運転免許 - みる会図書館


検索対象: ゼバスチアンからの電話
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1. ゼバスチアンからの電話

くわ れた時のことを思えば ! ひとつのことについて、あんな詳しくまた細部にいたるまで知ってい て、それをちゃんと他の人に説明できる人間が、絶望的なわけがない。 めんきょ ・ヘアティが、エンジンの説明をしてくれたことは、母が運転免許をとる役に立ったのだ。 ・ヘアティに、運転免許のことを隠しておくのは、当然のことだが無理だった。学校で運動会が とちゅう あり、いつもより早く家に帰る途中、べアティの横を教習所の車が通ったのだ。ところが運転席 には、なんとママ ! というわけで、あっさりばれてしまった。 「ビーネ、たいへんだよ ! 」べアティは大声で言った。「ママ、教習所に通ってるんだぜ ! 」 「知ってるわ」私は言った。 いっしょ 「どうして知ってんの ? 」べアティはがっかりして聞いたが、私が申し込みに一緒について行っ てあげたことを話すと、自分もなにか母の助けになることをしようと決めたようだ。 「自動車がさ、どういうしくみになってるか、ママ、知ってる ? 」お昼ごはんの時、ペアティは 聞いた。「つまり、どうして車は走るのかってことだよ」 「車はガソリンで走るんでしょ ? 」母が言った。「アクセルを踏むと動くのよ」 「なに言ってんだよ、ママ」・ヘアティはあきれて言った。「コーヒーミルにガソリン入れたって、 絶対走らないだろ。中でどんなことが起きてるのか、聞いてるんだ。エンジンの中でさあ」 「さあ、わからないわ」 「じゃあ、ビー、不は ? 」 ふ 175

2. ゼバスチアンからの電話

きてるとい、つのに : : 」母は小さな声で、しょんばりと言った。 ゅうしてっせん 「ママったら、なにばかなこと言ってるの ? 」私は、運転免許と有刺鉄線にはなんの関係もない 1 べんごし れんばう ことを、母にわからせたかった。それに、弁護士や、お医者さんや、連邦議会議員など、それこ おおぜい はいけっししっ そ大勢の女の人がいろんなことをしているけど、別にその人たちの子どもが敗血症になるわけ てんばっ じゃないって。「それだからって、天罰なんか受けてないでしよう ? 」私は言った。 「でも、その人たちと私はちがうのよ」母は言った。 めんきょ 私は、また初めから説明し始めた。むしろ反対なのだと。運転免許は私たち家族みんなにとっ て役に立つのだと。 「考えてもみて ! 今日みたいなことが、平日に起こったとしたら ! 」私は言った。「ババは仕 事でミュンヘンでしょ , しの ? プルッカ いったいだれが、べアティを病院に連れて行けばい、 ウから救急車が来るには、ものすごい時間がかかっちゃうわ。それに、パパ・、 カ病気になってお医 者さんに行かなきゃならないことだって : : : 」私は話し続けた。母を変な思いこみから救いださ いっしょ なくては。「・ヘアティは元気になるわよ。そしたらママ、免許をとって、ペアティと一緒に湖に 、冰ぎに行けるじゃない」 母は立って窓辺へ行った。「でも、もし、・ヘアティが元気にならなかったら ? 」 「うちのママもおんなじよ」と、ギーザは言った。「私たちのだれかが病気になると、全部自分

