声 - みる会図書館


検索対象: ゼバスチアンからの電話
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1. ゼバスチアンからの電話

かけぶとんをのけた。べッドから出て、ゼバスチアンに電話をかけよう、もう一度やりなおし てみようって。なのに、また・ヘッドに横になってしまう。そんなことをしたところで、どうにも ならないに決まってる。どうせまた、おなじことになるのだ。ただ座って、待って、いつもゼバ スチアンのことだけで頭がいつばいで。そしてゼバスチアンは、また私のことを自分の思いどお かれ りにするだろう。なぜなら、彼にそうさせているのは私なのだから。そのことはわかっている。 だけど、私には変えることができない。わかることと変えることは、別のことなのだから。 「もういや、ゼバスチアン」と私は言う。彼の顔が私の目の前にある。手をのばせばすぐ届くと ころにある。「もういや」大きな声を出した。「もういや」 べアティの・ヘッドから声がする。「どうしたの」寝ばけて泣きそうな声た。・ ゞヘアティの声で、 私は現実に引きもどされる。 ゅめ 「なんでもないの、べアティ。夢みてただけなんだから」 「だって、あんな大きな声だすんだもん。こわくなっちゃった」 私は起き上がって、べアティのところへ行った。・ ヘアティは半分寝ばけたようすで、私のこと を見ていた。私はべアティを寝かせて、ふとんをかけてやった。 「こわがらないでいいのよ、べアティ。私がちゃんとここにいるじゃない」 べアティは大きく目を見開いた。それから、急に目がさめたようだった。「こわがってるつ きげん て ? へんなこと言わないでよ。なにをこわがってるっていうのさ ? 」機嫌悪そうに壁の方に、 かべ

2. ゼバスチアンからの電話

ちがっている。アンドレアスには、少しも複雑なところがない。 ゼバスチアンに電話をしてみようか ? れいきやく 「冷却期間は、もうじゅうぶんとったじゃない」ギーザが言っていた。 玄関に行って、受話器を取った。ゼバスチアンの電話番号をまわす。 375222 。こんにち は、って言うだけ。私が元気にしてることと、エッラーリンクのことを話して、ヴァ・イオリンの ことと試験のことを聞くだけ。ほんのついでにかけた電話というふうに。 「もしもし ! 」ゼバスチアンの声がした。 にぎ 受話器をぎゅっと握ったまま、私はなにも言えなくなった。 「もしもし、どなたですか ? 」ゼバスチアンの大きな声。私は電話を切った。できない。髞って いたようにはできなかった。 自分の部屋にかけこむと、勉強机に座り、腕の上に頭を伏せた。ゼバスチアンの声。なにもか かれ も、よみがえってきた。彼の声、彼の顔、彼の手。ィーザー川のほとりに寝ころんでるふたり、 はま ポート小屋で、ラヴェンナの浜で。そして、レーオポルト通りに立っているふたり。彼は言った。 「きみにとって大切なものを、またさがせよ。ばく以外に」 ゼバスチアンと話せない。まだ、話せない。 あせ まもなく母が、車の教習から帰って来た。赤い顔をして、汗をうかべていた。 「ああ、もうくたくたよ」母はうめくように言った。「コーヒー飲まないことには、いられない 19 ろ

