「わたしたちは、あの子を救おうと必死たった。」ウインターおばあさんが引きとった。 ゃいや、いのちのことじゃない。あの子はいのちのほうは危険にさらされていなかったからね。 だけど : ウインターおばあさんは問いかけるようにミリアムをふりかえった。「だけど、 人格のほうが : これはあぶない、とわたしたちは思った。だって、ローラ、あんたにも想 くろまじよ 像がつくと思うけど、人間らしさをなくした魔女なんてのは十中八九、黒魔女だからね。わた したちはあの子をあちこちのお医者さまに見せて、なんとか表面はおさめたさ。今じゃ、必要 ふつう とあらば普通に生きてみせるのもとってもうまくなったけど、でも、あんたの弟さんのことを こしよう こしよう 故障した車みたいに言ったとしてもなんの不思議もないね。ソレンセン自身がまったくの故障 しゃ こしよう 車で、しかもその故障の程度はだれにもっかめてないんたもの。あの子、あんまりものごとを 深く感じとっているようには見えないだろう、利ロそうには見えても : 「ええ、頭はとってもいいです ! 」ローラは言った。「頭がよくて、抜け目がない。」 ローラは心の奥底ではずっとジャッコのことを思いながら、ふたりの話についつい引き込ま れすにはいられなかった。 「それで、むこうの家族は ? 」ローラはきいた。 「あんまりお話しすることがたくさんあって : : : 」ミリアムが言った。「わたくしはただ、 おくそこ 170
「そう、軍隊が押し寄せてきたの。」ミリアムが割り込むというより、引きとる形で話をし だした。「気がついた時には、わたくしたちは丘にのぼらなくても軍隊が見えるようになって いなかみち いたの。門を出るとすぐ田舎道になっていたのに、気がついたら、軍隊がその道をこちらにむ かって押し寄せてきていたの。もう何年も前のことになるけれど。 「かれこれ二十年になるかね。」ウインターおばあさんが口をはさんだ。 がんこ むかし 「わたくしもまだ若くて、頑固だったわ。」ミリアムが昔の自分をふりかえって、笑った。 「わたくしは世界は農場の門のところで始まって、そこで終わってるものと思ってたから、 の外のものに対しては、何であれ疑う備えはできていたの。でも、雨の晩でも、町のあかりが 空をすっかりおおうようになってしまって。母もわたくしもわたくしたちの谷を救うためには どんなことでもしようと思って、それで : : : 」ミリアムはそこまで言って、ちらと自分の母親 のほうを見た。 「それでね、わたしたち、わたしたちが支配円錐域と呼んでいるものを農場に生じさせよう と決めたわけさ。」ウインターおばあさんがあっさりと引きとって、言った。「その区域内では ね、わたしたちの姿は消えてしまうわけではないんだけど、いても、まるでひとの注意をひか なくなるんだよ。町の人たちはわたしたちがいることはわかっていても、気にとめすに通りす しはいえんすいいき おか 163
ぎるってわけさ。だけど、そういう状態を生みだすのはむすかしくてね、生みだしたあと、同 し状態を持ちこたえるのはもっとたいへんなんだよ。それで、三人目の女が必要になったっ てわけさ。」 「わたくしたちの仕事は三人でするのがいちばんうまくいくの。」ミリアムが懇願でもする むかし よ、つに、 前かがみになって言った。「昔からいう女の三相としてね。 「そして、このわたしがばあさんだった。」ウインターおばあさんが言った。 むすめ リアムは姿 「そして、わたくしが母親で、うちの子が娘、そういう心づもりでいたの。」、 さす 勢をもとにもどした。「わたくしね、もし子どもが授かるとしたら、まちがいなく女の子だろ うって思っていたの。うちは五十年間女の子ばかりで、男の子は一度も生まれなかったものだ むすめ から。それで身ごもっている間もすっと娘のつもりで話しかけてね、谷を守ることも約束して むすこ いたの。ところが、ご覧のとおり、生まれてきたのは息子だったのよ。」 「ソリーね , いえ、お気の毒なんてとんでもない、 ローラはあわてて言いたした。 「ソレンセンていうのは古くからの名字でね。」ウインターおばあさんが話を引きとった。 「わたしたちはあの子に家族の一員になってもらうつもりはなかったけど、それでも、わたし ソレンセンのことをいったんです。 まじよ こんがん 164