3. ゼバスチアンからの電話

・ヘアティは黙り、父は驚いてフォークを置いた。 「ロッティ、どうかしたのかい ? 」父が聞いた。 めんきょ かきね 「垣根もだめ」母はもう一度言った。「このお金は、私が使うの。私、運転免許をとりたいのよ」 「運転免許だって ? 」父はもう少しでむせるところだった。「おまえが ? おまえ、ガレージだ ってろくに開けられないじゃないか」 だま 少しのあいだ、母は黙って父を見つめていた。それから言った。「もうたくさん。駅まで片道 めす えんえん 延々四キロ。冬になれば、道は凍るかもしれないし、雪だって降るわ。自転車盗まれて、知らな い人の車にまで乗せてもらわなきゃならないなんて、もうたくさんなの」 あっか 「また自転車を買えばいいさ」父が言った。「中古の自転車を扱ってる店があるから」 さら 「いやよ ! 」母があんまり澈しく首をふったので、髪の毛が一本、皿の上に落ちた。「中古の自 転車なんていらないわ。私が欲しいのは、車の免許なの。そして毎日、車で朝あなたを駅まで送 むカ って、晩また迎えに行くわ。車は一日じゅう、ここに置いておくの。そして、天気の悪い日には 子どもたちを学校まで送るの。冷たい足で何時間も座ってなくていいように。天気のいい日には、 くぎ 三人で湖へ泳ぎに行くこともできるわ。私、こんないまいましい、人里離れたところに釘づけに なってるのはいやなの」 『いまいましい人里離れたところ』と言った母の声は、ほとんど金切り声になっていた。 「そうか」父も、いつもより大きい声になった。「うまい口実を考えたもんだな。だが、そんな だま こお かみ 126

4. ゼバスチアンからの電話

わ」母は、コーヒーメーカーにフィルターをつけた。「私には、運転なんて無理なのよ」 車の教習から帰って来ると、母はいつもおなじことを言った。私は今日もまた、どんなばかで なっとく も運転できるようになるんだということを、母に納得させようと、いろいろ言った。 「そのへんの車のフロントガラスのむこうの顔を、よーく見てみればいいのよ。どんなアホづら が座ってるか。それにくらべたら、ママなんて抜群よ」 母は無理して笑った。コーヒーメーカーに水を入れながら、コーヒーを飲むかと聞いた。 めんきょ 「運転免許なんて」母は言った。「頭のよしあしなんかとは、関係ないのよ。要はセンスの問題 なんだわ。私には、運転のセンスがないのよ。いつもいつも、これがババに知れたら、なんて言 きんちょう われるだろうって、そればかり考えてしまって。ものすごく緊張しちゃって、ちっとも集中で きないの」母は、カップとミルクをテープルの上にならべた。「あのイルグナーも、だんだんイ ライラしてきちゃって」 「イルグナーは、イライラなんかしちゃいけないのよ。ママに運転を教えるのが、あの人の仕事 なんだから」 「イルグナーだって、人間だもの。それに、、 しつも死にそうな目に合わされていたら・ : ・ : 」 私はふきだしてしまった。 「ザビーネまで笑うのね。今日イルグナーがなんて言ったか、あなたも聞いてればよかったわね。 ハラーさん、トラック ! あいつのラジェーターグリルに乗り上げるつもりですか ? ばつぐん

5. ゼバスチアンからの電話

かきね のは話にならない。垣根は必要なんだから」 母は、冷めてしまったじゃがいもに目を落とした。「私のお金よ」母は言った。「ハンニおばさ めんきょ んは、私にくれたのよ。私によ。私はどうしても、運転免許をとりたいの」 ぐっ 「ばくのスキー靴はどうなるの ? 」べアティがわめいた。 だま 、「黙ってなさいよ、べアティ」私は言った。「せめてこんなときぐらい ! 」 こうふんかがや ほお 私は母を見ていた。今の母をとってもいいと思った。母は頬を赤らめていた。目は興奮で輝い ていた。あれだけ父に言うには、ものすごい勇気がいったにちがいない。最後までがんばりとお すだけの勇気があるかどうか、自分でもわかっていないんじゃないだろうか。でも母は、一歩を しと思った。 踏みだしたんだ。そんな母を私は、い、 「わかって欲しいの、ハインツ」母が言った。「だって、なんとかしないと : じようきよう 「話にならない」父が母の言葉をさえぎった。「今のうちの状況を考えてみろ ! 」父は二、三度 大きく息をした。「そんなばかげた考えは忘れることだな。そんなことする金、うちにはないん 「ちょっと待って、ハインツ」母が言った。「私にはお金あるわ。そのお金で私、免許をとるの」 キ一らっ 父が自分の皿を突きとばした。皿はテープルを横切ってすべった。それから父はどなりだした。 父はめったにどならない。でも、いったんどなりだすと、窓ガラスがびりびりいうほどどなり散 めんきょ ローンをど らすのだ。「ばかばかしい , 自動車の免許だって ? 金を捨てるようなもんだ , 127

