とが残っていた。ローラと同じように、ソリーも苦しそうに息をしていて、全身すぶぬれだっ 「一時は、なにもかも台なしにしてしまったかと思ったよ。」ソリーは言った。「でも、そう わざわ じゃなかった。きみは災いから勝利をもたらした。近道をしたんだよ。ほら、ね , ーの指さすほうを見ると、 ミリアムとウインターが土手のすっと高いところに並んです わって、こちらを見ていた。 つるぎ 「剣はこちらに。さあ、早く。かわりに杖をあげるから。」ソリーは言った。「このあと、き みにしてあげられることはもうほとんどないと思う。」 「あたし、今度こそうしろをふりむかないようにする。」ローラはふるえながら言った。ソ つるぎ いしづ リーはローラがわきにさげたさやから剣をぬき、かわりに銀の石突きのついた長い杖をローラ に手わたした。 「もう、そんなことはどうでも、 しい。」とソリーは言った。「きみはすっかり中に人りこんで しまっているからね。出口はひとっしかない。」 ローラは土手をの。ほっていって、まっすぐウインターとむかいあった。 「おばあさんにとってもかけだったのね。」ローラは言った。「でも、なんのために ? 」 なら 266
ローラはもう一度ノックし、少し間をおいて、思いきって把手をまわした。 返事がない。 ゅめ ドアは夢に出てくるドアのように音もなく開いて、ローラは美しいフアティマよろしく青ひ かみ はなよめ げの部屋に入っていった。もちろん髪の毛で吊されている花嫁も、心臓をひとっきされて殺さ はなよめ れている花嫁も、おそろしい事実を知って笑いながらのどをかき切られている花嫁も部屋には 見あたらす、たた七年生の宿題が床にも机の上にもひろけられているばかりたった。ローラは 習いはじめたばかりの外国語で書かれているものを見る時と同じ興味で、数学の本をのそき、 なら れんあい ほんばこ それから、その目を本箱の一番下の段に並んでいる恋愛小説の背表紙に移した。『フィリツ。、 ぬす カそのときローラはドアのかげ の愛のために』と『盗まれた時間』が見つかるはすだった。 : 、 になったところに鳥の写真が何枚もはってあるのに気がついた。小さな棚もとりつけてあって、 ソリーのカメラと四角いびんがいくつかのっている。びんのラベルには″現像液〃、″定着液″ の文字が見えた。ローラはけれど、そこにある写真はほとんど、以前サイエンス・フ = アで見 まど ていたので、ふたたび目をほかへ移した。どっしりとした額ぶちの絵の中で、窓からのそきこ つばさ むようにしてひとりの男がローラを見つめていた。男の顔には肩よりも高くあがった大きな翼 えだ がかげをつくっていたが、その額からは葉っぱが伸び、その葉っぱの間から角とも枝とも見え るものがぬっと突き出していた。その絵のとなりには、サテンのような肌をした例の裸の女の ゆか つる とって はなよめ 173
ローラはしゃべっているふたりを居間に残して、服を着替えに自分の部屋にもどり、ジーン ズに e シャツを着ると、髪をとかそうと鏡をのそきこんだ。そこには、何週間か前、あの前ぶ れのあった日に約束されたそのままの顔が映っていた。本当の心を持つまいとしている人と恋 をするなんて、ありうるんだろうか。感情が人間をすたすたに引き裂くこともありうるという だいじようぶ のに、感情の世界に帰ってくることを考えるなんて、大丈夫だろうか。いや、たぶん、人間に キ」より かしこせんたく 距離をおくというのはソリーにとって賢い選択だったにちがいなく、たとえ自分がなぐさめと 」より とうひ かれ 逃避の場所になりえようと、彼はこれからもやはり人間に距離をおき続けることになるだろう。 「ローラ , ケトの呼ぶ声がした。「ローラ、悪かったわ、帰ってくるなり文句ばっかり 言って。でてきて、あたしにロきいてちょうだいな。」ローラは一呼吸して、気持ちを落ち着 けると、自分の部屋をでていった。ケートはテーブルのすみでおカネを勘定していた。 これが今、あたしに残っている現金の総額よ。あしたは銀行に行かなく 「四十二セント ! ーブンが病院のほうは全額払ってくれて、ついで ちゃ。実をいうと、小切手があるの。スティ に少し送ってくれたのよ。 「へえ、やるじゃない ! 」ローラは皮肉つ。ほく言ったが、目は笑っていた。「でも、ま、長 くは続かないわね。」 かみ かんじよう 375
