自分 - みる会図書館


検索対象: ゼバスチアンからの電話
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1. ゼバスチアンからの電話

なのに、私たちはふたりきりでなかった。まわりには、全校生徒の半分もが立ち、私たちのこ とを見ていた。ゼバスチアンがっかんだのは、私の手だけだった。それだけでは、どうにもなら 「なにか一一 = ロ , んよ」彼が一一 = ロった。 私は、どうしようもないじゃない、と言った。私たちは、とっぜん変わることなんてできない んだって。どうせまたおなじように、おたがいにいらいらするだけだって。あなたの言いなりに なってばかりいるのはいやなのって。自分を、私自身をとりもどしたいんだってー、ー。本当は全 然ちがうことを言いたいのに、それを言ってはならないとなると、なんていろんなことを言って しまうものだろう。私は、これだけ言ってしまうと、手をふりはらって走った。あとを追って来 て欲しいなんて、今度は思わなかった。でも、このまま走って行ってしまうのはこわかった。私 は、心のなかで自分に言っていた。「おまえにはできない、耐えられない、引き返すのよ」なの に、ゼバスチアンに私を連れもどして欲しいとは思わなかった。自分でも不思議だった。だけど、 本当に、連れもどして欲しいとは思っていなかった。 「あんなのから解放されたんだもん、喜ぶべきだわ」とモニカが言った。「あんたの気持ちを傷 つけるばかりでさ」 モニカはなんにもわかっていない。モニカとはもう、ずいぶん前から話ができなくなっていた。

2. ゼバスチアンからの電話

ャかもしれない。私たちはよくその話をした。 「アテネがいいよ、ザビーネ。それとクレタ島。あそこでは、外の無花果の木の下で寝ることも できるんだ」 なぜ、私はなにもかもぶちこわしてしまったんだろう : けっこん 「結婚しないことには」と母は言った。 でも私は、母とおなじような態度をとっていたんだ。 いっしょ にいた。目には見えないけど、そばにいた。それに、ゼ ラヴェンナでは、私の母がいつも一緒 ハスチアンのお母さんも。 おかしな話だ。よりによって、ゼバスチアンのお母さんなんて。ゼバスチアンのお母さんは、 私の母とはまるでちがっているのに。自分の職業を持ち、自分の友だちを持ち、自分の銀行口座 を持っていた : ・ 「自分の口座を持っているっていうのは、大事なことよ、ザビーネ」ゼバスチアンのお母さんは 言った。「自分のかせいだお金を、自由に使えて、いちいち許可なんかもらう必要がないってい うのは、大切なことだわ」 えいぎよう 私は、この言葉に影響を受けた。それと、ゼバスチアンのお母さんが、自分の夫を残して、 一人でイタリアへ行ったことにも。うちでは、こんなことはありえなかっただろう。「パパ ; 、 飢え死にしちゃうわ」母ならそう言っただろう。 ちじく 111

3. ゼバスチアンからの電話

になってるくせに、字も読めないんだから」 私は冷静でいられなくなった。「この中で字を読めないのがだれなのか、みんな知ってるわ」 どくぜっ 私は強い調子で言い返した。「脳みそはたりないくせに、毒舌はありあまるほど持ってるやつの ことよ」 ルードルファーが手に持っていた手紙を下に置いた。「もういっぺん言ってごらん ! 」 「この中で字が読めないのがだれなのか、みんな知ってるわ」私は、ルードルファーとおなじく らい大きな声でくり返したが、それ以上は、言うのをやめた。 ルードルファーは、その言葉を聞くと、私の方へやってきて「なに言ってんだい、 うすのろの くせに ! 」とロぎたなくののしった。 しず 「自分の席にもどるんだよ、トラウデル」バウアー夫人が彼女の気を鎮めようとした。「さあ、 ひま 自分の仕事をするんだよ、そんな暇ないんだからね」 だま 「あんな小娘にあんなこと言われて黙ってろっていうの ? 」ルードルファーがわめき散らした。 ぜいきんはら 「自分のほうがえらいって、思ってるんだ。私たちが税金払ってるから、学校行って油売ってら れるんじゃない。勉強もしないでさ」 「自分の仕事をするんだよ」バウアー夫人が言った。「他のことをしてる暇はないよ。あんたも だよ、サビーネ」 でも、だめだった。私の怒りはおさまらなかった。「私、自分の方がえらいだなんて一度だっ

