ころに行ってしまったのもおとといだった。それから、おとといジャッコが生まれて、自分が 生まれたのもおとといで : : : 。世界の歴史は始まって以来たった一日しかなく、その一日とい うのがおとといで、そうたとすれば、ケートとクリスは最初からすっと愛しあっていたという ことになる。 「母さん、宿題終わったわ。、ローラはちょっぴりうそをついた。 「たから、ねえ、ちょっと ーのところへ行って、テレビでも見てきていい ? あたしがいなくても、どうってこと、 いやみ なさそうだから。」ローラはつい、また、嫌味を言ってしまったが、言っておいて、悪気のな いことをわからせようと、にこっと笑ってみせた。 「それはいいわね。、ローラの口調と笑顔に気がついたケートはなにくわぬ顔をして言った。 ししこと ? ・ 「でも、長くはだめよ。、、 「わかってる。」ローラは答えた。「サリーとは月曜の夜おしゃべりしたきりだから、ちょっ と行ってくるだけ。通りでヘんな人に会ったら、大声出すから。そしたら、クリスがとんでき て、助けてくれるでしよ。」ローラはためしにからかってみた。図書館員では、ガーデンディ ル・ビデオセンターにたむろしている腕っふしの強い連中のようなわけにはいきっこない。 ところがクリスの口から思いがけないことばが返ってきた。 えがお 101
への道をたどっていた。そしてローラに感じられることといえば、まるでつかみどころのない うんざりするやりきれなさばかりで、落ち着きはらったこの男と初めて会った時に覚えた、思 きようふ ブラック わすあとすさりしたくなるような恐怖とはまるで縁のないものだった。カーモディ ふういん はジャッコのように自分のからだを封印してしまうこともできないまま、顔の黒っ。ほいかさぶ たのひとつなどは破れて、じくしくとたたれていた。 服も、おそらくはいつまでも男ざかりが続くものと思いこんで買たのだろうが、今は汚れ て、よれよれになり、かろうしてからだにぶらさがっていた。歯も鬼たちのほったらかしの墓 ーっと笑った。 イ・ブラックは不宀女そうにに 地みたいだった。ローラと目があうと、カーモデ こうけん かれ 彼のうしろにはガーデンディル運動公園が、どうあろうと市民のリクリエーションに貢献しょ ふんしようち うとがんばっていた。ここは分譲地の造成が始まった時から確保されていた土地で、その後、 サッカー フルド ーザーでならされて、テ = スコートやネット十ール、クリケット、ラグビー のためのグラウンドができており、まわりにはジョギングのためのトラックもっくられていた。 きねん こうけん ほそう から舗装された道を少し入ったところには市政に貢献したある市会議員の記念 けれど、ゲート きねんひ ブラックの先に立ってむかっていたのはこの記念碑た 碑が建っていて、ローラがカーモディ ・ブラックはローラのあとからよたよたついていきながら、ローラを責める った。カーモディ えん よ・こ 342
のこと、あんなふうに言っちゃって。まあ、好みの問題かもしれないけど。あの人、あたしと 話すのに、なんか口実がほしかったのね。でも、みんながおもしろがるからとか、い じようだん 冗談いって笑うのが相手を知る近道だからって、ひとをけなすのはよくないわよね。そりやも し、冗談がきまれば、『鏡の国』のアリスみたいに、鉄道で三の目を脱け出たとたん四の目に いるってことにはなるけど。」 「たけど、本の一冊ぐらい、買ったってよさそうなものを。」ローラは言った。「それがいし お客っていうんじゃないの。」そう いいながらローラは自分の朝食をケートの部屋に運んでい ゅめ った。ケートのべ ッドにはひとばん夢にうなされ続けたというジャッコがまだいたが、その顔 を見るなり口ーラは、ジャッコが今までになくぼんやりとして、おとなしく、顔色も悪くなっ ているのに気がついた。ローラが近づくと、ジャッコはふいに手の甲を上にして両手をさしだ した。 さけ 「あら、スタンプ消えてるじゃないの ! 」出された手を見て、ローラは叫んだ。、、、 がその時 にはケートはもう服を着ながら、いつものように、早ロでまくしたてはじめていた。 しったげきれい ケートはまくしたてることで自分とローラを叱咤激励し、せわしい、それでも時おりは満足 きどう のいく朝の軌道に乗せようというのたった。ケートはまだこの朝がこれまで体験したこともな こう