「この子、時々とんでもないことを言いだしますの。」 「そんなことないよ、チャーント。 ーが言った。「おふくろだってわかってるんた。お ふくろはただ、ぼくがちゃんとしたあいさつもできない人間と思われるんじゃないかって心配 『こんにちは、ロ してるんだよ。ほら、健康のこととか、天気の話とか、あるじゃない。 ラ・チャーントさま。お元気 ? お母さまは ? お母さまもお変わりなくて ? 』とかなんとか ね。」ソリーは聞いているほうが追いっかないくらいのテンボで次々と話題を変えながら、快 おん 活にしゃべった。時にかすかに息が切れて音がとぶことがあったが、それは以前からあったど ちょうはってき もりのなごりだった。「おふくろは″セクシー ってことばをひどく挑発的なことばだと思っ てるんだ。だけど・ほくはそのものすばりだと思うし、だいたいそういうことについてはおふく ろよりぼくのほうがくわしそうたからね。」ローラはよく知らないふたりの人間の議論のだし に使われているのたった。 「ほかのことではなにひとっかなうものはないけど。」ソリーはそう 言いたして、母親のほうを見て、にやっと笑った。 「ソレンセン ! 母親のミリアムはやさしい、けれど押さえつけるような声で言った。その ーむかしとう ひめちっそくし 昔、塔にとじこめた姫を窒息死させるのに使われたビロードのクッションを思わせる声だった。 「さあ、母さん、むこうへ行って、なにかほかのことをしててよ。」ソリーは母親の顔から 116
られなくなった。そして、その相手に選んだのがぼくたった。」 どうやって ? 」ショッ クを受けて、ローラはつぶやいた。 「そんな , 「なに、べつにむすかしいことはないさ。、ソリーは言った。「他人を責めるのに技なんてい りやしない。本能さ。おやじの本能ときたら、そりや、もう、すごかった。」 「だけど、あんた、。 へつに養子になってたわけじゃないでしょ ? あんたがいて不愉快たっ ていうんなら、むこうの人たち、あんたを送り返すことだってできたわけじゃない ? 」 おこ かろ 「そりや、だめだよ。」ソリーは笑った。軽やかな、たのしそうな笑いで、少しも怒ってい るふうには見えなかったが、どうしてかローラは骨の髄まで寒くなった。「むこうが・ほくを送 り返せなかった、あるいは別の方法ででも、とにかく。ほくをほうりだせなかったのには、ひと つ、重大なわけがあったんだ。それを話すと、なんだか、その : : : なんだか、むこうのおやじ いやしい人間ととられかねないけど、でも、ほんとはそんなんじゃな たちがとるにたりない かった。それに、その理由だって、とるにたりないものなんかじゃないさ。。ほくらはそう考え かのしょ るように教育されてきているだけなんだ。彼女はぼくのためにカネを支払ってたんだ。 むすこめんどう ムは息子が面倒を見てもらうというので、多額のカネをおやじたちに支払っていたんたよ。実 かれ 際にかかる以上のカネ、彼らの心労を計算に人れても、まだおつりがくるくらいのカネをね。 ふゆかい 205
ブラック自身の顔が押されており、こちらをむいて笑っていた。 くちびる でつばった長い歯とどんぐり目、横にゴムのようにのびた唇まで、はっきりと見える。それ ばかりか、スタンプのインクは、どうやっても消えそうになかった。それは皮膚の表面ではな く、中にしみこんでしまったようで、そのうす笑いも ( ンカチでふこうが、つばをつけてこす とど ろうが、そこまでは届かないと知ってのことに見えた。ローラはこんなによくできたスタン。フ まど を見るのは初めてだった。スタンプの顔は本物のように立体的で、人間の皮膚を窓にして、そ こからこちらをじっと見つめているようたった。 「いやだよ。これ、きらいだよ。」ジャッコは鼻をすすりながら、ローラにからだを押しつ けてきた。 「さっきの人なら、きっともとどおりにできるわよ。」ローラはわめきちらすように言った。 がふりかえった時、店のドアはすでに閉まっていた。 なんたか急にこわくなってきたのだ。、、、 ・ブラックはふたりが見ていない間にこっそりと店をぬけ出したらしく、ドアの把 カーモディ 手には、「十分したらもどります」と書いた札が下がっていた。 「へんな人 ! 」ローラはつぶやいた。「そうか、石けんよ、ジャッコ。石けんとお湯があれ だいじようふ ば大丈夫よ。」ジャッコはそのことばにいくぶん元気をとりもどしたが、アーケードのある商 ふだ ひふ ひふ とっ
ムを名ざしして、次には。 ( イブルまで持ち出してさ、そして、し、しまいには、ぼ、ぼくを、 も、もうれつに、ぶ、ぶんなぐりはじめたんた。そ、それまでになく、ひ、ひどくね。むこう は、も、ものすごく、か、からだが大きいだろ。ぼ、ぼくは、や、やられつばなしだった。ま かれ だ小さい時、″クマごっこ″って遊びを彼としたことはあったけれど、こんどのは大人むけの ″クマごっこ″といってもよかった。」 ローラはただ目を丸くして、ソリーを見つめていた。話す声は明るいのに、どもりはじめた ことにローラはびつ ~ 、りしていた。ソリ ーはローラの顔を見てほがらかそうに笑ったが、笑っ くつじよ ~ 、 ているうちにも、昔受けた屈辱にソリーの顔からは血の気が失せ、日焼けさえあせて頬ははれ、 目も暗く翳ってきた。ソリーは今ローラの目の前で自分に起こっていることを知っているのだ きおく ろうか、とローラは気になり、表面どうということのないふりをしていても、記憶が顔つきを 変え、言い方まで変えていることにまるで気づいていないのではないか、と思った。 とっ・せん こ、ころそうと : : : 」ソリーは突然つつかえて、 ぎんちょう 話せなくなった。ソリーは顔をしかめ、目をつむって、そのうちゃっと、緊張はしているもの の、それでも落ち着いた声でしゃべり始めた。「ぼくは殺そうと思えば殺すこともできたかも しれない。だけど、こ、こわかったし、それに、頭の中では、そうなってもやつばり、ち、父 かげ 208