6. ゼバスチアンからの電話

「でも、ママ」私は言った。「本当に ( 泣けてくるわね。タクシー代の十マルクもないなんて。 ノバがひとりで・・・・ : 」 「四キロ全部、歩いたわけじゃないわ」母は、私の言葉をさえぎって言った。「モースペルクの 女の人が車に乗せてくれたから」母は、また。ハンケーキに手をのばした。「その人がね、『お車、 めんきょ お持ちじゃないんですか ? 』って聞くの。そこでえつ、車ですって ? 』って答えたわ。免許だ って、持っていないんだもの。そしたら、その奥さん、『ここらでは、車は必需品ですよ』って」 「ママ、私のパンケーキ、全部食べないでよ」私は言った。 、ら 「あら、いやだ ! 」母は私の方に皿を押してよこした。「おなかなんて、ちっともすいてないの に。で、その奥さんね、『ここじゃあ、大だって運転免許がなければ、凍えちゃいますよ』って」 「ママ、そのことノ ヾバに話さなくちゃ」私は一言った。「パパはここが本当に気に入っちゃってる んだから。ママのこと、はいずって駅まで行かせてもかまわないと思ってるわ」 母は、テープルの上にこばれた砂糖を、人差し指の腹で集めている。 「ときどき、すいぶんきついことを言うわね」と母は反射的に言った。それから続けた。「これ だけは、確かよ。自分のためだったら、この家は買わなかった。それに、もし買っていたとして も、また売っていたわ」 「ママ、それもノ ヾバに言わなくちゃね」私は立ち上がった。「さあ、フランス語の勉強しよっと」の けっ 「私は一人で生きてるわけじゃないのよ」母が言った。「でも、あなたにはわからないわね。結

7. ゼバスチアンからの電話

なみだほお 母は、もう本格的に泣いていた。涙が頬をつたっている。そして、 ~ このごろ、うちではいつも そうなのだけど、べアティと私も一緒に泣いた。 午後には、雨はあがっていた。空は晴れわたり、日が照っていた。あっという間に、この変わ しらか・は - りようだ。私は寝いすをテラスに出し、手足をのばした。そして、白樺の枝を眺めた。眠りたか ったのだけど、眠ることができなかった。 母と・ヘアティは、洗たく屋のハイスマゲルへ出かけてしまった。ふたりとも、自転車の後ろの 荷台に、洗たく物の入ったをひとつずつくくりつけていた。・ヘアティはいつもなら、こんな仕 さわ 事につきあわされると大騒ぎをするのに、今日は一言も文句も言わずに、物置から自転車を出し てきた。 これから、どうなるのだろう ? イルグナーが言うには、母がもっと安全に運転でき、なにか しつキ一く あったときにでも、大失策を演じないですむようになるには、少なくともあと八時間くらい路上 実習が必要だということだった。八時間の教習料金と、再受験料、全部あわせて二百五十マルク になってしまう。 めんきょ そのくらいのお金なら、私から借りることもできた。なのに、とっぜん、母は運転免許のため には、あのハンニおばさんからもらった千マルク以上は、一ペニヒだって出さないと言いだした。 くる 「そんなことしたら 、パパは本当に気が狂っちゃうわ」母は、すすり泣いた。