4. ゼバスチアンからの電話

「出て行ってくれ」父は言った。 「パ。ハは、いつだって、自分の立場でしか考えてないのよ。自分の立場でしか」 「そうかな ? 」父は立 0 て、開け 0 ばなしにな 0 ている、テラスに出るドアのほう〈歩いて行 0 た。雨足は弱くな 0 て、今は霧雨にな 0 ていた。「自分の立場でしか考えない 0 て ? どうして そうしているか、わかるか ? そうするのが正しいからだ。私たちは、この家を買 0 た。ものす ごいお金がかか 0 た。だから、みんなが協力しなくてはいけないんだ。当然、おまえもだ」 父がそこに立 0 ている。私は、父の言うことを聞いている。そんなの 0 て、ないじゃない。父 がこんなことを一言うなんて。 「そんなの 0 て、ないわ」と私は言 0 た。「パパが家を買 0 て、そのために私が働かなくちゃい けないなんて」 「よくそんなすうずうしいことが言えるな」 「ええ、言うわ。だって、我慢できないんだもの」 「まあ、今にわかるさ。まだ、おまえのことは、保護者である私に決める権利があるんだ。学校 に、おまえの退学届けを出す」 見知らぬ他人。聞いたことのない声。私はこの人から、自分で自分の身を守らねばならない。 「勝手にすればいいわ」と私は言 0 た。「だけど、あと一年で私だ 0 て成人になる。そうしたら、の また学校に行くわ。私の人生をめちやめちゃにされて、たまるもんですか。また、学校に行くん がまん

5. ゼバスチアンからの電話

「ビーネの決めた道だもの、私たちには邪魔できないと思うの。だ 0 てビーネには、それだけの 能力があるんだから」 「きみはそう言うと思ってたよ」それだけ言うと、父は出て行った。 その後、べッドに入 0 てから、私は今晩のことを、もう一度思い出してみた。映画みたいに。 これでよか 0 たのか、よくなか 0 たのか、私には判断がっかなか 0 た。ここまではすべて、前 哨戦にすぎなか 0 た。今日からはみんな、この戦いの中での、自分の持ち場もわか 0 ている。 そして、とにかく事態はなんらかの方向に進行していく。もし、まちが 0 た方向に進んで行 0 た ら ? もし、家族が崩壊したら ? 私は、もうすぐ十八になるのだから、自分の生活ぐらい自分 でなんとかする。でも母は ? それにペアティは ?

6. ゼバスチアンからの電話

「あ、ひど、 し ! 」私は言った。 かれ いんふ 彼は私にキスをした。「とんまなんかじゃないさ。ただ、韻を踏んだだけだよ。でも、臆病だ な。でも臆病ってのは、とんまとおなじくらい、まずいんだぜ」 おそ 私はもう、臆病でなんかいたくない。なんにも、恐れたくはない。ゼバスチアンの事も、他の 人の事も。 家に着くとすぐに、私は自分の部屋へ行き、州立銀行あてに手紙を書いた。就職希望の願書を 取り下げます、と。理由は、学校に残り、大学入学資格試験を受けることに決めたから。 かみ 二、三日前に、私は美容院へ行った。髪を切ってもらうと、自分がまるで知らない人のように 見えた。それに、すっかりむきだしな感じがした。今はもう、自分のこの新しい顔にも慣れてき た。そして、もう自分を隠すことができないということにも。 しい天気は長くは続かなかった。また、雨が降っていた。数日前からすっと。 「このまま降り続いたら、畑の穫り入れは台なしだよ」と・ヘアティが言った。・ ヘアティは、もう 村じゅうの農家の人を知っていた。 かきね 「いい子だよ、ひとなつつこくてねえ」モーザーの奥さんが言っていた。「垣根のとこに自転車 置いて、台所に入って来るんだよ。こんちは , って声がしたと思ったら、もう中にいるんだかち らね」

7. ゼバスチアンからの電話

かけぶとんをのけた。べッドから出て、ゼバスチアンに電話をかけよう、もう一度やりなおし てみようって。なのに、また・ヘッドに横になってしまう。そんなことをしたところで、どうにも ならないに決まってる。どうせまた、おなじことになるのだ。ただ座って、待って、いつもゼバ スチアンのことだけで頭がいつばいで。そしてゼバスチアンは、また私のことを自分の思いどお かれ りにするだろう。なぜなら、彼にそうさせているのは私なのだから。そのことはわかっている。 だけど、私には変えることができない。わかることと変えることは、別のことなのだから。 「もういや、ゼバスチアン」と私は言う。彼の顔が私の目の前にある。手をのばせばすぐ届くと ころにある。「もういや」大きな声を出した。「もういや」 べアティの・ヘッドから声がする。「どうしたの」寝ばけて泣きそうな声た。・ ゞヘアティの声で、 私は現実に引きもどされる。 ゅめ 「なんでもないの、べアティ。夢みてただけなんだから」 「だって、あんな大きな声だすんだもん。こわくなっちゃった」 私は起き上がって、べアティのところへ行った。・ ヘアティは半分寝ばけたようすで、私のこと を見ていた。私はべアティを寝かせて、ふとんをかけてやった。 「こわがらないでいいのよ、べアティ。私がちゃんとここにいるじゃない」 べアティは大きく目を見開いた。それから、急に目がさめたようだった。「こわがってるつ きげん て ? へんなこと言わないでよ。なにをこわがってるっていうのさ ? 」機嫌悪そうに壁の方に、 かべ

