ふ化 - みる会図書館


検索対象: よみがえれムサシトミヨ
30件見つかりました。

1. よみがえれムサシトミヨ

ました。 ちぎよたま」まく 十日目になってふ化がはじまりました。稚魚か卵の膜をやって、体をふ るわせながらでてきます。 ちぎよ 十三日目にかぞえてみると、百二十四ひきの稚魚がいます。 しかし、一、のなかから親魚まで育ったのは、四十三びきでした。 ちぎよ 稚魚から、親魚に成長するころの時期に、多くが死んでいきます。 それに、カビがはえてしまって、ふ化しない卵もすくなくありません。 たまヾこ しよ、つとく 矢辺さんは、卵をカビからまもるために、薬で消毒をすることにしまし た。水そうに卵をおき、そのなかにメチレンプルーという薬をうすめていれ はつがんらん ます。この作業を、発眼卵になるまで、一日おきにくりかえしていきます。 す一、しつつ薬の使い方をくふうし、人工ふ化をくりかえすうちに、卵のふ わりあい 化する割合も高くなっていきました。 たまヾこ せいちょ、つ たまヾこ

2. よみがえれムサシトミヨ

たんすいぎよ した日本ではめすらしい、淡水魚だけをあつめた水族館です。 しいく かなざわひかる ムサシトミョの飼育を受けもっことになったのは、金沢光さんです。 しいく さんこ、つ 金沢さんは、ムサシトミョの飼育について、参考になる資料をいろいろと さかしました。 しいく さんらんか ちぎよ しかし、ムサシトミョを飼育しながら産卵ふ化させ、稚魚から育てて成功 きろく しりよ、つ ちぎよ したという記録や資料はみつかりません。稚魚になにを食べさせればいいの ふあん かすらわからないのです。それだけに、不安でいつばいのスタートでした。 ムサシトミョのために、とくべつにつくられた水そうは、たて百八十セン チ、よこ五十センチ、ふかさ六十センチで、上下の二段になっていて、十五 じどうてき 度にひやされた水が、自動的に流れてくるようになっています。 上の水そうにムサシトミョをいれ、下の水そうには、水をきれいにするた そ、っち めの、ろか装置がつけてあります。 かなざわ しりよ、つ せいこ、つ

3. よみがえれムサシトミヨ

はんしよく しぜんはんしよく 金沢さんは繁殖の方法も、オスが卵をかえす自然繁殖をくりかえしなが ら、しよしょに人工ふ化にかえていきました。 ほ、つほ、つ たまご しぜんはんしよく 自然繁殖の方法では、卵がいくつうまれ、何びきふ化したのかよくわか りません。それに、ふ化のとちゅうで、オスが死んでしまったり、 世話をや す たまヾこ めてしまった巣では、メスなどか卵をぜんぶ食べてしまうこともあります。 ほ、つほ、つ じんこうてきたまご こうしたことをさけるために、人工的に卵をふ化させる方法をとることに したのです。 たまヾこ ( 0 5

4. よみがえれムサシトミヨ

う卵のかたまりか、いくつかはいっている巣もあります。これは、おなじ巣 8 5 二、三びきのメスが卵をうむためではないかと考えられます。 す たまご 矢辺さんは、巣からとりだした卵を、ステンレス製の小さな網にいれて、 たまヾこ ふ化させる方法をとりました。とりだした卵はぜんで百五十っくらいあ ります。 たまヾこ その卵に、ほそいビニールホースで水を流してやります。オスのファンニ ングのかわりです。 いのち 人工ふ化のよいところは、卵のひとつぶひとつぶに、生命がめばえてい よ、つすか、手にとるよ、フにわかることです。 さんらん 産卵して五日め。 とうめいなうすい膜でおおわれた卵のなかに、 小さな黒いかたまりが見え はつがんらん はじめました。発眼卵です。あたらしい生命の誕生が、はっきりみえてき は、つ、つ たまご たまヾこ のちたんじよう あみ

5. よみがえれムサシトミヨ

ゃべとおる しいくたんと、つ ムサシトミョの飼育担当も、四年目になって、金沢さんから、矢辺徹さん へとひきつがれました。 じゅせい ムサ、ントミョの人工ふ化は、受精がおわった卵を、巣からとりだすことか らはじまりま亠 9 。 たまご 五月になって、三つの巣を開いてみると、卵は三十つぶぐらいから、多い のは七十っぐらいのかたまりになっています。なかには、すこし色のちが ねむれない日び たまヾこ かなざわ