くてそれもできなかった。 「ソレンセンはあなたにもちゃんと親切にできたかしら。」母親が言った。「まちがったこと をしでかさないようにと願ってるんだけれど、どうもあぶなっかしくて。でも、お話ししとか なきゃいけないんたけれど、必すしも全部が全部あの子のせいではないの。わたくしもいけな いの。わたくしもあの子と同じあやまちをおかすことがあるの。 カーライル夫人はシンプルな。ヒンクのワンビースを着ていた。光沢をおさえたそのワンビー かみすず スはラの花びらの外側のようで、真っ白な髪と涼しいブルーの目によく合って、はっとする ほど美しかった。ローラはたちまちケートを思い出し、でも、ケートがこんな色の服を着たら、 五分とたたないうちにしみをつけてしまうだろうな、と思った。 むかし 「あんたが昔のここのことを知ってさえいてくれたら、話は早いんたがねえ。、ウインター おばあさんが言った。「ひとつの土地に愛着を持ちすぎるのも困りものかもしれないが、そう はいっても、やつばりわたしたちはこの農場が大好きでね、一時はこの谷間全体がわたしたち のものだったんだよ。まるで世界をまるごと持ってるみたいだった。森あり、川あり、平原あ なら りのね。石を並べてダムをこさえて、わたしたち、そこですっ裸で泳いだもんさ。もう二度と あんなふうに水と親しめないと思うと悲しくなるね。だって、もう、わたしたちだけでひとり 161
むかし じめできる川なんて残ってはいないもの。もちろん魔法はいつだってあったけど、でも、昔は 単純で、直接的だったねウインターおばあさんはそう言って、ためいきをついた。 むかし 「昔はね、ちょっと丘にの。ほれば、町が見わたせたの。」ミリアムが引きとって、言った。 、どっこわ。ほら、地平線でしよっちゅう演習をく 「なんか、そう、おとなりの国の軍隊みたし / オ それにしても母の言うとおりね。土地に り返しながら、それなりにけっこう楽しんでる : はあんまり執着しないほうがたぶん賢いんだわ。もともとたれのものっていうんじゃないんで すもの。わたくしたちがどんなに大事にしたって土地は来て、やがて去っていく。そして、最 後には、上地がわたくしたちを所有するのよ。」 「そう、あんたの言う軍隊がこっちにむかってきたというわけだ。」ウインターおばあさん が言った。「わたしの夫は一族の中でも一風変わっていてねえ、ほんとをいうと、わたしたち まじよ まじゅっし の仲間だった。つまり、その、月の男だったわけ。とくに力のある魔術師でもなければ、魔女 でもなかったんだけどね。どっちかっていうと、あんたみたいだったよ、感受性が強くて。今、 のこっている他の兄弟にはそういうところはまるつきりなくて、みんな都会でビジネスマンに 、け・し力し なって、はぶりよく暮らしているけどねえ。ともあれ、わたしたちはもっと警戒しなくちゃい けなかったんだよ、 ミリアムとわたしは。」 しゅうじゃく おか いつぶう まほう 162
の先の別の海へと落ちこんでいた。もっとも海とわかったのは、ローラの内側で何か不思議な 力が働いたおかげたった。ローラ自身はこれまで一度も見たことはなかったのたから。 「でも、ここまでは以前来たことがある。そうよ、うん ! , ローラは質問するどころか、さ 、こ。「ものむつく前に、あたしはたしかにここに来 れもしない質問にいっかひとりで答えてしナ たことがある。ここは始まりの土地なのよ。」だれも何も言わなかった。「まる裸で何もないけ ど、でも美しくない ? あたしたちは、だれもみんな心の中にこういう場所を持っているのか しらね。 きおく 「今ここに見えているのはね、一部はわたしたちが実際に動いている場所の記憶であり、ま ぎおく た一部は生きとし生ける者たちの記憶にある世界なんだよ。」ウインターが言 0 た。「でも、緑 きおく の森はみんなあんた自身の記憶にあるもの。むこうの枯れた森はね、ある事さえあれば、ミリ しようちょう アムとソレンセンとわたしの中で緑を回復する森を象徴しているの。でも、なにもこのわたし があんたにどうしろという必要はないよね。ただ、それができるのはあんたしかいないんだ とびら よ。、ウインターはそう言いながら、水門の扉に手をふれた。と、その手はまるで水でできて とびら いたように、その扉をつきぬけた。 とびらお さけ 「あっ ! 」ローラは小さく叫んで、扉を押さえにかかった。それで扉は半分ほど回り、水は とびら 268
かくしん 、よいよふたりの話が核心に近づいて ふたりに口々に打ちあけられて、とまどってもいたが、し きたことをみてとった。ふたりはそこまできてためらい、顔を見合わせた。 「わたくしが話します。」ミリアムが深呼吸をひとっして言った。「結局のところ、わたくし が決めたのですから。」 むすめ : 」ウインターおばあさんが娘をふりかえって、やさしく言った。 「だけど、おまえ : っとう最初に決めたのはわたしだった。」 「ローラ、」ミリアムは話し始めた。「わたくしね、ちっとも母親らしい母親ではなかったの。 息子のことを思うと、わたくし、わなにかかってしまったような気がして。息子が手もとで、 しかも必すやまったくの異邦人として育っていくのを見守ることになるのだと思うと、たまら なかった。そうなの。その頃はわたくし、息子はわたくしたちとはまるきりちがった人間で、 野菜畑をのみこみながら進軍してくる軍隊、つまり町からわたくしが自分の家を守ろうとした って、この子はなにも手助けなどできないだろうって思ってたのよ。それで、あの子を養子に 出すことに決めたの。でも、そう決めたとたん、こんどはわたくし、自分があの子をいつも目 の前に置いて見ていたいと願っていることに気がついたの。自分がどんなに自分勝手な人間か、 めんどう 今は包みかくさす話すわね。あの子の面倒は見たくないくせに、あの子のことはいつも知って むすこ ほうじん むすこ むすこ 166
