が豆鐵砲くらったやうな面をしてゐやがる 與之助あった ! あった ! あゝ、あった ! 世話をやかせやが : まだ、鐡砲は、打ちゃしね工ぢゃね工かよ ! るよ ! この魂奴 ! お乂、よかった ! ( ズボンのうしろのポケッ 配するなよ : : : ホフ、中味はカ一フッポだ ! 彈丸なんか一つもあ トから、小さなピストルを引出して、手の平でもてあそぶ ) りやアしないぜ。坊 ! こいつはね、ほら、オモチャだぜ ! 禧子早く、これを解いてよ ! 何をするのよ ! 與っちゃん、ふ ( とピストルをさも大事さうに勿體ぶった身振りをしながら、ポケットに ざけるの嫌やア ! 仕舞ひ込む ) 與之助 ( 福子の前に出て、ピストルをつきつけ、聲色をつかって ) 騷ぐ 輻子 ( いきなり、與之助の首に抱きつく ) ・ な ! 靜かにしろ ! 金はどこだ ! 案内しろ ! 子・ハカ ! 第二場 與之助 ノノノハ、どうだい ! 眞に迫ってゐるかい ? ちゃん 階下の部屋。 と、板についてゐるだらう ? ( 子の手を解いてやる ) 古木勝平の住居。 んもの 黐子あゝ、吃驚した : : : それ、眞物 ? 冬。ある日の夜。

5. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

前はどこから持って來たんだ : 與之助それよりは、お前は、どうして、こんな事をする大金を持 禧子あんた、お酒上る ? ってゐるんだ : 與之助酒 ? 酒もあるのか・ 子妾のは正當なものよ : : : お父さんのね、モーニングとそれか 禧子あるわ : : : ウイスキーよ ! ら、オー・ハーを持ち出して賣っちゃったのよ : 與之助おい、その金をどうしたんだ ? 與之助 ( 吃驚して輻子を打眺め、沈默・ーー ) 語子うるさいのね、いちいち : 。あんたが、呉れたんぢゃない 禧子あら、恐い目 : : : また打つの・ のよ ! 與之助 ( やがて、靜かに沈んで ) ねえ : ・ : ・輻子 : : : どうして、お前は 與之助 ( 氣弱く ) うそをつけ ! おれは、そんなにやりやしない・ さう、これでもかこれでもかと、このおれを苛めるんだ : 子お酒のむの ? 元氣を出しなさいよ ! 禧子どうして : 妾、あんたを、喜ばさうと思って、一心に 與之助のまない ! そのお金、どうしたんだ ? なってゐるちゃないのよ : : : 悲しいわ : : : そんな苛めるなんて 禧子嫌や ! こんなに樂しい食事のとき、そんなケチなことを、 しつこく言ふの : 與之助苛める : : もう、おれが氣が狂ひさうになるほど、お前は 與之助おれは、そんなにお前に與へやしないぞ ! おれを苦しめるんだ : : : いいか ? 子。それだけは止めてくれ 禧子貰ったわ ! だって、あんたは、あんな素睛しい靴を買って ・ : そんな殘酷な苛め方だけは、止めてくれ : : : おれは老先生だ 呉れたぢゃないの ? 素敵よ : : : あんな美しい靴、誰もはいてや けには : : : おれ逹のこんな情けない墮落を見せたくない : : : 知ら しないわ : : : 妾、人の靴をいつも見てゐるから分るの : せたくないんだ : : : お前のお父さんの目のとどかない所で、何で 與之助お前が喜ぶから買ってやったんだ : : : 素直ないい娘になる もやってくれ : : : おれは、お前のお父さんにだけは、まだ、あの から、買ってやったんだ : 時大口を叩いて、娘さんを救ってやると言ったことを眞實に信じ 禧子高いでせう ? 三千圓はするわね ? 込ませておきたいんだ ! 輻子、たのむよ : : : おれの氣持をよく 與之助 ( 吐き出すやうに ) 五千圓だ・ 察してくれないか ? うそでもいい : : : あの老先生だけは、この 禧子おゝ ! すごい ! おれを信じて眞ともにこの世に生きて貰ひたいんだ ! 最後のお 與之助 ( ャケに ) その内、洋服も買ってやるさ : ・ : かまやしない れの名譽を : : : このたった一つの良心をよく察してくれよ : あゝ、それを、この馬鹿野郞 ! 人の氣も知らないで、先へ先へ 輻子嬉しい ! だけど、あの黄色い靴に似合ふ洋服と言ったら、 と、おれの氣苦勞を、打ちこはして歩きやがる ! ( 打っ ) 大變よ ! い 禧子あっ ! また、打つのね ? 色 與之助かまやしないよ ! 與之助こんなに、おれは、死んだ氣で、お前に、安協を申込んで 語子ねえ ? ( 探るやうに ) 妾ね : : : 本當は、あんたが氣味が悪い ゐるぢゃないか : 9 の : : : だって、この頃、急に : イ 。どうして、そんなお金出來た偏子だってね、くやしいわ・ : ・ : お父さんがあんまり虫がよすぎる 2 : ? ねえ聞かせてくれてもい又でせう ! のよ : : : さうでせう ? 妾をあんたに呉れた呉れた言っても、猫