3. ゼバスチアンからの電話

し宝ー・めい しろ、正真正銘のビーダーマイヤーだからな ! 」 「どんな人たちなの ? 」母が聞いた。 「もちろんインテリさ。広告を出したんだ。今晩、もう一度会うことになってるんだ。これで決 まるかもしれないな」父は満足そうに、私たちの顔を順々に見た。「これで、一件落着ってわけ その時だ。私が口をはさんだ。「ビーダーマイヤーの家具は私のだからね ! 」 父が驚いたようすで私をじろっと見た。「なんだって ? 私のものだって ? うちではなんで も、家族みんなのものだ」 「そんなことないわ。私が相続したのよ。私、手放すつもりはないわ」 「ザビーネ ! 」父の声が小さくなった。本心では、どなりたいと思っているときに、父の声は、 決まって小さくなる。「うちでは、なんだって、家族みんなのものだ。家具を売って手に入るお 金が、新しい家のために必要なんだ。新しい家は、おまえのものでもあるんだぞ」 「私は、あんな家、欲しくなんかないわ」私は言い返した。「欲しがってるのはパパでしよ」 「今におまえが相続するんじゃないか」 「ばくもだよ」べアティが、かんだかい声で言った。「ビーネだけじゃないよ」 「おまえもだ」父が言った。「おまえたちふたりだ」 だんだんと私は腹が立ってきた。新しい家。私はそんなもの相続するつもりはなかった。両親

4. ゼバスチアンからの電話

『冷たくなってしまってから渡すより、生きてるうちに温かい手で渡したい』そう、おばさんは 書いていた。 父が手紙を受け取った。「千マルクか」父は、ばそばそと言った。 ペアティはかんだかい声を出した。「すげえや ! 新しいスキー靴が買える ! ばくの、もう きついんだ。いい、 てしよ、スキー靴、ママ ? 」 ヘアティの言ったことなど、耳に入っていないようだった。 母は答えなかった。。 かきね 「千マルクか ! 」父は言った。「千マルクとは悪くないな。うちのまわりに垣根をつくるのに、 ちょうど足りるだろう。もうそろそろ限界だったんだ。村じゅうの大に、うちの庭でおしつこさ れちゃ、たまらないからな」 「でもばく、どうしてもスキー靴がはしいんだ」べアティが口をはさんだ。「ねえ、ママ、いい でしょ ? 母は、手紙を取ると中をのそき、また置いた。 「・ヘアティ、スキー靴はあきらめなさい」と母が言うと、 「そのとおりだ」と父が言った。「うちには、どうしても垣根が必要なんだからな ! 」父はじゃ かいもをフォークにのせ、ロに運んだ。 するど 「垣根もだめよ」母が言った。母の声はいつもとちがっていた。いつもより大きくて鋭かった。 今まで聞いたことのない声だった。 わた ぐっ 125

5. ゼバスチアンからの電話

「エッラーリンク」と父がべアティのまちがいを直した。「すぐにおまえも気に入るさ」 「気に入るもんか」べアティが叫んだ。「ぜったいにいやだ」 だま 母は、ずっと黙っていた。黙って、スープをすくったスプーンを手に持ったまま、そこに座っ ていた。まるで、ゲームみたいに。「止まれ』の号令がかかったら、その場にいる人は、すぐに 動きを止める、もし少しでも動いたら負けで、持っているものをひとっ取り上げられるっていう ゲームがあるけど、母はちょうどそんなふうだった。「止まれ』の声で、じっと動きを止めてい さけ るみたいだった。「ぜったいにいやだ」と・ヘアティが叫んだ時に、やっと母が動いた。 じようだん 「べアティ、そんなに興奮するんじゃありません」と母が言った。「。ハバは冗談を言ってるだけ 「。ハバ、本当 ? 」べアティが聞いた。「冗談なの ? 」 父は、首をふった。「冗談なんかじゃない。 本気だ」 「だって、ハインツ ! 」母は興奮のあまり、せきこんでしまい、次の言葉がなかなか出てこなか った。「だって、そんな : あなた、いきなり家を買うなんて言ったって ! そういうことは 話し合わなくちゃ」 「もちろん話し合うさ」父は看護士のような声で言った。自分の意見を通そうとする時は、、 だってこういう声になった。「土曜日には、みんなにも家を見せるよ。それから話し合えよ、 だろう。ちょっとした家だそ。ハラー家にびったりの家だ。それに、手の届かない値段ってわけ

