192 しながら自分の主張を補強することで , 説得力のある文章にな る . ( 3 ) 文章は頭の中ですでに考えてあることの写しではない . 書いてみようとすること , 書いたものを自分で読み直すことを 通じて考えが深まるのである . そのときに , どのように考えを 進めるかという指針と , 人間がついどのような考えに流されや すいかという心理的な傾向を知っておくことは , 素朴な意見か ら脱するための助けになるだろう .
5 文章を書く こで , 大切なのは , 指針 10 論点を絞り込む 179 ということである . 長さが 2000 字以上になれば , 「第 1 . 第 2 に ・・」と論点を並べることもできるが , ということである . 指針 11 は , すでに述べたように課 強める 指針 12 接続語や指示語を多めに使って文の連結を 指針 11 自分の立場をなるべく早めに出す 文章を書くにあたっての指針を追加しておくと , 言及するのでもかまわないだろう . するスペースはおそらくないので , 自分の論の中で適宜 課題文がいくつもある場合には , それそれについて要約 ことにもなるし , 自分の考えを対比するのに便利である . うことではないが , きちんと読み取っていることを示す ックスなやり方だ . 絶対にそうしなくてはいけないとい 張をまずはじめに要約することからはいるのがオーソド 参考に自分の論を展開するという場合には , 課題文の主 ひとます下書きを書いてみよう . 課題文を読んでそれを 構成メモができたら , もう骨組みができたことになる . ■下書きを書く , そして , 他者の目で読む ことだ . した連想メモの内容を全部盛り込もうなどと欲張らない ねいに展開するほうがいい . けっして , はじめに書き出 1200 字程度では欲張らずに論点を絞ったうえで , てい
186 っしてはじめに書くことが決まっていたわけではなく , 課題文に触発されたり , 連想メモや構成メモをつくった りすることを通して , 考えがまとまってくるのだという ことがわかってもらえただろう . くり返すと , 人は「考えたことを書く」のではなく , いわば , 「考えるために書く」のである . 書くというこ とを通じてこそ , 人は自分の考えを進めたり , 新しい考 えを出したりできる . 逆に言うと , 考えがまとまらない とか , 進まないというときには , 書いてみるのがいちば んなのである . しかし , それがわかっていながら , 人は なかなか面倒くさがって書かない . だからこそ , この章 の冒頭で述べたように , 書かなければならないという状 況に自ら身をおいて , それを最大限に利用することをす すめたい じつは , これは書くことだけに限ったことではない 一般に , 「表現する」というのは , 心の中にすでにある ものを外に表すことだととらえられているようだが , じ つは , 表現するという行為を通して心の中にあるものが 変化していくのである . それは , 自分でももやもやとし ていたことがらが形をなしてくるということもあるし , 思いもかけなかったような新しいアイデアに思い至ると いうこともある . 作曲にしても , 絵画にしても , 研究発 表にしても , その制作過程を通じて自分自身が変化して いくことを感じることができるし , それがまた表現する ことの醍醐味なのである .
185 5 ー 3 文章作成の過程とスキル ・文章は頭の中の写しではない この本では , 人間が学習についてもっている考え方 , 「学習観」を 1 つのキーワードにしてきた . 文章を書く ことについても , 素朴な「作文観」のようなものがあっ て , ぼくたちの文章の作り方を方向づけている . 多くの 子どもたちが誤解していることの 1 つに , 「文章はすで に頭の中に考えがあって , それを人にわかるような形で 写しとったものだ」ということがあるように思う . つま り , 書くということは , テーマを与えられたら頭の中の ァイデアを文章に翻訳する作業であるというイメージで ある . これでは , まるで買物のように , 「優先席のテー マについてはどうですか」と言われて , 「はい , ちょっ とお待ちください」と言って出してくるようなものだ . だからこそ , 少々むずかしいテーマになると , 「書きた いことは別にありません」という , 品切れ中のような返 事が来るのだろう . 正直なところ , ぼくも漠然とではあるが , 子どものと きはそんなイメージをもっていたのである . しかし , 文 章を書く経験を積むにつれて , 書くという作業を通じて 考えが生まれて , それをまた書いては自分で読んでいる うちに考えが進んでいくということに気がついてきた . この章ですっと述べてきたような書く過程を見れば , け