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なまじ、殘ってゐやがったから、こっちは、未練が殘るんだ : ・ 懸命踊ってゐたわ : ・ 直それも、もう、いよいよ、お終ひですよ : 與之助あいつは、とても輕いよ : 勝平さうなれア、さばさばする : : : 早く賣っちまふんだ : : : そし輻子氣に入って・ てお金を、早く費ひ果してしまふんだ ! おれは、この冬は越し與之助氣に入った。 たくない ! はっきりお斷りだ ! 禧子ちょっと、日本人ばなれしてゐるわね ? いえ、あの顏さ : ちょっとノープルだわ・・・・ : 鼻がスーツと高くって・・・・ : 目の中 がちょっとグル でね : 第三幕 與之助よく、観察したね ! 感心 : : : その通りだ : 子だって、ちょっと、氣になるもの : 與之助ううん ? 何が : : : ( ウイスキーを獨りで注いでのむ ) 第一場 禧子あの娘、誰かに似てゐるんだわ : : : ところが、どうしても思 階上の部屋。 ひ出せないのよ : 今野與之助の住居。 與之助ちょっと、あんな所におくのは、勿體ないなア : ・ 部屋の様子がガラリと變ってゐる。べ , ド兼ソフ , ー。卓、安樂椅子禧子ぢやア、花村さんに、さう言って見たらいいわ = など。その他西洋家具が床の間にのつかってゐる。電氣蓄音機があ 與之助惜しいよ、ほんとに : : : 冗談でなく : ・ : だけど、あんなの る。化粧簟笥、化粧瓶、洋酒瓶、赤いシェードの電燈スタンド、黄色 案外、したたかものさ : ・ いカーテンなど。 禧子花村さんにかけ合ってごらんなさい : 冬。ある日の夜。 與之助、禧子、外から歸って來る。兩人共ケバケ・ハしいハデな色の洋與之助おれは、人の女に興味を持つのは嫌ひだ : : : 案外、あいっ 服を着て、見違へるやうに贅澤づくめの様子。 は花村のものかも知れない : 輻子ふうん。せんさくしたものねえ ! 禧子 ( ソファ 1 に體を投げ出して ) あ乂、くたびれた ! 與之助 ( ジャズソングを口笛で吹く ) ・ 與之助 ( 黐子に背を向けてゞ葉卷をくはヘて、ソフト帽を投げ出しオー・ハ 子やつばり、や タ人はきれいねえ : : : ステップが : 1 を投げ出し、化粧棚の前に行き、叮嚀に髮を梳り、香水を胸にふりかけ 氣持だわ : ・ 與之助 ( ロ笛を吹く ) : 屋たり、鏡をのぞき込んでニキビをつぶしたりしてゐる ) 破禧子ねえ = = = 今夜はとてもよかったわねえ = = = 妾、すっかり昻奮禧子まるで、かう、體が浮き上って、スイスイと水の上を滑って しちゃった : : : 三時間も、ぶつ通し踊ったわ : ・ 。あんたも隨分 行くやうだわ : 黄 。あの靑年、妾に變なことを言ふのよ : : : 「あ 夢中だったわねえ ? なたは、日本人ぢゃないでせう ? 」って : 1 與之助うん ? さうでもないさ : 與之助ぢやお前は、何處の馬の骨だ ? 2 禧子だって、あの何とかいふいううつな顏をしたダンサーと一生子「妾は、黄色人種よ」って言ってやったわ・ : ・ : そしたら、 をいたく : とてもいい

7. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

242 與之助配給所へ行ったのか。 直そんなことを言ったって、しゃうがありませんねえ : ・ 子行ったわ : 兩人、空しく笑ひ合ふ。 與之助何が : : : あったんだ : ・ 第三場 禧子このお芋 : : : 三日間の主食分よ : : : さア、お上んなさいよ 階上の部屋。 今野與之助の住居。 與之助 ( つくづく輻子を見つめ ) 何て、だらしなさだ : : : その恰好は ある日の午後。 篇子、萬年床を敷いて寢そべり、半身を乘り出し、腹這ひになって芋 一瑁子 ( 氣だるさうに前を合せ ) 妾、病氣らしいわ : を食ってゐる。 與之助輻子 : : : 人間の精禪といふものは、どういふ事か、お前に 與之助、勤務先から歸って來る。 はどうしても分らないのかねえ : : : ? ( やさしく言ふ ) 禧子あら、もう歸ったの ? 早いのねえ : 子分るわ : なぐ 與之助 ( いきなり輻子を毆りつける ) 與之助精神といふものはね、人間に一番大切な紳からの授りもの なんだそ : : : 人間、精が無かったらな、動物に下落するんだ 輻子何するのよ ! ( 寢たまゝ ) また、打つのね ? ・ : お前には向上心がないんだ。だから、これではいけない : 與之助 ( 聲をふるはせて ) 起きろ ! こいっ ! 本當に毎日毎日 : 。お前には向 こいつは、もう、いよいよもって化物だ ! 起きねえんだな ? 恥かしい : : : といふ心がちっとも起らないんだ : ・ : ものの 學心がないんだ。だから、偉くならう、立派にならう : 禧子 ( しぶしぶ起きて ) だってねえ : : : 妾、とても體がだるいのよ ・ : といふ、當然 ・ : 起きてゐられないんだもの : : : 目が廻るのよう : 道理といふものの根本を早く分るやうにならう : すぎる欲求さへ、お前には皆目、起らないんだ : 與之助こいっ ! あれほど、ロがすつばくなるほど言って聞かせ ても : : どうしても、駄目なんだな ? こ 輻子あんた、お金が、もう全然無いのよ : : 打っても蹴っても : この羞恥心といふものが無かったら、もう人間 の : ・・ : このだらしなさは : ・・ : ううう、どうしたらいいんだ : ・・ : 殺與之助羞恥心 ! したら直るんだな ? は惡になるんだぞ ! どんな事にも、人間が「はちらふ心」を 失ったら、この世界は殺人強盜、闇屋でいつばいになるんだ ! 禧子 ( ゆっくりと甘えた聲で ) 與っちゃん : : : だって無理よう : : : い くら妾が、一家の主婦としてもさ : : : あんたの言ふ通りに、つと 良心に恥ぢる : : : 人に恥ちる : : : 自分に恥ぢる : : : 親に恥ちる めようたって : : : おまんまを食はなくっちやア : : : 體も心もしゃ ・ : 夫に恥ちる : ・・ : 己れの馬鹿を恥ちる : ・・ : 無智を恥ちる : : : 動 んとならないのよう : 物的になるのを恥ちる : : : もの知らずを恥ちる : : : 不道德を恥ぢ る : : : 色情を恥ぢる : : : 物欲を恥ちる : : : あゝ、お前って奴は、 與之助おれも、その體で、働いてゐるんだ ! お前の性根が : たた 羞恥心が全く無いんだ ! 悪にとつつかれてゐるんだーお前って奴は、きっと何かの祟 輻子ちょっと、話の途中だけど : : : 妾、ほんとに困ったわ : : : お 金が全然ないのよ : ・ 禧子苹氣で ) お芋、食べない : : ? 元氣がつくわ :

8. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

234 人物 今野與之助三十四五き その妻輻子三十歳 ) 0 古木勝平 ( 七十四五歳 ) その妻直 ( 七十蔵 ) 黄色い部屋 時 現代。秋ーー各。 所 東京の山手、ある燒殘りの町。その横丁の二階建の家の出來 事。 第一幕 第一場 階上の部屋。 今野與之助の借間。 與之助 ( 暫くして ) どうしたんだ ? 子唯今 : 與之助唯今ぢやアないよ。どうしたんだと聞いてゐるんだよ。 輻子妾歸って來たのよ。 與之助歸って來たのよちやア駄目ぢゃないか。だから、散々おれ はさう言ったらう ? こんな事を何十ペんもくりかへしてゐるな んてとてもやり切れないって言ったらう ? おれの經は、もう お前の爲に目茶苦茶だよ ! お前はね、おれに離縁されたんだ よ。お前、離縁ってこと、どういふことか分らないのか : 輻子分るわよ ! そんなこと : 與之助そんなら、どうして歸って來たんだ : : : お前の荷物はあと でまとめて送り返してやると言ってある筈だ : : : ( 間 ーーー ) そんな 所に突っ立ってゐちや見つともないよ・ : こっちへは人ったらど 床の間に書籍がいつばい積まれてある。机、小さなちゃぶだい、片隅 に二三の炊事道具など、その他部屋には何も無い。 ある秋の日のタ。 與之助が入って來る。部屋の中を見廻しながらプフプ一フする。戰鬪陌 をかける。鞄をおく。電熱器に鍋をかける。どかりと机の前に坐る。 やがて、壁にかけてある女の着物をとってぐるぐるにた又み押人に入 れる。あたりを探し見ながら、女の持物など一つ一つ押人に放り込 む。これらの動作始終ものうく空虚な樣子。考へ込んで立どまった 窓から外を眺めたり、急にロ笛を吹いたり、ちいっと机に頬杖を ついたりして やがて、食事を始める。鍋の中の雜炊を茶碗にしやくるほか何も無い。 っと立って電燈をひねる。 と、その時、與之助の妻、子が入って來る 禧子つっ立ってゐる。 與之助食事をしながら、落着いてゐる。

9. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

與之助その通りだ。 お前の木柵の中には、もはや一本の草も生えてゐないちゃないか。 8 幻輻子 ( 突然聲を上げ ) まア、このお砂糖 ! 素晴らしいでせう ? 愚かな小羊よ、その地べたを《お前は鼻の先を赤くすりむいて、 父ゲサにかかげて見せ ) こんなに澤山 ! 素敵でせう ! 血を出しながら、まだ食べようとしてゐるのか。ちょっと、目を 與之助 ( 沈んで ) ・ : そのお前の本心を突きとめたら、おれは、そ 上げて見よ。お前の木柵を越えた、向ふの野には、あんなに靑々 みづみづ こでどう覺ったと思ふ ? とした瑞々しい靑草がいつばい生えてゐるではないか。早くお前 子それはね、あんたのひどい、手のつけやうのないあの頑經衰 の木柵を飛び越えよ。その草を食べよ ! 」 弱がケロリと癒ったことよ ! 與之助馬鹿野郎 ! それは、西洋の大詩人の詩だ ! 與之助不思議たなア : : : おれは、すっかり心がもぬけのカフにな子誰の詩だってかまやしないわ : ・ っちまった : : : 何を考へようとしても、さつばり頭が働らかなく 與之助お前のやうな汚ね工根性に、その詩をあてはめられて堪る もんか。 なっちまった。 子榮養をうんと取らなくっちゃ駄目なの。あんたはね : : : 。榮篇子何だって結構よ。だって、とても妾、感心したんだもの。全 く、この言葉の通りだと思ったわ。だからこれだけ覺えてゐる 養が缺乏すると、あんたは、またあの病氣が再發するのよ : : : く の。あとはみんな忘れちゃった ! しやくしや考へて、苛々經立てて、やれ、人間の良心がどうの、 道德精訷がどうの、魂の道がどうのって : : : もうあんな、毒にも與之助その一一一口葉は : : : 惡が : : : 人間の最高の大良心を持った 藥にもならないあんたの頭の腦ミソの煮えくりかへるのは澤山 ! ・ : 大學者を : : : 誘惑する時の言葉なんだ ! 傍にゐる輻子が、可哀さうだわ : : : ほんとに澤山 ! 輻子あんたは駄目ねえ ! 本氣狂ひのくせに : : : さういふものを 。おれの良心は、いったいどうなっ 與之助不思議だなア全く・ 讀んで : : : ちっとも身につかないのねえ : : : 本を讀んだって、自 ちまったんだ : 分の生活に實行しなくっちゃ、何もならないちゃないの ? いっ たい、何を讀んでゐるの ? 子何が : 與之助おれは本と絶縁したんだ ! だから、おれの精はもう死 與之助おれの良心だよ : : : 魂だよ : : : 精禪だよ : : : 頭腦だよ : : たた、かうして毎日、。ほかんとして んちゃったのさ : : : そして、おれは肉體たけで生き恥ぢかいて 何も無いよ。カフッポだ : ゐる : : かうして、せっせとお前の肉體だけの歡心を買ってゐる : 輻子あんまり急に御馳走を食べたから、この頃、あんたの貧乏虫禧子さア、お待ち遠うさま ! さア、どんどん食べてね : : : 砂糖 が腹の中で滿足して神妙に安眠してゐるのよ ! がうんときいてゐる : : : 豪華ねえ ! それが本當の良き夫なのよ 與之助これから、おれはどうなるんだ ? 禧子幸輻になるの ! とにかく、あんたは、千八百圓のわくを、 與之助こんな贅澤なもの : : : 食へるかい : 。ぢやア 見事に飛び越えたんだものねえ ! とてもあざやかだったわ : ・ 輻子貧乏性ねえ : : : あんたは、とても救はれないわ : 與之助あ乂、それを言ってくれるなよ ! い又わ、妾、獨りで食べるから : : : あゝ、この世の天國ね ! 禧子妾、あんたの本で、こんな事を讀んだわ : : : 「哀れな小羊よ、與之助いったい、こんな事を、毎日してゐる : : : そのお金を、お