6. ゼバスチアンからの電話

「ばくもだ。帰りに待ってるよ」 私はべッドに横になって、あの時のゼバスチアンの声を思い出している。「帰りに待ってるよ」 五月のこと、十カ月前。ゼバスチアンの声。そのおなじ声が、今日はまったくちがって聞こえ ・ : なんで、あれ、やめ た。「ばくらは、おたがいをしばりつけあっているわけじゃないだろう : : きみにとって大切なものを、またさがせよ、ばく以外に」思い切り平手打 ちゃったんだよ ? ・ かれ ちされたみたい。だけど、もしかしたら彼のほうが正しいのかもしれない。私にとって大切なも のを、なにもかもやめてしまったんだから。 「きみの考えてた化学の実験は、どうしちゃったのさ。ばくはすごいと思っていたよ。きみがた どりついたあのアイデアさ、本当だよ」 私と化学 : ・ 十一歳の時に、私は化学に興味を持ち始めた。そのころ、モニカのお兄さんが、うちに来る時 には、必ず化学実験セットの箱を持ってきて色々と見せてくれていた。私は、そのセットでなん むちゅう ていろんな事ができるのだろうと驚いた。その時から、化学に夢中になった。そしてクリスマス には、とうとう自分の化学実験セットを手に入れた。それもおばあちゃんから。このセットがそ えいキ - う の後の私にどんな影響を与えるかわかっていたら、おばあちゃんだって、こんなセットをくれ なかったと思う。タオルにでもすればよかったと思っただろう。でも、化学実験セットはもう私

7. ゼバスチアンからの電話

題外だ ! 絶対に認めないぞ ! 」 うやって払ったらいいかって時に , 「やめてよ ノノ ! 」・ヘアティは小さな声でそう言うと、母にくつついた。 だいじようぶ 母はべアティを抱きよせた。「大丈夫よ、ペアティ。なにも心配しなくていいの」 「ばかばかしい ! 」父はもう一度言った。でも、さっきより少し小さな声で。「頭がどうかした あせ んじゃないか ? 」父は真っ赤な顔をして汗をかいていた。私は、父がかわいそうになった。 「ババ、落ち着いてよ」私は言った。 「おまえはつべこべ言うんじゃない ! 」父はまたもや大声でどなり始めた。「い、な、わかった か ? おまえもだ、ロッティ」 、 ' ヘアティを腕に抱いて、少しも手をつけていない皿を前に 母は、身動きもせすに座ってした。・ して。 「十八年間、私はあなたの望むことだけをしてきたわ」母が小さな声で言った。「こんな片田舎 いっしょ にだって、一緒に引っ越してきた。それなのに、あなたは、私がただの一度だけ自分のしたいこ ↓・・んイ、い - : つい とをしようとすると、それがものすごい罪行為であるみたいにどなり散らすんだわ。でも私は 免許をとります。絶対とります。本気よ。免許がとれたら、半日のパートをさがすわ。そうすれ ば、少しはたしになるだろうし、今ほど切りつめないですむし、ストッキングの二足や三足破け たくらいで神経が参ってしまうこともないだろうし」母はため息をついた。そしてフォークをと ると、自分の皿にのっているものを食べ始めた。 いなか 128