しているけれど、まぎれもないジャッコだ。なんと閉ざしてしまっていることたろう。カーモ 丁イ・ブラックの攻撃に対して、なんとしつかり封印してしまっていることか、とソリーなら 言うところだ。手がかりは、もう、ほとんど何も残っていない。 「ジャッコ ! 」ローラはわかってるわよ、と言わんばかりに親しそうに声をかけた。まるで トイレに閉じこもってしまった弟をなんとか説得して鍵を開けさせ、自分から出てきてもらお 「ジャッコ。あたし、ローラよ。」答えはなかった。 うとでもしているような口ぶりだった。 「あたしを入れて。もう、大丈夫よ、終わったんだから。」 カーモディ ・ブラックはローラが弟を元気づけるのに使っている活力をどうあっても共有し ようと、はげしく口ーラをたたき始めた。けれど、ローラは自分をしつかりと守り続けた。や がて、今にも消えそうに見えたジャッコのあかりが少したけ明るくなった。ジャッコがローラ の愛とエネルギーを吸収し始めると、ローラは目を開けて、ケートを見やり、おすおすと笑い かけた。けれど、ケートは笑い返さなかった。ケートもジャッコと同じようにこもってしまっ ていたのた。しかし、ケートがこもっていたのは深い安らぎの中で、静かにジャッコを見つめ ふぜい いっそジャッコを安全な自分の膃内にもどし、大事にかかえこんでいた るケートの風情には、 ・もうそ - う いとでもいった気持ちが感じられた。ローラは目をつむってこんな妄想を頭からしめ出し、も こうげ・を、 だいじようふ ふういん 315
マキリが何も知らない ( 工におそいかかるといった感じだった。意外なことにブラックの手に はカウンターからとったのか、あるいはひょっとして空中からとったのか、すでにスタンプが にぎられていて、それを、長い間この時を目ざして努力を重ねてきたかのように、勝ちほこっ こうお た表情で、ジャッコの左手の甲に押しつけた。 カジャッコ 「ほうら、きれいな絵だろうが ! 」ブラックはうすら笑いを浮かべて言った。。、、 はスタンプを押しつけられたとたん、やけどでもしたような悲鳴をあげた。その声にブラック はばっとうしろにとびのいたが、彼の顔からは、その時もうすら笑いは消えなかった。 もう時代に合わなくなってしまったのかな。お客のみんながみんな、こ 「これはこれは , 。ししが」ブラックは言った。ローラは非」噫 ~ におどろいて、当 ~ いで んなふうでなくてくれれ。よ、 ジャッコを抱き上げた。 「子どもってのはたいていスタンプが好きなもんだが、」ブラックは笑いながらことばを続 けた。ローラはこの時しやくりあげるジャッコの肩ごしにふとブラックと目があった。こちら を見返すその目には何か非常に老いたものがあり、勝ちほこったような、それでいてみたされ しゅうけっ こまるい、にごって少し充血した目は、けれど、すぐ ない何かがうすいていた。島の目みたい冫 にそらされた。
ムを名ざしして、次には。 ( イブルまで持ち出してさ、そして、し、しまいには、ぼ、ぼくを、 も、もうれつに、ぶ、ぶんなぐりはじめたんた。そ、それまでになく、ひ、ひどくね。むこう は、も、ものすごく、か、からだが大きいだろ。ぼ、ぼくは、や、やられつばなしだった。ま かれ だ小さい時、″クマごっこ″って遊びを彼としたことはあったけれど、こんどのは大人むけの ″クマごっこ″といってもよかった。」 ローラはただ目を丸くして、ソリーを見つめていた。話す声は明るいのに、どもりはじめた ことにローラはびつ ~ 、りしていた。ソリ ーはローラの顔を見てほがらかそうに笑ったが、笑っ くつじよ ~ 、 ているうちにも、昔受けた屈辱にソリーの顔からは血の気が失せ、日焼けさえあせて頬ははれ、 目も暗く翳ってきた。ソリーは今ローラの目の前で自分に起こっていることを知っているのだ きおく ろうか、とローラは気になり、表面どうということのないふりをしていても、記憶が顔つきを 変え、言い方まで変えていることにまるで気づいていないのではないか、と思った。 とっ・せん こ、ころそうと : : : 」ソリーは突然つつかえて、 ぎんちょう 話せなくなった。ソリーは顔をしかめ、目をつむって、そのうちゃっと、緊張はしているもの の、それでも落ち着いた声でしゃべり始めた。「ぼくは殺そうと思えば殺すこともできたかも しれない。だけど、こ、こわかったし、それに、頭の中では、そうなってもやつばり、ち、父 かげ 208
みりよくてき 「うん、とっても魅力的だ。」クリスはお世辞を言ったが、言い方はどうもばっとしなかっ 「まだ早いから何か埋めあわせをさせていただきたいわ。埋めあわせになるかどうか、わか ケートが言いだした。「安物のシェリーがあるの。い力がかしら ? 」 らないけど : 「もう、あんまり時間、ないんじゃないかな。、クリスは時計も見ないで答えた。それから えがお 肩をすくめ、無理に笑顔をつくって、言た。「しかし、その安物のシ = リーとやらを一杯だ けなら。 「帰りにもうちに寄って、コーヒーでもあがっていってくださらない ? もっともお連れさ んが見つからなければのことだけど : : : 」ケートがさそった。「とにかく、なにかあたしに埋 めあわせをさせてちょうだい。」 「そうだった。だれかかわりを見つけなきや。」クリスが言った。「こう見えても顔は広いか ら、いくら金曜日の夜たって、だれかあいてる人はいるだろうよ。もっとも家族に病人でも出 れば別だがね。」 「ジャッコはあたしが看るか 「母さん、行ったら。」ローラのほうも態度を変えて、言った。 み