10. 日本現代文學全集・講談社版 79 村山知義 三好十郎 眞船豊 久保榮集

250 の子ぢゃないのよ ? 妾は : : : 。妾はお嫁さんに今野家へ貰はれ あんたの番よ : : : あんた、何處から、くわくとくして來たの ? たのよ : : : いくら、こんな時世だって : : : ごらんなさいよ : : : あ與之助祕密だ。 の妾の友逹は、お嫁の仕度に、三十萬圓親が出してゐるわ : 輻子與っちゃん ! 自分の妻にも祕密なの ? そりやア三十萬圓はうちのお父さんに無いのは分ってるけど・ 與之助 ( 大喝して ) うるさい ! 默ってゐろ ! 妾だって、お父さんの出來る程度の仕度で我慢するわ : : : 恥かし禧子 ( ぢっと與之助を見つめて、やがて ) あんた、花村さんでせう ? いけど : : ・だって、あんたにだって、第一、妾、肩身がせまいわ 花村さんから、お金、せびって來たのね ? さすが ・ : 友逹にだって、世間にだって、とても肩身がせまくて、妾、 與之助 ( 投げやりに ) 圖星だよ ! 流石にお前の目は鋭いね : : : ふ ほんとに氣が氣ぢゃないのよ : : : それを、お父さんと來たら、知 うん、それがどうした ? らん顏をして : : : いつまでも、知らん顏をして : : : 何一つ、妾の 子いいわ : : : それは上出來よ : : : とても、素晴しい與っちゃん 爲にしてくれたものは無いぢゃないのよ : : : だから、妾として、 の心境の變化ちゃないの : : : あんたも、大人になったのね : : : こ 當然よ : : : 親のものを、その實の子供が持出すのは當然ぢゃない れで、妾、安心したわ : ・ ハ力が の : : : ね ? だからあんたは、そんなにうちのお父さんに義理を與之助 ( ャケに ) 何を、偉らさうに、言ってやがるんだ ! ・ : もっと、威張っていらっしゃいよ 重んじなくたっていいのよ : 何だか、とても、あんたが、今、急に大 禧子・ハ力でも結構 : : : 。 與之助 ( あきれて、弱々しく ) 馬鹿だなア : : : お前って奴は : : : そん きく見えて來たわ ! な事を、。ヘラ。へフ言ふ時だけ : : : 親を恨む時だけが : : : 一人前の與之助酒を出せ ! へべレケにのんでやる ! 人間だ : : : そんな、俗世間の惡智慧だけが、世間一人前の人間 子 ( はじかれたやうにはしゃいで ) はい ! 唯今、直ぐ ! ( 立っ ) だ ! 今、そんなくだらない常識を持出してゐる場合ちゃないん 第二場 だよ ! 階下の部屋。 禧子また、あんたの言ふことは分らない : 古木勝平の住居。 與之助とにかく、おれがこんなにたのむんだから、これからは絶 晩秋。ある睛れた日の午後。 對に、お父さんから、持出すだけは止めてくれ : : : 止めると、今、 部屋の内に、簟笥と茶簟笥が無くなってゐる。 直ぐ、おれに誓ってくれ : ・ 勝平と直が、外出から戻って來る。 禧子せつかく、妾、智慧をしぼって、やっとお金の入る道を見つ けたのに、また、八方ふさがりだわ : : : 困ったなア : 直 ( ゲッソリとして ) ああ、まアほんたうに : : : お疲れ様でござ いました : 與之助よし、その金は、その代り、おれが、どんどん、持って來 てやる : : 心配するな : : : もう、金の道は、開いたよ : : : 大丈夫勝平 ( 氣むつかしく ) お前さんは : : : そんなに疲れたかねえ : : : ? 直ええ、へとへとですよ : : : やれやれ、やつばし、家の中はいい ですねえ : 子あら、ほんと ? それなら嬉しいけど : : : でもね : : : 今度は