したが、ローラに伝言を伝えると、それでもひとこと、うちへ来ていっしょにテレビを見ない か、とさそ「てくれた。ジャッ「が目を覚まして泣いても、大丈夫、となりだから聞こえるわ カローラはそう言われても首を横にふ「た。ジャッコのことが心配 よと、サリーは言った。、、、、 = 」「たし、ケートが遅くなることにが 0 くりしてもいたからだ 0 た。ひょ 0 としたら、また、 とローラは思った。 車の具合でも悪くなったのかもしれない、 げんかん ケートはその晩、いつもより四十五分遅れて帰ってきたが、玄関をあけて入ってきたのはケ ートひとりではなかった。店にひとりたけいたあの長髪の男、立ち読みするだけで、買う気の なさそうに見えた男がいっしょだった。 「お客さまよ。」ケートは言わすもがなのことを言 0 た。ローラは目をみは 0 た。ケートは いたすら「。ほい表情をし、いつもの木曜の夜と比べるとす「と元気で、いきいきしていた。靴 を脱ぎすてていすにへたりこんだりしなかったし、テーブルにひじをついてフィ じまん ・チップスを食べることもしなか 0 た。ケートはレストランのウ = イターが店の自慢の料理 ぎようギ」よう ーで買ってきたフィッシ = ・アンド・チップス のふたをとってみせる時の仰々しさで、ソー さけ の新聞の包みをあけると、「これはいけるわ ! 」と叫んだ。「ローラ、今夜はけ 0 こう、おいし いわよ。」ケートは一言った。 0 、 ちょうはっ たいじようぶ
おびえた鳥の群れを助けたりして、自分の持てる力をそれに見合った役に立っ方法で使うこと ができる。まあ、それはともかくとしてさ、チャーント、今まで話してきたことを考えると、 きみは思わないかを まくらはなんだって克服できるって。人間はもっともっとひどいことだっ て、ちゃんとのりこえてきたんだもの。」 「でも、あんたはのりこえてないわ。」ローラははっきりと言った。 そくざ 「ちょっと、それはないんじゃないの ! 」ソリーは即座に言い返した。「学校の成績を見て 」ようよう くれよ。図書館を手伝って、無心な鳥の写真を次々ととって、意気揚々、成功への梳子をのぼ かんとくせし ふつう って監督生になって、今やほとんど何をしてもクラスの普通以上のところにいて、国語ではキ ャサリン・プライスとトップ争いをやってるんだぜ。それでのりこえてないっていうんなら、 どうすりやいいんた ? 。ほくはむ底死にたくないと思ってる。今度はどういうことが起こるだ ろうって、いつも思ってるんた。だから、とにかく生きなきや。ぼくはきみに忠告 : とにかく、がんばってって、おふくろさんに言ってやれよ。不幸でいると事態は変わら ない。何ひとっ変わらないんだから。、ソリーはそう言いながら空中に腕をふりあげたので、 とまっていたカワセミはきれいなダーツのように、さっと飛びたっていった。「さ、元気出せ よ。」ソリーはやさしく言った。「そりや、たしかに、不公平かもしれない。だけど、不公平っ 、、 0 こ / 、ふく 213
あくま むま 「夢魔だ ! 悪魔なんだよ ! 」 ローラは顔をそむけていても、ブラック氏がふりむいて通りのむこうからこちらを見ている のがわかっていた。その皮膚がきのうほどしなびていないこと、その笑いからほんのわすかな がら不気味さがうすれたことも。何かが男を変えはじめていたが、ローラはそれがなんである かをあえて考えてみようとはしなかった。 すいり もうタ方で、店内はこみあい、ケートは客に一冊の推理小説をすすめているところだった。 「おもしろいですよ、とっても。もっとも私自身は第一作のほうが好きですけど。」そうケ かみぶくろ ートは言っていたが、本はもう売れて、この本屋の名まえの入った特製の紙袋に今しもすべり こむところだったから、正直に意見を言ったからと言って、べつに損をする心配はなか 0 た。 店に人ってきたローラに気がつくと、ケートの顔がばっと輝いた。そのほっとしたような笑 顔を見て、ローラはじんとうれしくなったが、ケートがローラを見てよろこんだのは自分の目 的にかなったためで、ローラとしてはとてもいっしょになってよろこぶわけにいかないことは すぐにわかった。 「ローラ、ねえ、ローラ。」ケートは青い目を輝かせて言った。「今夜でかけても、 ら ? 」 がお ひふ かがや かがや しし、刀 1 」