188 手作業はメモなり , それまでに書いた下書きの文章なり を通して行うことがポイントである . これは , 数学の問 題解決のときに , 頭の中だけで考えていないで , 式や図 表を書きながら考えるのとまったく同じだ . 視覚的な助 けによって , そこからイモヅル式に知識やアイデアが連 想されたり , 構成を考える手がかりになるのである . その手作業と同時に , 頭の中では考えが進行している わけだが , この章ではいくつかの「指針」というものを 示してきた . これらは , ぼく自身がだれかにはっきり教 わったものではないし ( こういうことを直接教えてくれ る機会は , これまでの教育ではほとんどなかった ) , い つもそれほど強く意識しているわけでもない . 「自分が どういうつもりで書いているか」「人の文章をどういう 視点で評価しているか」ということを内省してみると , こうした指針としてまとめられるということにすぎない . ただし , それはまったく自分でつくりあげたものではな くて , ほかの人から質問されたり , 批判されたり , ほめ られたりといった具体的な経験を経て形づくられていっ たものである . また , 心理学では批判的思考 ( critical thinking) とし て研究されている分野がある . 批判といっても , 単にケ チをつけるということではなく , 他人の主張に流されす にじっくりと検討することだ . これは , 自分の考えを吟 味するときにも役に立つ . たとえば , 「ある原因でうま く説明できると , ほかの可能性を考えずにその説明にと びついてしまう」という傾向が人間にはある . すると ,
5 文章を書く 167 また , この問題をもっと一般化して考察したり , ほかの 問題とどのように関わるのかということを考えるのもい い . とにかく , 自分がはじめに想定した枠組みの中たけ で考えをめぐらせていないで , 一段高い視点から眺めて みる . すると , その問題のまわりのことが視野にはいっ てくる . それが , 外への広がりをつけることになるので ある . 次の解答例は , やはり個人的な経験から出発している こであけたような指針 ( とくに指針 6 ) を考えつつ 書いてみたものだ . これをどう評価するかは , 読者であ る君自身にまかせたい . 人の書いた小論文を評価するっ もりで読むのも , 考えを進めるいいきっかけになる . ば くぜんと「よい / 悪い」 , 「好き / 嫌い」を判断するので はなく , なぜそう感じるのかを考えてほしい . 友達と話 しあってみるのもいい方法だ . [ 解答例④ ] 電車で席を譲ることについては , 忘れられない思い 出がある . 私がそのとき座っていたのは優先席ではな く , 普通の席だった . ある駅で一人のおじいさんがは いってきて私の前に立った . わたしは , 「どうそ」と 言って席を立ったのだが , 遠慮して座ろうとしない . そのうちに次の駅が来て , 乗り込んできた若い男の人 が座ってしまった . そのときの私は , てしまった」とか , 「なんか , ばかばかしいことをし 「せつかくの親切なんだから , 素
5 文章を書く 人が書く文章というのには , じつにさまさまな 種類がある . しかし , この本は勉強法についての 本なので , 今の高校生が「勉強」として書くチャ ンスが最も多いと思われる「小論文」を素材とし てとりあけることにしよう . 小論文を書くのはどんな意義があるのか , どの ように書いていけはいいのかを , できるだけ実例 に即して , 具体的に考えていこう . とくに , ものを書くというのは , すでに頭の中 にあるものを表現するということではなく , 書く という行為を通じてこそ考えが練られていくのだ ということを感じ取ってほしい .
4 I 「うん , あってるよ . じゃあ , 1 平方センチメート ルは ? 」 K 「タテ 1 センチ , ョコ 1 センチ . 」 I 「うん , じゃあ , 1 平方メートルは何平方センチな の ? 」 さて , これで K 子ちゃんは , みごと答えを出すだろ うか . じつはまだなのである . その先をどうしたらいい か , 考えあぐねている . いっしようけんめい考えようと はしているのだが . そこで , 次のようにアドスイスして I 「むずかしいと思ったらね , 紙に図を書いてみると いいんじゃないかな . ここに , 1 平方メートルと 1 平方センチメートルを書いてごらん . 」 こで , ます図 1 ー 1 ( a ) のような図を書いてくれた . (a) 図ト 1 K 子ちゃんの描いた図
12 学習観である . 学校の先生も , よほどていねいな人でな いと , 問題を解くときの図の使い方などは , 指導してく れないようだ . 図を書いて考えるなんてアタリマエだと 思って , わざわざ教えない先生もいるだろう . 「人の話を聞いたり , 自分の考えをまとめるときにメ モをとる」「数学の問題を図を使いながら考える」など というのが「手を使いながら , 頭を使う」ということだ . これらは , 一見めんどうなようだが , 大きな威力を発揮 する . しかも , 慣れればそれほどめんどうではなくなる . その有効性を肌で感じて , 習慣にできるかどうかは , 中 学校や高校時代に習得してほしい大切な課題であるとぼ くは思っている . それは , 単なる勉強のテクニックを越 えた学習と思考のスキル ( 技能 ) なのである .
168 直に座ってくれればいいのに」というような気持ちだ った . 「日本人は親切な行為を受け取るのが下手だな あ」とも思った . しかし今振り返ると , 私は , 「親切をした自分」を 大切にすることばかり考えていたようだ . 席を譲られ ることで負い目を感じたくはないと思っている人もい るだろう . 普通席の前に立ったのは , 「自分は若い人 と同じ扱いでかまわない」という自負なのかもしれな そう考えると , そこに行けば無言でも優先されると いう座席を設けておくというのは , じつにスマートな やり方ではないのだろうか . すべての席が優先席にな れば , 優先されたくない人も優先されてしまう . 今あ る優先席を活用して , 譲る側と譲られる側との間に暗 黙的で円滑なコミ ニケーションがはかれるようにす ることのほうが , ずっと望ましいというのが私の考え である .