8. ゼバスチアンからの電話

訳者あとがき ザビーネは、ゼバスチアンに電話をしたのでしようか ? ザビーネの十八歳の誕生日、 成年に達する日、大みそか、ゼバスチアンの電話番号をザビーネが回しているところで、 この物語は終わっています。ザビーネは、ゼバスチアンの電話番号を最後まで回し、ゼバ スチアンと話をし、彼と再会したのでしようか。それとも、やはり途中で受話器を置いて しまったのでしようか。 この物語は、二月のザビーネとゼバスチアンのけんかの場面から始まっていますが、実 際にはザビーネの十七歳の誕生日である一年前の大みそかに、・・ サヒーネのお父さんが、家 を買うことをはのめかしたところまでさかのばることができますから、ザビーネが成年に 達する、子どもから大人になる最後の一年をちょうど描いていることになります。 表向きは民主的なのですが、実のところ、何でも自分の思い通りにする父と、いつでも 父の言いなりで自分の意見を持たない母に対して、批判的だったザビーネ。自分は絶対に 母のようにはならないと固く心に決めていたのに、い つのまにかゼバスチアンに対して、 272

9. ゼバスチアンからの電話

ィーザー川が流れていた。 さそ 「なんで、今日になって急に、私を誘おうなんて思ったの ? 」 「きのうから思ってたさ。本当は、塀の上に座ってるきみを見た時から、そう思ってた。ただ、 こわかったんだ」 「こわいって、私のことが ? 」 かれ 彼は首をふった。「自分がさ。今までばくは、女の子をさけてきたんだ。ヴァイオリンのため にね。本当は、一分でもあいている時間があれば、練習しなくちゃならないんだ。うまくなりた ければ」彼は、私の顔をなでた。「ヴァイオリンと女の子と : : : 。本来、ばくには、両方は無理 なんだよ」 しゅんかん 私は、横になったままじっと聞いていた。この瞬間のすべてが、私にはうすいガラスででき ているように思えた。 「もし、ひとりの人のほうが大切になってしまうと : 「だからって、ヴァイオリンを失う必要はないじゃない」と私は言った。 ひ 「そうだよ。ただ自分のために、弾いていたいだけなら、それでいいさ」 彼は黙ってしまった。私も黙った。 弾しているわけじゃないんだ」少しすると、彼は言った。 「だけどばくは、自分のためだけに、 " 、 「もっと、それ以上のことがしたいんだ。そして、それ以上のことがしたいなら : : : 」彼は体を だま 16 み

10. ゼバスチアンからの電話

さっ 今、私にはよくわかる。彼は、自分を失うのがいやだったのだ。私だって、自分を失いたくな かった。そういうことだったんだ。私には、自分の気持ちがやっとわかった。ゼバスチアンの気 持ちも、やっとわかった。 でも、どうして今になって、わかったんだろう ? 父と庭木、それを手放さなくてはならない それが、きっかけだったんだ。 かもしれないという父の不安 : ある日曜日のことだ。一日じゅう、庭仕事をしている父に、母がたまらなくなって言った。 「ハインツ、もういい加減にして。ずっと働きづめだわ。今に死んでしまうわよ ! 」 ゅめ すると父が言った。「ロッティ、黙っててくれないか。だれにだって、夢があるんだ。夢がな くては、やっていけないんだよ」 今日、私が学校から帰って来ると、母がテープルに座っていた。母の前には、十枚の百マルク 札が置いてあった。 しはら わた 、ババに渡すべきかどうか、考えてるのよ」母は言った。「家のローンの利息の支払 「このお金 お い期限が、また来てるでしよ」母は、一枚手にとると、折りたたみ、また広げた。「そんなふう ハンドルを握って、運転 に見つめないでよ、ビーネ。私が、やりたくないとでも思ってるの ? したくないとでも ? でも千マルクよ ! うちがこんな時だっていうのに」 だま