8. ゼバスチアンからの電話

・ヘアティは身を乗り出して、父の顔をのぞきこんだ。「そうしたら 「おまえが、こえだめに落ちるわけがない」父が言った。 いっしょ はいけっ . しトう 「ぜったい、二人で一緒に泣いてくれるよね ? 」べアティが聞く。「敗血症になったときみたい に。ね、そうでしょ ? 」べアティが、また期待するようにみんなを見たので、母は台所から出て 一打ってしまった。 べアティがまだ小さかったとき、作文のようなものを書かされたことがあった。「じてんしゃ じこ』という題だった。それがあまりによく書けていたので、すっととってあった。 「あるとき、ばくはじてんしやでじこになりました。それで、ばくはしにました。そうしたら、 おとうさんはもりへいってくびをつりました。おかあさんはばくといっしょにおはかにいったら、 やつばしおかあさんもしにました。いきているのは、おねえちゃんのザビーネだけです。ないて いオした」 家族をもとどおり仲よくさせようという理由だけで、・ ヘアティがこえだめに飛びこまなければ いいんだけど。 なぐイ、 「今に、なにもかも、もとのとおりになるわよ」私はべアティを慰めようとした。「ママが運転 めんきょ 免許をとるまでのしんばうよ」 でも、べアティほそんなことでは安心できなかった。「ママ、ぜったいに言 試験受からないよ。 ノノさ、ママになんて言 236

9. ゼバスチアンからの電話

た。ペアティの敗血症と戦うためには、そうしなくてはならないとでもいうように。 たお 「ママ、なにか食べてよ」私は言った。「じゃないとママまで倒れちゃうわ」私は、母のロもと にケーキを一切れ差し出した。母は一口かじると、もぐもぐかんだ。 「面会謝絶って」母は言った。「どういうことかしら ? 」 あの熱だもの」 「たぶんまだ意識がないんじゃない ? べアティが寝ているようすを思ってみる。あおむけになって、なにも言わないで、ただ息苦し そうにぜえぜえ言っている。もしかしたら、・ヘアティ : ううん、そんなばかなこと、考えちゃいけよ、。 「今朝から、もうひと月もたったような気がするわ。少なくともね」母が言った。 私はうなずいた。私もほんとに、そんな気がしていた ノと千マルクのことでけんかした 「それにきのうなんて」母は言った。「大昔のことみたい。。ハ。、 のが、きのうのことだなんて」 私は、またうなずいた。 めんきょ 「運転免許だなんて ! 」母は、私を見つめて首をふった。「ねえ、ビーネ、私、とってもいやな 気持ちなの。まるで私が罰を受けているような気がして。私が、あんなくだらないことに興奮し たばっかりに、こんなことになったんじゃないのかしらって。ありがたいと思っていなければい 4 けなかったのに。五体満足な子どもたち、優しい夫、みんなでひとっ屋根の下に暮らすことがで こうふん

10. ゼバスチアンからの電話

「ママ、車の運転、習ってるんだ。もう十二時間、すんでるんだよ。ばくは、交通規則を教えて いっしょ 、ノドル操作とか、坂道発進と あげるから ノもママと一緒に練習してあげてよ。発車とか、 / 、 めんきょ しつもの儡の速さでしゃべった。今の今 か。そうしないとママ、免許とれないよ」べアティは、、 たき カく まで隠されていた秘密が、滝のように流れ出した。 一らお 父が、自分の皿を押しのけた。「ロッティ , 母はうなずいた。 「本当なんだな」 母はもう一度うなずいた。「だって私、あの時、言ったじゃな、 「おれだって」と父が母の言葉をさえぎった。「おれだって、言っただろう。やめとけって。無 金がないんだからって」 理なんだからって、言わなかったか。 「私、お金ならあるもの」母が言った。 いいよな。みんな、それ 「ああ、そうだよな ! 」父は、大声でどなり始めた。「おまえたちは、 それいいもの持ってて。ザビーネは、ビーダーマイヤーの家具、そしておまえは金を持ってるん だから。それで、家族がどうなろうと、おまえたちには、どうでもいいんだ」 「そんなに大きな声でけんかするの、やめてよ ! 」・ヘアティが、泣き声で言った。 しんらい 「これが、どういうことか、わかっているのか ? 」父がわめいた。「おまえは、信頼を裏切った んだそ ! 」 今のは本当か ? 」