ふたりは声をあげて笑った。 ( 別におかしくもないのに ) とローラは思った。ケートの寝室で さけ ふいにジャッコがカササギのなくような、へんな叫び声をあげた。 「あたしが見てくる。」ローラが言った。「歴史の勉強にひと息人れたいところだから。」ロ ーラはケートの部屋のドアを開けて、中に人っていった。あかりをつける必要はなかった。う しろの居間のあかりが肩ごしにさしこんで枕をかすめ、ジャッコの顔がはっきり見えたからた。 あま 部屋全体にむっとする甘いにおいがたちこめていて、気がついた時には、ローラはもうそれ をすいこんでしまっていた。そこには、まちがいなく、あのすえたペ。 ( ーミントのにおしがま ざっていた。 ジャッコは顔をゆっくりとローラの方に向けた。フワフワはすぐかたわらの枕の上にのって いるのに、ジャッコはなんの関心も示さなかった。ジャッコはいやに歯をむき、顔をしわくち なみだ やにしてすごい顔つきで笑っていた。ただ目だけは、少なくとも目だけは、涙がしすかにあふ れそうにはなっていたけれど、またジャッコのものだった。ひやりとしめつ。ほい手に押さえっ きようふ けられるようにして、ローラはジャッコのべ トのわきにひざますいた。それはまさしく恐怖 どうキ」 の手だった。たちまちローラの心臓は早鐘のように打ちだした。その動悸のあまりのはけしさ に、骨という骨はガタガタなりだして、世界は大きくゆれはしめ、ひざますいた床板の感覚た はやがね まくら まくら ・ゅ・カいオ しんしつ
つかれたっていうよりは、むしろ、消耗っていったほうがあたっていそうたけどね。」 「むこうの小ざっぱりした部屋に移りましよ。少ししてローラは言った。「おしるし的なシ エリーならあるの。」 「朝の九時十五分にかい ? それもすきっ腹に ? , ソリーは言ったが、それでもローラのあ とについてジャッコの部屋を出、ローラと向かいあわせにテー。フルにすわった。ローラは顔を ーの目をのそきこんだ。ソリーの灰色の目は・ほんやりしていたが、やがて 上げて、じっとソリ まど ローラの目からそらされ、窓から斜めに射し込む光を受けると、その色を銀に変えた。 クカい、チャーント。」ソリーはむ配そうに一言った。 「弟だもん。愛してるんだもん。それなのに死ぬだなんて。、ローラは言った。「そりやもう、 とってもいい子だったのよ。それなのにあんたったら、あの子が死ぬだなんて、平気な顔して 言うんだもん。 「ぼくにも兄弟がいたんだ。」ソリーは言った。「だから、そのうちのひとりが死ぬなんてこ とになったら、どう思うかを まくにもわからない。だけど、これだけは確信をもって言える。 だれもぼくのことはむ配しなかったろうとね。ぼくの感情は何年もの間実によく働いこ。だけ ど、今はあんまり活発じゃないんだ。ぼくもしばらく前に封印をしてしまったんじゃないかな しよう、もう ふういん 151
られなくなった。そして、その相手に選んだのがぼくたった。」 どうやって ? 」ショッ クを受けて、ローラはつぶやいた。 「そんな , 「なに、べつにむすかしいことはないさ。、ソリーは言った。「他人を責めるのに技なんてい りやしない。本能さ。おやじの本能ときたら、そりや、もう、すごかった。」 「だけど、あんた、。 へつに養子になってたわけじゃないでしょ ? あんたがいて不愉快たっ ていうんなら、むこうの人たち、あんたを送り返すことだってできたわけじゃない ? 」 おこ かろ 「そりや、だめだよ。」ソリーは笑った。軽やかな、たのしそうな笑いで、少しも怒ってい るふうには見えなかったが、どうしてかローラは骨の髄まで寒くなった。「むこうが・ほくを送 り返せなかった、あるいは別の方法ででも、とにかく。ほくをほうりだせなかったのには、ひと つ、重大なわけがあったんだ。それを話すと、なんだか、その : : : なんだか、むこうのおやじ いやしい人間ととられかねないけど、でも、ほんとはそんなんじゃな たちがとるにたりない かった。それに、その理由だって、とるにたりないものなんかじゃないさ。。ほくらはそう考え かのしょ るように教育されてきているだけなんだ。彼女はぼくのためにカネを支払ってたんだ。 むすこめんどう ムは息子が面倒を見てもらうというので、多額のカネをおやじたちに支払っていたんたよ。実 かれ 際にかかる以上のカネ、彼らの心労を計算に人れても、まだおつりがくるくらいのカネをね。 ふゆかい 205