わたくしたちがした判断をあなたに見ていただきたいと思 0 たの。でも、今は、わたくしたち、 つけを択わされているんでしようね。なぜ 0 て、わたくしたちはふたりともソレンセンが大好 きになって、お話ししたようなあやまちを過去におかしたおかげで、今はあんまり自信がもて なくなったもの。わたくしたち、あの子が本当のところどんなことを考えたり感したりしてる のか、よくわからないの。ひょっとしたら、あの子自身わかってないのかもしれない。それで、 わたくしたち、だいたいいつも察しては動いているの。」ミリアムはそこまで話すと、ローラ しにかわった。「あの子があなたのことを をまっすぐ見たが、やがてひどくはにかんだもの言、 。わたくしたちふたりとも : : : ふ 話しだしたとき、わたくしたち、とってもうれしくてね : 」か、じカ たりとも思「たの、あの子に気がついてくれたそのことで、あなたはあの子の機械仕掛けを解 : 」ミリアムはロごもった。ローラがコワき いてくれたって。あの子はだんだん人間のほうに・ とるのを待っているように見えたが、ローラは黙ったままたった。 「だけど、もちろん、」カインターおばあさんがきりだした。話を他へもっていこうという つもりらしか「た。「あんたから見れば、それはそれで、危険だということになるのかもしれ ない。わたしたちにした 0 て、あの子は絶対安全な仲間だなんて言いきれないものねえ。」 ローラはふたりを不安そうに見た。衣服の下にはからだがあって、それがいまだにローラを せったい 171
ていて、毎朝、父親に車で送ってもらっている。 「あたしたち、すっとここに住むつもりはないの。」サリーは人を見くだすように言ったこ とがある。でも、ローラはこのガーデンディル住宅団地が気に人っていた。それというのも、 すてきに幸せな一年をすごしたばかりだったからで、ローラは今年もおもしろいことをいつば いして、またいい年だったと思えるような日々を送ろうと考えていた。 車が坂道を少しくだり、せきこむような音をたてて、やっとエンジンがかかったところで、 サリーはもう一度ローラたちに手をふった。 「さあ、いくわよ。」ローラはジャッコをうながした。「走るの。さあ、思いっきり走ってご らん。だけど、あたしはつかまらないからね。たって、ショウガ。 ( ン・マンなんたから。」 「ショウガ。 ( ンは走ってキツネに食べられた。」ジャッコはつぶやいて、キツネがきたとき の用心にいそいでフワフワをつかんだ。 「わたしにもフワフワがあったらな。」ローラはつぶやいた。「今は、あんたよりこのあたし のほうがすっといりようなのに。」 ク、を一ほ ふたりはケートの車に追いつくと、ビンクのワニの入った。 ( スケットとスクール。、ツ うりこみ、そろって "( ックシートになだれこんだ。車はようこそと車体をふるわせた。
・ゲームの機械が一日中鳴りつづけ、学校をする休みした子どもたちだけじゃなく、職の ない若者たちで、いつもにぎわっている。 「あたしは前ぶれのことを言ってるの ! 」ローラははぐらかされてはたまらないと、語気を 強めて言った。「最初はなにもかも様子が変わって見えてくるの。いろんなものがお互いかか わりをなくして、ばらばらになってね。ばかげてみえるけど、でも、こわいの。まわりで何が 起こるか、まるでつかめなくなって。土台の上にしつかり建ってると思ってた家が、実は宙に とっぜん 浮いてたことに突然気がつくような、そんな感じ。、ローラは、それから声をおとして、言っ た。「父さんが女友だちと家を出ていったあの週末にも、あたし、前ぶれを感じてたの。だか ら、あんまりおどろかなかったのよ。母さんはあたしのこと、動じないのねって言ったけど、 あたし、実際は、もっと悪いことが起こるんじゃないかってはらはらしてたの。父さんか母さ んか、あの父さんの女友だちか、とにかく三人のうちのだれかが殺されるかどうかするんしゃ ないかって。」 「ジリアは今しや、あの人の奥さんよ。女友たちじゃないわ。、ケートはどうでもいし とにこだわって言った。「あんたもちゃんとあの人の名前をいったほうがいいわ。あの人たち、 いっしょになって、わたしたちといた時よりすっと幸せになったみたいね。」そうケートは一言