8. ゼバスチアンからの電話

やるって気持ちになることもある。ペアティのかんだかい声、散らかしつばなしの部屋、知りた がり屋で、なんでも自分のものじゃないと気がすまなくて。こんなべアティと腹を立てずにつき けんびきよう あっていくには、相当な姉弟愛が必要だと思う。私のノートは黙ってのぞくし、顕微鏡はいじく り回すし、本は勝手に読むし、私のチョコレートまで食べてしまう。いつでも、どこでも・ヘアテ かく イはっきまとってくる。生理の日だって隠しておけない。生理が始まったばかりのころは、ただ でさえ不安だったのに、もう少しで気が変になりそうだった。その時べアティはなにかに気づい てーー・・ペアティは勘がいし 聞いた。「ねえ、なんなのさ ? 」 だま 私はどなり返した。「うるさいわね、あんたには関係ないでしょ ! 」でも、・ヘアティが、黙っ てしまうことは決してない。特に、どうしても知りたくて知りたくてしかたのないときには。 「なんでビーネのおしつこには血が入ってるの ? 」タ食の最中に、・ ヘアティが質問した。「病気 なの ? 」 しレ 4 くたく 今でもはっきりおばえている。食卓についていた私は、真っ赤になった。父が笑いだした。 私はスプーンをスープの中に投げこむと、その場から逃げだした。あのとき私はまだ十二歳にな ったばかりだった。でも十二歳だって、私生活に踏みこまれない権利はあるはずだ。だけど、そ のためには、もっと広い場所がいる。六十平方メートルしかないうちのアバートなんかじや無理。 部屋が三つに、台所とバスルームだもの。 ゼバスチアンの声が聞こえてくる。「たった三部屋なんて、そんなこと、大きな声で言うもん かん だま

9. ゼバスチアンからの電話

寝いすをたたんだ。五時だった。一時間以上も眠っていた。 「コーヒー飲む ? 」母が呼んだ。 私が台所へ入ろうとしているところへ、父が帰って来た。ふだんよりすっと早い。父は機嫌が 悪そうだった。庭仕事で日焼けした顔が、なんとなくくすんで見えた。 、つものように冷蔵庫から、ビールを出してきて父 「なにかあったの ? 」母は、い配そうに聞き、し むカ を迎えた。 父はビールを飲むと、コップを置き、ロをぬぐった。「前に残業をしてたんで、その分の時間 早く帰れたから、下水道工事のことを聞きに役場へ行ってみたんだ」父はビールを飲み干した。 「来春には始まるそうだ。いろいろ計算してみてくれたよ」父はそれだけ一言うと黙ってしまった。 小指でテープルに、目には見えない丸や四角を描いている。 ちんもく 「ママ、落っこちたんだよ」べアティの声が沈黙を破った。 父が顔をあげた。「えっ ? 」父が聞いた。「なんだって ? ト 「ママ、落っこちたんだよ」べアティは前よりも大きな声でくり返した。それから、高い声でわ パ。ハ ; いけないんだ ! ママのことほっぱらかしといたからだよ。 めいた。「落っこちたんだー いっし・よ ノ。ハがママと一緒に練習してあげればよかったんだ。ババがママのこと見殺しにしたんだ ! 」べ アティの下くちびるが前につき出た。赤ん坊のころからのくせだった。それから泣きだした。 り - 一ん ノとママ、もうぜったいに離婚するんだ。ばく、どっちについたら 「ババのせいた。それこ、。、ヾ だま きげん 252

10. ゼバスチアンからの電話

今朝、六時半、私たちは電話のところにいた。 母が、受話器を耳に当てていた。「はい : はい : : ・何時に ? 」 母は、受話器を手から落とすように置いた。「経過は順調で、よくなってるって。看護婦さん と - っげ一 - 一 が言ってたわ、峠は越えたって」 母が泣いた。父が泣いた。私が泣いた。声に出して、あたりかまわず。 べアティ。私の弟。いっか、このこと話してあげなくちゃ。 「ほんとう ? 」とべアティは一一 = ロうだろう。「ばくひとりのために ? ほんとう ? すげえ ! 」 金曜日、ようやく私はべアティに会うことができた。今まで面会が許されていたのは母だけだ 、 , ヘアティ自身も白かった。白くて、ひょろひ べアティは、白い部屋で白いべッドに寝てした。・ よろしていた。 「あっー ビーネ ! 」いつになく小さな声だった。 「べアティ ! 」私は、べッドのはしに腰かけた。 「そこに座っちゃ 、いけないんだよ」と、隣のべッドの男の子が言った。「いすを持ってきたほ おこ うがいいよ。でないと、看護婦のゲルトルートが怒るから」 っ ? ) 0 となり