6. よみがえれムサシトミヨ

びようげんきん つき、ロをばくばくさせているのもいます。どうも病原菌にやられている よ、つです。 びようげんきん こうした病原菌の多くは、外からもってくる、水草やえさなどといっし ょに、水そ、フのなかにはいってしまいます。 くまがや 熊谷からもってくる水も、日光のあたらない水そうのなかで、くりかえし びようげんきん 使っているうちに、病原菌がふえて、病気がひろがってしまいます。 さっきんそうち びようげんきん 金沢さんは、こうした病原菌をころすための殺菌装置を、水そうにとり ツ」、つカ つけることにしました。たしかに効果があります。死んでしまうムサシトミ ョかすくなくなりました。 さっきんそうち そして、この殺菌装置と、ろか装置を使って水をきれいにすると、水族館 の水でも、ムサシトミョが生きられることかわかりました。 ふ化した六十びきのうち二十びきが親魚へと成長しました。 かなざわ 5 LO

7. よみがえれムサシトミヨ

1 レいノ、しし 小さな声ではなしています。 飼育委員たちも、池をのぞきこみながら、 ままでに千 「今年は四ひきしかいなかったけど、きっと来年はふえるさ。い びきもふやしたんだから。さあ、もういちど、がんばってやりなおそう」 1 ) い / 、しし ) ん ふくしま はせがわ 福島先生と長谷川先生は、飼育委員たちをはげましました。 1 しい′ , 、しし 飼育委員たちは気をとりなおして、ムサシトミョが生きられる池にするた めの作業をふたたびはじめました。 池の土を外にだして、中をきれいに水であらいました。水草を植えるプラ すな ンターの砂も、ぜんぶあたらしいものととりかえました。 さいしゅ もとあらかわ 元荒川から採取してきた、あたらしい水草を池に植えかえます。 おおしまけんいち ) んばばいっき ふじわらしん 十一月になって、飼育委員の馬場斎くんと藤原新くん、大島健一くん、佐 と、つり , ゅ、った もとあらかわ 藤竜太くんが先生たちといっしょに、元荒川にムサシトミョをとりにいき ました。 さ 114

8. よみがえれムサシトミヨ

日内松男 私がムサシトミョを初めて見たのは八年前、さいたま水族館の水そうの中で ぜっめつ した。トゲウォ科の魚かいること、その仲間の多くが絶滅しそうになっている もとあら さやだ くまがや ことなども知りました。当時、熊谷市の佐谷田に住んでいた私は、何度も元荒 かわ Ⅱにいきましたが、ついに川の中で泳ぐ姿を見ることはできませんでした。 この本を書こうと思ったのは、こうしたことがきっかけでした。自分の身の まわりの自然のことを、ムサシトミョをとおして考えてみようと思ったのです。 今回、さいたま水族館と水産試験場の ) 、協力で、水そうの中でのムサシトミ さっえい ョの巣づくりやふ化のようすを撮影しながら、観察をすることができました。 川の外からのぞいただけではけっしてわからない、ムサシトミョたちの生命 の営みのようすに感動して、ますますムサシトミョが好きになりました。 本書にあるムサシトミョの生活りは、この時、私が見たことと、水族館と 水産試験場の研究者の方々の観察記録やお話をもとにまとめたものです。 あとかき すがた 117

9. よみがえれムサシトミヨ

し さいたまけんぶんかざいほごか じよ、つ くま力やししやかいきよ、ついくカ 只谷市社会教育課、埼玉県文化財保護課、それに飼 場、さいたま水族館、、 しくしいん力い 育委員会の全員が池のまわりをとりかこんでいます。 「ふえていれば、いいけどなあ」 ふくしまさとし はせがわ しいくいいんかいたんと、つ 今年の飼育委員会を担当している長谷川先生と福島智先生は心配そうで もとあらかわ さやだ ふくしま 福島先生は、佐谷田のうまれです。元荒川は、子どものころに、よくあそ んだところです。 あみ 「ばくか小学生のころは、網ですくうと、かならすはいっていて、指でつつ つくと、ピッとトゲをたてるのがおもしろくて、よくあそんだなあ」 1 レい ~ 、しし そのころの思いをむねに、飼育委員たちといっしょに、ムサシトミョを育 てています。 ちょ、つさ 調査かはじまって、三十分がたちました。 す。 ) ん 112

10. よみがえれムサシトミヨ

一九七三年 もとあらかわ さいなん 元荒川で、しすかに生きていたムサ、ントミョたちに、とっぜん大きな災難 かふりかかりました。 ムサシトミョがつぎつぎにとらえられ、持ちさられるようになったのです。 それは「まばろしの魚ムサシトミョを高校生が発見」という小さな新聞記 事がきっかけでした。 ムサシトミョを守れ 既ム廿 , ) ソト : 、ヨに、 は、の石 2